表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
24/93

9.幽霊の足④

 短くも濃密な準備期間はあっという間に過ぎ去っていった。俺はその間数えるのも馬鹿らしい女どもを買収し、苦労人の森亜は壊れ目覚ましと放課後を共にしたそうだ。


 そして今、俺たちはオカルト研究会の部室にいる。


 オカルト研究会側からは神代に葛城、それに菫と……彼女と仲の良さそうな男が一人。まだあどけなさの残る顔立ちだが、美少年と言っても差し支えないだろう。そんな少年殿は机で待ち構える神代達とは違い一番後ろ、窓の前に立っていた。


 菫との距離は近い。肩が触れあいそうなほどだが、彼女より1歩後ろに控えて、愁いを帯びた視線を向けている。


 今日が決戦の日なのだ。流石の葛城も生徒会の2人を目にし緊張しているようだ。うるさいのはいなくなったがな。


 一方の俺たちはと言うと……濃厚な敗北の気配を感じ取っていた。


 ……これは駄目だ。勝てそうもない。


 俺がそう思うと、同感だったのか隣で紫が絶望的な表情を浮かべていた。


 「むむむ。悔しいですけどこの勝負、向こうの完全勝利ですね……絵面的に」

 「あぁ。どう見ても愛し合う恋人同士を金で引き裂こうとする成金だな。絵面的に」

 「2人とも酷くない!?」


 見た目の話だ。古風美少女の菫を巡るのは、神秘の美少年と小太りで汗っかきの金持ち深井。普通の人間なら前者のカップルを応援するだろう。というか、俺も出来ることならそうしたい。


 この戦いは……そもそも戦力に差がありすぎる。深井では弱すぎて戦いにならん。


 「紫ちゃん! 僕にだってあいつに勝てそうな強みあるよね!?」

 「えぇ!? えっと………………臭いとか?」

 「臭みかよ!? 強みってそう言う意味じゃないよ!? っていうか紫ちゃん、僕のこと臭そうとか思ってたんだ!?」

 「事実だ不快。お前はダイエットしろ」


 見れば菫は奥ゆかしくも口元を隠して笑っていた。同時に神代も苦笑いを浮かべ、件の美少年に至っては肩まで振るわせている。


 それを見た深井はますますヒートアップしていく。やめろ。この部屋は狭くはないが、かなりの人間が揃ってるんだ。燃えるのは心と脂肪だけにしてくれ。


 と言うか、頼むから密談しようと距離を詰めるな。


 だが、俺の隠しもしない嫌悪など深井はこれっぽっちも考慮しなかった。そのまま俺と紫に小声で話を振ってくる。


 「見ろよあの顔! 気持ち悪く笑ってやがる! イヤラシイったらありゃしない! きっと菫のお尻を注視しては、淫らな妄想を繰り広げてるんだ!!!」


 深井が鼻息荒く囁くと、今度は生徒会の乙母が吹き出した。オカルト研究会とは机を挟んで近くにいる分、興奮した深井の声が聞こえたのだろう。密談とは何だったのか。


 今の深井は絵に描いたように駄目な成金と化かしているのだ。流石の森亜は鉄面皮を保っているが……困惑しているような気配が伝わってくる。


 「……不快なこいつは置いておくとして、バカはどう思う?」

 「ば、バカじゃ無いです! そのことを証明してやりますよ!」


 威勢よくそう言ったものの、紫は背丈が足りないせいで葛城の奥にいる美少年の姿が見えてもいない。にもかかわらず平然と虚勢を張って分かった顔をする辺りがこいつの馬鹿さ加減なのだ。いい加減に気づけ。それとも、面と向かって言ってやるべきなのか? 無知は罪ではないと。……それも面倒だな。


 「分かりましたっ! でも確かに深井先輩の言うとおり、いやらしい顔をしてると思います! 玉坂先輩の後ろに立ってるのも、お尻を見る為に違いないです! それから……」

 「もういい。落第だ」

 「そ、そんな~!?」


 駄目だ。こいつにやらせては碌な事にはならない。


 「よく見ろ。あいつの笑い方は嘲笑ではない。深井への嘲りではなく、お前とのすれ違いを笑っているんだ。それから、あいつが菫より後ろにいるのは、日陰を作る為だ」

 「え? 日陰……ですか?」

 「あぁ。自分の身体を盾にして、このくそ暑い西日から菫を守っているんだ。だから2人の距離が近い。ま、仲が良いのもあるだろうが……」


 それ以外の理由で暑い日光を遮るようにして立ち尽くす理由がない。尻なんて別の所で見れば済む。あの少年、紳士かもしれない。


 気にくわないのか尚も食い下がろうとする深井を尻目に、俺は強引に話を進めていた。


 「それで神代。今日の内容だが」

 「はい。前回は占いを行いましたので、降霊術を行おうかと……」

 「それだ」


 わざわざ戦いで相手にイニシアチブを譲る様な真似はしない。相手の思惑に乗ってしまえば、そのまま相手の準備が物を言うのだから。


 「そんな分かりづらいものはいらん。もっと簡単な奴で良い」


 神代は無言だった。心持ち、肩が震えているような気さえする。まるで、死神と相対したかのような陰気な表情だった。


 「祝福をかけろ。金銭等目に見えて分かる奴だ」

 「……目に見えてですか? そのような大規模な物は時間が……」

 「逆でも良い」


 奴の言葉を聞きもせず、俺は森亜に目をやった。奴は静かに頷いて援護の姿勢を整えている。


 「呪いだ」

 「せ、先輩!?」

 「…………それは」

 「牛の刻参りでも何でも良い。死の呪いを俺にかけろ」

 「できない、なんて言いませんよね? 貴女が過去に虐めの被害に遭った生徒の相談を受けて、呪いをかけたことは把握しています」


 神代は無言だった。だが俺と並んだ森亜のプレッシャーは逃げることを許さない。彼女の手には……こっくりさんだろうか? 50音と数字に”はい”、”いいえ”と鳥居が書かれた紙が握られている。


 「……私の呪いは本物です。タダではすみません」

 「それを確かめようというんじゃないか。遠慮するな。どんな被害を受けても文句は言わん」

 「あぁ。我々の身を案じ、ショボい呪いでお茶を濁すのは駄目ですよ。最低でも……入院くらいが望ましいですかね」


 いつの間にか紫も深井も息を飲んで黙り込んでいた。乙母も動く気は無いようだ。


 「お前たち、正気か!? みいこ様の祝福ならいざ知らず、呪いだと!? お優しいみいこ様に人を呪えというのか!? いじめっ子の時だってみいこ様がどれだけ苦悩されたか……」

 「葛城……構いません。出来れば避けたかったのですが……こうなるのは分かっておりましたから」


 俺と森亜の前で神代は紙をしまうと、代わりにスカートのポケットからそれを取り出した。勾玉だった。


 瞬間、空気が変わった。何を考えているのか自分でも分からない。ただ、それまで嫌というほど感じていた暑さが部屋から抜け、うるさかった蝉の声も不思議と遠い。


 静謐。あるいは神聖。そんな静かな空気が場を取り巻いたのだ。神代が、奴が空気を変えたのだ。


 「剣の人は」


 神代はそう言って俺を見た。初めて直接交わした視線は思った以上に澄んでいて……なんだか本当に心の底を覗かれているような気さえする。


 「呪いによって道を誤り、破滅するでしょう」


 神代は美しくもゾッとするような視線を森亜へと向けた。


 「鏡の人は呪いの半分を跳ね還すでしょう。しかし、呪われた剣によって無残にも叩き割られるでしょう」


 そして最後に神代はぽつりと言った。


 「還った呪いによって、勾玉もまた朽ちるでしょう。3つの共倒れ。それが呪詛の結果です。それでもやるというのですか?」


 幽玄だなんてとんでもない。現界からの力のこもった声で神代は俺たちを制止する。


 正直なところ、俺は本気を出した神代に怯んでいた。この時の彼女は静けさをかなぐり捨て、代わりに烈火の如く怒っていたのだ。


 不思議なことにそれを俺は理解できていた。この神代は自分のことなど考えもせず、本気で俺達の身を案じているのだと――!


 まるでバラの花のように美しい怒りだった。


 「構いません。どうぞ」


 森亜の声に思わずハッとなって我に返っていた。


 ……俺は何をやっているんだ。どうやら神代の雰囲気に飲まれていたようだ。危ない危ない。騙されるところだった。俺達のやってることは正しいはずだ。これで神代が俺達を呪う。後は1週間程度何事もなければ俺達の勝ちだ。


 そう。その筈なのだ。だから、この背筋が凍るような悪寒は気のせいで――


 「才賀君?」

 「……っ!? あぁ。俺もそれで構わない」


 神代はとても悲しそうだった。葛城はそれを痛ましそうに見ている。


 「今……終わりました。来週の土曜日にまた来て下さい。残りの霊視と降霊術もその時に」


 一方的にそう言うなり神代は真っ先に教室を出ると、そのまま立ち去っていった。


 「先輩!? 大丈夫なんですか!? 呪いなんて……どうしよう!?」

 「そ、そうだよ才賀! と、取りあえず神社にでも行く!? 良く効く稲荷神社なら知ってるけど!?」

 「バカかお前ら。呪いを解除したら、神代の力の証明にならないだろう」


 そう。俺はどんな相手だろうと、売られた喧嘩には真っ正面から立ち向かうことにしている。例えそれが非科学的な呪いだとしてもだ。


 「帝? どうかしたの? なんだか……そう、機嫌が良いみたいだけど……?」

 「何でも無いよ蘭。ただ、久しぶりに面白い相手だったと思っただけ」


 一方、生徒会の2人も帰る算段のようだ。見れば乙母の言うとおり、森亜の顔色はとても愉快そうだった。


 「神代実子、ね。僕にも少しだけ理解できたよ。何故人がありもしない物に縋るのか。面白いからだ。呪いなんて馬鹿げてる。退屈極まりない行為だ。でも、それに踊らされている人間達は実に面白い。ありもしないモノに怯えて、ありもしないモノを視る。人間っていうのは本当に自分勝手な生き物だ。どれだけ文明が進歩しても、結局は理性よりも感情が先行して愚かな道を選択してしまう。ねえ、蘭。そうは思わない?」

 「……帝?」


 愉快そうで愉快そうで、俺は思わず警戒をしていた。あの笑い方は……良くない気がするのだ。


 「あぁ、才賀君。言うまでもないことですが……」

 「……分かっている。お互い身辺には気をつけるべきだ」


 無論だ。何しろ俺達は最低でも入院以上の目に遭わせろと言ったのだ。


 「流石、話が早いですね。貴方との会話は楽で助かります」

 「……神代が呪いでいじめを解決した? そんなわけがない。神代が信奉者達を使って解決しただけだ。いじめっ子の元に信者共を送って友達になって支え、その間に別の奴らがいじめっ子の醜聞をばらまくなり、恥をかかせたりしたんだろうよ」

 「違いありません」


 だが、今回は規模が大きい分それでは済まない。間違いなく襲ってくるだろう。それも物理的にだ。


 「森亜、貴様も気をつけることだ」

 「心配は無用です。これでも将来に備えて柔術を嗜んでいるので。では、また」


 そう言うと静かに2人は去って行った。


 俺も未練がましく菫に視線を送っている深井を連れて教室を出た。


 「……先輩。なんだか……とっても嫌な予感がするんすけど」


 帰り際に不吉なことを言う紫を、俺は叱ることは出来なかった。去り際の神代の顔が頭から離れないのだ。あれは……泣いていたのではないのか――?


 そんな考えを慌てて頭を振って追い出していた。




 1週間。


 それはあっという間に過ぎていった。その間俺の予想を裏切るように、オカルト研究会員の襲撃はなかった。森亜の奴も同じだ。ありふれた日々がゆるゆると流れていく。


 そうして、再びの土曜日を迎えていた。


 「今日は降霊術を行おうと思います」

 「これはこれは神代さん。僕も才賀君も呪いによって滅んでいませんよ? それでもインチキをやるというのですか?」

 「…………不要であるというなら止めにしますが」


 森亜の奴は今日もご機嫌だった。それとは対照的に表情の抜け落ちた神代に対し、容赦なく絡んでいく。


 「先輩。もう帰りましょうよ。呪いなんて無かった。それで良いじゃないですか」

 「……駄目だ。ここまで来て引けん」


 盛り上がる生徒会とオカルト研究会の間で、紫は帰りたそうに俺の服の裾を引っ張っている。くそ。俺だって帰りたい。だが、面子という物もあるのだ。何よりここで立ち去っては深井と同じになってしまう。


 「才賀ぁ。菫が、菫がメールにも返信してくれないんだぁ。もうおしまいだ……」


 俺がそんなことを考えているとはつゆ知らず、深井は相変わらず自分勝手に嘆いていた。


 「まさかまさか。せっかくなので、貴方の悪事を解き明かすつもりですよ。ねぇ才賀君」

 「……あぁ」


 気が乗らない。俺の気分はそれに尽きる。例えるなら出来の悪かった試験の結果を確認しに行くような心境だ。


 尚も紫が何か言いたそうにしているのを遮り、俺は訊いていた。


 「おい神代。降霊術の前に、俺と森亜に対する霊視はどうなんだ」


 そう。このまま話を進めるよりも前に、しかけた罠の結果を確認しなくてはなるまい。


 だが、神代の答えは予想を裏切るものだった。


 「……その件に関しては私の敗北でしょう」

 「おや? 本当にその答えでよろしいので? 僕はてっきり霊視の件は貴方の勝利、呪いの件は僕たちの勝利だと思ってました。それを否定するということは……勝ちを譲りインチキを認めると?」

 「いいえ……ただ、破滅の未来しか見えないのです。それを回避する方法はありません。ならば、何を見ても意味などないでしょう」


 ピシャリとはね除けた神代に対し、森亜は不愉快そうに眉を顰めた。


 ……何かがおかしい。俺の堪が告げている。


 そう、森亜だ。こいつはこんなに雄弁な奴だったか? いや、そもそもこんなに表情豊かな奴だったか? 


 分からない。一つ言えるのは、神代の奴は俺達の小細工に気がついたということか。


 「言うな神代。……ならば、決着は降霊術のトリックを見破れるかどうかで決めるということにするか」

 「トリックなど無いのですが……異存はありませんよ? 私に残されたのはそれ位なので」


 流石にこの程度の言葉遊びには騙されないか。ならば致し方あるまい。


 何かに怯えている紫と無関係な怒りに身を焦がす深井を脇に置いて、椅子に座った。右には森亜。後ろにはバカとデブに乙母。正面には神代。その奥には葛城と菫、そして調査の結果名前が白瀬だと分かった例の美少年。


 オカルト研究会と決着をつける時が来たのだ。


 神代が鞄からこっくりさんに使う50音や数字に”はい””いいえ”が書かれた紙を取りだす。


 同時に背筋を悪寒が走った。まるで、凍てつく海に落とされたような――


 「ルールは説明するまでもなく分かりますね? 私が神様をお呼びします。3人で人差し指をコインの上にのせて、一人ずつ神様に3つの質問をしましょう。そうして、最後に私が神様を帰します。それで納得していただければ皆様の……」

 「駄目ですね」


 笑みを浮かべた森亜が神代を遮った。これは打ち合わせにはない。奴の独断の筈だ。何を考えている?


 「コインなんて物は誰かがこっそり力を入れれば、容易く軌道を制御できます。あとはただの自己暗示。無意識のうちに勝手に答えを示すでしょう。神代さん? 貴女は最初に自分が質問をするつもりでしたね? そうして正解させて他の参加者に神の存在を信じさせ、後は思うがままに神の言葉を操るつもりでしょう? そうはいきませんよ」

 「……森亜?」

 「あぁ才賀君。僕は今日までにオカルトという物を調べてきましたね。その大半は科学で説明が出来る物なのです」

 「……では、どうしろと?」


 切れ長の目を伏せて神代は言った。森亜はそれを歯牙にもかけない。いや、違う。こいつは俺や乙母ですらなんとも思っていない。


 「代表的な心霊現象にラップ音という物があります。天井や壁の中から聞こえるパキッとかコキッとかいう音のことです。まぁ、正体は家鳴りか何かでしょうが……過去の資料を参照するに、降霊術においてはラップ音を用いて霊と交流を試みた記録があります。ならば当然、貴女にも出来ますよね?」


 饒舌に森亜は言う。その件ならば俺も知っている。元々降霊術は19世紀に欧州で大ブームを起こしたのだ。例えばシャーロック・ホームズシリーズで有名なコナン・ドイルもその1人。確かラップ音の回数でイエスとノーを識別するとかいう方法だったはず。1回ならイエス。2回ならノー。


 しかし……解せん。森亜は何でこんなことを言う? 相手の土俵で戦いたくないというのは理解できるが……。


 「分かりました。では、そうしましょう」

 「……良いのか? 神代……」

 「お気遣い無く。大きな差はありません」


 気がつけば、俺は神代の方を気遣っていた。自分でも分からないのだが、何故か彼女が敵ではないということが理解できていたのだ。敵はむしろ……


 ニコリ、と彼女は笑った。妖精のように透明で繊細な微笑みだった。これだけ見れば悪女とは到底思えない。


 そこで俺は頭を振った。集中しなくては。もう既に戦いは始まっているのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ