11・神戸
――西暦2097年7月29日(月)AM10:45 神戸 ポートアイランド 日本刻印術連盟議会本部――
「ここが連盟議会の本部か。護国院神社とはけっこう離れてるんだな」
京都で一泊し、一行は神戸 ポートアイランドにある日本刻印術連盟議会本部へ足を運んだ。
連盟議会は政治や経済、軍事に関する連盟の窓口でもあり、刻印術師の海外渡航などの審査も担当している。だが全員が刻印術師というわけではなく、総数108名の議員中、半数の54名は政治家や軍人で占められている。残り半数は刻印術師だが、刻印術師優位論者も十数名おり、うち数名は既に粛清されているため、若干名の欠員がでている。連盟議会議員の任期は四年であり、議会議長は連盟代表が兼任することになっているため、次の議員選出までは欠員の補充はない。
「すごい……。いろんなお店があるんですね」
連盟議会ビルは地上十五階、地下三階建てで、地下一階から地上二階にはショッピング・モールやレストランが入っており、いくつかの大学も近く、シーバスによって神戸駅や淡路島とも結ばれているため、常に賑わっている。
「思っていた以上にオープンな組織ですね。連盟議会ビルにショッピング・モールが入ってるなんて、ちょっと意外です」
「地下にはレストランもありますよ」
「さゆり、来たことあるの?」
「何回かね」
「俺も何年か前に一度だけ来たことあるが、ここまで店の数は多くなかったぞ」
「ここ一、二年で、一気に増えたのよ。巨大モールが完成したことも大きいと思うわ」
「へえ。でもポートアイランドって、確か100年以上前に完成してたよな?」
「確か完成したのは1980年代前半だから、120年近く経ってるかしら」
「そんな昔に完成してたんですね」
「この先にもう一つ島を作る予定だったらしく、その名残があの灯台だそうです」
「ああ、なんか不自然だと思ってたが、そういうことなのか」
「さゆり」
「お兄ちゃん。来てたの?」
「父さんに呼ばれた。俺が来る必要はなかったと思うんだけどな」
「お久しぶりです、準一さん」
「ああ、みんなも元気そうでなによりだ。久世さんも、お久しぶりです」
「一ノ瀬さんも。呼ばれたということは、お父上は既に本部に?」
「いえ、関西空港へ行っています」
「関空に?もしかして、七師皇の出迎えですか?」
「そう聞いています」
「へえ、さゆりの兄貴なのか」
「あ、はい」
「初めまして。いつも妹がお世話に……って、刻印三剣士が揃ってる!?さゆり!なんでお前が一緒にいるんだ!?」
「色々あってね。私だってビックリしたし。それより落ち着いてよ。こんな所で騒ぎにでもするつもり?」
「あ、ああ……。失礼しました……」
「気にしないでください。僕達が無理を言って、同行させてもらったようなものですから」
「それより準一さん。ここじゃ目立ちますから、早く中に入りませんか?」
「そ、そうだな。それではご案内します」
「お願いします」
――AM11:07 神戸 ポートアイランド 日本刻印術連盟議会本部 応接室――
「ようこそ日本へ。自己紹介が遅れましたが、一ノ瀬 準一と申します。妹がお世話になりました」
「こちらこそ、さゆりさんにはお世話になっています」
「お兄さんがいらっしゃると聞いていましたが、年が離れていらっしゃるのですね」
「はい。ですが私は出来の悪い兄ですから、妹ほどの実力はありません」
「そんなことないですよ。私達だって生成しないと、準一さんには勝てないじゃないですか」
「ほう、そりゃすげえ」
「そんなことはありません。法具生成を含めて、個人の実力です。できない以上、それが私の実力ということですから」
「そのことだけどさ、お兄ちゃん、本当に生成できないの?」
「何を今更。できないから勝てないんだろう?」
「さゆり、どうかしたの?」
「春休みに実家に帰った時、なんとなくだけど様子がおかしかったのよ。私が生成しちゃったからだと思ってたんだけど、それにしちゃ余裕があったし」
「そういえば私達もお邪魔させてもらったけど、焦ってる感じじゃなかったわね」
「年下の美少女三人が生成しました、なんて言ったもんだから、お父さんもお母さんもすっごく驚いてたのに、お兄ちゃんはそんなでもなかったのがあやしいのよね」
「自分で美少女って言うのか。確かに雪乃ちゃんと久美ちゃんは美少女だけどよ」
「むっ!お兄ちゃん、それってどういうこと?」
「さあな」
「落ち着けって。身内でも無理に追求しないのが暗黙のルールだろ」
「その通りだぞ、さゆり。ところで君は?」
「初めまして、井上敦といいます」
「ああ、君が井上君か。さゆりとは相性が良いんだって?」
「ぶっ!」
「お、お兄ちゃん!それってどういうことよ!?」
「違うのか?夏休み前に二人で革命派を制圧したんだろ?」
「ああ、そのことですか。それは俺が、他の連中と相性が良くないだけだと思いますよ」
「半分が水属性だもんね。あとは真桜ぐらいかしら?」
「そうなんですよね。でもさゆりが一番相性良いのは間違いないですよ」
「属性の相性か。確かに大事だよな」
「セシルさんとミシェルさんも、相性良くありませんでしたか?」
「悪いわけではありませんが、良いとも言えませんね。彼の特性に救われているところが大きいですから」
「光と闇は難しいですからね」
「ですよね」
「実感こもってるわね」
「それなりには、ってところですね」
「俺達もそれなりですね」
「私もです」
「ところで一ノ瀬さん、代表も関空に行かれてるのですか?」
「そうです。奥様は既にお着きの方と、神戸市内へ行かれています」
「市内へ?観光ですか?」
「JFS神戸支社の視察だそうです。何でも医療用設置型刻印具の新開発に成功したらしいですよ」
「医療用ですか?」
「はい。ハート・ウォーターとブラッド・シェイキングと組み合わせることで、今までより精度の高い人工心肺の開発ができたそうです」
ハート・ウォーターとは水性C級支援系治癒術式のことであり、医療術式の中では重要な術式の一つとされている。雪乃や久美も習得しており、精度は飛鳥を凌ぐ。特に久美は支援系に適性があるため、期末試験では真桜に次ぐ成績を収めている。
「ブラッド・シェイキングと組み合わせたのかよ。すげえ発想だな」
ブラッド・シェイキングは干渉系術式であり、戦闘用としても高い性能を持っている。血液を振動させることで、脳震盪や血管を破壊することも可能なため、試験の難易度も高い。飛鳥のS級術式ミスト・インフレーションは、ブラッド・シェイキングの延長線上にあると言えるだろう。
「本当ですね。安全性は大丈夫なんですか?」
「そう聞いています。と言ってもまだ試作段階なので、完成しているわけではないそうですが」
「でも設置型の人工心肺って、既に実用化されてましたよね?」
「はい。ですが問題がないわけではないらしいです。医療知識がないので、詳しくはわかりませんが」
「そうなんですか?」
「俺も詳しくはないが、そういった話は聞いた覚えがあるな。確か準備に時間がかかるから、緊急手術なんかじゃ戦前に開発された、機械式の人工心肺を使ってるとか」
「戦前って、そんな昔の機械が現役なんですか?」
「それだけ優れた設計と性能ってことなんだろうな。さすがに改良はされてるだろうが」
「医療系刻印具の開発は必要ですから、視察に行かれるのもわかりますね」
「そうですね。ん?ちょっと待ってください。準一さん、既に到着している各国代表と母さんが一緒に、視察に行ったんですよね?」
「ああ、そうだが?」
「あ~……なるほどね……」
「どうかしましたか?」
「……ロシアのグリツィーニアさんも一緒ですよね?」
「そうだが、それがどうかしたのか?」
「ええ、しました……。ごめん、飛鳥。行ってくるね」
「悪い」
「私も行くわ。道案内は必要でしょ?」
「私もいいかしら?」
「僕も興味があります。同行させてください」
「すいません、お手数おかけします」
「決まりね。そうだ、敦。あんたも来なさい」
「了解」
――PM12:27 神戸 JFS神戸支社――
「ほんっとうにすいませんでした!」
「い、いえ……」
真桜はJFSの研究員の方々に、頭を下げていた。その中には元生徒会長にして明星高校OB、御堂翔の姿もある。
「三上さん、いい加減に頭を上げてくれ」
「上げれませんよ!うちのお母さんが、本当にご迷惑をおかけしました!」
真桜の背後には、大型の機械がある。だがあちこちから火花が散っている。
「そんなことはない。むしろ重大な欠陥が発覚したわけだから、こちらとしても助かったところだよ」
「でも……!」
「確かに菜穂もニアも、やりすぎよね。積層術で人体を模した人形を作るのはともかく、なんでフレイム・ウェブまで組み込んだのよ?」
「そういうイーリスだって、ダンシング・プラズマを組み込んだじゃない」
菜穂に同行していたのはニアだけではなく、ドイツの七師皇イーリス・ローゼンフェルトとエジプトの七師皇アサド・ジャリーディ、イランのルドラ・ムハンマドだった。
「やれやれ……。この三人が揃うと、ロクなことを仕出かさんな」
「アサドさんも、大変ですね……」
アサドは七師皇最年長であり、そのため七師皇の長とされている。対してイーリスとニアは菜穂と同い年で、しかも菜穂は、七師皇に匹敵する実力者ではあっても、七師皇ではない。イーリスも六年前に七師皇の称号を継いだが、それ以前から菜穂やニアと共に、世界最上位の女性術師として名を馳せていた。
つまり何が言いたいかというと、三人は総会談を通じて面識があり、同世代ということで頻繁に連絡を取り合っている仲であり、直接会えば必ず何かしらの問題を起こし、何度もアサドや林虎が頭を抱えていたということだ。
「それにしても、積層術であんな精巧な人体模型を作り上げることができるなんて、知りませんでした」
「それはそうだろう。何せこの三人が、悪だくみのために作り上げた術式と言っても過言ではないからな」
壊れた(壊された?)人工心肺を見ながら、アサドは溜息を吐いた。イーリスは医療系術式を得意としており、高名な医学者でもある。そのため人体の構造は知り尽くしている。だが菜穂やニア同様、かなり奔放な性格をしているため、ドイツでも犠牲になった術師は数多い。
その三人が組み上げた積層術は、忠実に人体を再現しており、人工心肺の実験のために提供してくれた。と、JFSは思っていたが、アサドはその瞬間から、とてつもなく嫌な予感を覚えていた。
「まさかグリツィーニアさんだけじゃなく、イーリスさんまでお母さんと仲良かったなんて……」
真桜はそんな話を、一度も菜穂から聞いたことがない。二人が七師皇という立場であるため、遠慮しているのかとも思ったが、そんな大人しい性格はしていない。
「菜穂は一斗と同時に七師皇に推薦されたが、同じ国から二人の七師皇が選ばれることはない。だから自分から身を引いただけで、実力は七師皇と同等だ」
「そ、そうなんですか!?」
一斗が七師皇に選ばれたのは九年前で、飛鳥も真桜も、まだ幼かった。覚えているのは、自分達も連れて行ってもらったということだけだ。だからそんな裏話があったことなど、知る由もなかった。
「アサドさん、バラさないでくださいよ」
「これぐらいで文句を言うな。今まで私が、どれだけ頭を痛めたと思っているんだ?」
「そんなこと、したっけ?」
「さあ?」
「とぼけてる……わけじゃないですよね?」
「素だな。本当に心当たりがないのだろう。アサド殿、やはり私は……」
「諦めろ、ルドラ」
「七師皇にお会いしたのは初めてだが……とんでもない人達なんだな……。色んな意味で……」
「あたしも時々、こんな人達が世界の頂点でいいのかって疑問に思うわよ」
翔とさつきが溜息を吐き、雪乃とさゆりは、乾いた笑みを浮かべることしかできなかったのも、仕方のないことだろう。




