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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編
97/164

31・留学生

――西暦2097年9月2日(月) AM10:05 明星高校 講堂――

 今日から二学期が始まる。ジャンヌが死んでからまだ一ヶ月も経っていないが、時の流れは無情なもので、真桜はまだ心に傷を負ったままだ。

 あの後、ミシェルはすぐに帰国した。今回の件には、フランスの刻印神器推奨派も少なからず関与していたらしい。アイザック・ウィリアムと内通し、ダインスレイフの情報を流し、解析のためにジャンヌの身柄を渡すことにもなっていた。だから来日の予定を早めたそうだ。

 初めて刻印神器を見た美雀は、飛鳥と真桜、そしてジャンヌが生成者だということを、あの日まで知らなかった。飛鳥と真桜がブリューナクを生成した現場も目撃したが、さすがに驚いた。だが同時に、重大な機密事項でもあることを理解した美雀は、星龍と共に帰国し、林虎へ報告し、現在は潜伏しているであろう強硬派討伐の任務に就いている。

 セシルは除隊し、このまま日本に滞在することになった。フランスへの猜疑心が大きくなっており、今回の件で決別する決意が固まったそうだが、最大の理由はジャンヌとクリスの墓守をするためだと、セシル本人が言っていた。

 ジャンヌの刻印を継承したオウカは、ジャンヌの刻印法具クリエイター・デ・オールを生成し、修練を積み重ねている。まだ自分の刻印から生成することはできないが、いつか生成することをジャンヌの刻印に誓っている。

 刻印継承こくいんけいしょうは極めて珍しい。刻印を授ける者を授印者じゅいんしゃ、授けられる者を継承者けいしょうしゃと呼ぶが、継承には両者の印子が同調することが最低限だと言われている。それ以上のことはよくわかっていないが、前例がないわけではなく、刻印継承が行なわれた場合、授印者と継承者双方の国へ報告することが義務付けられている。

 本来であれば、両国の関係を損ねかねない事態だが、ジャンヌとオウカの件に限って言えば、落ち度はフランスにある。七師皇の総意も政府に通達されたため、フランスとしても強く出ることができず、セシルの除隊を含めてミシェルに一任されることとなり、オウカは継承者としてフランス、ロシア両国に認められることとなった。

 そのオウカは、今日から明星高校の1年生となる。あの日、源神社に泊まった三人とはすぐに打ち解け、何度か遊びにも行った。同時にオウカが継承者であることも知られてしまったが、そのことには触れないようにしてくれている。

 真桜にとっても、オウカが継承してくれたことは救いだった。飛鳥は当然だが、オウカの存在が真桜の傷を、ゆっくりと癒してくれている。


「しっかしよぉ、いくら留学生が珍しいからって、全校生徒を講堂に集めなくてもいいだろうに」


 大河がぼやく。それも当然で、始業式は一時間前に終わり、一度教室に戻っている。にも関わらず、またしても講堂に集まれなど、どういうことなのだろうか。確かに留学生は珍しいが、紹介するなら始業式と同時にすればいいだけであって、こんな余計な時間を使う必要はなく、まったくもって意味がわからない。


「仕方ないわよ。下手すれば国際問題になりかねないんだから」

「ニアさんがそんなこと気にするとは思えないけどね」

「それにガードが核シェルター並だからな。手を出した瞬間、地獄を見るぞ」

「地獄の方がマシじゃねえのか?」

「でしょうねぇ」

「それだけで済むんだから、安いもんだろ」

「過保護な兄妹よね。そういえば真桜は?」

「オウカのとこにいるよ。緊張してるみたいだからな」

「それは仕方ないでしょうね。夏休みにあの子達と知り合えたことって、けっこう大きかったわね」

「まったくだ。しかも決定っぽいしな」

「あ、やっぱり?」

「京介もなのよね?あの子だけでも、考え直してくれないかしら……」

「諦めろって。あの積層術、発案は京介らしいからな」

「生成者の、しかも一流の防御術式を破るのって、とんでもなく大変だからな。現に俺達も、お前ら相手じゃ全然無理だぞ」

「本当よね。特に委員長なんて、飛鳥君や真桜より固いし」

「俺達としても、けっこうプレッシャーなんだぞ」

「本当よね。あ、会長が出てきたわよ」

「みなさん、夏休みはどうでしたか?大変な事件もいくつかありましたが、みんなが無事に登校してくれたことを、僕は会長として、心から嬉しく思います」


 始業式は校長が長々と演説しただけで、あとは簡単な連絡事項がいくつか告げられただけだった。例年通りなので別におかしいとは思わなかったが、今回は留学生の紹介という、学生間のイベントに近い。そのため生徒会が前面に出ることになったようだ。


「さりげなく本音が漏れたな」

「というか会長、ちょっと泣いてない?」

「気のせいってことにしとこうぜ」

「元凶がよく言うな」

「うるさいよ」

「既にご存知だと思いますが、我が校の刻印術師が、今年の世界刻印術総会談において、七師皇から称号を賜りました。これは我が校にとっても、非常に名誉なことです」

 だが護の話は、留学生とは無関係な話へ発展している。全校生徒が首を傾げているが、話している内容は確かに学校としても名誉なことだ。むしろ始業式で校長が語らなかったことの方が不思議だ。

「ん?」

「な、なんか……話がおかしな方向に行ってない?」

「そんな気がするわね……」


 だが当事者達からすれば、それはどうでもいいことであり、むしろなんで今、という疑問の方が大きい。


「ここにいる風紀委員長の三条雪乃さんはオラクル・ヴァルキリー、2年生の水谷久美さんはクリスタル・ヴァルキリー、一ノ瀬さゆりさんはレインボー・ヴァルキリー、井上敦君はクレスト・ハンター、そして三上飛鳥君はパラディン・プリンス、三上真桜さんはヴァルキリー・プリンセスの称号を賜っています。新学期早々の集会ではありますが、六人の生成者を讃えたいと思います。みなさん、拍手で迎えてください!」

「迎えて……ください!?」

「なんだ、そりゃ!?」

「聞いてないぞ、そんな話!」

「って言うか、讃えるって何よ!?晒し物の間違いじゃないの!?」


 思ってもいなかったセリフが、護の口から飛び出した。さすがにこれは想定外すぎる。


「諦めたら。真桜から、全員壇上に上がってこい、っていうメールが来てるわよ」

「マジか!?」

「いいから行けって。フライ・ウインドを使えば、すぐだろ」

「こんなとこで使えるか!」


 フライ・ウインドは確かに空を飛ぶことができる。だが自在に宙を舞うことができる術師は多くはない。それは風属性に適性を持つ生成者であっても同様で、既に自在に扱える四人は、同様に扱える真桜や雪乃ともども、既に一流の生成者と言える。

 だがそれとは別に、使用は著しく制限がかけられている。運搬作業ならともかく、空を飛ぶような真似をすれば、すぐにお巡りさんがやってくるし、停学になる可能性だってある。巡回中に使うことがないわけではないが、それは風紀委員の活動中のために特例として認められているだけだ。


「そうでもしないと、すぐに行けないでしょ。許可なら、校長先生が出してくれてるって」

「外堀は埋められてるのか……」

「行くしか……なさそうだな……」

「クラスのみんなも、期待してるわよ」


 見れば確かに、クラスメイト達も何かを期待している。その何かがなんなのかは、あまり考えたくない。


「はあ……。行くか……」

「だな……」


 予想外の事態だが、既に退路はない。諦めた四人はフライ・ウインドを発動させ、壇上へ飛び移った。


「すごい……。フライ・ウインドって、あんな綺麗に使えるんだ……」


 1年生席では、花鈴が四人のフライ・ウインドの精度に感心していた。実際に空を飛んでいる術師を見たのは初めてだし、もっとも難しいと言われている着地も、四人は自然に行っている。着地姿勢はそれぞれ違うが、それがまた画になっているのだから、本当にすごい。


「さすがはヴァルキリーね。あれ?どうしたの、水谷君?」

「聞いてないぞ、姉ちゃん……」


 講堂は学年ごとに席順が決められているが、クラスごとに座る必要はない。入学当初こそクラスごとに並んでいたが、夏休み前ともなれば、仲のいい友達やクラブ、委員会同士で固まることが普通になる。そのため夏休みの間に親しくなった京介や瞬矢、紫苑達が固まっているのも当然のことだろう。

 だが京介は、こんな事態は聞いてないし、予想もしてなかった。


「あの様子じゃ、先輩達も知らなかったんじゃないかな」

「え?もしかしてクリスタル・ヴァルキリーって、水谷君のお姉さんなの?」


 後ろに座っていたクラスメイト達も、興味津津のもよう。


「そうだよ」

「私、三条委員長と水谷先輩に助けてもらったことあるわよ!」

「私も!ちょっと泣きそうだったけど」

「ああ、あん時か。あれはまだマシな方だったらしいぞ」

「あれでなの!?」

「委員長と久美姉ってことは、革命派の襲撃事件のことでしょ?去年とか神槍事件の時なんか、もっと凄かったらしいよ」

「あれより凄いって……」

「クラブの先輩とかに聞いてみたらどう?多分、思い出したくないだろうけど」

「でしょうねぇ……」

「そういえば水泳部の子が、そんなこと言ってたわね……」


 水泳部は昨年の夏休みに、過激派が襲ってきたことを知っているどころか、巻き込まれた。飛鳥、真桜、さつき、雅人が、わずか数分で過激派を壊滅させたばかりか、痕跡すら消し去ったことも知っているが、あまりの恐怖で練習どころではなかった。今も水泳部の2,3年生は、あの日何があったのか、決して語ろうとはしない。今年もその日だけは、練習を休みにしたぐらいだ。1年生の水泳部員は事情を知らないため、理由を尋ねたそうだが、恐ろしいことがあった、と恐怖に震えながら答えられたらしい。


「すっごい気になるけど、多分、知らない方がいいんでしょうね……」

「新田君は知ってるの?」

「一応ね。風紀委員の先輩に教えてもらったんだけど、あれは……」


 おそらく1年生で事情を知っているのは、浩だけだろう。だがその浩も、決して語ろうとはしない。話を聞いただけだというのに、夢にまで見てしまったのだから、無理もない話だ。


「震えてるわね……。そんなにだったんだ……」

「先輩達、今でも夢に見るって言ってたからね……」

「つまり先輩達を怒らせたら、地獄を見るってことなのね……」

「地獄の方がマシだって言ってたよ……」

「だろうなぁ……」

「そ、それより、あの子、どこのクラスになるんだろうね?」


 瞬矢が強引に軌道修正に乗り出した。なぜならこの場の全員が、夏休みのあの日の出来事を思い出そうとしてしまっていたからだ。あれもあれで、かなりのトラウマだ。


「確かに気になるわね」

「まだ紹介もされてないんだし、ちょっと気が早いんじゃない?」


 花鈴と琴音も、そうするべきだと判断したようだ。まだ紹介もされてないのに、どこのクラスになるかなど、普通なら少し気が早いかもしれないが、1年生だということは事前に知らされている。それに紫苑達は、夏休みはよく一緒に遊びに行ったし、既に気心知れた仲と言ってもいい関係になっている。その縁で源神社にも何度か顔を出したから、飛鳥や真桜は当然、雅人やさつきとも顔馴染みになっている。


「あ、真桜先輩と三条委員長も出てきたわ!」

「なんか、すっごく困惑してる感じだな」


 少しどころか、ほとんど無理矢理壇上に召喚されたのだから、困惑もするだろう。


「紹介の必要はないでしょうが、三条委員長をはじめ、全員が風紀委員会に所属しています。ご存知の通り、風紀委員会は刻印術の不正行使や不正術式に目を光らせています。もし春の事件後に、刻印具を検査しなかった方がいたら、この機会に検査をお勧めします」

「警告も混ざってるわね。もしかして、これが目的なのかしら?」

「ありえるな。竹内会長が就任してから、けっこうな頻度で事件に巻き込まれてるらしいし」

「そういえば、そんなこと言ってたわね。だけどこれって、言っちゃえば余禄よね?」

「そうだよね。留学生が来るからってことで、全校生徒が講堂に集められたわけだし」

「さらに春に赴任された名村卓也先生ですが、このたび四刃王の称号を受け継がれました。ご存知だとは思いますが、四刃王は三華星と並ぶ、日本最上位術師の称号です」

「うわ……名村先生まで……」

「会長、相当ストレス溜まってるんだろうなぁ」

「よく見ればさ、会長だけじゃなく生徒会の人達、みんな似たような顔してるわよ」

「それも当然だろうね。姉さんが何度も泣いたのも、納得だよ」

「え?なんで?」

「姉さん、三条委員長の前の前の風紀委員長だったんだ。だけど前任が三剣士、後任が三華星だから、すっごいプレッシャーを感じてて、よく泣いてたよ」

「それは……確かに泣くわね……」

「それだけでも、瞳先輩がすごい人だってわかるよね……」


 瞳が在任中、例の暴動事件が起きた。雅人の手助けがあったとはいえ、なんとか事態を鎮圧することができたが、あの時はほとんど毎日、家に帰ってからも泣いていた。だがそれでも、最後まで投げだすことなく、任期を全うした。

 前任と後任が三剣士、三華星のため、世間では高い評価は得られていないが、瞳は同世代ではかなり高い実力を持ち、刻印法具を生成した今では、刻印後刻術を施された同級生の生成者 村瀬燈眞にも匹敵するだろう。


「だから瞳先輩って、あんまり世間での評価が高くないのね」

「姉さんは気にしてないみたいだけどね。それに今は、そんなことに構ってる暇もないし」

「それは確かにね」

「それでは、留学生を紹介します。先に言っておきますが、くれぐれも手を出そうなどという、不謹慎なことを考えないでください。もし何かあっても、生徒会は一切干渉しません。決して、命を無駄にしないでください」

「竹内の奴、すっげえ予防線張ってるな」

「だな。何だよ、命を無駄にするなって」

「ちっとも大袈裟に聞こえないけどね」

「当然でしょ。泣きつかれたって、どうすることもできないんだから」


 3年生の席では、風紀委員達が固まっていた。オウカの素性も、刻印継承のことも知っているが、同時に核シェルターすら上回るかもしれないであろう鉄壁のガーディアンの存在も知っている。そのガーディアン達がそろって壇上に呼ばれた以上、風紀委員会としても干渉したくはない。というか、無理だ。全校生徒が束になっても、どうすることもできない。


「しかしあいつ、やっぱりかなりストレス感じてたんだな」

「でしょうねぇ。就任してから巻き込まれた事件って、普通なら年一であるかないかって事件ばかりだし」

「年一でも多いけどね。事件の中心になる子達だから、仕方ないんだけど」

「一応の決着はついたわけだし、しばらくは落ち着いてくれるといいんだがな」

「あいつらを見てると、それは無理だって思えるよな」

「それでは紹介します。どうぞ!」

「お、いよいよか」

「さてさて、どんな反応が返ってくるかなぁ?」


 ようやく壇上に留学生が姿を見せた。緊張した面持ちで中央へ進み、マイクを受け取ったが、かなり動きがぎこちない。


「は、初めまして!ロシアから来ました、オウカ・グロムスカヤです!今日から卒業まで、この明星高校に通うことになりました!」


 オウカが壇上で、緊張しながら挨拶をしている。だが予想以上の美少女の登場に、講堂のあちこちから男子生徒の黄色い声援が飛び交っている。


「けっこう気付かれないものだね。名前でバレるんじゃないかって思ってたんだけど」

「だよね。逆にそんな子が留学してくるなんて、思いつかないだけなのしれないけど」

「それはあるかもね。あ、三条委員長が出てきたわよ」

「風紀委員長の三条です。竹内会長からご紹介があったオウカ・グロムスカヤさんですが、彼女はロシアの七師皇グリツィーニア・グロムスカヤさんのお嬢様です。そして同時に、風紀委員の三上真桜さんの実の妹さんでもあります」


 一瞬にして、静寂が講堂内を支配した。


「一気に静まり返ったわね」

「七師皇の娘ってのもデカいが、真桜先輩の妹って事実の方が、生死に直結するからな」

「2、3年生は当然だけど、1年生もけっこう怯えてるわね」

「そりゃそうでしょ。春や夏の事件だって、先輩達がいたから早く解決したんだし」

「俺、夏の事件の時、飛鳥先輩に助けてもらったぞ。あの時の先輩、すげえ怖かったな……」


 革命派襲撃事件の際、飛鳥に助けられたクラスメイトが近くにいた。どうやらかなりのトラウマを負わされたらしい。


「それに七師皇の娘って、こっちから話しかけてもいいのかしら……」

「普通はそう思うわよね」

「そうね。私達だって事前に知り合ってなかったら、話しかけることを躊躇ってたと思うわよ」

「飛鳥先輩も真桜先輩も、それを心配してたんだよ。だから偶然とはいえ、御崎さん達と出会えたことは幸運だって言ってたよ」

「それは嬉しいかも」

「ですがオウカさんはオウカさんです。確かに彼女は七師皇の娘、ヴァルキリー・プリンセスの妹です。ですがそれは、オウカさんの一面に過ぎません。特にこれから一緒に学ぶ1年生は、そんなことを意識しすぎないようにお願いします。さあ、オウカさん」

「は、はい!えっと、今三条委員長が仰ったように、私は私です。それに私は、母や姉のような一流の術師には遠く及びません。私は刻印術だけではなく、色々なことを勉強するために、日本に来ました。せっかく留学することができたんですから、みなさんと仲良く、楽しく学校生活を送りたいと思います!ですから、よろしくお願いします!」


 無事に挨拶を終えたオウカに、講堂のあちこちから拍手が鳴り響いた。


「無難に終わったわね」

「良家のお嬢様だしね。こんなとこで事を荒立たせるような真似は、さすがにしないよ」

「確かに、する必要もないよな」

「だけどさ、なんか先輩達の影が薄くなってない?」

「なってるけど、そんなことを気にするような人達じゃないよ。むしろ怖いのは……」

「オウカに手を出したらどうなるかってことを忘れてる連中がいるんじゃないか、ってことだよな……」

「あ~……確かにいそうよねぇ……」


 壇上に召喚された六人は、既に注目されていない。講堂内の視線は、ほぼすべて、ロシアから来た留学生に集まっている。つまるところそれは、鉄壁のガーディアン達の存在が忘れ去られてしまったかもしれないということだ。


「同級生ってことで、僕に護衛命令が出てるんだよね。手に負えないようなら連絡しろって言われてるんだけど……」

「呼び出したりなんかしたら、それこそ一大事じゃない。トラウマの一つや二つじゃ済まないわよ?」

「それですむなら、安いもんだと思うぞ」

「そうよね。それにオウカ自身もかなり上位の術師だから、大抵のことは自分でなんとかできるだろうけど……」

「さすがにすぐには無理でしょうねぇ」

「どっちかって言えば、人見知りする性格だもんね。押しにもあんまり強くないし」

「待て。ってことは……」


 京介の考えは、瞬時に全員が共有できた。飛鳥も真桜も、オウカに手を出す不届き者には地獄を見せる、と夏休み中から明言していた。さらに恐ろしいことに、雅人やさつきも同じ考えらしい。飛鳥と真桜が融合型、雅人とさつきが複数属性特化型の生成者であることは、周知の事実だ。そんな四人が鬼の形相で目の前に現れでもしたら、確実に数日間は悪夢に苛まれる。


「新田君、先輩達が無茶しないように、私も協力するわよ」

「私も。もうあんな地獄絵図は見たくないし」

「あれが可愛く見えるんじゃねえか?」

「見えるでしょうね……。それだけは絶対に避けないと!」

「僕も協力するよ。先輩達には姉さんや勇斗がお世話になってるし」

「ありがとう。本当に頼りにしてるからね」


 浩としても、自分だけでどうにかできるとは思っていない。相手が同級生ならともかく、上級生が相手ではさすがに手に余る。そんなことになってしまえば、飛鳥か真桜が出てくることは間違いない。それだけは断固として避けなければならない事態だ。浩は心の底から、京介達に感謝した。


――AM11:30 明星高校 屋上――

 始業式や留学生の紹介が終わった後、真桜は一人で屋上に来ていた。オウカが受け入れられたことは素直に嬉しい。だが同時に、言い知れぬ寂しさもある。


「真桜」


 飛鳥も真桜の気持ちはわかる。だが本当にわかっているのかと問われれば、即答することはできないだろう。それでも飛鳥は、真桜を一人にすることはできなかった。


「飛鳥……」

「その……なんて言ったらいいかわからないけど、あんまり気にしない方がいいぞ」

「わかってるんだけど……どうしても、ね……」


 真桜にとって、飛鳥は大切な半身だ。だがジャンヌは、真桜にとって、もう一人の自分ともいえる存在だった。少しでも立場と境遇が違えば、自分も同じことをしていただろう。鏡に映った自分自身……それがジャンヌ・シュヴァルベだった。


「私、楽しみにしてたんだ。ジャンヌさんと一緒に、この学校に通うことを」


 オウカ同様、ジャンヌにも明星高校に留学する話があった。しかも同じ2年生としてだ。確かに年上ではあるが、その話を聞いた時は真桜だけではなく、さゆりや久美も喜び、楽しみにしていた。

 だがあの日、真桜は自分の手で、ジャンヌの命を奪った。そうせざるをえない状況だったかもしれない。タイミングが悪かっただけなのかもしれない。あの時、もう少し戦いが長引いていれば、ジャンヌが命を落とすことはなかったかもしれない。かもしれない、だけではすまないし、すませられる話でもないが、ジャンヌは命を落とした。それが現実だ。あの日からずっと、真桜は悩み、苦しんでいた。


「ジャンヌさんがなんであんなことを考えたのか、本当の理由はわからない。だけど真桜のためだってことは、俺にも解る。その証拠が、最期に遺してくれた刻印だ。刻印具には組み込んだんだろ?」

「うん。だからって、これは捨てられないよ。ジャンヌさんは……もう一人の私だもん」


 真桜の髪には、あの日ジャンヌが遺してくれた刻印を刻み込んだリボンが結ばれている。あの日からずっと、このリボンを離したことはない。


「会ったことはないけど、俺にとってはクリスさんがそうなんだろうな。真桜、今度一緒に、二人の墓参りに行こう。昨日やっと、二人のお墓ができたらしいから」

「それなら、オウカも一緒にね。あの子はジャンヌさんの刻印の継承者なんだから」

「そうだな。あの子をジャンヌさんに負けないような術師に育てることが、俺達のやるべきことなんだと思う」

「そうだね。よし!それじゃあ、気合い入れて頑張らなくっちゃ!ジャンヌさんやクリスさんに笑われたくないし!」

「ああ。頑張ろう」

「うん!」


 真桜はリボンをほどき、ジャンヌのポニー・テールと自分のサイド・テールの中間、髪の右後方で結びなおした。これが真桜の決意の現れであり、誓いでもある。

 ジャンヌの遺した刻印と刻印法具クリエイター・デ・オール。刻印は時が来なければ発動しないだろうが、クリエイター・デ・オールはオウカが受け継いでくれた。オウカをジャンヌのような、強く、優しく、そして美しい術師に育てること。それが今の真桜の目標だ。飛鳥も同じ思いであり、それがジャンヌへの弔いになると信じている。

 近いうちにオウカと三人で、ジャンヌとクリスの墓前に赴き、改めて誓いを立てよう。飛鳥と真桜は、ジャンヌとクリスに先立ち、他の誰にでもない、自分達自身に誓いを立てた。遠いフランスの地から、この国で眠ることを選んだもう一人の自分達に、安らかに眠ってもらうために。


世界刻印術総会談編<完>

第五章完結であります。

新キャラが多く登場しとりますが、9割は当初からの予定通りです。残り1割の中華連合系キャラは、無理矢理組み込んだ感が拭えませんが……。

突発的キャラと思われるオウカや瞳、勇斗も予定通りです。ジャンヌも同じくです。

次章「前世の亡霊編」では、あまり新キャラは登場しませんし、したとしてもおそらく最低限でしょう。

むしろ問題は、骨子があるとはいえ、内容的に勉強しなければならないことが山のようにあるため、それが悩みの種ですが……。

と、泣き言を言っても何にもならないので、奥義・自己解釈を使いまくります。

次章も見てあげてください。

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