20・忘れ形見
――西暦2097年8月2日(金)AM11:20 鎌倉霊園――
「広い……。これが全部お墓……」
「前にも増して、広くなってるわね」
飛鳥、真桜、オウカ、ニアは鎌倉霊園に来ていた。
「そのくせ管理所は、百年前と変わってないらしいんだけどね」
鎌倉霊園は日本有数の規模を誇る霊園であり、150年近い歴史を持つ。三つの山を造形した敷地は、車での移動が前提であり、園内を巡回している定期バスもある。だがその広大さに反して、管理所はさほど大きくない。設置型刻印コンピューターによって管理されているため、大きくする必要がないという理由もある。
「お母さん。お父さんも」
飛鳥が愛車を駐車場に止めると、隣に一斗の愛車が止められた。この時代、自家用車は生活型刻印具に分類されている。免許は必要だが、16歳以上になれば試験を受けることができるようになっている。
その自家用車にはフライ・ウインドが刻印化されているため、タイヤがなくなっており、障害物や歩道に乗り上げたりしないよう、最大で地上30cmの高さまで浮かび上がりながら走行する。この時代にも出会いがしらの接触事故や、子供の飛び出しによる交通事故はあるが、ガスト・ブラインドも刻印化されているため、死亡事故につながるような大きな事故は減っている。だが飲酒や薬物、不正術式による運転は犯罪であり、最悪の場合は殺人罪が適用される。
戦後、刻印術が歴史の表舞台に出てきてからというもの、未成年の犯罪は凶悪化を辿った。少年法ではどれだけの罪を犯しても、無期懲役が最高であり、それも数年で出所できる。さらに刻印具が実用化されてからは、脱獄も当たり前になり、三年前、ついに少年法そのものが撤廃されてしまった。未成年ということで、氏名の公表だけは禁じているが、粛清された術師や死刑を執行された未成年の名は公開されている。
「親父、今年は来れたのか」
「なんとかな。優美や怜治の墓参りもロクにできておらんばかりか、あの子の墓には一度も行けてない。こんな機会でもなければ、一周忌すら逃していたかもしれん」
「飛鳥、お供えは買ってあるの?」
「一応。いつも通りのものしか用意してないけど」
「それでいいわ。行きましょう」
三上、立花、久世三家は、昔から付き合いのある刻印術師の家系でもあるため、広大な鎌倉霊園の敷地内であっても、三家並ぶように代々の墓が建てられている。だが真桜とオウカの父 久住怜治は刻印術師ではなく、一斗や菜穂とは高校に進学してから知り合った。そして偶然なのか、それとも必然なのか、久住家の墓は三上家の敷地隣に建っていた。
「ここに、パパが……」
怜治が眠っている墓は、菜穂が送った画像によって何度も見ている。だが実際に訪れたのは初めてだ。画像では実感がなかったが、こうして訪れると、改めて父がこの世にいないことを実感してしまう。
「ええ。先祖代々のお墓だから、お父さんだけじゃないけどね」
「こっちが三上家の……優美のお墓なのね」
飛鳥の母 優美は一斗達と同じ高校の一つ下の後輩になる。ニアが知っているのも当然だ。
「そうです。隣が久世家、その隣が立花家です」
「え?先祖代々のお墓なのに、なんで隣同士なんですか?」
「三上、久世、立花三家は昔からの付き合いなの。だからこの霊園ができてすぐに、三家並ぶようにお墓を立てたって聞いてるわ」
「久住家は完全な偶然よ。私も結婚してから知って、驚いたわ」
「でも思ってたより綺麗ね。四家ともちゃんと手入れされてるなんて」
「それは飛鳥、真桜、雅人君、さつき君、そして勇輝君のせいだろう。我々にとって、五人は我が子同然だからな」
「勇輝?」
「立花勇輝。さつきちゃんのお兄さんよ。そこに眠っているわ」
「えっ!?」
「勇輝さんは俺達の兄さんってだけじゃなく、大河や美花、先輩達の師匠でもあったんだ。だからみんな、よく来てくれてる」
「だから手入れが行き届いてるのね。あら?それじゃあこれは何なの?」
「これ?なんだろう?ハンカチ、じゃないわよね?」
「これ、赤ちゃんのよだれかけじゃない。なんでこんなところにあるのかしら?」
答えたのは菜穂だった。だがそんなものが立花家の墓前にある理由がわからない。
「一斗、菜穂。来てくれたのか」
「ご無沙汰しています、義兄さん」
「お久しぶりです」
「聞いてはいたが、ニアさんも来てくれたのか」
「はい。やっと来ることができました」
姿を見せたのは立花 克樹だった。一斗のセリフからもわかるように、さつきの父であり、飛鳥にとっては伯父にあたる。
「伯父さん、丁度良かった。このよだれかけ、何なんですか?」
「こんなところにあったのか。どこでなくしたのかと思っていたが、見つかって良かった。ところでさつきと雅人君は?」
「もうそろそろ来ると思いますけど」
「どういうことなんですか?」
「そろそろ来る……ああ、来たようだ」
「愛美伯母さん?あれ?誰か一緒にいる?」
「あの人、どこかで見たような……」
「久しぶりね、飛鳥、真桜ちゃん。一斗君と菜穂さんも」
「ええ、お久しぶりです、愛美さん」
やってきたのはさつきの母 立花 愛美と、赤ん坊を抱いている女性だった。愛美は優美の姉でもある。違う高校に通っていたため、優美と知り合ってから紹介された。その時には既に克樹と付き合っており、かなり驚いたのを覚えている。
だがそれより気になるのは、愛美とともにやってきた女性だ。
「君は……佐々木瞳君か」
「お久しぶりです、三上代表」
一斗の一言で、飛鳥も真桜も、この女性が誰か思い出した。佐々木 瞳はさつきの前任、雅人の後任の風紀委員長だ。さつきや先輩達から、何度も話を聞かされている。
「結婚したの?って、そんなわけないわよね。愛美さん、どういうことなんですか?」
菜穂も事情を知らないようだ。佐々木家は刻印術師の家系だが、一術師の同行を気にする余裕は、代表とその補佐である一斗にも菜穂にもない。だが立花家が絡んでいるならば、話は別だ。
「私達も驚いたけど、この子は私達の孫なの。勇輝が遺してくれたのよ」
「ゆ、勇輝さんが!?」
予想外のセリフに、三上家全員が目を丸くして驚いた。
「お待たせ。って、父さん、母さん、来てたの?」
そこにタイミングよく、さつきと雅人がやってきた。
「待っていたぞ、さつき、雅人君」
「お義父さん、お義母さん、どういうことなんですか?」
雅人も意味がわからない。待っていたと言われても、特に用はなかったはずだ。
「お久しぶりです、雅人先輩」
「佐々木?」
だからなのか、挨拶されるまで瞳の存在に気付けなかった。
「瞳さん、お久しぶりです。って、なんでここに?」
「もちろんお墓参りよ。やっとこの子を連れ出せるようになったから、先日お二人と一緒に来たのよ」
「この子?先輩、結婚されたんですか?」
「いいえ、結婚はしていないわ」
「この子は勇輝と瞳さんの子供なの。だから勇輝に会いに来てくれたのよ」
愛美の説明に、雅人とさつきもかなり驚いた。おそらく、今年最大の驚きだろう。
「に、兄さんの!?」
「ほ、本当なのか!?」
「はい。確かにお付き合いしていた期間は短いですけど、この子は……勇斗は間違いなく、私と勇輝さんの子です。立花のお家にも、随分と助けていただきました」
「本来なら責任を取らせるところだが、彼女の妊娠が発覚したのは勇輝が死んだ後だからな」
「勇輝の葬儀の日、瞳さんも来てくれていたんだけど、体調を崩してしまってね。だから葬儀が終わってから私が病院に連れて行ったんだけど、そこで妊娠していることがわかったの」
「じゃあ父さんも母さんも、そこで兄さんの子だってわかってたの!?」
「最初は半信半疑だったが、瞳さんの話を聞けば、それ以外には考えられなかった。我々としては、堕ろしてもらっても構わなかったんだが……」
「私はどうしても産みたかったの。勇輝さんの遺してくれたこの子を堕ろすなんて、考えられなかったわ」
「だからお父さんが、瞳さんのご実家にご挨拶と謝罪に伺ったの」
「じゃあ……瞳さんが大学を辞めたのは!」
「勇斗を育てるためよ。本当ならもっと早く教えるつもりだったんだけど……」
「神槍事件、魔剣事件、そして総会談と、忙しい時期だったからな」
「遅くなって、本当にごめんなさい」
「と、とんでもない!それはこっちのセリフですよ!」
夢にも思わなかった事態だが、確かにここ数ヶ月はかなり忙しかった。今も同様だが、無事に総会談が終わったこともあり、ようやく一息つけたところだ。
「それからもう一つ、謝らなきゃならないことがあるの」
「もう一つ?」
「ええ。実は私、立花家の養女になったの。お父さんとお母さんも許してくれたし、うちは弟が継げるから」
「養女!?」
「つまりそれは……さつきの姉になった、ということか?」
「はい。もちろん佐々木の家にも顔を出しますけど、今日からは立花の家に住むことになりました」
「きゅ、急展開過ぎる……」
飛鳥も真桜も、あまりの展開にもはや言葉が出ない。
「オウカのことも驚いたけど……」
「こっちはさらに驚いた……。こんなこと、あるのか?」
「あるも何も、現実が目の前にあるんだから、受け入れないとでしょ。克樹さん、愛美さん、瞳さん。おめでとうございます、でいいのかしら?」
「ありがとう。正直、こんな形で孫を育てることになるとは、思ってもいなかったがな」
「でもこれは、ニアさんのおかげなのよ」
「私の?」
「ええ。ニアさん、怜治君のことを忘れられなくて、それなのに無理矢理結婚させられるところだったから、菜穂さんを説得して、その結果オウカちゃんを授かったでしょう。瞳さんも同じで、勇輝を忘れられなかった。だから勇斗を授かり、産んでくれたの」
「立花は私で途絶えると覚悟していたが、養女の話も瞳さんが持ちかけてくれたものだ。そして今日、正式に養女として迎えることで、勇斗という思ってもいなかった跡取りを迎えることまでできた」
「私が立花家の養女になろうと思ったのは、グリツィーニアさんのお話を聞いたからです。そうじゃなかったら、多分考え付かなかったと思います」
「私も必死でしたから」
「それにしても勇輝の奴……まさか子供を遺していたとはな。結婚もせずに逝くとは、無責任な奴だ」
「本当ですよね。でも……」
「なんか、嬉しいですよ。だって勇輝さんが亡くなったのって……私達のせいなんですから……」
真桜の目に、うっすらと涙が浮かんでいる。あの日からもうじき一年が経つ。だが勇輝の最期の姿を忘れたことはない。
「それは違うぞ、真桜ちゃん。勇輝は自分の意思で戦い、そして死んだんだ。だからもう、自分を責めないでくれ。勇輝も、それを望んでいない」
「むしろ生きてたら、瞳さんや勇斗のことで目を白黒させていたでしょうね」
「あいつならありそうですね」
茶化すような愛美のセリフに、笑い声が響いた。オウカは事情を知らないが、それでもさつきの兄がどんな人だったのか、少しだけわかった気がした。




