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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
29/93

10.春色の習作④

 「佐山、栗川。私達は今日一日生徒会室で平和にお茶を飲んで、予算編成作業を進めました。良いですね?」

 「「はっ!」」


 と言うのが、寺島理事の協力要請を受けた生徒会会長たる愛梨先輩の決断だった。標準仕様の制服を身に纏ったその手には鍵。生徒会が管理する部室棟の鍵を抱えているのだ。


 「能登、手間をかけて悪いのですが」

 「構いません、寺島理事。貴方と春茅君の頼みであれば、きっと重要なことなのでしょうから」


 彼女はそう言うと、変わらない無表情で静かに生徒会室を後にした。僕たちはそれに続いていく。行き先は勿論生徒会分室、旧オカルト研究会部室だ。




 「後輩……本当に良かったのか?」

 「はい。後は実際に現場に行ってみないことには何とも言えませんからね」


 そうして、僕たちは再び生徒会分室を訪れていた。僕とちと先輩の後ろには興奮を隠し切れていない寺島理事の姿もある。もしこれで失敗してしまえば、僕は彼の信用を大いに損なってしまうだろう――


 「なるほど。貴方がオカルト研究会の……」

 「……園芸部の小室です。以後よしなに」


 その反対では小室が愛梨先輩の無機質な瞳に絡め取られていた。……ここに入るにはどうしたって生徒会の協力が必要なのだ。あいつも顔が割れるくらいは承知の上だろう。


 愛梨先輩にもこれまでの経緯を伝えてある。相変わらずの無表情でその内心は読めなかったけど、少なくとも関心は持ってくれたみたいだ。


 「しかし……妙な話だな」


 全員が分室に入って扉が閉ざされると、薄ら寒い空気の中寺島理事が感慨深そうに呟いた。迷路のように棚と荷物が天井まで伸びる空間に、その声が響いていく。


 「再びこの部屋に文藝部――探偵部と生徒会、それにオカルト研究会が勢揃いするとは……流石の俺も運命とやらを感じざるを得ない」


 まるで時が巻戻ったかのように、才賀先輩のような口調だった。何処か懐かしさを感じさせる視線で、理事は何もいないはずの分室を見舞わしていく。


 「さて、春茅。お前は森亜の謎を解いたという話だったが?」


 理事は言葉や態度を隠す気も無いらしい。退屈そうな顔は何処へやら、往年の才賀先輩を思わせる強い好奇心に満ちた瞳が印象的だった。


 ……大丈夫。説明に問題はない。神代先輩の遺言は思わず笑ってしまうほど簡単だったのだから。


 深呼吸。さぁ、始めよう。謎解きの時間だ。僕はそう思って前を見る。気のせいか、人数以上の気配を感じたような気がした。ここは……事件の犠牲者が出た場所でもあるのだ。だけれど不思議と、恐怖は感じなかった。


 「順番に説明しようと思います」

 「……後輩、君の思うとおりにやってみると良い」


 僅かにちと先輩がそう言うと、部屋は再び沈黙に満たされた。誰一人として、動かずに僕を見る。


 「まず連続自殺事件ですが、これは断じて自殺などではありません。理由は死んだ3人に動機が無いからです」


 僕の言葉に小室は不服そうに小さく舌打ちをする。僕の述べた見解はあくまで探偵部の物だからやむを得ないだろう。そして愛梨先輩は僅かに視線を揺らし――


 「春茅君。あの事件は警察の手で自殺と結論が出ています。……強いて言うのであれば――」

 「森亜副会長を追い詰めた寺島理事が犯人、と仰りたいのでしょうが違います。それをこれから説明します」


 愛梨先輩の容赦のない言葉に寺島理事はピクリと身体を震わせた。けれど、それだけだった。


 「愛梨先輩、犯人だと断定するための条件とは何だと思いますか?」

 「条件ですか? そうですね……やはり物証ではないでしょうか?」


 僅かに小首を傾げるものの、その表情は変わらない。……ちょっと可愛いかもしれない。


 「物証。確かにそうでしょう。でも――」

 「そんな物は無い。あれば警察が見つけて犯人とやらを逮捕しているだろうさ」


 今度は小室が言った。嫌みと言うよりは急かしてるって感じかな。


 「そう。この事件に関して言えば、森亜が犯人だという物証はありません。そうなると――」

 「そうなると、自白か犯人しか知り得ない事実の暴露ということになる。だが、それが出来る森亜は既に死んでいるぞ?」


 そうだ。ちと先輩の言うとおりなのだ。


 僕は背中を隅っこの壁に預けて見る。よく見れば段ボールで封鎖されてはいるものの窓が棚の向こうにあるようだ。冷たい空気が漏れだしている。


 「”物証”、”自白”、”事実の暴露”。これらは闇の中に葬り去られてしまっています。森亜先輩は流石としか言いようがありません。おそらく自身の死すらも彼の計算の内でしょう。けど、一つだけ彼にも読めなかった物があります。そう神代先輩です。


 僕は資料や寺島理事の話を聞いて、彼について一つだけ確信していることがあります。森亜副会長は……生きることに退屈していた。丁度、今の寺島理事と同じように」


 僕たち全員の視線がサッと寺島理事に集まった。ここまで傍観を決め込んでいた才賀先輩は、されどキツく目をつぶって口を開いたのだ。


 「……春茅の感想は間違ってないだろう。奴は生きることに退屈していた、それは確かだろう。なにしろ――頭が良すぎたんだ。


 奴は頭が良すぎて、それゆえ単調な学校生活で発生する事象の悉くを事前に理解することが出来た。あいつの幼馴染みの乙母も賢かったが……彼女ですら森亜の足下にも及ばなかっただろう。


……春茅の言うとおりだ。あの事件の後、実家からも見捨てられて代わり映えのしない余生を送る羽目になった今の俺とよく似ている。なにより――」


 ――森亜には、バカがいなかったからな。


 才賀先輩は何も言わなかった。だけど、僕にはその内心がしっかりと伝わってきていた。


 森亜副会長。思えば彼は才賀先輩ととてもよく似ていた。違ったのは……才賀先輩には治村先輩や深井先輩といった、悪い意味で常識では考えられないことをする人間がいなかったのだ。


 だから、賢すぎる彼は世界の全てを把握できたと思ってしまったのだろう。なまじ、それを実証するだけの実力も兼ね備えていたのだ。


 「だから、彼には理解できなかったんだと思います。それこそ、森亜副会長からすれば自明の理、するべき努力すら怠って神秘に頼る神代先輩が」


 そしてそれゆえ、神代先輩に興味を持ったんだろう。純粋な、言い換えれば非合理の塊である彼女は、どこまで神霊を信じるのだろうか、と。


 「だから、試してみたんだと思います。それが零の事件……いえ、神代先輩の信じる幽霊の正体を突き止めようと――そう、“幽霊の足”を確認しようとしたんです。でも、森亜副会長には2つの誤算がありました。


 それが神代先輩と才賀先輩です。神代先輩が本当に死んでしまうとは思っても見なかったのでしょう。そして、そのトリックのほとんどを才賀先輩が見破ってしまいました。彼の行為が殺人なのか自殺幇助なのかは分かりません。でも、罪に問われる可能性があった。


 だから彼は……きっと、こう考えたんだと思います。”僕の人生はこれで終わりだ。別にそれは構わない。生きることは退屈だから。でも、どうせなら最後に一つ確かめてみよう。才賀君と僕、どっちが賢いのだろうか” ――と」


 退屈しのぎの知恵比べ。多分、これが動機だと思うのだ。もちろん、絶対ではない。小説と違って、人間の動機が一つだけとは限らないのだし。


 例えば、自分には理解できない理由で人間が容易く人が死ぬことを知った森亜副会長が、他の人間はどうなんだろうと関心を持ったとか。自分のトリックを見破った才賀先輩に一泡吹かせてやろうとか。


 そんなことを考えていると、才賀先輩が静かに頷いた。


 「……概ね納得できる。細かい点には疑義もあるが……まぁ良いだろう。むしろ伝聞や資料だけでそれだけ読み取れるのは驚きだ。だが、流石の俺も退屈してきたよ春茅。まどろっこしい真似は止せ。結論を述べろ」

 「良いでしょう。森亜副会長は最後まで神代先輩のことが理解できませんでした。しかし、神代先輩は逆に森亜副会長のことを理解していました。それが彼女の実力なのか、それとも霊感なのかは分かりません。重要なのは、彼女がこうなることを見越して遺言を残したということです。それは間違いなく、事件の鍵となる“何か”な筈なんです――!」


 僕はそこで小室の持っていた遺言状、あめつちの唄を取り出した。


 ”あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふ せよ えの えを なれ ゐて”


 才賀先輩はそれを一瞥するなり、即座に僕に視線を戻す。


 「これは……分からんな……」

 「それはそうでしょう。だってこれは、暗号文なんです。しかも、暗号と解読表が別途になってるタイプの」

 「あっ!? まさか春茅! これの解読表を見つけたのか!? 俺達も勿論その可能性も探っていた。でも見つからなかったんだ! 一体何処に!?」


 小室が思わず立ち上がると、僕に向かって詰め寄ってきていた。


 探しても見つからない、か。それはそうだろう。だって――


 「無いよ。そんなもの」

 「はぁ!? お前何言って――」

 「解読表は本じゃなくて言葉なんだ。才賀先輩や零の事件に臨席したメンバーしか知らないはずのね」

 「ッ!?」


 そういった僕の肩をギシリと強い力で何かが掴む。才賀先輩だった。


 「分かったぞ春茅! ”物証”でも”自白”でも”事実の暴露”でもない神代の残した物。”証言”なんだな!? そういうことか! 俺にも分かったぞ! これは……オカルト研究会の――」


 僕が静かに頷くと、寺島理事は静かに押し黙って項垂れた。顔を隠しているものの、微かに光るそれは涙だろうか。


 脳裏を色々な物が過ぎっているんだろう。神代先輩の遺言を解けなかった自分への後悔。仲間を死なせてしまった罪悪。自身の将来を閉ざされた絶望。


 才賀先輩の心境は、流石の僕にも分からない。


 「はい。……僕たちはこれから、神代先輩の残した証言を探します」

 「……まさか降霊術でみいこ様を呼び出すつもりじゃないだろうな? 俺が言うのも何だが、それは無理だ。何度も試しているが――」

 「違うよ、そうじゃない。証言は多分……」


 理解できないと言わんばかりに小室が歯ぎしりをする。


 そこで混乱しかけた場を納めた人物がいた。愛梨先輩だ。ここまで静かに聞いていた彼女は、要点を纏めてくれたのだ。


 「春茅君。つまるところ、この暗号を解けばよろしいのでしょう?」


 流石は生徒会長。その通りなのだ。時間を見れば結構な時間が経ってしまっている。夕刻、逢魔が刻と言っても良いかもしれない。


 「ちと先輩、覚えてますか? 才賀先輩は神代先輩と最後に約束を交したんです」

 「もちろんだ。”私を泣かせてください”だろう? でも、それは――」

 「違うんです。その解釈は間違ってる筈なんです」


 そこで先輩はキョトンとした顔で僕を見た。可愛い。とてつもなく可愛い。どうしよう、ニヤニヤが止まらない。僕はようやく、ちと先輩に並び立つことが出来たのだ。


 だって


 「あの時の神代先輩は泣いてたんですよ? だったら、“私を泣かせてください”なんて頼むわけ無いじゃないですか」

 「……それは、確かにそうだが……。いや待て!? そうか、叔父さんが――」


 才賀先輩が聞き違えたのだ。でも、無理もない。当時の神代先輩は泣いていて、涙声だったわけだし。


 ” 私……泣……かして……くださ……い”


 神代先輩は、本当はこう言いたかったんだと思う。


 「“私「に」名「を」貸してください”です。才賀先輩の名を貸して欲しいと言ってたんです。あめつちの唄を見てください。必要なのは才賀、“さ”“い”“が“です」


 才賀先輩以外の視線が遺言状に集中する。


 さ……猿

 い……犬

 か……川


 「猿犬川? おい春茅。意味が……」

 「待って。探すのは”さいが”だから、最後のかには濁点がつくんだよ。つまり、猿、犬、側だ」

 「いやいやいや、さっぱり分からん! これの何処が……」

 「そうか! 十二支か!」


 流石はちと先輩。いち早く理解すると、短く愛梨先輩に視線をやる。すると愛梨先輩は視線を僕へと向けた。僕、僕の向こうにある封鎖された窓へと。


 「猿犬の側だ! 子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥のうち、猿と犬の側にいるのは(とり)なんだな!?」

 「はい! そして、酉は方位で言うと真西を指します。才賀先輩は言っていました。オカルト研究会部室には窓から夕日、つまり西日が差していたと!」


 そう。今僕が立っているこの西の側こそが、神代先輩の遺言が示す場所なのだ!


 後はやることは一つだけ。そう。小室だ。


 「……ッ!? こ、これがお姉さんの……言葉?」

 「小室、力を貸して。愛梨先輩! この棚は動かしても問題ないですよね!?」


 愛梨先輩は相変わらず無表情ながらも僅かに頬を紅潮させると、静かに許可を出してくれた。




 それからは少しだけ大変だった。僕と小室に才賀先輩の三人で棚の荷物を下ろし、ちと先輩と愛梨先輩が積み直せるように整理していく。そうして、たっぷり30分はかかってから、棚と窓を塞ぐ段ボールは取り払われたのだ。


 目映いばかりの夕日が僕たちを染め上げる。


 「……何も……ない? おい冷徹人形。まさか、お前達生徒会が部室を没収した時に……」

 「確かに部室は綺麗に掃除しました。もし何かあれば気づいてるはずです」


 ぱっと見はちと先輩の言うように何もない。ただの壁と窓、それから……タイルの床になっている。窓は開けて見たけど、特に何もなかった。ただ、雄大な丹沢の山々が見えるだけ。


 あれ? もしかして……僕、まったく見当違いのことを推理しちゃった?


 …………………………………………


 あわ!?


 ど、どど、どうしよう!? ま、まさか!? まさかまさかまさか!? ここまで言っておいて間違ってたの!? そ、そんなぁ!? これじゃちと先輩の評価も寺島理事の評価も急落だよ!? こ、このままじゃちと先輩と並んで立ってヴァージンロードを歩く計画が――!?


 「床だ」

 「床ですかッ!?」


 真っ青になった僕は思わず上擦った声で才賀先輩に縋っていた。


 誰よりも賢い彼は、確かにそれを見逃さなかったのだ。


 「タイルが少しだけズレている。多分後から細工したんだろう。――そうか、葛城か。あの男に特殊な力は無い。だから霊能力を真似る為に部室に作り上げた仕掛けの一つだ。ほら、叩けば分かる」


 同時に才賀先輩がコンコンとノックしてみれば、足音とは違う軽い音が響いたのだ! もちろん、下に空洞があることを示している!


 やった! 僕の推理は間違ってなかったんだ! 万歳!


 「春茅、探偵部のシャープペンを貸してくれ。ボンドか何かで補強されているようだ。強引に開けるぞ」


 是非もない。僕が差し出したシャープペンを才賀先輩は受け取ると、遠慮無くタイルの淵に突き刺したのだ。しかも一度ではなく何度も。お陰で僕のシャープペンは瞬く間に無残な姿になっていき――


 「よし! 開いたぞ!」


 生き生きとした才賀先輩の前にポッカリと空洞を見せていた。取れたタイルを見てみれば、かなり薄く削られてしまっている。そして空洞を見てみれば――


 「これは……ICレコーダー、それに神代の持っていた……」


 勾玉だった。


 言うまでもなくICレコーダーは電池切れで動かない。当然だろう。


 「寺島理事。場所を変えましょう。生徒会室でよろしければ電池もあります」


 是非もない。僕たちは部屋の片付けもせずに生徒会室へと戻っていた。その扉を閉める時、なんとなく、なんとなくなんだけど、誰かが喜んでいるような気配がした。




 「どうぞ、理事」

 「すまないな能登」


 急いで戻った僕たちは生徒会室で電池を貰うと、もちろん瞬く間に音声を再生させて――いなかった。


 だって、これはあくまで才賀先輩と神代先輩の約束の代物なのだ。となれば、最初に誰が聞くかは決まっているわけで。


 既に理事は一人イヤホンをつけると、静かにノートを開きながら聞いていた。その手は頻繁にICレコーダーのボタンを操作している。


 でも、どうやらメモを取っている感じではないな。


 「どういうことなんでしょうか? もしかして、データが消えていたとか?」

 「まさか。多分、神代は録音を開始してからICレコーダーを隠したんだろう。となれば、長い無音時間が入っているはずだ」


 沈黙は長かった。僕は思わず何度もお茶をお替わりし、小室は仲間にスマートフォンで指示を出していた。


 そうして全てを聞き終えた才賀先輩は静かに語り出したのだ。そう。ようやく明らかになった森亜の謎の全貌を。


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