17・称号
「一斗殿、その話は後でもいいだろう。まだだいぶ先のようだからな」
「仕方ありませんな。それでは、話を戻すとしよう」
さすがは七師皇の良心と呼ばれる林虎。本道になりつつあった脇道から軌道を修正し、本題へ戻してくれた。そんな林虎に感謝しつつも、飛鳥も真桜も、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「それで、俺達に称号が貰える理由は、USKIAとかを牽制する意味もあるってことですか?」
「ああ。特に日本は未成年の生成者が多い。だが今後、他国でも現れないとも限らない。君達には悪いが、モデル・ケースという意味もある」
「あ、なんか納得かも」
未成年の生成者は、世界的に見ても少数だ。刻印法具の生成発動は平均25~27歳であり、七師皇になった術師でさえ、30近くになってから生成発動させた者も少なくない。10代で生成発動させた者は、この場では三剣士とさつきだけで、そこに飛鳥達六人とジャンヌも加えられる。確かにモデル・ケースとしては理想だろう。
「無論、君達が一流の実力者だということも知っている」
「飛鳥君と真桜ちゃんはともかく、私達はまだ、そこまでの実力はありませんが……」
「神槍事件に魔剣事件、先日の革命派襲撃事件、そして先程のUSKIA軍との戦闘。それだけの戦いを経験しているじゃないか」
「たった一年でこれだけの事件に巻き込まれるのも、どうかと思うけどね」
「それに関しては、うちの息子が原因だろうな」
「俺かよ!?って納得するな!」
一斗の一言に、雪乃達も納得したように頷いた。が、飛鳥としては納得がいかない。
「だって、ねえ?」
「そうよねぇ」
「むしろ自分から首を突っ込んだ事件もあったわね」
「その話を聞いた時は耳を疑ったな。本気でアホかと思ったぞ」
「誰がアホだ!」
「だってそうじゃない。いくらなんでも、たった二人でテロリストのアジトに乗り込むなんて、正気の沙汰じゃないわよ」
「ちょっと待ってよ。それって私も含まれてるってこと?」
「それに関しては、あたしにも責任があるのよね。下手打っちゃったし」
「あれは仕方がなかっただろう。あの時はこの二人しか、生成者はいなかったからな」
「そうなんですか?」
「ええ。あたしはその時、初めて生成したの。でもその前に怪我しちゃって、二人を止められなかったのよ」
「それから神槍事件まで、一年近くも秘匿していたわけか」
「それもそれですごいですね。ですがさつきさんが怪我をされたって、そっちの方が驚きです」
「そうですね。フランスでの戦いぶりは、私もよく覚えています」
「そういうこともあるわよ。生成者だって無敵や不死身じゃないんだから」
「それは我々も覚えがあるな。あの頃は若かったこともあるが」
「まあそういうわけで、我々が考えてみた。これが君達の称号だ」
特別応接室には、大きなスクリーンも設置されている。ここで面会することもあるし、商談に使われることもあるから、これは珍しくはない。
だがそこに、自分達の名前が表示されるなど、考えたこともなかった。
「なんだろう。本当ならすっごく光栄なことのはずなのに……」
「心から喜べない自分がいるな……」
清廉潔白、聖人君子とは言わないが、世界の刻印術師の頂点なのだから、人格者だとばかりだろうと思っていた七師皇だが、ほとんど全員が自由奔放だったとは思わなかった。昨日JFSでやらかしたことや懇親会、狂乱の宴のこともあり、既に七師皇への憧れは失せてきている。むしろ嫌な予感がヒシヒシと感じられて仕方がない。
「私もなんですか?」
「当然じゃない。ジャンヌ、あなたには“エクリプス・ソレイユ”という称号を用意させてもらったわ」
「日蝕、ですか……?」
「ええ。あなたはダインスレイフという陰によって、光を遮られてしまった。でもそれを乗り越え、今再び、日の光を浴びている。だからよ」
「でもこれは……もう一つの意味も込められているんですね……。ありがとうございます」
日蝕は太陽だけでは起こりえない。月が太陽の光を遮ることからもわかるように、太陽と月という、二つの星が並ぶ現象だ。エクリプス・ソレイユという称号には、半身でもある最愛の弟クリスも含まれているのだと、ジャンヌには思えた。だから自然と感謝の言葉が出ていた。
「井上君、君には“クレスト・ハンター”の称号を用意した」
「紋章の狩人、ですか。確か刻印を紋章と呼ぶ国もあるから、刻印は紋章――クレストとも呼ばれているんでしたね」
「その通りだ。バスター・バンカーの特性そのものだが、リスクなく術式を消し去れる利点は大きい。おそらくだが君は、術式刻印を破壊することに関しては、三剣士すら凌ぐだろう」
三剣士は術式刻印の破壊を得意としている。三人ともという事実は偶然だが、この事実も三剣士を三剣士たらしめている一つの要因とされている。
「それは……大袈裟すぎると思うんですが……」
「大袈裟ではないだろう。確かに三剣士は、刻印の破壊をする術に長けている。七師皇と呼ばれている我々も、あそこまで見事に破壊することは難しいが、リスクと紙一重だということに変わりはない。だが君の刻印法具は、そのリスクがない。確かに欠点はあるが、それは些細なことだと言える」
「だからあなたには、この称号がぴったりなのよ。まだ簡単にはいかないだろうけど、そう遠くないうちに、あなたはその称号に見合う実力を身につけるでしょうね」
「過大な評価をしていただいて、光栄ですね。ならなるべく早く、ご期待に添えるよう努力します」
バスター・バンカーは術式刻印の芯を貫かなければ、刻印破砕能力は発動しない。
だが芯を外しても、副作用と言えるものはない。術式刻印を破壊する際、通常であれば成功しても失敗しても、必ず破壊した術式が消滅前に暴走する。そんなことをさせずに術式刻印を破壊することができるのは、世界中を見渡しても、三剣士以外では片手の指で足りる。
だが敦は、その暴走を心配する必要がないだけではなく、既に成功させている。バスター・バンカーの特性が一役買っているとはいえ、術式刻印の破壊に限って言えば、既に三剣士に比肩すると本人達も認めているし、七師皇も同意見だ。
過大評価をされていると感じているが、そこまで言われて悪い気はしない。それが七師皇や三剣士なら、尚更だ。
「期待しているぞ、井上君。飛鳥、お前には不本意ながら、“パラディン・プリンス”の称号を用意してある」
「親父、不本意ってのはどういう意味だ?」
「お前と真桜の称号を決定したのは、私達ではないからだ」
「飛鳥、真桜ちゃん。二人の称号は俺とさつきが決めさせてもらったよ」
「雅人さんとさつきさんが?」
「ええ。あんた達の称号には、どうしてもプリンス、プリンセスって入れたかったからね」
雅人とさつきにとって、飛鳥と真桜は主君でもある。自分達に劣るような称号はありえないし、考えられない。同時に雪乃達のこともよく知っているため、七師皇に混じって、あれやこれやと知恵を出しながら一緒に考えていたらしい。
「だから真桜は“ヴァルキリー・プリンセス”か。それは納得だけど……」
「私が“クリスタル・ヴァルキリー”でさゆりが“レインボー・ヴァルキリー”、委員長が“オラクル・ヴァルキリー”って……なんで統一されてるんですか?」
「けっこう悩んだのよ。他にもフェアリーやエンジェルも候補にあったわね」
「女の子だし、フェアリーにしたかったんだけどね」
「そうするとさつきだけが浮いちゃうのよ。だから結局、ヴァルキリーで統一することで落ち着いたの」
どうやら三女帝が名付け親のようだ。自分達としてはフェアリーでもエンジェルでもどっちでもいいし、由来をバラされてしまっては感慨も半減だ。
「別に無理に統一しなくてもよかったんじゃ……」
「けっこう重要なのよ。例えば今さつきは三華星の一人だけど、あなた達がさらに実力をつければ、五人の戦乙女として新しい称号を作れるし」
「だけど今はここまで。これ以上となると、今まで以上に実力と実績を示してもらう必要があるわ」
「そんな先の話でもないでしょうけどね」
「これで一ノ瀬は、兄妹そろってになるのか。ご両親の喜ぶ顔が目に浮かぶな」
柴木の言うとおり、準一がグラビティ・ライダー、さゆりがレインボー・ヴァルキリーと呼ばれることになった。夫婦が称号を持つことは珍しくないが、兄妹(飛鳥と真桜は特殊なため除外)が称号を与えられることは、極めて珍しい。そもそも兄が生成できたからといって、妹が生成できるわけではないし、その逆も然りだ。事実一ノ瀬家は、母や祖父は生成できない。
ちなみに父と祖母は刻印術師ではなく、父は一ノ瀬家の入り婿さんである。
「あ、そういえばそうかも。お兄ちゃん、連絡したの?」
「いや。こんなこととは思ってなかったからな」
「心配はいらん。既にご家族や学校には連絡済みだ。ちなみに称号の変更も効かんぞ」
「手際良すぎですよ……」
「政府にも通達してあるから、近日中に発表されるんじゃないかしら?」
行動が早すぎる感もあるが、十中八九、面白いことになるから、という理由で先手を打っただけだろう。自分達より先に家族が知る(ここでも飛鳥と真桜は例外)というのも、どうかと思うが。
「ちなみに私達が揃って出演したテレビ局にも教えてあるわよ。近いうちに出演してもらうことになってるわ」
そこに菜穂から追い打ちがかけられた。
「余計なことをするな!」
「そうだよ!ただでさえブリューナクの生成者が明星高校にいるんじゃないかって言われてるのに、なんで波風立てるどころか、嵐を起こそうとするの!?」
まったくもってその通りだ。ブリューナクの生成者については、日本政府の公式声明があるとはいえ、議論自体は続けられている。やはりと言うか当然と言うか、明星高校にブリューナク生成者がいるのではないかと見る者は少なくない。そんなところに、七師皇から称号を授かった明星高校生達です、などと紹介されてしまえば、学校生活に差し障りがでるばかりか、ブリューナクの存在すら公になりかねない。
「木を隠すには森の中、と言うだろう。心配せずとも我々も同時に出演することになっている」
「我々?まさか、七師皇と同時出演ですか!?」
「三剣士に三華星、四刃王もだ」
飛鳥達六人は、今にも倒れそうだ。この場のほぼ全員とテレビに出演するなど、間違いなく胃に穴が開く。
「準一君、君はどうするかね?」
「謹んで辞退させていただきます」
称号があるとはいえ、四刃王でも三剣士でも、ましてや七師皇でもない準一は、心の底から全力で拒否した。
「なんでお兄ちゃんだけ選択権があるんですか!?しかも出演拒否!?」
「誰だって逃げるに決まってるだろう」
「では私とジャンヌも、出演する必要はなさそうですね」
「なんかホッとしますね」
「それは私もだな」
それはジャンヌ、セシル、星龍の三人も同様で、本気で安堵の溜息を吐いている。
「拒否権はないぞ。ちなみに七師皇が揃って公の場に顔を出すのは初めてだ。既に世界各国で放映されることも決まっている」
「だからなんで、そんな番組に俺達を引っ張り出したんだよ!?いったい何の意味があるってんだよ!?」
まさにその通りだ。七師皇と三剣士は世界で、三華星と四刃王は日本で最強を意味する称号だ。そんなところにただの高校生が紛れ込むなど、いらぬ誤解や邪推の原因にしかならない。そもそも意味がなければ、そんなメンツに紛れることはありえない。
「意味か。無い」
だが一斗は、一刀両断で即答した。
「……真桜!」
「いつでもいいよ……!」
この一言に、飛鳥と真桜の怒りが沸点を超えた。
「やめろ!こんなとこで世界大戦の引き金を引くつもりか、お前らは!!」
敦が必死で、飛鳥をフルネルソンで羽交い絞めにしている。こんなところでブリューナクを生成されてしまえば、本気で世界大戦になりかねない。
「離せ!このクソ親父だけは、生かしておくわけにはいかねえ!!」
「そんなわけにはいかないでしょう!いいから落ち着きなさいってば!!」
「落ち着けるわけないでしょう!!」
「だからってそれだけはダメだってば!下手したらポートアイランドが沈んじゃうじゃない!!」
さゆりと久美も、本気で真桜を抑えている。刻印術を使ってないだけマシだが、それでもかなり強い力で抵抗しているため、抑える方としても必死だ。
「はっはっは。心配せずとも、この程度のことで世界大戦は起きないし、この人工島が沈むこともない。むしろこの目で拝めるんなら、望む所だ」
だがゲイボルグの生成者は、いかにも楽しそうに眺めているだけではなく、爆弾発言まで投下する始末だ。
「リゲルさん!煽らないでください!!」
雪乃も涙目になりながら、悲鳴を上げている。リゲルが七師皇、ゲイボルグ生成者だということなど、既に脳内のどこにもない。
「まったく……。一斗殿、あまりご子息とご息女をからかいなさるな」
だから林虎の声は、天からの助け以外の何物でもなかった。
「え?」
「すまないな。テレビ出演の話はない。どこから情報が漏れるかわからないからな」
「そ、そうなんですか?」
「うむ。だが君達の名が、世界の刻印術師達の間で広まることは事実だ」
「まあそれは大前提ですから、仕方ないと思いますけど……」
「林虎ったら。せっかく面白くなってきたところだったのに」
「限度があるだろう。愛情表現にしては品がない」
「さすがは七師皇の良心。見事に場を鎮めてくれたな」
林虎が七師皇の良心と呼ばれる理由は、実直な性格をしているため、一番被害を被っているからだ。長老であるアサドもそのはずなのだが、一度火がついてしまえば、他の七師皇にも負けず劣らずの奔放さを発揮するため、止めるのはいつも林虎の役目となっている。被害にあった術師は飛鳥達や三剣士だけではなく、世界中に多数存在する。林虎が防波堤となり、被害を軽減してくれたことも、一度や二度ではない。
そのため林虎は、いつの頃からかか、誰にともなく“七師皇の良心”という、かなり不本意な二つ名で呼ばれることとなってしまった。
「だが三剣士はそうはいかんぞ。理由はともかく、彼らは我々が認めた実力者であることも間違いないのだからな」
「わかっています。USKIAを牽制する意味もありますし」
「メディアを使った宣伝が効果が高いのは、実証されていますからね」
「それでは雅人君、ミシェル君、アーサー君。すまないが頼むぞ」
「はい」
どうやら三剣士のテレビ出演は確定していたらしい。いつになるのかはまだ聞いてないが、その時に自分達とジャンヌのことが公表されてしまうのだろう。なんだかんだ言いつつも緊張は隠せないが、まだ実感も沸かない。




