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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
17/93

7.花婿疾走事件③

 少しするとモモちゃんは戻ってきた。でも彼女の顔色は可哀想なほど悪く、既に歩くことすら出来なくなっていたのだ。その身体に力は無く、僕は彼女をおぶって優しくベッドに寝かせてやる。……その身体の熱さはさっき以上だ。既に咳をする力も無いのか、弱々しく苦悶の声を上げるばかり。


 「リョウ……っち? そこ……いるの?」

 「ここにいるよ! 熱は…………よ、40度!? た、大変だ!? 直ぐに薬を……」


 血相を変えた僕が必死で薬箱をひっくり返した時、慌ただしいノックと共にさっきのお姉さんが白衣の人と共に戻ってきていた。


 「大変です!? 熱が40度を越えてるみたいで……!?」

 「……そうか。診察を始める。君、この部屋から出なさい」


 反射的に食い下がろうと僕の方を掴む影。またもや非番のお姉さんだ。今度は僕にも分かる。服を脱ぎ始めたモモちゃんを尻目に、僕は急いで部屋を出た。




 「……大丈夫でしょうか?」

 「安心しなさい少年。うちの医者は優秀よ。なにしろペンギーリゾートはホテル付なのだから」


 そろそろ6時間は経っただろうか。モモちゃんは診察の後に注射を打って貰ったのが効いたのか、ずっとベッドで静かに寝息を立てている。その寝顔は大分穏やかになっているように思う。僕たちは間仕切りで隠されたベッドの手前で腰を落ち着けていた。


 ……しかし、さすがはペンギーリゾート。病室はおろかスタッフルームの中までもしっかりと飾りでデコレーションされているじゃないか。


 「……君もそろそろ何か食事を取った方が良いわ。あいにく大した物も出せないけど……」

 「お気遣い無く。そんなことよりも訊きたいことがあります」

 「……? 何かしら? 言っておくけど、病気のことは分からないからね」


 そうじゃない。僕には気になってることが一つだけあった。


 ……残念だけど、既にちと先輩との合流は難しい。師匠にも体調不良の件は連絡済。なにやら向こうも慌てていたらしい。それでもしっかり次の予測地点を教えてくれた。だけれどそれはとても申し訳なさそうで、肝心の予測も――


 『ごめんなさい。実はアトラクション候補が3つもあるの。しかもそれ以外にも早めのランチやショーの可能性もあるから……』


 極めて曖昧だった。仕方ないだろう。アトラクションも鉄板の2つをこなした以上、基本は抑えたのだ。後は楽に乗れる穴場を選ぶなり、3番人気を目指すなり、自由だ。もちろん師匠の言うとおりそれ以外の可能性もある。


 つまり……僕がお見合いを妨害することは……ほとんど不可能になってしまったのだ。もちろんモモちゃんを助けたことに後悔はない。けど……時間と共に嫌な予感がふくれ始めていた……。


 既に日も暮れ始め、ペンギーシーは夜の顔を見せ始めている。……ロマンチックな大人の顔だ。


 「今日の予定を教えて欲しいんですけど」

 「……? あぁショーとかパレードって事? それなら……」

 「いえ、そうじゃなくて。どこかであれがある筈なんです。シーにも申請が出ているはずです」


 そう。何度考えてもあれがある筈なんだ。僕は厳しい立場にいる。どうにかしてお見合いを妨害しないといけないんだけど……それだけで駄目だ。どうにかして相手の男が失点するようにしないと。


 ……当然だけど、僕はまだ諦めてはいない。たとえ合流が不可能だろうと、このままモモちゃんが閉園まで目覚めなかろうと、絶対にだ!


 「……話が読めないんだけど?」

 「無断でやるはずはないんです。必ず許可を取っている筈なんです」


 既にお姉さんには事情を話している。僕に残された手はそれしかない。出来るかどうかも分からない、儚い希望だけれど……それでも……!


 「あ、もしかして――」

 「リョウっち……? あれ、ここは?」

 「モモちゃん!?」


 どうやらモモちゃんが目を覚ましたようだ。おずおずとモモちゃんが向こうから顔を出す。容態は落ち着いたのか、多少赤みがあるものの明るい顔をしている。でも、その顔は僕を見るなり沈み、時計を見た瞬間決定的なまでに落ち込んでいた。


 「ごめんね、リョウっち。私が――」

 「良いんだ。むしろ、具合が悪いのに助けてくれて、ありがとう。それよりも僕は行くことにしたよ」


 モモちゃんは顔を上げない。心なしか震えているような気もする。熱じゃない。自分の失態に恐れているんだ。


 「違うの。私……私、こんなつもりじゃ……」

 「……まだ手はあるよ」


 僕がそう言うと、モモちゃんはおずおずと顔を上げた。僕と目があう。……どうやら、役者は揃ったようだ。


 僕にも既に絡繰りは見え始めている。彼女が休んでいる間、ずっと考えていたのだ。どうして、ちと先輩が望まないお見合いをしているのか。モモちゃんがそれを懸命に止めようとしているのか。姉妹の家の人達は何を考えているのか。


 後は答え合わせだけ。




 「リョウっち……本当に大丈夫かな……?」

 「……師匠は太鼓判を押してくれたんだ。ここしかあり得ないよ」


 既に日も暮れた頃。胃が痛くなりそうな緊張の中、僕とモモちゃんはちと先輩を待ち受けていた。窮地を知った師匠はスタッフのお姉さんと密かに協力すると、どうにか先輩の足取りを見つけ出したのだ。その結果、お見合いの最後、クライマックスの場所だけはどうにか把握できたのである。


 半円状の階段にモモちゃんと並んで座っている。周囲は美しい町並みの夜景を妨害しないよう最低限の明るさしか残っていない。……ましてや、僕たちは私服姿。ある程度近くでも気づかれないはずだ。


 真っ暗な空の下を暖かい無数の光が輝いて照らし上げている。中世ヨーロッパ風の石造りの建物で出来たペンギーシーは、各所にカンテラのような暖かいオレンジ色の明かりが仕込まれ、幻想的に浮かび上がっているのだ。


 黒い空、黒い海、そして暖かく浮き彫りになった街。ここからはハーバーの夜景を一望することができた。


 「……見て、リョウっち。ほら、向こうに船が見えるよ……綺麗……」

 「……うん。だから、譲れないね……」


 正直なところ、ここは僕だって嫉妬するほど良いところだ。これだけ幻想的な場所なのに、人通りはとても少ない。僕たち以外は皆カップル。まさに2人だけの世界ってやつを作り上げてくれるのだ。


 「……ちょっと、寒いね」


 何処かうっとりしたモモちゃんは、少し寒そうに手足をすり合わせている。そのまま暖を求めて、一歩だけ僕に近づいて来た。腕と腕がピタリと触れあう。


 ……ここは見晴らしが良い代わりに風を遮る物が無いのか。昼間は結構暑かった上に走り回ったから平気だったけど、もう11月だしね。


 「大丈夫? ほら、こんなので良ければ」

 「わ! リョウっちの上着……あったかい……」


 僕の上着を貸してあげると、モモちゃんは嬉しそうに袖を通していく。そして真っ直ぐに僕を見た。


 「…………あのさ、もし……」

 「なぁに?……っ!? モモちゃん! 予想通りこっちに来たみたいだ!」


 モモちゃんは言いかけた言葉を胸にしまったようで、話に食いついてきた。


 「……いよいよだね」

 「……モモちゃん、よろしくお願いね」


 彼女は小さく笑って頷いた。


 耳を澄ませば、やって来たちと先輩とお見合い相手の声が聞こえてきた。


 「千歳さん。今日はどうでしたか? お気に召して頂けると光栄なのですが」

 「はい。とても楽しかったです石山様」


 ……一瞬で心が折れそうになる。それでもモモちゃんが叱咤するように僕を叩き、視線をぐるりと周囲に巡らした。準備は出来てる。作戦開始っ!


 「石山様だなんて遠慮しないで! どうか僕のことは信治と名前で呼んで下さい。そして、僕にも貴方を呼び捨てで呼ばせて貰えれば幸いです……!」

 「それは……ん?」


 突如鳴り響いたのは幻想的な情景を見事なまでにぶちこわす音楽、明るいテンポが特徴のペンギーマーチだ。同時にちと先輩の顔が訝しげに顰められた。それもその筈、無数の人達が乱入してきたのだ。


 思わずほくそ笑んでしまう。


 「奥様、お坊ちゃま! 本日はお楽しみ頂けましたでしょうか? こちらは旦那様からお子様への誕生日プレゼントになります! さぁ! 皆様、お手を拝借。皆でハッピーバースデーを歌いましょう!」


 ……そう。フラッシュモブだ。一見無関係な人達が合図と共に一斉に動き出し、サプライズを盛り上げる演出。もちろんこんな目立つことをする場合、事前に許可の申請が必要である。だから僕はキャストのお姉さんに確認したのだ。予想通りそれはあった。それも、今朝入り口でぶつかった金髪の人達が予定していたフラッシュモブが……!


 「「ハッピーバースデー・トゥ・ユー!!」」


 後は簡単。午後はペンギーリゾートで遊びほうける予定だった人達と再会し、協力をお願いしたのだ。彼らは笑って快諾してくれた。


 もちろん、僕もモモちゃんも偶然を装って真っ先に参加し、盛り立てるのを惜しまない。そんな手の込んだサプライズの相手は勿論ちと先輩とお見合い野郎……の隣をキープしている師匠とお子様である。


 「お母さん! 凄い! ペンギー達が来た! 僕の誕生日……みんなで祝ってくれてる!」

 「しょう君、良かったわね! お父さんが頼んでくれたのよ!」


 ざまぁみろ、お見合い野郎ぉぉぉぉぉ!!!


 家族の絆の前では、お前の作り上げたラブい空気なんて雲散霧消だぁぁぁ!!!


 ――落ち着け僕。重要なのはこれからだ。ほら、雰囲気を台無しにされた相手の男が怒りに震えている。


 「「おめでとー!!!」」


 その叫びと共にフラッシュモブの人達が一斉に師匠達へと祝福を送る中、僕とモモちゃんは抜けだしてちと先輩の元へとはせ参じた。


 「後輩!? どうしてここに!? これは……違うんだ、その……」

 「先輩……ごめんなさい。森亜の謎は……つい投げてこっちに来ちゃいました」


 先輩は僕の姿を見るなり驚愕し……それこそ、紅茶だと思って飲んだら激辛カレーのルーだった見たいな顔をしている。一方、モモちゃんと相対した男はというと――


 「お前達ぃ……何のつもりだ!? 」

 「何って……見て分からないの? 誕生日を祝ってるんだけどー?」

 「そういう事を言ってるんじゃない! 何の権利があって僕たちの邪魔をするんだ!!!」


 怒りを隠し切れていなかった。仕方ないだろう。僕だって仮にちと先輩とのデートのクライマックスを邪魔されたら苛立つし。でも、問題はそこじゃない。


 「それは失礼しましたー石山様(・・・)……」

 「勝手に僕の名前を呼ぶな! 行こう千歳! もっと良いところに――」


 そう言って相手の男、石山はモモちゃんを押しのけて進もうとしたのだ。具合の悪いモモちゃんはバランスを崩して尻餅をつき――


 「百花!? お前、風邪引いたんじゃなかったのか!?」

 「えへへ、お姉(・・)! リョウっちのお陰で大分回復したの!」


 石山の顔がみるみる青くなる。まさか乱暴に当った相手が婚約者候補の妹だとは思わなかったのだろう。あるいは一度顔見せくらいしていたのかもしれない。そして、その顔を綺麗に忘れていたと。


相当動揺しているのか、僕がモモちゃんを助け起こすのを黙ってみていることしかできていない。


 「な、何だこれは!? おいお前! 一体どうなって――」

 「それはこういうことです……桜田さん、いるんですよね?」


 石山を無視した僕の問いかけに、確かに応答はあった。


 案の定夏休みにモモちゃんの部屋で会った女中さんは平然と物陰から姿を見せると、静かに歩いてくるところだったのだ。見れば既にフラッシュモブの人達は師匠達と一緒に移動してしまっている。周囲にはめっきり人影が薄くなり……つまり、僕の勝ちってことなのだ!


 「桜田? ……あんた、今日は有給って話じゃ……」

 「申し訳ありませんお嬢様。嘘でございます」

 

 その言葉にモモちゃんは目をまん丸にしている。彼女には時間が無くて全部説明できなかったのだ。桜田さんは一礼すると、石山をどうでも良さそうに無視してこちらに視線を放ってきた。


 「お久しぶりですね、春茅様。その節はどうも」

 「いいえ。それより、貴女がここにいるって事は……今回のお見合いは最初から仕組まれていたって事ですね?」

 「お前……さっきから何を言ってるんだ!? そもそも何者だ! 僕の邪魔をするんだ、それなりの覚悟を持ってるんだろうな!?」


 一方、焦ってはいるようだけど、ちと先輩の顔色は変わらない。それはつまり、最初から先輩も全て知っていたっていうことで……


 「桜田さん、貴方たちはこのお見合いを最初から潰す気だったんじゃないですか?」

 「な、何!? どういうことだ!?」

 「……ふむ、せっかくですので聞かせて頂いても?」


 と言いつつ、私服の桜田さんの視線は別の所に向いていた。別に構わない。僕が聞いて欲しいのはちと先輩なのだ。


 「リョウっち! リョウっち! ……私にも説明プリーズ!」

 「……そもそも、このお見合いは不自然です。だって、夏休みに一回やったでしょう? で、話は流れた。にもかかわらず再びのお見合い。これらはつまり、相手の家がお見合いを断れないような格上の相手であることを暗示しています。だからこそ……貴女たちは総出でお見合いを潰しに動いたんじゃないんですか? ちと先輩の為に……そっちの人達と一緒に」


 そういった僕は桜田さんの視線の方を向いてみる。海の方角から歩いてくる影があったのだ。


 「あれはお姉付の梅谷!? それにお母さん付の壮司ヶ谷(そうじがや)じゃん!?」

 「百花お嬢様、失礼します」


 やや若い女中さんと、年上の女中さんはそのまま桜田さんの両隣に位置すると動かなくなる。どうやら成り行きを見守るつもりのようだ。


 「……ちと先輩の部屋にここのパンフレットを置いたのは梅谷さんで、お母さんを通してモモちゃんにペンギーシーを吹き込んだのは壮司ヶ谷さんの差し金ですね? ……もちろん、モモちゃんにお見合いを潰させる為に」

 「えっ!? ま、待ってよ……、それじゃあ私は……」

 「……その通りでございます」


 そう、モモちゃんの行動は全て計算済みだったのだ。多分、彼女が僕を頼るであろうことも。


 石山は動かない。申し訳ないけど、彼は今回最大の被害者な筈なのだ。……もっとも、精々デート一回分損したってだけだから、些細な物だけど。ごねるなら現金で払ってやるし。


 僕の謎解きに対して答えたのは……桜田さんだった。


 だけれどそれは同時に……僕の度肝を抜くもので……


 「ご慧眼恐れ入ります。しかしながら、春茅様は一つ勘違いしております。此度のお見合い。家柄で言えば相手は確かに格上なのですが、財務基盤や権力で言えばこちらの方が上なのです。従ってお見合いを潰すのなら、受けなければ良いのです。当家は婿を迎えいれてやる立場なので。我々の目的は簡単です。……二見さん」


 あぁ、なんて事だ! 僕は当然この事を計算に入れておくべきだったのだ。堂々とこちらに向かって歩いてくるのはテーマパークに不釣り合いなスーツ姿の男性だ。軍人のようにキビキビとして整った動きのまま、鋭い視線を僕と石山に向ける。


 「あ、あんたは……確か、千歳の家の執事の……」

 「二見と申します石山様。そしてお初にお目にかかります春茅様。……桜田の申したとおり、当家としても落ち目の石山家との見合いはなど、蹴っても良かったのです。ですが、旦那様の計らいでお嬢様にもご協力を頂きこのような形となりました」


 落ち目、と言われた瞬間石山の顔が怒りで真っ赤に染まっていた。


 「どういう意味だ貴様!? まさか、この名門石山家の長男である僕を騙したというのかッ!!! おのれ!!! タダで済むと思うなよッッッ!!!!!」

 「どうぞご随意に。……それでは、今回の一連の流れを観察していた当家より、評価を発表いたします」

 「ふざけるなァッッッ!!! 話が違うッッッ! 僕は金だけが取り柄の成金が、跡継ぎがいないというから善意で協力してやろうと……!!!」


 いや、大きなお世話だよ、それは。


 そう思った僕はちと先輩と目があった。どうやら先輩もそれは同意見らしく、苦笑いを浮かべている。その傍らでモモちゃんはというと、白けた視線で事態の成り行きを見守っていた。


 自分が大嫌いな父親の掌の上で踊っていたとなれば、面白くないだろう。


 「評価項目は次の3点でございます。目標達成の為の情熱。他者を思いやれる責任感。そして窮地において的確な決断を下す判断力……」

 「余計なお世話だ!!! おのれ成り上がり者め!!! 石山家の名前に泥を塗ったな! 僕たちは野蛮なお前達と違って歴史をさかのぼれば鎌倉時代まで……」

 「情熱……C。低くはありませんが、満足いく水準ではありません。月並みですな。責任感……D。百花お嬢様の顔を忘れていたのは見過ごせません。そして最後に判断力……E。これは最低点でございます。石山様はどうやら理性よりも感情が先行しているご様子。それでは当家の務めは果たせません。続いて、は――」

 「黙れ黙れ黙れ!!! 帰ったら父に伝えて叩きつぶして……」

 「あぁ、そういうことか」


 すっかり傍観者と化していた僕たちだけど、そんな中ちと先輩がおもむろに口を開いたのだ。


 「千歳! 気安く僕に話しかけるな!!」

 「……二見、つまり、石山家はこいつを切り捨てるつもりだな? 確かあそこの家の次男は優秀だったな。だとすれば……これを口実に次男に家を継がせるのか。そして父はそれに協力して恩を売る気だったと?」

 「……っ!? そんな馬鹿な!?」


 二見さんは何も言わなかった。ただニコリとした笑顔を浮かべただけだった。


 ……気がつけば周囲に人が増えている。多分ペンギーシーのスタッフじゃない。……ちと先輩の家の使用人達だ。石山が激昂しているのを見て、守りに来たんだ……!


 これが……先輩の家の力……なのか。


 「桜田、梅谷、石山様はお帰りのようです、見送って差し上げなさい」

 「な、何を……!? だ、だがあの無能な弟のことだ、やりかねん……」


 二見さんの指示で女中さん達が石山の両脇をがっしりと固め、出口へと有無を言わさず誘導していく。同時に残った壮司ヶ谷さんがモモちゃんに手を貸し、ちと先輩と協力して休ませるようだ。


 ……そうして、この場には僕と二見さんだけが残された。


 神経が研ぎ澄まされていく。この人は……危険な気がする。いや、もちろん人格的に危険人物というわけじゃない。でも……執事。なら、あり得るかもしれない。


 ……この人は執事らしく、ちと先輩のお父さん付じゃないのか? だとすればその権力は一介の使用人とは比べものにならないわけで。


 僕がそう思っていると、二見さんはやや距離を置いたところから静かに口を開いた。


 「春茅様、今日は妻と子が(・・・・)大変お世話になったようで。2人とも楽しかったと申しておりました」

 「……っ!? ……そ、それは」


 同時に背筋が凍った。


 ……考えてみれば、それが当たり前なんだ。


 「……師匠、というか、あの親子連れは仕込みだったんですね? ……そうだ。そんな都合の良い相手がいるはずがない。それにさっきの係員の人やフラッシュモブの人達だって。全ては貴方たちの指図だったんですね……?」


 僕は……自分でちと先輩のお見合いを潰してヒーロー気分だった。でも、それさえも仕組まれていたんだ。この二見さんに。


 ……ははっ。僕は何をやっていたんだ? これじゃ筋書き通りに奇天烈な踊りを踊った、ただの道化……


 「それは違いますよ、春茅様」

 「っえ?」


 空しさのそこに沈んでいた僕は、その声にあっさりと現実に引き戻されていた。


 「誤解でございます。確かに妻は公平を期す為に貴方様をお助けする予定でしたが……これは予定とは全く異なる展開でございます。よもや百花お嬢様が体調を崩されるとは、思ってもみませんでした。破綻寸前にまで行った計画を立て直したのは、春茅様の功績でございます」

 「……しかし」

 「また、テーマパークの係員の女性やフラッシュモブの一座の方々は、我々とは無関係。いわゆる善意の第三者というやつでございます。これらも全て、春茅様が御自身の力で手に入れた協力となります。……そう悲観することはないでしょう」


 意外なことにすっかりしょげた僕に対し、二見さんは優しかった。


 「……旦那様からの評価をお伝えします。春茅様」

 「……っ!? 僕もこの評価の対象にして頂いていたんですね……」


 二見さんは無表情のまま、雰囲気だけを柔らかくした。


 「『貴様のことは弟から聞いている。思ったよりはやるようだ。認めよう。十分だ』」

 「……っ!?」


 二見さんは無表情だ。そして無慈悲でもあった。その舌鋒は死に神の鎌のように鋭く、僕の希望を刈り取った。


 「……『そう、十分だ。…………百花にはな! 思い上がるな小童。貴様程度では跡継ぎには力不足も良いところだ! ……だがまぁ、あの我が儘娘を更正させるにはちょうど良いだろう。百花をくれてやる。だからそのまま馬鹿娘を大人しくさせておれ!』以上でございます」

 「僕は…………ッ!」

 「では、失礼いたします」


 まるで道端の石を見送るかのように、二見さんは帰っていく。残された僕は呆然とその背中を見送っていた。


 そう、たったそれしかできないのだ。だって――


 だって、その場には……わざとらしく破り捨てられたメモが落とされていたのだ。おずおずと拾い上げたそれには、僕への評価が示されていた。


 情 熱:B。不可能にも怯まない気概あり。ただし、やや精神的に未熟で、ムラがある。

 責任感:A。焦燥感に追われながらも、百花お嬢様や我が長男を見捨てずに正しい行動を選ぶことが出来た。

 判断力:A。少ない情報から意図を読み取り、適切な行動を選択し目標を達成した。

 特記事項:頭脳が鈍らないだけの体力あり。またコミュニケーション能力には特筆すべき物あり。冷静な観察力だけでなく、鋭い共感能力を備えている。

 総評:A。千歳お嬢様が高評価するだけはある。長い付き合いになる可能性あり。使用人一同は気を遣うように。


 ……十分だ。十分すぎる。


 だから僕は再び上を向く。既に二見さんの姿は幻想的な暗闇に紛れてしまっている。


 構わない。大した問題じゃない。また一つ、負けられない理由が出来ただけだ。


 上を向こう。そうしないと……次のチャンスを見逃してしまうから。


next→赤い円

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