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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第六章 前世の亡霊篇
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2・オラクル・ヴァルキリー

「瞬矢君!」

「浩!京介も!」


 そこに浩と京介が駆け付けてきた。先程の授業が体育だったらしく、二人とも体操服のままだ。


「お、おい!オウカの様子がおかしいぞ!何があったんだよ!?」


 だがそんなことはどうでもよく、二人もオウカの様子がおかしいことに、すぐに気がついた。


「あの槙田って人に、フラッシング・テラーを使われたんだ!」

「フラッシング・テラー!?まさか、あの人は!」

「過激派だよ!」

「おいおい、風紀委員のお出ましかよ。槙田、いいのか?」


 浩が風紀委員だということは、全校生徒が知っている。だが1年生トップの実力者とはいえ、一学期は上級生の影に隠れてしまい、しかも実戦経験がほとんどなかったため、目立った活躍はあまりできていない。


「風紀委員だろうとなんだろうと、知ったことか。証拠を残さなけりゃいいだけだろ」


 槙田や取り巻き達はそのことを知らないようだが、仮に知っていたとしても似たようなことを言っただろう。


「こんなとこで、証拠もクソもないけどな」

「それもそうだ」


 オウカは瞬矢の炎雷の結界に守られているが、槙田も火属性に適性を持つ術師のため、破ることはさほど難しくはない。

 だがライトニング・スワローが作用している結界であるため、何かあるのではないかと勘ぐっている様だ。迂闊に手を出さないだけの判断力は持ち合わせているらしい。


「マズいな……。オウカならもうしばらくは耐えられるだろうが、確かあいつ、2年で実質トップって言われてる奴だよな?」

「そうだよ。取り巻きの人達は知らないけど、過激派が絡んでる以上、油断はできない」

「何人かは見覚えがあるよ。巡回で取り締まったことがあるから」


 三人程は浩に見覚えがあった。うち一人は、先週不当な理由で刻印術を使ったため、コンビを組んでいた遥が取り押さえ、確か謹慎処分を受けたはずだ。この場にいるということは謹慎が解けたということだろうが、それにしては早い気がする。


「なら、全員術師か」

「そう思うべきだろうね。僕はここの生徒を避難させるから、京介と瞬矢君はオウカさんをお願い。先輩達にも連絡しておくよ」


 相性を考えれば、京介か瞬矢が避難誘導を担当するべきだろう。そんなことは浩にもよくわかっているが、京介は攻撃的な性格をしているため、避難誘導には向いていない。瞬矢は性格の問題はクリアされるが、どう見ても相手に狙われているし、本人も大人しく引くつもりはなさそうだ。


「わかった。相性は悪いが、そんなことは言ってられないな」

「そうだね」


 二人もそれを理解した。瞬矢は火、京介は水に適性を持つ。火と水は、最も相克関係が強い。そのため双方が熟練していなければ、連携は難しい。


「槙田、あいつ、確かクリスタル・ヴァルキリーの弟だぜ」


 突然取り巻きの一人が、思い出したように声を上げた。


「それがどうした?」


 クリスタル・ヴァルキリーは京介の姉 久美のことを指すため、同級生である槙田にとって、不愉快極まりない話だ。不機嫌さが顔に滲み出ている。


「姉貴にコンプレックス持ってるから、刺激すればすぐにボロ出すってことだよ。そしたら、面白いことになると思わねえか?」

「面白いこと?」

「確かあいつら、姉弟揃って水だ。で、あのガキが火だろ。ってことは、だ」


 適性属性や系統は遺伝しないと言われている。両親が火属性に適性を持っていても、子供が水に適性を持つことは珍しくはないし、兄弟姉妹でも属性が異なる方が多い。だが京介と久美は、二人とも水属性に適性を持っている。父も水属性の術師であるため、これはかなり珍しい。


「なるほど、確かに面白いことになるな。せっかくだし、お前らもやってみたらどうだ?」


 槙田に下卑た笑みが浮かんだ。瞬矢が火、京介が水に適性を持つなら、積層術の難易度は高いし、術式も限られる。バランスを誤れば暴発することも珍しいことではない。しかもそれがクリスタル・ヴァルキリーの弟なら、久美に恥をかかせることもできると槙田は考えた。


「そのつもりだぜ」


 どうやら提案した取り巻きも、そのつもりのようだ。


「おい、そこのガキ」

「ん?俺?」


 そんなこととは知らず、声をかけられた京介が意外そうな顔を向けた。


「そうだよ、お前だよ。クリスタル・ヴァルキリーの出来損ないの弟だろ。姉貴は一流だってのに、お前が足を引っ張ってんだから、あいつも報われねえよなぁ」

「確か夏休みに、お前をかばって怪我したって噂だよな。出来の悪い弟を持つと苦労するってことか?」

「そんなこともあったが、それで?」


 安い挑発だった。自分がクリスタル・ヴァルキリーと呼ばれる久美の弟で、しかもその久美の足を引っ張り、重傷を負わせてしまったことは、確かにある。校門前での出来事だから、知られていても不思議ではないし、敦、雪乃、そして三剣士のアーサー・ダグラスがいなければ、最悪の事態もありえた。

 だが京介は動じていない。オウカに刻印を託した女性 ジャンヌ・シュヴァルベに、思い出したくもない壮絶な過去を、真実を聞かされた。ジャンヌに比べれば、自分の悩みなど大したことではなかった。だから京介は、ジャンヌに憧れを抱くようになった。そのジャンヌの死は、京介に大きな衝撃と影響を与えた。そのためか今では、自分の力を過信することもないし、相手の実力を素直に認めることができるようになっていた。


「っかしいなぁ。あいつ、なんでキレねえんだ?」


 だが槙田達からすれば、これは完全に予想外だった。


「化けた、ってことじゃねえのか?」

「そんな簡単に化けられるもんかねぇ」


 夏休みで化ける1年生は少なくない。技術的にはもちろん、精神的に一皮むけることで、それまでとは段違いの精度で刻印術を使えるようになる。ジャンヌの死とオウカの刻印継承を知っている京介達は、夏休み前より一回りもふた回りも成長したと言っても過言ではない。


「俺を挑発して、瞬矢との連携を乱そうって考えたんだろうけど、生憎といつまでも、そんなガキの考えはしてないんだよ。瞬矢」

「いつでもいいよ」


 瞬矢も京介も、夏休みという短い期間ではあったが、飛鳥や敦だけではなく、三剣士からも教えを受けた。だから相性が悪いことは互いがよく知っているし、逆にどうすればいいのかも、文字通り叩き込まれている。

 京介は瞬矢の結界に向け、ブラッド・シェイキングを発動させた。炎の分子運動を加速させることによって電離させ、その炎を纏った結晶体を、瞬矢がストーン・バレットで撃ち出した。酸化アルミニウムは絶縁体だが、燃えないわけではない。そのため、さゆりのS級術式ジュエル・トリガーに似た積層術となった。


「なっ!」

「や、やべえぞ!!」


 槙田達はジュエル・トリガーを見たことはない。だが直感的に、瞬矢と京介が発動させた積層術が危険だと理解した。あんなものの直撃を受けてしまえば、怪我ではすまない。


「はい、そこまでよ」


 だが二人の積層術を防いだのは、槙田達ではなかった。


「え?」


 炎を纏い、溶岩弾と化したストーン・バレットは、薄い水の膜によって電離させた原子核と電子を再結合させ、酸化アルミニウムの塊を飲み込んだ。水は火を消し、土に堰き止められる、もしくは水は土を押し流し、火に蒸発させる、という相克関係があるため、通常であれば火か土のどちらかは防御膜を突き破ってもおかしくはない。

 だが瞬矢も京介も、水の防御膜――エアマリン・プロフェシーを発動させた術師が誰なのか、よく知っている。


「さ、三条委員長!?なんでここに……!」

「二人とも、やりすぎよ。あんな積層術をまともに食らったら、最悪の事態だってありえるのよ?」


 雪乃は、タブレット型のワイズ・オペレーターを手にしていた。今や飛鳥、真桜を凌ぐ雪乃の防御系術式は、三剣士でさえも容易く破ることができないと言われる程の強度と精度を持つ。そのため防御系は探索系と並ぶ雪乃の代名詞となっており、神託の戦乙女 オラクル・ヴァルキリーの名に恥じない実力も備えていた。


「す、すいません……」


 だが雪乃が防いでくれなければ、相手に大怪我をさせていた可能性も低くはなかった。


「だけど事情が事情だし、相手が彼じゃ、仕方ないわね」

「三条委員長、何故ここに……?」


 槙田達も、風紀委員長が1年生の教室に来るとは思わなかった。さすがに警戒しているが、雪乃が来てくれたおかげで助かったことも間違いない。槙田は決して、認めないだろうが。


「不正術式を感知したからよ。槙田君達が使ったことも、既にわかってるわ」


 温厚な雪乃は、相手が誰であれ、冷たい視線を向けたり、殺気を飛ばしたりといったことはしない。だが今回は珍しく断定口調だ。


「不正術式とは、とんだ言いがかりですね。風紀委員長ともあろうお人が、そんなことを勝手に判断してもいいんですか?」


 まさにその通りで、不正術式かどうかは、一見して判別することはできない。刻印具を検査して初めて不正術式と断定される。検査を強要されても、刻印具から術式を消去し、その後でまた組み込めばいいだけの話だ。瞬矢にはフラッシング・テラーを見られたが、風紀委員ではないのだから、揉み消すことも難しくはない。


「残念だけど、私には許されてるわ。七師皇、三剣士、四刃王、そして三華星のお墨付きでね。その証拠も見せてあげましょうか?」

「な、何だと?」


 だが雪乃のセリフは、槙田の予想を上回るものだった。

 言うが早いか、雪乃はクレスト・レボリューションを、オウカに対して発動させた。浩と瞬矢は初めて見る雪乃のもう一つのS級術式だが、まさかオウカを対象にするとは思ってもいなかったため、かなり驚いている。それは京介や槙田達も同様だが、クレスト・レボリューションはオウカを傷つけることなく、オウカに施されたフラッシング・テラーの刻印にのみ、反応を示していた。


「こ、これは……!」

「刻印が……槙田に戻ってるだと!?」

「あ、ありえねえ!!」


 刻印が術師に戻るという現象は、本来ならばありえない。対象に刻み込むから刻印と呼ばれているのであって、刻み込まれた印を破壊することはできても、術師に返すことは不可能とされている。

 だがそれは一般論であり、皆無というわけではない。


「槙田君、このフラッシング・テラー、春に不正術式を不正供給していた刑事さんから貰ったでしょう?」

「なっ……!?」


 なぜわかった、と言わんばかりの顔だ。だが雪乃のセリフには、まだ続きがあった。


「高校生はフラッシング・テラーの試験を受けられないから、これだけでも十分、不正術式だって言えるわよ。それにこれは、早乙女警部補の印子ね。刻印具の検査をしなかったのも、当然かもしれないわね」

「な、なんで……!?」

「言っておくけど、あてずっぽうじゃないわよ。私のクレスト・レボリューションは、条件を満たせば、ライセンス取得者まで絞り込むことができるわ。たとえばこの術式、宮部敏文のライセンスがあるわ。宮部敏文は医療系にも造詣が深かったと聞いているけど、本当だったみたいね」

「み、宮部さんのことも知ってるのか!?」


 提供者ばかりか、ライセンス取得者まで言い当てられるとは、槙田達は予想すらしていなかった。しかも自分が目標としていた宮部のことを、自分より詳しく知っていたなど夢にも思わなかった槙田は、完全にオウカから意識が離れた。


「今だ!」


 そのクレスト・レボリューションに驚いている槙田達の隙をつき、瞬矢がフレイム・ウェブを纏いながら突っ込み、オウカを抱えながら教室の隅に転がり込んだ。


「て、てめえ!」


 槙田は予想外の術式を立て続けに見せられ驚愕していたが、取り巻きの何人かはそうではなく、すぐさま瞬矢にアイス・バレットやエアー・バレットといったバレット系術式を発動させた。


「瞬矢!」

「大丈夫よ」

「なっ!?」


 そんな雪乃の言葉を証明するように、瞬矢はスプリング・ヴェールによって守られた。


「よう、槙田」

「み、三上!?」


 スプリング・ヴェールを発動させたのは飛鳥だった。隣には真桜もいる。だが二人は、窓の外に浮いていた。先程の授業が刻練館での実習だったため、雪乃と浩から連絡を受け、すぐにフライ・ウインドで駆け付けたからだが、それは大した問題ではないだろう。


「オウカに手を出すとは、いい度胸だな」

「人の妹をフラッシング・テラーなんかでかどわかそうだなんて、よくもそんなこと思いついたわね!」


 飛鳥も真桜も、かなり激しく怒っていた。それも当然で、二人は槙田達が優位論者、それも過激派に与していたことを浩から聞かされていた。その過激派がオウカを狙ったのだから、許す理由などどこにも見当たらない。


「真桜、こいつらは俺がやるから、オウカと瞬矢を頼む」

「わかったわ」


 真桜としては自分でやるつもりだったが、オウカの様子も気になる。だからすぐにオウカと瞬矢の所へ移動した。


「槙田、お前の望み通り、法具は使わない。だが人の妹に手を出したんだ。たっぷりと地獄を見てもらうから、覚悟しろよ!」


 飛鳥も臨戦態勢を整えると同時に、教室内に入った。その言葉通り、刻印法具は生成していない。


「法具を使わないだと?ふざけるな!法具を使わなければ半端な実力しか出せない分際で、そんな大口を叩くな!」


 だがそれは、槙田のプライドを激しく傷つけた。


「過激派ごときと対等でやってやろうっていうんだ。逆に感謝しろよ」


 しかし飛鳥からすれば、過激派や優位論者のプライドなど、知ったことではない。ましてや義理の妹に不正術式などで手を出したのだから、プライドを傷つけられたのは、むしろこちらの方だ。


「ふざけるな!」


 逆上した槙田は、切り札としているヒート・ガーデンを発動させた。飛鳥達生成者を除けば2年生実質トップの実力は伊達ではなく、規模も精度も強度もかなり高い。


「ヒート・ガーデンか。さすがにそれなりの精度だな。だが本当に使おうっていうなら、せめてこれぐらいはやってみせたらどうだ?」

「なっ!?」


 だが飛鳥もヒート・ガーデンを発動させた。同時にガスト・ブラインドも発動させ、炎雷の植物の成長を促進させ、槙田のヒート・ガーデンを飲み込み、支配下に置いた。


「エグいことしてるなぁ。ガスト・ブラインドでヒート・ガーデンを煽るなんて」

「しかも相手のヒート・ガーデンまで利用してるよな。なんであんなことできるんだよ」

「それだけ飛鳥君と槙田君の力量差が大きいということよ。新田君が避難誘導をしてくれたおかげで、1年生に見られなくてすむのは幸いね」


 浩は瞬矢と京介が積層術を発動させている間に、生徒を全員、教室から逃がし、飛鳥に連絡をしていた。だがそのタイミングで雪乃がやって来て、誰も教室に近づけないようネプチューンを発動させた。飛鳥と真桜がネプチューン内に入れた理由は、雪乃が二人の進路を確保し、一部を解放したからだ。


「どうした、槙田。それだけの人数を引き連れて、俺一人を倒せないのか?」


 槙田のヒート・ガーデンは、完全に飛鳥のヒート・ガーデンによって侵食され、制御することができなくなっていた。飛鳥は本当に刻印法具を生成していないのだから、槙田にとってこの結果は、どう考えてもありえない。


「お、俺のヒート・ガーデンが……!お前ら、何してんだ!三条達を狙え!!」


 槙田にとっては衝撃だが、この状況を打開する策はある。この結界を維持しているのが雪乃である以上、雪乃を倒せば消滅し、飛鳥達にも油断が生まれる。そこをつけばいいだけだと、槙田は本気で考えた。

 だが飛鳥にとっても雪乃にとっても、そんなことは想定内だ。


「嘘……だろ!」

「水の結界なのに、なんで土や雷が通らねえんだよ!?」


 槙田の取り巻き達の発動させた多属性多系統の術式は、エアマリン・プロフェシーの結界に傷一つつけることができずに効果を失った。


「バッカじゃないの?雪乃先輩とあなた達じゃ、相克関係なんか関係ないぐらい、実力が違うのよ」


 槙田達を見る真桜の目は、とても冷たい。大事な妹に手を出し、あまつさえ洗脳までしようとしたのだから、この程度は罵詈雑言にもならないだろう。


「まったくだ。俺の術式を破れないのに、委員長の結界を破れるなんて思うなよ。だがそこまでした以上、お前はもう終わりだ」

「な、なんだと!?」

「安心しろよ。こんなところで粛清はしない。ここで地獄を見てから、その上で警察に行くんだな」


 ヒート・ガーデンの強度を上げた飛鳥は、取り巻きもろとも槙田を縛り上げ、吊るし上げ、さらにブラッド・シェイキングとラウンド・ピラーを発動させた。風に煽られ、分子運動を加速させられた炎は勢いを増し、隆起した大地が炎の庭園を激しく揺らし、炎と土が混ざり合う。槙田達の眼下には溶岩の海が広がり、炎を纏った岩塊が次々と槙田達に襲い掛かった。


「う、うわあああああっ!!」

「ぎゃああああああっ!!」


 悲鳴が教室内に木霊している。だが、一度も命中はしていない。否、させていない。一発でも直撃すれば大怪我を負わせることになるが、同時に気を失うだろう。それでは地獄を見せることにはならない。飛鳥はあえて命中させないことで、槙田達の恐怖を煽り、本気で再起不能に追い込むつもりでいた。


「……終わったな、あいつら」

「終わったね。あれで再起不能にならなかったら、逆に感心するよ」

「だよなぁ」


 京介と浩は、目の前の先輩がパラディン・プリンスという称号を持っていることを忘れかけた。パラディンは聖騎士を意味するため、日本語に訳せば聖騎士の王子となるが、この惨状を見てしまえばとてもそうは思えない。ヘル・プリンスの方がしっくりくる。


「相手が悪かったわね。そもそも槙田君は勘違いしてるわ。過激派に加担していたんだから、そう考えるのもわかるけど」


 雪乃もそう思ったが、飛鳥と真桜が刻印神器の生成者だということは、まだ世間には秘匿されている。二人の称号が真の意味を持つのは、公表されてからだということは間違いないだろう。


「確か刻印法具は、生成者の術式の強度や精度を上げるんですよね?勘違いってわけじゃないと思いますけど?」


 夏休み以降、刻印法具の生成については触れなくなった京介だったが、一度抱いた憧れはそう簡単に消えるものではない。


「刻印法具は、あくまでも補助的な物よ。それぞれが特性を持ってはいるけど、術師の特性だって似たようなものがあるわ。もちろん頼ることは多いけど、自身の術式精度を上げなければ、生成しても大した強度や精度にはならないのよ」


 飛鳥達五人は、六位以下を圧倒的な点差で引き離していた。槙田が勘違いした理由は、自分を過信していたこともあるが、あまりにも差がありすぎたため、試験で刻印法具を使っていたと信じていたからだ。

 だがそもそも、学生の試験などで刻印法具は使えない。確かに刻印法具の生成も含めて個人の実力だが、生成後の術式精度や強度は一気に上がるし、在学中に生成する術師は一年に一人いるかどうかでもある。なにより刻印法具の形状や大きさが千差万別なため、現実的にも常識的にも、生成しながら試験を受けることはできない。


「ということは過激派って、生成したっていうだけで自分達を特別扱いしてんたんですか?」

「ええ、そうよ。刻印法具を生成した自分達は、戦争を終わらせた刻印術師達のように、この国を守るために戦っている。だから国が何を言おうと、自分達が従う理由はないし、むしろ国が自分達のために動くのが当然だと思っていたわ」


 雪乃は、自分が刻印法具を生成できたのは、飛鳥と真桜のおかげだと思っている。だがだからといって、自分の力を過信したことも、ましてや自分を中心に世界が回っているなどと思ったことは一度もない。それにワイズ・オペレーターにはまだ未知の領域があるようで、特性を掴むための努力は続けている。

 刻印法具がそれぞれに持つ特性は、術師自身の特性と似ているものも多く、一朝一夕で使いこなせるものではない。だが過激派や優位論者の多くは、法具生成と開発したS級術式に満足し、刻印法具の特性を掴む努力を怠っていたため、本当の意味で使いこなしていたとは言い難い。


「聞けば聞くほど、ろくでもない連中なんですね」

「そうね。だから生成したばかりの私やさゆりさん、久美さんでも何とかすることができたのよ。それより瞬矢君とオウカちゃんは……フフ、大丈夫みたいね」


 過激派のような刻印術師優位論者の話は楽しいものではない。そんなことよりフラッシング・テラーの影響下にあったオウカの方が心配だ。だがそのオウカを見るや、雪乃は優しく、そして暖かく微笑んだ。


「え?うわぁ……」


 逆に京介と浩は、思わず固まってしまった。


「ありがとう、瞬矢君!」

「ちょ、ちょっと……オウカ!」


 オウカが満面の笑顔で瞬矢に抱きついていた。フラッシング・テラーによって虚脱状態にされていたとはいえ、意識がなかったわけではない。だからオウカは、瞬矢が自分を守ってくれたことも、しっかりと見ていた。


「ロシアじゃあれが普通なのかもしれないわね。それにしても、あんな積極的なオウカちゃんを見たのって初めてね」

「委員長、制圧は完了しましたが、警察への連絡はどうなってるんですか?」


 ようやく飛鳥が口を開いた。どうやら全員気絶したらしい。見れば槙田達は、まだヒート・ガーデンによって拘束されている。目立った外傷は見受けられないから、本当に恐怖に耐えられなくなったのだろう。


「柴木署長に連絡したわ。うちでトップクラスの成績を収めていて、さらに過激派に加担までしていたんだから、刻印課の人達でもないと取り押さえられないし。その必要はなさそうだけど」


 そんな槙田達を見て、雪乃は呆れたように溜息を吐いた。


「本音を言えば、この場で粛清したかったんですけどね」


 これは本当に、飛鳥の本音だった。


「さすがにそれはね。それにしても名村先生の出張中にこんなことが起きるようじゃ、やっぱり術師教員の増員は必要ね」


 明星高校唯一の術師教員にして四刃王の一人 名村卓也は、宿泊研修の下見のために、2年生の学年主任 岸田きしだ あきらと共に、昨日から出張中だ。そしてそれは、槙田にとっても非常に都合のいいものだった。


「ですね。新田、京介、お前らも大丈夫か?」

「はい」

「俺達が来た意味はありませんでしたけどね」


 入学当初からは考えられない京介の態度だが、謙遜しているわけではない。雪乃が防がなければ、過剰防衛になっていた可能性は十分にあった。一応加減はしていたが、それでも高い威力で発動させたので、直撃すればただの怪我ではすまなかっただろう。

 だが飛鳥からすれば、過激派に気を使うつもりはないし、必要性も感じられない。それは雪乃もほとんど同様で、オウカを守っていた瞬矢の結界が破られてしまう可能性があったからこそ、エアマリン・プロフェシーを発動させただけだった。


「瞬矢も無事だし、オウカも大丈夫そうだな。さすがはクレスト・レボリューションですね」

「すごい術式ですね。オウカさんに発動させたときは、どうしようかと思いましたけど」

「刻印に干渉することで、術式を無効化させることや逆流させることを前提に開発してみたの。でもとんでもなく処理能力を使うから、けっこう大変なのよ」

「水属性ってことで俺や久美も概要を教えてもらいましたけど、全然ダメでしたからね」


 クレスト・レボリューションは水属性に分類されるS級術式であるため、雪乃は飛鳥や久美には概要を教えている。同じ水属性の術師ということもあるし、使える術師が大いにこしたことはない術式だと判断したからだが、さすがに公開はしていない。万が一過激派のような輩に知られてしまえば、対策を練られてしまう恐れがあるからだ。

 だが飛鳥も久美も、あまりの処理能力の高さに何度も暴発させ、習得を断念せざるをえなかった。クレスト・レボリューションに要求される処理能力は、A級惑星型を全て同時発動させるより高いというのが、飛鳥の漏らした感想だ。


「え?融合型でもダメだったんですか?」

「ああ。よく勘違いされてるが、融合型は融合させる法具の特性を強化継承するだけだ。俺のカウントレスは武装型と消費型の融合だから、処理能力は高いとは言えない」


 刻印法具の処理能力は、一般的に消費型が一番低く、設置型が一番高いとされており、それは刻印法具を模して開発された刻印具も同様とされているが、刻印法具の処理能力は、形状にも大きく左右される。そのため消費型刻印法具であっても設置型刻印具と同等か、それ以上の処理能力を持っていると言われている。飛鳥のエレメンタル・シェルは、消費型の中でも処理能力が低い部類だが、リボルビング・エッジの弾装に込める、もしくは融合させることで、処理能力を補っている。


「消費型って、けっこう面倒って話ですよね。慣れればそうでもないんでしょうが」


 だが消費型は、刻印具だろうと刻印法具だろうと、刻印化した術式の変更や再調整も出来ない使い捨てタイプだ。生成者の印子が許す限り無数に生成できるメリットはあるが、使いどころが難しい。


「まあな」


 飛鳥も生成した当初は、かなり苦労した。生成発動がわずか9歳の時だったという理由もあるが、その当時も今も、飛鳥の周囲で消費型を生成した者はおらず、必然的に刻印具を参考にするしかなかった。幸いだったのは父 一斗や義母 菜穂といった超一流の生成者が身近にいたことだろう。


「で、あいつらはいつまでイチャついてんだ?」


 だが飛鳥には、別のことが気になった。

 目の前ではオウカが瞬矢に抱きついたまま、離そうとしない。校内でもトップクラスの美少女で、しかもスタイル抜群のオウカに抱きつかれているのだから、瞬矢も悪い気はしない。だがさすがに恥ずかしいし、何より飛鳥が目の前にいる現状が怖すぎる。もちろん当人に面と向かって言うほど、瞬矢は命知らずではない。


「真桜ちゃんが許してるんだから、別にいいじゃない」

「それはそうなんですが……なんて言うか、その……」


 オウカが自分の意思で抱きついている理由もあるが、真桜が笑顔で二人を見ていることも、飛鳥が暴発しない理由だ。飛鳥も真桜も、瞬矢がオウカを守っていたことをドルフィン・アイとイーグル・アイで見ていた。雪乃にいたってはエアマリン・プロフェシーで記録までしている。だから真桜が、しっかりと妹を守ってくれた瞬矢に良い感情を持つのはわかる。

 だが飛鳥はと言えば。


「妹に彼氏ができて、それを認めることができない兄貴の心境、ってやつですか?」

「それだ!」


 という、シスコン的な感情がチラついているため、かなり複雑な心境だ。


「また難儀な……。そもそもあいつら、付き合ってるわけじゃないでしょう?」

「瞬矢君が源神社に行くのも、勇斗君のことがあるからですしね」


 浩も京介もそんな単語が脳裏をよぎったが、それを口にすることはない。口にする=死なのだから、できるわけがない。


「その話は後にしましょう。いつまでも結界を張っておくわけにはいかないし、先生方へ報告もしなきゃいけないし」

「というかこの時期にこんな問題起こすと、また竹内会長が頭抱えますよ?」


 生徒会長の竹内護は、就任してからというもの、かなりの頻度で事件に巻き込まれた。まもなく任期も終わりだというのに、こんな時期に過激派に関与していた生徒があぶり出されたとなれば、また問題となるだろう。


「俺のせいみたく言うな」


 飛鳥としては甚だ不本意だ。優位論者が義妹に手を出したのが原因なのであって、自分も被害者だという意識がないわけではない。


「事情はどうあれ、この惨状は先輩のせいでしょ。どうするんですか、この教室?」


 だが京介からすれば、いまだ炎の蔓で吊るし上げられている上級生達に焼け焦げた教室を見せつけられているわけで、原因はあまり問題には感じられない。


「加減はしたはずなんだけどな……」

「あれだけ殺気を撒き散らしておいて、よくそんなことが言えますね」


 雪乃がネプチューンを展開していなければ、火事になっていた可能性もある。だがネプチューンは、教室に入ったところにいる雪乃を中心に展開されており、教室全体を覆っていたわけではない。惑星型は球形をとるため、立方体の空間である教室をガードするには、どちらかといえば世界樹型の方が適していただろう。雪乃も失敗したと感じているようだ。

 それを差し引いても、飛鳥はまだヒート・ガーデンを解除していないし、槙田達は捕まったままだ。これだけでも飛鳥の怒りの度合いがわかるというものだ。


「ネプチューンじゃなく、ニブルヘイムを使うべきだったわね。これは私にも責任があるから、後で謝りに行きましょう」

「すいません、委員長」


 飛鳥としては、雪乃に頭を下げることしかできなかった。

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