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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
42/93

3.3人の学生③

 僕の言葉に姫乃ちゃんの瞳はまん丸になっていた。思わずクスリとなってしまう。去年の僕もちと先輩の前ではきっとこんな感じだったのだろう。


 「先輩!? でもでも!? カンニングの証拠は――」

 「――そうだね。無いと考えて良いんじゃないかな?」


 テストを監視していた先生も、身の回りを調べたモモちゃんも、カンニングの証拠はおろか手がかりすら見つけていないのだ。加えて、クマちゃん先生曰く立浜高校はカンニングに厳しいようだし。


 「で、では、カンニングは無かったとおっしゃるのですか……!?」

 「まさか! だって、さゆうぎ点の増え方を見れば、カンニングをしているのは一目瞭然だし」


 ――そう。クマちゃん先生だってその点は疑問を挟まなかったのだ。そしてその上でカンニングの証拠はないという結論に達した。僕もそれには同意見だ。


 ということは……答えは一つだけだよね。


 「さゆうぎは証拠の残らない方法でカンニングしたんだよ」

 「……証拠が……残らない……ですか? そんな方法があり得るとは……」

 「あるよ。もっとも、あまりにシンプルだから気付いてないだけなんだ」


 同時に僕は再び廊下の道を歩んでいく。元来た道を戻るように、姫乃ちゃん達の教室へ進むのだ。


 だって、そこに答えがあるはずだから。


 「多分、この方法が使えるのは今回限りだろうね。次回以降は不可能だ。だからさゆうぎは地道に勉強するんじゃなくて、今回カンニングを仕掛けてきた。誘惑に抗えなかったんだ。……確実にモモちゃんに勝って、姫乃ちゃんに良い所を見せられる。そう思ったんだと思う」

 「…………」


 姫乃ちゃんは何も言わなかった。ただ必死に頭を動かしているらしい。


 時計を見れば既に良い時間だ。……僕も姫乃ちゃんも試験期間中なのである。あまり探偵部の活動に時間を割きすぎるわけにもいかないだろう。


 何より今回の謎解きは……歩きながらだって出来るのだ。


 「姫乃ちゃん、一つ教えて貰って良い?」

 「……何でしょう先輩……」

 「えのっきー……榎本の出席番号だけど、4番(・・)じゃない?」

 「えっと……確かそうです。……っ!? 先輩!? どうしてそれを!?」


 やっぱりね。だと思ったよ。どうやら、今回の僕の推理はかなり当りに近いらしい。もし彼が4番じゃなかったら、推理は一からやり直し。もちろん3番でも5番でも駄目。


 「それで問題のさゆうぎこと左右木が11番で、ドビュッシーが16番。確かにね。これなら、どうしてさゆうぎ達が一切関係の無いドビュッシーと連んでいるのかも分かる」


 尚も疑問符が頭の上に浮かんでいる姫乃ちゃんのために、生徒手帳を取り出し適当な空白のページを開く。


 「良い? ポイントは時期なんだよ。姫乃ちゃんのクラスでは入学以降席替えが行われてないんだよね?」

 「はい……。ある程度クラスが落ち着いてから……つまり、最初のテストが終わってから席替えするという話でした」

 「って事はだよ? 今の姫乃ちゃんのクラスの席順は入学時と一緒、つまりあいうえお順ってことなんだ」


 そのまま探偵部謹製シャープペンでメモを書いていく。書くのは勿論、問題のクラスの席図だ。


 ○ ○ ○ ○ ○ ○

 ○ ○ ○ ○ ○ ○

 ○ ○ ○ ○ ○ ○

 榎 ○ 土 ○ ○ ○

 ○ 左 ○ ○ ○ ○

 ○ ○ ○ ○ ○ ○


 「……先輩、もしかして……」

 「うん。見ての通りだよ。左右木の左前と右前が、それぞれ榎本と土橋の席なんだ」


 そして、だからこそ今回限りなのである。


 「さゆうぎ達のカンニングの方法は簡単だよ。榎本はテストの解答の右半分を左右木に見えるように机の右端に置き、土橋は逆に左半分が見えるように机の左端に解答用紙を置く。これだけ」


 多分もっとも原始的なカンニング方法、つまり他人の回答を覗き見る。これが今回さゆうぎ達が狙ったトリックだろう。原始的で……それ故手間もかからず証拠も残らない。完璧なカンニングだ。


 「おそらくさゆうぎは普段授業をサボっているときに、榎本の席が覗けることに気付いたんだろう。そして思いついたんだ。右前の席の土橋の解答用紙も覗ければ、絶対にバレないカンニングが出来るってね」

 「……あ、だからさゆうぎ君は眼鏡を?」

 「その筈だよ。目つきが悪い……それは視力の低い人の特徴だからね。4月以降好きな人が出来た彼は、なおさら格好悪い眼鏡をかけられなかったんだ。にもかかわらずテスト期間中は眼鏡をかけ始めた。間違いなく半端な視力を補い、解答用紙を覗くためだ」


 そして、このカンニングが出来るのは席替えが行われる前の今回のテストだけだ。次回以降は覗ける位置に来るのが榎本や土橋みたいな頭の良い人間とは限らない。しかもカンニングしようとすれば、その2人を説得してカンニングに荷担させなくてはならないのだ。


 言うまでもなく、カンニング計画がバレたら重大な罰則を受ける羽目になる。そんな弱みを託せるのは同じサッカー部仲間の榎本と、真面目な優等生の土橋くらいなものだろうから。


 「……でも先輩、何故土橋さんはさゆうぎ君に協力をしているんでしょうか?」

 「それは簡単だよ。多分榎本から中学時代のモモちゃんの話を聞いたんだ。で、真面目な彼女は、その真面目さ故にモモちゃんのことが気にくわなかった」


 だって彼女はクラス委員の座を争った挙句、モモちゃんに負けている。酷くプライドを傷つけられただろう。


 「でもでも、だからといってカンニングに手を貸すでしょうか?」

 「多分最初はカンニングにまで荷担する気は無かったんじゃないかな? 彼女はそれこそ、断る代わりに善意で勉強を教えていたんだと思うよ? 実際中学時代のモモちゃんの逸話だけを聞けば、頭が良くないって思うしね」


 しかし、実際はそうではなかった。モモちゃんの点数はさゆうぎ達全員の予想の上を行くものだったのだ。


 「想像だけど……テスト初日が終わった時点でさゆうぎは絶望したはずだよ? だって必死で勉強したにもかかわらず、モモちゃんに大きく水を開けられていたんだから。しかも負ければ間違いなく失恋する。手ひどく追い詰められたさゆうぎ。真面目な彼女は……果たして彼を見捨てられるだろうか?」

 「…………真面目故に……彼女はさゆうぎ君達を見捨てられなかった……そういうことなんですね先輩」

 「……うん。それに、このカンニングに証拠は残らない。榎本も左右木も、恋がかかっている以上絶対に自白はしないだろう。しかも彼女は解答用紙をちょっとだけ机の隅に置くだけで良かった」


 ドビュッシーこと土橋は良い子なんだろう。だからきっと……さゆうぎ達に手を差し伸べてしまったのだ。


 しばしの沈黙が僕たちの間に立ちこめた。


 その間僕は何も言わず、姫乃ちゃんは静かに考え込んでいる。そうして教室に辿り着いたとき、姫乃ちゃんは静かに呟いた。


 「あの……先輩、私はどうすれば良いのでしょうか?」

 「証拠はないけど……プレッシャーをかけることは出来るよ? だって姫乃ちゃんさゆうぎの真後ろの席なんでしょ?」


 再び姫乃ちゃんの瞳がまん丸に開かれた。これは驚くほどでもない。ただ、席順があいうえお順なら、左右木(そうき)の次は間違いなく壮司ヶ谷(そうじがや)だろうから。


 「事前にカンニングのことと、貴男を見張っていると伝えれば良いよ。それだけでえのっきーもドビュッシーも露骨に解答用紙を脇に寄せられなくなるし、それ以上に図星を突かれたさゆうぎは緊張のあまりカンニングどころじゃなくなるだろうしね」


 カンニングさえ封じてしまえば、モモちゃんは高確率で勝つと思う。この試験決闘、勝敗の行方は5つの科目のうち3勝すれば良いのだ。必死な人間なら、5科目全部ではなく3科目に絞って勉強するだろう。多分さゆうぎ達は最終日の科目の分の努力も、それ以前の科目に注いでいるはずなのだ。


 「後は……モモちゃんの努力に期待だね」

 「……あの、先輩……っ! 本当にありがとうございました」


 そう言うと姫乃ちゃんは静かに笑って見事な一礼を見せる。今回のカンニング騒動、そんな所で解決だ。




 ……そう思っていた時期が、僕にもありました。


 「リョウッッッッッッち!!!! 大変だァァァァァァァ!!!!!?」


 翌日。無事試験を終えて久瀬さんと一緒にダメダメだった佐伯を慰めていると、モモちゃんが必死の大声を上げてバルコニーにまで転がり込んできたのである。


 「リョウっちリョウっち!? 大変なの助けて!?」

 「どうしたのモモちゃん? 決着はついたんじゃ――」

 「――姫っちがグーで殴ってKOした!?」

 「決着って物理的に!?」


 思わず僕は立ち上がると、その隙にモモちゃんに手を取られて走り出していた。佐伯も久瀬さんも置き去り。どうやら事件の匂いをかぎつけた久瀬さんが追いかけてくる気配を感じながらも、動揺を隠せないモモちゃんを見る。


 「ど、どういうこと!? 一体何があったの!?」


 必死で息を切らして走り込むモモちゃんは、それでも健気にこっちを見た。


 「試験結果自体は私の勝ちで終わったの!? でも、その後にさゆうぎが私がカンニングしてるっていちゃもん付けてきて……」

 「……まさか、それで?」

 「……うん。姫っちがぶち切れた」


 哀れ。さゆうぎはカンニングの天罰が下ったのか、好きな女の子のグーを、――そう、パーのビンタではなくグーのパンチの前に崩れ落ちたのか。


 「あれ? でもなんでモモちゃんは怯えてるの?」

 「いや、……それが……その……なんて言うか……」


 モモちゃんは黙って自分の教室を指さした。


 ……何故か、何故か人だかりが出来ていた。彼ら野次馬は閉じた教室の中の様子を伺いながらも、決して近寄ろうとしない。むしろ、誰か何とかしろよと言わんばかりに互いに道を譲り合っているではないか。


 「…………ッ! ……さいッ! ……よくも…………ッ……!!」


 それに……隠しようもない怒声。間違いない。信じられないことだけど……


 「違うんだ! 俺は……本当に壮司ヶ谷のことを想って!?」

 「はぁぁぁぁぁ!? 誰が……誰を!? 想ってですか!? 私は……使用人になれてこれ以上ないほど幸せなのにッッッ!!!」


 姫乃ちゃんの声だった。どうやらぶち切れたというモモちゃんの形容は誇張でも何でもなく、烈火の如く怒りが大噴火しているのは確からしい。……どうしよう。今までで一番行きたくない空間なんだけど。


 「リョウっちリョウっち!? 足が止まってるよ!? 早くどうにかして!?」

 「いやこれは――」


 ――無理でしょ。


 そう言おうとした瞬間、扉がクワッと開かれ、中では激怒のあまり腕を組んで仁王立ちした姫乃ちゃんが怒りながら笑うという器用な真似をしていた。


 ついでにその奥には必死で宥めようとしている榎本(仮)とビビりまくっている土橋(仮)の姿。肝心のさゆうぎは……驚くことに尚も姫乃ちゃんに縋っていた。


 「お嬢様!!! 悔しくないのですか!? 私は悔しいッッッ!!! お嬢様の品格をッ! それどころか一族そのものを否定するような言葉ッッッ!!! 断じて見逃すわけには参りませんッッッ!!!」

 「悪かった壮司ヶ谷ッ!!! 百花のことを理由もなく――」

 「下郎ゥゥゥッッッ!!!!!! 私に謝ってどうするのですかッッッ!? 貴方が死んで謝るのはッッ!!! こちらにおわしまする百花お嬢様に他なりませんッッッ!!!! そんなことも分からないのですか!?」

 「姫っち!? お、落ち着いて!? ほら、キャラが――」

 「お嬢様は黙ってて下さい!」

 「あ、はい」


 必死で声をかけたモモちゃんだったけど、姫乃ちゃんのタカのような鋭い視線でジロリと睨まれると、すごすごと退散していた。


 ――リョウっち! ほら! 事件だよ! 解決してよう!?

 ――無理だよ無理!? ほら姫乃ちゃん、目が据わってる! こういう時は何を言っても無駄だって!?


 「そもそもお嬢様方の一族は戦後の焼け野原になって全てを失った私たち使用人一同を、家財を売り払ってまで雇ってくれたのです! それこそ、時には当主自ら労働者の真似事をして生活費を切り詰めていたそうですッ! 貴方はそんな一族のご令嬢に向かって、絶対に言ってはいけない言葉を吐いたのですよッッッ!? おのれ口惜しやァァァァッッッ!!! 時代が昭和であれば! 使用人一同で闇討ちしたものをォォッ!」

 「……モモちゃんの家……そんなことしてたんだ……」

 「してないよッ!? っていうか出来な…………あれ? 贔屓にしている会社に頼めば……いやいやいや、落ち着くのよ百花。流石に総合商社でも死体は処理できない……」

 「良いですか!? 良い機会ですから全クラスメイトと春茅先輩にもッッッ!!! この壮司ヶ谷姫乃が偉大なるお嬢様の一族の歴史を教えて進ぜますッッッ!!!」


 ……その後、姫乃ちゃんは1時間ほど怒り続けた後、突如かかってきた電話で我に返ると今度は可哀想なほど落ち込んでしまったのだった。




 「……それは大変だったな、リョウ」

 「……うん、でも、一番大変なのは必死で事態の収拾を図ったモモちゃんだと思う」


 テストも終わった次の週。僕は再び佐伯や久瀬さんと昼食を取っていた。今日はバルコニーではなく、才賀先輩の故郷こと文藝部の部室である。


 「へぇー。あの子、結構しっかりしてるんだな」

 「うん。最初こそ右往左往してたけど、途中からはどうにか止めようと知恵を絞っていたわけだし」


 モモちゃんが最終的に思いついた解決方法。それは姫乃ちゃんが頭の上がらない相手……そう、実の母親に電話して貰ったのだ。もっともお母さんの方は仕事中ということもあって中々掴まらず、時間はかかってしまったけれど。


 「そう言えば久瀬さん。新聞部の件だけど――」

 「はい! 大丈夫ですよ春茅君! 7月位を予定しているんですけれど……どうですか?」

 「……妙に遅くない?」

 「……そう言われるとそうですね……。うーん、次の新聞作成が忙しいのでしょうか?」


 新聞部。元々ちと先輩の時代から付き合いのあった部活だ。なにか困りごとでもあるのだろうか。何事もないと良いんだけれど。


 思わず僕は空を仰いでいた。空は見事に晴れ渡っていた。夕暮れには少し時間があるようだ。


next→踊る冷徹人形

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