21・養女
――西暦2097年8月4日(日)PM15:45 鶴岡八幡宮 舞殿――
「お姉ちゃん、こんなとこで舞うの?」
「ええ。今年はいつもより緊張してるけど」
「まあこのメンツじゃな。だけど意気込みも違うだろ?」
「ええ。オウカやジャンヌさんだけじゃなく、勇斗君までいるんだもん。八幡神様には申し訳ないけど、いつもとは気合いが違うよ!」
真桜が夏越の舞を舞うのは、今年で四年目だ。通常、市内の神社の巫女や鶴岡八幡宮の巫女が順に舞うが、真桜は前世論で言われているように、まるで静御前が乗り移ったかのように美しく舞う。神事でもあるため、失敗は好ましくないが、人間がやることなので、細かなミスが起こることは避けられない。
鶴岡八幡宮に祀られている祭神は応神天皇、比売神、神宮皇后の三柱であり、源氏とは特に縁の深い神社でもある。去年までも懸命に舞っていたが、今年はオウカ、ジャンヌ、瞳、そして勇斗が見ている。八幡神様には失礼だが、今日は今までとは気合いが違う。
「失礼します」
「真桜ちゃん、調子はどう?」
そこに雪乃とアーサーがやってきた。アーサーは夏越の舞を見ることも目的の一つとしていたのだから、今日ここに来るのは当然のことだ。
「あ、雪乃先輩、アーサーさん」
「あー、あー」
瞳に抱かれた勇斗は、アーサーと雪乃がわかるのか、喜色混じりの声を上げた。
「こんにちわ、勇斗君」
「アーサーさん、すごく懐かれてますよね」
「そうなんですよね。あまり子供に懐かれた記憶はないんですが……」
初めて会った時から、何故かアーサーは勇斗に懐かれていた。アーサーは子供好きだが、あまり懐かれない。オーストラリアでは大学に通うかたわら、近くの子供達に刻印術の手ほどきもしていたが、それでも怖がられている。大人達から見れば柔和な好青年なのだが、子供達にはそうは見えないらしい。
「元気いい子ですよね。聞いた時は驚きましたけど」
「ええ。毎日大変よ。好奇心旺盛だし、思ったより力も強くて、いちど握ったおもちゃは離さないし」
「すごいですね。確か四ヶ月でしたっけ?」
「ええ。お医者さんの話じゃ、ここまで元気な子って珍しいんですって」
初めて勇斗を紹介された時、雪乃はひっくり返りそうになった。さつきの兄 勇輝とは、去年の夏越祭で初めて会ったが、それからわずか二週間足らずで、勇輝はこの世を去った。そのわずかな時間で、雪乃を含めた3年生は何度か手合わせをしてもらったが、3年生全員でかかっても、まったく歯が立たなかった。ワイズ・オペレーターを生成する前だったとはいえ、雪乃の防御系術式でも勇輝の術式を防ぐことができなかった。
その時に抱いた印象は、勇輝の術式精度は飛鳥や真桜だけではなく、雅人すら凌ぐと感じた。飛鳥や真桜も、刻印法具を生成しなければ勇輝には勝てないと言っていた。
あれから間もなく1年。雪乃はワイズ・オペレーターを生成し、刻印術の腕も上がったが、それでもまだ、勇輝には及ばないと感じている。
「俺としては、大河と美花が知ってたことが納得できないけどな」
大河と美花は、勇斗が勇輝と瞳の子だということを知っていた。さつきや雅人でさえ知らなかったというのにだ。
「説明しただろ。神槍事件後に勇輝さんの墓参りに行った時、偶然会っただけだって。俺も驚いたが、美花の方がショックだったみたいだぞ」
「美花、勇輝さんのこと、好きだったもんね」
「失恋しちゃったけどね。瞳さんと付き合ってるって言われて、丁重に断られたわ」
「そうだったの?知らなかったわ」
久美は勇輝に会ったことがない。だから美花が誰かに恋しているような気がしていたが、その相手がさつきの兄だったとは思わなかった。
「真桜にしか話したことないもの。大河君は勘が鋭いから、気付いてたみたいだけど」
「長い付き合いだからな。むしろ気付かなかった飛鳥がおかしいぞ」
「それは言えるわね」
「それを言うなら、雅人先輩もね。一流の男性術師が恋愛に疎いっていう噂、本当みたいね」
飛鳥は美花が勇輝に恋していたことを、今日まで知らなかった。おそらく雅人もそうだろう。
「ミシェルさんやアーサーさんも鈍いわよね」
「僕もですか?」
自分の名前を出されたアーサーも、あまりいい気はしない。
「今も身近で、恋愛関係に発展するかもしれない人がいるって、気付いてます?」
「え?そんな人がいるんですか?」
「やっぱり。飛鳥君は?」
「誰だよ、それ?」
「これだもん。大河は気付いてるわよね?」
「あの人達だろ。っていうか、付き合ってるんじゃないのか?」
「ほらね」
「まあ……そういうこともあるでしょうね」
一流の男性術師が恋愛関係に疎いという噂は、ストレートに言ってしまえば、感情の機微に鈍いということだ。一流の術師ほど喜怒哀楽を制御するし、機微には敏感だ。感情は実戦ではプラスにもマイナスにもなりえる。それを見抜けないようでは、命を落とすことも珍しくはない。それが鈍いと言われるなど、プライドを激しく傷つける。
だが悲しいかな、飛鳥もアーサーも、そんな人達が身近にいることを、今日まで気付きもしなかった。
「失礼します。真桜さん、そろそろ時間ですよ」
そこに八幡宮の職員がやってきた。どうやら時間のようだ。
「わかりました。よろしくお願いします」
「こちらこそ。ダグラスさん、宮司から、6時半頃までお待ちいただきたい、と言伝があります。よろしいですか?」
「わかりました。どちらへ伺えばよろしいでしょうか?」
「ここです。静御前のことでしたら、やはり舞殿がいいだろうということですから」
「わかりました。それでは舞を拝見させていただいた後は、境内を見学させていただいてもよろしいでしょうか?」
「もちろんです。ごゆっくりとご観覧ください」
「ありがとうございます」
「それでは真桜さん、お願いしますね」
「はい!いってきます!」
勇斗の笑顔を見た真桜は、新たに気合いを入れなおし、元気よく舞殿へ向かった。
――PM19:02 鶴岡八幡宮 社務所――
「今年は無事に終わりそうだな」
「去年みたいなことがそうそうあっちゃ、たまったもんじゃないわよ」
去年のような騒ぎもなく、夏越の舞も無事に奉納した真桜は、巫女服のまま社務所に来ていた。そこには既に、風紀委員の先輩達も集まってくれていた。
「私、ここにいてもいいんですか?」
ジャンヌも招かれたが、さすがに場違い感があるようで、さっきから緊張しっぱなしだ。
「いいんですよ。身内なんですから」
「そうですよ。オウカ、どうだった?」
「すっごく綺麗でした!」
対してオウカは真桜の妹なのだから、完全に身内だ。あまり緊張しているようには見えない。それはニアも同様で、学生時代にはここで許諾試験を何度も受けた。
「ありがとう」
「そういえば、アーサーさんってどうしたの?」
「宮司さんと会ってるはずだ」
「真面目ねぇ。目的の一つだから、当然だけど」
「ところでニアさん、いつ帰国されるんですか?」
「明日よ。帰国したら、嫌みの一つや二つは覚悟しなきゃだけどね」
「普段こき使われてるんだから、たまに長期休暇をとるぐらい、いいと思いますけどね」
「勇斗君は……寝ちゃってますね。やっぱり、まだ早かったのかな」
「そうかもしれないわね。あ、ごめんなさい、電話だわ」
瞳の端末が振動した。端末を見ると、弟からの電話だった。勇斗を起こさないようにマナー・モードにしていた瞳だが、発信者を確認すると、通話機能をオンにした。
「もしもし、瞬矢?どうかしたの?え、お父さんが?わかった、すぐ行くわ。ごめんなさい、席を外しますね」
「はい。お気をつけて」
どうやら父が呼んでいるらしい。瞳は勇斗を起こさないように抱き直し、少し慌ただしく社務所を出ていった。
「あれ?お兄ちゃんは?」
同時に飛鳥の姿も見えなくなっていた。さっきまで真桜の隣にいたはずなのに、いつの間に消えたのだろうか。
「護衛よ。去年、ここで騒動があったから、念のためについていったんでしょうね」
答えたのはさつきだった。本当は自分が行くつもりだったが、飛鳥の方がドアに近く、一足先に準備をしていたため、遅れをとってしまった形だ。少し不覚だが、護衛する相手が瞳でなければ、すぐに後を追っていただろう。
「護衛って、瞳さんのですか?真桜さん、いいの?」
「いいもなにも、瞳さんや勇斗君に何かあったら、勇輝さんに何て言えばいいかわかりませんよ。それに私は、これから着替えるわけだし」
「どっちにしても、部屋には入れないものね。飛鳥もそれをわかってるから、こっそりついていったのよ」
さつきは瞳の実力をよく知っている。世間の評価が低いだけで、連盟では瞳の実力は同世代では上位に位置付けている。実戦経験もあるため、少々のことなら切り抜けられる。
だが今は無理だ。瞳は必ず、自分の命より勇斗の命を優先する。さつきも、自分の命よりも飛鳥や真桜を優先する。だからわかる。万が一の可能性だが、去年のような事態に遭遇しないとも限らない。USKIA……いや、アイザック・ウィリアムのことがある以上、最低限の警戒は必要だ。
飛鳥も真桜も、そしてジャンヌも、そのことを十分理解している。非公開の神器生成者である自分達がターゲットになっている以上、自分達に関わる人達を守ることは最低限。だから飛鳥は、瞳の護衛についていた。
――PM19:23 鶴岡八幡宮 境内――
「瞬矢、お父さんは?」
境内の一角で、瞳は弟の瞬矢、母の未来と合流していた。だが父の姿がない。
「立花さんと会ってる。もうすぐ来ると思うよ」
「そう。やっぱり、まだ怒ってるの?」
「怒ってはいないよ。ただ、寂しそうだったな」
瞳は立花家の養女になるという話を、世界刻印術総会談が終わると同時に持ちかけた。当然、父は猛反対した。だが瞳は、父を説得した。そして先日、正式に手続きを終え、立花 瞳となった。
「結婚して家を出たわけじゃないものね。でも瞳、私はあなたの考えが間違っていたとは思わないわ」
「お母さん、ありがとう」
母の言葉は、瞳にとって、とてもありがたいものだ。勇斗を産むと決断し、立花の養子にまでなったというのに、変わらず接してくれることも嬉しい。
だが突然、瞳が動かなくなった。
「姉さん?どうか……って、なんだ、これは!?」
「ブルー・コフィンとシャドー・バインドの積層術!?瞬矢!離れなさい!」
「で、でも……!」
瞳は抱いている勇斗と共に、氷りついてしまった。だがその氷は、すぐに空気へと還元された。
「え……?」
「大丈夫ですか?」
「え、ええ……」
「良かった、勇斗も無事か」
ブルー・コフィンとシャドー・バインドの積層術を破ったのは飛鳥だった。必要ないだろうと思っていたが、万が一去年のようなことがあってはいけないと思い、トランス・イリュージョンで身を隠しながら、瞳の後ろを歩いていた。だがいきなり、ブルー・コフィンとシャドー・バインドの積層術が発動するとは思ってもいなかった。瞳はもちろん、勇斗も無事だと確認した飛鳥は、安堵の溜息を吐いた。
「み、三上……先輩?」
「佐々木?お前が瞳さんの弟だったのか?っと、話は後だ」
飛鳥は瞬矢のことを知っている。1学期の期末試験で学年総合12位、刻印術の筆記は学年2位、実技は5位という好成績の風紀委員新任候補。京介や勝を除けば、最有力候補だ。
だが今はそれどころではない。飛鳥は発動させていたニブルヘイムの強度を上げ、ドルフィン・アイで確認した敵対者へ集中させた。
「ニ、ニブルヘイム!?いつの間に……!」
だが瞬矢は、いつニブルヘイムが発動したのか、まったくわからなかった。
「私が襲われた瞬間からよ。お母さん、勇斗をお願い」
だが瞳は、氷りつきながらも、ニブルヘイムの発動を確認していたようだ。
「それはいいけど、無理するんじゃないわよ?」
「大丈夫、飛鳥君がいてくれるから。私は援護をするだけよ」
勇斗を母に託すと、瞳は羽衣状装飾型刻印法具ネレイド・フェザーを生成した。
「やっぱり生成できたんですね。さっきの積層術を見て、なんとなくそう思いましたが」
瞳も勇斗も、一瞬だったとはいえ、完全に氷りついた。瞳ほどの術師ならば耐えられるだろうが、生後間もない勇斗が耐えられるはずはない。だが勇斗は、何事もなかったかのように眠り続けている。これだけの騒ぎでも起きないとは、どうやら父親に似て図太い神経をしているようだ。
「勇斗を抱く時は、必ずネレイド・フェザーで包むようにしているの。夏の暑さも緩和できるし、急な雨でも濡れなくてすむのよ」
「なるほど。さっきの積層術も、その法具で防いでいたんですね」
「ええ。それよりありがとう。助けてくれて」
「俺達からすれば、当然のことですよ。それより、敵は俺が相手をします。瞳さんはお母さんや弟さんを守ってください」
状況はわからないが、瞳や勇斗を狙った以上、飛鳥にとっては完全なる敵だ。許す理由もないし、逃がすつもりもない。
「わかったわ。お母さん、瞬矢。私から離れないでね」
「ええ」
「わ、わかった!」
瞳は勇斗を産むことを心から願い、その想いでネレイド・フェザーを生成発動させた。だから家族、特に父が折れ、勇斗を産むことができた。立花家の養女にもなった。
だがまだ、S級術式は開発していない。妊娠中に開発など、自殺行為以外の何物でもなく、勇斗が生まれてからは、子育てでそれどころではない。構想がないわけではないが、今は考えないようにしている。したことといえば、ネレイド・フェザーの特性をつかむことだけだ。
その瞳はスプリング・ヴェールを発動させ、ミスト・アルケミストとクレイ・フォールを重ね、積層結界を作りながら、母と弟、愛息子を守っている。
「さすが元風紀委員長。見事な積層術ですね」
「雅人先輩やさつきちゃん程じゃないわよ」
「いえ、けっこうな強度ですよ。ほら」
飛鳥の言葉を証明するように、積層結界へ多数の術式が着弾した。だが結界はビクともしていない。
「証明のために攻撃させないでくれる?勇斗だっているんだから」
「なら、やりすぎるわけにはいきませんね」
飛鳥の手にはカウントレスが握られている。ミスト・リベリオンを発動させ敵を無力化させると、発動させていたニブルヘイムで氷像を作り上げた。勇斗がいなかったとしても、瞳と瞬矢を気づかったつもりだ。命までは奪っていないのが、その証拠だ。
だが瞬矢は、腰を抜かさんばかりの勢いだ。明星高校最強の生成者として、飛鳥のことは知っている。だが襲ってきた敵は、術式の精度から見ても一流に間違いない。その術師を苦も無く制圧するなど、自分とはあまりにも次元が違いすぎる。
「とりあえず、ニブルヘイム内は掃討完了です」
「ありがとう、飛鳥君」
「お礼を言われるようなことじゃありませんよ。それじゃ、解除します」
飛鳥はニブルヘイムの外の状況をドルフィン・アイで確認し、安全を確認してから解除した。するとこちらに駆け寄ってくる三人の男が目に入った。
「瞳さん!大丈夫か!」
「はい。飛鳥君に助けてもらいましたから」
一人は雅人、もう一人はさつきの父 克樹だった。となればもう一人も、おのずと誰だか予想がつく。
「伯父さんも来てたんですね。じゃあ、こちらの方が?」
「ああ。佐々木 光矢さんだ」
「飛鳥?もしかして君が三上代表の息子……パラディン・プリンスなのか?」
「その名前、もうご存知なんですね。初めまして、三上飛鳥です」
「と、父さん……そのパラディン・プリンスって、何?」
まだ公表されていないはずの飛鳥の称号を知っているということは、光矢は連盟議会の議員か、連盟の関係者なのだろう。
「明星高校の生成者が、総会談に出席したことは知っているだろう?その際彼らは、七師皇からそれぞれが称号を賜った。三上君もその一人だ」
「七師皇から!?先輩達……そんなすごかったんですか!?」
「今の戦いを見れば、それは納得できるわ。私や瞳だけじゃ、多分どうしようもなかったでしょうからね」
「勇斗もいたものね。お母さん、勇斗は?」
「寝てるわ。今の騒ぎでも起きないなんて、大した子ね」
「さすが勇輝さんの子だ。いい根性してるな」
「君は勇輝君を知っているのか?」
「飛鳥と勇輝は従兄なんです。去年のこともあったから、飛鳥は瞳さんの護衛をしていたんでしょう」
「勇斗は俺達にとっても、大切な忘れ形見ですから、守るのは当たり前のことです。もちろん、瞳さんも。母を失う辛さは……よく知ってますから……」
「飛鳥……」
飛鳥は実の母 優美を、過激派のテロによって殺された。既に父のいない勇斗から、母まで失うようなことがあってはならない。しかもテロの標的にされてなどは論外だ。雅人も同じことを思っている。その証拠に戦闘態勢は維持したままで、刻印法具を鞘に納めただけだ。
「そうか……。ありがとう、三上君。立花さん、久世君。私は今でも、勇輝君のことを許せない」
「お父さん!」
「だが、彼がどんな人間だったのか、三上君を見てわかったつもりです。瞳を、よろしくお願いします」
克樹にむかい、光矢が深々と頭を下げた。
「佐々木さん……ありがとうございます」
それに応えるように、克樹も返礼した。
「雅人さん、もしかして、伯父さん達も狙われたんですか?」
「狙われたというより、無差別攻撃に巻き込まれた感じだな」
雅人は克樹とともに、光矢に会っていた。そこを襲撃されたのだが、狙われたのは三人ではなく、境内にいた参拝客だった。すぐさま雅人はジュピターとサラマンダー・アイを発動させ動きを封じると、氷焔合一で襲撃者を焼き尽くした。同時に近くで飛鳥がニブルヘイムを発動させていることを知り、急いで駆け付けたわけだ。
「じゃあ他の場所も?」
「まだ確認してないが、おそらくな。そして襲撃者は……」
「ええ……。いつ日本に侵入したんでしょうか?」
飛鳥も雅人も、襲撃者の姿を確認している。予想外ではあったが、想定外だったわけではない。相手は日本を敵視しているのだから、無差別攻撃に躊躇などないだろう。
「さすがにわからないな。だが軍としても連盟としても、見過ごすことはできない。連中のこともある。しばらくは厳戒態勢が続くことになるだろう。瞳さん」
「は、はい?」
「まだS級の開発はできてないだろう?」
「はい。そんなことをする余裕はありませんでしたから」
「なら源神社で開発をすればどうだろうか?お義父さんも源神社の安全性は、よくご存知だ」
「それはいい。あそこならば飛鳥や真桜ちゃんはもちろん、雅人君やさつきもよく顔を出す」
克樹は刻印法具を生成することはできない。だが立花家と三上家は古くからの付き合いだし、妻である愛美の妹 優美が一斗と結婚した縁もある。だから当然、源神社のことはよく知っている。
「え?いいんですか?」
「瞳さんさえよければ、ぜひ。伯父さんには悪いけど、多分立花の家で子育てするより安全だと思いますよ」
「言うな、飛鳥。なら時々、抜き打ちで確認に行かせてもらうぞ?」
「望むところですよ」
瞳としても、雅人の申し出はありがたい。S級の開発をするにしても、勇斗を側に置くわけにはいかない。一流の生成者であっても、事故で命を落とすことがあるのだから、生後間もない勇斗が容易に命を落とすことは、想像するまでもないことだ。
だが源神社ならば、鍛練場で開発に集中できるし、その間勇斗は、後輩達が面倒を見てくれる。しかも開発に協力してくれるのは名のある一流の術師達だ。開発中の話を聞くこともできるし、万が一開発中の術式が暴走しても、勇斗に被害が及ぶことはない。
「ありがとう、飛鳥君。それなら迷惑ついでだけど、瞬矢もいいかしら?」
「ぼ、僕も?」
「せっかくじゃない。一流の術師に鍛えてもらうチャンスなんて、滅多にないわよ」
「もちろんです」
こちらも断る理由はない。むしろこちらから提案しようと思っていたことだ。
「ん?真桜からか。すいません、ちょっと失礼します」
「ああ」
そこに真桜から連絡が入った。おそらく真桜達も、襲撃者を撃退していたのだろう。
「もしもし、どうかしたのか?」
「飛鳥、瞳さんと勇斗君は大丈夫だった?」
予想通りだった。瞳と勇斗が気になるのも、当然だろう。
「ああ、無事だ。そっちはどうだ?」
「みんな手伝ってくれたから、怪我人もでなかったし、境内に被害もなかったよ。それでその襲ってきた人達なんだけど、ニアさんに心当たりがあるみたいなの」
「ニアさんに?あの連中だってことは俺も雅人さんも予想してたけど、確定なのか?」
「確定だよ」
「やっぱりか。今どこだ?」
「社務所よ。みんなも戻ってきてくれてるし」
「わかった、すぐに戻る。瞳さんも一緒でいいか?」
「もちろんよ。気をつけて来てね」
「ああ」
「飛鳥、真桜ちゃんは何だって?」
真桜との通信を切ると、雅人が訪ねてきた。
「確定しました。ニアさんが確保してくれているそうです」
「わかった。場所は?」
「社務所です。俺達も戻ることになりました」
「私も?」
「はい。その方が安全だと思いますから。伯父さんも来ますか?」
「遠慮しておこう。私は佐々木さんを護衛しながら帰ることにするよ」
克樹は法具生成こそできないが、下手な生成者を凌ぐ力量を持つ。対して光矢は、刻印術師ではない。この辺りの事情は一ノ瀬家と同様だが、佐々木家は神職の家系ではない。
「瞬矢、あなたは瞳と一緒に行きなさい」
刻印術師である未来は、同時に看護師でもある。職業柄医療系術式は自然と習熟するが、他の術式、特に攻撃系は機会そのものがない。幸いにも瞳は優秀な術師に育ってくれたが、今のままでは近いうちに限界を迎えるだろう。瞬矢にいたっては、優秀な姉が、さらに優秀な術師に打ちのめされた姿を何度も見ていたため、自信を持つことができなくなっていた。
だがせっかく一流の術師が申し出てくれているのだから、好意に甘えさせてもらいたい。それが瞳や瞬矢のためになるし、何より勇斗のためにもなる。未来にはそう思えた。
「わ、わかった」
「それではお義父さん、佐々木さん、失礼します」
「ああ。気をつけてな」
「瞳と瞬矢を、よろしく頼みます」
「はい!」




