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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編
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25・巡り会い

――PM5:39 鎌倉海浜公園――

この季節はまだ日が高く、夕暮れと言うにはまだ早い。鎌倉海浜公園も、多くの人で賑わっている。だが一人、浮かない顔をしながら海を見ている少年がいた。


「京介君」

「え?あ、真桜先輩。ジャンヌさんも」

「やっぱり落ち込んでたわね。無理もないけど」

「……」


 鎌倉市民病院に付き添ったまではよかったが、久美に病室を追い出された。説教は覚悟していたが、それすらもなくだ。それが京介に事の重大さを悟らせる結果となっていた。だからかなり堪えた。これならまだ、怒鳴られた方がマシだ。


「私、幻滅しました」

「オウカ……?」

「自分の力を過信して、混乱して、挙句に足手まといになるなんて、あなたは今まで、何をしてたんですか?」

「オウカちゃん、言い過ぎよ」

「いえ、その通りですから……」

「久美さんが助かったのは、偶然なんです。アーサーさんや雪乃さん、敦さんがいてくれなかったら、あなただって無事じゃすまなかったのに、なんで自分ならできるって思ったんですか?その根拠は、自信はどこから出てきたんですか!?」

「……」


 オウカは怒っていた。オウカは中華連合強硬派が襲撃してきた夏越祭で、さゆりと敦が戦っている姿を見た。実戦経験はあの時が初めてだったが、それでも二人が一流と言われる理由がよくわかった。同時に雪乃と久美も、同等の実力者だということも理解できた。その久美の弟である京介は、ある意味では自分と似た境遇だ。だから親近感も沸いたし、興味もあった。だがらこそ、京介が許せなかった。


「久美さんの弟って聞いてたから、仲良くできたらいいなって思ってたのに……。私はあなたみたいな人を、絶対に認めない。お兄ちゃんが目をかけてる人だって聞いてたのに、あなたは久美さんだけじゃなく、お兄ちゃんまで裏切ったんです!」


 自分の感情を抑えることができなかったオウカは、そのまま走り去った。


「オウカちゃん!」


「連れてきたのは失敗だったかな?でもね京介君、オウカが怒るのも当然だよ。確かに巻き込まれはしたけど、逃げられる状況だったんでしょ?」

「はい……」

「新田君だけじゃなく、瞬矢君にまで追い抜かれちゃったから、焦る気持ちはわからないでもないけど、そんな気持ちがある限り、あなたはここまでかもしれないね」


 だがそんな真桜のセリフにも、京介はほとんど無反応だった。


「姉妹そろって、口が悪いんだから。真桜さん、後は私が」

「すいません、お願いします」


 ジャンヌに後を任せた真桜は、オウカの後を追った。


「京介君、私にも弟がいたって知ってる?」


 ジャンヌは京介の隣に座り、話を始めた。京介にとっては予想外の内容だが、ジャンヌの双子の弟のことは知っている。


「え?あ、はい。クリストフ・シュヴァルベさんですよね。確か、魔剣事件の時に受けた傷が原因で亡くなったって……」

「ええ。公式ではそういうことになってるけど、事実は違うの」

「え?」

「ダインスレイフはね、私とクリスが二心融合術で生成した刻印神器よ。そしてクリスは、私が殺したの」

「!?」

「久美さん達も巻き込んでしまったわ。機密事項のはずだから、多分聞いてはいないでしょう?」

「は、はい……。初めて聞きました……」


 2年生は修学旅行先のフランスで、魔剣事件に巻き込まれた。そして生成者達が当事者だったという噂も聞いた。

 だが姉はもちろん、生成者達は何も教えてくれなかった。それも当然のことで、ジャンヌの話を聞き、その理由がよくわかった。確かにこれは話せない。いや、話してはいけないことだ。


「だけどね、そんな私を、あの人達は受け入れてくれた。友人として接してくれた。それだけで、私は救われたわ。だから私は、久美さんはもちろん、真桜さん達にも感謝しているの」

「なんで……俺にそんな話を……?」


 魔剣事件の真相は国家機密であり、外交機密のはずだ。日本とフランスの間で何があったのかはわからないが、二国間だけで済む問題でもない。一介の高校生にすぎない自分に、なぜそんな重大な話をしてくれたのか、京介にはその理由がわからなかった。


「言ったでしょう。私にも弟がいたって。久美さんの気持ちもわかるし、あなたの気持ちも、少しはわかってるつもりよ。それに飛鳥君が目をかけてる術師が、ここで終わるわけないでしょう?」

「飛鳥先輩が……?」

「私もさっき聞いたばかりなんだけど、あなた達に出した課題、あなたが一番最後になるだろうって、予想してたんですって。向上心と上昇志向はあっても、結果だけを求めて経緯を疎かにするあなたは、必ず壁にぶつかる。そしてその壁は、自分自身で乗り越えなければ、術師としてはそこまで。だけどあなたは必ず、その壁を乗り越えるだろうって言ってたわ」

「先輩が……そんなことを……」


 飛鳥がそんなことを考えていたことも、期待されていたことも知らなかった。


「京介君、今回のことは、あなたにとって一つの試練だと思う。それをどう受け止めるかは、あなた次第よ。久美さんがあなたのお姉さんでも、久美さんは久美さん、京介君は京介君なんだから。久美さんが助かったから言えることだけどね」

「はい……。ありがとうございます、ジャンヌさん」

「どういたしまして。さて、それじゃ真桜さん達が待ってるから、私は帰るわね。京介君も気をつけてね」

「はい」


 ジャンヌは立ちあがると、京介に手を振り、真桜やオウカと合流するため、その場を後にした。


「そうだよな。俺は俺、姉ちゃんは姉ちゃんだ」

「水谷」

「佐々木?なんでここに?」


 突然声をかけられて驚いたが、声の主は瞬矢だった。こんな所で会うとは思わなかった。


「真桜先輩に、僕も聞いておくべきだって言われたんだ」

「お前も?そうか、お前の姉ちゃんって」

「うん。三条委員長とさつき先輩の前の風紀委員長だよ。僕の場合は、他にも理由があったみたいだけど」

「そうなのか?」

「さつき先輩のお兄さんが、勇斗の父親なんだ。生まれる前に亡くなったけどね」

「なっ!?」

「その縁もあって、姉さん共々、飛鳥先輩達に修行を見てもらえることになったんだ」

「そうだったのか……」


 瞬矢が源神社に足を運べる理由は、課題を終わらせたこともあるが、それ以上に勇斗のことがあるからだと思っていた。

 だが勇斗の父親が、さつきの兄だということは知らなかった。しかも既に亡くなっているとなれば、飛鳥や真桜はもとより、雅人やさつきが瞳や瞬矢、勇斗のことを気にかけている理由にも納得がいく。


「人の縁って、不思議だよね。ちょっと前までは、こんなことになるとは思ってもいなかったよ」

「それじゃあ、ジャンヌさんの話も?」

「聞いたよ。信じられなかったけど、ジャンヌさん、すごく悲しい目をしてたな……」

「自分の手で、って言ってたからな」

「僕も直接聞いたわけじゃないけど、噂じゃダインスレイフって、生成者の意思を奪っていたらしい。だからジャンヌさんの意思でってわけじゃないと思う」

「そうなのか?初めて聞いたな、そんな噂」

「どちらかと言えば、アングラ系の噂だからね」

「そんなサイトがあるのか。知らなかったな」

「あんまり見るものじゃないよ。でも水谷、何か吹っ切れたって顔してるね」

「一応な。姉ちゃんにはずっと前から言われてたことだし、飛鳥先輩は無言で教えてくれてたし」

「そこにジャンヌさんの話か。重い話だったけど、それが今のジャンヌさんを支えてるんだろうね」


 京介も瞬矢も、姉が生成者という共通点がある。話をしてくれたジャンヌにも、かつて弟がいた。だから自分達を気にかけてくれたのだろうとわかる。


「お、いたいた。京介、って、佐々木もいたのか」

「二宮、新田」


 そこに京介を探していたのか、浩と勝もやってきた。一緒にいた瞬矢に、少し驚いているようにも見える。


「なんだよ。俺を笑いにでも来たってのか?」

「そうしてほしいなら、そうするけど?」

「ちぇっ、浩に言われるとは思わなかったな」

「吹っ切れたって顔してるからね。それで、久美姉の具合はどうなの?」

「元気だよ。入院する必要なんてなかったんじゃないかって思うな」

「さすがは久美姉だな。で、二人して、こんなとこで何やってたんだ?」

「ちょっと話をしてたんだ。僕も水谷も、姉さんが生成者だからね」

「そういえば瞳先輩も生成者だったな。まだ見たことねえけど」

「刻印法具は切り札だからね。本来なら頻繁に見られるものじゃないよ」

「そうだね。だから先輩達は当然、飛鳥先輩や真桜先輩の法具なんて、本来なら僕達が見られるものじゃないんだ」

「それを言ったら、雅人先輩やさつき先輩もだな。そんな人達に刻印術を教えてもらってるんだから、俺達って運が良いよな」

「本当にね。せっかくだし、どこか寄っていかない?」

「お、いいね」

「あれ?新田君じゃない」


 そこにまたしても声をかけられた。少女の声に振り返ると、そこにはまた見知った顔がいた。


「長谷部さん。御崎さんも。なんでここに?」


 少女達の名は御崎みさき 紫苑しおん長谷部はせべ 花鈴かりん琴音ことねの双子の姉妹で、京介は紫苑と花鈴、浩は琴音と同じクラスだ。だが互いが親友同士という関係もあり、何度か話したこともある。


「お買い物の帰りよ。って、水谷君に佐々木君、ついでに二宮君もいたのね」


 どうやら偶然の遭遇だったらしい。三人の少女は買い物袋を提げている。星刻堂の紙袋ということは、刻印具でも購入したのだろう。


「俺はついでかよ!」

「いいじゃない、別に。それより、こんなところで何してるの?」


 ぞんざいな扱いを受けた勝だが、口では勝てないことを久美に叩き込まれているため、口論はあまりしないことにしている。だからといって拳を振り上げても、久美には勝てないが。


「ちょっとな」

「刻印術関係?」

「な、なんでわかったんだ!?」

「水谷君が悩むなんて、それ以外ないでしょ。お姉さんが七師皇から称号貰ったことが、そんなにショックだったの?」

「あれは俺達も驚いたな。久美姉達がすごいのは知ってたけど、まさか七師皇から直接称号貰うなんて、本当にすげえよ」

「風紀委員の生成者全員なんでしょ?同じ風紀委員の新田君には、すごいプレッシャーなんじゃない?」

「うん。夏休み前の事件でも、僕は何の役にも立てなかったからね」


 浩は革命派襲撃事件の際、香奈の手伝いをするだけで精一杯だった。香奈がいなければ、巻き込まれた同級生共々テンペストの結界から脱出することはできなかったと、今でも思っている。香奈に限らず、3年生の風紀委員や2年生の大河と美花は、去年の事件に巻き込まれた経験もあり、下手な術師より高い実力があると聞かされている。


「井上先輩と一ノ瀬先輩でしょ?たった二人で、多くの生成者を倒しちゃったって聞いたけど、本当なの?」

「本当だよ。僕はその時、三剣士にも助けてもらったし」

「それも凄い話よね。でも先輩達が卒業したら、大変なことになりそうな気がするわ」

「一昨年がそうだったらしいよ」

「そうなの?」

「うん。雅人先輩が卒業したから、それまで溜め込んでた恨みとばかりに、暴動事件一歩手前の事態だったって、姉さんが言ってた」

「え?雅人って、ソード・マスター?あの人、うちのOBだったの?」

「そうだよ」

「すごいわね」

「それに姉さんって、佐々木君のお姉さんもうちのOGだったのね」

「僕達も驚いたよ」

「そうなんだ。でもそれってさ、先輩達が卒業したら、暴動が起きるのは確定なんじゃない?」

「起きるだろうな。そのために、雅人先輩は大学を休んだって聞いてるから。先輩達もそうなるだろうけど」

「でもなんで、うちにこれだけ生成者が集中してるのかしら?」

「そう言えば……なんでだろう?」


 未成年、というより、高校生の生成者は、現時点では明星高校の六名だけだ。六名でも多いというのに、全員が同じ学校ということなど、前代未聞だ。そのために卓也が赴任し、四刃王の柴木が鎌倉署の署長になったことは有名だが、集中している理由は見当がつかない。

 全員が首をひねっているが、突然景色が変わった。


「えっ!?」

「な、なに……これ!?」

「これって……まさか、マーキュリー!?」

「A級の無属性惑星型か!なんでこんなとこで!?」

「考えるのは後だよ!今は状況を確認しなきゃ!」


 風紀委員の先輩達に、非常時こそ落ち着いて状況を確認することが大事だと教えられている浩も軽いパニックに陥っているが、だからと言って状況が変わるわけではない。だから必死で冷静になり、状況の確認するために頭をフル回転させた。


「か、確認ったって……どうしろってんだよ!?」

「勝!イーグル・アイを使って!あれならマーキュリーの中でも使えるはずだから!」

「わ、わかった!」

「京介君!これは何なの!?」


 そこに一人の少女が駆け込んできた。驚いたのは京介だけではなく、全員だ。


「オウカ!?なんでここに?」

「さっきは言いすぎたから、謝ろうと思って……」

「わ、可愛い子。水谷君の知り合い?」

「自己紹介は後にして!オウカさん、確か広域防御系って得意だったよね?お願い!」

「う、うん!」


 浩の指示通り、オウカはカーム・キーパーを発動させ、全員を風の障壁で包み込んだ。マーキュリーは無属性だが、熱エネルギーを操る術式でもある。カーム・キーパーとはあまり相性が良くない。だがオウカが発動させたカーム・キーパーは、マーキュリー内という悪条件であるにもかかわらず、全員を守る結界となった。


「す、すごい……!」

「なんて精度なの……」


 紫苑と琴音が、オウカの精度に大きく目を見開いた。


「秋山さん、長谷部さん、広域系か防御系が得意なら、オウカさんをサポートして!」

「それはもちろんだけど……」

「花鈴はどっちも苦手だもんね」

「私と紫苑で何とかするわ」


 紫苑は防御系、琴音は広域系に適性があるが、花鈴はどちらも苦手としており、しかも広域系には適性がない。

 琴音のアース・ウォールは、紫苑のスプリング・ヴェールによって氷の壁となり、カーム・キーパーに干渉することによって周囲に飛び、宙に浮く氷石の塊の間を水が流れ、穏やかな風によって球形の結界へと変わった。


「あ、ありがとう……!」

「これなら、マーキュリーは何とかなる!」

「ってことは長谷部姉と俺達は、浩の指示通りに攻撃か?」

「相手の出方次第だけどね。って、来たよ!」


 発動された術式はスリート・ウェーブとアイアン・ホーンだった。だがオウカ、紫苑、琴音が作りだした積層結界でなんとか防げた。


「くうっ……!」

「これは……キツいわね!」

「オウカさん、だっけ?この子の術じゃなかったら、突破されてたかも!」


 オウカは広域系と防御系、どちらにも適性がある。だがそれでも、自分のカーム・キーパーだけでは無理だと思った。紫苑や琴音と作り上げた積層結界でなければ、防げなかっただろう。オウカは相手が一流の術師、それも生成者ではないかという、考えたくないことを考えてしまい、冷たい汗を流した。


「浩!後ろからも来るぞ!人数は全部で六人。生成者が二人いる!」


 勝がイーグル・アイで確認してくれたため、自分の予感が正しかったことを知ったが、少しも嬉しくはない。


「ふ、二人もいるの!?」

「オウカ、先輩達は!?」

「公園からは出てないはずだけど……!」

「どっちにしても、この結界の中からじゃ、連絡はできないよ。多分気付いてくれると思うから、それまでは時間を稼がないと!」


 オウカもそこに異論はない。真桜やジャンヌならば、マーキュリーの発動にすぐ気付いてくれるはずだ。自分達では無理かもしれないが、真桜やジャンヌなら、たとえ一人でもこの場を切り抜けることができる。オウカはそう信じていた。

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