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閉じた世界

閉じた世界が壊れる日。

作者: 枢木 一颯

ハッピーエンドではないです。最後ちょっと鬱っぽいです。小説はあまり書かないのですが…それでもOKというかたはどうぞ(´・ω・)  誤字脱字がありましたら教えてくださると嬉しいです。

愛しい茉莉愛。


その美しい瞳も、


柔らかく微笑むその唇も、


誰よりも真っ直ぐなその心根も。



全てが愛おしくてたまらない。



「愛してる、茉莉愛」


そう囁けば君は嬉しそうに顔を綻ばせて、俺の頬を撫でた。


「えぇ。私も好きよ、奏」



君の姿しか見えない。

君の声しか聞こえない。


俺の世界は頑丈な鍵で閉じられたまま。



×××××


彼女との出会いはいつだったか。

幼馴染みと呼べるくらいには小さな頃から関係があっただろう。


小学校も、中学校も、高校も同じ。

偶然ではなく、故意だ。彼女がそれを望んだ。だから俺は彼女の望みを叶えた。


かといって俺たちの関係は世間一般で言うところの『恋人』ではない。幼馴染みではあるけれど、純粋な友人とも言い難い。

この関係に名称をつけるのはとても難しい。友人でも、恋人でもない。答えを求めても誰にも答えられるわけもなく、当の本人が分からないんだから、他人に答えを求めること自体がおかしいのかもしれない。


「奏、一緒に帰ろ」


甘く優しい声が降ってきて、俺は眺めていただけの本から視線を上げた。

動かした視線の先にはにこりと微笑む彼女の姿があった。


釣られたように俺も笑う。


「ああ」


本を鞄にしまい席を立とうとすると、がたんと椅子が後ろの席の机に当たる。

咄嗟に謝罪するが、どうやら後ろの席の彼女は眠っていたらしく小さく呻いたものの、顔をあげることなくまた眠りについたようだった。


「ぐっすりだね…疲れてたのかな?」

「そうらしい。最近バイトを始めたと友達と話していたから」

「じゃあ起こさないほうがいいね」


行こう。と茉莉愛は俺の手を引いた。

それに逆らうことなく、教室を後にした。




茉莉愛にとって、俺とはどんな存在なのだろう。

この疑問は常に俺の中でぐるぐると渦巻いてはいるが、口にしたことは一度も無い。

愛しい愛しい茉莉愛。

俺は君をこんなにも愛してはいるけれど、曖昧なまま変わらない関係に、どこか満足している部分もあった。

故に俺はこれ以上を望まない。

君が心底嬉しそうに好きと口にするから。

満面の笑みで笑いかけてくれるから。


その笑顔のために。


「好きだよ、茉莉愛。愛してる」


彼女の家の前で。殊更優しく微笑みながら口にする。

破顔一笑の言葉に相応しい笑みを浮かべた茉莉愛。


嬉しいわ、ありがとう。


するりと頬を撫でて爪先立ちをすると俺の額に自身の額を当てた。優しく俺の髪をかき混ぜて。


「奏、奏、奏」


かなで。





―――私も貴方が好きよ、好き。大好きよ。



×××××


茉莉愛には妹がいる。杏菜という名前の、可愛らしい容姿をした双子の妹だった。

杏菜は身体が弱く、生まれた時、生きているのが奇跡と言われたほど。けれど杏菜の悲劇は終わることはなく、杏菜はそれから、度々命の危険にさらされた。


両親の関心が杏菜にだけ向かっていったのは仕方ないといえば、仕方ない事だったのかもしれない。


杏菜の為に全ての時間は費やされた。

茉莉愛は蔑ろにされ、関心を向けられることは殆ど無い。


それでも杏菜と茉莉愛の仲は良かった。

楽しそうに会話をするのをいつも傍で聞いていたから。



―――――可哀想な杏菜。大丈夫よ、きっとすぐに楽になるわ。



茉莉愛は杏菜が発作の時、そう囁いて励ました。


いつだって、茉莉愛は笑っていた。

杏菜の前で暗い顔は見せず、励ますように笑っていたのだ。







「苦しいよ、奏」


ある日、茉莉愛は泣いていた。

綺麗な瞳を潤ませ、俺に縋り付いて泣いていた。


茉莉愛の涙を見るたびに、虚空に疑問を投げかける。


本当に可哀想なのは誰なのか?と。



「ねぇ、奏。私、どうしてこんなに苦しいのかな」



胸の奥がきゅっとなって、涙が止まらないのよ。と彼女は俺の胸に顔をうずめた。


理由が分からないまま涙をこぼす茉莉愛。

不謹慎だけれど、そんな彼女の姿はとても綺麗だった。


茉莉愛がこんなふうに泣く事は、度々あった。

その度に俺は彼女を抱きしめて、囁く。


「大丈夫、大丈夫だよ。愛してる、茉莉愛。お願いだから、泣かないで」

「ほんと?…ありがとう、奏。大好き!」


涙は止まり、きらきらとした笑みが浮かぶ。

力強く抱きしめれば、耳元で小さく笑う音がして、抱きしめ返された。


「好きよ、かなで。だいすきよ…」

「あぁ。俺は君をこれ以上無いくらいに愛してる、茉莉愛」

「うれしい。かなで、ずうっと、そばにいてね」





理由もなく泣いた日が一度だって無いことは、俺だけが知っている。







(―――ハッピーバースデイ、茉莉愛)


病室のドア越しに、両親に誕生日を祝福されて嬉しそうな杏菜の笑い声が聞こえた。



×××××


俺は茉莉愛のどこが好きなのだろう。


授業中、窓の外から聞こえてきた笑い声に目を向ければ、茉莉愛が楽しそうに笑っているのが見えた。

友達とおしゃべりをしているらしい。

彼女のその笑顔に普段は考えない疑問がふと浮上した。


好きになったきっかけは、振り返ってみれば無かったような気もする。

時が経つにつれて、俺は彼女に惹かれていったのだと思う。多分。


好きだな、愛おしいな、と思う瞬間はいつだったかと考えてみれば、先程の疑問の答えは簡単に解消された。

俺は彼女の笑顔が好きなのだ。

どんな形であれ、泣きそうなのを堪えて微笑むところも幸せいっぱいの笑みも。


それと同時に、出会った時の事も思い出した。

初めて出会った場所は公園の片隅。

当時飼っていた犬の散歩の時に、公園の片隅で蹲る彼女に、俺が声をかけたのだ。


どうしたの、と問い掛けた俺に、彼女はおずおずと振り返った。



そうだ、初めて会った時、茉莉愛は泣いていた。



零れる涙が太陽の光に反射してきらきらと光っていて、すごく綺麗だと思った。

それと同時に、彼女の涙を止めたいとも思った。




どこか痛いの?

――――――。

…さびしいの?ならおれがそばにいるよ。

――――――。

…うん、本当。うそじゃないよ。きみがさびしいって泣くなら、おれがあいしてるってきみに言うよ。

――――――。

…あいしてるの意味?うーん、分かんない…でもね、おれの親はときどきそう言い合って、すっごく幸せそうにわらうんだよ。だから、わらって?




手からシャーペンが滑り落ちた。

時が経つにつれて、惹かれていったのではなかった。

あの時、初めて会ったあの時、俺の言葉に、花が咲いたような笑顔を浮かべた君。


俺はあの日、あの時、あの場所で。


それはそれは美しい笑顔を浮かべた君を愛してしまったらしい。




×××××


俺は常に疑問を抱えながら日々を過ごしている。

些細な疑問に頭を悩ませじっくりと思考する癖は、昔からだった。

最近は特に茉莉愛関係の疑問ばかり。泥沼に沈むように、思考の海に沈んでいく。


とんとん、と肩をつつかれた。帰りの支度をしている時だった。

いつもは寝ている後ろの席の彼女だが、今日は珍しく起きていた。瞼は今にも閉じてしまいそうだけれど。

彼女は基本的に寝ていることが多い。朝早くに登校して、誰よりも早く教室に入った後、机に伏せてぐっすりと。授業中も多分寝ているのが殆どなんだと思う。プリントを後ろに回す時、彼女はいつも机に伏せているから。

HRも寝ていて、皆が下校しても寝ている。いつ学校に来て、いつ帰っているのか。知っているのは彼女の友人くらいだろう。


「…出席番号三十五番、結崎奏くん。落し物ですよ」


なんで出席番号?そしてフルネーム?とは思ったものの、口にはしなかった。今思えば、俺と彼女は友人でもなんでもなく、ただ席が前後なだけのクラスメートだから。

それに彼女は『不思議な人』というのがこのクラスの共通認識だ。

いつも寝ていて、珍しく起きているかと思えばすごく眠そうで。彼女の眠そうな顔は、つられてこちらまで眠くなってしまうほどには眠そうなのである。


「ありがとう」


差し出された手に乗っていたのはシャーペンの上部のキャップのところだった。つい最近シャーペンを落として拾った時に、よく確認もしないでそのままペンケースに入れた。それからそのシャーペンは偶然にも使っておらず、他の物を使っていたので気付かなかった。

既に鞄にしまっていたペンケースの中からシャーペンを取り出し、しっかりとはめる。

これで大丈夫、という意味で彼女にそれを見せると満足そうに頷いて、一つ大きな欠伸をした。


「………眠い」

「…みたいだね」


欠伸をしてからたっぷり十秒ほど沈黙したあと、彼女が呟いた一言に、俺はそう返した。


そんな放課後の、ちょっとしたひととき。

なんかいいな、と思わず笑った。


「……そろそろ降るかな」


窓の外に視線をやりながら、ぽつりと彼女は言葉を落とした。


「…降る?」





「相当激しい、雨」





×××××





閉じられた世界は突如、崩壊を始めた。


―――杏菜が死んだのだ。


後ろの席の彼女と少し会話をして、そのまま別れた後のことだった。

携帯が鳴り、画面には茉莉愛の文字。何かと思えば、杏菜の容態が急変したという報せだった。

傍にいてほしいと震えた声で言うから俺は慌てて病院へ向かった。


病院が見えた時、ぽつぽつと雨が降り始め、あっという間に豪雨となった。



杏菜はその死の間際、雨に濡れた俺を呼び寄せた。顔を近づけた俺の耳もとに口を寄せ、俺にしか聞こえないように囁いた。

とろりと甘い声が、耳に流し込まれる。




「――――――貴方はもう、『用済み』ね」




それが杏菜の、最期の言葉。





×××××






―――ほんとうは、わかっていたんだ。



愛しい茉莉愛。

 (気付いていた。)


その美しい瞳も、

 (その美しい瞳に暗い何かが浮かんでいた事も、)


柔らかく微笑むその唇も、

 (柔らかく微笑むその唇が嘲りを含んでいた事も、)


誰よりもまっすぐなその心根も。

 (誰よりもまっすぐなその心根がとっくの昔に曲がっていた事も。)


全てが愛おしくてたまらない。

 (本当は何もかも、気付いていたよ。茉莉愛)


「愛してる、茉莉愛」


「えぇ。私も好きよ、奏」




一度たりとも『愛』を返してくれなかった君を、愛してる。





君の姿しか見えない。

 ―――これは誓いだった。


君の声しか聞こえない。

 ―――君だけに愛を捧げるという、誓い。


俺の世界は頑丈な鍵で閉じられたまま。

 ―――君以外、入ってこられないように塞いだんだ。





茉莉愛は歪んでいた。初めて会った時にはもう既に。

無条件に与えられるべき愛が、杏菜だけになってしまったその時から。


恐ろしいのは君自身がその歪みに気付いていないこと。


杏菜が発作に苦しんでいた時に囁いたその言葉の意味。

『きっとすぐに楽になるわ』なんて、君は随分な言葉を吐いたね。


無意識のうちにそんな言葉を選ぶ君。

―――『きっとすぐに(死んで)楽になるわ』




歪みに気付かないから、胸が苦しくなって涙がこぼれる理由が分からない。

歪みに気付かないから、知りたくない真実から目を逸らす。


愛されていない自分を認めたくなかった茉莉愛。

でも、君は見つけた。


自分に『愛』を与えてくれる俺を。





「貴方はもう、用済みね」


そう囁いた杏菜。彼女はずる賢い女だった。


両親の愛が自分にのみ与えられていることをすぐに理解し、姉である茉莉愛の歪みに気が付いた、『愛され過ぎて歪んだ女』だった。


自分の思い通りになる駒であり、自分の為に使われるべき道具。

杏菜にとって茉莉愛とは都合の良い『お人形』だった。





「茉莉愛は私のお人形。そして貴方は、茉莉愛のお人形なのね」


幼少の頃、俺は初めて杏菜に会うことになった。

病室で、花を活け替える為に茉莉愛が席を立ち二人きりなった瞬間、杏菜はそう言ってうっそりと微笑んだ。

少女らしくない婀娜めいた笑みだった。

その笑みに恐怖を覚え、それから杏菜の顔を見ることが出来なくなってしまった。


愛され過ぎて歪んだ杏菜。

愛されなくて歪んだ茉莉愛。


この後、杏菜の顔を正面から見たのは、杏菜の最期の瞬間だった。





俺を呼び寄せた彼女は囁く。


これで、茉莉愛は両親から愛を貰えるわ。

茉莉愛が欲しがったものは、両親からの愛。ただそれだけ。

与えられることが無かったそれを、茉莉愛は無意識に欲してる。

結崎奏くん。貴方の愛はもう必要ないみたい。

―――貴方はもう、用済みね。


婀娜めいた微笑みのまま、彼女は息を引き取った。




茉莉愛に自覚はなかっただろう。

自分が俺をお人形だと、駒だと、道具だと思っていたということを。


道具が捧げる愛は、一時的な薬のようなものだったのだ。精神の安定の為の薬。


だから彼女は愛を返さない。でも、道具が愛を捧げなくならないように。

彼女は幸せそうに笑って、言うのだ。


『好き』と。


愛してると伝えれば、帰ってくるのは愛じゃなくてただの好意。

一方通行の愛だった。

気付いていた、けれど、見てみぬふりをした。自分をだまし続けた。


もういい加減疲れたよ。


嗚呼でも、君はそんなことどうでもいいよね。


だって俺は用済みで。ゴミ箱行きのお人形。



俺からの愛はもう、要らないんでしょう―――?











―――結崎奏(道具)に与えられたのは、何?




そんなの簡単。





外装だけは華やかな、中身の無いただの箱(一過性の空虚な好意)






それが、答え。










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