第九話 踊る交渉会議
婚約披露宴より五日後、僕とボルナレフさんの所属国について話し合いの場が設けられました。 まあ、実のところは僕達を自国に引きずり込んでマナ・クリスタル大鉱脈から生まれる利益の奪い合いなのですが。
会議の出席者はドゥゴール帝国側はジェスター皇帝陛下、第二皇女ピュセル様、ボルナレフさん、僕、そして何故かこの場に出席している白宝国の第二沙霧姫。
ラージック王国側はカダル宰相、第二王子ファルス様、僕の父であるフィンス・A・ラズメイル男爵。
この会議での仲裁役と証人としてドゥゴール帝国側とラージック王国側の冒険者ギルド統括支部長と職人ギルド支部長の各一名ずつ。
司会進行は冒険者ギルド統括本部長のノーマッドさん。 御歳六十一歳の男性で体格が良く筋骨隆々で迫力と貫禄の備わっている方です。
「さて、此度のドゥゴール帝国とラージック王国で起こった二国間の問題は地脈大洞窟に存在するマナ・クリスタル大鉱脈についてで間違いありませぬな?」
全員、頷きます。
「これについてはは慣例にのっとり冒険者ギルドに所属するレーウォン・R・ラズメイル、冒険者ギルドと職人ギルド双方に所属するレムス技師ボルナレフの二人が発見者である為、二人が折半して利権の所有者である事も承知していますな?」
全員、再度頷きます。
「この発見報告はドゥゴール帝国にある冒険者ギルド支部にて帝国第二皇女でありローゼンクロイツ辺境伯であらせられるピュセル様が証人とし立ち会われ、後に冒険者ギルド側でも確認しておるな?」
ドゥゴール帝国の冒険者ギルド統括支部長が答える。
「はい、間違いありません。 マナ・クリスタルの鉱脈の発見の報を聞き、直ぐに調査隊を派遣しました。 調査隊の報告では鉱脈は帝国領内に存在し、大規模で埋蔵量も大量、資源として計算しますと千年分は軽くあるとの事です」
千年分もあるのか……。 僕達の予想の十倍在ったんですね。
「千年分か。 凄まじいな……。 で、此処で異を唱えたのはラージック王国側ですな? 一体、何が問題なのですかな?」
それにはカダル宰相が答えます。
「それは二人の国籍の所属にについてです。 ボルナレフ氏はラージック王国にあるレムス工房に今だ所属していると先頃事故で亡くなったレムス工房主の弟子であり、ボルナレフ氏の兄弟子達が証言しております。 そして工房主には家族は無く、工房主が生前、ボルナレフ氏に全てを相続させるものとする旨を遺言書にしたため、職人ギルドに保管されておりました。 そして、レーウォン殿に至っては男爵家現当主であり、父親でもあるラズメイル男爵はレーウォン殿と喧嘩はしたが絶縁はしていない、そのような誤解を招く発言をしたかもしれないが現在でも男爵家の跡継ぎはレーウォン殿であり、そして男爵の妻プリム夫人と従兄弟である私、カダル・S・ステファン双方の子供は幼い頃に婚約させており、成人した暁には婚姻を結ばせる誓を立てておりました。 そうですな、ラズメイル男爵?」
「はい。 カダル様の言う通りで御座います。 ですので我が息子レーウォンはラージック王国に今尚所属しております。 そうだな、レーウ?」
父様の嘘と高圧的な物言いに温厚である僕も流石にキレ気味です。
「いいえ、違います。 父はアストラ魔法学園を退学になった僕をなじり罵った挙句、絶縁しました。 そもそも宰相様の御息女との婚約も初めて知りました。 従って――」
「口を慎め! レーウ!」
父様が僕の反論に逆ギレして席を立ち、怒鳴りつけます。 しかし、この場でそれは悪手です。
「静粛に! ラズメイル男爵! この場は飽く迄レーウォン殿とボルナレフ氏の国の所属とマナ・クリスタルの鉱脈についての話し合いの席です。 親子喧嘩の場ではありませぬ」
「……フン!」
ノーマッドさんが父様を窘めますが、不機嫌な表情を隠そうともしないで再び席につく父様。 此処には他国の皇族、王族の方も居らっしゃるのにその態度は失礼でしょう!
「わても発言して宜しいでしょうか?」
ボルナレフさんが発言の許可を求めます。
「どうぞ、ボルナレフ氏」
ノーマッドさんはそれを許可します。
「わては既に一人前のレムス技師として師匠からお墨付きをもろて職人ギルドにも師匠のサイン入り証明書は提出されとります。 わてが工房に残っとたんは自分の工房を開く独立資金を稼ぐ為です。 一人前になったら自分の所属する国は自分の工房が在る国にのはず。 わては既にドゥゴール帝国ローゼンクロイツ領に自分の工房を立ててる最中です。 せやからわてはラージック王国の所属ではありまへん。 ……たた、師匠雨の遺産の工房の相続とかはこの場で初めて知ったさかい、まだどうするかは考えてまへんが……。 せやけどラージック王国に戻るつもりはないんで宰相様、そのつもりでおって下さい」
「そうですか。 分かりました」
カダル宰相はジェスター皇帝陛下の予想通り、ボルナレフさんについては素直に引き下がる。
「ラージック王国の職人ギルド支部長、ボルナレフ氏の独立証明書に関して確認は取れておるか?」
ノーマッドさんは隣りに座る助手に尋ねる。
「はい、確認しております。 確かにボルナレフ氏は独立を認められておりました」
「うむ、そうか。 では、ボルナレフ氏についてはドゥゴール帝国所属と認定します。 異論はないですな?」
「……」
沈黙。 誰も異を唱えない。 これでボルナレフさんは正式にドゥゴール帝国所属となりラージック王国側は口を挟めない。
問題は僕です。
「では、次にレーウォン・R・ラズメイルの国の所属についてです。 レーウォン殿、先程の貴殿の証言に間違いはありませぬな?」
「はい、間違いありません。 ですから僕は冒険者となり生活費を稼ごうとしたのです。 その過程でマナ・クリスタルの鉱脈を発見したら、ラージック王国から物言いが入ったのです」
「ふむ。 カシム宰相、ラズメイル男爵。 よもやレーウォン殿のマナ・クリスタル鉱脈の利権や其処から得られる利益を目的として口を挟んだのではありますまいな?」
「そ,それは……」
父様は言い淀む。 どうやら父様はそのつもりだったようだ。 態度で直ぐに分かる。
「そうですね。 確かにレーウォン殿の置かれている状態だと疑われても仕方がありません。 しかし、私の娘とレーウォン殿を婚姻させるのはこの件以前からの話し。 マナ・クリスタルの鉱脈とは一切関係ありません」
堂々と嘘を吐くカダル宰相。 これは一筋縄ではいかないですね。
「しかしレーウォン殿は婚約について知らなかったと言う。 そうですな、レーウォン殿?」
「はい、ノーマッド殿の仰る通りです。 僕がその話を知ったのはピュセル様との婚約披露宴の直ぐ後です」
さあ、どう出るカダル宰相?
「何分お互い幼い頃の話し。 覚えていないのも当然。 しかしレーウォン殿、アストラ魔法学園在学中の折にミーシャと言う名の者に心当たりはありませんか?」
「ミーシャ? もしかしてミーシャ先輩ですか?」
ミーシャ先輩は魔法がダメダメだった僕を見捨てず、卒業する最後の日まで魔法のレクチャーをしてくれた一学年上の先輩で恩人の一人です。
「そうです。 ミーシャは私の娘です」
へッ! 嘘! ミーシャ先輩のフルネームって確かミーシャ・B・フェンネルのはず……しかも、ミーシャ先輩って――
「……失礼ですがカダル様、ミーシャ先輩のファミリーネームは確かフェンネルのはず。 どうしてですか?」
「学園にいる間は警備上の問題で母方のファミリーネームを名乗らせていたんです」
ふむ……。 魔法学園は全寮制で警備も外敵への対処は万全だ。 けど一応念の為、そういう理由でファミリーネームを変える人は結構居たな。 特に名家の子とか、恨みを沢山買いまくってる商家や貴族家の子とか……。
「ミーシャは魔法学園でレーウォン殿の魔法スキルについて色々手助けをしていたはず。 違いますか?」
「その通りです。 ミーシャ先輩には僕が入学してからミーシャ先輩が御卒業されるまで何かと御世話になりっぱなしでした。」
「ミーシャはレーウォン殿が婚約者であるのを承知していたからこそレーウォン殿を陰ながら支えていたのです。 ……この事で信じて頂けませんか? レーウォン殿」
信じられるかーい! ミーシャ先輩には同じ学年でライトハルトって言う恋人が居たんですよ! 僕はその先輩にも魔法関係で大変御世話になったんですからね!
「すみません……少々頭が混乱してしまって……。 でも、確かミーシャ先輩にはお慕いしていた方が居たと僕は記憶していますが?」
「そんな者は居りません。 ミーシャは貴方一筋です」
断言するなよおおおぉぉぉーーー! あんた息をするように嘘つきますね! 尊敬しますよ! 悪い意味でね!
「少しラージック王国のカダル宰相に質問があるのだが宜しいですか? ノーマッド殿」
此処で沙霧姫がノーマッドさんに発言の許可を取る。
「ふむ? いかがかな、カダル宰相?」
「……良いでしょう。 それで? 私に質問とは一体どのような事ですか沙霧姫?」
「それはレーウォン殿の妻になる序列の事だよ」
「妻の序列? 何の事ですか?」
そうですね。 カダル宰相の言う通りです。 何の事でしょう沙霧姫?
「うむ。 ピュセル皇女殿下が第一夫人なのは当然として、第二夫人になるのはこの私だよ。 次の第三夫人に宰相殿の娘のミーシャ殿で良いのかな?」
「「「なっ!?」」」
カダル宰相と父様、そして僕は、僕達は驚愕しました。 なに言ってんですか沙霧姫!? いつ貴方と婚姻する事が決まったというのですか!?
「私の何が悪いのか縁談を持ち込む相手全てに断られ、破談になるので十九になるこの歳まで嫁の貰い手が全く無かったのだよ。 私もいい加減にそろそろ嫁ぎ先を決めたいと思っていた頃だったのでね。 そんな時、先日行われたピュセル皇女殿下の婚約披露宴で理想の相手――レーウォン殿に出会えたと喜んだのも束の間、その相手がピュセル皇女殿下の婚約者本人というではないか! 私はこれも運命と思い、レーウォン殿の事を諦めようとした矢先、ピュセル皇女殿下とジェスター皇帝陛下からレーウォン殿との婚姻の話しを持ちかけられてね。 私は一も二も無くその話に飛びついたよ! 更に私はレーウォン殿の大切な物を壊してしまったのだ。 その倍賞として私自身をレーウォン殿に差し上げたい! と、いう訳で第二夫人の座は譲らぬからそのつもりでいて欲しいのだよ宰相殿」
いやいや! 飛びつかないで下さいよ、そんな話しに! どう考えても裏があるのは丸分かりでしょう! そんなに嫁に行きたかったんですか貴方は!
それに倍賞って、代わりのものって、貴方御自身の事だったんですか! 重すぎですよ、その代償! でも、いるかいらないかと言われたらいりますけどね!
そもそも僕、そんな話し聞かされてないんですけど? ピュセル様?
そう思ってピュセル様を見ると目を逸らされました。
「こ、これは驚きましたね。 沙霧姫がレーウォン殿の第二夫人になるとは……その、ミーシャとの婚姻の話し、少し考えさせて頂きたい」
カダル宰相は初めて焦りの色を濃くした顔で大量の汗をかいてます。 沙霧姫の輿入れの話しは寝耳に水でしょう。 僕だってそうなんですから。
「僕は構いません」
カダル宰相の要求に僕は快く承知しました。
其処でノーマッドさんが間髪入れずに口を挟みます。
「そうなるとレーウォン殿の所属はドゥゴール帝国になりますが宜しいですな?」
ノーマッドさんの言葉にカダル宰相はしまった!という顔をして真っ青になっています。 突然の思いもよらぬ話しに余程動揺して頭が回らなかったのでしょうね。
「あッ!? いや、その……」
なんとか答えようとしどろもどろになりながら必死になって言葉を紡ごうとするカダル宰相。 しかし、時既に遅く、言い繕う機会は失われていたのです。
「宜しいですな!」
カダル宰相に強い口調で念を押すノーマッドさん。
「……分かりました。 それで結構です」
ノーマッドさんの迫力に押され、ラージック王国カダル宰相はついに観念して白旗を上げました。
ちなみに会議中、一言も喋らなかったファルス王子はというと、つまらなそうな顔をしてうたた寝してました。
その後の顛末ですが、ボルナレフさんのお師匠さんの死因を皇帝陛下が人を使って調べさせた結果、事故ではなくボルナレフさんを殺害しようとした兄弟子達が、ボルナレフさんの送った手紙で事の真相を知ったお師匠さんの逆鱗に触れ、ボルナレフさんの殺害に関与した兄弟子達全員を破門しようとしたところ、逆ギレした兄弟子達がお師匠さんを勢い余って殺してしまったそうです。
それを知ったカダル宰相が兄弟子達に取引を持ち掛け、罰を免除する代わりにボルナレフさんを取り込む脅しの材料を聞き出そうとしたのですが大した情報は得られず、カダル宰相は結局兄弟子達を殺人犯として裁き、犯罪奴隷として苦役に就かせました。
カダル宰相はその後再び僕にミーシャ先輩を嫁がせようと画策したのですが、ミーシャ先輩はそれを逸早く察知しライトハルト先輩と駆け落ちしたそうです。
タイミングが良すぎるのでピュセル様になにかしたのかと尋ねてみたら――
「知りません。 私は何もしていません」
したり顔でそう答えるだけでした。