30・ジャンヌ・シュヴァルベ
――AM5:59 鎌倉 材木座海岸 沖合 USKIA軍艦――
「さすがに数が多いな!」
「だがそれだけだ!」
甲板上では飛鳥、敦、アーサー、星龍の四人が、多数のUSKIA軍を相手にしていた。飛鳥の手には剣となったブリューナク 神剣アンスウェラーが、アーサーの手には聖剣エクスカリバーが、そして星龍の手には剣状複数属性特化型刻印法具 蒼龍刀が握られている。
蒼龍刀は星龍が帰国後に、美雀と再会した時に、互いが生成した。美雀の朱雀扇も、その時初めて生成された。武星は既に生成できていたため、これでようやく、四神全員が刻印法具を生成することができた。しかも星龍は、風と水の複数属性特化型という刻印法具を生成してくれた。だからこそ春に生成してからというもの、星龍も美雀も武星も、林虎がつきっきりでS級術式の開発に立ち会い、協力をした。その結果星龍は、中華連合最強の刻印術師に数えられるまでになっていた。
「飛鳥、アーサー!推進システムは破壊したぞ!」
「ついでに、メイン・システムもな!」
刻印具から雅人とミシェルの声が響いた。二人は艦内へ侵入し、この艦の推進システムの破壊作業を行っていた。それだけではなく、どうやらメイン・システムまで破壊したらしい。これでこの艦は動くこともできず、艦載機を発艦させることもできなくなった。
甲板上で戦う飛鳥達をアーサーと星龍に任せ、雅人とミシェルは、互いの特性、そして刻印法具の特性を活かし、艦内施設の破壊に回った。ミシェルは全属性適性、雅人は全系統適性、という希少な特性を持つ。その上で火と水の複数属性特化型 氷焔之太刀、光と火の複数属性特化型ラム・クリムゾンを生成するのだから、いくらUSKIA軍の精鋭とはいえ、相手にはならなかったようだ。
「わかりました。飛鳥さん、敦さん、星龍さん」
「はい!」
「了解!」
「承知した!」
飛鳥、敦、アーサー、星龍は近くの軍人達を一掃させると、フライ・ウインドを発動させ、USKIA軍艦の上空に向かった。同時に艦側面が爆発し、そこから雅人とミシェルも姿を見せ、同じくフライ・ウインドを発動させた。
そして六人が集結すると同時に、アーサーが光性神話級広域防御系結界術式プリトウェンを発動させた。まだ生きている軍人はいるが、メイン・システムを破壊されているため、艦載機や脱出艇で逃げることもできず、プリトウェンを破るために発動させた術式も効果がなく、完全に艦内に閉じ込められている。
「これがプリトウェンか。軍艦一隻を包み込むとは、さすがだな」
「すごいものだな、神話級というものは」
「これだけの規模で発動させたのは、さすがに初めてですよ」
「ありがとうございます、アーサーさん」
「お礼を言われることではありません。いつでもいいですよ」
「はい!」
飛鳥はアンスウェラーを構え、バロールを起動させた。
同時に敦がアンタレス・ノヴァを、雅人がヒート・ディストラクションを、ミシェルがエクリプス・ヴェルミリオンを、星龍が無性S級広域干渉攻撃系術式 雷鱗哮を発動させた。
全ての術式がプリトウェンの光と干渉し、積層術と化し、発動されたバロールの威力を増幅させているが、それでもバロール本来の威力には及ばない。
だが軍艦一隻を沈めるには、十分な威力を発揮した。
アイザック・ウィリアムの軍艦は、ロベルト・フィッツロードを含めた乗組員諸共、飛鳥のバロールの光の中に消え去った。
「これでこっちはいいだろう。あとはさつき達が別働隊を片付ければ、真桜ちゃんとジャンヌに、無駄な戦いをさせる必要もなくなる」
「なら、急いで戻りましょう!真桜はまだ、何も知らないんですから!」
「だな。急ごうぜ!」
――同時刻 鎌倉 材木座海岸付近――
「馬鹿な!こんな短時間で、我々インセクターが……!」
ヴァイパーが叫んだ。リザードはさつきがエンド・オブ・ワールドで、ホッパーはセシルがラファール・フォンデュで、レディバグは美雀が火性S級対象攻撃干渉系術式 燃焰翼で、マンティスは雪乃がクレスト・レボリューションで、そしてキラー・ビーは久美がノーザン・クロスで、それぞれ倒したところだった。
ヴァイパー達は神器生成者を捕らえるために、万全の準備と装備でこの場へやってきている。しかも多少の不意を突かれたとはいえ、さつき達は正面から挑んできた。一流の生成者とはいえ、相手はまだ若く、自分達より経験が浅い。神器生成者ならばともかく、そんな小娘達に遅れをとるなど、ヴァイパーは考えもしていなかった。
「前に私を襲ってきた人も、あなた達が後刻術なんかを使ってこなければ、私一人で十分だったのよ。それにここにいる人達は、みんな私より強いんだから、この結果は驚くものじゃないわ。病み上がりの私に負けるようじゃ、尚更ね」
「だ、だからと言って……!」
「あんた達の都合なんて、知ったことじゃないのよ。あんた達はあたし達の逆鱗に触れたんだからね!」
「私から攻撃したのは、これが初めてです。だけどあなた達は、それだけのことをしたんです!」
「あなたで最後みたいね。死んで真桜、飛鳥、久美、瞳さん、勇斗君、そしてジャンヌさんに詫びなさい!」
さゆりのジュエル・トリガーが、ヴァイパーに発動した。ヴァイパーは宝石の雨に打たれ、同時に発生した雷の柱によって、瞬く間にこの世から消え去った。
「これで終わりね。雪乃、雅人達は?」
「艦を沈め、こちらに向かっています」
答えたのは雪乃だが、沖合で天からの光が海を貫いたことは、全員が確認している。飛鳥のバロールだということは、すぐにわかった。
「瞳さん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫よ。みんな、凄いわね。それにブリューナクの生成者が、飛鳥君と真桜ちゃんだったなんて、思ってもいなかったわ」
瞳は自身で開発した水性S級広域対象干渉系術式ゾディアック・レザレクションと、雪乃のエアマリン・プロフェシーに守られていた。実戦経験はあるが、ここまで激しい戦闘は初めてだったし、何より瞳を戦いに巻き込むつもりは、この場の誰にもなかった。さすがにブリューナクとダインスレイフの生成者は知られることになってしまったが、これは仕方がないことだ。
「機密事項ですから、他言無用でお願いしますね」
「わかってるわ。それで、雅人先輩達はどれぐらいで到着しそうなの?」
「数分はかかりそうです。最悪、間に合わないかもしれません……」
「急いでよ、雅人、飛鳥……」
――同時刻 鎌倉 材木座海岸――
飛鳥達が軍艦を沈め、さつき達が別働隊を倒したことを、まだ真桜もジャンヌも、そしてオウカも知らない。知る術がないのだから、これは仕方がない。
だが真桜は、まだ何も知らない。
「シルバリオ・コスモネイション!」
「プラティヌ・エクストレーム!」
二人のS級術式がぶつかり合い、拮抗……いや、わずかにジャンヌが押しているようだ。
「どうしたの?あなたの力は、そんなものじゃないでしょう?それとも、勇斗君が犠牲になってもいいの?」
「それだけは……ジャンヌさんが相手でも、それだけは絶対にさせない!」
勇斗という言葉に反応した真桜は、シルバリオ・コスモネイションの強度を上げた。その結果、二つの術式は相殺され、同時に消えた。先程もヴァナヘイムとヘルヘイムが、フォトン・ブレイドと闇性B級攻撃干渉支援系術式ダークネス・セイバーがぶつかり合い、その都度相殺されていた。
互いの力量は互角。真桜の手にあるのは刻印神器ブリューナクの半身 神剣フラガラッハ、ジャンヌの手にあるのは模倣神器型刻印法具ダインスレイフ・レプリカと、こちらは真桜に分があるが、真桜の迷いとジャンヌの覚悟が、その差を埋めている。
「これが……刻印神器の戦い……」
オウカは目の前で行われている戦いが信じられなかった。光が輝き、闇が煌めく。互いが互いの術式を打ち消し、相殺し、余波を生み出す。だが真桜もジャンヌも、その余波すら利用し、次々と術式を発動させている。カーム・キーパーを発動させ、自身と勇斗を守っているが、それでも二人が気を使って戦ってくれていなければ、自分達の命など、とうに奪われていただろう。
「さすがね。でも、これならどうかしら!」
「それなら!」
ジャンヌはアポカリプスを、真桜はアンサラーを発動させた。
だがその瞬間、真桜は違和感を感じた。アンサラーとアポカリプスがぶつかり合ったのは、これが初めてではない。今ジャンヌが手にしているのは模倣神器型刻印法具ダインスレイフ・レプリカだが、真桜が手にしている神剣フラガラッハもブリューナクの半身であり、しかも飛鳥がいないため、本来の威力を出せてはいない。
だがそれを差し引いても、明らかに以前のアポカリプスとは比べ物にならない。真桜は困惑し、アンサラーの精度まで落としてしまった。
「どうしたの?アンサラーの精度が落ちてるわよ。このままじゃあなただけじゃなく、勇斗君やオウカちゃんまで死ぬことになるけど、それでもいいの?」
「それは……それだけは、絶対にダメ!」
冷静に考えれば、ジャンヌが無理をして挑発しているとわかっただろう。だが今の真桜は冷静さを欠いているどころか、困惑していた。だからオウカや勇斗を守るために、その挑発に乗り、限界まで強度と精度を上げた。そしてアンサラーは、苦もなくアポカリプスを打ち破った。
「え?」
その瞬間、真桜の混乱は頂点に達した。アンサラーがジャンヌに命中する直前、確かにジャンヌが微笑んだ。何もかもが、真桜にはわからなかった。唯一理解できたのは、自分の発動させたアンサラーが、ジャンヌの身体を貫いたことだけだった。
その直後、場を包んでいたウラヌスとサターンの多重結界が破壊され、新たにジュピターが展開された。
「間に合わなかったか……!」
「ミシェルさん?え?間に合わなかったって……」
「すまない、真桜ちゃん……」
「雅人さん、どういうことなんですか!?」
「いいん、です……。私は……最初から、こうなることを……望んで、いたんですから……」
「ジャンヌさん!なんで……なんでアポカリプスの強度を弱めたんですか!?」
「弱めては、いないわ……。ダインスレイフ・レプリカは、クリエイター・デ・オールで生成した、金を使って作り上げた……イミテーション、だから……。だからアポカリプスも、闇属性術式を組み合わせて、調整して……それらしく見せていた、だけなのよ……」
「そ、そんな!?」
「ごめんなさい、真桜さん……。瞳さんも、本当に……申し訳、ありませんでした……」
「しっかりして、ジャンヌさん!」
瞳にはジャンヌが勇斗を傷つける、ましてや命を奪うつもりがないことを、話を聞かされた時からわかっていたが、大切な一人息子を危険にさらすことに躊躇いがあった。だが勇輝が生きていれば承諾したはずだと思い、断腸の思いで承服した。だからジャンヌを恨む気持ちは、露ほどもない。
「飛鳥!アルミズを!」
「ああ!」
アンスウェラーとフラガラッハ、どちらかだけでも、アルミズは通常の治癒術式より高い効果を発揮する。そして両方が揃っている今、その効果は最大限となる。
「無駄だ……。残念だがな」
「ブリューナク!?」
だが止めたのはブリューナクだった。
「エクスカリバー!グレイルだ!」
「残念だが、手遅れだ。我のグレイルを以てしても、尽きる命をつなぎ止めることなど出来ぬ」
グレイルはアルミズより高い治癒能力を持つが、どちらも同じ光属性の術式であり、本質は同じだ。アルミズが広域系、グレイルが対象系というだけの違いだ。
「そ、そんな……!!」
ジャンヌは助かろうとも、助かりたいとも思っていない。だがどうしても、最期にやらなければならないことがある。これを真桜に渡すまで、死ぬわけにはいかない。
「真桜さん……手を、出して……」
ジャンヌは髪を結んでいたリボンをほどくと、それを真桜に手渡した。
「え……?これって、刻印?」
「ええ……。いつかきっと……この刻印が、あなたを守ってくれる……。これは、お守りよ……」
「ジャンヌさん!」
「オウカちゃん……あなたにも……」
「わ、私にも?」
「私の右手の刻印は……オウカちゃん、あなたに受け取ってもらいたいの……。全てを知ってたのに、最期まで黙っていてくれた、あなたに……」
オウカも全てを知らされていた。だから二人が戦っている最中、勇斗を守ることに全力を注いでいた。もっとも、真桜とジャンヌが二人に被害が及ばないよう戦ってくれなければ、自分も勇斗も、即座に命を落としていただろう。
「そ、そんな!受け取れませんよ!だって、これは……ジャンヌさんの全てじゃないですか!」
「あの日私は、全てを失ったも同然だった……。だけど真桜さんや飛鳥君、そしてみなさんのおかげで、今日まで生きてこられた……。悔いはないの。もしあるとすれば……私が生きた証を、遺すことができないこと……。最初は真桜さんにと、思ったけど……多分、あなたの方が、相性がいいと、思うわ……。だから、受け取って。私の刻印……クリエイター・デ・オールを……」
「オウカ……」
「お、お兄ちゃん……」
「受け取ってくれ。いいですよね、ミシェルさん、セシルさん」
「ああ」
「私達に、それを止める資格はありません」
「でも……」
「オウカ、お願い……」
「お姉ちゃん……。わかりました」
「ありがとう……」
ジャンヌがオウカの右手を握り、オウカもジャンヌの右手を握り返した。同時にジャンヌは、自身の全ての印子を、右手の刻印を通して、オウカの右手へと送りこみ、オウカの右手に新たな刻印を刻み込んだ。
これでジャンヌの右手からも、刻印は消えた。替わりにオウカの右手に、先程までジャンヌの右手にあったものとまったく同じ刻印ができている。
「これが、刻印継承……」
「本当に……できるのね……」
「セシルさん……あれって、持ってきて……くれてるんです、よね……?」
「ええ。あなたの望み通り、あなたと一緒に、この国に埋葬するつもりよ」
「ありがとう、ございます……」
「ジャンヌさん!」
「ありがとう、真桜さん……。私は、あなたに救われた……。だからこの命、あなたのために使おうって、決めてたの……。でもその後は……この国で、クリスと一緒に、眠りにつこうって、思っていたのよ……」
「私は……私はそんなこと、望んでなんかいない!!」
「ええ、知ってる、わ……。優しいあなたが……、そんなこと、考えるわけがないって……。だから、これは……私の我がまま……。それでも、もう一度言わせて……。ありがとう、真桜さん……。クリス……今、逝くね……」
目を閉じる瞬間、弟が迎えに来てくれた。ジャンヌは自分の生き方に満足し、最愛の弟と共に旅立つため、笑みを浮かべたまま、ゆっくりと目を閉じた。
「ジャンヌさん?ねえ、目を開けてよ!ジャンヌさん!ジャンヌ!!」
命の灯が消え、ゆっくりと冷たくなっていくジャンヌの身体を抱きしめながら、真桜は涙を流し、何度もジャンヌの名を呼び続けた。




