表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
34/93

10.春色の習作⑨

 その場にいる全員が事情を把握していた。紫が悲鳴を上げる中、俺は怒りに燃える瞳を乙母に向ける。そう、怒っていたのだ。余計な真似をしでかした乙母と――その事実に気付かなかった自分に。


 「――馬鹿か俺はッ!? 何が深井は安全だッッッ!? 乙母ォッ! お前かァァ!? 森亜にあいつの連絡先を教えたのは!?」


 深井が菫の霊と会話している? 幽霊なんてありえないッ!! 森亜が何かをしているはずなのだッ!!


 「待って! 私には、心当たりがッ……そうか!? あの時のラブレター!?」

 「そいつをどうした!?」


 蒼白になった乙母は視線だけで答えをよこす。その視線は静かにゴミ箱を向いていた。森亜の奴、連絡先の書かれたそれを後で回収したに違いない――


 もはや間違いないだろう。森亜の次のターゲットは深井だったのだ――! 俺は自宅なら安全だと思っていたが、違った。奴は深井に直接幽霊の声を届ける手段を持ち合わせていたのだ――!


 「おい深井!? 貴様今どこにいる!?」

 『痛いなぁ……でも、綺麗。もちろん、菫ほどじゃないけど……菫? そこにいるの……ここは寒い……』

 「先生ェッ! 救急車をお願いします! 先輩ッ! 私達はどうすれば良いですかッ!?」


 居ても立ってもいられなかったらしい。紫が大人達を促しながら、強い視線で俺を見る。


 ――今度は考える時間すら無い。使えるのは暗中を切り裂く閃きだけ。


 「水の音……月明かり……奴の家じゃないッ!」


 もし深井の家なら月明かりは該当しないだろう。あいつの家の風呂場やトイレは閉鎖空間だ、間違いない。俺だってあいつの家に行ったことくらいはある、しかしそうなると何処だ? 月明かりが入るということは窓際の水辺、血で真っ赤になるということは、大きな水溜まりではないはずだ、クソッ! 範囲が広すぎる! 何か手がかりは――


 「そうかッ!? 菫……つまり、幽霊を求めて高校にいるんだなッ!?」


 多分おそらくきっと、間違いない。深井自身が菫に会いに行くと言っていたのだから――!


 「行くぞォッ! 分担だ! 俺は校舎の東側を探す!」

 「分かりましたッ! 私は校舎の西側を探しますッ! 乙母さんは部室棟の方をお願いしますッ!!」

 「わ、分かったわ!」


 一瞬だけ視線を合わせあった。今度ばかりはバカの勘の良さに感謝だな。そのまま先生や刑事が動き出すよりも速く、走り出していた。


 「誰かが見つけたら、スマートフォンで連絡するんだ!」

 「先生! ここで待機をお願いしますっ! もし深井君の居場所が分かったら連絡しますので、救急隊の方に伝えてあげて下さい。」


 誰も返事なんて寄越さなかった。俺も乙母も期待していない。


 窓の外を見れば、既に太陽は地平線へと沈みこむ寸前で、世界を真っ赤に染め上げている。俗に言う黄昏時、魑魅魍魎が跋扈する時間帯だ。


 廊下を駆け抜けつつもトイレへ視線を送る。


 ――2階じゃないッ!


 噎せ返りそうなほど激しく脈動する心臓を押さえ込み、最後に見回す。間違いない。2階の水場、そう、トイレに奴の姿はなかったのだ。


 刹那、疑問が脳裏を過ぎる。


 ――深井が居るのは上? それとも下?


 くだらん。そんな物は決まっている


 「ッハァッ! 上……だなッ…………!」


 菫が死んだのは3階だった。ならば、奴も3階に居るはずだ。


 「クソッ! 待っていろよ……!」


 真っ赤に灼熱した血液が懸命に全身に酸素を送り込んでいく。まるで足りていない。肺は必死で拡張と収縮を繰り返すものの、それ以上の速度で消費してしまっているのだ。加えて決して狭くない校舎内、しかも階段を2段飛ばしで駆け上っているのである。


 ――それが何だというのだ!?


 走る……。走る。走る、走る走る走る走る走る――


 「深井! そこか!?」


 吐き気を我慢して走り込んだそこには――確かに深井がいた。トイレの手洗い場にいた。ぐったりと壁にもたれかかり、その顔色は青白い。


 身体と制服を問わず真っ赤な血が飛び散って斑模様を描き、その左腕は確かに真っ赤な水の中へと――


 「ぁ……才賀……?」

 「しっかりしろッッッ!!!」


 床に倒れ込むように奴の巨体を丸ごと引っ張り傷口を水中から引き抜く。同時に右手で奴の腕をキツく絞めあげ、左手でスマートフォンを操作する。


 「先生! 見つけた! 奴は3階東トイレだ!」

 『了解した! 直ぐに行けるよう伝える……!』


 そのまま紫と乙母に連絡しようとしたところで、何かに遮られた。


 思わずギョッとしてしまう。死人のように冷たいのは深井だった。死相の浮かんだ顔で俺を見ていたのだ。


 「才賀……菫……屋上に……いるのか……な?」

 「どういう意味だ!?」

 「だって、気のせいかもだけど……窓の外から……上から……気配…………菫……」

 「深井!? しっかりしろ!! 今救急車が来るから!! 深井――!!!」

 「先輩ッ!!! 大丈夫ですかッッ!?」


 同時に血相を変えた紫が西側から駆け寄るも、時既に遅し。深井の身体はそれっきり動かなかった。


 同時に俺も立ち上がる。階下からは慌てたような足音が聞こえてきた。多分伝え終えた先生と刑事だろう。


 「深井先輩!? 深井先輩!! 深井先輩ッッ!!! しっかりして下さいッ!!」


 紫は汚れるのも構わず必死で深井を揺さぶるも、返答はない。


 「ここか!? どけ! 私がやる!!」


 即座に刑事が深井の身体に取り付くと蘇生措置を始めるものの、意味は無いだろう。もし何か意味のあることをするとしたら――


 「そうだケータイ! 乙母先輩!? た、助けて下さいッ! 深井先輩が……このままじゃ……死んじゃう……!」

 「――――――おい」


 ――深井の仇を取ってやる以外にありえないッ!!


 「ぐすっ……どうしよう……このままじゃ…………先輩?」

 「行くぞ……!」


 気がつけば俺は紫の袖を引っ張ると、屋上へと足を向けていた。


 この立浜高校は、バルコニーが開放されている代わりに屋上は厳重に施錠されている。それこそ設備点検の時しか開かないのだ。言い換えると、鍵自体は時々使うので厳重に保管されているわけではない。そして頻繁には使わないから管理も緩やかで――


 「屋上だ」

 「屋上ですか!? そんな所に行ってどうするんですか!?」

 「深井が言っていた」


 理性は言う。もし森亜が犯人なら、奴は屋上になどいるはずがないと。


 感情は言う。もし森亜が犯人なら、奴は絶対に屋上にいるはずだと。


 ――深井に電話をかけるだけなら、校舎内にいる必要など無い。


 生徒会室でゆっくりするなり、帰宅するなりすれば良いのだ。にもかかわらず奴は校舎内に残っている。何か目的があるはずだ――


 「俺と……決着をつける気か」


 それ以外にありえなかった。きっと奴は俺に対して”攻撃”してくるはずなのだ。それがどんな形なのかは分からない。おそらく致命的な一撃なのだろう。


 「気をつけろ、何をしてくるか分からん」

 「……! はいっ! 盾にでも何でもなって見せますッ!」


 だが、証拠を掴むチャンスでもあるのだ。俺はまだ……菫の件と深井の件、謎を解けていない。


 慌てて掴んだ屋上の扉は案の定開いていた。ギィィィと不気味な音を立ててゆっくりと開いていくそれを、蹴破るようにして進む。


 初めて踏み込む屋上は閑散としていた。既に日も暮れ、明るい宵闇が一体を包み込んでいる。森亜は……居た。


 フェンスの向こう側、屋上の何かしらの設備の奥、崖っぷちに座っては楽しそうにこちらを見ていたのだ。


 「森亜……貴様か……」

 「……不思議なものだね、才賀君。君はどうやってここに来たんだい?」


 そう言いつつ、森亜の顔には来てくれて嬉しいと書いてあったのだ。さりげなく周りを見渡すものの、特に周囲に仕掛けはない。ハラハラと見守る紫を尻目に、俺は森亜に近づいていく。


 「そんなことはどうだって良いだろう?」

 「そうだね。些細な点だ。むしろ気になるのは……」


 フェンスすれすれにまで近づいたところで、森亜がジェスチャーで足を止めてくる。夏の生暖かい風が俺と奴の間を吹き抜けた。


 「神代の件と白瀬の件、謎は大体解けた」

 「証拠はあるのかい?」

 「……必要なのか?」


 返った答えは苦笑いだった。事実そうだろう。もし推理が間違っているのなら、俺はこんな所には来ていないのだから。


 「玉坂さんと深井君の方はどうだい?」

 「必要なのか? お前に聞けば良い話だろ?」


 屋上の縁で立ち上がると、奴は頭を横に振った。


 「なら、2勝2敗だね。……僕の勝ちだ」

 「何を言う。2勝2敗でもこれで終わりなのだ。俺の勝ちだ」


 すると奴は静かに屋上の開けっ放しになっていた入り口を指さす。気がつけば風の音に紛れて足音が響き渡っているじゃないか。これは……


 「才賀君!? ――帝!? これはどういうことなの!?」


 乙母だった。彼女は部室棟まで探しに行ったものの、外れだったようだ。あっちは深井の居る可能性も高かったが……肝心の階が閉鎖されているのである。菫の……清掃のために。


 「蘭……僕を信じて……」

 「うん……うん……! 信じてる! でも、これはいったい?」


 それは一瞬のことだったと思う。俺が乙母に気を取られた瞬間には、森亜は既に行動を終えていた。即ち、”攻撃”を――


 俺が次に見たときの奴は、靴を脱いでいた。ただ脱いだだけではない。靴を重しに何か紙束を遺していて――


 「ごめん蘭! 僕はもう耐えられないんだ!!」

 「どういう意味なの!?」


 奴の目的を悟った俺が何かをする暇も無く、森亜の攻撃は完成していた。


 「才賀君は僕のことを犯人と決めつけてかかっている! 彼の実家の力で僕はまもなく逮捕されてしまう! 分かるだろう? 僕は絶対にそうなる訳にはいかないんだ!!」

 「待て森亜! 貴様――」


 奴に躊躇はなかった。そのまま縁から一歩踏み出す。何もない虚空へと――


 「帝――!!!」

 「蘭……共に……生きて」


 そのまま森亜の身体は大地へと落ちていき、一瞬の静寂の後、何かが潰れるような音を響き渡らせる。


 「そんなッッッッッ!? う、嘘……い、いやぁッ!!」


 同時に乙母がお腹を押さえるように絶叫を上げる。俺も紫も、何も出来なかった。バカは展開について行けず、俺はようやく奴の攻撃を理解し呆然となっていたのだ。直ぐにその悲鳴を聞きつけた先生がやって来ると、乙母から説明を聞いて屋上のフェンスを乗り越える。


 険しい顔の先生の目的は一つ。森亜が遺した遺書の回収だ。それを一目見るなり、乙母へと渡す。


 彼女の表情は見る間に真っ赤に染まっていった。怒りの赤を越えて激昂の白、続いて激怒の深紅だった。


 「……森亜の奴……俺が……ここまで辿り着くことまでも読んでいたのか?」


 確かなことは2つ。奴が死んで謎の解明は不可能になったこと。そして、奴の命を賭した攻撃は、俺をもまた蝕んでいたこと。


 後の展開は俺にも読めていた。詰んだのだ。奴の死によって真相は闇の中に葬られるだろう。しかし、全てではない。奴は文字通りデタラメに命を吹き込んだのだ。しかも俺が奴を追っていたのは間違いの無い事実。後は想像に難くない。……致命傷だった。


 「あ……あ……先輩、これは……一体?」


 乙母の反応を見れば分かる。森亜の遺書には、おそらく俺が連続した自殺の真犯人を匂わせること、そして厳しい捜査に追い詰められて死を選んだことが書いてあるのだろう。どうやら彼女の反応から、かなり良く出来ている内容のようで――


 「お前ェェェェェェェェッッッッッ!!!! 良くもォォォォッッッ!!!!!」

 「先輩危ないッッッ!!!」


 般若の顔つきになった乙母が一直線に俺に駆け寄ると、渾身の力で首を締め上げた。直ぐに息ができ無くなり、次第に視界が赤く染まっていく。俺に抵抗する気力は無い。無駄なのだ。ここを生き延びたところで――


 「よくもよくもよくもッッッ!!! このッッ人殺しがァァァッッッ!!! 絶対に許さないッッッ!!! 私がッこの手でッお前を殺すッッッ!!!」

 「このッ! 先輩を離せッッッ!!! 人殺し!? 貴女に言われる筋合いはありませんッッッ!!!!」


 だが、そう思っていたのは俺だけだったようだ。殺意を秘めた乙母は、同様に決意を掲げた紫によって防がれていた。直ぐに先生も加わり乙母は引きはがされ、奴は悪鬼のような顔でこちらを睨むばかり。


 「全員落ち着け……! 直ぐに……他の教員も来るから……!」


 その後のことは良く覚えていない。憎悪の塊となった乙母に首を絞められたのは効いたらしい。酸欠の頭は理解力まで下がるのだろうか。それとも、森亜への完全敗北で上の空になっていたのか。全てが曖昧だった。




 その一撃は劇的だった。人間はゴシップが大好きだ。特に、傲岸不遜なお金持ちが無様に転落していくことほどの娯楽はない。――つまり、俺だ。


 一人、教室で昼食を取る。この前までは煩いほど男女を問わず生徒がやって来ていたものだが、今日はいない。代わりにあるのは……人殺しを恐れる視線だ。


 今日だけじゃない。明日も、明後日も。俺が死ぬ日までこれは続くだろう。


 結論から言えば連続自殺事件は迷宮入りとなっていた。正確には、単なる自殺及びそれの模倣自殺。明らかに手段が違うのだから模倣でも何でもないのだが、その辺は俺の実家が権力を総動員して押し潰したらしい。


 その過程で多少の反撃を受けたようで――俺はその責任を取らなくてはならない。


 「……先輩、その……静かになりましたね」

 「バカか、居たたまれないのなら黙ってろ」

 「ひぃ! すみません!?」


 いつの間にか、目の前には紫が居た。上級生に紛れて平然と食事を取ることに戸惑いはないらしい。


 「………………」

 「……でも、本当に静か……前は先輩の関心を惹こうとあんなに沢山人がいたのに……」

 「……皮肉か? バカにしては上出来だと誉めてやろう」

 「ひぃ! ち、違いますって」


 バカのやることなど無視して考える。責任だ。実家は……兄たちは俺の無罪を信じてくれた。だが、それに意味は無い。世間一般は……残念ながら半端な俺の謎解きよりも、命を賭して無実を訴えた森亜の肩を持つようなのだ。


 政治家を抱える当家にとって、かなりの痛手だった。


 既に事態は俺だけではどうしようもなくなっている。父親は不祥事として政権与党内での地位を失わないまでも、影響力は大きく削がれてしまった。幸いなことがあるとしたら、連続自殺事件にまつわる霊的な話が生徒達から噴出したせいで、各論がごたまぜになって追及する側も困惑していることか。


 ――まさか、あのオカルト研究会に貸しが出来るとはな……


 「……………………おい」

 「な、なんですか!? まだ何もしてませんよ!?」

 「何故お前はここにいる?」

 「はい?」


 俺は……責任を取らなくてはならない。元々は兄を、そして当家を支える立場を期待されていた。今は望むべくもない。それどころか――


 「俺は……自分で言うのも何だが、傲慢で嫌な奴だ。人が離れていったのも理解できる」

 「ご、傲慢!? そんなことないです!! 先輩はとっても賢くて頭も良くてスマートで……」

 「お前の語彙が乏しいのは分かった。……これだ。俺は舐められてはいけない立場にいる。俺が甘く見られれば家や兄さん達に迷惑がかかるからな。だから、常に傲慢でなくてはならない……いつのまにか、意識せずともそうなっていた」


 ――歴史はないが栄光はある当家に泥を塗った愚か者。学生ごときのお遊びに後れを取った無能に要職は与えられない。兄弟は他にも居る。ならば無能な邪魔者は排除するだけ。


 俺は……分家へと養子に出されることが決まっていた。その分家にも嫡男は居る。つまり、俺の立場はない。肩身が狭いどころではない。居場所そのものがない。華やかな表舞台は勿論、地味な裏舞台で活躍することもない。


 あるのはただ、早く死ぬことを望まれるのみ。


 だから、そんな道にこいつを付き合わせるわけにはいかないだろう。


 「おい」

 「な、何ですか!?」

 「お前も他の皆と同じ所に行け」

 「……っえ?」


 紫にだって友達はいる。3年の教室に居場所はないだろうが、2年の教室なら話は別だ。むしろ、事件の詳細を知りたがる生徒によってたかられるだろう。後は、俺を否定して大衆の好奇心を満足させてやれば良い。


 「わ、私は……!?」

 「俺のことはいい」


 今更我が身に惜しむ物など無い。


 だが、案の定というか、紫はバカだった。バカすぎて冷静な損得勘定も出来ず――


 「い、嫌ですっ!」


 泣きそうな目で縋り付いてきた。そう来ると思っていた。


 「お前が俺を慕ってるのは知っている」

 「ほわぁ!? ま、待ってこのタイミングは予想してなかった――」

 「だが、俺はお前が嫌いだ。物分かりの悪いノロマは、一番嫌いなタイプだ」

 「……あ…………」


 見る間に紫の瞳から光が消えていった。――許せ。これが……お前にとっての最良の道なんだ。


 「目障りだ。失せろ」

 「私……私……」

 「身分違いも良いところだ。さっさと庶民の群れに帰れ」

 「嫌です!!」


 紫は言った。傍目にも分かるほど落ち込んでいたが、その瞳は見捨てられまいと必死になっていて――


 「別に結ばれなくても良いんです!! ただ、私は、貴方の邪魔にならない遠くから見ているだけで幸せなんです!! それこそ使用人でもなんでも――」

 「使用人? 何も出来ないお前が? 俺の命令を聞くって?」

 「…………はい」


 紫の瞳は一縷の希望に縋り付いていた。だから――


 「なら、二度と俺の前に現れるな!! 命令だ!!」

 「……………………」

 「出来ないのか!?」

 「……………………はい、分かりました」

 「かしこまりました、だ! この愚図!!」


 ――それを断ち切るしかないだろう。


 それが限界だったのか、紫は涙を流して嗚咽を零しながら走り去っていく。


 周囲からは冷たい視線が注がれるものの、気にする必要は無いだろう。どうせ何をしたって変わらないのだから。




 翌日も紫は来た。


 だから追い払った。


 翌々日も紫は来た。


 だから罵って追い散らした。


 そうすると、ようやく俺の日常には静けさが取り戻されていた。翌々々日になると流石の紫も学習したのかやってくることはなくなり――


 「バカかお前はッ!? 何を考えているッッッ!?」


 代わりに生徒会に正面から乗り込んだのだ。俺に唯一同情的だった担任から話を聞いて駆けつけたときには既に遅く、バカは正面から殺意の色濃い乙母にぶん殴られ、侮蔑を隠さない壊れ目覚ましに罵られ、それでも立ち上がって挑んでいたのだ。


 「あ、先輩」

 「あ、ではない!? お前正気か!?」

 「もちろんです! 私、とっても簡単な解決策を思いついたんです! 要するに、森亜の謎を解き明かせば、先輩の無実は証明されるんですよね!?」

 「紫……いい加減に――」


 俺は――何も言えなかった。確かにそうなのだ。だが、それは不可能に近いだろう。あの森亜が証拠を残すとは思えないし、何より警察も自殺と判断している。これ以上新しい事実が判明することもない。


 「チッ! 貴方……ッッッ!!!」

 「……すまない。邪魔したな」


 眼前には表情を怒りに染めて隠そうともしない乙母を筆頭にした生徒会員達。俺は慌てて紫の腕を掴んで場所を変えていた。




 「……お前何を――」

 「初めて私の名前を呼んでくれましたね」


 思わずギクリとするほど紫の目は澄んでいて、俺のことを見抜いていた。その表情は何とも形容しがたいものの……まるで優しく微笑んでいるようであり――


 「紫……もう良いんだ。ありがとう――」

 「聞いて下さい! 成果はありました!! 生徒会の手際が良すぎますし、今思えばあの壁新聞も怪しいです! あれは本当にオカルト研究会の記事なのでしょうか!? 私、調べたんです! 自殺者が出た後にしてはいけないことを知っていますか!? 自殺者を美化することなんです! あれは……明らかに人を自殺に導く道具だったんです! 白瀬君も深井先輩も、きっとあの記事を読んで――」

 「そんなことはどうでも良いッッッ!!!! 自分の事は自分でどうにかするさッッッ!!!」


 俺は、それとは対照的に心の底から憤りを感じていた。認めよう。紫は……本当に良い子なのだ。俺に付き合わせるには勿体ないほどに。


 「……実家は俺を切り捨て、分家に養子に出す気だ。何が言いたいか分かるな?」

 「……!? も、もちろんですよ!? 私だって成長して……」

 「…………これまでみたいに、権力でお前に良くしてやれないってことだ。俺はどんなに良くても一生飼い殺しだろう。だからな紫? ――今まで、ありがとな。バイバイ」


 もう、俺は紫に良くしてやることは出来ないだろう。頭の悪い紫のために教師に試験結果を加点して貰うことも出来なければ、貧乏なこいつのためにお金を貸してやることも出来ないのだ……。


 金などないし、口利きなんてしたら退学ものだ。


 「先輩!? ……私は……そんなこと――」

 「紫、お前は笑っているんだ。……向こうで、俺の分まで。ほら、あっちだ、みんな待ってるぞ?」


 俺が指さしたのは文藝部の部室だった。中では何人かが昼食を取っているだろう。


 文藝部だけは事件を途中まで知っていたこともあって、俺に味方してくれたのだ。紫とも仲が良い。後は俺さえ近づかなければ、上手くいくはず――


 「やっぱり嫌です!! 先輩を置いては行けません」


 だけれど、思った通り紫は頑として譲らなかった。その大きな瞳を涙で潤ませつつ――あぁ、なんて事だ……。


 「……俺にはもう、報いてやる事ができないんだ。結婚相手を選ぶ権利も……いや、する力も――」

 「そんなことはどうでも良いんです!! 初めに言われた通り、私は貴男に着いていきます!! 1人で天国に行くくらいなら、2人で地獄に行きましょう!!」


 こんな大事な時なのに……視界がぼやけて……。紫の一世一代の……顔が……見えない――


 「紫……お前――」

 「先輩、泣いてる暇はありません!! どうにかして森亜の謎を解きましょう」

 「だが、俺はもう、卒業が……」

 「今年でダメなら来年です!! 後に望みを託せばいいんです!! そうだ、部活を作りましょう!! 文藝部よりももっと謎解きに特化した……そう、先輩みたいな……探偵部を!!」


 当たり前の話だが、壁を隔てているとはいえ俺達の会話は部室の中まで筒抜けだった。文藝部の生徒達は一部とはいえ事件のあらましを知っていたのだ。そんな彼ら彼女らは……躊躇なく選んでいた。森亜ではなく、俺と紫を――!




 そうして、文藝部の一部が分派して探偵部が出来たのである。もっとも、その過程で生徒会と激しい戦いがあり、部の設立は春まで――桜の咲く季節まで遅れることとなった。


 「先輩っ! ご卒業おめでとうございますっ!」

 「紫か」


 俺は苦々しげな生徒会員達をどうでも良さそうに見ながら、紫の出迎えを受けていた。その後ろには部の規定を満たす4人の探偵部員達。


 「先輩は大学に進まれるんでしたねっ! しかも国立っ! 凄いですっ!」

 「……手慰みだ」


 養子に入った寺島家からは大企業や学生支援組織の奨学金の利用を勧められている。――金銭的援助をする気はなさそうだ。別に構わんがな。


 「手慰みですかっ!? それで入れるんですか!?」

 「……俺ならな。お前には無理だ。真面目に勉強しろ」

 「そんな~!?」


 思わずポカポカと叩いてくる紫を受け流してやると、少しだけ懐かしい日々を思い出して自然と笑っていた。


 道を誤って破滅した俺に失う物など無い。既に未来を奪われた俺に生きる事への執着はない。あるのは……謎解きだけだ。


 「俺は……必ず森亜の謎を解いてみせる……!」


 そうして学校を去りゆく俺の背に、誰かの応援が届いたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ