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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
28/93

10.春色の習作③

 オカルト研究会。ずっと昔に因縁に彩られ、されど決して探偵部の敵では無かった相手。それがついに僕たちの前に現れたのだ。


 そいつは席に着くと、僕と握手を交すや意外なことにフレンドリーな笑顔で口を開いた。


 「小室添大(こむろそうだい)です。今日はよろしく」

 「……僕は探偵部の春茅――」

 「知ってる。それでお隣が噂の部長さんでしょう? ご活躍は聞いてますよ(・・・・・・・・・・)。久瀬さんが心酔する辺り、大層優秀な方々だとか?」

 「それはありがたい。が、それほどでもない(・・・・・・・・)よ。単に後輩の友人が困っていたから、手を貸しただけだ」


 フレンドリーな口から飛び出したのは皮肉だった。同時にちと先輩がさらりと応戦し……すかさず次の一撃を放つ。先輩の口元は愉快そうにつり上がっていた。


 「それで、我々の招きに応じたと言うことは?」

 「もちろん。手を取り合うためですよ」


 同時に小室の顔も笑みを形作る。


 ――やっぱりだ。


 僕も思わず笑顔になっていた。予想が当ったのだ。何故オカルト研究会残党が立浜高校に残っているのか。かつての部員葛城は本当に神代のことを慕っていた。ならば、わざわざ高校に限らず、その辺で布教すれば良いだけの話だ。それをしなかったということは――


 「神代先輩の遺言は解読できなかったみたいですね」

 「えぇ、その通りなんですよ。――途中で生徒会、言い換えれば我々の仇の手を経由する以上謎を作る必要があった。……事情は分かるのですが、もう少し簡単にして欲しかったというのが本音で」


 彼らもまた、探偵部と同じだったのだ。かつての汚名を返上するべく、学校に刻まれた謎を解くためだけに残っているのである。僕たちが才賀先輩と治村先輩の後を継ぐように、彼らは神と崇める神代先輩の後を継いでいるのだ。


 となれば、後は簡単――


 そこで僕がチラリと視線を向ければ、ちと先輩は話は任せたと言わんばかりに手を振っている。上等だ。


 「森亜の謎を解く。その点に関しては、僕たちは利害が一致しているわけですね?」

 「全くもって! これも運命ですかね。みいこ様は最期の時、我々信徒では無く探偵部を選んだ……。悔しいですが、それは正しかったのかもしれません」


 そう。僕たちは対森亜という点では一致している。探偵風に言うならば真犯人の、オカルト風に言うのならば悪霊の正体を暴くのだ。


 「あぁ、先にお伝えしておきますと、秋風とかいう生徒会の犬は我々の手で妨害しております。暫くは誤魔化せるでしょう」


 その言葉に思わず僕は口をへの字に曲げていた。だってそうだろう?


 もしかして……生徒会の中にも残党は潜んでいるのか? 愛梨先輩のお膝元でそんなことが出来るとは思えないけど……やっぱり、こいつらは危険だ。


 だけれど、例え悪魔だろうが謎解きの協力は必要だ。だから手を組む前に一つだけ。僕にはどうにかして確認しなければならない事がある。


 気がつけば僕は相手を睨みつけていた。


 「それはどうも」

 「いえいえ。生徒会の醜聞の事を思えば、警戒するに値する相手ですからね……」

 「あなた方が安村先輩を唆した、でしょう?」


 ニヤリと小室が笑う。ちと先輩以上に釣り上がった笑みは、まるで悪魔のようで……


 「えぇ。我々にはどうしても聖地を奪還する必要がある。その為には生徒会を一撃する必要があったのですよ」


 嗤う彼らは決して僕たちの敵では無い。が、味方でもないのだ。


 よくよく考えれば、おかしいことだらけなのだ。あの”生徒会の醜聞”事件、安村先輩は怒りと嫉妬で生徒会と探偵部に牙を剥いた。けど、本当にそれだけだったのだろうか?


 だって、安村先輩はちと先輩のことを好いていたし、ちと先輩だって僕ほどではない、そう僕の足下にも及ばない程度にしろ、安村先輩とは仲良くしていたのだ。賢い先輩にばれるリスクを取ってまで、あんな事件を犯すだろうか?


 そんな筈がない。それこそ、よほどの焦燥感にでも追われていなければ。そう、あの事件は彼が誰かに唆されて起こしたと考えるべきだ。下手人は考えなくても分かる。園芸部は3人しかいないのだ――


 それに気づいた時、僕の身体が震えたのを覚えている。


 「……能登先輩は言ってました。生徒会分室を貸せないのには、意味があると……!」

 「ほうほう。話が速い。その通り! 何を隠そう、あそここそが元オカルト研究会部室なのですよ! 我々は、かつてみいこ様がおわしました場所をどうにかして奪還したい。その為にはあそこを占有している部に譲って貰わないといけませんからね……!」

 「お前達が安村先輩を煽り唆して、あんな事件を起こさせたんだな!?」

 「えぇ。嘆かわしいことに、愛する女に感化されて神や超常現象には否定的だったのです。我々の協力要請を蹴るどころか怒鳴り散らしてきましたよ。おまけに動物並みの嗅覚か、素性を隠した仲間が接近しようとしても、見抜いて追い払ってしまうのです。潜り込めたのは、僕1人だけでした」


 ――邪魔だから排除しました。あの男が悪いのですよ?


 小室の顔には本気でそう書いてあったのだ。ちと先輩が冷め切った視線を向ける中、僕は逆に激しい憤りを覚えていた。


 僕だって乱暴な安村先輩のことが好きなわけでは無い。けれども、自分の愛を利用されて滅んだとなれば、男として黙っちゃいられない――!


 「感謝してくださいよ春茅君。あの男が素直に園芸部の実権をオカルト研究会に譲らないから、恋心を利用して排除する羽目になったのです。彼は優先的に聖地を割り当てられそうな園芸部の解散も考えていたのです。それでは僕が継いでも目的を達成できない……。だから、早々に退場して貰う必要がありました。もし彼が大人しく受け入れていたら、園芸部として復活した我々が破滅させたのは君の方だったでしょう」

 「そうやって安村先輩には恋のおまじないと言って、神を信じさせるの!? 偽りの祝福で!? そうやって信徒を増やしていくのか!?」

 「人聞きの悪いことを言わないで貰いたい。あくまで彼が神を信じ、それに対するみいこ様の祝福があった。それだけの話ですよ」


 思わず僕は立ち上がると、机を拳で叩くようにして小室を睨んでいた。マスター達が何事かと視線を向けてくるも気にならない。こいつは、こいつは駄目だ。どこかで始末しないと危険だ――


 「落ち着け後輩。忘れてはいけない。彼らの企みは君の叡智によって破れたのだ。気にするほどのことでも無い」

 「……!? 言ってくれますね――」

 「それに、お前もそこまでの器でも無いようだ」


 ちと先輩の言葉に場が凍り付いた。ここまで笑みを形作っていた小室の顔から笑みが消えたのだ。


 「神代は……本当に特殊な力を持っていた。少なくとも探偵部には見抜けなかった。だが、お前達は違う。それに――」

 「……まさか探偵、お前――」


 奴の顔に表れたのは驚きだった。そしてそれすら見る見るうちに変わっていき――


 「そもそもオカルト研究会残党は死に体だった。それこそ生徒会の監視下で2年に一度しかまともな活動できないほどにな。活動が活発化したのは小室、お前が入ってから。つまり今年だ。言い換えるとお前はうちの後輩と同じ新入生で、にもかかわらず一直線に入部したことを鑑みれば、お前は神代の――」

 「黙れよ探偵風情ッ! 謎を解けずに見殺しにしたお前達が! お姉さんを気安く呼ぶなッッッ!!!!」


 激怒となっていた。顔を憤怒に染め上げた小室は僕同様に立ち上がると、躊躇無く拳を振り抜き――


 「先輩! 下がって!」


 手加減なしの渾身の拳が空気を鋭く切り裂くと、僕の顔面を捉え、鈍い音が店内に響き渡った。鋭い痛みと衝撃によって視界がぐらつくも――大丈夫! 


 大したダメージじゃあない。ただちょっと、顔を殴られたせいか、頭に血が上ってきたってぐらいで、反撃の拳も準備万端で――


 「2人とも、場所を変えようか。役者は揃った。あいにくとホームズ式では無いが、探偵らしく、な?」


 僕も小室も、お互いハッとなって黙り込んでいた。




 「おい」

 「なんだよ」

 「さっきは悪かった。つい、カッとなったんだ」

 「良いよ。別に、気にしてないし」


 好奇心という名の視線から逃れるべく、僕たちはやむなく場所を変えていた。いつの間にか迎えに来ていたリムジンが当て所なく立浜市内をぐるぐると回る中、広いリムジンの中で顔をつきあわせているのだ。


 座席の向こうには落ち着きを取り戻した小室。僕の傍らにはちと先輩。リムジンは驚くほど揺れていない。


 落ち着け、僕。優先順位を見誤ってはいけない。今最優先なのは森亜の謎だ。あれは残党の協力無くして解けない。そして、その点は向こうも同じなはずだ。


 「面倒だから、もう誤魔化しはしない」

 「結構だね。慇懃無礼に接せられても困る」


 再びの沈黙。隣でちと先輩がやれやれと言わんばかりに溜息をついた。


 「探偵部の掴んだ情報はそっちに渡してやったんだ。小室、さっさと遺言を見せてよ」

 「……良いだろう春茅。だが、これはおそらくお前たちでも解読は難しいぞ?」


 こいつを親しく下の名前で呼ぶ気にはなれない。それは向こうも同じらしい。僕たちは名字で呼び合っていた。


 「これだよ。これがお姉さん、みいこ様が俺たちに残してくれた遺言状だ」


 小室は鞄の中からクリアファイルに挟まれた紙を大事そうに取り出す。それは僕が思っていた遺言とは全く違った物だった。それを見た僕はもちろん、ちと先輩ですら眉根が寄せられる。


 それは年月を経たルーズリーフに、達筆なシャープペンでこんな風に記されていたのだ。


 ”あめ つち ほし そら やま かは みね たに くも きり むろ こけ ひと いぬ うへ すゑ ゆわ さる おふ せよ えの えを なれ ゐて”


 「これは……あめつちの唄だな」

 「あめつちの唄?」

 「いろは歌よりも古い時代に使われていた手習い歌、つまり文字を覚えたり練習するのに使った歌だ。……しかし、神代はどうしてこんな物を……?」


 ちと先輩が口元に手を当てて考え込む中、僕は――


 「春茅? どうしたんだ?」

 「後輩? なにやら笑っているようだが……」

 「これは……でも、間違いない」


 震えそうになる指先で、一つずつの単語をなぞっていく。そして……


 ――喜びを内心で爆発させていた


 僕には答えが手に取るように分かったのだ。悩むほどのことでも無い。ジグソーパズルの最後の一つをはめ込むように、僕の身体を閃きでは無く興奮が貫いていく。


 「解けましたよ! 神代先輩の遺言が! 文字通りこれは、彼女が遺した物の在処を示しているんです!」

 「そんな馬鹿なッ!? 僕たちは長い間解読しようとしていたのに……お前は一目見ただけで分かったって言うのかよ!?」


 そう、僕はまるで巫女に導かれるように答えに辿り着いたのだ! 文字通り彼女が僕に答えを教えてくれた! そんな気さえする!


 お、落ち着け僕。確かに初めて暗号を解読出来たのは嬉しい。でも、でも、それゆえ故人の意思を尊重するべきだと思うのだ。そう。


 「後輩!? 凄いじゃないか! それで、これは何を表しているんだ?」


 期待に胸を膨らませ、瞳を輝かせたちと先輩はとても綺麗だ。だけれど……残念なことに僕に出来ることは少ない。


 「先輩、寺島理事に連絡を取ってください」

 「叔父さんか? それは構わないが……まだ仕事中の筈だぞ?」

 「きっと来ますよ。約束ですから。それに、この先に進むには理事の力を借りるのが最善なんです」

 「おい春茅、僕を何処に連れて行く気だ?」


 何処って、そんなの決まってるだろ?


 「生徒会分室……いや、オカルト研究会部室だよ。僕の記憶が間違いなければ、遺言はそこを指しているんだ」


 あめつちの唄。古の唄には確かに神代先輩の最後の希望が隠されていたのだ。


 ” (あめ) (つち) (ほし) (そら) (やま) (かは) (みね) (たに) (くも) (きり) (むろ) (こけ) (ひと) (いぬ) (うへ) (すゑ) 硫黄(ゆわ) (さる) おふ せよ えの えを なれ ゐて”


 奇しくも、これは神代先輩を慕う小室が作った数式暗号と似ていた。


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