表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
立浜高校探偵部  作者: 中上炎
探偵部の冒険
10/93

5.恐喝王③

 翌日。昨日は寝るまで、そして今日は起きてからもずっと考えを纏めていた。……何度考えても、それしか答えが無いように思えるのだ。


 放課後の秋の校舎を進む。行き先はもちろん、生徒指導室。僕の考えが間違っていなければ、そこは今まさに魑魅魍魎が跋扈する異空間となっているはず。案の定中からぼそぼそと何か話し合う声が聞こえるそこを、僕は覚悟を決めてノックしていた。


 「クマちゃん先生、いますか?」

 「……悪いが、今先客が……」

 「先生、私は別に構いませんよ」


 言うが早いか生徒指導室の扉が開かれる。僕を出迎えたのは……意外なことに秋風だった。ニコリと笑いつつも、どこか挑発的な瞳で僕を部屋に誘い込む。


 中には彼女の他に大町と、2人が座る椅子の向こうにクマちゃん先生がいた。ちょうど彼が苦いコーヒーを必死で飲んでいるところである。


 「春茅……悪いがこっちも急展開を迎えていてな。すまんが手短に頼むぞ」

 「急展開……ですか? 先生、それはどのような?」


 私の話を聞いていたのか? と言わんばかりにクマちゃん先生が苦々しく笑う。あ、生徒のプライバシーってやつかな? 迂闊なことを言えないんだ。


 「簡単よ探偵さん。ここ数日でユウが犯人じゃないかっていう悪い噂が流れてるの」

 「葉月!? ちょっと待ってよ……」

 「別に良いでしょ? 彼は間違いなく犯人じゃないわ……貴方と同じように」


秋風が送ってくる流し目をスルーしながら、気がつけば僕は考えていた。大町が疑われているだって? それは……


 「聞いて下さい。お花の謎が解けました」

 「なんだって!? それは凄い!! ってことは、クロヨシをいじめてる相手が分かったってことだね!?」


 僕の言葉に大町はそれまでの不機嫌さを一転させると、輝くような微笑みを浮かべていく。思わず眩しくなるほどの微笑みだ。


 「……はい」

 「教えてくれ!! 僕は…僕は犯人を捕まえたい!! 捕まえてクロヨシに詫びさせたいんだ!!」

 「やるな、春茅。だが、犯人はどうやって鍵がかかっている校舎に侵入したんだ?」


 大町とは対照的に秋風は静かにコーヒーと格闘する中、僕は短く考えを振り返っていた。


 これだ。放課後に施錠され、翌朝まで鍵のかかる校舎に侵入するには、この方法しか無いはずなのだ。


 「簡単です、先生。犯人は極めて真っ当な方法で入ったんです」

 「真っ当? ……だが、園芸部の安村の話では、窓から入った形跡は無いそうだぞ?」

 「……春茅君。それに、クマちゃん先生は間違いなく鍵をかけたって言ってるし、セキュリティも機能してたそうだけど?」


 身を乗り出すように聞いてくる大町。僕は無意識のうちに後ずさっていた。


 「はい。その通りだと思います」

 「じゃあ、どうやって入ったんだ? まさか……ずっと教室内に隠れていたとか?」

 「ううん、もっと簡単な方法なんだ」


 そこでようやく僕にもコーヒーが回されてきた。クマちゃん先生がなんだかんだで、僕の分まで用意してくれたのだ。


 「犯人は正面から入ったんです」

 「…………は?」


 大町は僕の言葉にキョトンとしていた。ごちそうを前にお預けを食らったからなのか、それが少しずつ怒りに変わっていく。それが大噴火する前に、僕は隙を突くように言った。


 「鍵とセキュリティで守られた校舎に侵入する方法一つしか無い。そう、犯人は学校の鍵を持っていたんだ。それに、セキュリティを解除するパスワードも」


 途端、静まり返る室内。大町は盲点だったのか、あっけにとられたような顔をして立ち上がりかけた身体を再び椅子に戻す。


 でも、クマちゃん先生は別だ。


 「待て!? 鍵は学校の教職員しか持っていないんだぞ!? どうやって生徒が入ったんだ!?」

 「簡単です。そもそも犯人は教師とグルだったんです。例えば……生徒指導のために朝早く学校に来て、校舎の鍵を開けてる熊田先生とか」


 そう。僕の推理が正しければ、怪しいのは他でもないクマちゃん先生なのだ。実際、この生徒指導室にそれはある。


 生徒指導。そう。それを理由に生徒の登下校を見張る先生には、学校の鍵が預けられているはずなのだから……!


 「……お前! まさか、この私がいじめに手を貸したとでも言うのか!?」

 「いえ。クマちゃん先生はむしろ、生徒を助けようとしたんです。例えば……いじめの犯人を見つけようとする生徒のために、こっそり鍵とパスワードを渡すとか」

 「……っ!?」


 ……クマちゃん先生は何も言わない。言えないはずだ。生徒のプライバシーに関わることだし……なにより、これは先生自身も規則違反のはずなのだから。


 沈黙。それが何よりもクマちゃん先生の関与を仄めかしている。


 「逆説的に、犯人はいじめられていて、先生が信用せざるを得ない人物ということになります」

 「……回りくどいのはやめにしたら、探偵さん? ユウも、そう思うわよね?」

 「え!? あ、あぁ、その通りだ! というか、つまり君もクマちゃん先生も犯人を知っていたことなのか!?」


 驚愕のあまり立ち上がった大町に対し、僕は今度は負けじと睨み返す。そう。犯人はもう分かっているのだ。


 「……良いよ。そうしよう。大町君、このいじめ騒動の犯人は君だね?」


 変化は劇的だった。


 「は……えっ僕!? ちょっと待ってくれ!! 違う!! 僕は花は置いてない!!」


 それが答えなのだ。真っ青になった大町は慌てて弁明しようとし、墓穴を掘っていた。それを僕もクマちゃん先生も、そして涼しい顔でコーヒーを机に置いた秋風も聞き逃さない。


 彼女はピアスを優しく揺らした。


 「花“は”?」

 「いや、その……違うんだよ葉月……!」

 「ユウ……あなた……まさか」

 「……問題なのは花じゃなくて、物が無くなるという方だったんです。クロヨシは別にいじめられっ子じゃないし、嫌われてる訳でもない。つまり、大多数のクラスメイトは犯人を庇う動機がない。


 ……言い換えれば、犯人は自然と限られます。つまり、クロヨシの机やロッカーの近くにいても、いや、それどころか仮に犯行を目撃したとしても誰も疑わない人物。そう、幼馴染みだ」


 そう。その筈なのだ。クロヨシから物を奪おうとすれば、それは必然的に彼のクラスメイト達が壁となって立ちはだかる。だからそれが出来るのは、クロヨシと仲の良い相手だけのはずだ。


 同時に失態に気づいたクマちゃん先生が泡を食って疑問を投げかけてきた。


 「待て!? 春茅、何故仲の良い大町が黒田をいじめるんだ!? 理由が無いだろう!? それに秋風だって……」

 「もっと……仲良くなりたいから……ね?」

 「……っ!? ま、待って葉月……」

 「秋風!? ……それはどういう意味だ!?」


 ……そこで盗み見た大町は、もはや顔面蒼白になっていた。この先の展開は僕だって信じられないのだ。


 でも、それ以外には考えられないし……なにより、秋風の反応から正解なのも間違いない。


 「だって彼、同性愛者なのよ。私知ってるわ。……それでフラれたからね」

 「あああああ!?」


 ……まるでかつての恨みを晴らすかのように、秋風の顔つきは愉悦に染まっていた。


 「や、やめろ……やめてくれ。大体、何の証拠も……」

 「……後から知ったんですが、右耳につけるピアスは女性らしさを表すんです」

 「……ッ!?」


 だから、女性が右耳にだけ付けるのであれば問題ない。ちょうど今の秋風のように。なんて事は無い。ただのファッションだ。


 だけど、男がそれをしてしまえば、その意味は……


 「違う!! これは、たまたま……!?」

 「たまたま……ね? 私の記憶が確かなら、女っぽいといじめられていた貴方が哀れなるクロヨシに救われた時からだと思ったけど? ……だからこうしたのね。いじめられて地獄のどん底にいるクロヨシを自分が救えば、同じ気持ちになってくれるかもしれないと……」

 「……僕は…………」


 大町は泣き崩れるように机に顔を埋めると、両腕でそれを隠して静かになった。……絶望しているのだろう。


 ……僕には、彼にかけてあげる言葉が見つからなかった。同性愛者の悲哀だなんて、分かりっこない。


 ともあれ、これで事件も片付いた。クマちゃん先生は沈痛な表情で大町を慰めるようにしては、言葉が見つからずに黙り込んでいる。後は……


 「あぁ、クロヨシがいなくて良かったわ。しかも理想的な少人数……大丈夫よユウ、ここにいる人達は……」


 秋風の方だ。彼女がそういった瞬間、勢いよく大町が顔を上げると、その貴公子然とした顔色を悪鬼羅刹の如くに歪めていたのだ。


 それどころか、その眼球にはありありと怨念が込められている。


 「うるさい!! 黙れ葉月!!  クロヨシの気を引こうとしやがって!! この雌狐め!? お前たちに僕の気持ちが分かるか!?」


 言うが早いか大町は獲物に飛びかかる蛇のように秋風の首を掴んで引き摺り倒そうとしたのだ。


 あまりの豹変に僕もクマちゃん先生もまるで反応できていない。彼女が床に組み伏せられるのを、呆然と前にするだけ。


 「……っ!? それは誤解よ? 前にも言ったと思うけど。あと、後で私から盗んだのも返してよね? あの香水、結構気に入って……」

 「クロヨシからのプレゼントだからだろうがアアアア!?」


 同時に伸ばされた拳が彼女の細い首元に伸びていき……。


 「大町! 止めないかッッッ!!!」


 だが、彼の激昂もそこまでだった。我に返ったクマちゃん先生が生徒を守るべく大町を強引に引きはがすと、そのまま絞め落としに入ったのだ。


 「大丈夫!? 秋風!?」

 「えぇ、どうも」


 一方、ようやく再起動した僕も慌てて2人の間に割って入る。


 何のことは無い。それだけだ。お澄まし顔の秋風が距離を取ると、大町は諦めたのか大粒の涙を流して蹲った。苦虫を噛み潰したような顔のクマちゃん先生が、そんな僕たちに言う。


 「……ここからは私の仕事だ。悪いが出ていってもらおうか?」




 既に人のいなくなった廊下を夕日が染め上げている。まるで秋の紅葉のようだ。そんな赤を全身で受けながら、僕は秋風を向いた。


 このいじめ騒動。まだ終わりでは無い。僕は言わなくてはならない、そのはずだから。


 「花の件だけど、犯人はいじめられていてクマちゃん先生の信頼を勝ち取れる人物。つまり秋風……花を置いたのは貴女だよね? 大町から嫉妬のあまり嫌がらせを受けていた……」


 ……夕日が彼女の顔を赤々と染め上げる。彼女は嗤っていた。興奮しているのだ。歓喜の顔は夕日を受けて血みどろのような色となっている。


 「あら? 誤魔化されなかった? ……そうよ。あれをやったのは私。ところで……花言葉に気づいたかしら?」

 「……いや」

 「ゼラニウムの花言葉は“私は貴方の愛を信じない”、オキナグサの花言葉は“裏切りの恋”とか“告げられぬ恋”とか……」


 僕は彼女を戦慄と共に見ていた。なんてこった。確かに彼女は犯人では無い。でも……


 「もう分かったと思うけど、あれはいじめじゃない。私からクロヨシへの警告なの。まあ、便乗したのも確かだけど」


 だって、さすがに見捨てたら、彼は哀れすぎるじゃない?


 秋風の顔には本気でそう書いてあったのだ。それはつまり、彼女がクロヨシのことなど歯牙にもかけていないということである。同時に彼女の目的は……


 「嫌がらせの犯人を突き止めようと、クマちゃん先生に頼んだの。鍵は簡単に貸して貰えたし、セキュリティのパスワードも教えて貰った。後は返す前に複製を作るだけ。もっとも、パスワードは月代わりみたいだけれど。


 ……もちろん立派な規則違反行為よ。だからこそ、クマちゃん先生は倫理的にも利益的にも何も言えなくなる。


 そうして、教室に朝早くにやって来たユウが、私とクロヨシに嫌がらせしてるのを知ったの。ユウったら、登校時にクロヨシを私と2人っきりにするっていう建前でそんなことをしてたのよ? ……これは利用できると思ったわ」


 あぁ……! もし悪魔がいるとすれば、きっとこの娘のことなんだろう! 秋風は……自分を愛する者も自分が愛する者も、等しくなんとも思っていないのだ!


 「君は……友達じゃないのか!? いや、彼の事が好きなんじゃないのか!?」

 「ええ。うふふふ。探偵さん、よく考えてみて? これから先、ユウの未来は真っ暗よ。幼馴染み2人をいじめていた人間だなんて、彼の信用は失墜するわ。しかも同性愛者ですらある。絶望的だわ。きっといじめられるわね。だからこそ、価値がある。


 あはははは! 笑いが止まらないわ! 彼の体験するだろう地獄の原因は同性愛といじめでしょ?


 そう、つまり幼馴染みの異性である私と恋人になれば、どちらの疑惑も消せるんだから! 彼にはもう、それしか道が無いの……!」

 「君は……!? 君って人は……!?」


 もし、この世に悪というものがあるのなら、きっと今僕の目の前で愉しそうに笑っている相手のことを言うのだろう。


 対する僕は……対峙するには明らかにレベルが足りていなかった。出来るのは、精々が皮肉だけだ。


 「……さっき話してた大町君の悪い噂は……」

 「察しが良いわね。あれは私の仕業よ。隠したって、いずれいじめの犯人はバレるわ。だから、その時に追い詰められるように……ね?」


 間違いない。この女は、最初から全て狙っていたんだ……。僕たち探偵部の活躍も、全て彼女の筋書き通りでしかない。


 思わず鳥肌が立っていた。この女は危険だ。なにせ、さっきから彼女は嬉しそうに笑い続けているのだ。傍目から見れば、仲の良い男女が一緒に歩いているようにしか見えないだろうけど。その実体は世にも恐ろしい別の何かなのだ……!


 「私思うの。個々の人間に個性がある以上、“対等”なんて幻想だわ。あるのは上か下だけ。私は彼をく組み敷いて、物にしたかったのよ」

 「……君は……なんだ? なんだこれは? これが愛? まさか。……弱みを握って追い込むこれは、まるで恐喝だ」

 「あはは! そうかも知れないわね! でも、少なくとも、私はこのやり方しか知らないの」


 いつの間にか僕たちはかなり遠くへとやって来ていた。2階中央。そこは職員室等があるエリアの筈だ。そしてその近くには生徒会の拠点。


 くるりと僕を見ると、秋風は心の底まで覗き込むようにして言った。


 「探偵部、中々のお手前でした。また何かあった時は相談させて貰います。……言わなくても分かってると思うけど……」

 「誰にもこの件は言えないよ……」

 「その通り。じゃないとクロヨシが傷つくからね。……ふふっ。まさか自分が愛する相手に利用されてるだけだったなんて……」


 笑う。嗤う。恐喝王はよく笑う。無力な探偵見習いの僕に出来ることは少ない。


 彼女は教室の扉をノックすると、最後に僕へと押しつけた。


 「探偵さん、改め春茅君。貴方の事は上でも下でもない、未分類にしておきます。……また、会いましょう」


 僕は苦みと共に、ぎこちなく手を振り返す。そこで扉が開かれ、遅まきながら気づいていた。ここは……


 「葉月? ここにいたのか?」

 「あぁ会長。今来たところです。例の件ですが、ちょうど今彼のお陰で無事解決しました」


 生徒会室だ。でも何故だろう。僕を見た瞬間、中からは生徒会のメンバー達がぞろぞろとやって来たのだ。彼らは一様に僕を睨み付けてくる。


 ……まるで、秋風を守るかのように。


 「会長、それに能登先輩。彼は探偵部の春茅君です。なかなかの強敵ですよ」

 「……そうか、君があの女の……。生徒会長の能登豪太(のとごうた)だ。うちの葉月が世話になったみたいだね。こっちは妹で……」

 「……妹の、能登愛梨(のとあいり)です。役職は会計。どうぞよしなに」


 生徒会長とその妹。能登兄妹はなんだか人形のようなコンビだった。お兄さんの会長の方は整った顔に感情を乗せているから、ハキハキとした好青年に見える。一方で妹さんの方はというと、全く表情が動かず、人形のような冷たさが拭えない。


 鋭い視線を僕に向ける彼女は……秋風とは逆だ。秋風はアクティヴソナーのように自分で状況を把握し立ち振る舞うのに対し、愛梨先輩はパッシヴソナー。ひたすら理路整然と相手を分析し、導かれる回答を追う。


 そうだ。この対応は他の誰でも無い、ちと先輩に似ている……。


 「葉月。ということは、件のいじめ問題は……」

 「はい会長。どうやら私達生徒会は探偵部に後れを取ったようです」


 ますます敵意が厳しくなった。まるで真っ向からブリザードに立ち向かっているようで、早々に帰りたくなってくる。


 というか、正直なところ僕は帰るつもりだったのだ。


 「全く……熊田先生にも困ったものです」

 「……っ!? なんのことですか!?」


 愛梨先輩が鉄面皮を動かさずに呟くまでは。


 「……例の花の件、校舎に自由に出入りできるのは教師だけ。ならば、そこの手引きがあったと考えるべきでしょう。なにより、嘆願に来た園芸部の安村を尋問した結果……」

 「愛梨……敬語忘れてる。それに手荒な真似は」

 「あ、ごめんなさい兄さん。でも、他に方法はなかったので。……犯人は自ずと限定されます。後は一人ずつ探りを入れて見つけ出し、制裁を加えるだけ。少なくとも、加害者に関してはある程度の周知が必要でしょうから」


 淡々と語る愛梨先輩の後ろで、秋風はニヤリと笑っていた。これを狙っていたのだ。


 僕達が謎を解けなかった時の保険……いや、むしろ保険なのは僕達の方だったのか? ぐるぐると考えが頭を巡り、さりとて答えにたどり着かない。気がつけば僕は生徒会室を後に、部室に戻っていた。


 そこは、思っていた以上に暖かいところだった。




 やっぱり、ちと先輩の入れてくれた紅茶は美味しい。確かただの紅茶じゃ無かったはずだ。オレンジペコみたいに、別の茶葉だったかハーブだったかがブレンドされている……


 「後輩? どうした、酷い顔をしているぞ?」

 「ちと先輩……僕は……恐ろしいものを……」

 「リョウっち?」


 そんな僕を2人は怪訝そうな顔で眺めていた。ちと先輩は思案顔で、モモちゃんは心配そうに。


 「……後輩、何を見たのかは知らんが、必要以上に事件に深入りするのは良くないぞ……。探偵の仕事は謎解きであって、犯人探しではないのだよ」

 「はい。正直、謎を解けて有頂天になっていました……」


 そうか、とちと先輩は静かに頷いてティーカップを傾ける。


 香しい紅茶が僕の心にも届いていた。


 「……? まぁいいじゃん! そんなことより、リョウっち酷くない!? 私も調査に協力したんですけどー! なんで何も教えてくれずに一人で行っちゃうかなー? 疚しいことでもあったのかなー?」

 「……ち、違うよ!? モモちゃん……」

 「……怪しい! 間違いない! 怪しいぞリョウっち! 私の女の勘が! 女絡みだと叫んでいるぞぉぉ!」


 うわぁ。この子無駄に勘が鋭いな。でも、流石に他校の生徒まで一緒に行ったら、ここまでスムーズに行かなかったと思うんだ。


 「聞ーかーせーろー! 私にも謎解きをプリーズっ!」


 屈託もなく僕に縋り付いてくるモモちゃんと、静かに視線を向けてくるちと先輩。そう、これは査定の時間なのだ。


 やむなく僕はいじめ騒動を掻い摘まんで話していた。一応クロヨシにも配慮したつもり。多分ちと先輩にはバレてるだろうけど。……花言葉やピアスで、犯人は2人っていう事情も察していたみたいだし。


 「……と言う訳なんです」

 「あー、うん。リョウっちゴメン。確かに私がいない方が良かったかも……」


 珍しく殊勝な態度になったモモちゃんが謝ってくる。そうして、彼女は僕の味方に回ってくれたのだ。


 「お姉! 当然謎を解いたんだから、ご褒美ありだよね?」


 同時に僕もちと先輩へと視線を向ける。そうだ。僕はこれを勝ち取る為にこの謎を解いたのだ。


 「……ふむ…………まぁ良かろう……そうだな、では後輩の欲しそうな……」

 「先輩!」

 「ん? どうした?」

 「ご褒美はリクエストがあります!」


 僕は訝しげな顔の先輩から視線を逸らし、代わりに保管されている金庫へと向ける。ここに、森亜の謎の第一歩があるはずなのだ……。


 「……後輩、まさか」

 「先輩! 僕は森亜の謎に挑みたいのです! 金庫の資料を見せて下さいッッ!!!」


 言った。言ってしまった。今更になって不安が僕を苛み始める。だって、その、万が一断られたら、僕にはもうどうしようもなくなってしまうのだ。


 いつか、ちと先輩の隣を歩きたいという目標も……そのまま式場に行きたいという夢も。


 押し黙ったモモちゃんがハラハラと見守る中、ついに審判は下される。


 「駄目だ」

 「……そ、そん……な、どう……して」


 あれだけ苦労して、与えられたのは絶望だけ。同時にモモちゃんが怒りと憤りの大噴火を起こす前に、ちと先輩がスカートのポケットからそれを取り出す。それを見た僕の目は点になっていた。


 「ち、ちと先輩!? これは!?」

 「あの金庫の解錠方法のメモだ。開けてみると良い」


 不思議そうな顔のモモちゃんの前で慌てて駆け寄ると、躊躇無くダイヤルを右に捻る。次も右で、その次は左。その次は…………開いた。


 「これは!?」

 「察しの通り、ここには歴代探偵部の活動日誌が収められている。もっと言うと、特に森亜の謎に関する調査記録が抜粋されてしまってある……」


 僕の手は驚くほどの滑らかさで資料の一番下。最も古い日誌を取り出して……


 「リョ、リョウっち? どしたの? なんか……ものすっごい落胆してる風に見えるんだけど!?」

 「これは……この資料は……」

 「……すまないな。お前の希望には添えないのだ」


 ……これは……なんてことだ。


 最も古い日誌。それですら、森亜の謎に関する記録は……


 「無い、無い! 無い!! 何で!? 何で森亜の謎のことが書かれていないんですか!? 書かれているのは不確かな推理ばかり! 肝心の事件の詳細が……」

 「無いんだ。理由は分からない。後年の日誌にもそれを嘆く文章や、部室を徹底的に調べた記録もあるが、現在に至るまで見つかっていない……」


 最も古い”第1期探偵部活動日誌”ですら、事件の翌年に書かれたものだ。間の悪いことにこれを書いた当時探偵部だった治村部長は事件を直接知っていたらしく、事件の概要や証言等を省いたようだ。


 そして、その年で卒業してしまい、以後は全て新聞等の資料の抜粋となってしまっている。肝心の事件当時の記録や証言、人々の関係性の手がかりは希少だ。


 「3代目を見ると多少マシだ。3代目部長は律儀に当時の関係者に聞いて回ったようだ。記録としてはかなりあやふやな部分も多いが……無いよりはましだろう」

 「そんな……これじゃ、僕たちはまともな推理が出来ないですよ!?」

 「その通り。森亜の謎は……事実上迷宮入りしてしまっている……。しかし、だからこそ、私はこれを解きたい」


 僕は虜になっていた。だってちと先輩は他の誰でも無い、僕へと微笑みかけてくれたのだ!


 「だから……手伝ってくれ?」

 「……っ! はいっ! 何処までもお供します!」


 やることは変わらない。謎を解いて、ちと先輩を笑わせるのだ。たとえそれが、どれほど困難であろうとも……!


next→生徒会の醜聞

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ