2.有名な依頼人②
翌日は放課後も過ぎて6時が近づこうという頃。僕達探偵部は何の因果か、以前に利用した喫茶店へと向かっていた。向こうがあそこを指定したのだ。曇りがちの空がどことなく暗鬱とした空気を生み出す中、3人で歩いて行く。
「……2人とも、気をつけてね? 小室は神代先輩の後継者を名乗るだけあって……油断は出来ないよ」
「知ってる。お姉から話は聞いた。……でも、リョウっちもいるし、大丈夫だし!」
モモちゃんは頭の後ろで手を組んであっけらかんという一方、人見知りの姫乃ちゃんは浮かない顔で一番後ろを歩いていた。
「あの、本当に大丈夫なんでしょうか……? 今のオカルト研究会は危険な団体なのですよね? お嬢様にもしもの事があったら……」
「……危険な団体なのは確かだけど、小室は理性的な相手でもある……と思う」
初めて会った時は危うく殴り合いになりかけたけど。
それはともかく。
相も変わらず寂れた商店街の一角の喫茶店。外観からでは中の様子は伺い知れない。”会いたい”と暗号を送った僕に、小室は”6時に前の店”と返信してきた。以前とは立場が逆になってしまったわけだ。
中を睨むようにしている僕を尻目にモモちゃんは平然と喫茶店の扉へと手を伸ばした。
「失礼しま――」
「やぁお嬢さん方」
「ひぃっ!?」
唐突な見知らぬ人に姫乃ちゃんが思わず悲鳴を上げ、モモちゃんの動きも止まって声の主を見つめる。小室だ。あいつはどうやら店の外にいたらしい。その手にはスマートフォン。電話だろうか。
一方僕は……思わず大事な大事な家宝である鹿撃帽を被り直していた。
だって、小室の奴……まるで魔王だと言わんばかりにマントを羽織っていたのだ。黒い学ランの上に黒いマント。だけれど裏地が赤……というより臙脂色のそれは不思議と奴に似合っていた。魔力でも宿っているのか、不思議なことに生地が波打ったようになっていて、宙を舞うかのようなのだ。
そんなマントを羽織った小室は、僕を見るとニヤリと笑う。
「よう春茅! 俺の傑作暗号を気に入って貰えたのは光栄だが……あれは既に生徒会の恐喝王に解読されてるぞ? 感心しないな?」
「良く言うよ……。バレても問題ない文面で解答したくせに」
そう言うと、ますます小室は笑みを深めていく。大した自信だけど……そうか。以前の奴とは違うのは一つだけ。
見ればマントに隠れた学ランの胸ポケットには、紐が覗いている。多分神代先輩の勾玉に結ばれていた組紐だろう。
「呪力を持った勾玉のお陰で、俺はみいこ様にまた一歩近づくことが出来たんだ! どうだ春茅? 神子の権威は素晴らしいだろう? 圧倒的だろう?」
同時に小室の登場を祝福するように風が吹き荒み、マントが空を翻る。
なんてことだ。小室……間違いない。
マントを着飾るその姿、紛う事なき――
「中二病……」
「鹿撃帽被ってるお前にだけは言われたくねえよ!? っていうかそういう意味じゃねえから!?」
僕が幻滅する一方、モモちゃんは平然とマントを羽織った不審者に近づき一言。
「……なぁんだ。シルクかと思ったら綿じゃん。1万円もしない安物で権威とか、笑わせるなし」
「値段の話でもねえから!?」
「あの! あの! そのマント! 洗濯したあと乾燥機に入れてませんか!? 駄目ですよぅ、縮んじゃってます!」
「何だよチクショウ! こいつも同類か!」
あっかんべーするモモちゃん以上に、真剣な口調だった姫乃ちゃんの一言が小室には一番効いたらしい。
って言うか、あのマントの波紋……魔法の力じゃなくて洗濯の力によるものだったのか……!
「なによそれ! あははっ! おっかしー!!! 姫っち! もっと言っておやり!」
「小室……ふふっ……マントは大事にしなよ? ぷぷっ……せっかく買ったんだろ? 良かったら洗濯のコツ教えようか? 僕も……ははっ……帽子を洗うときは気を遣って――」
「余計なお世話だ馬鹿野郎! クソッ! これだから探偵部は天敵なんだ。こいつら……何処までも俺に従いやがらねえ……」
必死で笑いを堪える僕の友情を、失礼なことに奴は無情にも蹴っ飛ばしていた。笑いの収まらぬ僕らを横目に小室は顎で店内をしゃくる。
「チッ! お前らは先には入ってろよ。あと2人来る筈なんだが、遅れてるみたいでな」
なるほど。それで小室は外で電話していたのか。
「じゃあ遠慮無く」
「あぁ。適当に飲みもんでも頼んでな。特別に奢ってやるよ」
奢りの言葉にモモちゃんがテンションを上げ、直ぐにドアベルをカランカランと鳴らしながら扉を開けていた。
店内は以前と同様にマスターの茶飲み友達と思われる主婦が数人カウンター席にいて、話の花を咲かせている。空調が効いているようで、すこぶる快適だ。
「うわ……結構繁盛してるんだね」
「そうみたい」
こう言っちゃ何だけど意外だ。丁度買い物帰りの主婦が立ち寄る時間だったのかな。よく見ればまだテーブルの上の食器が片付けられていない席も多い。それらも含めれば満席近いな。
「リョウっち姫っち! ほら、あそこのボックス席が空いてるよ」
モモちゃんが指さしたのは部屋の奥の席だった。確かに大きめだし、裏口も近いから逃げやすそう。申し分ない……かな。
「よし、そうしようか」
「うん! えへへ……」
小柄なモモちゃんの頭が近くにあったので、思わず撫でていた。彼女はうっとりと目を細めている。
空気を読んだのか、姫乃ちゃんが真っ先に席へと滑り込んでいた。僕が続いてモモちゃんでピッタリだ。そしてモモちゃんはそのままメニューへと視線を滑らせる。
「何にする? 私コーラ!」
「!? あの……お嬢様、この席は冷えます。お体に障らないよう温かい飲み物の方が……」
「ぶー。姫っちまでそんなこと言うー。リョウっちはそんなこと言わないよね? ね?」
「僕は――」
そんな事を話していると、小室の奴は思ったより早く戻ってきていた。どうやら待ち人は僕たちの直ぐ後に来たらしい。
マント姿の小室を何とも思わないどころか、二人ともどこか恍惚とした顔で歩いている。男と女。その2人が小室の両脇にピタリとついて歩いていた。女は恋人に甘えるように。男は恩人を庇うように。
そのまま壁際の対面に座った。
「紹介しよう。我々園芸部の新入部員、宇田透、光の宇田兄妹だ」
「「よろしく」」
思わずギョッとしていた。この兄妹、まるで謀ったかのように同じ表情同じ仕草に同じ抑揚で同じように頷いたのだ。
「双子……?」
「まあな。もちろん二卵生双生児だから……探偵を騙すトリックには使えないな?」
……似ている。
小室の言葉に追従するよう微笑んだ2人は異常なくらい似ている。一卵生双生児と言われても驚かないだろう。学ランとブレザーの差があるから見分けるのは簡単だけど……何だか気味が悪いな。見れば新入生なのか、制服にも癖は現れていない。スカートは長いままだし、学ランは律儀に全部のボタンが閉められている。
2人はこれまた行儀良く椅子に座って小さいカップのコーヒーを頼んでいった。両手は揃えて膝の上かな? 流石に僕からは見えないけど。
「それで……そっちは?」
「あわ! は、初めまして! 壮司ヶ谷姫乃と申しますっ! こちらひゃ――」
常識人なのか、姫乃ちゃんが人見知りを押して答えようとして……案の定緊張のあまり噛んで涙目になって頭を抱えていた。
「百花だし! 以後よろしくー」
微妙な空気になりそうな場をモモちゃんが引き継ぎ、代わりに僕が姫乃ちゃんを慰める。
その瞬間だ。
小室の唇がニヤリと、深々と裂けるように笑みを浮かべたのは。
「あぁ……可哀想に。貴女に……妙な霊が憑いているね」
僕がギョッとして止めに入るまもなく、小室は顔を上げた姫乃ちゃんに言い寄っていた。
「えっ? えっ?」
「俺には見える……! 貴女の先祖には……あくどいことをした人が居るみたいだね。貴女の先祖にはめられた人が恨んで死に、末代まで呪いをかけたようだ! 幸い霊媒としての力は弱いみたいだけど……四六時中、それこそ風呂やトイレといった無防備な時までずっと貴女に恨み言を呟いている……。常にそのプレッシャーを受けているから、現実が疎かになっていないかい?」
――たとえば初対面の人が苦手で失敗してしまう、とか。
大仰に立ち上がった小室は暗にそう言っているのだ。
――くそっ。失敗した。時機を逸したなこれは。姫乃ちゃんの顔は既に真っ青になっている。今からこいつを黙らせたところで、不安に苛まれてしまうだろう。むしろ姫乃ちゃんの性格じゃ、何か不運がある度に霊の仕業だと思い込んでしまいそう。まさか挨拶代わりに攻撃してくるとは……
ツンツンと膝をつつかれた。
事情を察したモモちゃんが不安そうな顔をしていたのだ。気持ちは分かる。このままではマズイ。どこかで反撃をしないと――
「ほら、僕の力で霊を活性化させてみよう」
同時に小室が立ったまま独特の節のついた祝詞を歌い上げる。僕は座ったまま何も言えなかった。だって――
「あんた馬鹿なの? 幽霊なんて居るわけが…………ッ!?」
「ひぃっ!? こ、これはどうなってッッッ!?」
暖かかった店内の空気などどこへやら、凍てつくような冷たい風が僕たちの首筋を撫でたのだ! 既に姫乃ちゃんは顔面蒼白で怯えていて、モモちゃんですら表情が凍り付いていた――
「大丈夫。僕たちオカルト研究会に任せてよ? 知ってるかい? 幽霊が現れるときは生暖かい風が吹くんだ。もし冷たい冷気を感じたなら、それは霊界への道が開いた証拠だよ。……ほら、現れた」
同時に僕の……僕たちの首筋を舐めるように不自然に温かい風が触るように通り過ぎていく。だけどそれは一瞬だった。直ぐにまた凍てつくような風が僕たちを取り囲む。冷たい。まるで霊界の空気のように冷え切っている……。首が……首筋が……。
「あぁ……なるほど。どうやら江戸時代の人のようだね……。よっぽど恨んでいるみたい。丁度3人の首を刀で膾切りにしているよ……」
「ば、馬鹿なこと言うなしっ! こんなの……なんかの間違いで……うぅッ!?」
モモちゃんが冷気を振り払うように立ち上がり……かえって冷気が直撃したのか勢いを失ってすごすごと席にへたり込んでいた。
「ね? 神子様の力は凄まじいでしょう?」
「でも大丈夫です。僕たちと一緒に修行すれば守ってあげられましょう」
そうして双子はジロリと僕を睨み付けた。驚くほどシンクロした動きだった。
「「ねえ? なんにも出来ない無力な探偵さん?」」
小室を崇拝し、対照的に僕を軽蔑しきったような表情。僕はそれに対しほとんど何もできない。
既に姫乃ちゃんは完全に悪霊に怯えきっているし、モモちゃんだって否定できなくなっているのだ。
僕に出来ることは本当に少ない。そもそも僕は幽霊が大嫌いなんだ。幽霊退治なんて専門外も良いことだ。出来るなら耳を塞いで布団の中にくるまっていたい。だから――
「中々手の込んだ茶番だね」
――探偵らしく、正面から偽幽霊の正体を探ることにした。
どうやら僕の鹿撃帽は幽霊の冷気に対しても有効らしい。あぁ、僕は未熟だ。こんなこと……ちと先輩なら即座に気付いて反撃していただろうに!
「ど、どういうことでしょうか先輩!? わた……私、助かるんでしょうか!?」
「リョウっち!? これは一体どうなっているの!?」
真っ青になった女の子がそれぞれ両腕に縋り付いてくるのを尻目に立ち上がると、ゆっくりと店内を見回してみる。相変わらずの冷たく美しいパヴァーヌが鳴り響く店内、中々の客入りだけどピークは過ぎたのか新しいお客さんは来ない。マスターも友達との会話に夢中で、テーブルの食器も出しっ放し。
なるほど。
「へぇ? どういう意味だ春茅?」
「そのままの意味だよ。霊気? 確かに人の手にはあまる現象だね。……どうせならお茶を頼んでおけば良かった」
同時に小室が舌打ちしつつ指をパチンと鳴らすと、霊界の扉とやらも閉じたのかピタリと冷気は止まって元の温かい空気が戻ってきた。
しばしの沈黙。その間にようやく気付いたマスターが飲み物を配り、近くのテーブルの食器を片付けていく。
僕は鹿撃帽を被り直して小室を正面から一睨みしていた。残念だけど、この程度の幽霊とやらじゃ僕を脅かすには足りないね!
「前の幽霊騒ぎの時にちと先輩は僕に言ったよ。『神秘のベールを剥がせ』『純粋な状況だけを見ろ』ってね」
「探偵さん意外に頑固なのかしら? 霊の存在を目の当たりに――」
「――光、静かに……」
まるで蛇のように小室のおもねる女を、あいつは冷たく退けていた。もちろん、僕に情報を与えないためだろう。だけど、今回はそんなホームズ式推理術を使うまでもない子供騙しなのだ。
「霊界の冷気に幽霊の起こす生暖かい風? 笑わせないで欲しいな」
負けじと僕が見下したかのように挑発すると、蛇のような宇田兄妹は露骨に苛立ちを露わにしていた。直ぐに兄の透の方が噛みつこうと牙を剥く。
「人間とは愚かな物です。貴方のようにそこにあるものを見えないというだけで否定するとは……。みいこ様、どうかこの哀れな男にも祝福あれ」
どうやら宇田兄妹は小室の元で、”負け”を経験したことが少ないみたいだ。小室の奴は既に撤退の準備を進めているというのに。
「せせせ、先輩!? 私はどうすれば!?」
天の助けとばかりに姫乃ちゃんが思わず僕の腕に縋り付いてきて……あ、やっぱりモモちゃんより大分大き――
「リョウっち! リョウっち! 何が何だかさっぱりだし!? 早く謎解きプリーズ!?」
混乱しつつもどこか冷めた瞳のモモちゃんを前に、姫乃ちゃんも我に返っていた。当然僕の腕も解放される。
……別に残念とか思ってないよ?
「目に見えないっていうけど……今回起きた現象はようするに風。目に見えなくて当然なんだよ」
「なんて、なんてつまらない人……。確かに風は見えないけど、肌で感じることは出来るでしょうに……」
「透の言うとおりだわ……目に見え無くとも霊の存在を温度で感じ取れなかったの? どれだけ鈍感なの?」
確かに生暖かい風と冷気が僕たちを取り巻いた。それは本当だ。幽霊の存在以外は、だけどね。
「嘆かわしい。でも、貴方のような人も世の中にはいるのです。そんな人達を導くのも我々オカルト研究会――」
「冷たい風に温かい風。そんな物を人間は操れない……だから、機械を使ったんでしょ?」
同時に宇田兄妹がピクリと止まった。驚いたときまでも同じ反応とは、流石双子。そんな2人の後始末をするように出て来たのは、やはり小室だった。
僕も雑魚と遊んでいる暇はない。
「答えは簡単だよ。丁度僕たち探偵部の真後ろにあるクーラーを使ったんでしょう? この喫茶店のクーラーは天井埋込型の業務用じゃなくて、壁掛形の家庭用。リモコンがあれば遠隔操作できるしね」
――間違いないだろう。だからこそ、席に座ったときに姫乃ちゃんはモモちゃんが寒くならないよう、無意識のうちに使用人の癖で気遣っていたのだ。
「へぇ、だが春茅。確かにお前達の背後にクーラーはあるが……肝心のリモコンもまた一緒に壁に付いてるぞ?」
「お生憎様! リモコンは一つとは限らないよ!」
「馬鹿なの貴方! たかがそんなことのために私達が大金を出してこの店と同じ空調を買ったとでも言うのかしら!? そんなお金はそっちのお金持ちでも無い限り――」
同時に小室が舌打ちをすると、真っ青になった蛇女は黙り込んだ。あいつは不機嫌さを隠そうともしなかったのだ。それどころか、驚きつつも静かに戦いに聞き入っているモモちゃんと姫乃ちゃんを羨んでさえいるようで。
「リモコンは機種さえ分かれば、汎用リモコンで対応できる。値段だってお前のマントほどもしないさ。あとはそっちの……女の子がテーブルの下で操作すれば良い話だよ家電研究会さん?」
「言うな春茅! だが一つおかしな点があるぞ? お前の言う通りクーラーを使うのであれば、それが有効なのは風が直に当るこの席だけだ。でも、この席を選んだのは俺達じゃない。お前達探偵部だろ?」
そう言うと全員の視線がモモちゃんに降り注いだ。
「お、お嬢様……?」
「うぇ!? いや、その……私は……適当に選んだって言うか……」
「そら見たことか! 俺達がそんな不確かな方法を選ぶわけがないでしょう!? 適当なことを言うな探偵!」
今度は兄の方が立ち上がった。だけれど僕は凄まれたところで怯まないし、見逃さない。その振る舞いは、まるで疚しいことがあると言わんばかりだったのだ!
「いいや? モモちゃんは正しいよ」
「ほえ?」
「モモちゃんはこの席を選ばされたんだ」
そう。別に不思議でも何でも無い。モモちゃんは深く考えて選んだわけじゃないからこそ、小室の罠に引っかかったってだけで……
「モモちゃんは僕たち団体が座れる席を探した。そうなると、当然カウンター席は選ばないわけだ」
「で、でもリョウっち! ボックス席は他に5つもあるんだよ? 私……どうして……」
「悩むほどのことじゃないよ。衝立があるから入口からは一番奥の席は見えないし、他の席は……」
「あ! そうです! お嬢様達が店に入った時は、テーブルの上に食器が出てました!」
そう。だからモモちゃんは入口から見える4つの席の内、食器が乗っていない席で一番手前にある席を選んだというわけだ。彼女は思わずハッとなっていた。
――うん。ということは、だ。
「小室、お前が6時なんて遅い時間を指定したのは簡単で、それまでこの店はオカルト研究会で使っていたんだろ? そして会計は全部お前の奢り……っていうことは、マスターも一部の客が途中で店を出ても追いかけないし、片付けもしない。おしゃべりに夢中だ」
――何せ、この店は寂れているのだ。店自体のセンスはともかく、立地の商店街そのものが寂れているんじゃどうしようもない。実際前来たときも常連しかいなかった。なのに今日だけ千客万来って言うのもおかしいしね。
見れば初めての体験なのか、宇田兄妹は唖然となっていた。……この反応。この2人、明らかに種を知っているな。ただの信者じゃないってことか。
「しょ、証拠はあるのですか!?」
「そうよ! 証拠はあるのかしら!? じゃないといくらでもいちゃもんを――」
「マスターに勘定を見せて貰えば良い。僕たちが頼んだのはコーラに紅茶にメロンソーダ。そっちが頼んだのはホットコーヒーが3つだけの筈――」
――それ以外の品物が書いてあれば……。そこまで言おうとしたところで僕は口を噤んでいた。
小室が降参と言わんばかりに両手をひらひらと振っていたのだ。だけれどその顔はとても楽しそうで……
「相変わらずだな春茅。安心したよ」
「僕は不安になったけどね」
「チッ! 相変わらず口の減らない奴! それで……だ」
――ただの遊びだ。そんなに怒るなよ?
露骨にそんな空気が伝わってきた。僕も腹が立つけど……仕方ない笑って許してやることにしよう――
「はぁ!? ちょっと! 散々姫っちを騙そうとしていて謝りもしないわけ!?」
と、思ったんだけど。いいように掌で踊らされたモモちゃんは怒り心頭だった。怒髪天を衝く勢いで姫乃ちゃんを庇うようにしつつ、2人分の憤りを平然とぶつけていく。
「ただの冗談だ、ちょっと探偵をからかっただけだって。もし本当に呪術を使うなら、勾玉を使ってるさ」
「知らないし! 良くもやってくれたわね詐欺師!」
「ちょっとチビ! 調子に乗らないでよね! アンタなんか神子様の力があれば一瞬であの世に――」
――あっ、と姫乃ちゃんが呟き、涙目になって僕に縋ってくる。……一方のモモちゃんはというと、思わず無表情になって立ち上がり――完全にぶち切れていた。どうやらあの兄妹の妹の方、逆鱗に触れたらしい。
「はぁぁぁぁぁ!? 誰がチビだしッッッッ!? この蛇女! 蛇っぽいのは心だけにしなさいよッッッ!!! それともッ! そんな性根だから身体まで蛇体型なのかしらァッッッ!!!」
「なっ!? なにぃぃっ!? なによッッッ!!! 貴女だけには言われたくないわッッッ!!! チビガキめッッッ!!!」
どうやらお互いに逆鱗を殴り合ってしまったらしい。
思わず僕は小室と目を見合わせていた。
……こっち側。すとーーん。
……あっち側。すとーーん。
……なんて、なんて虚しい戦いなんだ。
「おいぃぃチビィッ!!! チビっちゃいのは胸や身長だけじゃなくて頭もらしいわねクソガキッ!!」
「黙れ妖怪蛇女ッ!!! せっかくの身長が無い胸を強調するとは! ドラム缶と一緒にするなしッッ!」
――なぁこれ、決着つくのか?
――……ほら、ウェストとか……ね?
――あぁ、なるほど。残念だけど、貧乏な光が蛇体型なのは確かだからなぁ……。
呆気にとられた僕は、思わず小室と謎の共感を覚えていた。
唯一持ち合わせている姫乃ちゃんを尻目に、不毛な罵りあいはマスターに叩き出されるまで続く。
とはいえ、僕は結局小室と連絡先を交換することに成功する。オカルト研究会ですら知る者は少ない小室の連絡先を、だ。
奴はある条件と引替えに秋風の情報収集を引き受けてくれた。
小室も秋風を脅威に感じていたのは同感らしく、共闘には前向きだったのだ。オカルト研究会の情報は思った以上に正確だったので、簡単に確認してから三白……を通じて愛梨先輩にも報告している。
これにて一件落着。流石の恐喝王も活動を封じられるだろう。めでたしめでたし。
僕も小室も、そう思っていた。
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