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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
12/93

6.生徒会の醜聞②

 立浜高校には屋上というか、バルコニーがある。建物の3階部分から外に出て、周辺の景色を見渡すことが出来る絶好のお弁当スポットだ。もっとも、屋根が無いから雨の日は使えないけど。


 部室で途方に暮れた僕が最初にやったことは、自分の隣のクラスを訪れることだった。うぅ、秋風とは会いたくないけど……ちと先輩や寺島理事に失望されるのはもっと嫌なんだよな。だから仕方ない。


 運良くそこで大町を見つけたので、彼から秋風の連絡先を聞くことが出来た。


 ……彼はすっかり意気消沈しつつも、ギリギリの所でやり直しのチャンスを得たことで秋風に感謝しているようだった。秋風は大町の同性愛疑惑を払拭し、自身は大町を手に入れ、かつクロヨシには親友の疑惑払拭の為に身体を張っていると主張してるらしい。


 思わず舌を巻くほどの恐ろしい手際の良さだ。


 とはいえ、そんなこんなで僕は秋風を呼び出していた。絶好のお弁当スポットも放課後になれば立ち寄る人も少ない。既にメールで事件の概要も伝えてある。


 ……噂をすれば足音が近寄ってきた。


 「こんにちは、春茅君。良い放課後ね」

 「……そうなることを祈るよ」


 再び見えた秋風は、当然のように夕日を浴びて真っ赤に染め上げられていた。以前付けていたピアスは無くなり、装飾品は首元のロザリオ、そして左手の指輪だけになっている。水色のシャツと紺色のブレザーは夕日色。


 相も変わらず校則を守った適正スカート丈に、清楚さを演出する黒髪。これじゃ誰も彼女の本性には気づかないだろう。


 そんな僕の考え事を見透かしたかのように秋風はバルコニーの一角、人目の付かないところに2人で移動する。秋風はご機嫌らしく、始終ニタニタと笑っていた。


 「ふふ、葉月で良いわよ?」

 「……遠慮しておくよ」

 「あら、残念。でも懸命ね」


 下の名前で呼ぼうものなら、彼女にどんな噂を広げられるか分かったものじゃないからね。


 「それで、率直に言うと……どういことなのかしら?」

 「秋風……僕と手を組まないか?」


 秋風の唇がつり上がっていく。同時に彼女の細い腕が獲物を狙う蛇のように僕の方へと鎌首をもたげ……


 「良いわ。私としても、愛梨先輩の弱みを握るなり貸しを作りたいしね」

 「…………」


 僕と力強い握手を行った。その柔らかな感触に僕は思わず安堵のため息を漏らす。


 やれやれ、相変わらず清々しいまでの相手だよ。迂闊に隙を見せられない。




 そうして、僕たちは場所を変えていた。生徒会のメンバーと探偵部員が校舎内で会っているのを見られるのはよろしくないだろう、という彼女の発案である。今いるのは秋風お気に入りの……バーだ。


 そう。バー。バーなのだ。むき出しのコンクリートの壁に、赤ワインを塗り込んだかのような美しい木目のバーカウンター。僕たちはそこに並んで座っていた。僕が右の入口側で、秋風は左の電飾側。


 室内の黄色い照明は薄暗く、”ZIMA”や” Heineken”といった電飾が壁際に飾られ、なんだか怪しい光を放っている。


 「秋風……ここは一体……」

 「中々良い感じのお店でしょ? じゃ、先に貰った情報のお返しといきましょうか。結論から言うと、横領疑惑は事実よ」


 僕の困惑をよそに秋風はてきぱきと話を進めていく。……こうやって話の主導権を握るのが目的だとしたら、流石としか言い様がないな。よく考えれば、間違いなく高校生や先生は5時前にバーに来ることはないだろう。密談にも持って来いってことなのかな。


 「あ、アマレットミルクを一つ」

 「ってお酒まで頼むんだ!?」

 「大丈夫よ。ここのマスターには”貸し”があるからね」


 秋風は、はい、どうぞ、と言わんばかりに僕の方へメニューを渡してくる。それには見たこともないお酒……多分カクテルの名前がずらりと50以上並んでいた。隅の方には申し訳ばかりの食事メニュー。


 僕が困惑しているのを悟られたのか、秋風が誘惑するように呟いた。


 「ちなみに、私のお勧めはゴッドファーザーよ。口いっぱいに広がるアマレットのベーゼのような甘さが、ウイスキーの口当たりを優しく解きほぐしてくれるの。もしまだなら、一度試してみたら?」

 「……君がポケットで弄ってるスマートフォンから手を離してくれたら考えるよ」


 一瞬だけ、秋風が獰猛に笑う。そう。彼女は僕から見えない位置の手を、ずっとスカートのポッケに入れているのだ。


 「惜しいわね春茅君。これはスマホじゃなくてICレコーダー。こっちの方が画面を見なくても録音できるから、便利なのよ」


 同時に秋風の元に生クリームのように白い液体が届けられる。それをすかさず掴み取った僕は、確かめるように飲んでみた。


 「ただの牛乳だね」

 「えぇ、もちろん。だって飲酒は禁止でしょ?」


 ……こいつ、平然と僕にお酒を飲ませて弱みを握るつもりだったな……。分かってはいたけど、油断できない相手だ。


 「それで、横領が事実ってことは……」


 渋い顔をした僕は話を元に戻していた。秋風も全く気にしていない。


 「えぇ。でも、正確には違うわ。昨日の話なんだけど、何者かが生徒会の秘密の部屋から、保管されていた予算の一部を盗み出したようなのよ。で、生徒会は引退間際の能登会長の最後の花道を汚さないよう必死で隠蔽しているってわけ」

 「秘密の部屋? 生徒会室じゃないの?」

 「違うわ。正規メンバーしか知らない、分室があるみたいなのよ」


 そこで僕は学校行事のスケジュールを思い出してみる。そうだ。立浜高校の生徒会選挙は11月の終わりだったはず。


 「……じゃあ秋風は……」

 「私は生徒会のメンバーぶってるけど、正確にはボランティア。もっとも、役員選挙じゃボランティアをやってるメンバーが生徒会から公認を貰えるから、事実上当選は約束されたようなものだけど」


 それで彼女は知らないのか。あるいは……既に彼女の本性を見抜いている相手がいるのか。


 「次は春茅君の番よ」

 「…………今日、探偵部に依頼があったんだ。内容は……」

 

 僕は改めて一連の経緯を話し、告発を行ったのが立浜高校の男子生徒だと思われることを説明した。


 それを彼女は興味深そうに聞き始め、でも最終的にはどうでも良さそうにミルクの入ったグラスを傾ける。そうして、唇の端に残った白い筋を赤い舌で綺麗に舐め取って見せた。


 「ふぅーん。なるほどね。……ということは、分かってるわよね?」

 「もちろん。泥棒がお金を盗み出し、生徒会がそれを隠蔽しようとした所を告発した。この一連の流れはたった1日で行われている。偶然にしてはできすぎだ」

 「そう。つまり泥棒の犯人が告発状を送った人間とみて間違いないわね」


 再びグラスを置いた彼女がニヤリと笑う。今度は僕も負けじとそれに笑い返して見せた……と思う。


 「でも、残念なことにその犯人を追うのは難しい……」

 「えぇ。立浜高校に男子生徒なんて腐るほどいるわ。となれば鍵は……」

 「「生徒会分室……!」」


 悪魔のような少女は実に愉しそうに笑っていた。あの笑い方も……ちと先輩に似ている。そう、面白い相手を見つけたときの顔つきだ。


 「となれば、話は簡単。犯人は生徒会分室の存在を知っている生徒で、かつ非生徒会メンバー。……ちなみに、私と同じボランティアは多分無関係よ。みんな能登会長を慕ってるから、彼の足を引っ張るような真似はしないはず。そもそも分室の存在は知らないしね」

 「ポイントは動機だ。何故皆から慕われる会長を攻撃しているのか。それが解ければ、犯人はかなり絞り込めるはず……!」


 そう。そうすれば僕は晴れてこの謎を解くことが出来るのだ。……正直なところ、僕にとって横領が真実かどうかは大した問題じゃない。そしてそれは恩義をこれっぽっちも持ってない秋風も同じだろう。


 生徒会を利用する。その一点において僕と彼女は利害が一致している……はずなのだ。


 「話は決まったわね。私は分室のことを調べておくから、春茅君は動機の方を任せるわ」

 「……構わないよ。それじゃあ、また明日。場所と時間は後で連絡するから」


 言うが早いか、僕は席を立っていた。こんな伏魔殿に長居はしたくないし……なにより


 「……ところで、秋風はなんで分室のことを知ってるの?」

 「……春茅君。ICレコーダーが一つだけとは限らないのよ? それに、スマホと違って録音時間は優に2日を越える。ポケットサイズだから盗聴には持ってこいね」


 話が終わったと見せかけて、油断したところで核心を突くというのが情報収集の基本なのだ。もっとも、この様子じゃ向こうも気づいてはいるみたいだけれど。




 「後輩、昨日の捜査の結果はどうだった?」

 「はい先輩。結論から言うと、生徒会に不正経理があるのは確かなようです。ただ、その実体は……」


 翌日。僕は部室でインバネスコートを着込んだちと先輩に対し報告を行っていた。ちと先輩は意外なことに、葉巻を一切手に付けず真面目そうな顔をして頷いている。開け放たれた窓からは涼しい風が吹き込んでいた。


 「……そうか。こっちも分かったことがあるぞ。生徒会……というより次期会長の筆頭候補である能登愛梨は、昨日付で各部への臨時会計監査を行ったようだ。どうもかなり執拗な追及だったらしく、幾つかの部は予算の減額をくらったらしい」

 「えっ? 監査……ですか? そんなことが許されるんですか?」

 「……微妙だな。10月はちょうど一年の上半期が終わった時期だから、確かに監査を行うのも間違ってはいない。また槍玉にされたのも幽霊部員位なら可愛い方で、中には笑えないレベルの予算の架空計上があったから、批判も難しい。……しかし手際が鮮やかすぎる。明らかに事前に目星を付けて、泳がせていたようだ。流石だよ、あの冷徹人形は」


 口振りとは裏腹に、ちと先輩の顔は愉快そうに笑っていた。


 「えっと、それは……小さな不正を気づいていながら見逃したということでしょうか?」

 「うん。まあ、いわゆるグレーゾーンを見逃していたらしい。それを今回はなりふり構わぬ一斉摘発。しかも、話を教師陣には報告しない代わりに、生徒会への協力を要求したようだな」


 なんてこった。モモちゃんじゃないけど、本格的に規模の大きな陰謀になってきたな。


 「分かっているだけでも、体育会系では野球部や弓道部に陸上部、文化系では文藝部や園芸部に漫画研究会がやられたようだ。……バレー部の涼花ですら怒りかけていたよ。危うく喧嘩になりそうだったところを、慌てて谷が抑えに入っていたな」


 それはそうだろう。人間は理性と感情が別個に存在する生き物なんだから。……待って。そうなると、一つ問題があるような……


 「ち、ちと先輩! ってことは……!?」

 「……その通り、来たようだな」


 青ざめた顔の僕は話しに夢中で気づかなかったのだ。今更になって冷や汗が吹き出してきた。そう、探偵部にも、足音が迫っていたのだ……!


 「失礼します。生徒会会計の能登愛梨です。これより臨時監査を開始します。探偵部部長は会計資料を全て提出して下さい」


 来た……ッ!? 愛梨先輩だ! 


 ちと先輩が冷徹人形と呼ぶだけあって、相も変わらず整った無表情で整然と配下の生徒会役員達を探偵部に押し込んできた……! その数……5人。


 やられた! だからちと先輩は葉巻を控えていたんだ!?


 僕が無言で彼らの進路に割り込んで部を守ろうとするのと、それを察した彼らが圧力をかけてくるのは同時だった。


 「事前通告どころかノックもないとは、本当に失礼な奴だな。……冷徹人形」

 「監査するのに連絡する馬鹿はいませんよ。……葉巻女」


 愛梨先輩と能面のような鉄面皮と、ちと先輩の珍しい挑発的な視線が文字通り激突する。比喩ではなく、ゆらりと闘気が2人の間で火花を散らし、僕も生徒会員も思わず足を止めていた。


 先に口火を切ったのは……ちと先輩。


 「ほう。私の記憶では、校則にも生徒会規約にも臨時監査という規程はなかったはずだが?」

 「……規約には載っていません。しかしながら、生徒会の運営指針にはこのように書かれています」


 同時に愛梨先輩が目で合図すると、無言のままに一人の生徒会員が鞄から資料を取り出す。そこには確かに”立浜高校生徒会運営指針”と書かれていて、頭の痛くなりそうな無数の条文が並んでいる。だけれど確かに臨時監査という項目が存在するみたいだ。書類の日付は……3年前。


 「知らんな。聞いたことがない」

 「そうですか。しかし無理もありませんね。運営指針は”学校の正式な手続き”を踏んだ書類とはいえ、生徒会外には周知されてませんから」


 そこで愛梨先輩はジロリと僕を睨み付けた。そのガラス玉のような瞳に僕の心は射貫かれてしまい、気がつけば身体は硬直していた。


 「貴方は確か……春茅……君と言いましたね? 大人しくして下さい。探偵部には不正経理の疑惑が出ています。場合によっては退学等の処分が下ることも……」


 でも、その言葉は逆効果だった。愛梨先輩は僕を威圧しようとしたんだろうけど、僕の心は逆に奮い立っていたのだ! 


 退学? 冗談じゃない! ちと先輩に会えなくなるような真似は許さないッ!


 熱く燃えたぎった心は氷の矢に射貫かれた身体を溶かすには十分だ。


 「へぇ。それは仕方ないですね。……本当にそんなものが実在するのであれば!」

 「……それはどういう意味でしょう? 春茅君。監査に反対するということは、貴方も不正に関わっていたと判断しますが?」

 「もちろん、それが学校の判断であるというのなら従いますよ? でも……」


 限界だった。いるのだ。僕のすぐ後ろにちと先輩が。矢面に立った僕を援護しようと、支えてくれようとしているのだ! 


 だから、今なら誰にも負けない気がするんだ!


 「でも、その運営指針って本当に正規の手続きを踏んだものなんですか?」

 「おい1年! 愛梨さんに逆らうなんてどういうつもりだッ!?」


 目の前の腕が長くガタイの良い男が胸ぐらを掴みかねない勢いで近づいてくるも、まだ笑っていられるだけの余裕があった。


 「あまり我々を舐めないで貰おうかッ! 探偵部なんて弱小部、今まではお目こぼしでその存続を許してやっていたんだぞ!?」

 「話を逸らさないで下さい! 愛梨先輩の持ってる運営指針には確かに3年前の日付が入っているけど……それだけだ。書類の日付なんていくらでも偽造できます。”学校の正式な手続き”とやらを踏んでいるんなら、学校の認可印の一つも無いのはおかしいです! それじゃ、昨日捏造したんだろ? って言われても否定は出来ませんよ?」

 「お前エエエエェッ!? 生意気だぞ!? 口の利き方に……ッ!!!」

 「おっと。そこのお前、その辺にしておけよ? それ以上後輩の胸ぐらを掴んで痛めつけるようなら、立派な暴力行為だ。なぁ愛梨? んん、校則で暴力は……どうなるんだったかな?」


 露骨な舌打ちと共に、僕を今にも殺さんばかりで追い詰めていた男はあっさりと離れていた。……良く躾の行き届いた番犬だな。


 「……暴力行為は停学や退学に該当します」

 「ほほう? では……」

 「しかし、暴力とは一般的に殴る蹴る等の行為をさします。胸ぐらを掴むという行為は、校則に限らず我が国の法律に照らし合わせても”暴力”には該当しません」

 「その根拠は?」

 「暴力団対策法です。この法律でも胸ぐらを掴んだり大きな声を出したりする行為は、法律の対象外です」


 ここまでの戦況は五分。しかしながら、追い返すにはまだ足りないはずだ。


 だから苦々しい顔の生徒会役員の前で、僕は掴んだきっかけを振るうことにしたのだ。というか、どうにかしてここで追い返さないと、非情にマズイ。


 「愛梨先輩。何故その運営指針には学校の認可印が押されてないんですか? おかしくないですか?」

 「あなた! 規約ならともかく、指針なんかに……ッ! す、すみません」


 今度は眼鏡をかけた女の先輩が甲高いヒステリックな声を上げ始め……そこで愛梨先輩が制止していた。なんてことだ。この冷徹人形は、僕と舌戦することを決めたようだ。


 頑張れ、僕。相手はちと先輩にも匹敵する強敵だけど、勝つ以外に方法はないのだ。


 「春茅君」


 そこで愛梨先輩はふわりと笑った。闘志剥き出しの僕ですら、思わず目を奪われてしまうほどの、優しさでデコレーションされた天使の微笑みだ。


 「ごめんなさい。捺印は表紙にされているのです」


 一瞬だけ、息が詰まった。目の前には蕩けるような美女の甘いささやき。駄目だ駄目だ駄目だ。僕にとっての美女はちと先輩だけ。他は不要……!


 愛梨先輩の言葉に不審な点はない……と思う。言われてみれば、確かに押印するとしたら条文で埋め尽くされた2ページ以降ではなく、表紙だろう。もし、そんなものがあるとしたら、の話だけど。


 「なら、その表紙を……」

 「佐山」

 「はっ!」


 同時にちと先輩が眉をひそめ、僕の顔は露骨なまでに引き攣っていた。佐山と呼ばれた女の鞄から出てきたものは、間違いなく学校印の押された表紙だったのである!


 「そ、それは……」

 「これで、よろしいわね? 確かに書かれているでしょう?」


 取り出された書類は紛れもなく日付と捺印のされた公文書であり、きっちりと立浜高校生徒会運営指針と記されていたのである。


 お、終わった? た、退学? ぼ、僕退学? そんなぁ!? せ、せめて、ちと先輩だけでも……!? い、いや、まだ何か、何か監査を止める手が……


 無情にも運営指針を見せつけた愛梨先輩は、余興は終わりだと言わんばかりに無表情で武装する。


 「それでは、各員は監査を……」

 「待て。それはおかしいんじゃないのか?」


 泣きそうな顔になっていた僕を救い、そして愛梨先輩の眉をひそめさせたのは、やはりというか我らがちと先輩だったのだ! まさに救いの女神!


 「もう一度……表紙を見せて貰おうか」

 「……どうぞ」


 再び現れた捺印のされている表紙。それをテーブルに置いたちと先輩はインバネスコートのポケットから……おおっ! なんたることか! 虫眼鏡を取り出したのだ!


 そう虫眼鏡! 我らが探偵の誇り! シャーロック・ホームズの武器!


 「……まさか、燃やす気では……」

 「そんな卑怯な真似はしない。それとも、丹念に見られるとマズイ訳でもあるのか?」


 同時にちと先輩がここぞとばかりに笑いを引っ込め、鋭い視線で敵を射貫く。相手は愛梨先輩ではない。佐山とかいう女だ。佐山にとって不意打ちだったらしく、彼女は思わず視線を逃げるように逸らしていた。


 ……!? そういうことか!?


 「後輩、よく見てみるんだ。この印鑑の周囲だけ、微妙に再生紙の色が違うだろう?」

 「はい! まるで、古い書類から捺印の部分だけを切り取って、指針にカラーコピーした見たいにッ!」

 「…………ッッッ!? な、何を……ッ!? 何をいい加減なことをォォッ!?」


 佐山がひったくるようにして表紙を奪う。……これも証拠だね。もし本物なら、替えが利かないからもっと丁寧に扱う筈なんだ。


 「そう言えば……パソコンの授業で使う印刷機は、中々の高性能なプリンターだったな……。それとも漫画研究会か? 確かあっちにも漫画印刷用の高性能プリンターが……」

 「ありますね。しかし、それとこれとどう関係が?」


 再び、両雄の視線が激突する。駄目だ……これ以上の証拠は追及できない。お互い千日手。


 だけれど、僕は勘違いしていた。探偵部の弱点は2つ。1つはグレーゾーンたる幽霊部員の存在。これは今、どうにか誤魔化しきった。そしてもう一つ……


 「あぁ臭いわね! この部屋は……一体何の匂いかしら!? タバコみたいよッッ!?」


 再び佐山がヒステリックな声で宣戦布告してきたのだ。


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