12・懇親会
――PM6:23 神戸 ポートアイランド 日本刻印術連盟議会本部 メイン・ホール――
「ここがメイン・ホールか。初めて来たな」
「俺もだ。ここって普段、何に使ってんだ?」
「刻印術関係のパーティーや催しよ。と言っても、年に数回しか使わないみたいだけど」
「もったいない気もするけど、意外とそんなものなんですね」
「ところで飛鳥君、先輩達はどうしたの?」
「さつきさんが新しく三華星になって、さらには雅人さんと結婚したから、お披露目用の準備があるって聞いたぞ」
「準備?」
「なんだ、そりゃ?」
「知らんし考えたくもない」
「雅人さんもさつきさんも、すっごい嫌そうな顔してたもんね」
「……確かに考えたくないわね」
「ミシェルさんも呼ばれてましたが、関係あると思いますか?」
「ミシェルさんも?じゃあもしかして、アーサーさんもですか?」
「そのようです。さゆりさんのお兄さんが迎えに来ていましたから」
「……私、帰ってもいいかしら?」
「俺も帰りてえ……」
「ダメ。あとでミシェルさんとアーサーさんに謝らないといけないし」
「何が起きるんですか……」
「とりあえず、席につきましょう」
「そうですね。どこにします?」
「前の方は避けたいところだな。お、あそこなんかいいんじゃないか」
「おお、良さそうだな。ってあれは」
「名村先生。いつ来たんですか?」
「さっきだ。事後処理に予想以上に時間を取られてしまってな」
「まだかかってたんですね。本当に人の迷惑になることしかしないんだから」
「できれば総会談までには終わらせたかったんだが、残念ながら間に合わなかった。だが俺も署長も、総会談を欠席するわけにはいかなかったからな」
「まあ確かに。そういえば署長は?」
「馴染みの顔があったとかで、ご挨拶に行かれた」
「久しぶりだな」
丁度そこに、聞き覚えのある声がし、馴染みのある人物が姿を見せた。
「星龍さん!お久しぶりです!」
「星龍?もしや、この方が中華連合の王星龍さんですか?」
「フランスのサクレ・デ・シエル セシル・アルエットさんですね。お初にお目にかかります。中華連合陸艇軍大尉 王星龍です」
サクレ・デ・シエル――聖なる空とはセシルの二つ名だ。セシルは風属性に高い適性を持つが、水属性も得意としている。風と水は天空を意味するため、ダインスレイフ討伐戦――通称魔剣事件以後、セシルはそう呼ばれるようになっていた。
「ご高名は聞き及んでおります。中華連合 四神の一人。神槍事件では彼らとともに、日本軍過激派や中華連合強硬派の暴走を止めたとか」
中華連合の最上位術師 四神は七師皇の一人 白林虎、王星龍、李 美雀、呂 武星の四名を指す。星龍も神槍事件後に刻印法具を生成し、現在は中華連合の発展と他国との関係改善に努めている。
「私はあまりお役に立てませんでしたが」
「そんなことありません。あの時、星龍さんがいてくれなかったら……」
「だが全ては、我が国の暴走が原因だ。君達にも多大な迷惑をかけてしまった」
「あなたは!」
「白林虎!」
「自己紹介はいらないようだな」
「将軍、もしや彼らが?」
「そうだ。まだ学生にも関わらず、神槍事件では多数の生成者相手に立ち回り、フランスでは魔剣とも戦った若者達だ」
「白将軍、そのことは……」
「すまないな。だが王大尉はともかく、李少尉と呂少尉は、まだ彼らの実力に懐疑的なのだ」
「それは当然ですよ。ですが七師皇が、こんなところにいてもいいんですか?」
「この懇親会は、ソード・マスターとマルチプル・ヴァルキリーの結婚のお披露目も兼ねていると聞いている。他の七師皇も、会場のどこかにいるはずだ」
「そのようですね」
「あ、イーリスさんがいたわ。一緒にいるのが、ドイツの術師なのね」
「あそこにいるのって……イタリアのクワトロ・エレメンツだわ!」
「あっちにはアルゼンチンのリアマ・オルカもいるわ……」
「アストロジストにアルケミストまで……。すごい顔ぶれだな……」
「私達、場違い感が半端じゃないわね……」
「だな……」
「総会談ではあまり珍しくはないぞ。特に今年は、七師皇選抜の年だからな」
「私達も初参加ですから、緊張していますよ」
「私もです。ミシェル少尉から聞いてはいましたが、ここまでだったとは……」
「そう言えば、ファントム・エペイストはどうしたのですか?」
「えっと……」
「なんて言ったらいいのか……」
「……すまない。だいたいの事情はわかったつもりだ」
林虎は全てを察してくれたようだ。星龍も同様で、飛鳥の肩を軽く叩いて慰めてくれた。
「ところで君達、ここは我々の席なんだが」
「え?誰がどこの席かって、決まってるんですか?」
「決まってるもなにも、席次表があるだろう」
「席次表?」
「まさか、持ってないのか?」
「呂少尉、彼らを責めないでやってほしい。私には全てがわかった」
「王大尉、どういうことなんですか?」
「一斗殿の悪ふざけだろう。七師皇は皆、こういったことが好きだからな」
「じゃあ彼らは、席次表をもらってなかったということですか?」
「そうなる。君達の席はあそこだ」
「あそこって……最前列かよ!?」
「ありえねえ……」
「まったく、一斗殿もこんな席で罠をしかけずとも良いだろうに。ちなみにセシル君、君達も彼らと同じテーブルだ」
「ジャンヌさん、セシルさん!本当にごめんなさい!」
「あのクソ親父は、後で必ず三途の川を渡します!それで勘弁してください!」
「そこまでしなくても……」
「でもなんで中華連合の白林虎が、こんな端っこの席なんですか?」
「私の希望だ。神槍事件では、君達にも多大な迷惑をかけてしまった。できるものなら、七師皇の称号も返上したいと思っているが……」
「実力、人望、中華連合内外での発言力の高さ、どれをとっても無理なことですね」
「その通りだ。今年が七師皇選抜の年でなければ、欠席していただろう」
「ですが中華連合って、神槍事件以降、安定してきてますよね?」
「それは見せかけだと思う。中華連合は広い。強硬派が隠れる場所はいくらでもある。圓鷲金の行方も、とんとわからない」
「圓鷲金って、確か神槍事件後に失脚し、行方不明になったって聞いていますが?」
「王大尉、その話は後にしよう。今は各国の術師達と親睦や交流を深めることが重要だ。李少尉や呂少尉も、そのために連れてきたのだからな」
「はっ、失礼しました」
「強硬派のことは、懇親会が終わった後で、話せることは話そう。今は席につきなさい」
「わかりました。それでは失礼します」
林虎達に挨拶し、飛鳥達は指定されているテーブルへと足を運んだ。が、テーブルが近付くにつれ、足の動きが鈍くなっていく。
「ここか。本当にど真ん中だな……」
「なぜ私達までここに……」
「私と井上君は、隣のテーブルみたいね」
テーブルには出席者の名前がプレートされていた。それを見ると、敦とさゆりが隣のテーブルで、他の六人と卓也が同じテーブルのようだ。
「だな。同席するのは……三華星に四刃王だと!?」
「嘘!?」
「飛鳥!席替わってくれ!!」
「お願い!真桜!!」
敦もさゆりも、予想外の同席者に、完全に委縮してしまった。飛鳥と真桜に、席を替わってもらうよう、必死に訴えかけている。
「断る!」
「絶対にイヤ!」
だが飛鳥も真桜も、即座に答えた。どう考えても一斗の罠なのに、なにが悲しくて自ら飛び込まなくてはならないのか。
「一人欠席とはいえ、なんで私達がこんなとこなのよ……」
「それだけの実力と実績を示したからでしょう」
「あ、光理さん」
「初めましてね。秋本光理よ。あなた達のことは、久世少尉から聞いてるわ。そちらの方々も」
「こちらこそ、ご高名は聞き及んでおります」
「そちらもね。それより早く座りなさい。後ろがつっかえてるわよ」
「あ、はい!」
「す、すいません!」
「気にするな」
「伊達さん!」
「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「はい、お久しぶりです」
四刃王とは刃を持つ武装型刻印法具の最上位生成者の称号であり、刻印管理局の伊達も名を連ねている。
「君達とこうして顔を合わせるのは初めてだな」
「柴木署長、お久しぶりです」
四刃王の一人、柴木 透警視正は五月に赴任したばかりの鎌倉署の新署長だ。本来は神奈川県警ではなく北海道警に勤務していたが、鎌倉市に未成年の生成者が何人もいるという事態を重く見た警察上層部の意向によって、急遽赴任が決まった。本来は総会談後の予定だったが、前署長が四月の事件の責任を取らされて依願退職したため、予定を繰り上げた形になっている。
ちなみに四刃王最後の一人、龍堂 貢は七十歳近い高齢であり、最近は体調を崩しているため、今回は欠席となっている。
「四刃王と三華星が揃うなんて、すごいですね」
「龍堂さんは欠席だがな。本当は香川さん同様、引退したいらしいが」
「ご高齢ですもんね。後任を探してるという噂ですけど、決まってないんですか?」
「決まってたら、総会談に間に合わせているよ」
「それもそうですね。でもそんなに候補がいないんですか?」
「いないわけではない。名村君や北条のような実力者はいるが、これだという人選はなかなかに難しい」
「え?名村先生って、四刃王の候補だったんですか?」
「自分も初耳なのですが……」
「三華星もそうだが、四刃王は日本最上位術師の称号だからな。本人の意思はあまり関係がない。七師皇や三剣士、三華星からの推薦があれば、さすがに考慮されるさ」
「それってつまり、お父さんとお母さんが絡んでるってことなんですね……」
「名村君に限って言えば、三剣士全員が納得しているぞ」
「ほとんど決まりじゃないですか。でも名村先生はともかく、北条って人は知らないなぁ」
「北条時彦。久世雅人と並ぶ日本の若手術師最上位の生成者です。短剣状刻印法具の生成者であり、昨年度まではUSKIAへ留学していた秀才です」
「雅人さんと並ぶ?そんな実力者なんですか?」
「そうだ。だが北条には悪い噂が絶えない。今回の総会談に出席していないのも、それが理由だ」
「じゃあ北条が四刃王に推薦されなかった理由も……」
「そのとおりだ」
「でもそれじゃ、なんで名村先生が四刃王にならなかったんですか?」
「他にも候補がいるからだ。一ノ瀬準一や井上敦も、候補に挙がっているぞ」
「俺ですか!?」
「お兄ちゃんもなんですか!?」
予想外の展開に、敦が椅子からひっくり返りそうになり、さゆりも目を丸くしていた。
「お兄ちゃんって……ああ、なるほど。あなたが妹さんだったのね」
「ということは準一さん、生成できたんですね?」
「知らなかったのか?」
「ええ、知りませんでした。さゆりも知らなかったみたいですし」
「だが候補に挙がっているとはいえ、一ノ瀬が四刃王になることはないだろう」
「え?なんでですか?」
「彼の刻印法具は、秋本少佐に近いからだ」
「って言われても、私達、光理さんの法具がどんなものかも知らないんですけど?」
「久世少尉から聞いてないの?」
「はい。暗黙の了解ですから聞けませんし、聞いても教えてくれないと思いまして」
「それもそうか。一つだけ教えられるのは、私も一ノ瀬君も、武装型じゃないからよ。三華星はともかく、四刃王は刃を持った武装型の最上位生成者の称号。その時点で、一ノ瀬君は該当しないのよ」
「武装方じゃないってことは、携帯型か装飾型ですか」
「それは見てのお楽しみね。いつになるかはわからないけど」
「それじゃ井上は?」
「俺の法具も、刃はありませんけど?」
「嘘ばっかり。爪があるじゃないの」
「バラすな!」
「ほう、そうなのか。手甲状武装型としか聞いてなかったが」
「自分としては、井上を推薦したいですね」
「いやいや!やっぱりここは先生でしょ!」
「二人とも、全力で拒否してるわね」
「井上君が候補に挙がった理由は、将来性だ。久世さつきさんが三華星に選ばれたことと、同じ理由だよ」
「なるほどね。でもそれじゃ、名村先生が最有力ってことなんじゃありませんか?」
「今のところはな。名村君は龍堂さんとも面識があるから、龍堂さんもそう考えているようだ」
「俺はまだ、龍堂さんの足下にも及びませんが?」
「そんな男が、刻印神器を相手に生き残れるわけがなかろう」
「日本最強の刻印術師も、けっこう大変なんですね」
「なるものじゃないよ。おっと、時間のようだ」
「なんか、すっげえ緊張してきた……」
「私も……」
「場違いよね、私達って……」
「それを言うなら、私もよ……」
「最初はそんなものだ」
いずれ君達は、この国の刻印術師の中心になるだろうからな、という伊達の呟きは、鳴り響いた音楽にかき消され、誰にも聞こえなかった。唯一聞こえたのは、ジャンヌだけだっただろう。
「ほら、菜穂さんが出てきたわよ」
「お母さん、すっごいお化粧が濃いんだけど……」
「そう?綺麗じゃない」
「母さん、あんまり化粧はしないんだよ。だから加減がわからなかったのかもしれないが……」
「スタイリストさんがしてくれてるはずよ。普段しないから、逆に濃く見えるだけじゃないかしら?」
「皆様、ようこそ、日本へ。今宵は総会談に先立ちまして、歓迎の宴を開催させていただきます」
「あの方が三上代表の……」
「日本三華星の一人、スター・イリュージョニスト三上菜穂か。美しい方ですね」
中華連合の席では、美雀と武星が菜穂の姿に感嘆していた。
「そうか、二人は初めてお目にかかるんだったな」
「はい。大尉はお会いになったことがあるのですか?」
「神槍事件の時にお会いした。だから断言するが、見た目に騙されるな」
「はい?」
「綺麗なバラには棘がある、ということだ。彼女は日本三華星の一人ではあるが、その実力は七師皇と比べても、決して劣るものではないからな」
「そ、そこまでなのですか?」
「純粋な戦闘力では、おそらく私を凌ぐだろう。相性の問題もあるが、私は戦闘系より支援系を得意としているからな」
「将軍よりも、ですか!?」
「驚くようなことではない。世界は広い。私より強い術師は少なくない。たとえば、アーサー・ダグラスや日本のブリューナク生成者、フランスのダインスレイフ生成者のようにな」
「それは……そうなのかもしれませんが……」
「ですがダインスレイフの生成者は、既に亡くなっています。なぜ引き合いに出されたのですか?」
「刻印神器の生成者、ということに違いはないからだ。ブリューナクやダインスレイフの生成者は公表されていないが、この二つだけが二心融合術によって生成されている。ダインスレイフは功を焦ったフランスの刻印神器推奨派の暴走が引き起こした悲劇だが、二心融合術は伝説の術式から現実の術式となった」
「つまり、ブリューナクやダインスレイフ以外にも、二心融合術によって生成される刻印神器が現れる可能性がある、ということですね」
「そうだ。おっと、どうやら主賓の登場だ」
「皆様もご存知の通り、三年ぶりに刻印三剣士が揃いました。その三剣士の一人、我が国の久世雅人は、春に日本三華星の一人と結婚しました。刻印三剣士の結婚は世界初でもあるため、この場を借りて、皆様にご紹介したいと思います」
菜穂のセリフに続き、メイン・ホールのドアが開いた。現れたのは中世の騎士を思わせるような衣装に身を包んだミシェルとアーサーだった。
「なんで僕達が……」
「言うな……。雅人に比べれば、まだマシなんだからな……」
「うわぁ……」
「似合ってるのに……なんでこんなに泣きそうになるのかしら?」
「ジャンヌさん、セシルさん……知ってました?」
「まったく知りませんでした。ですがこれは面白いですね。軍の仲間にも、見せてあげたかったですよ」
「とか言いつつ、写真撮ってるじゃないですか」
「セシルさん、けっこうひどいですね……」
「そう?けっこう似合ってるじゃない。さすがは三剣士よね」
「その三剣士ですけど、雅人さんがいませんね。なんでだろ?」
「母さんのセリフから察するに、雅人さんも同じような格好させられてるんだろうな……」
呆れているのは日仏席だけで、他国の方々、特に代表に連れてこられた術師からは憧れにも似た視線が飛び交っている。特に若い女性術師は、ミシェルとアーサーが近くを歩くたびに、アイドル顔負けの黄色い声援を送っている。
「やっぱりすげえ人気だな」
「特に女性からね。気持ちはわからないでもないけど」
そのミシェルとアーサーは壇上へ進み、菜穂や一斗と同じ席に着いた。同時にもう一つの扉が開き、そこから雅人とさつきが現れた。
「うわ!さつき先輩、すっごく綺麗!」
「またすごい格好させられてるわね。まるで結婚式みたいだわ」
雅人もさつきも、結婚式を思わせるような和装だった。雅人が着ている束帯と呼ばれる衣装は、江戸時代に将軍をはじめとした大名が着用した最も格式の高い礼服であり、腰には氷焔之太刀を模した刀を差している。隣を歩くさつきは、十二単を身に纏っている。どちらも日本の伝統装束であり、平安時代からの公家や武家の正装でもある。本来はかなり重い衣装だが、フライ・ウインドを刻印化させているため、重さはほとんど感じないし、スプリング・ヴェールのおかげで夏の暑さも気にならない。だが歩きにくさだけはどうしようもない。
「飛鳥、どうやって謝ったらいいかな?」
「俺に聞くな」
二人とも、とてもよく似合っている。本来であれば自分達も、各国の方々とともに称賛したい。
だがこれは、明らかに一斗と菜穂が仕組んだ罠だ。さつきの美しさに若い男性術師が魅了され、雅人の凛々しさに女性術師が打ちのめされても、どうすることもできない。
その雅人とさつきは、場内をゆっくりと歩きながら、各国の席を回り、かなり時間をかけて壇上へ進んだ。
「歩きにくい……。なんであたし達がこんな格好しなきゃいけないのよ……」
「言うな。あそこまで綿密に、しかも計算されて手配されていたら、どうすることもできないからな」
「その衣装、重いだけじゃなくて暑そうだな。大丈夫か?」
「フライ・ウインドとスプリング・ヴェールを刻印化させてあるから、見た目ほどじゃないわ。刻印術が実用化される前は、大変だったみたいだけど」
「すごい声援でしたね。気持ちはわからないでもないですが」
「お前達もすごかったじゃないか」
「こんな格好させられるとは、思ってもいなかったけどな。これだから七師皇は油断がならねえ」
「同感だが、今回のことについては頭を下げるしかできないな。本当にすまん」
「というか、いつまでこの格好してなきゃいけないんでしょうか?」
「こっちが聞きたいわよ」
「皆様、いかがでしょうか?余興ではありますが、若い術師の方も大勢いらっしゃるように見受けられます。食事の用意ができるまでの間、交流を深めるために、三剣士や久世さつきとの記念撮影などいかがでしょうか?」
「き、記念撮影っ!?嘘でしょ!」
「ありえねえ……」
「ここまで手の込んだことをするとなると、三上代表だけではなく、他の七師皇も関わってますね……」
「間違いなくな。だが七師皇の良心 林虎さんやアイザック・ウィリアムは違う……。いったい誰だ?」
余計な容疑をかけられなかった中華連合席では、林虎が呆れていた。
「まったく……こんなことを考えるのはリゲル殿だな」
「それはともかくとして、どうしますか?」
星龍は美雀と武星を見ながら、林虎へ問い掛けた。美雀も武星も、三剣士やさつきを前にして、かなり浮足立ってしまっているのだから、これは仕方がないかもしれない。
「せっかくの機会だ。行ってきなさい。そしてよく覚えておくといい。中華連合の四神である以上、君達にもいつか、このような罠が仕掛けられるかもしれないということを」
「国際問題にならないのですか?」
「各国の術師が喜んでいるのに、なるわけがない。それにこれは、今後他の国でも催すための伏線でもある」
「そこまで……先を読んでこんなことをしたというのですか!?」
「これぐらいは普通だ。少なくともこの場にいる術師は、今後も異を唱えることはできなくなったと言えるだろうな」
「そういうことだ。それよりいいのか?既に他国の術師が殺到しているぞ」
「あ、はい。それでは将軍、失礼します!」
「ありがとうございます、将軍」
美雀も武星も、嬉々として四人の下へ向かった。
「王大尉、君はいいのかね?」
「私は式に出席させていただきましたので。かなり居心地の悪い思いをしましたが」
「私も聞いて、驚いたよ。だが久しぶりなのだから、君も行ってきなさい。これも一つの交流だ」
「はっ!ありがとうございます」
七師皇を擁する国の術師は、七師皇に似るか、正反対かのどちらかになる傾向が多い。日本は正反対のようだが、中華連合は似てしまったようだ。どちらがいいというわけではないが、林虎としては、自分に似て欲しくはないと思っていた。特に星龍は、自分に似すぎている。少しは肩の力を抜いてもいいと思うことも多々ある。かといって他の七師皇に似てしまっても、それはそれで困る。おそらく他の国も、似たような悩みを抱えているだろう。
だが滅多にない機会でもある。予想していたものとはだいぶ違うが、四神と呼ばれていても、美雀も武星も、そして星龍もまだ若い。
「私達の時代は、じきに終わるだろう。私達のような老人は退場し、若い力が世界を動かす。そのためにこのような場を設けられたか」
「他にも手段はあったはずだがな」
林虎の呟きを聞き取ったのは、アサドだった。
「アサド殿。久しぶりですな。このような場所に来られて、よろしいのですか?」
「構わんよ。私の連れてきた若者達は、三剣士の所へ行っているからな」
「私の部下もですよ。私の許可を待つ必要などないというのに」
「四神か。お前によく似ているな。他の七師皇が奔放すぎるだけかもしれんが。我が国の術師達も、少しは見習ってほしいものだ」
「アルケミストとライブラリアンですな」
「有名なのはその二人だが、他にも数名連れてきた。正解だったと思う反面、失敗だったと思う自分もいる。だが君の言うように、我々老人の時代は、間もなく終わるだろう。七師皇という称号も、意味をなさなくなるかもしれんな」
「同感ですな。ですがアサド殿、それを見届けるおつもりなら、引退されるには早すぎますぞ」
「難しいところだな」
アサドは七師皇の長老、林虎は老師と呼ばれている。その呼び名からわかるように、二人とも齢60をこえている。後進の育成に力を注ぎ、アルケミストやライブラリアン、四神といった若手も育ってきた。まだ七師皇や三剣士には及ばないが、それでも優れた術師達だ。自国を代表する実力はついている。あとは日々の努力を重ね、経験を積めば、いつかは自分達を超えることもできるだろう。自分達の役目は、そこまでだ。二人はそれを自覚しているし、そう願っている。
その願いは、自国の術師だけに向けられているわけではない。少なくともこの懇親会に参加した若者達全員が対象だった。
――西暦2097年7月30日(火)AM10:01 神戸 ポートアイランド――
「始まってしまったか。困ったものだな。せっかくこの日のために援助してきたというのに、高校生相手に遅れをとるとは。所詮は口だけの三流集団ということか。彼らも終わるまでは動けない以上、あの男に期待するしかないな。その間に、候補を見つかるといいんだが」
ついに世界刻印術総会談が始まった。だが誰しもが歓迎しているわけではない。どこの国にも、そんな輩の一人や二人は存在するだろう。それはこの男も同様だ。
その男はポートアイランドの空き地に立っていた。不穏な言葉を並べてはいるが、不審者ではない。総会談に招かれなかったことも、男にとっては興味がない。興味があるのはただ一つ……刻印神器だけだ。
「もしもし。見つかった?間違いないんですか?そうですか、わかりました。それで、あれは?ああ、そうでしたね。わかりました。ではその男を監視し、当日、そこへ案内してください。ええ、そうです。どちらも厳重に保管されていますから、僕達では手が出せません。ええ、そうです。そのようにお願いします」
どこからかかかかってきた通信を終えると、男は歪んだ笑みを浮かべ、その場を後にした。




