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 四方を海と山に囲まれたこの田舎町で、唯一オシャレな雰囲気を醸し出すカフェ「スノウ」は女子高生の人気スポットの1つである。


 原田久美もそのうちの1人で今日もいつものように友人3人とカフェに集い、クラスの誰と誰がくっついただとか、気に入らない先生の悪口だとか、後から思えば話しても話さなくてもどうでもいいようなことを日が暮れるまで語り合う。

 彼女にとってはこれがありふれた日常の一コマである。


 しかし、そんな日常に今日は僅かな変化があった。


 いつもならば常連のおじさんやおばさんの他には久美たち高校生しか居ないカフェに若い男性が居たのである。それもかなりのイケメン。カウンターで店主と話をしている姿を久美達はチラチラ見てはキャーキャーとはしゃいでいた。


「ヤバイ、あの人超カッコイイ!!」


「芸能人かな?」


「いや、モデルじゃない?!背も高いし!」


 ……などと騒ぎまくる友人と共に久美も「目大きい!鼻高い!顔小さい!」と同調しつつ、あんなイケメンがこんなド田舎に何の用があるのかも気になってもいた。


 するとイケメンはカウンターのスツールから降りて、笑顔で久美たちが座るテーブル席に近寄って来た。


「――お話中にごめんね」


 イケメンはニッコリと笑い久美たちに話しかけてきた。それまで彼を見てキャーキャー言っていた彼女たちは黙りこくってしまう。

 何故なら、近くで見る彼は更にカッコ良く、まるで美しい彫刻でも見ているかのような気持ちで見とれてしまい、誰一人として言葉を発することが出来なくなってしまったからである。


「俺、こういう者なんだけど……ちょっとお話を聞かせて貰ってもいいかな?」


 イケメンは久美たち一人一人に名刺を配る。受け取る際に指が震えてしまい久美は顔を赤くする。


「探偵事務所の調査員……?」


 久美の友人の1人がポツリと呟いた。一瞬、何のことを言っているか分からなかったが、改めて貰った名刺を見たときに久美は納得した。


「調査員の若村和人(わかむらかずと)さん……?」


 久美は名刺をそのまま読んだ。イケメン改め若村は「うん、うん」と頷く。


「そうそう!調査員の若村和人です!よろしくね!」


 若村は明るい声でそう言った。久美たちは4人揃いも揃って男性への免疫がないため、互いに目配せをしながらオロオロするのみである。


「でね、聞きたいことがあるんだけど……」


 オロオロする久美たちを余所に若村はたまたま空いていた隣の席から椅子を勝手に拝借し、久美の隣にピタリと座った。


「……な、なん、ですか……?!き、聞きたいこと……って……」


 久美はバクバクする心臓をなんとか押し殺しながら若村に聞く。彼はイケメンであることに変わりないが、だからといって見ず知らずの他人に何の警戒も無いほど彼女たちも無防備ではない。


「そんな、緊張しなくていいから!あっ、そうだ!ケーキでも食べない?!ここのケーキ美味しいんでしょ。俺が奢るから!」


「い、いえ……結構です」


 久美は手を振って断ったが、若村はお構い無しにケーキを注文し、それはすぐにテーブルに運ばれた。


「へぇー、マジ美味い!!君たちも遠慮せずに食べなよ!ね?」


 ケーキが運ばれてすぐにがっついたのは他の誰でもなく若村だった。ケーキを食べて子どものようにはしゃぐ彼を見ていると不思議と久美たちの警戒心も解けて、誰からともなくケーキを口に運ぶ。


 このカフェにあるケーキは日替わりケーキ1種類のみだが、いつ食べても本当に美味しい。しかし500円という価格は女子高生の財布には痛いので滅多に注文しない。故に奢ってもらえると聞けば多少の警戒心はあっても食べるのが女心(?)である。


「美味しい!」


 久美が言うと周りの友人達もそれに同調した。やはり女子は甘いものに弱い。


 そして、食べ終わる頃、若村は再び久美たちに「聞きたいことがある」と言った。


「あそこの山の中にあるホテルのことなんだけど……」


 若村の質問に久美たち4人はゾッとする。それぞれに目配せをした結果、久美が言葉を発する。


「……それってあの“幽霊ホテル”のことですか?」


「そう!そのホテル!なんか変な噂とか……知ってたら教えてほしいんだけど……」


 久美の言う“幽霊ホテル”は正式名称を“hotel invisible(ホテルインビジブル)”と言い、このカフェから車で30分程行き、更に徒歩で20分程かかる山奥にある。

 一応、住所的には同じ町だが、地元の人間は間違ってもあそこには近寄らない。怪しい噂がたくさんある上に、数年前にやってきたホテルのオーナーに警戒心がある。


「あそこってまだやってるの……?」


 久美の友人の1人が言った。

 確かにこんな観光名所も何も無い田舎にある、個人経営の小さなホテルが長続きするわけはないと誰もが思っていた。


「やってるみたいだよ!でも泊まれるの1日1人限定なんだって!」


 もう一人の友人が口を開く。

 それもその通りで、“hotel invisible”は宿泊者1日1名限定の謎に満ちたホテルとして今も経営が続いている。


「なにそれ?!超ヤバくない?!てかさ、アタシの親戚の叔父さんが聞いた話によると……あのホテル、夜中になると女の人の悲鳴が聞こえるらしいよ!」


 更にもう一人が言った。そうなってくると女子高生たちの噂話は止まらなくなる。

 しかし、久美は黙って聞いているだけである。


「それ私も聞いたことある!それにさ、あのホテル……1回入ると出てこれない……って噂あるよね?!」


「あるある!あそこに入るとさ、殺されて地下に埋められるんだって……。だから地下には死体の山があるんでしょ??」


「マジで?!あとあの山もさ、幽霊出るって噂あるよね?!兄貴が肝試し行くとか言っててさー……」


 ――バンッ!!


 女子高生の甲高いお喋りに終止符を打ったのは他の誰でも無く久美自身である。此処までは黙って聞いていたが、加速していく友人たちの根拠のない噂話にいい加減うんざりして、テーブルを思いっきり叩いた。


「自分で見たわけでもないのに適当なこと言わない方がいいよ!!霧島(きりしま)さんは人を殺すような人じゃないよ!!」


 久美の大きな声に、一瞬カフェ全体が静まり返る。

 


 ……そんな重い沈黙を破ったのは女子高生の噂話をメモしながら聞いていた若村である。


「……霧島さんっていうのはあのホテルのオーナーさん?」


「……はい。うちはスーパーやってるんで、たまに来るんです。本当にたまに……ですけど」


 スーパーと言っても久美の両親と祖父母だけで切り盛りしている少し大きなコンビニ程度の広さしかない商店である。しかしこの田舎町では何でも売っている便利な店として親しまれている。


「たまに……来るのは仕入れかな?」


 若村の疑問に久美は重い口を開く。


「……仕入れ……っていうか……宿泊客の方が急に欲しいと言ってきたものを買いに来るんです。大抵のものはホテルにあるみたいなんですけど、煙草とかお酒とか銘柄によっては置いてないものもあるみたいで……」


「なるほどねー、霧島さんってどんな人なの?」


「私も直接見たのは2~3回くらいなんで詳しくは分からないです。いつも来店は夜ですし……なのに必ずサングラスしてますから……」


「サングラス?」


「はい、夏でも冬でもしてます。多分、この町の人が霧島さんを避けるから変装してるみたいなんですけど……逆に目立ってるって感じで……でも、冬場に突然“スイカが食べたい”とか言い出したお客さんのために、雪の中を下山して買いにくるオーナーなんで悪い人って感じはしないです」


「なるほどー、それはすごいね。他に何か知ってることある?」


 若村の質問に久美も友人たちも頭を振る。


「分かった!ありがとう。また何か思い出したら名刺の番号に電話かメールしてくれる?」


「分かりました」


 久美がそう言うと、友人達たちも同調した。



 その後、軽い世間話をして若村はカフェを後にした。

 もちろん、久美たちのケーキ代の他にも飲み物のお金まで払っていったので、彼女達は大喜びである。


「それにしてもイケメンだったねー!久美、顔真っ赤だよっ!」


 久美の友人が言う。

 それ以降、日が暮れるまで彼女たちがイケメンとホテルの話で盛り上がったのは言うまでもないことである。


 けれども久美が密かに霧島に淡い恋心を寄せているというのは……また別のお話ということで。






***



 カフェを出た若村はスマホを手にした。


「もしもし、先生?あのホテル、相当ヤバイ噂ばっかりですよ!ピチピチの女子高生から聞いたんで間違いないっす。あっ、ケーキ代と飲み物代は経費で落として下さいね。……じゃ、俺これから現地向かいますんで、また後ほど!」


 業務連絡を終えた彼は通話を終了し、そのまま止めてあるレンタカーに乗った。


 ――まだ調査は始まったばかりである。




[つづく]


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