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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
32/93

10.春色の習作⑦

 部室に沈黙が広がった。静かに物音一つたてず、空気も動かず、されどそれは一瞬だけ。


 誰よりも理解の色を浮かべた紫が強い視線で顔を上げたのだ。


 「先輩。それで、私達はどうすれば良いんですか?」

 「落ち着け。下手に動くな。……奴は馬鹿ではない。容易に尻尾は掴めないだろう。だからこそ、奴の目的を探る必要がある」


 内心の烈火の如く燃え上がりそうな怒りをどうにか抑え込んで考える。そうだ。森亜は決して馬鹿ではない。少なくとも面白半分に人を殺す奴ではない。


 言い換えれば、奴は菫を自殺させることで(・・・・・・・・・・)得をしている(・・・・・・)はずなのだ。


 だが、森亜はどうやって菫を自殺させたのだ? 彼女に何を言った? 分からない……。動機の網が複雑に絡み合って――


 「そんなことなら、簡単じゃないですか……」


 考え込んだ俺と白瀬の前で、紫は平然と言ってのけた。驚くほど肝の据わった顔で睥睨すると、無言の迫力を感じさせる良く通る声で指摘した。それこそ、まるで紫ではなく神代が乗り移ったかのように……。


 「神代先輩は言いました。呪われた鏡は、同じく呪われた剣によって叩き割られると。既に勾玉は鏡が反射した呪いで滅びました。後は――」


 思わずギクリとするほど、その言い方は神代によく似ていたのだ。霊的な話では無い。そう――


 「剣がトドメを刺すその日まで、周囲に呪いをまき散らすだけです」


 ――直感で事態を把握しているのだ!


 人間は無意識のうちに膨大な情報を手に入れている。それこそ、普段より顔色が冴えないとか、しきりに緊張しているとか、些細なことまでもだ。もちろん人間の脳はそんな情報を一つ一つ意識していてはパンクしてしまうから、大半は無意識にとどまり意識に上がってくる事はない。


 だが、人間の中には時々いるのだ。他の人間が気づかない些細な、されど膨大な変化を無意識のうちに結びつけ理解することが出来る人間が。それは霊感ではない。


 共感なのだ。困っている人が”困っている”と即座に理解できる能力の持ち主こそが、同様に殺意を持った人間を即座に把握できるのだ……!


 並外れた共感能力の持ち主は、相手の些細な変化からその心理状況を意識的、あるいは無意識的に察する。


 神代は……おそらくそれを意識的に出来たのだろう。紫はそれほどではない。だけれど、暗黙の内には察することができるのだ。


 「つまり……そういうことか、後輩?」

 「はい、先輩。こういうことだと思います」


 話しについて来れていない白瀬を尻目に、紫は言った。


 「生きることを決心した人間に、真逆の死を決意させる。そんな特殊な状況は滅多にありません。言い換えれば、出来る人間や状況は限られるはずです!」

 「そして、唯一証拠が残っている可能性がある、か」


 なにしろ警察は現場しか調べずに捜査を終えている。学校も権力も隠蔽を図るだろう。だとしたら、この謎を追うことが出来るのは、俺達文藝部を置いて他にはない!


 ――いや、違うか。


 「なんだか……探偵みたいですね、私達」

 「違いないだろう。警察が追わない謎を追うのが探偵だからな」

 「立浜の探偵……か。でも……なんだか、お似合いな気もする。あんた達……良いコンビだ。俺、あんまり詳しくないんだけどさ……そう、アレに似てる。名探偵シャーロック・ホームズ助手(ワトソン)だ」

 

 気がつけば俺達3人は頭を寄せ合い、拳をぶつけ合っていた。


 輪の中心に戻ってきた白瀬がおどけたように俺達を見る。そう、俺達が探偵と助手なら、こいつの役割もまた決まっている。依頼人だ。


 「ホームズさん、ワトソン博士。この事件の謎解き……よろしくお願いします」


 そう言うと、白瀬は殊勝な顔つきで深々と頭を下げた。そこに俺達は誓う。必ずや犯罪王(モリアーティ)を捕らえてみせると――!




 そうして俺達は白瀬と別行動を取ることにしていた。理由は簡単、相手を油断させるためだ。悔しいが、既に菫の件で出来ることは少ない。動機の推理ならば授業を受けつつだって出来る。


 ならば、俺達が何も知らずに油断していると思わせた方が良いはずだ。もしかしたら、何かのきっかけで新たな事実が分かるかもしれない。不用意な発言だってあるかもしれないのだ。そして、今後は直接会うことも少ないだろう。


 ――連絡はスマートフォンで充分だ。


 「じゃあ、俺は行ってくる」

 「気をつけろよ白瀬」


 俺の言葉に奴は頷くと、無言のまま部室を退出していった。俺達と違って、奴には一つだけ特色がある。


 「白瀬君……大丈夫でしょうか……?」

 「分からん。だが、俺達が手を出すよりも可能性はあるだろう。……オカルト研究会を動かすのであれば」


 俺や白瀬は森亜に顔と名前を覚えられている。そんな状況で奴を見張るのは無理だ。でも、それが全く見ず知らずのオカルト研究会部員なら? 


 それが白瀬の立てた作戦だった。俺達文藝部組は引き続き菫の件を捜索する傍ら、オカルト研究会組は神代の仇を取る……という名目で生徒会を監視させるのだ。


 「でも……副会長に気づかれたら……」

 「大丈夫だ。白瀬は男だし、菫の復讐を望んでいる。証拠を残さずに殺すのも自殺させるのも無理だ」


 そこまで言うと、俺は部室を出て廊下を歩く。


 今は授業中なので出歩く者は皆無だ。壁には無数のプリントが掲示されていて……その中にそれを見つけていた。


 「立高新聞?」

 「あ! 知ってます! 新聞部が作ってる月刊新聞です! 身近なネタが多くて結構面白いんですよね!」

 「そんなことは分かっている。だが、あの新聞は月初に作られていたはずだ。なんで今……」


 答えは直ぐに分かった。新聞の隅には小さく号外と書いてあったからだ。俺が直ぐにそれに気づかなかったのには訳がある。新聞記事に視線が吸い寄せられていた。


 「”蘇った悪霊と生贄”……だと?」


 あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、読む気が失せる内容だ。多分校内新聞の常連だった神代の死を追っていた新聞部が、葛城あたりに話を聞いたんだろう。


 しかし、問題はそこではない。その記事にはこんなことが書かれていたのだ。


 ………………我らが立浜高校が歴史ある高校なのは周知の通りだが、それゆえ血塗られた歴史も併せ持っていることを知っている人は少ない。江戸時代以前の立浜の地は、非業の死を遂げた、さる武将最期の地だったのである!


 彼は1人では死ななかった。彼に付き従う供の者達と一緒になって死んだ。その怨念は長い時を経て一つに凝り固まっていき、巨大な悪霊と化していたのだ!


 あまりに凶悪すぎるが故に、当時の人達にも調伏することは叶わず、封印するのがやっとだったのは推測に固くない。その封印が解かれたのだ。


 文藝部のTさんが今年の生贄だった。彼女は封じられていた悪霊が黄泉平坂から蘇った際の呪いの息吹を間近に受けてしまったのだ!


 結果、彼女は死んだ。死ぬ気なんて無かったのに死んだ。


 悪霊への抵抗は無意味だ。みいこ様ですらどうしようもなかったのだ。我々に出来ることはない。


 皆気をつけろ! 悪霊は今日も生贄を求めて校舎を徘徊している! 誰もいない空間を、ひたひたと這い回っているのだ!


 覚悟せよ立浜高校生! 悪霊に目をつけられるな! 1人で夜の校舎を出歩くな! もし禁を破って悪霊に目をつけられてしまったら最後、生贄になる以外の道はないのだから!


 Tさんだってそうだ。彼女は美しく前途有望だった。にもかかわらず悪霊に呪われて以来、家業が急速に傾き、恋人とは別れ、後はもう一直線。


 彼女はオカルト研究会の部室で太陽の沈む方角を見ながら静かに首をくくった。最愛の人のことを考えれば涙を流さずに入られなかっただろう。思い起こせば、親の決めた婚約者のいる彼女にとって、その恋人こそが唯一の喜びだったのだ。だから彼女はそれを決意した。呪いの場には恋人もいたのだ。だから、自分が死ねば恋人は救われる…………

                                       “


 「不愉快な記事だ……おい、どうした?」


 言う気にもなれないほどの重大な事実誤認が含まれている。


 だが、それを読んだ紫は何故か顔を真っ青にしていた。それどころか、唇を噛みしめ僅かに震えてすらいる。


 「先輩……これは……危険です」

 「何がだ?」

 「分かりません! でも……この記事は危険な気が……するんです」


 何を馬鹿なことを、とは言えなかった。ここまで来れば、俺もこのバカの野生の勘には一目を置いていたのだから。


 「……ただのオカルトだろう。気にするほどか?」

 「内容の問題じゃないんです。ただ……これは……危ないんです。まるで人を死に誘うような…………すみません。私、何を言ってるんでしょう?」


 全くだ。今の俺達にとって倒すべき相手は生徒会の森亜だ。オカルト研究会なんぞ脅威でもなんでもない。その筈だった。




 翌日、少しずつ立浜高校は空気を取り戻し始めていた。深井の奴はショックから立ち直っていないようだったが……今回ばかりは何も言えんだろう。


 ……聞いた話では、あいつは寝言で菫の名前を呼んでいるらしい。それこそ、直前まで見ていた菫との夢を現実と錯覚するほどだったという。


 その為、深井家の方ではあまりにも残酷な事情は伏せているようだった。つまり俺は……もしかしたら、あいつに恨まれているかもしれない。


 もし深井の家族が奴に菫の死亡理由を説明するとすれば、白瀬の件だろう。そして、それを俺は相談されていながら止めることは出来なかった。


 「――ままならんな」


 不愉快な気分をかき消すように呟き、窓の外を見る。なんて事はない。日常の風景が広がっていた。今月に入って2人も死んだにもかかわらず、だ。


 神代も菫も、人に慕われていた筈だ。にもかかわらず、学校の空気は何一つ変わっていない。彼女たちを悲しむ空気は……存在しないのだ。


 「――必ず、この謎は解いてみせるからな」


 俺に出来る手向けとしては、それ位だろう。


 同時にチャイムが鳴り、朝のHRを始めるために担任が入ってきていた。まだ若い彼女はどことなくぎこちない仕草で朝礼の開始を告げ――


 「ッ才賀! ここにいたのか!? ……少し話を聞きたいので、至急生徒指導室へ来るように」


 なかった。


 見れば担任の顔は青ざめ、髪は全力疾走でもしたかのように荒れ狂っている。呼吸は千々に乱れ、その声は震えていた。明らかに異常事態であり……後は言わなくとも分かるだろう。


 そのままHRを無視した先生は俺を早足で生徒指導室へと連れ込む。狭い室内には既に紫の他に森亜と乙母、それから……先日あった刑事の人がいた。


 「あっ……先輩……」

 「何があった?」


 俺の問いかけにバカは答えなかった。代わりに言いにくそうに目を伏せてしまう。


 「森亜!」

 「白瀬君が亡くなったよ……。自殺のようだ」

 「お前……そんなことが良く言えるな……!」


 苛立った俺に対し、森亜はあくまで冷静に応じる。その見た目は……悔しいが一分の隙もない。完全に緊急事態に巻き込まれつつも必死に冷静さを保っている模範生だろう。


 「ふふっ。才賀君。何か勘違いしていないかい? 白瀬君は確かに自殺だよ。理由は……先日亡くなった玉坂さんの後を追ったんだ。麗しい愛情だね。まさに21世紀のロミオとジュリエット――」

 「いい加減にして下さいッッッ!!」


 同時に怒りに燃えたのは紫だった。突然の激昂に驚く大人達を尻目にツカツカと森亜の目の前に行くと、躊躇無く拳を振り上げ――


 「このッ! 悪魔めッ! 恥を知れッッッ!!!」

 「帝! 危ないッ!!」


 森亜の顔面を引っぱたいていた。だが空気を引き裂くような音が迸ると同時に、奴を庇いに入った乙母が身体でビンタを受け止めてしまったのだ。紫の一撃は無関係の乙母の腕に止められてしまい、そのまま掴まれて行動を封じられてしまう。


 「落ち着いてよ治村さん。何か勘違いしてないかい? 白瀬君は確かに自殺だよ」

 「騙されませんッ!! 貴方が自殺を唆したんでしょう!? そんなことは――」

 「遺書があるんだ」

 「……っえ!?」


 そこで忌々しそうな顔の乙母が紫を強引にはね除け、力負けした彼女は尻餅までついてしまう。そして、その隙を突くように言った森亜の言葉で驚愕に染まっていた。


 「どういう意味だ、森亜?」

 「そのまんまの意味だよ才賀君。……ほら君にもメールで送ろう」


 同時に奴がスマートフォンを操作し、俺の所にも写真が届く。俺は思わず震えそうな指でそれを開封していた。――ゾクリ、と悪寒が走った。


 「あぁ、現物は刑事さんが持っているから、後で見せて貰うと良い。そんなことよりも訊きたいことがある。だから文藝部の2人を呼んだんだ」


 同時に空気が変わった。発生源は……乙母だった。彼女は憎しみに満ちた視線で俺と紫を睨んでいたのだ。


 美しい女性が怒る時ほど恐ろしいことはない。あまりの迫力に先生も刑事も、何も言えなくなっていた。それほどまでに彼女の怒気は強かったのだ。


 「貴方たち2人が白瀬とこそこそ何かをしていたのは知っています。さっきそこの治村は言いましたね? 自殺を唆した、と」

 「そ、それが何かあるんですか?」

 「大ありですッッッ!!!」


 キッと乙母が睨み付けると、紫はその高い共感能力も相まって怒りに囚われ萎縮してしまっていた。


 「君たちなんじゃないのかい?」

 「な、何がですか……?」

 「玉坂さんと白瀬君に自殺を唆したの……だよ」

 「そんな!? 違います!! 私達はそんなこと……」


 同時に俺は衝撃に打ちのめされながら、顔を上げた。パソコンで印字されたと思しきくしゃくしゃになった白瀬の遺書には、確かにこんな風に書いてあったのだ。


 ”今まで本当にありがとうございました。特に文藝部の人達。貴方たちのお陰で色々なことを知ることが出来ました。


 ……本当のことを言うと、どうしてもまた会いたかった。追いかけていきたかった。会って幸せになりたかった。となれば、残された道は一つだけ。来世に希望を託します。


 ありがとう

                                       ”


 ――文藝部と話し合った結果、死を選んだ、だとッ!? 馬鹿なッ!? そんなはずは……


 「気持ちは分かるよ」


 ゾワリと不吉な予感が背筋を駆け抜ける中、森亜が言った。その視線は紫など相手にもせず、真っ直ぐに俺を向いている――


 「幼馴染みの玉坂さんが死んだ。そしてその原因は、婚約者のいる彼女を誘惑した白瀬君のせいだ。そう考えた君たち2人は白瀬君を責めたんだろう? 遺書の文面通り、彼の不義理を詰ったんじゃないのかい?」

 「何を馬鹿な……」

 「だけれど、それは誤算だった。白瀬君は本当に彼女のことを愛していた。だから、愛する彼女の親友2人に責め立てられた彼は、最愛の人の死因が自分だったと悟り、追い詰められて死を選んだ。そんなところじゃないのかな?」

 「――ッ!?」


 ――ありえない。


 そう叫びたかった。だが、無理だ。俺達の会話がそんな内容じゃなかったのは明白だが、証拠がない。それに、この遺書はどういうことだ? 白瀬は何を考えて、いや、何を知って――


 「才賀君。貴方の家がお金持ちで、学校で傍若無人に振る舞うことが出来るのは知っています。でも――」


 気がつけば、目の前に怒りに震える乙母が立っていた。演技ではない。もしそうなら、ここまで紫は怯えなかっただろう。彼女の持つ義憤は本物だということで――


 「でも、いつまでも好き勝手出来るとは思わないことです――! 例え理事や教師が認めたとしても、生徒会は認めません! 必ずや貴方の悪事を暴いて見せますッッッ!!」


 それは、乙母からの宣戦布告だった。


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