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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編
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29・真意

――AM5:32 鎌倉 材木座海岸――

「ごめんね、勇斗君。もうちょっとだけ辛抱してね」

「ジャンヌさん!」

「来たわね。ブリューナクは……ちゃんと生成しているわね」


 真桜の手には、ブリューナクが握られている。ブリューナク本来の姿は槍だが、生成者である飛鳥と真桜のために、二振りの剣にもなる。ブリューナクを生成したのはこれで四度目だが、生成後に別行動したのはこれが初めてだ。そのため今真桜の手にあるブリューナクは剣状だ。

 剣状となったブリューナクは、意思こそブリューナクだが、刀身はそれぞれ別の名を持つ。飛鳥の神剣アンスウェラーと真桜の神剣フラガラッハ。ケルト神話において、ブリューナク同様、光の神ルーが所有する神剣だが、アンスウェラーとフラガラッハ、そして神話級術式アンサラーは同じ剣の別名でもある。


「飛鳥君は?」

「あそこです」

「そう。オウカちゃん、手は出さないでね」

「わかっています」

「それじゃ、まずは結界を張りましょうか」

「でも……」

「心配しなくても、外部からの干渉を防ぐためにしか使わないわ」

「わかりました」


 真桜がウラヌスを、ジャンヌがサターンを発動させ、積層結界として場を包み込んだ。


「それじゃ、行くわよ!」


 光と闇の積層結界が完成すると、ジャンヌは闇性B級広域干渉系術式シャドー・エクスプロージョンと闇性B級対象攻撃系術式クライム・シャドーを同時に発動させた。


「くっ!」


 二つの闇属性術式を、真桜は光性A級広域系術式ギャラクシーで迎え撃った。


――同時刻 鎌倉 材木座海岸 沖合 軍艦――

「少佐、始まりました」

「状況はどうか?」


 軍艦のブリッジでは、ロベルト・フィッツロード少佐が部下からの報告を受けていた。


「ウラヌスとサターンの積層結界が展開されてしまったため、詳細は不明ですが、三上飛鳥、オウカ・グロムスカヤ、並びに刻印三剣士が結界内にいることは確認したそうです。かなり赤ん坊を気にかけていたようですので、おそらくですが、介入はしていないでしょう」

「刻印三剣士といえど、所詮はその程度か」


 報告には推測が混じっているが、刻印神器によって積層結界が展開されている以上、これは仕方がない。むしろ結界内部を確認することができる者がいれば、手放しで称賛するだろう。


「ですが一つ、気になることがあります」

「何だ?」

「三上真桜の手には、槍ではなく、剣が握られていたそうです」

「剣だと?」

「はい。三上真桜の刻印法具は、携帯型と弓状武装型、そして弓状融合装飾型のはずです。弓状武装型は剣としても使用できたと記憶していますが、形状は合致しません」

「完全な剣、ということか。確かに疑問だな」

「はい。神槍と言われるように、ブリューナクの形状は槍でしょう。なぜ三上真桜が槍ではなく、剣を持っているのか……」

「それもいずれわかる。こちらの戦力は?」

「既にインセクターが、予定位置にて待機しています」

「よし。では我々も向かうぞ。ダインスレイフの生成は予想外だったが、互いが刻印神器を使用している以上、どちらが勝っても無傷ということはない。両者生捕が理想だが、どちらかは最低限だ。最悪の場合でも、死体は確保する」

「……」


 だが部下からの返事はない。


「どうした?」


不審に思ったロベルトだが、おそらくインセクターから、状況報告を受けているのだろう。だが返ってきた返事は、予想外のものだった。


「なるほどな……。こういうことだったのか!」

「何?」

「お前らが……お前らのせいで、真桜は!」


 振り返ったロベルトだが、そこには部下の姿はなく、代わりに別の男達が立っていた。


「み、三上飛鳥!?ば、馬鹿な!何故ここにいる!?」

「ジャンヌが……心優しいあの子が何故、あんな真似をしたと思ってる?すべてはこのためだ!」

「ミ、ミシェル・エクレール!?」

「僕達もいますよ」

「アーサー・ダグラス!久世雅人!王星龍!馬鹿な!どうやってこの艦に!?」

「七師皇からクレスト・ハンターの称号を与えられた男は、伊達ではないということだ」

「い、井上敦!」

「全部聞いたよ……。ふざけたことしやがって!」


 飛鳥と敦は、ここに来るまでの間に、三剣士から全てを聞かされた。なぜジャンヌが勇斗をさらったのか、その理由もだ。


「死ぬ前に教えてやる。この艦は私のブリーズ・ウィスパーとソナー・ウェーブで発見した」

「そしてこの艦に施されていたシャドー・ミラージュの刻印は、僕が見つけ、敦さんが破壊しました」

「海岸だがな、そっちは俺のトランス・イリュージョンと雅人のシャドー・ミラージュを刻印化させ、あの場に施した。同時に飛鳥のウラヌスを、この艦のブリッジに発動させてあるから、少しぐらい出来の悪い人形でも、誤魔化すことができるのさ」

「ば、馬鹿な!そんなことが……できるわけがない!!」

「確かに簡単じゃなかったぜ。だがな、ジャンヌさんが自分の命を懸けたんだ。俺達が下手打つわけにはいかねえだろ!」

「この男がロベルト・フィッツロードか。アイザック・ウィリアムの腹心だったな」

「ああ。去年の総会談で会った。あの時からお互い、腹の探り合いだったがな」

「ロベルト・フィッツロード……俺はお前を、絶対に許さない!」

「刻印後刻術のこともあるしな!覚悟しろよ!」


 敦の怒りは頂点に達していた。感情豊かな男だが、滅多なことでも怒らない。温厚なわけではないが、気が短いわけでもない。大概のことは、笑ってすませることもできなくはない。だからここまで激怒したことは、おそらく人生で初めてだ。


「自らの利益のために、多くの人を苦しめるなど、許されることではない!」


 星龍は林虎が帰国する際、ジャンヌの意思を聞かされていた。当然、最初はそんなことをさせるつもりはなかった。だから連盟に協力し、圓鷲金やアイザック・ウィリアムの動向を追っていた。だがまだ日本に残っていたことを知られるわけにもいかず、ほとんど連盟本部から動けなかった。その結果、圓鷲金の発見が遅れ、ジャンヌの行動を誘発してしまったと思っている。


「姫を苦しめた罪、貴様ごときの命では足りんが、その命で償ってもらう!」


 雅人にとって、飛鳥と真桜は主君だ。二人は自分の命より大切な存在であり、何をおいても優先すべき若君と姫君だ。二人を傷つけられて笑っていては、盾として忠誠を誓った者の名を汚す。他の誰が許しても、勇輝が決して許さない。その勇輝の忘れ形見である勇斗まで巻き込んだのだから、雅人の怒りも、既に限界を超えていた。


「この艦の撃沈とあなたの死を以て、三剣士からアイザック・ウィリアムへのメッセージとさせてもらいます!」


 アーサーはこの中で一番、自分が無関係に近いことを自覚している。だが同時に、狙いが刻印神器である以上、一番関係が深いことも自覚している。不完全な刻印神器だと思っているが、今この場においてはどうでもいい。聖剣エクスカリバーの生成者として、そして自ら手にかけてしまった恩人達の魂に誓って、これ以上の暴挙を許すつもりはない。


「先に地獄で待っていろ。アイザック・ウィリアムも、いずれ必ず送ってやる!」


 ジャンヌのダインスレイフ・レプリカを見た時、ミシェルは本気で、ジャンヌを国外へ逃がすつもりだった。幸いにもロシアとドイツの七師皇から、必ずジャンヌを総会談へ出席させるよう、フランス政府へ通達されたため、出国は楽だった。そして総会談が開催された日本は、ジャンヌと縁がある国でもあった。魔剣事件に巻き込まれ、命の危機に晒されたというのに、少女はジャンヌを救い、受け入れてくれたのだから。

 ジャンヌの意思も決意も、自分では止められないことはわかっている。だが手をこまねいているつもりは、最初からなかった。だが一歩、本当に一足遅かった。魔剣事件から三ヶ月、この国で平和に暮らして欲しいと願っていたというのに、だ。だからこそミシェルは、速やかに、そして確実にこの艦を沈め、急いで戻るつもりでいた。妹と呼んでもいい少女の下へ。


「真桜だけじゃない。ジャンヌさんや瞳さんを傷つけ、勇斗まで巻き込んだんだ。楽に死ねると思うなよ!」


 飛鳥にとって、真桜は大切な半身であり、ジャンヌはもう一人の真桜と言える女性だ。そして瞳は従兄であり、兄でもある勇輝の恋人であり、その勇輝の忘れ形見が勇斗だ。ジャンヌが勇斗を巻き込んだのは、本当に偶然だったが、それもすべて、このためだった。ジャンヌがブリューナクを生成させた理由もだ。相手が元七師皇だろうと、日本政府と話がついていようと、そんなことは関係ない。ジャンヌや勇斗、そして真桜のためにも。


――同時刻 鎌倉 材木座海岸付近――

「少佐?応答してください、少佐」

「どうした?」

「少佐と連絡がとれなくなった」

「結界の影響じゃないのか?」

「かもしれんが、急に途切れたのが気になる。結界が展開されても、通信はつながっていたからな」

「内部での戦闘が激しくなった証拠じゃないのか?」

「だろうな。俺の刻印具でも、連絡がとれなくなっている」

「だとすればこの結界は、近いうちに消滅するだろう。こちらも準備をしておかなければ、巻き込まれるな」

「そうだな。どちらも大人しく捕まってくれればいいが」

「難しいだろうな」

「それは承知の上だ。だからこそ、我々インセクターが派遣されたのだからな」

「ああ。スパイダーが死んだ上に、村瀬燈眞まで失ったことは大きな痛手だが、どちらが勝とうと、無傷でいられるわけがない。正面からでは無理だが、結界が消滅すれば、それは可能だろう」

「そんなこと、できるとでも思ってるの?」

「何っ!?」


 だが突然、多量の怒りを含んだ声が聞こえた。同時に激しい殺気も感じる。インセクター達は慌てて振り返った。


「おつかれ、雪乃」

「いえ、これぐらいは」

「申し訳ありません、混乱させるような真似をしてしまって」

「いえ……納得しましたよ!」

「く、久世さつき!セシル・アルエット!李美雀!」

「三条雪乃!一ノ瀬さゆり!水谷久美!な、何故ここにいる!?」

「ジャンヌさんが命をかけて、アイザック・ウィリアムの野望を阻止しようとしたからよ!」

「私だけ何も知らなかったわけだけど、そんなことはどうでもいいわよ!久美が大怪我したのも、真桜が泣いてるのも、全部あんた達のせいだったのね!」


 瞳を含め、この場の全員がジャンヌの行動の意味を知っていた。

 だがさゆりは、なぜオウカが真桜についていったのか、なぜ勇斗をさらわれた瞳が落ち着いているのか、そしてなぜ誰も慌てていないのか、その意味も理由も、本当に知らなかった。だがその理由を知らされた今、さゆりの中では激しい怒りが渦を巻いていた。


「ちっ!少佐と通信がつながらないのも、こいつらのせいか!」

「少佐も侵入者に襲われているのかもしれん。こいつらを片付け、急いで救援に向かうぞ!」

「片付ける?ふふ……ふふふ……ははははははっ!」


 その一言に、さつきは笑い出した。見ればセシルも笑っている。


「な、なんだ?」

「もう笑うしかないじゃない。人間、怒りが限界を超えると、自然に笑っちゃうのね。初めて知ったわ」

「そのようですね。私も笑いがとまりませんよ」


 さつきもセシルも、本当に愉快そうに笑っている。だが殺気は少しも衰えていない。むしろ増している。


「な、何がおかしい!」

「これが笑わずにいられる?真桜を……姫を傷つけるだけじゃなく、あまつさえ捕まえようだなんて、よくもそんな大それたことを考えたわね。あの子にはね、この私がついてるのよ。私の命にかえても、そんなことさせるわけないでしょうが!」


 さつきにとって、真桜は命より大切な姫君だ。だが今回は、どんな結果になろうと、確実に真桜を傷つけることになる。当然最初は反対した。だが代案が思いつかなかったし、久美の家族ばかりか、後輩達までもが狙われてしまった。だからこそ、覚悟を決めることしかできなかった。


「神槍事件において、強硬派や過激派を支援していたばかりか、刻印後刻術まで使ったのですから、あなた達は既に国際犯罪者です。いずれアイザック・ウィリアムにも、処罰が下されるでしょう」


 既に全員が刻印法具を生成している。美雀の手にも、扇状装飾型刻印法具 朱雀扇ズーチュエファンが握られていた。美雀にとっては任務の一つでしかないが、それだけではないことが、整った顔に浮かんでいる。冷静な女性士官であろうと常に心がけているし、あまり喜怒哀楽を表に出すタイプではない。だから静かに、怒りの炎を燃やしていた。


「覚悟しなさいよ!すぐに地獄に送ってあげるわ!」


 沸点の低いさゆりだが、本気で怒ることは意外と少ない。だが今は、本当に本気で怒っている。泣き虫な親友は、きっと今も泣きながら戦っているだろう。その元凶達を許す理由など、さゆりには見つけることができなかった。


「スパイダーっていう男は井上君に倒されちゃったけど、代わりにあなた達に、借りを返させてもらうわ。っていうのは建前で、真桜達を苦しめたあなた達を許す理由なんて、どこにもないのよ!」


先日の襲撃で重傷を負い、まだ回復してはいない。だが今の久美にとって、そんなことはどうでもいい。重要なのは目の前の男達が、弟達を襲い、親友の命までをも狙っているということだ。そしてジャンヌの意思を踏みにじった男達は、フランス オルレアンで見たドゥエルグよりも、はるかにおぞましい悪魔に見えていた。


「私達は絶対に、あなた達を許しません!」


 温厚な雪乃でさえ、怒りをあらわにしている。雪乃はこれほどまでに、感情を剥き出しにしたことはない。特に怒りは、最も縁遠い感情だった。温和で温厚、そして争うことを嫌う雪乃だが、今この場では、そんな自分は必要ないと思っていた。


「いずれアイザック・ウィリアムも、同じ所へ送りますから、寂しくはありませんよ」


 丁寧な口調とは裏腹に、セシルは滅多に見せない笑顔を浮かべていた。見た者を必ず死へと誘う死の微笑。サクレ・デ・シエルと呼ばれる前、一部の人間からスリール・ラ・モール―微笑む死神―と呼ばれていた理由が、この笑顔にあった。


「あんた達は先に行って待ってなさい!」

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