19・決意
――西暦2097年8月1日(木)PM15:38 鎌倉 源神社 鳥居前――
「なんとか無事に帰ってこれたか」
翌日、飛鳥達は無事に源神社へ帰ってきた。だが帰ってきたのは、飛鳥達だけではない。
「ここに来るのも久しぶりね」
七師皇の一人にして、かつてこの国で学生時代を過ごしたニアと、その娘であり、真桜の異母妹でもあるオウカもついてきている。おかげで帰りの道中、周囲こそ騒いでいたが、近寄ってくる者もおらず、予想していたより静かに過ごせた気がする。
「そういえばお父さんが、泊まったこともあるって言ってましたね」
「学生時代はよくここに泊まり込んで、刻印術の修練や試験勉強をやっていたわ。神社の仕事を手伝ったことも、何回かあるわよ」
「そこだけ聞くと、私達とあんまり変わらないんですね」
「学生時代はその方がいいわ」
「こんなところで立ち話もなんですし、境内に入りましょうか」
「そうね。先輩達にも挨拶しなきゃいけないし」
「あ、私は鶴岡八幡宮に連絡入れなきゃだった」
真桜は今年も、夏越の舞を舞う。だが本来ならば準備に追われているこの時期、今年は総会談へ出席していたため、ほとんど顔を出せていなかった。
「先輩達、腰抜かさなきゃいいけどな」
だがそちらはあまり心配ないだろう。三剣士どころか、七師皇までやってきてしまったというこの現状を、留守を預かってくれた親友や先輩達が受け入れてくれるかどうかのほうが心配だ。
「多分大丈夫だと思うけど……」
さゆりの言葉にも、いつもの歯切れの良さがない。世界刻印術総会談に出席したのは、当然だが今年が初めてだ。
だがその数日で、去年にも匹敵するような信じられない事実が、いくつも発覚した。正直、今も状況を整理できていない。上手く説明できる自信もない。
「なに?」
そう思ったのはさゆりだけではなく、雪乃や久美もだ。ニアに目を向けてしまったのは、ほとんど無意識の行動だった。
「いえ、なんでもありません」
――PM15:41 鎌倉 源神社 境内――
「懐かしいわ、この雰囲気。帰ってきたって気がするわ」
「ロシア人なのにですか?」
「10年近く日本に住んでたし、その間よく一緒に行動してたのが、一斗や菜穂達だもの」
「それはあるかもしれませんね」
ニアは学生時代、よくここへ足を運んだ。だから神社が神域であり、おいそれと外観を変えないことも知っている。16年振りに見る源神社だが、外観も雰囲気も、何一つ変わっていないように感じられた。
「ところでオウカ、どう?」
「ここが源神社……。私、これからここで……」
オウカにも神聖な雰囲気は感じ取れたようだ。だが何かを呟いたように聞こえたが、それはよく聞き取れなかった。
「ん?なんだって?」
「おう、帰ってきたか」
「安西先輩、戸波先輩。ただ今戻りました」
そこに現れたのは安西と戸波だった。手に箒を持っているところを見るに、掃除をするところだったのだろう。
「留守中、ありがとうございました」
「気にするな。バイトさせてもらってるんだから、当然だろ」
「待て、戸波!そこにいるのって……まさか!?」
「やっぱり気付きますよね」
「当たり前だ!!七師皇のグリツィーニア・グロムスカヤが、なんでこんなとこに来るんだよ!?」
「何と言いますか……」
「神戸で衝撃の事実が、いくつも発覚しまして……」
「な、なんだ……その衝撃の事実ってのは……」
安西も戸波も、完全に腰が引けてしまっている。
「落ち着け、二人とも。他の連中は?」
「え?あ、はい。今日帰ってくると聞きましたから、全員来ています」
「新田もですか?」
「いや、あいつは親戚の家に行っている」
偶然ではあるが、浩は今日から夏越祭前日まで、茨城県の親戚宅へ行っている。そのことは事前に知らされていたから、飛鳥達と入れ違いになる可能性はわかっていたことでもある。
「浩には悪いけど、丁度良かったかもしれないわね」
浩は飛鳥と真桜がブリューナク、ジャンヌがダインスレイフの生成者だということを知らない。飛鳥達も教えるつもりはない。知れば否応なく、自分達の事情に巻き込まれることになる。本来ならば先輩達も巻き込みたくなかった。だがどうすることもできなかった。それが神槍事件だ。
「水谷、どういう意味だ?」
「それも説明するわ。それでみんなは?」
それはさつきも同様だが、USKIAのこともある。何より彼らには、知る権利がある。
「社務所か鍛練場にいると思いますが……」
「なら母屋の居間に集まるよう、伝えてくれ」
「わかりました」
「忙しないわねぇ。あんなに緊張しなくてもいいのに」
「それは無理ですって」
七師皇と会う機会など、そうそうあるものではない。名のある刻印術師でさえ、会うことは難しい。他国の七師皇ならば尚更だ。だがその七師皇が、しかもロシアという他国の七師皇が目の前にいる。緊張するなというほうが無理だ。
しかもそんな七師皇の存在が前菜にすぎないのだから、たまったものではない。ニアの性格から考えれば、まだ何かがありそうな予感もするが、それは考えないようにしよう。それが良いような気がして仕方がない。三剣士でさえも、同じことを考えていた。
――PM16:21 鎌倉 源神社 母屋 居間――
「あの~……先輩?」
「生きてますか~?」
予想通りだが、全員がひっくり返っている。やはりグリツィーニア・グロムスカヤという存在は、前菜にすぎなかったようだ。
「……かろうじて、な」
「衝撃の事実にも程があるだろ……」
「あなた達の称号が、一番普通に思えるのが不思議よね……」
「それだって、十分凄いことなのにね……」
「まさかグリツィーニアさんのお嬢様が、真桜ちゃんの妹だったなんて……」
メイン・ディッシュともいえるオウカの出生と存在の前では、七師皇から授けられた称号でさえ霞んで見えてしまうから不思議だ。
「やっぱり驚きますよね。でもこうして見ると、似てると思いませんか?」
「似てるわね。特に目元なんか、そっくりだわ」
「髪型も左右対称だな」
「昔の真桜みたいよね」
「え、そうなの?」
「ええ。中学までは左側で結んでたんです。でもブレイズ・フェザーを使う時に、どうしても邪魔になるので」
真桜は今でこそ右のサイド・テールだが、中学までは左サイドに結んでいた。
その真桜とオウカの髪型が同じなのは、偶然ではない。オウカは真桜に会いたいと、何年も前から思っていた。だからオウカと同じ髪型にし、少しでも姉を近くに感じたかった。
そして今、その願いは叶った。
「えっと……その……」
「どうしたの、オウカ?」
「お姉ちゃん、お兄ちゃん、皆さん!オウカ・グロムスカヤです!今日から、よろしくお願いします!」
勇気を振り絞ったオウカの自己紹介と決意表明は、見事に空振りに終わった。全員が何事かと呆気にとられてしまっている。
「あ、あれ……?」
オウカとしても、この状況で何をどうすればいいのか、さっぱりわからない。少しでもいいから歓迎してくれたらいいなぁ、という淡い期待を抱いていただけに、ちょっと泣きそうだ。
「……はい?」
「それはもちろんなんだが……ちょっと待て、オウカ。今日から?」
だが飛鳥も無視したわけではない。オウカが何を言っているのか、わからなかっただけだ。
「はい。九月から明星高校に留学することになってるんですが……」
「じゃああの荷物……オウカちゃんのなの!?」
「待て、美花!なんだ、それは!?」
「昨日、引っ越し業者が、荷物を運んできたんだよ。親父さん宛てだったから確認とったんだが、そしたら美花の隣の部屋に、全部入れておいてくれって言われてな……」
「私、ジャンヌさんがしばらく日本に滞在するから、そのための荷物だと思ってたんだけど……」
運び込まれた荷物は、どう見ても女性のものだった。ジャンヌが滞在するという話も、その時に一斗から聞かされた。だから聖美達も手伝い、美花の隣の部屋に運び込み、レイアウトまで整えた。だがしかし、まさかそれがオウカの物だとは思いもしていなかった。
「期待通りの反応って、いつ見てもいいわよね」
「ニアさん!黙ってましたね!!」
どうやらニアも一枚噛んでいたようだ。何かあるとは思っていたが、まさかオウカが留学してくるなど、予想の範疇外だ。
「七師皇ってのは、こんな人ばっかなのか……」
「白林虎が七師皇の良心って呼ばれてるのも、納得でしょ?」
「心からな」
七師皇の良心という呼び名は知っていた。だが正直、意味がわからなかった。今日、今、この時までは。
「ですがよく、留学が許可されましたね」
「ロシアじゃ私の娘ってことで過大評価されがちなのよ。本人もすごい重圧を感じちゃってるし。それならってことで私が提案したんだけど、最初は即座に却下されたわ」
「でしょうね」
オウカは同世代の中では、上位の実力を持っている。
だがロシアには、オウカより高い精度で刻印術を使いこなす少年少女もいる。オウカは七師皇の娘という理由だけで、過大評価をされてしまっており、本人も無意識のうちにその期待に応えようと無理を繰り返し、このままではその重圧に潰されてしまうかもしれない。
だからニアは、かつて自分も過ごした日本へ留学させることを提案した。当然ロシア政府がそれを認めるはずもなく、その提案は即座に却下された。
「だけど半年前の神槍事件、あれが決定的だったの。ロシア政府はブリューナク生成者の素性を知って、かなり慌てたのよ」
「え?ということはオウカちゃん、もしかして?」
「はい。お姉ちゃんとお兄ちゃんが生成者だってことは知ってます」
あの日オウカは、ネットで流れた中華連合艦隊壊滅の動画を、地元の友人達と見た。その後ニアから、飛鳥と真桜がブリューナクの生成者だと聞かされた。
当然驚いた。姉が刻印神器、しかも二心融合術という伝説の生成術を使うなど、とても信じられなかった。だがあの動画を見てしまった後では、それを信じることしかできなかった。何故なら母の……グリツィーニア・グロムスカヤの生成する刻印神器 魔剣レーヴァテインであっても、あれほどの威力を出すことはできないからだ。ロシア政府が慌てて生成者の素性を調べるのも、当然のことだ。
「もしかして真桜ちゃん、ですか?」
「そうよ。怜治の娘なら、それは私にとっても娘なの。その子に手を出したりなんかすれば、私はどうすると思う?」
ニアの顔に、冷たい笑みが浮かんだ。その瞬間、全員が悟らざるをえなかった。
「考えたくねぇ……」
「今夜は久々に悪夢だな……」
ブリューナクの生成者である真桜に手を出すなど、ましてや拉致や暗殺などしようものなら、ニアは相手がロシアそのものであろうと、簡単に敵に回す。冷たい笑みがその証拠だ。
「ロシア政府もそう言っていたわ。だからオウカの留学が認められた背景には、私へのご機嫌取りっていう理由も何割かはあるのよ」
ロシアもそこまで馬鹿ではない。内政はいまだ不安定だが、うかつにブリューナク生成者に手を出せば、日本を敵に回すだけではなく、グリツィーニア・グロムスカヤまでも敵になる。ロシア政府はそれをもっとも恐れ、恐怖した。
だから飛鳥と真桜に手を出さないことを確約し、その証拠として、オウカの日本留学を認めたという背景がある。
「オウカちゃんの留学はもちろん歓迎ですが、ニアさんの娘、真桜ちゃんの妹という事実に変わりはありません。もしかしたら、ロシアにいた頃より、過度の期待と評価を求められることになるかも知れません」
「それは覚悟してます。どこに行こうと、私が七師皇の娘だということに変わりはありませんから」
「その気持ちは、俺もよくわかるな」
同じ七師皇の子供として、飛鳥にはオウカの気持ちがよくわかる。
「だけどお前は、その重圧に負けるどころか、跳ね返してるじゃねえか」
「結果論に過ぎませんよ」
飛鳥の一斗への反発心は、プレッシャーに負けないための虚勢も含まれている。そうでもしなければ、押し潰されてしまう。
「まあ、オウカちゃんの高校生活については、俺達から言うことは特にないな」
「なんで?」
ロシアにいた頃より、オウカの表情が和らいでいる。やはりロシアでは、過剰なまでの期待と評価によって、かなりのプレッシャーを感じていたようだ。
だが全員を代表したかのように答えた遥のセリフを、ニアは聞き流すことができなかった。
「恐ろしい兄貴と姉貴がいるのに、誰が手を出すんですか?」
「え?こんな可愛い子を放っておくっていうの?」
親の贔屓目を差し引いても、オウカは美少女だ。ロシアでも引く手数多だった。自分の目が光っていたから、無理矢理口説こうとした馬鹿はいないが、日本では自分の目は届かない。むしろロシアにいた頃以上に、言い寄ってくる輩がいるだろうと思っていた。
「逆ですよ。こんなに可愛いから、こいつらが鬼になるんです。だろ、飛鳥?」
「当然です。オウカに手を出す不届きな輩は、俺が排除します」
「真桜ちゃんもでしょ?」
「当たり前じゃないですか。可愛い妹に手を出すなんて、誰が許すんですか」
飛鳥も真桜も、即答した。確かにこの二人がいれば、手を出す馬鹿はいないだろう。思っていた以上に手が早いのは、総会談で確認済みだ。
「プリンスとプリンセスに睨まれたら、大抵の人は逃げ出すか。雅人、さつき、ちょっと大仰すぎたんじゃないの?」
飛鳥のパラディン・プリンスと真桜ヴァルキリー・プリンセスの称号は、雅人とさつきが考案した。
だがプリンス、プリンセスと呼ばれる術師は、世界でも数少ない。雅人とさつきがそんな称号を考案した理由は聞いたし、この二人からすれば当然なのだろうが、世間一般で見れば、それは七師皇に匹敵する術師の称号でもある。
「そんなことはありませんよ。そもそも真桜の妹に手を出すなんて、あたし達だって許しませんから」
「許されると思う考えごと焼き尽くすのは当然のことです」
その雅人とさつきも、オウカを守ることに異存はないようだ。
「三剣士に三華星まで加わるなんて、オウカのガードは鉄壁みたいね」
「鉄壁どころか、核シェルター並ですよ」
それはそうだろう。七師皇から称号を貰ったとはいえ、超一流の実力があるとはいえ、飛鳥と真桜は、世間的にはまだ無名に近い術師だ。
だが雅人とさつきは世界に名を馳せる、超一流の生成者だ。地獄の鬼の方がまだ可愛いであろうメンツを前で、手を出したり口説いたりするような命知らずは、少なくとも鎌倉にはいない。もしいるとすれば、それは優位論者か、自分の実力を過信しすぎている馬鹿かだ。
「二学期が始まったら、しばらくは忙しくなりそうだけどね」
だがオウカは、どちらかと言えば雪乃や美花に近い性格をしている。実力があっても手荒な真似をするとは考えにくい。ましてや留学生でもある以上、やりすぎれば国際問題にもなりかねない。
「そうならないよう、先手を打ちます」
だが雪乃には、何か考えがあるようだ。自分の任期終了間際とはいえ、後任にと考えている飛鳥に無茶をさせたくはない。飛鳥のためではなく、生徒達の身の安全のためにも、だ。
「そういえば、なんで九月から留学なんですか?」
ふと思い出したように、エリーが尋ねた。
「日本じゃ四月から学校が始まるけど、ロシアや欧米じゃ九月からなのよ」
「そうなんですか?」
「ええ。私も日本に来た当初は、慣れるのに苦労したわ」
「そうだったのか。意外と知らないもんなんだな」
欧米では九月に進級となるため、夏休みは日本の春休みに該当する。そのため長期休暇にも関わらず、課題などはでない。
だがそれだけでやっていけるほど、今の世の中甘くはない。特に刻印術師にとって、夏の長期休暇は自身の技量向上のために大きなプラスになる。日本でも夏休みで化ける術師は多い。
「そこは俺達も協力するから、なんとかなるだろう」
「ありがとう。この子のこと、よろしくね」
残念ながらオウカの同級生となる子達はこの場にいないが、先輩達はブリューナクのことを含め、ほとんどの事情を知っている。互いの信頼感が、まだ会ったばかりのニアにもよくわかる。
「はい!」
「それじゃ、今日は私がご飯を作りましょうか」
だからニアは、非常に機嫌が良かった。張りきって腕を振るうつもりだった。
「え?」
だがそれは、ただの高校生や大学生には、予想外すぎる申し出だった。
「ま、ママ!それだけはダメ!!」
そしてその申し出は、実の娘によって全力で阻止された。
「どうして?」
「そ、そうですよ!私が作りますから!」
「わ、私もお手伝いします!日本に来てから、あまりお料理してませんから!」
オウカの援護を買って出たのは、真桜とジャンヌだ。だがあまりにも必死すぎる。命がかかっているとでも言わんばかりの勢いだ。
「な、なんで慌ててんだ?」
そんな勢いに押されながら、昌幸が恐る恐る疑問を呈してみた。
「ママは料理が壊滅的に下手なんです!」
「壊滅的って、ひどいじゃない、オウカ」
「何がよ!ママが料理するって言ったら、政財界の人だってみんな逃げたじゃない!私がどれだけ頭を下げたと思ってるの!」
ニアの住居は、サンプトペテルブルクにある。戦前の旧ソビエト連邦時代からの首都でもある大都市で、政治、経済の中心でもある。当然、七師皇であるニアも要人として会合などに出席することがあるし、逆に自宅に招くこともある。
だがニアが手料理を振るまうと聞けば、それが噂であっても、一流大学を卒業した政府の高官や屈強な軍人でさえ何かしらの理由をつけて、丁重にお断りし、仮病まで使って逃げ出す。何も知らない政治家や軍人が稀に犠牲になるが、その度にオウカが頭を下げ、国難を防いでいる。と言っても、ほとんどの政治家や軍人は事情を知っているため、犠牲者の情報収集力の低さを笑っているが。
「なんか……すっごいデジャヴったね……」
「デジャヴも何も、母さんも壊滅的どころか殺人的な料理を作るからな……」
それは菜穂も同様だ。学生時代からのライバルだが、何故か料理だけは上手くならず、それどころか生物兵器にも匹敵するレベルの料理を作る。飛鳥も真桜も、何度も頭を下げた記憶がある。
「七師皇からも、二人には絶対に料理をさせるなって念を押されてたわよね……」
「七師皇からもって……相当じゃないのよ……」
「それが原因で世界大戦が起きてもおかしくはない、って言ってましたよ」
警告してくれたのはアサドと林虎だが、当然二人も犠牲者だ。菜穂が結婚した直後の総会談で二人の料理を食べたそうだが、かつてないほど命の危機を覚えたらしい。結婚相手として紹介するために同行していた怜治が、関係各所に頭を下げて回ったとも聞いている。
余談だが、同じく三女帝と呼ばれるイーリスの料理は、可もなく不可もなく、といった塩梅らしい。
「どんだけなんだよ……」
「それにお客様にお料理をさせるわけにはいきません。今日は私が作ります」
「真桜さん、私も手伝うわ。私もしばらく、日本に滞在することが決まったから」
「え?そうなんですか?」
「そうです。住居は連盟が用意してくれましたので、明日その部屋を見に行く予定です」
ジャンヌの日本滞在は、オウカとは別の理由がある。
「セシルさんも滞在するんですか?」
「セシルさんは私のお目付け役よ。それ以外にも理由があるけど」
セシルもジャンヌと同じ部屋に住むことになっているが、ジャンヌのお目付け役以外にも、いくつか理由が存在する。ジャンヌは全て知っている。知らされたという理由もあるが、自分の希望でもあったのだから、それはわかる話だ。
だがそれは、ジャンヌの護衛以外で、最大の理由も知っているということだ。
「ジャンヌ?」
ジャンヌの少しにやけた笑顔を向けられたセシルは、少し顔だけ赤くしながらジャンヌを睨みつけた。
「怖いですね」
だがジャンヌは見事に受け流している。ちなみにその理由は、さゆりや久美、雪乃も知っている。真桜だけは微妙なところだが。
「よくわからんが、それならいいんじゃないのか?」
当然ではあるが、飛鳥と敦は気付いていない。一流の男性術師は、なぜか他人の色恋沙汰には疎いらしく、三剣士も首を傾げている。
ちなみに七師皇はといえば、すさまじく敏感に反応する。だから連盟が用意した部屋も、ある人物の自宅に非常に近い。
「そうですね。それよりお料理なら、私も手伝いましょうか?」
この中では雪乃だけが、ジャンヌの滞在を事前に知らされていた。アーサー経由ではあるが、その話を聞いた時は耳を疑ったものだ。だがこの話題を続けることは、あまりよろしくはない。そう感じた雪乃は軌道修正に乗り出した。
「大丈夫です。お疲れでしょうから、今日はゆっくりしててください」
「そう?それじゃお言葉に甘えさせてもらうわね」
「あ、私はお手伝いします」
「ありがとう、オウカ。それじゃあジャンヌさん、行きましょうか」
「ええ。日本、フランス、ロシアのコラボレーションね」
今日の夕食は、かなり豪華なものになりそうだ。誰もが期待に胸を膨らませていた。




