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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
40/93

3.3人の学生①

 6月に入り雨の多い日が続く中、久しぶりの日の光を浴びた僕はバルコニーでご飯を食べることにしていた。今日はテスト期間なので別に直ぐに帰っても良かったのだけど、お誘いを受けたのだ。


 日光を反射しそうな白いバルコニーは幸いにも幾つかのベンチが空いていたので、そのうちの一つを見つけて陣取る。


 「お! リョウ、待たせたな!」

 「春茅君……! 聞いて下さい! 例のアレ、大好評なんですよ……!」


 ……そう。佐伯に久瀬さんが一緒なのである!


 珍しいこともあるもんだ。このコンビ、普段は2人っきりの世界を作り上げて昼食を取るというはた迷惑な存在なんだけど、今日だけは例外らしい。わざわざ僕を誘ってきたのだ。


 そのまま佐伯を中心に3人でベンチに座りつつ、お弁当を食べる。僕はお母さんの手作り、佐伯は……久瀬さんの手作り。色鮮やかなおかず達はとても美味しそうだ。


 ……ちくしょう。く、悔しくないもん。


 「お陰様で”立浜高校探偵部”の掲載された新聞はとても人気が出たんです! それはもう……新聞部や文藝部に続きの催促が来るくらいでして……!」

 「俺も読んでるぜ! もちろん他の野球部員にも勧めといたー! 教科書すら読めるかどうか怪しい連中でも、令佳の小説は夢中になってたな! お陰で探偵部の知名度はうなぎ登り! 羨ましい限りだぜ!」

 「それはありがたいことだね」


 ――もっとも、役目を果たした探偵部はこれから廃部の方向で検討されてるけど。


 そんなことを考えていると、目をきらきらさせた久瀬さんが手帳とペンを取り出しつつ、ついでに身も乗り出していた。


 「4月発表の第一弾”恐怖の谷”と5月発表の第二弾”空き部屋の冒険”……! これに続いて今月号では”花婿疾走事件”を掲載しました! ところがですね……春茅君もお気づきだとは思いますが……”立浜高校探偵部”には一つだけ欠点があります」

 「……分かってる。事件の内容によっては公表できない物もあるんだよね?」


 僕がそう言うと、久瀬さんは勢いよく頭を縦に振って……佐伯と激突してニヤニヤと笑う。バカップルめ。


 それはともかく。僕達が去年解決した事件群には公にするとマズイ類いの物も多い。例えば秋風との出会いとなった”恐喝王”。あれには大町個人の非情に微妙で繊細な問題が含まれている。しかも調べれば容易にモデルが分かってしまうのだ。それ以外の事件でも露骨に探偵部の葉巻や幽霊部員に関係する話はマズイ。


 だから僕は久瀬さんと相談し合った結果、幾つかの話をお蔵入りに決めている。そう。その結果――


 「率直に言います! このままではネタ切れしてしまいそうなんです! だから春茅君、噂に聞く探偵部創設秘話、森亜事件を小説化させて頂けないでしょうか!?」


 ”幽霊の足”、そしてちと先輩が”春色の習作”と名付けた寺島理事――才賀先輩と神代先輩、それに森亜副会長の奇妙な因縁のことだ。


 正直に言うと、僕はあまり気が進んでいなかった。だって、あまりにもショッキングで、プライベートな内容も多分に含まれている。


 「寺島理事からは許可を取りましたっ! 理事も夫婦で私の小説を楽しみにしてくれているそうです!」

 「才賀先輩から? ……でも、生徒会の方は――」

 「能登会長もOKだそうです! 真実を明らかにした方が為になると仰ってました! ……ついでに”生徒会の醜聞”は黙っていて貰えると嬉しいとのことでして……」


 熱狂に染まる久瀬さんの瞳を覗き込んでみる。くりくりした瞳は嘘をついているようには見えない。


 「後は……リョウ。お前がOKしてくれれば問題は無い。それにあれだろ? 探偵部はオカルト研究会と敵対してるんだろ? お前風に言うなら、オカルト研究会の神秘のベールを破り、正体を暴露する良い機会じゃないか」

 「……ううん……そうなんだけど…………」

 

 佐伯の言葉にも一理ある。もし森亜事件を公にする過程でインチキ集団オカルト研究会の実体を知らしめることが出来れば、小室への良い反撃になるはずなのだ。


 「……まぁ、良いか……」

 「やたっ! ありがとう春茅く――」

 「でもその前に新聞部の人に会わせて貰っても良い?」


 僕の言葉にバカップルは揃って不思議そうに首を傾げた。


 もちろん森亜事件を公にする過程では僕たち探偵部もしっかり原稿をチェックし、可能な限り迷惑をかけない形にするつもりではある。チェックには卒業してしまったちと先輩も参加する。だから、問題は無いはず。


 むしろ、僕的にはちと先輩に会う口実が出来るから嬉しいはずなのだ。


 ――なんとなく良くないような気がする。


 なのに何故だかそんな予感が消えなかった。


 「分かりましたっ! 早速新聞部のえっちゃん……副部長との会合をセッティングします!」


 隣を見れば久瀬さんが目を爛々と輝かせて小説を書く喜びを露わにしている。そしてその隣では佐伯が恋人を祝福するようにそれを見守っていて……。別におかしくはない…………と思うんだけど…………。


 何だろう。湧き上がるこの違和感。何かがおかしいような――


 「せ、先輩! こちらでしたか! ……大変なんですっ!」

 「姫乃ちゃん? どうしたの!?」


 だけれど、僕の思考はそこで強制的にストップさせられていた。涙目になった姫乃ちゃんが息も絶え絶えになってバルコニーに駆け込んできたのだ。彼女はそのまま息を整えもせずに必死になって僕を見て――


 「お嬢様が!? お嬢様が!?」

 「モモちゃん!? モモちゃんがどうしたの!?」


 姫乃ちゃんはぜえぜえと荒い息を必死で止めて、絞るように声を出して言う。


 「お嬢様が!? 私を賭けて決闘されてるんです! 助けて下さい先輩!?」

 「な、なんだって!?」


 僕は、そしてバカップルも思わず姫乃ちゃんの言葉に唖然となっていた。


 姫乃ちゃんの忠誠心は確からしく、呼吸を整えて我に返ると今度はバカップル2人に対して人見知りを発動させてしまい……それでも懸命に僕に頼み込んできたのだ。


 「テスト、テストなんです! お嬢様がテストの点数でクラスメイトと勝負をなさってるんです!? お嬢様が勝てば特に問題は無いのですが、負けた暁には私が!?」

 「そんな!? まさかモモちゃん、使用人を賭けの道具に――」

 「私が! お嬢様のパシリを出来なくなってしまうんです!」

 「…………はい?」


 思わず真顔になって姫乃ちゃんを見ていた。泣きそうな彼女は本気だ。間違いない。本気で――


 「うぅぅぅ! きっと、きっと私がお世話しなくなったら、お嬢様は直ぐに私なんか居なくても問題ないという事に気付かれるんです! そして、そして私は!? 由緒正しい使用人の家に生まれた私は!? クビになって路頭を迷う事になるんです!? それこそ、他の学生さんのように勉強して大学や会社に入るんです! こんな、こんなことって……酷いです!」


 あれ? なんか思ってた展開と違う。てっきりモモちゃんが負けたら姫乃ちゃんが身代わりに差し出されて、あんなことやこんなことをされるのかと思ったんだけど……。


 待て待て。状況を整理しよう。姫乃ちゃんはモモちゃんの使用人だ。だから当然学校にいる間もモモちゃんのお世話をしている。それこそ本人の言う通りパシリだって何だってするだろう。で、それを見ていたクラスメイトが可哀想に思って、モモちゃんに決闘を挑んだ?


 「な、何なんですか!? その美味しい展開は!?」


 僕が何か言う前に久瀬さんが歓喜の叫びと共に取材メモを書き殴っていた。




 どうにかして落ち着かせた姫乃ちゃんから話を聞いたところ、今一年のクラスでは愉快な展開になっているらしい。


 「つまり、クラスメイトの男の子が姫乃ちゃんに惚れた挙句、モモちゃんにイジメられてると誤解して救い出そうと空回りしている?」

 「ほ、惚れられてるかは分かりませんが、そんな感じですぅ……」


 興奮が冷めた姫乃ちゃんは、今度は空気の抜けた風船のように萎んで僕の真後ろに隠れてしまっていた。話を聞いてハイテンションになった久瀬さんや、見知らぬ男性の佐伯に怯えているらしい。


 今もまた、佐伯の視線に怯えて僕の腕にぎゅうっとしがみついている。……柔らかいなぁ……はっ!


 「なぁ、それって問題あるのかよ?」

 「大問題ですっ! あぁぁぁ、お嬢様は朝が弱いから、いっつも寝癖が付いてるんです! それに制服が乱れていることも多々あるんですっ! 私がお嬢様のお世話を出来ないと、お家の名誉に関わるんですよ!?」

 「いや、家の中ならいつも通りの生活をして学校にいる間は――」

 「駄目ですっ! 駄目ですっ! お嬢様は私が目を離すと、直ぐにあのおぞましい邪悪な悪魔を飲まれるんですよ!? 高い中毒性に加えて極めて不健全で、国によっては規制されているものの、我が国では平然とのさばっている呪われし暗黒物質……そうコーラ!」

 「ってコーラなんだ!?」


 仰々しい姫乃ちゃんに僕は思わず突っ込まざるを得なかった。彼女はわなわなと震えると、そんな僕に対して信じられないと言わんばかりの顔を向ける。


 「コーラですよ先輩!? あの製造元の合衆国ではあの暗黒飲料が蔓延するあまり、肥満が社会問題になっているんです! それくらいコーラには沢山の身体に良くない物質やビックリするくらいの砂糖が入ってるんですっ! 哀れなお嬢様は中学時代に誘惑されてしまって以来、すっかりあれに依存してしまっているのです! それこそ、私が頑張って研究した薬草茶よりもです! おかしいですよね!? それは、ちょっとくらい苦いかも知れませんが……でもでも絶対身体に良い筈なんです! カフェインも糖質も脂肪も入ってませんし、おまけに天然由来の成分なうえ、採取元は全てお屋敷の敷地からなんです! 先輩、分かりますよね!?」

 「あ、うん」


 ――姫乃ちゃん、健康マニアだったんだ……。


 あまりの剣幕に押された僕は、そんなことを考えていたせいで思わず頷いてしまった。すると同時に姫乃ちゃんの表情がパァッと明るくなる。どうやら理解者が出来て喜んでるみたいだ。


 そうして、姫乃ちゃんはついでのように付け加えた。


 「それに、奇妙な事があるんです」

 「どういうこと?」

 「はい。点数なんです。というのも、相手の男の子はどちらかというと運動系の方でして……授業中に平然と居眠りしていたり、お弁当を食べていたり……決して勉強熱心な生徒ではありません。ノートだってほとんど取ってないようなんです」


 ……思い返してみる。モモちゃんは中学までは見た目通り遊び回っていた。それは実家の力で立浜高校への入学が事実上確定していたからだ。


 でも、彼女はそんな父親の世話になるのを嫌い、必死で勉強して実力で高校に進学した……ってちと先輩からは聞いている。つまり、決してお馬鹿な子ではない。


 「相手の男の子はどうやら中学時代のお嬢様の噂を知っていたようでして……侮っていたみたいなんです。それに、今回の試験決闘を教室中に聞こえる声で宣言した後に、何人かの友達と一緒に勉強したらしく、初日の試験の自己採点ではそれぞれ72点と74点でした。一方のお嬢様はそれぞれ85点と86点だったので、2勝です。お分かりですね?」

 「なるほど。つまり……この佐伯よりもずっと頭が良いってことだね?」

 「やかましーわ!?」


 佐伯を久瀬さんに慰めさせるのと、姫乃ちゃんが頷くのは同時だった。


 別に驚くような結果ではない。所詮付け焼き刃の勉強なんてそんなものだ。にもかかわらず、姫乃ちゃんは必死に助けを求めてきた。ということは、


 「そして先ほど、クラスメイトの見守る中で2人の本日の解答が発表されました。お嬢様は得意科目だったこともあって、それぞれ89点と93点。この瞬間、私はお嬢様の勝利を確信しました。ところがです」

 「……まさか、相手の点は?」 

 「はい。97点と98点でした」

 「……!? 春茅君、確かにこれは彼女の言うとおりおかしいですよ!?」


 驚いた顔の久瀬さんは、その拍子に手帳を取り落としてしまう。うん? 何か書いてある……。


 ”探偵部に三角関係!? むしろ四角関係か!? 春茅部長、可愛らしい見た目に反して後輩の女の子にも手を出す肉食系疑惑!?”


 思わず僕がジト目になるのと、久瀬さんが明後日の方向を見て下手くそな口笛を吹き出すのは同時だった。


 「つまり……カンニング疑惑ってこと?」

 「はい! 少なくとも私はそう思っております! 」


 なるほど。それなら確かに調べる必要があるな。でも、一つ問題があるっぽい。


 「ところで……だけど。これで勝敗は2勝2敗。明日の試験の結果で決着がつくって事だよね?」

 「はい! ……だから、もう時間が無いんです」


 これは拙いことになったかも知れない。僕は今まで直接会って話すことで手がかりを掴んできた。でも、相手がカンニングを企んでるって事はだよ?


 「それで、相手の生徒は……?」

 「あ……その、クラスメイトの厳正なる自己採点が終わった後は直ぐに2人の友達と一緒に帰ってしまいました……」


 当然、明日のカンニングの準備が必要だろう。ってことは、そんな危険な真似を校内でするとは思えない。つまり、僕はこの謎を解く過程で面と向かって話をすることも出来ないということなのだ。


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