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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の事件簿
37/93

1.百花の推理法修業

 高校の新学期特有のざわめきを聞き流しながら、僕は一人探偵部の部室へと向かっていた。廊下の窓から見下ろせば、沢山の制服姿と共に満開の桜の木が春を謳歌している。


 思えば今年の春の桜前線は最高の推移を辿っているかもしれない。僕がちと先輩とお別れをした時から満開の桜花が風に舞い始め、入学式の今日もまだ花びらが残っているのだ。


 そんな風にちと先輩のいない寂しさを紛らわせつつ、部室の扉を開けて――絶句した。


 だって、だってそこにいたのだ、間違いない――


 「――ちと先輩!?」


 ――後ろ姿とはいえ、僕の愛するちと先輩がっ!


 長い黒髪が風にさらさらと流れていて、見事に着こなした制服姿の片手にはお手製の葉巻。


 僕の声に反応して振り向いた小柄な彼女は――


 「おーっす! リョウっち久しぶり! さ、これで探偵部活動開――ッッ!? ゲホッ! ゲホッ! 何じゃこりゃぁぁぁ!? 葉巻ってこんな美味しくない物だったの!? お姉はなんでこんなのを!?」


 改めて見直せば緑色のリボンに小柄な体躯。うん、間違いない。一瞬だけ、それこそ一瞬だけビックリしたけど、もう大丈夫。


 「……モモちゃん、何やってるの? って言うか、その髪はどうしたの?」

 「ふふん! これが噂の高校デビューってやつだし!」

 「いやそれ逆だよね!? 普通髪の毛染めたりする方だよね!?」


 モモちゃんだった。もちろん立浜高校の青を基調とした制服を身につけているし、リボンの色は緑色で一年生を表している。そしてなにより、茶色く染めていたはずのショートカットが黒のさらさらストレートになっていたのである。


 それどころか、どことなく大人びた空気も持ち合わせていたのだ。それこそ、後ろ姿だけなら背丈以外はちと先輩にそっくりだった。


 「まーまー、そんなことは良いじゃん。それより、入部届頂戴! 勿論私も探偵部に入るんだからね!」


 もっとも、前から見たモモちゃんは以前と全く変わっていなかった。屈託もなく笑う姿は向日葵のようで、ちと先輩とは印象は全く違う。


 かくして……僕の立浜高校生活2年目がスタートしたのだ!




 「……リョウっち、つまり……こういうことなの?」


 僕の隣の席に座ってお茶を飲んでいたモモちゃんは、僕の語る驚愕の事実に口をあんぐりと開けていた。


 「うん。寺島理事からも話は聞いてるしね」

 「お、落ち着いてる場合じゃないよリョウっち!? た、大変だ!? 4月の初めから大事件じゃん!?」


 一方、僕は優雅にクッキーを食べる。うん、美味しい。モモちゃんが家から持ってきただけあって、濃厚なバター風味が紅茶に良く合う――


 「探偵部が廃部……ってどういうこと!?」


 そんな僕を一切気にせず、モモちゃんは激しく狼狽していた。


 僕だって初めに聞いた時は驚いた。でも、同時に理解してもいる。


 「まぁでも、森亜の謎を解いて創設以来の悲願を達成したし――」

 「いやいやいや!? 尚更おかしいよ!? 成果を上げたのに解散だなんて!?」


 すっかり慌てふためいたモモちゃんを相手に、僕は言わざるを得なかった。


 「ううん。実はそんなことはないんだ。そもそも探偵部って実績がほとんど無いんだよ。文化祭にも不参加だし……部員だって実質2人だけ」


 よく考えて欲しい。去年の探偵部の部員数は8人。ただし、内6人が幽霊部員で実質的に活動していたのは僕とちと先輩だけなのだ。立浜高校では部活は最低5人以上が必要であり、4人以下だと同好会に格下げで部室も没収。そして2人以下になればめでたく廃部と決められている。


 「で、でも! 一応8人居たんだよね!? あ、もしかして皆卒業しちゃったって事!? それなら急いで協力してくれる生徒を探さないと――」

 「いや、そもそも生徒会的には幽霊部員はカウントしないんだって」

 「ちくしょうおっぱい会長め! お姉が居なくなったからって好き放題出来ると思うなし!?」


 そう言うと、モモちゃんは顔を顰めて悪態をついていた。……本性を現したな、とか。


 ……もちろん別に愛梨先輩が意地悪しているわけじゃない。元々これが普通なのだ。で、今まで探偵部はちと先輩や寺島理事の意向もあって、そのルールを無視できていた。


 今年からは違う。モモちゃんこそいるものの、寺島理事からは申し訳なさそうに謝罪の言葉を頂いているのだ。


 ……謎を解いてしまった以上、露骨な優遇は出来ないと。そして僕と話し合い、ある程度は受け入れる事を決めたのだ。そう伝えると、モモちゃん怒りは天にも達した。


 「おのれ叔父さん! 謀ったな!? 今度からおっさんって呼んでやる!」

 「やめて!? 理事が地味に傷つくよ!? 僕たち部室を没収されてないだけマシなんだから!?」


 ぐぬぬ、とモモちゃんが悔しそうに拳を突き上げる。僕が更に宥めようとしたところで、思わず二人で顔を見合わせていた。足音が聞こえてきたのだ。


 「依頼人かな?」

 「依頼人……かも?」


 春のうららかな日差しに似合わない、何処か緊張したかのような足音だった。


 それは少しずつ歩みを遅くしながらもどうにか部室の扉に辿り着くと、何故か散々逡巡したかのように入口付近を歩き回っていた。僕の耳が確かなら部室の壁に貼られた立高新聞の辺りで長く沈黙した後、再び動き始めたようで、控えめにノックをしてから一言――


 「あ、あの! し、失礼しましゅ!」

 「あ、噛んだ」

 「正にあかん、だね。リョウっち……」


 居たたまれない空気が蔓延していた。声の主はどうやら涙目になってしまったらしく、それでも必死に扉に縋り付いたらしい。転がり込むように部室に入ってきていた。


 そうして予想道通り半泣きになっていた彼女は、不安そうにスカートの裾をモジモジと指先で弄りながら言う。


 「こ、ここが探偵部の部室でしゅっか!?」


 また噛んだ。


 そしてどうやら相当混乱しているらしく、視線をぐるぐるさせながらそのまま動かなくなってしまう。大人しそうな雰囲気からも、もしかしたら人見知りするタイプの子なのかも知れない。


 ……うん、丁度良いかも。


 そう思った僕は小声でモモちゃんに話しかけてみた。そう。探偵部伝統のアレである。


 「モモちゃん、彼女の正体を推理してみて?」

 「むうぅぅ。話は聞いていたけど……やっぱり来たねリョウっち……!」


 ご褒美付の謎解きの時間だった。モモちゃんも乗り気なようで良かった。


 僕も依頼人を立ちっぱなしにさせるのも申し訳ないので、椅子に誘導する。もちろんホームズ式推理術を怠らない。特に服装が画一的な高校では、立ち振る舞いの要素が大きいのだ。


 椅子に座った女の子。まずは新品のスカートだけど、丈は特に長くも短くもない。大人しそうな外見と合わせて、彼女の性格を反映しているように見える。次に上半身だけど、リボンはモモちゃんと同じ緑色だった。ついでに起伏は……あ、モモちゃんよりも……


 そんなことを考えていると、女の子の表情が怯えかけたので直ぐに視線を逸らす。制服に特徴は無い。


 ――当たり前か。今日が入学式なので、個性なんて出るはずがないのだ。靴もそう、鞄もそう。ならば見るべき所は……表情だ。


 僅かに震え保護欲をかき立てそうな顔立ちは、意外なことに整っている。モモちゃんと違って一切化粧をしてないようだけど、素材は悪くない。輪郭も小さく纏まってバランスが良いし、綺麗に手入れされた細長い眉はアーモンド型の瞳と合わせて美人を名乗るには充分だろう。肌は色白で黒髪は動きやすそうに短く切られている。それに……これはなんだろう? 食べ物の香り? なんか、やたら美味しそうな良い匂いがする……。なんだったっけ……。あんまり僕みたいな庶民にはありつく機会のない……食材……出汁……松茸?


 「ふっふーん! 分かった! 分かったよリョウっち! ……と依頼人の貴女!」


 そんなことを考えていると、モモちゃんが胸を張ってアピールしていた。依頼人のことなどお構いなしである。


 あぁ、一方の彼女の方が臆病なのは確からしい。今のモモちゃんの言葉で驚いたのか、片手でスカートの裾をいじくり回し、もう片方の手は胸の前で制服を固く握っている――


 「ふふふ! 全て百花にお任せあれ! さぁ! 貴女の正体を当ててみせる! リョウっちも答え合わせの準備は良―い? 私はバッチこーいだよ!」

 「随分早いけど……もういいの?」

 「もっちろーん! ささ、リョウっちはご褒美の準備をするのだー!」


 自信満々に立ち上がったモモちゃんとは対照的に、依頼人の方は完全に呆気を取られていた。なんて言うか……やめておけば良かった、みたいな。……まぁ、後でフォローするとして、遅ればせながら僕にも事情が飲み込めてきた。


 「あ、あの……?」

 「貴女は1年生だね! 間違いないし! だって、リボンが私と同じ緑色で新入生だからね! そして、大人し……もとい引っ込み思案の性格! 内気で異性は勿論同性にも中々話しかけられない! 趣味は読書! 色白なことから中学時代は……部活にも入らないほど地味だった! でもでもでもでも、だからこそ探偵部に来た! 立高新聞の小説を夢中になって読んだんじゃないかしら!? そしてそこに記された探偵部の冒険に憧れた! だから一念発起してここに来たのよ!」


 一気呵成に捲し立てたモモちゃんの勢いに負けたのか、依頼人はコクッと頷いてから、慌ててその通りです、と付け足した。


 「……なるほどね」

 「どう? どう? これは間違いなくご褒美査定だよね? ごっほうび、ごっほうび、なんにしようかなー? ケーキは前に行ったし……今度はショッピングが良いかなー」


 推理は以上だった。性格のことはなんとなく分からないでもない。確かにこの依頼人にはそんな空気が漂っている。でも、モモちゃんは香りに気付かなかったのかな? それによくよく見るとこの女生徒、おかしな点が多い。


 「さぁ! リョウっち! 査定は如何に!?」

 「うん。それはもちろん――」


 依頼人がハラハラと見守る中、モモちゃんは既にご褒美を確信しているのだ。


 僕は立ち上がると、苦笑しながら静かに結論を述べることにした。


 「ご褒美……無しだ」




 モモちゃんの表情が凍り付く。依頼人の女の子も大きく息を飲んだ。


 「確かに彼女が引っ込み思案なのは見れば分かる。リボンから1年生なのもね」

 「じゃあ、あってるじゃん!」

 「うん。でも、それ以外にも、あるよね?」


 ギクリ、と依頼人の女の子は身体を震わせた。


 「とっても良い香り。でも、これは香水じゃない。ということは、身につけたくてつけた香りじゃないって事だ。言い換えれば、朝起きてから入学式を終えるまでの何処かで松茸の香りがついたって事になる。例えば……モモちゃん家の女中さんとか」

 「な、何を言ってるし!?」


 朝っぱらから松茸と接する高校生は少ないだろう。それこそお金持ちの家の使用人ぐらいだ。


 日常的に松茸みたいな高級品を食べられる生徒は少ない。まして、匂いが付くほどふんだんな量となれば尚更だ。


 女中のこの子は早起きして、主人であるモモちゃんのために朝食を作っていたのだ。多分制服の上にエプロンを着けていたから、香りが染みてしまったのだろう。通学は車の送迎だし今日は入学式だけだから、匂いが消える前に探偵部の部室に来たのだ。


 そしてモモちゃんは松茸を食べ慣れているので、珍しい匂いに気付かなかった。


 驚いたのか思わず女の子が目を見開いている。そう、まるで……主人を庇うように。


 「あのっ! たまたま! たまたま私の家で美味しい松茸を頂いただけです! だからそのっ! 先輩の勘違いで……」

 「でも、貴女は今朝からモモちゃんに気を遣って化粧を止めたんだよね?」

 「……っ!?」


 だって、不自然なんだもの。この子は一切化粧してないけれど、眉だけは綺麗に手入れされている。ということは、だ。彼女は元々化粧をしていたんだ。でも、引っ込み思案な性格から望んでしているわけではなさそう。ということは、身だしなみにも気を遣う環境にいるのだ。それは使用人という立場とも符合する。


 でも、今日から突然化粧が出来なくなってしまった。何故か?


 「……あ、もしかして、それってそういう?」

 「うん。彼女は主人が今日から気合入れて高校デビューするのに気を遣ってくれたんだ。使用人の自分が主人より目立たないように化粧を止めて、ね」


 眉だけは直ぐにどうこうできるわけじゃない。だから変わらず綺麗なままなのである。


 「そんなところかな。何か間違ってるところは――」

 「お、お嬢様ぁぁぁぁ! 申し訳ありません!」


 モモちゃんが何か言うより先に使用人、というより女中さんの女の子が降伏していた。それはもう見事なまでに深々と頭を下げていたのだ。




 「ぐぬぬ……さすがリョウっち! バレてしまっては仕方ない! 姫っちはね……私のお母さん付の女中の娘なの。歳が同じだったから、ちっちゃい頃から一緒に暮らしててさ」

 「お、お騒がせして申し訳ありません! 私、百花お嬢様にお仕えさせて頂いております壮司ヶ谷姫乃(そうじがやひめの)と申しますっ! なにとぞよろしくお願いいたしますぅ!」


 話してみると、姫乃ちゃんは女中さん見習いらしい。ゆくゆくは現役の桜田さんの後を継いでモモちゃん専属の女中になる予定だとか。


 「あの……その、先輩、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。罰は全て私がお受けしますので……」

 「罰!? いやそこまで気を遣わなくて大丈夫だよ!? 慣れてるしね」

 「どういう意味だー!?」


 思わず食って掛かってきたモモちゃんに対し、僕はジト目を隠せなかった。モモちゃん……幽霊になりすましたり、勝手に高校に侵入してたり、生徒会に喧嘩を売ったり、やりたい放題だったような……。


 「ん? 一緒に? ってことは中学校も?」

 「はい! 同じ立浜中学に通っておりました」


 にもかかわらず、僕はこの子とは初対面である。モモちゃんが頻繁に高校に遊びに来ていたにもかかわらずだ。ということは……


 「あれ? ってことは、モモちゃんがサボっ――」

 「――リョウっちリョウっち! そろそろ良い時間だしご飯食べ行こ!? 私、良いお店を見つけたし!」


 ――あぁ、やっぱり。モモちゃんが高校に遊びに来てる間、姫乃ちゃん中学校に置き去りにされてたんだ。きっと涙目で学校中を探し回っていたに違いない。


 なんて、なんて苦労人なんだ……。


 「……うん分かった。せっかくだし、僕が2人分奢るよ」

 「えっ!? 良いんですか? お嬢様はともかく、私まで……」

 「やたっ! さっすがリョウっち! 何処までもついて行くし!」


 かくして、年度を跨いだ探偵部は新たに3人体制で活動を開始したのである!


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