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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
19/93

8.赤い円②

 出発準備を整える女性陣を尻目に、僕は佐伯と一緒に仲良くトイレに向かっていた。そのまま便器の前で並ぶと、意識的に上を向きながら視線を合わさずに言葉だけで向き合う。


 僕にも、そして佐伯にも、どうしても確かめないといけないことがあったのだ。


 「悪いな、リョウ。手間をかけさせる」

 「構わないよ。……さっきも見てたけど、久瀬さんって……」

 「あいつはオカルト好きでな。そして、それで危ない目にも遭っている」


 その先は言わなくとも分かる。僕はその件で気になる話を聞いていた。……ちと先輩にも伝えていない、重要な話だ。


 「消えたはずのオカルト研究会……だね?」


 ――あぁ。と佐伯は力強く頷いた。既に僕もあいつも事を済ませているけれど……立ち去りはしない。


 「クマちゃん先生から聞いたよ。2年に一度学校の七不思議を筆頭に、オカルトが不自然に流行するんだって。それこそ、誰かが作為的に流行らせているように」

 「……実は令佳も少しだけ関係してるんだわ。興味本位でオカルト研究会の残党に近づいて……本格的に取り込まれそうになってた所でどうにか止めたんだが……あいつの中にはオカルトへの興味が消えずに残ってる」


 僕は思わず皮肉な笑みを浮かべていた。


 オカルト研究会。幽霊とかの神秘や超常現象を調べるその部活は、圧倒的なカリスマの巫女を失って死んだ。にもかかわらず、未だに現世への未練を残したまんま、まるで幽霊のように立浜高校にその思想だけが取り憑いている。


 「だから、探偵部には迷惑をかけるが……」

 「分かってる。心霊現象を解き明かして、そんな物は存在しないと分からせてやるんだよね?」


 それが僕たちの目的だ。血塗られた赤い縁はまだ消えていない。だからこそ、どうにかしなくては……!




 「すっかり日も暮れたな……。予想はしてたが、真っ暗だ」

 「大丈夫ですよ先輩。佐伯が懐中電灯を持ってきてくれましたから」


 数は2つ。佐伯と久瀬さんで1つ。僕とちと先輩で1つだ。しかもこの寒さ。もちろん2人の距離は自然と縮まり……これは……!


 「後輩、少し離れてくれ。そんなにひっつかれると、いざという時に戦えない」

 「す、すみません!」


 ……どうやら僕の甘酸っぱい空想は、所詮妄想に過ぎなかったらしい。困惑したような顔を察した僕は、慌てて地面に敷き詰められた砂利を盛大に蹴飛ばして飛び退いていた。


 そもそも神聖な境内でふしだらなことを考えてはいけないだろう。神主さんや巫女さんに怒られてしまう。……罰が当ったりしないよね?


 「タ、タカ君! い、今、あそこの茂みで何か動いた!?」

 「心配ないよ! どうせ野生動物か何かさ! なにしろ、ここは近隣で最も自然豊かな場所だからね!」

 「そ、そうなんだ。……でも、さっきから変な音がずっとしてるの!?」

 「大丈夫、ただの水音だよ。ほら、ここはコンコンと溢れる湧き水で有名だろ? だから敷地の中を小川が流れてるし、手水もそれを利用してるんだよ」

 「さすがタカ君! で、でも、その、やっぱり怖いからって、傍にて欲しいな……って」


 ぐぬぬぬぬ。向こうからは何だかラブい空気が流れてくるじゃないか……! おのれ……稲荷神社は縁結びの場じゃないんだぞ……! 


 既に大きくて真っ赤な鳥居を潜ってるんだから、神様の場所なんだからな!


 「……なるほど。この一帯だけは直ぐ近くにまで森が迫っている。ましてや神社、何者かの気配を感じたと思っても不思議ではないな……」

 「はい、先輩。それに明かりが殆ど無くて真っ暗です。足下は砂利道だし川まであります。妙な音がしても驚きません。この辺りが不思議な噂の発祥元なんですかね?」

 「…………ふむ。なるほどなるほど」


 星明かりの下、僕は懐中電灯の明かりをゆらゆらと揺らしながら前へと進んでいく。万が一何かあったときに直ぐにちと先輩を守れるよう、誰よりも先に闇へと足を進めていくのだ。


 そのまま宮司の住居の入り口を過ぎると、いよいよ神様の領域だ。遙か昔から存在する背の高い木々が鬱蒼と茂る中、水の音が聞こえてきた。


 それにしても……暗いな。思ってた以上だ。これは本格的に何も見えないぞ……。


 「リョウ。せっかく来たんだ。先に手水で清めていこう」

 「そうだね」


 真っ暗闇の中、ふわふわと揺れる懐中電灯を水音の鳴る方角へ向け……


 「……くふっ」

 「……ッ!? っあ」

 「後輩? どうかしたのか?」


 ……一瞬だけ、視界の隅を何か白い物が横切ったような気がしたのだ。慌てて明かりを向けるものの……誰もいない。湧き水が竹の水路を通り、そこに開けられた穴から手水用の岩で囲まれた池に滴っているだけ。苔むした岩の池には無数の落ち葉が堆積している……。


 ……怪しい気配はない。


 「リョウ? どうかしたか?」

 「……あの、春茅君?」

 「…………何でもないよ」


 ……そう言った瞬間、背後に熱を感じた。……まるで誰かが悪戯するように僕の後ろで構えているようだ!? 同時に背筋を悪寒のような冷たさが駆け抜けるっ! これは……まさかッッッ!?


 「落ち着け後輩。風で笹の葉が揺れただけだ」


 ちと先輩だった。スタスタと進んで手を清めてしまう。そうして思わずこわばった僕の身体を優しくポンと叩き、明かりを手水から神社の社殿へと向けさせた。


 「さ、先に進もう」




 両脇を笹の林が囲む中、石の階段と再びのやや小さめな朱塗りの鳥居が待ち構えていた。星明かりの下、その向こうには社殿が構えている。当然ながら夜なので、既に閉まっているみたいだ。


 よく見れば鳥居の手前には4体の狐の石像が狛犬代わりに並んでいる。それぞれが思い思いのポーズをとっていた。中には親子のような像もあり、なんだか優しい感じがする。


 「着きました。ここが噂の……稲荷神社です」


 建物自体は凄く大きいわけではない。されども複数の社からなる神社は、不思議と暖かみを感じさせる作りになっていた。左手にはお守り等を販売している社務所があり、右手にはおみくじの結ばれた笹の葉と、人形やお守りを納めた小屋がある。そしてその小屋の奥には段差があり、下段を小川と砂利の空き地が広がっていた。


 風が抜ける度に笹の葉が擦れ、森に住む虫達が綺麗な声で歌っている。そこに響いているのは僕たちの砂利を進む足音と声だけ。人の気配は……ない。


 「……佐伯、噂は何だったっけ?」

 「……あぁ。何でも、お参りを済ませると、ポンと小さな音がしたらしいんだ。何だろうと思って右を向くと、青白い狐火が舞っていたとか……」

 「凄い……タカ君、詳しいんだね……!」


 再び久瀬さんがキラキラした目を佐伯に向ける。心が白けそうになるのを必死で我慢しながら、僕は右の空き地の方を向いた。正念場なのだ。


 スマートフォンを見れば、夜の9時ちょうどを示している。


 「それでそれで! どうしますか!? せっかく神社に来たんですからお参りは当然済ませるとして……暫く待機してみますか!?」

 「おいおい、令佳。落ち着けって。そんなにはしゃいじゃ身体が持たないぞ?」

 「でもでも! ついに私も心霊体験が出来るかと思うと、とっても心が跳ねるの!」


 大人しそうなイメージを捨てて、無邪気にはしゃぐ久瀬さん。僕の背後で誰かが漏らしたため息を聞きながら、僕は佐伯と視線を合わせていた。


 ――その時だ。


 「な、なんだ!?」

 「今の音は一体!?」


 それ(・・)が聞こえてきたのは。


 静かな宵闇に、まるで優しく鼓を叩いたようなポンという音が響いたのだ! 小さなそれは、されども破裂音のようで確かに空気を揺るがし僕たちの元へと届いていた!


 「……!? 後輩……空き地の方だ!」

 「はい先輩! ……っ!? あ、あれは!?」


 慌てて駆け出して段差の所に設けられたフェンスに縋り付くようにした僕は、確かにそれを見た。


 眼下に広がる砂利の空き地。


 そこに大きな円を描くように、なんとも言いがたい、されどとても幻想的で美しい青い炎が舞っていたのだ!


 「これが……狐火!? まさか……本当にそんなものが……」

 「……っ凄い! 凄い凄い凄い!! やっぱり神様はいるんだ! あぁ、なんて美しい炎なのでしょう…………!」


 驚愕の表情浮かべたちと先輩と、対照的に恍惚とした顔でそれに見入る久瀬さん。


 僕はちと先輩の隣で食い入るように不思議な炎を見つめていた。


 ……炎は青い。幽世の証と言われてもおかしくない、この世ならざる色だ。強いて言うなら水色だろうか? 霊魂の青色を淡くして、ほんの少しだけ黄泉の国の紫を混ぜたような異界の炎が、空き地で遊ぶようにゆっくりと円を描いて一周し……消えた。


 ………………。


 そうだ、スマートフォン……。


 「あ! 凄い! また狐火だ! 見て見てタカ君! 狐火にも種類があるんだね!」

 「あぁ! こりゃあ凄いな! 一体どういうことなんだ!?」


 僕がその声に反応して頭を上げたところで、急な突風が前の方から吹き付けてきた。思わず顔を隠してしまう。


 狐火の影響か、妙に生暖かい風が吹き止んだときにはすっかりと空き地は静けさを取り戻していた。


 同時にトントンと肩を叩かれる。


 佐伯だった。ちと先輩は難しい顔をして空き地を睨み、久瀬さんは熱心に何かをメモしている。僕は佐伯に引っ張られるように後ろに下がっていた。


 佐伯は小声で話しかけてくる。その顔は内心の焦りを露骨なまでに反映していた。


 「おい……リョウ、大丈夫なんだよな? 探偵部……信じてるからな?」

 「……? 大丈夫だよ! 探偵部の名にかけて……」


 噂をすればほら。謎を解いたらしいちと先輩がくるりと隣の久瀬さんを諭すように言ったのだ。


 「えへへ……凄いなぁ。私……今日来れて良かった……きっと一生の思い出に――」

 「それは違うぞ久瀬」


 ちと先輩は僕たちを一瞥すると、そのまま空き地へと下っていく。懐中電灯も持たず、星明かりだけを頼りにしているのだ。今日は満月、完全な暗闇じゃない。


 「……? どういうことですか、先輩?」

 「残念だが……これは神秘体験ではなさそうだ。幾つか解けない謎もあるが……大方は分かった」


 前を行く女性陣の後ろを、僕たちはのそのそとついて行く。やや大回りして辿り着いた空き地は鬱蒼とした林に囲まれていて、いかにもな雰囲気を醸し出していた。


 「……さて、ここが現場だな」


 空き地におりたちと先輩は、ゆっくりと狐火が描いた青い円の軌跡をなぞるように歩いて行く。足下の砂利に……不審な点はないな……。


 ただ風だけが僕たちを取り巻くようにして流れているだけだ。もっとも、林の中には無数の生き物の気配を感じるけれど……。


 「先輩……その、これはいったい……?」

 「…………後輩。そんなに難しくない手だな。ただ、神秘のベールを被っているから、それを暴かなくてはならない。君も分かっているだろう?」


 ちと先輩がそういった瞬間、食って掛かる声があった。言うまでもない、今やすっかりオカルト信奉者となった久瀬さんだ。


 ……放置された佐伯が煤けて見える。


 「待って下さい! 今のはどう見ても心霊現象ですよ!? いえ、ここは神社なので神霊現象と呼ぶべきでしょうか? それはともかく、あんな青い炎なんてこの世には存在しません! あれはどう見ても――」

 「リンだ」

 「……っ!?」


 引き攣った顔を浮かべた久瀬さんに対し、ちと先輩はしゃがんで青い炎の通った後を熱心に観察している。だが無念そうに頭を振ると、立ち上がって久瀬さんの方を見た。


 「確かに一般的に炎は赤い」

 「そうです! 青い炎なんてありえない――」

 「そこに何も細工がされてなければな」

 「ど、どういう意味ですか!?」

 「だから、リンだよ。リンを筆頭に一部の物質が燃えるとき、炎の色は赤ではなく青になるんだ」

 「まさか! だってそんな火見たことない……」

 「あっ! ガスバーナーとかは青い炎ですよね?」


 僕が思わず口を挟むと、ちと先輩はニコリと、対照的に久瀬さんは無粋な奴めと言わんばかりに僕を見た。


 「それでリンなんですか?」

 「あぁ。もっと言うと、リンは60度で燃焼するから発火も用意だ。昔から言われてきた人魂や鬼火の類いも、正体は自然発火したリンだとする説がある」


 ……そうだ。リンは意外と身近なところにある物質なのだ。例えば……骨。だから生き物の死体や骨が集まる墓場にはリンが集まりやすくなる。そうして何かのきっかけでリンが着火すれば……立派な人魂の完成だ。


 流石はちと先輩。


 「そ、そんなはずはないです! 大体リンなんて……」

 「リンは植物の三大栄養素の一つだからな。肥料として手ごろな価格で販売されてるぞ?」


 ……ちなみに、僕もちと先輩のお手伝いで花壇に行ったときに、先輩が使用しているのを見たことがある。


 積み上げてきた幻想が崩れたのか、言葉に詰まった久瀬さんは佐伯の後ろに隠れてしまう。だけれどその顔にはさっきまでのオカルトの興奮はなく、どうやら普段の文学少女に戻りつつあるようだ。


 後一押しといったところか。


 「で、でも、そんな偶然あるんですか? 噂になったって事は、前にも集まったリンが燃えたって事ですよね? 私達が来るまでに再びリンが集まって、たまたま何かのきっかけで発火したって……おかしくないですか?」


 ……その通りだ。確かにおかしいよね。……ちと先輩、これに対しては?


 「そんなことは簡単だ」

 「簡単……ですか?」

 「あぁ、肥料として入手したリンを加工して、予め蒔いておけば良いだけだ」

 「……!? ちと先輩、それはつまり……!?」


 驚きのあまり思わず声を上げてしまった僕に対し、ちと先輩は鋭い視線を向けた。


 「発火も難しくない。物陰で適当な時限装置でも使ったのだろう。例えば……渦巻き蚊取り線香の終点に何かの火種か灯油でも垂らしておけば、そこから容易くリンは燃えるだろうさ」

 「……! じゃあ……これは……心霊現象では……ない?」

 「あぁ。歴とした化学現象で、犯人も存在する」


 見れば久瀬さんは騙されていたのが分かったのか、見る見るうちに表情を怒りに染めている。


 「じゃあ……犯人は誰なんですか!?」


 刹那、ちと先輩は佐伯を見た。奴は真っ青な顔をしていた。


 ――佐伯は素直な奴で、隠しごととかは全く出来ないのだ。今回もあいつの表情は如実に焦りを意味している。


 いや、表情だけじゃないな。いかにも嘘をついていると言わんばかりに視線が明後日の方を向いてるし、片足がせわしなく砂利を叩いてステップを踏んでいる。


 「まさか……タカ君!? ど、どうして私達を騙す様な真似をッッッ!?」

 「……ち、違うんだ!? その――」

 「そうか……オカルト研究会のこと……心配してくれてたんだ……でも、だからってこんな騙す様な真似は……!」


 それが限界だったらしい。佐伯は素直に頭を下げた。それを見たちと先輩が静かに言う。その瞬間、確かにちと先輩の視線は僕を向いたのだ。


 「紹介しよう。今回の心霊騒動の犯人…………探偵部の春茅後輩だ!!」


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