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 ――数日後。


 太陽の光がキラキラと輝くランチタイム、探偵・蓼科順平とその助手・若村和人の姿は「スナック・桃子」のカウンターにあった。


「それで、霧島錠は結局どうなったの?」


 この店のママであり、情報屋でもある桃子はカウンターの中から質問をする。

 蓼科にとっては彼女も蓼科探偵事務所の一員のようなものである。よって、こうして調査について聞かれてもよほどのことがない限りある程度は報告するし、桃子もそれを口外したりはしない。


「さぁな……。私が起きたときには奴は既に居なかったからな」


 そう言って蓼科は桃子特製のチャーハンを食べる。桃子は美人である上に料理も上手い。


「だから俺はあのまま先生の部屋で2人でアイツらを見張りましょう、って言ったのに、先生が“支配人の部屋のチェックをする”とか言うからー」


 若村は不満気な顔をしつつ蓼科と同じようにチャーハンを頬張る。



 あの日、蓼科はホテルと霧島支配人に関する推理を一通り終えたあと、霧島の薬の服用や、証拠品のチェックのため2人で1階のロビー裏にある支配人室へ向かった。

 若村も同行すると主張したが、“君は俊介くんを見張っててくれ”と言われ、そのまま蓼科が宿泊するはずだった客室で西園寺俊介と共に待機することになった。


 そうこうするうちに時刻は深夜の2時になり、ようやく客室に戻った蓼科から発せられたのは“少しうたた寝をした隙に霧島に逃げられた”というショッキングなものだった。



「まぁ、いいじゃないか!依頼は無事完遂したんだし!ハハハ!」


 蓼科は得意気に笑って若村の肩を叩いた。


 ちなみに今は「スナック・桃子」は営業時間外である。よって、蓼科と若村以外に此処にいるのは、このスナックの上の階で「占いの館」を営む“マダム光子”という老婦人のみである。


 マダム光子はまるでこの店の地縛霊かの如く、占いの館に客が居ない時はいつも此処にいる。

 テーブル席の隅っこが定位置であり、もはやインテリアの1つと化しているため、常連客にもお馴染みの顔である。


 そして彼女もまた、桃子と同じように蓼科探偵事務所にはなくてはならない存在であったりもする。


「順平、その霧島某を逃がしてやったんだね、お前は」


 テーブルの上に置かれた水晶玉を見ながらマダム光子が彩しげに言った。


「何言ってるんですか、光子さん。私がそんなことするわけないでしょう、ハハハ!」


 蓼科はマダム光子の姿を見ずに答えた。


「あぁ、あとねさっき預かった名刺から面白いモノが見えたよ」


 マダム光子が霧島の正体を占いたいから何か彼が触れたモノを出せ、と言われたので蓼科は霧島の名刺を渡していた。


「そんなわけないでしょう」


 蓼科は溜息をついた。

 マダム光子の占いは滅多に当たらない。


「あぁ、本当だ。コレ面白い!」


 カウンターから出てマダム光子から名刺を預かった桃子が、蓼科と若村にそれを差し出す。


「へぇー、スゲー」


 驚いた表情の若村。


「コレは一体……」


 蓼科もマジマジと名刺を覗き込む。


 それもそのはず。

 “霧島錠”という名前以外、何も書かれて居なかったはずの名刺に、青い文字が追加されているのである。


「インビジブル・インクって言ってね、普通にしてると何も見えないんだけど、火で炙ってやると文字が浮き出るんだよ。

 ほら、昔、みかんの汁とかでやんなかったかい?」


 マダム光子はライターの火をカチカチと灯したり消したりしながら、言った。


 そして、青い文字で書かれていた言葉は“最後のお客様、ご利用ありがとうございました”だった。



「霧島支配人、最初から先生が最後の客になるって分かってたってことっすか?」


 若村は蓼科に聞いた。


「さぁな。もしかしたら、彼自身、何かを隠して生きていくことに疲れていたのかもしれないが……まぁ、そんなことは、私の知ったこっちゃない!」


「じゅんちゃん、そういうとこ相変わらずね」


 桃子の微笑はこの会話の終わりと、新たなる修羅場への幕開けでもあった。




「ところで、成功報酬の500万円は何に使ったんだい?」


 マダム光子は蓼科に問う。


「い、いや、それは情報料とか、このコートとかも新調しちゃいましたし……」


 蓼科は何故かしどろもどろに答える。


「何言ってるんすか?情報料とか衣装代は前金の100万円と別に請求した経費で払ったじゃないっすか」


 若村のツッコミに蓼科の頭皮から汗が落ちる。


「じゅんちゃん、もう秋なのに暑いの?」


 桃子は楽しそうにそう言って、蓼科におしぼりを渡す。

 マダム光子はその光景を見ながら呆れたように言う。


「だいたい、冬でもないのにそんなシャレたコートなんか買うから、汗なんかかくんだよ!

 その帽子だって、全く似合ってないじゃないか!」


 マダム光子はかなりの毒舌である。特に蓼科には口調がキツくなる。そして蓼科は諸事情により彼女に弱い。


「いや、今はコートもハットも脱いでるじゃないですか。それにこのコートは秋用なので着てても汗なんかかきませんよ」


「じゃあ何かい?秋にしか使えないコートに大金叩いたせいで家賃が遅れてるのかい?!」


 マダム光子の言葉に蓼科は氷のように固まる。


 そう、何を隠そうマダム光子は蓼科探偵事務所の“大家”なのである。ちなみに占いの館は趣味の延長線上で行っているだけで、マダム光子はこの近辺にいくつかの不動産を所有する富豪である。


 無言になった蓼科の代わりに若村がマダム光子に話し掛ける。


「光子さん、本当にすみません!俺が明日からバリバリ働いて家賃払うんで、もうちょっと待ってて下さい」


 若村はそう言ってカウンターからマダム光子の居るテーブル席へと移動する。


「まぁ、若村くんに頼まれたら……しょうがないわね……」


 マダム光子は目の前の席に座った元ホストの笑顔にイチコロである。


 その様子を見て蓼科は安堵の溜息をつくも、今度は桃子からの口撃が始まる。


「……ってゆうか、肝心なのは500万円は何処に消えたのかって話でしょ??」


 彼女は蓼科の前で首を横に傾ける仕草をする。その色気ときたら……男性の100人中100人が惚れてしまうだろうという強烈なものだが、彼はそれに参ってしまうような男では無い。


「それは企業秘密だ!お前には情報料払ったんだし、文句無いだろう!」


「なにそれ!ムカツク!」


 桃子はそう言って後ろを向いてしまう。そこで次はまたしてもマダム光子の尋問が開始される。


「この依頼人の西園寺房江さん、私、実は古くからの知り合いなのよ」


「へー、世間って狭いっすねぇ!」


 感心するように合いの手を入れる若村。


「それで、昨日ちょっとしたパーティーがあって、彼女に会ったら憔悴した様子だったから“どうなさったんですか?”……って伺ったの」


「えっ、俺達が俊介くん連れて帰ったときはめちゃくちゃ元気そうだったのに」


「そうでしょ?!そしたら彼女、何て言ったと思う?」


 マダム光子はチラチラと蓼科と桃子の様子を伺う。蓼科は再びおしぼりで汗を拭い、桃子は適当に選んだ酒をグラスについでいる。


「なんて言ったのよ?もったいぶらないで教えてよ、光子さん!」


 桃子はそうって、グラスに注いだ酒をストレートで一気に飲み干す。


「“せっかく帰ってきた孫が、今度は料理の修行に行くって言ってフランスに行ってしまったの”……ですって!!」


「はぁ?!マジっすか?!アイツ、そこまでしてシェフになりたいのかよ、スゲーな」


 若村は俊介の根性を見直していた。


「でも、房江さんは孫を手放したくなくて留学に関する費用は一切出さなかったんですって。そしたら、俊介くんの知り合いだという謎の人物が300万円も彼に援助したらしいのよ……」


 マダム光子の鋭い眼光が蓼科に向けられる。


「……それはそれは……良い知り合いを持ちましたな、俊介くんは……ア、ハハハ……」


 蓼科のから笑いが昼間の閑散としたスナックに虚しく響き渡る。

 すると桃子はカウンターに置いてあるノートパソコンを操作し、ある病院のホームページを蓼科に見せた。


「この病院で受けれる先進治療、200万くらいかかるんだけど……」


「……そ、それがどうかしたのか?」


 そう聞いたあと、蓼科はチャーハンの横に置いてある冷たい水を飲む。


「此処に霧島錠が入院してるらしいのよ。私の調べでは、ホテルを失った彼にお金なんて残らないから……単なる噂だと思ってたけど……」


「……じゃあ、単なる噂だろう!」


 蓼科はそう言って、桃子の発言を切り捨てる。テーブル席から離れ、その後ろを通り過ぎた若村は桃子が示したホームページをマジマジと見つめる。


「これって霧島錠が掛かってる脳の病気が完治するっていう、話題の治療法じゃないっすか!!へー、保険効かないから200万かかるとか、すげぇな。今度お見舞いにでも行ってみようかなー?」


 わざとらしい口振りでそう言いながら、意味あり気な瞳で蓼科を見る若村。


「若村くん、そんなことしてる暇あったら昨日依頼のあった不倫調査、あれやらないと!」


「えー、でも500万円あったら、そんな地味な仕事やんなくても、今ごろ余裕で豪遊出来てたのにー」


 若村以外の視線もまた、蓼科に集中する。


「あーもう!正直に言えばいいんだろう?!」


 蓼科は一際大きな声を上げた。彼に集まる6つの視線は、二の句を待っている。



「私が競馬で全部スった!以上!!」


 予想外の回答に一瞬だけ店内が静まり返る。


「えっ、じゅんちゃん……っ……」


 桃子が何か言おうとしたが、遮るように蓼科は立ち上がった。


「さっ、昼飯も済んだし、若村くん、仕事に戻るぞ!ホラッ!!」


 彼はそう言って、若村の腕を引っ張り店の出入口へと向かう。


「ちょっと、待ってよ!昼ごはん代、ちゃんと払ってよ!」


 桃子がカウンターの中から叫ぶ。彼女は金にうるさいという一面もある。


「今度まとめて払う!」


 蓼科はそう言って、嫌がる若村を強引に連れ立って、「スナック・桃子」を後にした。




「全く、素直じゃない男だねぇ……」


 彼らが去った店内で、光子はそっと立ち上がり、カウンターへと移動する。彼女の着ているスパンコールがあしらわれた黒いドレスは裾が長いため、歩くのに少しばかり苦労する。


「まっ、そこがじゅんちゃんの良い所じゃない?」


 桃子は微笑みながら、光子がキープしてあるボトルを取りだし、琥珀色の酒をグラスに注ぐ。


「そういう所に……惚れたのかね…?」


「はぁ?!私がじゅんちゃんに惚れるわけない……ッ………」


「桃子じゃないよ!全く、何を勘違いしてるんだい?」


 マダム光子はグラスに注がれた酒を少し口に入れる。昼間から酒を飲むのは彼女たちにとっては日常であり、2人とも酒には強い。


「あぁ、そういうことね……」


 桃子はポツリと呟きながら、過去に想いを馳せた。光子もまた、そこに想いを重ねる。しかし、それは僅か一瞬の出来事。

 


 彼女たちもまた、日常へと戻らなければならない。


「じゃ、私もお客さんが来るから一旦戻るよ!」


 マダム光子は勢いよくそう言って、カウンターに入り、その裏にある2階へと続く階段を、ドレスを踏まないように慎重に上りだす。


「はーい、じゃあ、またね」


 桃子は光子を見送ったあと、カウンターを丁寧に拭き始める。「スナック・桃子」の開店まであと数時間。



 人は皆、心の何処かに目には見えぬ傷を抱えている。しかし、それを炙り出すことにより救われることもある。


 桃子は蓼科が置いていってしまった霧島の名刺を見た。青い文字は少しずつ薄くなり、やがて消えていった。


 きっと霧島も俊介という青年も、蓼科と出会って、救われたのだろう……と桃子は思った。




[完]

 これで「探偵 蓼科順平の事件簿・宿泊者1日1名限定ホテルの怪」完結です。


 最後まで読んで下さいました皆様に心より御礼申し上げます。また、ご感想やご意見、誤字脱字等のご報告などがございましたら、お気軽にコメント等でお知らせ頂けると幸いです。


 猫之風船

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