4.踊る冷徹人形③
降って湧いたスケベ疑惑を必死に否定する久瀬さんにニヤニヤしながら、僕は真っ直ぐと探偵部に戻っていた。中では既にモモちゃん達も戻ってきていたみたい。
「おー! リョウっち! 聞いて聞いて! 結構色々なことが分かったよ!」
「モモちゃん姫乃ちゃん、お疲れ様。僕たちも色々と分かったよ。たとえば……」
そうして、僕はみんなに新聞部の調査で分かったことを教えていた。モモちゃんは一通りふんふんと頷きながら聞くと、今度は調査の結果を教えてくれた。
微妙にハラハラしている姫乃ちゃんとは対照的に、どこか楽しそうだった。
「あのねリョウっち。実は新聞部なんだけど……あそこ結構修羅場になってるみたい」
「修羅場?」
「うん。少なくとも、事件の動機には不自由しないっぽい」
そう言うとモモちゃんは紙に人物図を書いて説明してくれた。僕のあまり得意じゃない……恋バナだった。ちと先輩への愛なら幾らでも語れるんだけど……。
「まず西城部長なんだけど、2つ下の倉木とは幼馴染みの関係にあるんだって! それもいつ結婚するんだ? って話題になるほどだったみたい!」
……意外、とは思わないかな。うん。西城部長のスマートフォンには頻繁に使用している形跡があった。なるほど。恋人と頻繁にやりとりしていると考えるのが妥当だからね。
「ところがだよ!? 付き合ってる相手ってのが倉木じゃなくて阿笠の方なの! 阿笠は言わば突如現れたお邪魔虫ってわけ!」
「それで倉木さんはあんなに態度が刺々しかったのか……。久瀬さん、どう思う?」
そこで阿笠副部長と仲の良い久瀬さんに確認してみると、彼女はどうやらモモちゃんの言い分に含みはあるみたいだけど、否定はしなかった。
「……間違ってはいません。でも、一つだけ。えっちゃんは悪女ではないです。高校に入ってから正々堂々清子ちゃんと競争して勝ったんです。それこそドラマのような恋愛だったそうですよ? いくつもの運命的な出会いや不思議な共通項があって――」
「ぶー。同志久瀬っち……それは騙されてるよ……」
「うう……そんなことは……ないと思うのです……同志モモっち」
久瀬さんもモモちゃんも困ったように睨み合ってしまった。そして当然僕も困り果ててしまう。
……どうしよう。僕に男女のイロハなんて分からない。……ちと先輩のイロハなら知ってるけど。イロハどころかニホヘくらいまで。
それはともかく。
「姫乃ちゃん……どういうこと?」
「あ、はい。私達が調べた限りでは倉木さんを推す声が多かったです。阿笠さんは結構情熱的というか……強引なところがあったみたいで……。例えば西城先輩と街で出会うと、そのままお構いなしについて行ってしまったり……」
「……倉木さんは内気な子だから……つい引いてしまったって事?」
「はい。結局告白もそうだったみたいです。危機に気付いた倉木さんが焦って告白しようとしたことを何処かから聞きつけた阿笠先輩が先手を打って告白したみたいで……」
確かに情熱的と取るか強引と取るかで評価が変わりそうだ。
「春茅君……えっちゃんは一途な子なんです……それに西城先輩とは運命の絆があるんです」
「それは否定しないけどさ……泥棒猫感が凄いし……」
「どうなんでしょう……先輩?」
何故か3人の視線が僕に突き刺さっていた。……僕? 僕は純愛派です。だって僕も純愛中だからね!
「大体分かったよ」
「本当に? リョウっち……じゃぁリョウっちは純愛派? それとも略奪愛派――」
「――事件は解決だ」
妙にそわそわしていたモモちゃんは僕の言葉に目を大きく見開いた。意外だったのかな? でもモモちゃんは新聞部の部室に行ってないから当然の反応かもしれない。
「証拠はともかく動機で考えれば犯人は一人しかいないんだ」
「……っ!? さっすがリョウっち! それで……犯人は誰だし!?」
「……西城部長だよ」
僕がそう言うやモモちゃんも姫乃ちゃんも驚いたような顔をして立ち尽くしてしまう。多分僕も同じ立場だったらそんな顔になってただろうし。
「なんで!? でもなんでなのリョウっち!? 西城には特に動機が――」
「そうだね……ところでモモちゃん。今回の一件で最もダメージを受けるのは誰だと思う?」
「えっ!? それは……」
「えっちゃんです! 春茅君……これは……そういうことなんですか!?」
いち早く気付いたらしい久瀬さんに対し、僕は鷹揚と頷いた。
「西城先輩の立場から考え直してみて? 付き合ってみた女の子が随分と強引な相手だった。しかもどうやら昔から一緒にいた幼馴染みは自分のことが好きだったらしい……。愛すべき彼女は、自分の隣にいる悪女によって駆逐されてしまった。となれば?」
「報復……したってことなんですね!? 春茅君!?」
僕は久瀬さんの言葉を聞き流しながらも見回した。窓が開いているにもかかわらず暑苦しい部室の中では、モモちゃんはなるほどと頷いている。一方の姫乃ちゃんは未だ半信半疑のようだ。胸元のボタンを握って考え込んでいる。
「論より証拠だ。明日僕についてきて。僕の推理が正しければ……明日で全て明らかになるはずだから」
モモちゃんが興奮して立ち上がる中、僕はそっと目を伏せた。そう言えば……そろそろ潮時だし、連絡入れた方が良いかもしれない。
そうして、僕たちは一直線に向かったのだ。一旦下駄箱を経由して確認してから、桜田さんのリムジンが待つ駐車場……ではなく新聞部へ。思った通り、部室の中では誰かが話し合っているようだった。
「どういうことなんですか春茅君? 今日はもう帰るんじゃ……」
「って話しておけば、向こうは今日中に話を付けようとすると思ったんだ」
「先輩……やはり相手は……」
そう。姫乃ちゃんの言うとおり相手は秋風である。ということは、部室は盗聴されていることを忘れてはいけない。
逆に言うと、盗聴器を利用して嘘を吹き込むことも出来る訳だ。
そう、犯人は西城先輩、というのは真っ赤な嘘だ。僕が適当にその場で理屈をこねたに過ぎない。そもそも彼が犯人なら、記事の間違い探しの件は修正するだろうしね。
「リョウっち……じゃあ犯人は?」
「今、部員が帰宅して誰もいないはずの新聞部で秋風から説明を受けているはずだよ? 内容はいかにして疑惑を西城部長に向けさせるか? そして、それゆえにこの話し合いは揉めて長く続く筈なんだ」
同時に僕は勢いよく新聞部の扉を開け放っていた。
「紹介するよ。今回の新聞騒動の犯人阿笠恵津子と…………ッ!?」
僕は思わず硬直していた。そこにいたのは予想外の人物だったからだ。
「久しぶりだな……春茅」
「クロヨシ……? そうか、秋風は自分で手を動かさなかったのか」
黒田良輝。久しぶりに会った彼は、少しだけ髪が伸びた以外は相変わらずの品行方正ぶりで……容赦なく阿笠さんを壁際に追い込んで脅していた。既に恐怖に怯えた彼女のゴム靴は壁にぶつかり行き場をなくしている。
「は、春茅君!? それに令佳まで!? ち、違うのこれは……」
「そうだぞ春茅? 何でここにいるのかは知らんが、俺達はただ話し合っていただけだ。なぁ、阿笠?」
クロヨシは、かつてと変わらない笑顔を阿笠さんに向けると、彼女は完全に怯えたようで震えながら縮こまってしまっている。その顔からはさっき以上に血の気が引いていた。
「リョウっち……これは……!」
「どうみても脅迫されてる女の子の図だね」
僕がそう言うと、クロヨシはニヤリと笑って阿笠さんから離れ、代わりに僕と正面から相対した。去年以上に鍛え上げられたその身体は筋肉が発達している。そんなあいつの頭には野球帽。来ているのは制服ではなく野球部のユニフォームだ。そしてごく自然なまでに右手には――
「おいおい……ひでぇ話だな。誤解だぜ。本当にただ話し合ってるだけだって――」
「君の話し合いって、金属バットを片手に相手を部屋の隅に追い込んでする物なの?」
金属製の鈍器が外の光を浴びて光っていた。
女の子じゃなくても恐怖を感じるだろう。事実阿笠さんは追い込まれてすぎたのか、ハスキーな声も震わせ地面にへたり込んでしまっている。
「となると……方法は一つかな」
「ふん、何を企んでるんだか知らねえが……」
クロヨシは僕に構わずスマートフォンに手を伸ばした。仲間でも呼ぶのだろうか? ……だとしたら賢明だ。でも、ちょっと遅かったんじゃない?
「ねぇモモちゃん。脅迫っていうのは、相手に人に知られたくない弱みを握られているから意味があるんであって、それが周知されてしまったら意味がないと思わない?」
「……リョウっち。もしかして新聞部の謎を?」
この場で解くのだ。それこそ、秋風が来るまでに。
「ははっ! 何か勘違いしてるぜ! 俺と阿笠は単に――」
「阿笠さんの西城部長に対するストーカー行為をネタに脅してるんでしょ?」
ひぅっ、と阿笠さんの口から絞め殺された鳥のような声が漏れた。
「春茅君!? それはどういう意味!?」
「……ごめんね阿笠副部長。でも、既にこいつらに知られてしまった以上、無力化するにはこれしかないんだよ。……ヒントは彼女の靴だ」
クロヨシは我関せずと口を挟まなかった。どうやら彼は文字通り手足であって、考えるのは仕事じゃないらしい。
「おかしいと思わない? だって阿笠さんって凄いオシャレな女の子なんだよ? スマートフォンは綺麗にデコレーションされているし、制服ファッションを最大限生かせるアクセサリーを身に付けている。……異様に地味な靴以外はね」
そう。彼女の履く内履きは革靴のような色合いなのだ。他は華やかな彼女なのに、靴だけがその調和を乱してしまっている。ならば当然、そこにも動機があると判断するべきなのだ。
「そ、それは……その」
「ラバーソール、ゴム底靴は探偵の必須アイテムだよ。……足音を消せるから、尾行にはピッタリだ」
彼女は他にも双眼鏡やICレコーダーも持っている。そして、トドメに――
「久瀬さんは言ってたよ。阿笠さんと西城部長は運命の出会いや不思議な共通項があったって」
つまり、偶然外出先で出会ったり、偶然趣味が同じだったりしたわけだ。
もちろん、僕はそんな偶然を信じたりはしない。彼女は新聞部に所属するくらいだから録音機を持ってるし、尾行に適した靴もある。
「運命じゃないよ。彼女は実力で西城先輩と結ばれようとした。その為に先輩をストーカーして、趣味や予定を把握してたんでしょ?」
「えっちゃん……まさか……本当に……?」
そして、それを秋風に知られてしまい、今に至ると。
座り込んだままの阿笠さんは何も言わなかった。だけれど、小さく頷いたのだ。
……既に阿笠さんは西城部長と付き合ってしまっている。だからこそ、即座に破局につながるストーカー疑惑が弱点になってしまったのか。
脅しに屈すれば西城部長の愛する新聞部の名誉を汚すことになり、屈しなければ破局間違いなし。真っ青になるのも頷ける。
「チッ! 不甲斐ない女だ。この程度で動揺するとは、所詮その程度の愛って事か……」
「ちょっと貴方! そんな言い方って……!?」
「おやおや文藝部のお嬢さん。アンタは変態ストーカーを庇うのか? せっかくだから教えてやるよ! この女の行為はその程度じゃ済まないんだぜ! 西城の自宅に潜り込んで――」
「もう……やめて……」
そう言うと、阿笠さんは静かに泣き出してしまった。久瀬さんがそっと寄り添って抱きしめると、彼女は感極まって嗚咽まで漏らし始める。
僕がモモちゃんと姫乃ちゃんに目線だけで指示を送る中、クロヨシは……笑っていた。
「……春茅、今回は俺達の勝ちだったな。謎を解いても何の解決にもならなかっただろ? あぁ! 葉月は実に鮮やかだなぁ……! あいつは最初から探偵部に解かれるのを想定してたんだ! もちろん今も!」
「……解決、ね」
思い返してみる。確かにこの事件は一方的に秋風に振り回されてしまった。隠したかった”生徒会の醜聞”はばらまかれ愛梨先輩に致命傷を負わせてしまったし、哀れな阿笠さんを恐喝王の下から救い出すことも出来なかった。
「ねぇ、モモちゃん。久瀬さんと一緒に阿笠さんを家に送って上げて?」
「え……でも…………分かったし……」
モモちゃんはあっさりと頷くと、姫乃ちゃんに指示してぐずり続ける阿笠さんを庇わせる。……だけども、モモちゃん自身は僕の側から離れようとしなかった。
「……モモちゃん?」
「……分かってるし。リョウっちの考えてることぐらい……」
強い視線で彼女は僕を見上げた。……どうやら、僕の思惑は助手に見抜かれてしまったらしい。
「リョウっち……このまま秋風と戦う気でしょ?」
「……まぁ、ね」
「じゃ、一緒にいる。探偵には助手役が必要だし」




