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立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
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6.生徒会の醜聞①

 10月。実り多く、また過ごしやすい季節でもある。夏ほど暑くなく、冬ほど寒くなく。そんな一年の中でも格段に過ごしやすい季節を、僕は頭を抱えながら過ごしていた。


 今日も今日とて、ノートを前に探偵部謹製のシャープペンを片手に、必死に考えては頭を振って推理をかき消すの繰り返しなのだ……。


 「……ちと先輩、これは……」

 「……難しいだろう? 森亜の謎は。なにしろ私、そして歴代探偵部が真犯人と睨んでいる森亜は被害者にして犠牲者なのだから……」


 そう。僕たちが取り組む連続自殺事件。犯人と思われる森亜は、その最後の犠牲者なのだ。……自殺だから犯人というのは変かもしれないけれど。とにかく、彼の死と共に事件は収束している。


 「……新聞もローカルテレビ局のニュースも、果ては怪しげなネットの記事まで、全てが森亜を被害者として報道しています……というか、正直僕も何故彼が犯人と疑われているのかが分かりません」


 ちと先輩はそんな僕に対して、意外なことに一定の理解を示したのだ。僕の考えが間違っているという事を否定しない。それは、ちと先輩もその可能性を考慮していると言うことであり……


 「……言いたいことは分かる」

 「……ではどうして」

 「簡単だよ、後輩」


 着込んだインバネスコートを揺らしながら、ぷかーと葉巻の煙を吐き出すちと先輩。器用なことに、その煙は綺麗な輪っかを作っているではないか。


 だが、僕は次の言葉に唖然となっていた。


 「犯人は森亜で間違いない。だけれど誰も信じない。ならば自分で明かすだけ……! それが探偵部創立の理由の一つなんだ」

 「は……? えっと、それって、感情論って事ですか? 警察とかの科学的な証拠は、全て無関係だと指し示しているのに!?」


 驚いて立ち上がった僕に対し、ちと先輩はしっかりと頷いた。


 「後輩……。その意見は正しい。ただ、一方でこういう見方も出来る。所詮警察は外部の人間であり、内部の人間ほど事情を理解していないんじゃないか、とな」

 「……それは、そうですけど……」


 だが、そこで僕は口をつぐんでいた。同時にちと先輩が素早く葉巻の処理を施し、消臭剤をぶちまける。


 足音が二つ聞こえてきたのだ。ということは、クマちゃん先生の見回りでは無い。つまり……


 「依頼人ですね」

 「依頼人だな」


 しかも、僕はその足取り軽い足音に聞き覚えがあるのだ。パタパタと踊るように小走りになっているのは間違いない。


 同時に探偵部の扉が素早く3度ノックされると共に、開かれた。


 「おーっす! 元気してる? モモちゃん見参! With依頼人!」


 案の定、見慣れた立浜中学の制服に身を包んだモモちゃんが室内になだれ込み、勢い余って椅子をはね飛ばした辺りで苦笑いの依頼人も入ってきていた。


 それを見たちと先輩の顔が僅かに驚きに揺らぐ。


 「叔父さん?」

 「……久しぶりだね、千歳ちゃん。それに……新しい世代の探偵部員君かな?」


 僕は思わず二度見して目蓋を手の甲で擦っていた。そんな僕の耳元にモモちゃんがくすぐるように囁く。


 「むふー! リョウっち、チャンスだ! さぁさぁ! パパッと謎を解いて、ポイントを稼ぐのだー!」

 「……っ! ええっと、は、春茅です! この春から探偵部に入部しましたっ」


 僕に善し悪しは分からないけれど、なんだか高級そうで、しかしながらヨレヨレになったスーツを着込んでいる。ちぐはぐな印象だ。……いや、それは服装だけじゃ無い。依頼人はまだ若いように思えるのだが、苦悩しているのか深く刻まれた皺と、生きることに倦んだような表情がまるで死にかけの老人のようなイメージを与える。驚くほどシンプルで、それ以外にはほとんど物を持ってない。ネクタイすらシンプルに青の一本線だし。


 しかし、そんなことよりも重要な点がある。


 「そうか。君が春茅君か。百花ちゃんから聞いてるよ。中々にやり手らしいじゃないか。探偵部を後援する私も鼻が高いよ」

 「こ、光栄です……!」


 今回の依頼人はこの立浜高校の権力者、寺島理事だったのだ。そして、ちと先輩とモモちゃんの親族でもある。


 つまり、この依頼は絶対に失敗できないってことなのだ。




 「……つまり、横領ってことですか?」

 「その通りだよ、春茅君。もっとも、正確に言うならば、その後ろに疑惑と付けるのが正しいんだがね」


 応対を僕に任せて観察に専念するちと先輩の隣で、僕は緊張に身体を硬くしていた。寺島理事は見た目とは裏腹にフレンドリーな人だったのだけれど、それが尚更緊張を強いるのだ。だって、うっかり油断して失礼なことを言ってしまったら……僕はその瞬間他のちと先輩を狙うライバル達に後れを取ってしまうかもしれないのだ。


 「これを見てくれ。これが今回立浜高校の理事室に届けられた、匿名の手紙だよ」


 そんな僕の内心をよそに、寺島理事は一枚の2つ折りになったルーズリーフを鞄から取り出していた。


 ”立浜高校の寺島理事へ。


 今からお伝えすることは、不正に対する告発です。どうか、理事のお力で事態を解決して下さることを望みます。


 現生徒会長能登豪太は、生徒会を通じて立浜高校の予算を一部横領するほか、本来なら各部平等に取り扱われるべき筈の空き教室の生徒会による無断占有等、やりたい放題です。


 どうか、速やかに対処されることを望みます。”


 僕はページの半分ほどにまで書かれた文章を読み尽くし、念のため為ルーズリーフをひっくり返してみる。……特に手がかりは無い。いや、あるじゃないか。そう、黒々とシャープペンか何かで書かれた文字だ。太く角張っていて……


 「すまない、手がかりはこれだけなんだ。駄目なら駄目で構わない。この手の投書は時々来るからね。では、今代の探偵部、よろしく頼むよ」


 そう言うと、寺島理事はにこやかだった顔を退屈そうな老人のそれに戻し、あっさりと部室を出て行った。


 あまりの速さに、僕とモモちゃんは取り残されて呆然としてしまう。扉が閉まると同時にモモちゃんが気勢を上げた。


 「こ、これでどうしろって言うのよー!? 手がかりは紙だけって……舐めてんのか叔父さんはー!?」

 「まぁまぁ、紙一枚からでも分かることはあるよ?」

 「嘘だ! って言いたいところだけど、リョウっちがそう言うんなら……」


 同時に愛しのちと先輩を盗み見れば、ちょうど同意するように小さく頷くところだったのだ。


 「多分、この文を書いたのは男だよ」

 「えぇ? 何で何で?」

 「だって、文字が凄く角張ってるんだもの。なにより、モモちゃん気づかない?」

 「ぐぬぬ……! 仲間だと思ってたリョウっちにまで置いてかれるなんて……百花屈辱!」


 と言いつつ、モモちゃんは舐めるようにして告発文に見入っている。だけども、すぐに諦めたのか、僕の方を見た。


 「分からーん! リョウっち! ヘルプ!」

 「文字を見てみるんだよ。黒くて太い。これを書いたシャープペンが一般的なHBと仮定するなら、かなりの筆圧だ」

 「あっ、なるほど。それで相手が男だってことね……」

 「他にもあるよ。例えば”無断占有”の所はかなり力強く書かれているけれど、反対に” 速やかに対処されることを望みます。”の部分はそこまででもない。つまり、送り主は生徒会に対し強い感情を持っているって事だろうね」


 ニコッと笑って尊敬の眼差しを向けてくるモモちゃん。眩しい。けれども、残念なことに、僕の推理にちと先輩は不満のようなのだ。


 「60点……といったところかな」

 「えぇ!? お姉厳しー!」

 「……先輩ならどう見ます?」


 とは言いつつも、なんだかちと先輩は穏やかに微笑んでいた。……僕の成長を実感してくれている……と思いたい。


 「後輩の推理は正しい。私もそう思うよ」

 「……? なら、お姉はなんで後40点くれないの?」

 「それは、手がかりを半分見逃しているからだ」


 慌ててル-ズリーフに視線を落としていた。他に何かあったか!? ……まさか、指紋? で、でも、いくら指紋を調べても照合できないだろうし……。


 「紙だよ」

 「……え? 紙、ですか?」

 「あぁ。この告発文はルーズリーフに書かれている」


 駄目だ……分からない。それって当たり前のことじゃないのか? でも、ちと先輩が言うのだから、何か絡繰りが……。


 「書いたのは教師では無い。もし教師が告発するなら、手書きでは無くキチンとパソコンで資料を作成するはずだろう?」

 「あ、そっか。パソコンで作った資料ならルーズリーフじゃなくて印刷紙に印字されるはずだもんね」

 「正確には再生紙だな。教師が生徒会を告発するのであれば、その資料は職員室で作成される可能性が高い。……となれば、印刷された資料は当然、他のプリントやテストと同じ再生紙になる。逆に自宅なら綺麗な真っ白い印刷紙だろうな」


 ……!? そうか! それに、そもそも先生……いや、大多数の大人はルーズリーフなんて使わない! ノート代わりにルーズリーフを使うのは学生だけのはずだ!


 「ってことは、送り主は男子生徒ですね!?」

 「あぁ。もっと言うなら、これは生徒会内部からの告発では無い。能登は悪人では無いからな。……となれば?」


 挑発的に、それでいて愉しそうにちと先輩は僕を見る。ここまで教えて貰えれば、僕にも十分分かる。……モモちゃんは置いてきぼりを食らって、机にのの字を書いてるけど……。


 「生徒会に恨みを持つ男が、寺島理事を利用して陰謀を巡らせようとしている……!?」

 「その通りだよ。そして、だからこそ面白い……!」


 受けて立ってやると言わんばかりに、ちと先輩は立ち上がって腕を組む。僕も同様に立ち上がり……こっそりとちと先輩の腕の間に視線を送っていた。…………さ、頑張って仕事しよっかな!


 「………………ま、陰謀を見破るなんて浪漫のある話、中々無いからな」

 「あれ、なんか話のスケール大きくなってない? 生徒会ってあれだよね? 探偵部の……」


 そこでモモちゃんが気になることを言った。そう言えば、前に生徒会へ行ったときは、文字通りの冷遇を受けたのだ。あのブリザードのような冷たい視線の嵐は忘れられない。


 「あぁ。探偵部は生徒会の宿敵だな」

 「……? 先輩? どういうことですか?」


 僕はてっきり、謎解きを先越されたからだと思っていたのだ。


 「何でも古い話らしいんだが、探偵部設立の時に当時の生徒会と相当に揉めたらしくてな……」


 ……厄介だなぁ。となると、


 「つまり、今回の騒動の調査に生徒会の協力は得られないって事ですね?」


 そう。僕たちは騒動の渦中にいるはずの双方から話を聞くことも出来ないのだ。それは手がかりが殆ど無いって事を表してるわけで……


 「いいや? 一人いるじゃないか、教えてくれそうな相手が」

 「……? お姉、流石のクマちゃん先生も生徒会には詳しくないと思うけど……」

 「違う違う、そうじゃない。私には無いけど、後輩にはあるコネの話だな」


 そう言うと、ちと先輩は凄く良い笑顔を僕に向けてきた。何だろう、嬉しいんだけど、凄く嫌な予感がする……。まるで、剣一本で魔王退治に駆り出された勇者のような……


 「件の恐喝王だよ。あの女なら生徒会の弱みを握る絶好の機会と、喜んで手を貸すだろうさ!」

 「うわぁぁっ!? やっぱりぃぃぃ!?」


 秋風葉月。僕と同じ1年にして、知っている限り最も邪悪な相手だ。悪人では無いけれど……その邪悪さが全てを台無しにしている厄介な相手でもある。……できれば、あんまり会いたくない相手だなぁ。


 「ほ、他に無いんですか!? っていうか、ちと先輩は能登会長と知り合いじゃないんですか!?」

 「いいや、全く? ただ伝わってくる情報や外見だけでも人柄を判断するには十分だ。それに、あいつの妹は嫌いだ。会う度に嫌みの応酬になるからな」


 恐るべくはその度胸だ。曲がりなりにも地域一帯の名家であり、親戚には理事までいるちと先輩と正面切っての皮肉合戦。愛梨先輩は強敵なんだなぁ。いや、うちも幽霊部員とか葉巻とか落ち度も多いんだけどさ。


 「……あ! 私、今日友達とショッピングに行く予定だった! 悪い悪い! じゃ、謎が解けたら教えてね!」


 言うが早いかモモちゃんは脱兎の如く荷物を抱えると、そのまま部室を走り去って行ってしまう。……逃げたな。


 「まったく。今日はせっかく合法的に遊びに来たというのに……。百花は以前に愛梨に見つかって、危うく不審者として警察に突き出される所だったからな……」

 「……モモちゃんにとっても天敵って事ですか……」


 それから、ちと先輩は色々と生徒会のことを教えてくれた。現生徒会長の能登豪太は不正を働くような人間では無いこと。それゆえ人望も厚く、生徒会のメンバーはもちろん一般の生徒からも慕われているということ。


 「私は他の部活を頼ってみる。不正の内容は横領と無断占有なら、他の部活が何か知っているかもしれん……頼んだぞ」


 ちと先輩に頼まれたんじゃ、僕に断る術はない。たとえ相手が二目と見られない巨大芋虫だろうが、積極的に会いに行く所存である。


 しかし弱ったな……。これじゃ本当に秋風しか手がかりが無いじゃないか……。


 困り果てた僕を尻目に、無情にもちと先輩は部室を出て行く所だった。


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