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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編
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18・姉妹

「では護国院神社へ戻るとしよう」

「は?」

「なんで護国院神社に?」

「彼らの希望だ。なにせルドラとニア以外は、直接神戸に来たからな」

「せっかく日本に来たわけだし、日本刻印術連盟の本部を見ておきたいと思うのは当然よ」

「ああ、なるほど」


 理由は納得できた。来日スケジュールの関係で、ほとんどの七師皇は直接神戸へやって来た。だが神戸にあるのは連盟議会本部であって、連盟本部ではない。

 よく混同されがちだが、連盟議会本部と連盟本部は、別の組織だ。連盟本部は、戦前の神社本庁に代わって、全国の神社を包括しており、同時に刻印術師の育成、術式許諾試験の可否を判定している。同時に過激派や革命派などの不穏分子の粛清も担当しているため、多数の生成者が名を連ねている。代表の任期は三年だが、在任中は本部へ住み込むことになっており、そのためか近隣の神社や学生達も頻繁に訪れ、運が良ければ代表自ら指導に当たってもらえることもあるらしい。ちなみに氷川神社を含む全国の術式許諾試験会場にもなっている神社は、連盟支部ということになっている。

 対して連盟議会本部は、刻印術関係の会談や会合など、主に政治、経済、軍事に関わる分野を担っている。刻印術師の海外渡航や留学の審査も担当しているため、お世話になる術師は少なくない。だが刻印術師や生成者も議員に名を連ねているとはいえ、言ってしまえばお役所仕事だ。連盟本部とは違い、常時門扉が開かれているわけではない。全国に支部がある連盟とは違い、連盟議会の支部は札幌、仙台、東京、新潟、長野、広島、高知、長崎、沖縄にしかない。そのため連盟が、代理で申請の手続きを行うこともよくある。

 今でこそ連盟代表と連盟議会議長は兼任とされているが、以前はそうではなかった。そのため連盟と連盟議会間の連絡は上手くとれず、かなりギクシャクしており、かなり険悪な関係だった時期もある。

 この事態を重く見たのは前代表 香川保奈美と元四刃王となった龍堂貢をはじめとする、老齢の術師達だった。政府に働きかけ、説得を繰り返し、新たに長野、高知、沖縄にも支部を作り上げ、何年もかけて今の体制を築き上げてきたのだから、その苦労が偲ばれるというものだ。


「出立は五時だ。それまでに用意をしてチェック・アウトを済ませておいてくれ」

「それはいいが、どうやって移動するんだ?」

「リムジン・バスを用意してある。なにせ、七師皇が連れてきた術師もいるからな。本来ならば何人かはここに呼びたかったんだが」

「問題が大きすぎるから、遠慮してもらったのよ。でもニア。あの子は呼んでもよかったんじゃない?」

「ダメに決まってるじゃない。まだ生成もできないんだから。父親の祖国だから連れてきただけなのよ?」

「え?ニアさん、お子さんがいらっしゃるんですか?」

「ん?会わなかったのか?」

「ええ。残念ながらお会いしていません」

「というかグリツィーニアさんの旦那さんって、日本人だったんですか?」

「私、結婚はしてないわよ」

「……は?」

「菜穂や七師皇は知ってるし、この際だから教えておくわ。娘の名前はオウカ・グロムスカヤ。父親の名前は久住怜治よ」

「えっ!?」

「それって……真桜のお父さん!?」

「ええ。真桜ちゃんの異母妹いもうとになるわね」


 あっさりと告げられた事実は、七師皇しか知らなかったらしい。当たり前のことだが、パニックが広がるのに時間はかからなかった。


「マジでか!?」

「な、なんで……!?」

「心配しなくても、浮気じゃないわよ。私も了承済みだから。あの時はけっこう楽しかったわね」

「ええ。怜治ってば、往生際が悪かったわね」

「やめて!それ以上言わないで!!」


 まさか自分に異母妹、しかも菜穂の了承済みだったなど、夢にも思わなかった。間違いなく、真桜が一番混乱しているだろう。何がどうなっていたのかなど、考えたくもないし、知りたくもない。


「信じられない事実が、次々と発覚していくわね……」

「まさかグリツィーニアさんのお嬢様が、真桜ちゃんの妹だったなんて……」

「予想外にも程がありすぎるだろ……」

「けっこう引っ込み思案な子なのよ。仲良くしてあげてね」

「は、はい……」

「それにしても、ニアもやるわよね。話を聞いた時は驚いたけど、その手があったって、思わず納得しちゃったもの」

「イーリスはお見合いだったっけ?」

「ええ。国が勝手に相手を決めちゃったのよ。あの人で良かったとは思ってるけど」


 イーリスは菜穂の結婚とほぼ同時期に、国のお偉いさんによって結婚相手を決められてしまった。菜穂もイーリスも、そしてニアも、結婚前から高い実力を示しており、国としても結婚相手にはかなり慎重になっていた。だが菜穂は政府に先んじて結婚し、ニアはオウカを身籠ることで、国が候補に挙げていたお婿さん候補達を足蹴にした形になっている。


「そういえば、なんで旦那は来てないんだ?」

「患者さんの容態が急変しちゃったの。だからあの人が行かざるをえなくってね。日本に来るのを楽しみにしてたのに」

「例の人工心肺か」

「ええ。あの人もJFSと同じ術式でできるんじゃないかと思ってたらしくて、私の話を聞いた瞬間、すっごく喜んでたわよ」

「さすがはドイツ最高の医療術師だな。それなら完成のお披露目には、夫婦そろって招待してもらうようJFSに伝えておこうか?」

「ぜひお願いしたいけど、完成のお披露目じゃなく、開発途中の方が喜ぶと思うわ」

「何故だ?」

「なんでも微妙に考えてることが違うみたいなのよ。もちろんJFSの術式も評価してるんだけど、近いうちに行き詰るんじゃないかって考えてるみたい。だから少しでも開発に関わりたいっていうのが本音みたいよ」


 イーリスの夫であり、ドイツ最高位の医療術師であるエアハルト・ローゼンフェルトは、イーリスと並び称される実力を持つ名医であると同時に、高名な医学者でもある。特に心臓外科の権威として有名であり、JFSが新型の人工心肺の開発を行っていることも知っていた。


「それはJFSとしても望む所じゃないかしら?」

「だろうな。ではJFSからエアハルト氏へ連絡を入れるように手配しておこう」

「ダンケ・シェーン」

「話は尽きないが、そろそろ時間だぞ、一斗」

「アサド殿が仕切ってくれても、一向に構いませんよ」

「開催国の七師皇が仕切るのが筋だろう。本音を言えば、そろそろ引退したいのだからな」

「まだ早いと思いますがね。それでは一度解散し、同行させた術師と共に議会ビル前に止めてあるリムジン・バスに乗りこんでくれ」

「席順は特に決めていません。個室がご希望でしたらそのようにしますが?」


 リムジン・バスは大型の二階建て観光バスに似ているが、快適な旅を約束するかのような豪華な内装を施されている。そのための刻印はもちろん、プライベート・スペースを確保するためのパーテーションも備えられており、個人単位だけではなく、グループ単位でも仕切ることができる。しかも座席間が広いため、窮屈な思いをすることもない。


「連れてきた連中と相談して決めるさ。俺としては、若い術師同士の親睦と交流を深めてもらいたいところだが」

「この子達のことがあるから、難しいところだな」

「その時はその時だろう。むしろ、そうなった方が面白い」

「同感だ」


 七師皇はいかにも楽しそうに話している。パーテーションが使用されることはないだろうことは、飛鳥達の共通認識になっていた。


――16:45 神戸 ポートアイランド 日本刻印術連盟議会本部前――

「真桜……大丈夫?」

「一応はね……」

「怜治小父さんが浮気してたわけじゃなかったのは救いだけど……」

「考えるのはやめましょう。多分、良いことは何もないだろうから……」

「ですね……」

「確か初めてレーヴァテインが生成されたのって、私達が生まれるかどうかだっけ?」

「ああ。現在確認されている最古の刻印神器はゲイボルグで、レーヴァテインは確か17年前だったはずだ」


 ニアは日本在住時から、菜穂と並ぶ実力者とされていた。そしてロシアに帰国してから初めて出席した総会談の席で、イーリスとも知り合った。菜穂もその席で知り合ったわけだが、三人は大学時代に揃って刻印法具を生成していたため、一気に意気投合してしまった。アサドや林虎に言わせれば、これが三女帝誕生の瞬間だそうだが、当時のニアは、まだレーヴァテインを生成していなかった。帰国後にイーリスが融合型の生成者だと知り、試しに刻印融合術を発動させてみた結果、生成できてしまったのが魔剣レーヴァテインであり、世界で二つ目の刻印神器となった。

 そのニアが妊娠したという事実は、ロシアの男性術師達に大きな安堵をもたらしたとも言われている。


「それにしても私に妹がいたなんて、思ってもなかったなぁ。詳しく聞きたくはないけど」

「そりゃそうだろ。そういえば俺にとっては……どうなるんだ?」

義妹いもうとってことでいいんじゃねえか?」

「義妹ね。もう結婚してるようなもんだし」

「何の話かしら?」


 そこにニアがやってきた。菜穂も一緒だが、その隣には、自分達より年下に見える少女の姿もある。よく見なくても、どことなく真桜に似ているし、髪型は左右対称だ。


「あ、ニアさん。お母さんも。もしかして、その子が?」

「ええ。オウカ、ご挨拶は?」

「は、初めまして、オウカ・グロムスカヤです。あなたが真桜……お姉さん?」


 初めて会う異母姉あねを前に、オウカはかなり緊張している。


「ええ。三上真桜。そっか、あなたが私の妹なんだ。よろしくね」

「は、はい!」

「素直そうな子だな」

「ええ。母親に似なくて良かったと思うわよ」

「菜穂……その言葉、三重にラッピングして返してあげるわ」

「なんですってぇ?」

「だからやめてよ!」


 高校時代からのライバルだと聞かされてはいるが、それは今も変わっていないようだ。

 だが当時ならいざしらず、今は世界大戦すら引き起こしかねない重要人物になってしまった二人が火花を散らすなど、恐ろしくて仕方がない。


「オウカちゃん、だったな。そんなに緊張しないでくれよ」


 飛鳥もそれを敏感に感じ取っていた。話題を変える必要性があるが、目の前にいる少女の存在が、それを考える手間を省いてくれた。


「は、はい。えっと、あなたが飛鳥さんですか?」

「ああ。義理の兄ってことになるのかな。よろしくな」

「はい!こちらこそ、よろしくお願いします!」

「でもオウカさんの名前って、日本語よね?」

「はい。お父さんは桜の花が好きだったと聞いてますから」

「だから二人とも、桜にちなんだ名前なのか」

「ニアさん、オウカさんって、お父さんと会ったことあるんですか?」

「ええ。あの人は何度かロシアに来てくれたから、その時に会ってるわ。私が気軽に国外へ出られないから、この子には悲しい思いをさせちゃったけど」


 ニアも菜穂も、立場上気軽に国外へ出ることができない。それは娘の真桜やオウカも同様だった。

 だが父の怜治は刻印術師ではないため、その辺りの規制は二人よりもはるかに緩い。ロシアとしても、オウカの父が怜治だということは知らされていたわけだから、怜治がロシアにやってくる時は、国賓に近い待遇で接していたらしい。


「じゃあ……お父さんが亡くなったことも……」

「……菜穂から聞いたわ。本当はすぐにでも飛んで行きたかったんだけどね……。でもようやく日本に来ることができたから、お墓参りはして帰るわ」


 怜治が死んだのは今から五年前。それを聞いたニアは、国が止めても、七師皇の不文律を破ってでも日本に行くつもりだった。

 だがそれを止めたのは菜穂だった。

 代わりに怜治の父母にロシアへ行ってもらい、怜治が大切にしていた懐中時計を直接渡してもらったが、ニアはその場で泣き崩れた。その懐中時計は、今でも大切にしており、片時も離さず身につけている。


「ありがとうございます。お父さんも喜んでくれると思います」

「お礼を言うのはこっちの方よ」

「えっと、真桜さん……」

「え?なに?」

「あの……お姉ちゃんって呼んでも、いいですか?」

「もちろん。私もオウカって呼び捨てにするけど、いいよね?」

「はい!」

「それじゃ先にバスに乗りますね。お姉ちゃん、パパのこと、色々と聞かせてもらってもいいですか?」

「もちろん。行きましょう」

「けっこうなついてるな。引っ込み思案な子って言ってませんでしたか?」

「あの子は真桜ちゃんのこと知ってたから、ずっと会いたがってたのよ。今年の総会談が日本開催と決まった時のあの子の喜びようは、それは凄かったわよ」

「確か飛鳥君や真桜さんにとって、雅人さんやさつきさんがお兄さんやお姉さんみたいなものだと言ってましたね」

「ええ。だから真桜は一番下の妹みたいなもので、弟か妹が欲しいって言ってました」

「そしたら本物の妹が現れたってか。マンガみたいな展開だな」

「グリツィーニアさん、オウカさんっておいくつなんですか?」

「ニアでいいわよ。呼びにくいでしょう。オウカなら15歳になったところよ」

「私達より二つ下になるのか。そういえば連盟で、飛鳥達が2歳ぐらいの時に来たって言ってましたね」

「ええ。オウカが生まれる前だから……16年前ね。アルゼンチンで開催された総会談の帰りに、トランジットを利用して二日だけ滞在させてもらったの」

「あとは、わかるわよね?」

「さゆり……」

「……本当にごめん」


 ただオウカの年齢を聞いただけのつもりだったが、ついうっかり口を滑らせてしまった。さゆりに非難の視線が集まるのも無理もないことだ。オウカが生を授かったのは、まさにその時なのだから。


「と、とりあえず、バスに乗りましょう。そろそろ他のみなさんも来られるでしょうから」

「そ、そうですね」


 これ以上はマズいと判断した雪乃が話題を戻し、ジャンヌもそれに同調した。


「賛成です」


 反対意見は誰からもでなかった。でるわけもなかった。


――同日 某所――

「大佐、やはりグリツィーニア・グロムスカヤは、数日は日本に滞在するようです。あの女にとって、この国はもう一つの祖国と言えます。迂闊な行動は避けるべきでは?」

「それは神槍事件を見るまでもなく、わかっていたことだ。だがいかに七師皇といえど、帰国してしまえば簡単には出て来れない。不文律などを順守している連中なら、尚更だ」

「では?」

「ああ。予定通り、グリツィーニア・グロムスカヤの帰国後、行動を開始する」

「了解です。ところでラヴレス少尉は?」

「少尉は本国から帰国命令が来たため、先程出立した。アーサー・ダグラスを道連れに死んでもらう予定だったが、まさかメッセンジャー・ボーイの真似事をさせられるとは……。そんな様で、よくウィズダム・レオンなどと名乗れるものだ」

「ラヴレス少尉はあの男の息子です。大佐のことを疑っているのではありませんか?」

「その可能性を踏まえた上で出撃させた。たとえ疑問があろう、命令には服従せよと、父親に叩き込まれているからな。だが問題は三剣士だけではない。あの女も、予想より遥かに優れた生成者だ。あの能力が体系化されることは、我が国にとって望ましいものではない。あの能力は、我が国が管理して然るべきだ」

「同意見であります。だからラヴレス少尉の帰国命令に従ったのですね」

「そうだ。イーリス・ローゼンフェルトの映像を記録させ、それを我が国の政府へ送り届けるなど、想定外だったからな」

「あれだけ完全な不意打ちの映像を見せつけられては、それも仕方ないことでしょう。大佐がいてくださらなければ、我々も帰国命令に従わざるをえませんでした」

「元とはいえ、七師皇の肩書が役に立つとは思わなかったがな。ところで、“あれ”の様子はどうだ?」

「さすがに抵抗が激しく、何人かが手傷を負わされましたが、今は薬で眠らせています」

「手傷を負わされた?殺された者はいないのか?」

「残念ながら。少し予定の見直しが必要だと思います」

「実戦経験がないということか?」

「そのようです。ですが、あの子供達に対しての劣等感はあるようです。そこを利用すれば……」

「任せる」

「はっ。では許可をいただけませんか?」

「許可?」

「はい。ラヴレス少尉は帰国してしまいましたが、彼の部下は何人か残っています。いずれも大佐のやり方に不満を持つ者達です」

「なるほど、その手があったか。いいだろう。だが、あれの調整だけは怠るな。近日中に日本も気付くはずだ。そうなれば、真っ先に疑われるのは我々だ」

「心得ています。最悪の場合、我が国は世界を敵に回すことになり、USKIAという国そのものが滅びかねません。それだけは避けなければなりません」

「その通りだ。USKIAは戦前同様、世界の警察でなければならない。そのためには未知の技術や刻印法具、刻印神器を管理する必要がある。それが我が国の発展につながり、我々の利益となる。そのためにはあれが必要だ。失敗は許されんぞ」

「了解です。それでは自分は、実験の準備に取り掛かります」

「期待しているぞ、ロベルト・フィッツロード少佐」

「はっ!」

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