4.踊る冷徹人形②
疑惑の5人。これは難題だ。
久瀬さんの案内で新聞部の部室に向かう中、僕の頭の中は様々な推理で一杯だった。そして複数のことを考えているせいで、一つのことに集中できなかったのである。
――僕はこれまでずっとオカルト研究会が味方では無いにしろ、敵でも無いと考えていた。でも、もし彼らが裏で秋風と繋がっているとしたら? ……僕たちの戦略は大幅な見直しが必要になるかもしれないな。
――現に……僕たちは秋風派の勢力を見過っていた。もし正確な戦力を愛梨先輩に伝えていれば、一部の離反は防げたかもしれないのだ。
そこまで考えたところで、頭の別な部分が囁いた。
――ありえない。間違えるな。オカルト研究会の最大の敵は探偵部じゃない。他ならぬ神代先輩にトドメを刺した生徒会の方だ。他にも聖地と崇める部室を奪われたままだったりと、恨み骨髄のはず。そういう教義の筈なのだ。小室が秋風と組むはずがない……。
理性は小室との敵対を叫ぶ一方、感情はそれがありえないと囁いている。
……初心に立ち返ろう。まずは調査からだ。
「ねぇモモちゃん。ちょっと調べて欲しいことがあるんだけど……」
「え? なぁに?」
道中小声でモモちゃんに調査のお願いをしていた。モモちゃんは機転が利くし、見ず知らずの人が相手でも物怖じしない。姫乃ちゃんも一緒なら無茶もしないだろう。それに宇田と会うのなら、僕一人の方が何かとやりやすい。
「例の3人の容疑者のこと、お願い」
「分かったし! ……ってあれ? 3人?」
「うん。新聞部の西城部長、阿笠副部長、倉木さんの3人だよ。他の2人はついでで良い。だって考えてみて? 新聞部の目玉の小説って探偵部の冒険譚を文藝部が執筆した物でしょ? だから今回の探偵部にも文藝部にも喧嘩を売る真似は、明らかに新聞部自体にも損なんだ。ということは――」
「は、犯行動機は個人的な物で、しかも自分の部活を売り渡してでもやる価値があったってこと!?」
驚いて立ち止まってしまったモモちゃんに対し、僕は大仰に頷いていた。
「この事件が不可解なのはそこだよ。好きでやってる自分の部活を売り渡して犯行に及ぶ。そんな強い動機は必然限られるはずなんだ」
――あとはそれを見つけられれば解決へと前進するはず。
モモちゃんは神妙な顔で勢いよく頷くと、ガッツポーズを作ってみせた。
……それに久瀬さんのことならモモちゃんが調べる以上のことを友達として知ってるし、オカルト研究会の宇田に関しては調べるだけ無駄だろう。
だから調査対象を新聞部の3人に絞ったのだ。
「姫乃ちゃん、モモちゃんをサポートしてあげてね」
「……は、はいぃっ! 頑張ります……!」
「よしっ! 行くぞ姫っち! 今度こそ動機の謎を解いてご褒美をもらうし!」
そのまま廊下をパタパタと2人が走って行った。その頼もしい後ろ姿を尻目に、そこを睨む。疑惑の部活新聞部の目の前に着いたのだ。
よし、ここはホームズ流観察術の出番だね。
「春茅部長……この度はご迷惑をおかけして申し訳ない……」
「西城部長……まだ誰が悪かったのか決まったわけではありませんから」
新聞部に入った僕が真っ先に目にした物は、死にそうなほど沈痛な表情を浮かべた西城新聞部長の腰を90度曲げた礼だった。あまりにも勢いよく下げられたからだろうか……。整髪剤のさわやかな匂いが僕の所にまで飛んでくる。
……制服の着こなしに違和感はない。身長は高いけれど不思議と愛嬌が感じられる、人当たりの良さそうな好青年。悪い人ではなさそうだ。ちょっと意外なのは……スマートフォンかな。お辞儀の際にポケットからちらりと覗いたそれは、かなり使い込まれていて画面が指紋で汚れている。その隣は……多分ICレコーダー。取材用だろうけど……良い思い出がないなぁ。
スマートフォンが汚れるほどまめに連絡取るタイプなのかな? ……確かに、女の子にモテそうだし。……ぐぬぬ。
「それで――」
「もちろんだ! 春茅部長、何でも言ってくれ! 僕たち新聞部はこれでもいっぱしのジャーナリストを目指している! 取材源との約束を反故にするような真似は絶対に許せない!」
一転して頭を上げた西城部長は、いっそ暑苦しいほどの態度でそう言う。そこで僕は彼以外にも視線を向けた。
そう。怪しさの権化みたいな奴に、だ。
「……何か?」
「いえ? ただ、この前あった家電販売員に似てるなと思っただけで」
宇田の奴は僕の嫌みをさらっと無視すると、それ以上何も言わなかった。以前とは違って学ランを身につけてはいないけれど、それだけだ。ただオカルト趣味は抑えてるのか、そのテンションは低い。制服もおざなりに着られていて、よく見ればワイシャツがズボンから半端にはみ出ている。西城先輩とは逆に陰気で、モテなさそう……。
そんなことを考えていると、新聞部の中でも一際青い顔をしている女子が震ながら口を開いた。ハスキーなアルトの良い声だった。
「令佳や文藝部にも……なんと謝って良いか……それに生徒会の能登会長にも」
「えっちゃん……」
彼女が副部長の阿笠恵津子、久瀬さんと共同して”立浜高校新聞部”を連載していた張本人か。
なるほど。短く畳まれたスカート、ポケットから覗くスマートフォンはきらきらとデコレーションがふんだんに装飾されている。罪悪感に押し潰されそうなその顔も、よくよく見ればしっかりと化粧が行き届いているし、短めの髪を後ろで束ねたワンポイントの髪留めも鮮やかなオレンジ色で、黒髪の中で宝石のように目立っている。
オシャレに気を遣っている今時の女子高生、それが僕の彼女への第一印象かな。靴下もチョコレートのような色合いと花びらのようなピンクの縞々で、彼女のファッションセンスは確かみたい。太ももの肌色とのコントラストが眩しい…………。でも、足下は控えめなラバーソールのようだ。革靴のように茶色くしっとりとして落ち着いた感じ。それに見合うような双眼鏡も胸元にぶら下がってるしね。
「大丈夫……! えっちゃんは悪くないよ! だって私、えっちゃんには生徒会の醜聞の原稿は渡してないし――」
「でも先輩? 副部長と一緒に検討はしたんですよね? ってことはその際に原稿自体には目を通しているんですよね?」
そこで釘を刺したのが最後の女の子。おそらく倉木さんだった。
彼女が阿笠にぶつける視線は……ナイフのように鋭い。
「当然、この場にいる他の3人はそもそも目を通していません。はっきり言いますけど、私達新聞部の魂を売ったのは副部長じゃないんですか?」
「清子っ! それはこれから探偵部と協力して明らかにするべき事だっ!」
険悪な雰囲気を取り持とうと西城部長が割って入ると、倉木さんは鼻で笑いつつもひとまず下がることにしたらしい。代わりにとげとげした視線をじっと送り込んでいるようだ。
――確かに、彼女の言い分にも一理ある。そしてその視線の先は……阿笠さんと久瀬さんだった。
倉木さんはどうやら、阿笠さんと久瀬さんを怪しんでいるらしい。
「宇田先輩も何か言ってやってくださいよ。怪しいのはお前だ……って」
「……清子、落ち着いたらどうかな? ここは探偵殿の活躍を愉しむのも悪くはないと思うがね」
そして、倉木さんは当てつけるように宇田の隣に立った。手入れされた長い髪とは対照的に、化粧っ気は少ないな。制服も……模範的と言えば聞こえは良いけど、単に無頓着に着ているようで、スカートもいかにも周りに合わせて短くしましたと言わんばかりの丈。
阿笠副部長と比べると花がないな。端的に纏めると地味な女の子。それが倉木さんだ。
「それで春茅部長……僕たちはどうすれば良い? どうすれば……犯人を突き止められるんだ?」
「そうですね……まずは状況を整理しましょう。事件の発端は今日発見された、不自然な立高新聞の号外です。それには本来探偵部や文藝部と新聞部の間で記事にしないと協定が結ばれた記事が載っていた。……それがこれです。何か心当たりはありますか?」
僕はそう言うなり三白から借りた号外を机の上に置いた。号外と銘打たれている以外は他の立高新聞とも違わない。それこそ、余白や文字のサイズにフォントまで一緒なのだ。
「……部長、やはりこれは私達で発行している新聞と同一のものです。この”立高新聞”という書体は貴方が新聞部長を継いだときに作ったロゴです。ワードのフォントじゃ同じ物は作れません。誰かが元のデータを持ち出したとみるべきでは?」
「……これは…………」
「春茅先輩も……そう思いますよね?」
西城部長は何故か号外を食い入るようにしてみていた。
「そうなると、可能性は高いと思います。怪しいのは、そこのパソコンなんだけれど……」
「あぁ、残念ですね探偵さん。あのパソコンは新聞部で共有している物なので、部員なら誰でもログインできて、付属の印刷機も使えるんです」
「……IDも共用なの?」
「えぇ。調べれば使用履歴は分かりますが、肝心の誰が使ったのかまでは不明です。ちなみに、さっき皆で調べた限りでは、号外のデータは存在しませんでした。おそらく犯人がUSBか何かで外部から持ち込んだのでしょう」
となると、ますます怪しいのは新聞部になる。部室の鍵も共用パソコンにログインできるのも新聞部員だけ。とりあえず久瀬さんの線は消えたと思っても良いかもしれない。
……宇田の言葉を信じるのであれば、だけど。
そこで倉木さんが言った。
「副部長……貴女は西城部長の次は新聞部までも破滅するつもりなんですか?」
「違うッ! 私はそんなことッ!?」
「どうだか」
「っ!? 貴女こそ! どうしても私を犯人にしたいらしいわね!」
「……どういう意味ですか?」
「貴女は何時も何時も! 私を疑うじゃない!? そんなに私のことが気にくわないの!?」
「えぇ。まぁ、もちろん」
「最低ッ! っていうか貴女こそどうなのよ!? 私には動機が無い! でも、貴女にはあるじゃない! そう、私を陥れるっていうね……!」
皮肉な笑みを浮かべた倉木さんが隠そうともしない敵意を阿笠さんにぶつける。阿笠さんもそれに応戦だ。この2人、どうやら相当仲が悪いみたい。
しかし、そんなことよりも。
「西城部長……何か不審なことでもありましたか?」
僕は目を見開いたまま号外を見続けている先輩に声をかけた。彼はそれこそ、一心不乱になってみていたのだ。まるで、何か証拠を見つけたかのように。
「春茅部長……一つ分かったことがある」
「……どういうことでしょう?」
「僕は……こっそり新聞に文化祭用のネタを仕込んでいたんだ」
「え? 大志さん……どういうことですか?」
顔を上げた西城部長に対し、阿笠さんは虚を突かれたような声を上げていた。
「恵津子が知らないのも無理はない。間違い探しなんだ。各号の立高新聞には、それぞれ記事の一部を違うフォントに変えていてね。文化祭でネタにしようと思ったんだ」
「そ……それじゃ……」
「そして、どうやら号外を作った犯人は……それに気付かなかったらしい。この号外にも”間違い”が残ってしまっている……それがここだよ」
僕たち全員の視線が西城部長の指先、新聞の発行者欄に注がれる。
「“立浜高校新聞部”……! この文字だけフォントを明朝体ではなくゴシック体にしてたんだよ……!」
「おやおや、これは……!」
「き、気付きませんでした!?」
「……流石、私も気付かなかった。いつの間にこんな企画を……」
もちろん、僕も倉木さん同様気付かなかった。……密かに毎月の新聞を楽しみにしていたのに。
……ん? 毎月? そうか、そういうことか。
「それで西城先輩……その間違い探しのネタは何月の物なんですか?」
「鋭いね春茅部長。そう、これは5月号のネタだよ」
「つまり……5月1日には校内に行き渡るよう4月中に準備されていた、ということですね?」
「その通りだ。そして、一つだけ言えることがある」
そこで西城先輩は震える阿笠さんを後ろに庇いながらも、優しい視線を倉木さんに向けた。
「その時期なら清子は……1年生だから宇田と一緒に取材のイロハを学んで貰っていた。つまり書く記事が存在しない清子はパソコンのパスワードを知らない。犯人は彼女じゃない」
清子、つまりさっきから阿笠副部長をひたすら疑っていた倉木さんだ。彼女も久瀬さんと同じ理屈で犯人ではないみたい。
「ねぇ宇田、ちょっと良いかな?」
「何でしょうか? 探偵殿?」
「履歴を調べて欲しいんだけど?」
僕はツカツカとパソコン、そしてプリンターやスキャナー機能が一緒になった複合機の前に立った。オカルト研究会の手なんか借りたくないけど、あいにくと僕はこの手の機械の操作に詳しくはない。家電研究会の力を借りよう。
「さっき言いましたよ? だからパソコンの履歴にはデータなんて残ってなかったと……。それともまさか……USBを抜き差しした履歴ですか? そんなものは記録に――」
「あぁ、そっちじゃない。僕が言ってるのはプリンターの印刷履歴だ。あいにくと業務用の印刷機は初めてでね」
「……なるほど。少々お待ちを――」
小さくだ。そう、宇田は小さく舌打ちをしながら印刷機を弄り始める。
僕はその隙に距離を取ると、さっきから何も言えずに固まったままの久瀬さんに確認していた。
「宇田と倉木さんってどういう関係なのか知ってる?」
「え? あ、はい。私もそんなに詳しくないですけど……師弟関係らしいです。何でも倉木さんの担当記事は噂話で、宇田君と一緒に調べてたとか。例の神社しかり、学校の七不思議しかり」
つまり……仲が良いって事だ。
確かに僕はさっき、倉木さんが犯人ではなさそうだと思った。でも、それは単独犯の場合の話。パソコンのパスワードの方は協力者がいれば幾らでも突破可能なはずなのだ。
「そう。確か曜日七不思議です。彼女が調べてたのは……!」
「……あの、オカルト研究会が2年に一度流すって噂の……」
クマちゃん先生が言ってた奴だ。オカルトを流行らせて部員を獲得しようという、オカルト研究会残党時代の涙ぐましい努力だね。
「あったぞ春茅部長! 不自然な印刷記録だ! 日付は……先週の土曜日!」
「……土曜日に新聞部の活動は?」
「ない! そして7月号の予備の印刷用紙があったはず。号外の印刷にはうってつけだ」
そう言ったのは宇田ではなく西城先輩の方だった。
なるほど。それは興味深い。だけれど、それは同時に推理の行き詰まりを示す物でもあった。その後も調査を続行したんだけれど……それ以上にめぼしい事実を掴むことは出来なかったのだ。やむなく一時解散する。
僕は久瀬さんと一緒にとぼとぼと探偵部への帰り道を歩いていた。足取りは軽くない。
幾つかの証言を得ることは出来たけど……久瀬さん以外の4人は全員が怪しいのに変わりはない。
とはいえ、気になる点もある。ポイントは号外だ。
「春茅君……えっと、つまり犯人は5月には新聞記事を手に入れていたにもかかわらず、実行は7月にしたってこと?」
「そうだね。ちなみに久瀬さん。久瀬さんの書いた小説ってどうやって保存してるの?」
もしデータ化されているのなら、記事を書く手間なんてコピペくらいだ。仮に手書きだったとしても、新聞記事の文字数を考えれば1ヶ月もかからないだろう。
つまり、犯人は狙って7月に号外を掲載したのだ。……生徒会の秋風を援護するように。
――新聞部を裏切るほどの強い動機……秋風……恐喝……なるほど。僕にも少しずつ絡繰りが見えてきた。それに秋風なら……生徒会の醜聞の一部始終も知ってるはず。
「あ、うん。私パソコンとかが苦手だから……手書きなの。このノートに書いてるけど……」
そう言うと久瀬さんは今年になって持ち歩いている取材ノートを控えめに見せてくれた。なるほど、つまりこういうことか。彼女の取材ノートと取材手帳はそれぞれ役割が違うのだ。
「だから……久瀬さんのエロ妄想は手帳に記してたんだね」
「ど、どういう意味かな春茅君!? っていうか、なな何のことかな私にはさっぱり――」
「……? 単に、しっかり仕事とプライベート分けてるんだなって感心しただけだけど……」
「な、なんだ……そういうことか…………って、それ私のプライベートがピンク色っていう意味だよね!?」
久瀬さんには……恋人との裸の付き合いを含む妄想を手帳に書き記していた前科があるんだけど。




