8・再会
――PM6:12 源神社 母屋 居間――
あの後三剣士は、すぐに明星高校を後にした。雅人の愛車で近くに待機してはいたが、革命派は全戦力を投入していたらしい。
その後襲撃はなく、無事に全生徒が下校した。警察もそれを確認すると同時に非常線を解除し、風紀委員も解放された。相手が国防軍過激派の残党だった以上、立派な正当防衛なのだから、風紀委員の生成者達が罪に問われるようなこともない。明日、もう一度事情聴取を受けることになったため、思っていたより早く解放されたという側面もある。
そして今、源神社には風紀委員全員――浩はショックが強過ぎたため、帰宅させられた――が集まっている。
だが目の前には刻印三剣士が揃っているし、さつきやセシルという実力者の姿もある。緊張するなという方が無理だ。
「それで雪乃、結局どれぐらいのバカが襲ってきてたの?」
「は、はい。全部で三十人ほどです」
雪乃はワイズ・オペレーターを生成し、情報をまとめているところだった。情報を記録させるために、刻印具も接続している。
「それを名村さんを含めた七人で制圧か。二ヶ月でとんでもなく腕を上げてるな」
「本当に。それに設置型の刻印法具なんて、初めて見るわ」
「僕は一度見たことがありますが、こんな形状じゃありませんでした。興味深いですね」
「え?」
「融合型や複数属性特化型より少ないって言われてるのに、見たことあるってすごいわね。オーストラリア人なの?」
「ええ、まあ。もう亡くなられましたが」
「ご、ごめん!」
「いえ、気にしないでください。それにしてもすごいですね。刻印具の接続までできるなんて、聞いたことありませんよ」
「アーサー、そっちが目的じゃないだろ?」
「わかってますけど、研究者としては興味を惹かれますよ。僕の研究もはかどるかもしれませんし」
「えっと……私なんかでよければ、お手伝いしますけど」
「本当ですか?」
「は、はい。私もアーサーさんの研究には興味がありますから」
雪乃は刻印術師前世論に興味を持っている。ブリューナクを見たこと、浩が風紀委員会に加入したことが、その興味を加速させたと言ってもいい。
先祖返りは前世が刻印術師だと言われているが、それならば前世が刻印術師だという刻印術師がいても不思議ではない。特に融合型、複数属性特化型、刻印神器生成者は、高い確率で歴史に名を残す人物が前世ではないかと思っている。そのため雪乃は前世論の権威 マーリン教授はもちろん、アーサーのことも知っていた。
「ありがとうございます、雪乃さん」
雪乃の顔が赤くなった。雪乃の知っている生成者はほぼ全員、特に後輩達は血の気が多く遠慮がない。
だが対象的に、エクスカリバー生成者の青年はかなり腰が低い、と言うより謙虚なようだ。頭を下げられるとは思ってもいなかった。
「別にいいけどね。それよりアーサーさん、真桜に用があったんじゃないの?」
「え?私ですか?」
「ああ。真桜ちゃん、夏越の舞を練習もせずに舞えるだろ?だからアーサーは、前世論を唱えている教授に代わって、それを確かめに来たんだよ」
「それじゃあアーサーさんって、軍人じゃないんですか?」
「ええ、僕はまだ大学生ですし、卒業しても軍に入るつもりはありません。そもそも僕は、雅人さんやミシェルさんのように戦闘向きではないので」
「それはそれで意外な……」
「それでその前世論でしたっけ?なんで私が?」
「夏越の舞を最初に舞ったのは静御前だと言われている。静御前は源義経の妻として有名だろう?真桜ちゃんが夏越の舞を舞えるのは、前世が静御前だからじゃないかとアーサー達は考えているんだ」
「そうです。本当は教授も来る予定だったのですが、来られなくなってしまったため、僕が代役として来たんです。急なお話ですいません」
「それはいいんですけど……私の前世が静御前?」
真桜はあまり嬉しくなさそうだ。静御前は義経と生き別れにされただけではなく、義経との間に儲けた子供も殺され、失意のうちに消息を絶ったと言われている。真桜にとっては嬉しくないどころか、考えたくもないことだ。
「前世は今世とは別物か、あるいは因縁や絆を持ち越しているのか、これは僕達の間でも意見が分かれているんです。それを調べるためにも、なるべく多くの実証データが必要となります。ですから真桜さんにもご協力をお願いしたいんです」
アーサーの言葉に驚いたのは真桜だけではなく、ジャンヌもだった。二人とも前世論のことは聞いたことがある程度で、あまり詳しくはない。だが二人にとって、飛鳥とクリスは半身と言っても過言ではない。きっと前世以前から強いつながりがあったのだと信じている。
「アーサーさんは……どう思ってるんですか?」
「僕は両方です。前世はあくまでも前世です。それで人生が決まるわけじゃありません。でも因縁や絆が断ち切られるかといったら、そんなことはないと思います。むしろ大きく関係しているでしょう。前世での結びつきが強ければ強いほど、今世にも何かしらの影響が出ると思います。良縁も悪縁も関係なく。教授も同じことを考えています」
「わかりました。前世なんかに興味はありませんけど、私でよければ」
「しかし良縁はともかく、悪縁は断ち切っておきたいところだな」
「同感だが、そううまくはいかないだろう。アーサー、フェニックス教授が来日される予定はないのか?」
「今のところは難しいですね。体調が良くなれば来られると思いますが」
「え?フェニックス教授はご病気なんですか?」
「ええ。先月 南アフリカから帰国されたんですが、けっこう大変だったらしく、二週間前に倒れてしまって」
「しかし南アフリカとは、またすごい所に行ってたんだな。風土病とかじゃないのか?」
「それは大丈夫みたいです。教授お一人で行かれてたわけじゃありませんから」
「それもそうか」
「それでアーサーさん。私はどうすればいいんですか?話って言われても、私も意識したことなんてないんですけど?」
「意識する必要はありません。ちょっと待ってくださいね。えっと、真桜さんは夏越祭という鎌倉のお祭りで、毎年夏越の舞を奉納されているそうですね?」
「私だけじゃありませんし、毎年ってわけじゃありませんけど、一応は」
「ですが練習をしたことはなく、体が動く。そう聞いてますが、間違いありませんか?」
「ええ。何故かわかりませんけど、勝手に体が動いてくれて。最初は八幡宮の人達もいい顔をしませんでしたけど」
「普通はそうでしょうね。でもアーサーさん。それと真桜さんの前世に、何の関係があるんですか?」
「重要なことです。静御前は鶴岡八幡宮で、時の将軍 源頼朝に舞を強要されました。その時に頼朝の弟 源義経を慕う歌を唄い、舞ったとされています。つまり真桜さんの前世が静御前なら」
「そっか。真桜が静御前なら、それはできて当然ってワケか」
「そうなります」
「確かに私もそう考えました。でも私は、真桜ちゃんの前世は静御前じゃないと思います」
「何故ですか?」
「静御前は歴史上の人物ではなく、創作上の人物の可能性があるからです」
「そうなんですか?」
「ええ。静御前のことが記されている書物は、『吾妻鏡』のみで、明らかに後世に作られたとわかる逸話がいくつかあるの。全部が全部創作とは言わないけど、静御前の実在性が疑われてもおかしくはないと思うわ」
「それはそれで問題じゃないか?静御前が実在しないなら、なんで真桜ちゃんが夏越の舞を舞えるんだ?」
「そもそもなんで、静御前は実在しないって思ったの?」
「静御前は生没年不詳とありますが、これは当時では珍しくはありません。私が一番疑問に思っているのは、静御前が頼朝に白拍子の舞を命じられてからわずか三カ月後に、男児を出産していることです。身重の体に差し障りのない程度の舞だったのかもしれませんけど、そんな大事な時期に舞を強要させるなんて、あまりにも不自然です」
「頼朝とか男性にはわかりにくいことだからじゃなくて?」
「少なくとも頼朝や妻の北条政子は、大事な時期だって知ってるわ。二代目将軍の頼家は、既に産まれていたから」
「義経の子だから、どうなってもいいって考えたんじゃねえのか?」
「それもありえないわ。神事として舞ったということらしいから」
「確か頼朝の妻 北条政子が取り成して、静御前が出産するまで面倒を見たことになってましたよね。監視の意味もあったんでしょうけど」
「北条政子かどうかはわからないけど、出産するまで鎌倉に留まるよう命じられたことは間違いないわ」
「その時に女児ならば命は助けるが、男児ならばすぐに殺すと頼朝に言われたらしいですね。実際、産まれた子が男児だったから、本当に殺されたらしいですが」
「思っていたより複雑な話ですね。それでは雪乃さんは、どう考えてられるんですか?」
「静御前は実在しましたが、それは『吾妻鏡』で伝えられているような人物ではなかったと思います。『吾妻鏡』は執権として権力を握った北条氏が編纂したもので、明らかな曲筆も多々あるそうですから」
「確かにそうね。静御前の舞の件にしても、頼朝の怒りを鎮めたのは妻の北条政子で、静御前に同情的な立場をとってたし」
「ええ。ですから私は、静御前のモデルとなった人がいると考えています。おそらく鶴岡八幡宮や源氏、北条氏に近い女性じゃないかって、私は思っています」
「なるほど、確かにその可能性はありえます」
「認めるのか、アーサー?」
「認めるもなにも、研究者としては当たり前のことですよ」
「い、いえっ!私が勝手にそう思ってるだけですから!」
「ですがあなたの説明は納得できます。日本に限らず、世界的に見ても後世に名前が残っている女性は少ないですから」
「そうなんですか?」
「ええ。むしろ真桜さんは、候補が絞れているだけ珍しいと言えます」
「じゃあ私の前世は、静御前じゃないってことなんですか?」
「その可能性もでてきましたが、実証は難しいと言わざるをえません。今のところ前世が明確に判明している人はいませんから、少々行き詰っているところもあります」
「でも前世論って、日本じゃ主流になりつつあるんじゃありませんでしたっけ?」
「ああ。血統だけじゃ説明ができないからな。アーサーは前世が判明している人はいないと言っているが、それは当然だろう。前世論が世に出てからまだ数年だ。そう簡単に判明するものじゃないと思う」
「そう言っていただけるとありがたいです。僕も勉強中ですし、教授自身も試行錯誤されていますから」
「真桜ちゃんなら誰が前世でも、あんまり驚かないけどね」
「だな」
「あ、もしかして夏越祭で私と会う予定だった人って、アーサーさんなんですか?」
「そうです。代表のご厚意で、予定より早くお会いさせていただきました」
「……雅人さん、親父が絡んでたんですか?」
「残念なことにな。俺達も大変だったよ」
「三剣士が揃って行動してたわけですしね」
「どっかのテレビ局でニュースになってねえか?」
「そんなヘマはしないわよ。危なかったけどね」
「本当はもっとゆっくり会う予定だったんだが、まさか過激派の残党が明星高校を襲撃しているとは思わなかった」
「俺達は校門前の数人しか相手にしてないが、敦とさゆりはけっこうな人数を相手にしてたな」
「え?見てたんですか?」
「僕達が到着した時、丁度テンペストの結界内にマルスが展開されたんです。僕はすぐに突入しようと思ったんですが……」
「あたし達が止めたの。あんた達の成長具合見たかったし、香奈達を襲おうとしてた連中もいたからね」
「三剣士全員が相手なんて、あいつらにはもったいない気がしますね」
「あたしも同感。まあほとんど、雅人が始末したんだけど」
「総会談の出席者に、こんなことで迷惑をかけるつもりはなかったからな。失礼にも程があるだろ」
「俺は別にいいんだけどな」
「僕もです。テロリスト相手に遠慮するつもりはありませんから」
「でも本当に助かりました。私と浩君だけじゃどうすることもできませんでしたから」
「お礼を言われる程のものではありませんよ。面白いものも見せてもらいましたし」
「それが井上と一ノ瀬ですか」
「香奈先輩だけじゃなく、浩君や1年生もいましたからそれはいいんですけど……私達の成長具合って、別に実戦じゃなくてもいいじゃないですか……」
「そもそもどうやって、テンペストやマルスの中を見てたんですか?」
「テンペストに限らず、自然型は結界としての効果は期待できないからな。丸見えってわけじゃないが、けっこう見えてたぞ」
「ちなみにマルスの中は、再展開される直前に全員が探索系使ったからよ」
「え?ってことは、もしかして井上君の……」
「ええ、拝見しました。すごい術式を開発されましたね」
「本当ですね。対象の血液や水分に干渉するだけじゃなく、肉体にも干渉して攻撃対象を圧縮させるなんて、簡単じゃありませんよ」
「さゆりさんがマルスを覚えてたのも驚きました。テンペスト内なのにあそこまで展開できるなんて、本当にすごいですよ」
「三剣士やフランス最強の術師に見られてたなんて……すっごい恥ずかしいんだけど……」
「だな……」
「そう言わないで。二人の実力はわかってたつもりだけど、この二ヶ月ですごく腕を上げてるんだから。もちろん久美さんも」
「わ、私もですか?」
「神槍事件だけではなく、ダインスレイフとの戦いも経験になっているように見受けられました。雪乃さんも変わらない実力をお持ちと伺っています」
「いえ、私は戦闘向きではありませんから、三人よりも実力は下です」
「謙遜することはないでしょ。あんたの結界、あたしでも破るの手間なのに」
「さつきさんが?そんなになんですか?」
「ワイズ・オペレーターの処理能力をフルに活用しているから、術式刻印の偽装や強化は半端じゃないぞ。三条も状況に合わせて結界の特性を変化させているから、見切りにくいんだ。これでまだ生成して半年だから恐ろしいだろ」
「確かに恐ろしいな。なんでフランスに呼ばなかったんだ?」
「本当は連れていきたかったんだけど、時間がなかったのよ。急だったし」
「確かにそうですね」
「ところでみなさんは、今晩どこに泊まるんですか?」
「うちに泊まってもらうつもりよ。本当は横浜辺りのホテルがいいんだろうけど」
「新婚のお宅に泊まるのも、気が引けるんですけどね」
「それならうちに泊まってもらうのは……どうかな?」
「うちって、ここか?」
「はい。古い神社ですし、あんまり大したことはできませんけど」
「いや、ありがたいぜ。そういえば名村さんはどうしたんだ?」
「先生は今日は学校に泊まりです。事後処理がありますから」
「それもそうですね」
(あれ?)
(セシルさん、なんか残念そう?)
「泊まってもらうのはいいけどよ、俺達、明日も学校だぞ」
「それなら俺達が早めに来ればいいだろう」
「私も構いませんが、ジャンヌとアーサーさんはどうですか?」
「こちらからお願いしたいところです」
「ありがたいんですけど……本当にいいんですか?」
「はい!」
「ありがとう、真桜さん。セシルさん、私もここに泊めさせていただきたいと思います」
「わかったわ。それでは飛鳥さん、真桜さん。申し訳ありませんが、ご厄介になります」
「こちらこそ」
「それじゃ少し遅いけど、ご飯つくりますね。先輩達はどうします?」
「私は泊まらせてもらおうかしら」
「あ、それなら私も」
「せっかくだし、俺も泊めてもらうか」
「生成者全員か。別に俺達は構わないけど」
「俺達も歓迎だ。フランスじゃあんまり話せなかったしな」
「僕もです。せっかくの機会ですし、雪乃さんのお話も伺いたいですから」
「私ですか?」
「はい。雪乃さんの考えを聞かせていただきたいんです。静御前が架空の人物でも、モデルとなった人物がいるなら、それが誰なのか気になります。その人物に心当たりもあるんですよね?」
「一応あるんですけど……自信はありません」
「それでも構いません。雪乃さんの考えに興味がありますから」
「わ、わかりました。(真桜ちゃんの前世があの女性なら……もしかして飛鳥君の前世って……)」




