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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
23/93

9.幽霊の足③

 僕の目の前では、寺島理事が結露で真っ白になった窓ガラスを眺めながら語り続けていた。ガラス。そう、まるで、水晶玉を覗き込んでここにあらざるものを見るように。


 「理事は神代がペテン師だったとお考えなのですか?」

 「……あの時はそう思っていた」


 思わず約束を破った僕に対しても、理事は何も言わなかった。ただ、石油ストーブが吐き出す暖かい空気から逃れるように、凍てつく外の世界へと思いを馳せている。僕も、ちと先輩も、その世界にはいないのだろう。


 「……ということは?」

 「あの女……神代には本当に特殊な力が合ったんじゃないかと思っている。当時私も一応説明の出来る理屈は考えついた。だが、考えれば考えるほど、説明できないことが多い。例えば――」




 「って事があったんですよ!?」

 「なるほど、そりゃあ凄い……って駄目じゃん紫ちゃん!? 負けてるよ!?」


 自分は何もしていないにもかかわらず、部室で偉そうにふんぞり返って勝利を確信していた深井は驚愕していた。それを菫は悲しそうな目で見ている。


 「どうすんだよ才賀ぁ!? 君で無理なら僕は……」

 「落ち着け。菫は取り返してきたんだから」


 彼女が冷たいのは間違いなくオカルト研究会の男と浮気しているからではなく、深井が情けないからだろう。オカ研なんぞ当て馬に過ぎん。


 「で、でもぉ……」

 「それに、神代のトリックも大体推理できている」

 「へ? そりゃあどういう……?」


 考えてみれば簡単なのだ。……バカやデブには難しいかもしれんが。


 「まず、神代が乙母を推理したのは……」

 「あ、あれ? 私が無かったことにされてます!?」

 「お前のは別に不思議でも何でも無い。というか、あれは誰にでも当てはまることを適当に言っただけだ」


 月並みな悩みと言われたのがショックだったのか、このバカはガックリと肩を落として菫に慰められていた。だが、着眼点は悪くない。


 「おい」

 「ぐすっ、な、なんですか? どうせ私は月並みで……」

 「だからだよ」

 「……はい?」


 そう。神代が最初に紫を選んだのには理由があったのだ。


 「あの質問はお前に向けられたものじゃない。最初から乙母用の質問をお前に投げかけていたんだ」

 「……ッ!? ど、どういう意味ですか?!」

 「そのままだ。乙母は情報を出すまいとガードを固めていた。だから無害そうなお前に乙母の分の質問をぶつけて、彼女の反応を観察していたんだ」


 あの女は内心ではかなり感情が揺らめくタイプだからな。不意打ちを食らえば尚更だ。神代みたいな人を見るのが職業の占い師にとってはやりやすい相手だろう。紫とは逆のタイプだ。


 「”自信が無い””それは先天的な理由だ””努力はしている”。これらの問いにNoと答える人間は少ないだろう」


 それはそうだ。否定するということは、自分は自信に満ち溢れていて、にもかかわらず後天的な理由で努力をしてないと言うことになる。そんな矛盾した真性の愚か者はいないか、いても占いには来ないだろうからな。


 「なるほど! さっすが先輩! ……あれ? でも乙母さんの素性を当てたのはいったい?」

 「それはもっと簡単だ」


 わざわざ説明するまでもなく、可能性は一つしか無いのだ。


 「知ってたんだよ。あの女は」

 「……はい?」


 そうとしか考えられないのだ。そして、最も可能性が高い。


 「オカルト研究会のシンパが生徒会にもいるんだろう。そいつから生徒会がやってくることを聞いていたんだ」


 何せ学校の依頼なのだ。会長壊れ目覚ましと副会長の森亜が来ることは確実だし、証拠を残す為の書記が着いてくる可能性も高い。もしかしたら、シンパは乙母の実力のことを知っていたのかもしれん。


 「珍しい名字だと思わないか? ”乙母”って。それこそ日本中探してもそう多くはないだろうさ」

 「……ッ! つ、つまり、珍しい名字だから調べれば直ぐに来歴が分かるって事ですか!?」

 「というか、分かったな。ほら」


 自分のスマートフォンの画面を皆に見えるように机の上に置く。そこには名字の由来を調べるサイトが表示されていて……”乙母”の由来も記されていた。後はそれと紫にぶつけた質問の反応を総合的に推理すれば……あの結果になるはずだ。


 「と、いうわけだよ。分かったか菫君?」

 「す、凄ぇ! やっぱり才賀は天才だ! 一瞬で神代のトリックを見抜いたんだ!」

 「そうですそうです! その通りです! ……ん? ってことは……私の喜ばしい内容の占いも嘘って事に!? そ、そんなぁ……」


 2人が賑やかに盛り上がる中、菫の奴は無言だった。もちろんトリックについて――ではない。どうしようもない深井についてだ。


 「才賀君。1つ良いかしら」

 「なんだ?」

 「神代さんの解答、妙に具体的だったけど?」

 「……俺たちと違ってこのバカは友達が少ない。4月のクラス替えはさぞかし苦痛だっただろうさ。当然新しい悩みが出来るだろ? 逆にそれまでの悩みの大半は解決するだろうしな。で、当然この7月までの4ヶ月間解決の為の努力をするはずで…………おい、お前、何クネクネしてるんだ」

 「はっ!? ち、違います。何でも無いです!」


 紫の奴は頬を赤らめて照れていた。バカ。空気を読め。菫はこう言いたいのだ。


 「じゃあ乙母さんは? 名字の由来だけでは分からないこともあると思うけど?」

 「当てずっぽうだ。少しくらい外れても動揺していた乙母はそれどころではなかっただろうからな」


 何しろどこまでが正解なのかは乙母自身にしか分からないのだから。そして、これくらい苦しい返答をしてやれば十分だろう。ほら、思った通り。菫は小さく目配せしたのだから。


 「……私、やっぱり神代さんの所に行くね」

 「な、なんでだ!? なんで詐欺師の所なんかに!?」


 だろうな。そもそも菫の目的は占いではない。よくよく見れば菫は指輪までしてるじゃないか。俺が紫に贈ったおもちゃよりはずっと上等で、何も考えない深井が送った指輪よりはずっと下等。つまるところ庶民の男に貰ったプレゼントだろう。


 「ごめんね。勝利君」


 そう言うと、菫はわざとゆっくりと文藝部の部室を出て行った。その手には私物。オカルト研究会の部室に行くのだろう。


 おいおい、今回は本格的にマズいんじゃないのか? 深井の奴、そろそろ男を見せないと愛想尽かされるぞ? 許嫁とはいえ、俺たちにだって相手を選ぶ権利くらいはあるんだからな?


 パタンと扉が閉められ、部室は静まりかえっていた。


 「…………そ、その、深井先輩……」

 「さ、才賀! 紫ちゃん! まずいよまずいよ!? 何とかしてよぉ!?」


 ……だからこいつは不快なんだ。いや、不快を通り越して不愉快だ。誰かにやってもらうのが当然という思考が骨身に染みている。救いようのない愚かさだ。この世界で本当に価値があるものは、自分自身の手で勝ち取る以外にないというのに。


 「才賀ぁぁぁ!?」

 「うるさい。次の土曜日に奴とは再戦することになっている。それまでに余分な贅肉でも落としてろ」


 そう言うと俺は紫の手を引いて外に出た。


 そう。次の戦いは土曜日、3日後だ。準備の時間はたっぷりある。となれば、やることは一つ。


 俺は強引に紫を連れて動いていた。


 「あいたっ!? 足が! 小指が机の角に! ……先輩! ところで、何処行くんですか!?」

 「決まってるだろ。生徒会室だ」


 目的が同じなのだ。ここは手を組むほかはないだろう。




 入り口を守るかのように佇んでいる生徒会員に話を通すと、あっさりと中へ入れて貰うことが出来た。目的は当然森亜だ。あの男なら話は早いだろう。どうやら既に同じ仕込みをしていたようだからな。


 ほうら。やっぱり。


 扉を開けた俺たちの目に飛び込んできたのは、以前より少しだけ距離を縮めた壊れ目覚ましと、ワイシャツのボタンを開けて首に髑髏をかたどったネックレスをぶら下げた森亜だった。


 会長殿は実に得意げで乙母に勝ち誇った顔を向け、彼女の苛立ちを増幅させている。


 「来たわね文藝部! 本来なら即座に部屋から追い出すところだけど、今回は特別に森亜君のお願いで入れてあげるわ! 私の温情に感謝しなさい!」

 「そのでかい口を閉じろ目覚まし。もしくはスイッチを切れ」

 「あんだとオラァンッ!!! 口の利き方に気をつけろッ!!! お前にだって後ろ暗いところはあるんだぞ! 私の指先一つで退学にできるんだから、居住まいを正せッ!!!」


 案の定俺が挑発してやると、目覚ましは猛然と食って掛かってきた。馬鹿な女だ。俺を退学? やってみろ。大口寄付者の親族である俺を退学にしようとしたら、先にそいつの首が飛ぶわ。


 「おらん? オランウータンのことか? 確かに顔は似ているな!」


 俺が小馬鹿にして笑ってやると、目覚ましは怒りで表情が壊れた。顔面はみるみる赤く染まっていき、こめかみがヒクヒクと痙攣している。


 同時に2つの音が響いた。殺気に近い怒りを浴びせられた紫がビビって後ずさりして壁にぶつかった音と――笑いを噛み殺しきれなかった乙母である。オランウータンの件が笑いのツボに入ったようだ。


 「せ、先輩! 世の中には言わない方が良いこともあるんですよ~!?」

 「世の中には言ってやらなきゃ分からん奴もいるんだよ」

 「そ、そうかもしれませんが! 目の前で言ったら更に面倒なことになっちゃいますよ!? あの人、顔が大きいだけあって声も大きい…………」

 「クソチビィィィィィ!!!! 黙って聞いてればいい気になりやがってェェェッ!!!」


 そして、いつも通り紫が自爆して顔面蒼白になっていた。相変わらず学習能力に深刻な欠損を持っているな。ふむ。


 「退学だッ!!! お前ら2人とも必ず退学にッッッ!!! 絶対にだッ!!!」

 「あぁ、悪いな森亜。こいつ、バカなんだ。許してやってくれ?」

 「ひぃ!? 先輩! もう少しマシな言い訳は……」

 「なら、仕方ありませんね。会長。ここは僕が話をしておきますので、少し頭を冷やしてきては?」

 「話通じた!? 通じたの!? というか、それで納得しないでください~!?」


 かくして、やかましい壊れ目覚ましを追放することに成功したのである。


 一旦静かになれば話は速かった。俺はこういう時に備えて準備している幾つかの指輪や宝石を見せびらかし、奴は無言でドクロのネックレスと音楽プレイヤーを手に取る。


 ここまでくれば分かるだろう。俺も森亜も、ウォームリーディング対策をしているのだ。


 ウォームリーディングとは、事前に対象を調べて得た情報を霊視結果として偽る方法だ。


 言い換えれば、偽りの情報を事前にばらまいておいて敵がそれに引っかかれば、霊能力でも何でも無いと言うことが証明できる。


 ニヤリと笑った。森亜も少しだけ表情が動いた。


 奴はどうやら壊れ目覚ましを欺瞞に使うようだ。なるほど。生徒会長と副会長のカップル。理想的でいかにもありそうだ。加えて音楽。いかにもなデスメタル風の小物をさりげなく準備しているのも欺瞞か。


 一方、俺はもっと単純だ。アクセサリーで有象無象の女どもを買収するのだ。簡単で効果的で、費用対効果も高い。もちろん配るのは綺麗でも価値のない人工宝石。どうせあの馬鹿女どもには天然物と人工物の差も分かるまい。


 「才賀君」

 「何だ?」

 「神代さんの特技は占いの他に降霊術と祝福だそうです」


 それは良いことを聞いた。


 「次はそこをつくか」

 「えぇ。それが良いかと」


 決戦は土曜日。それまでに噂を出来るだけ広めておくことにしよう。


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