7・バスター・バンカー
――西暦2097年7月19日(金)PM4:02 明星高校 校門前――
「今年は大人しいな。やっぱり生成者が六人もいると、問題起こすバカはいないか」
無事(?)に追試も終わり、風紀委員は今日も巡回をしている。明日で一学期も終わりだが、この一週間、問題を起こした生徒はいない。
「そうなんですか?」
「ああ。去年はこの時期に不正術式を使った奴が捕まったし、一昨年は暴動寸前だったらしい」
今日は敦と浩がペアを組んでいる。通常この時期に術師同士のペアは組まれないが、浩はまだ経験が不足している。敦も加入したばかりだが、二ヶ月前にフランスでダインスレイフという刻印神器と戦い、刻印法具の生成までおこなった。実力的にも経験的にも不足は感じられない。
ちなみに本日のペアは、飛鳥と真桜、雪乃とまどか、さゆりと香奈、久美とエリー、大河と良平、常駐は美花、武、遥、昌幸、望の五人。生成者全員が巡回という、情け容赦ない布陣だ。
「でも委員長、争い事が苦手だって話でしたけど、今日の布陣はかなり容赦なく感じますね」
「飛鳥と真桜だろ。現在進行形の問題がいくつかあるからな。威圧するには丁度いいさ」
通常組まれない術師ペアだが、敦と浩はまだわかる。だが飛鳥と真桜までがペアなど、いくら牽制と威圧が目的とはいえ、恐ろしすぎる。
確かに現在進行形の問題はいくつかある。不正術式の不法所持、雪乃と美花にちょっかいをかける生徒、刻練館で行われている術式実習、発売されたばかりの刻印具ニューモデルや限定品。術式実習は卓也が監督してくれているし、風紀委員としても取り締まり目的で見張っているわけではない。
だが他の問題は、場合によっては警察沙汰になるため、飛鳥と雪乃、さゆりも探索系術式を使用しながら巡回をしている。
「確かにそうですね。そういえば井上先輩、S級って完成したんですか?」
先祖返りとはいえ、浩も刻印術師だ。生成者が開発するS級術式には興味がある。
「一昨日な。ギリギリ総会談に間に合ってホッとしてるよ。と言っても、まだ実戦では使ってないが」
「やっぱり実戦で使ってみないと、わからないものなんですか?」
「わからんな。まあ俺の術式は、あいつらと違って広域系を使ってないからな。処理能力には余裕があるから問題ないと思うが」
「久美姉達の術式って、そんなにすごいんですか?」
「そんなにだな。おっと、この話はここまでだ。あれを見ろ」
「え?あれって……不審者、ですか?」
敦の視線の先に目を向けると、そこに一人の男が立っていた。だが何とも言い難い雰囲気が漂っている。
「わからんが、校門前で待ち合わせっていう雰囲気でもない。本部、こちら井上、新田組」
「こちら本部、川島よ。どうかしたの?」
「校門前に不審者と思われる人物がいます」
「校門前ね。美花に確認してもらうから、準備だけはしておいて」
「了解。それじゃ行くぞ」
望との通信を切ると、敦は浩を促し、男の所へ向かおうとした。だが浩には、意図がわからなかったようだ。
「え?真辺先輩が確認してくれるんじゃないんですか?」
「探索系だって絶対じゃない。それにあれが不審者なら、放置しておくわけにもいかないだろ?」
「それは……そうですが……」
「井上君、聞こえる?真辺よ」
そこに丁度、美花からの通信が入った。
「聞こえる。どうだ?」
「よくわからないわ。結界らしきものが展開されてるから」
美花の一言は、さすがに驚いた。美花のプラント・シングで判別できないということは、風属性広域系だろうと推測できる。美花は刻印術師ではないが、探索系の精度は一流の術師にも匹敵する。その美花が確認できないなどと、考えにくい事態だ。
「結界?ここからじゃ何も見えないが?」
「どうも井上君達、結界内に入っちゃってるみたいなの。だから委員長に連絡して、解析をお願いしてるわ。もうちょっと……あ、ちょっと待って」
「さすがに早いな、委員長は」
雪乃の刻印法具ワイズ・オペレーターは、処理能力はもちろん、解析能力も優れている。慎重な性格でもあるため、美花から連絡がいくと同時に調べてくれたのだろう。だが専用刻印具から聞こえてきた声は、美花ではなかった。
「戸波だ。井上、新田をそこから逃がせ。お前達がいる場所は、テンペストの結界内だ」
遥の声に、緊張の色が浮かんでいる。確かに風性A級広域系術式テンペストならば、美花でも確認しにくい。同時に男が不審者だということも、確定したと言っていいだろう。
「テンペスト?風属性の自然型ですか?」
「そうだ。真辺のプラント・シングも、相克関係ではじかれていたようだ」
「了解です。境界がどこかわかりますか?」
「お前達の後方3メートルらしい。何か違いはないか?」
「3メートル……ああ、あれか。微妙にですけど、空気が変わってる感じがします。そこが境界なんでしょうね」
「井上、お前一人で足止めしてもらうことになるが、大丈夫か?」
浩は実戦経験がない。だがそれを差し引いても、風属性のA級術式を使う術師が相手ならば、浩の適性属性では相性が悪すぎる。
「時間を稼ぐだけならなんとか。テンペストってことは相手も生成者でしょうからね」
「今 飛鳥と真桜ちゃんにも連絡を入れた。だが二人は講堂側にいるから、少し時間がかかる。三条達も向かっているが、相手が生成者で、しかもA級を使っているとなると、簡単に結界内には入れないだろう」
「時間がかかるって言っても、同じ校内ですしね。三剣士や三華星クラスでもない限り、簡単にやられたりはしませんよ」
敦の自信には、根拠がある。フランスではダインスレイフとも戦ったし、雅人やさつきにも鍛えてもらっている。恵まれた環境に身を置いている以上、実力がついていなければ、それが自分の限界であり、そこまでの男だったとも思っている。
「わかった。今 氷川と一ノ瀬が結界の外に到着したそうだ」
さゆりと香奈は、近くにいたようだ。こんなに早く駆けつけてくるとは思わなかったが、生成者が間に会ってくれたことは非常にありがたい。
「確認しました。早いですね。それじゃ新田を逃がしてから、俺は足止めに入ります」
「頼む」
「というわけだ、新田。お前は氷川先輩や一ノ瀬の所に行け」
「でも……!先輩一人で相手をするなんて、危険ですよ!」
「安全な相手なんていねえよ。それに俺の役目は足止めだからな。無理をするつもりもないさ。それにそろそろ、動くだろうしな」
「動くって、何がですか?」
「相手だよ。自分の結界内に侵入した奴がいるってのに、それに気付かないマヌケがいるわけねえ。校門前だからある程度は素通りさせてるだろうが、ここで不自然に止まってる俺達を不審に思っても、おかしくもなんともねえよ」
「あ……」
「いいから行け。いくら一ノ瀬でも、相克関係の術式を破るのは難しい。それにモタモタしてたら、他の連中が危険にさらされる」
さゆりは土属性に適性を持っているため、風属性のテンペストとは相性が悪いし、何より本人が特に苦手としている属性だ。真桜やさつきに鍛えてもらったとはいえ、さすがにA級術式を破ることはひと手間もふた手間もかかるだろう。
「……わかりました。あ、あれ?」
そう思っていた敦だが、まさかの事態に驚きを隠せなかった。
「どうした……って、一ノ瀬!氷川先輩も!結界内に入ってきたんですか!?」
「井上君?え?結界内?」
「まさか、領域を広げられたの!?」
香奈の言うとおり、領域を広げられてしまったのだろう。そうでなければさゆりはともかく、香奈が結界内に入ってくる理由がない。
「っぽいな。さすがに警戒されちまったか……!」
「となると、ここに来た生成者は一人や二人じゃなさそうね……」
「ですね。一ノ瀬、何人いるかわかるか?」
「ごめん、さすがにテンペストの中じゃ、正確に把握できないわ。それらしい奴が、最低でも五人いるのはわかったんだけど……」
「けど……どうかしたんですか?」
「バン、って言うのかな。大きなワゴンがあるんだけど、それも関係あるっぽい雰囲気なのよね……」
「大型のバンってことは、十人前後か。それがわかっただけでもありがたいが、問題は……」
「ええ。下校中の生徒が何人かいるわね。さゆり、確か惑星型覚えたって言ってたわよね?」
「覚えましたけど……あの距離だとちょっと厳しいかもです」
「やるしかないな。俺が突っ込むから、援護頼む」
「それしかないか。テンペストを使ってるのは、あの男で間違いないわよ」
「わかった。新田、お前は氷川先輩から離れるなよ」
「は、はい」
「気をつけてね、二人とも」
「香奈先輩も」
「それじゃ、行くぜ!」
「オッケー!」
敦とさゆりは同時に走り出した。バスター・バンカーとレインボー・バレルも生成している。
「遅かったな。怖気付いたかと思っていたところだ」
「やっぱり気付いてやがったか!」
テンペストを発動させている男の背後から、全部で七人の男が姿を見せた。全員が刻印法具を手にしている。テンペストを発動させている男は、携帯型の刻印法具生成者のようだ。予想していたが、何も知らない下校中の生徒――おそらくは1年生が、丁度不審者に近づく形になっている。
「そこの1年生!少しでいいから下がって!」
警告すると同時に、さゆりのマルスが下校中の1年生達の周囲に展開された。だがマルスが惑星型とはいえ、土属性術式であることに変わりはない。風属性自然型術式テンペスト内では、展開するさゆりとしてもかなり辛い。
「マルスだと!?A級を習得していたなど、聞いていないぞ!?」
だが予想に反して、男達の動きが止まっていた。そこに敦のクリムゾン・バレットが着弾し、マルスとの間に広い空間ができた。敦とさゆりは、その空間に駆け込んだ。
「まさか止まってくれるとは思わなかったわ。あなた達、優位論者ね?」
「優位論者?その呼び名は古いな。我々は革命派。南閣下のご遺志を受け継ぎ、この国に真の繁栄をもたらす者だ」
「南の遺志を、ってことは、過激派の生き残りか。よくもまあ、いけしゃあしゃあと……!」
「小娘が何を言っている。確かにあの日、閣下は亡くなられたが、それは神槍ブリューナクが現れたからだ。そうでもなければお前達のような子供に、閣下が遅れをとるはずがないからな」
「それはどうかしらね。あの時ここには、三剣士と三華星もいたのよ。仮にブリューナクが現れなくても、南が死ぬことに変わりはなかったわ!」
「同感だな。しかしよりにもよって革命派ときたか。後ろ盾もないくせに……いや、新しい後ろ盾ができたから、行動に移ったってとこか」
「よりにもよってこの時期にね。あなた達、総会談前に騒ぎを起こして、何をするつもりなの?」
「無論、総会談の参加者を皆殺しにする。我々の力を以てすれば、容易いことだからな」
「呆れて物も言えねえな。どこからそんな自信が出てくるんだよ?」
「優位論者に理屈は通用しないわ。自分達が死ぬ寸前になっても、まだ認めようとしないんだから」
「そりゃ救いようがねえな。そんなつもりもないが」
「井上君、悪いんだけど、少しだけ相手してもらっててもいい?」
「そのつもりだ。お前はそいつらを頼むぜ」
「何を考えているか知らんが、いくら生成者とはいえ、子供が大人に勝てるなどと考えないことだな」
「優位論者風情が語るんじゃないわよ!」
さゆりはマルスの領域を広げ、核の対象も変更させた。それによって半径10メートルの小さな火星が移動し、テンペストと外界の境界まで届き、脱出口をこじ開けている。
「あそこから逃げられるから、急いで!」
「は、はい!」
1年生達は今にも腰を抜かさんばかりの勢いだが、さゆりにも余裕はない。
「そのガキどもを逃がそうというのか。浅はかだな」
「お前らに言われる筋合いはねえな!」
「そんなことだから、大きな隙ができるのだ。いかにマルスといえど、俺のテンペスト内では本来の性能を発揮できまい。やれ!」
男の指示が下されると同時に、生成者達から戦闘系の術式が発動された。幸いにもS級はないようだが、全てがB級だ。テンペストを発動させている男――おそらくリーダーはウイング・ラインを発動させている。敦もとっさにガード・プロミネンスを発動させたが、惑星型の結界全てを覆うことなどできるはずもなく、いくつかの風の刃がマルスに直撃している。
「一ノ瀬、大丈夫か!?」
「なんとかね……!香奈先輩と浩君が誘導してくれなかったら、アウトだったかも知れないけど」
「あいつ、けっこう根性あるな」
「実戦は初めてのはずなのにね。私達もあんまり余裕はないけど……」
そう言いながらもさゆりは、マルスの中で1年生を誘導している香奈と浩を見ていた。香奈の指示が的確なこともあるだろうが、浩も腰を抜かしかけている同級生を懸命に誘導し、手を貸しながら結界から抜け出ようとしている。
「だな。それにこいつらが過激派の生き残りなら……」
「ええ。みんなも校内で足止めされてるでしょうね。飛鳥と真桜がペアっていうのが救いかも」
「数によるだろうがな!」
敦はファイアリング・エッジと風性B級支援干渉系術式ストーム・サーベルを発動させた。収納された爪に変わって伸びた杭に風の刃を纏わせ、ファイアリング・エッジの炎を煽らせている。そして炎の剣と化したバスター・バンカーを地面に突き立てた敦は、続けてクリムゾン・レイを発動させた。地面から襲い掛かる深紅の炎は、まるで噴火のように地中から革命派を名乗った生成者達に襲い掛かった。
「なっ!?」
「ば、馬鹿な!?地中からクリムゾン・レイだと!?」
革命派の生成者達は、予想外の術式発動に混乱している。ここまで混乱されるなど、敦としても予想外だ。
「これで驚かれるとは思わなかったな。こいつらよりドゥエルグの方がキツかったってことか」
「あいつらは意思があるのかもわからなかったしね。連中の場合、追い詰めたら何を仕出かすかわからない怖さがあるんだけど」
さゆりの視線の先で、香奈が手を振っている。全員が無事に脱出できたという合図だ。さゆりも手を振り返すと同時にマルスを解除し、戦闘態勢に移行した。
「お待たせ。足止めご苦労様」
「お前もな。でだ、俺としてはここで一気に倒しておきたいんだが?」
「異議無し。連盟には事後報告になるけど、この際やむをえないわ」
「あまり調子に乗るなよ!ガキどもが!」
「それはお前らだろうが!」
強度を上げた敦のクリムゾン・レイは、ストーム・サーベルとの相応関係で、さらに威力を増した。しかもテンペストを解除していないため、上空に伸びた深紅の炎はさらに煽られ、下降すると同時に二人の生成者を直撃し、焼き尽くした。余波によって、近くにいた二人の生成者もダメージを負っているようだ。
その二人対して、さゆりのブラッド・シェイキングが二発同時射出され、余波を受けていた二人の血液を激しく振動させ、クリムゾン・レイとの相応関係によって電離させ、体内から焼き尽くした。
レインボー・バレルの特性は同じ術式の同時射出、もしくは異なる属性術式を最大七発まで連続射出ができるという点だが、それを可能にしている最大の要素は、言霊を唱える必要がないことだ。
刻印術は術式選択、刻印起動、思考設定、言霊認証の四工程をこなすことで発動する。特に最後の言霊認証は、誤爆や暴走を防ぐために必須となっている。それはS級術式や神話級術式であっても例外ではない。だが飛鳥のカウントレスのような特性を持つ刻印法具も存在する。カウントレスは術式選択と刻印起動が省略され、思考設定と言霊認証の二工程で発動させる特性を持つため、世界でも有数の発動速度を誇る。
そのカウントレスに対して、さゆりのレインボー・バレルは言霊認証ではなく、思考認証によって最終発動が決定される。術式の連射をするためには、最低でも言霊認証を終える時間が必要となるが、それではとても連射とは言えない。戦闘中に早口言葉の真似をする余裕はないし、それだけで息が上がってしまう。だが思考認証によって発動させることができる特性は、連射という特性に非常に合致している。さゆりは実質的に言霊認証省略に等しい速度で術式を発動させているし、言霊を唱えないため、術式を悟られにくいという利点もある。
リーダーと思われる男はわずかな隙に気を取られた挙句、一気に四人もの部下が倒されてしまった事実を受け入れられずにいた。自分のテンペストが元凶だということにすら気付いていない。だからさゆりのブラッド・シェイキングと敦のクリムゾン・レイの相応関係など、理解できるはずもなかった。
ブラッド・シェイキングによって加速させられた分子運動は、クリムゾン・レイによってさらに速度を増し、気化する。だがそれだけでは止まらず、やがては原子核と電子が分離し、プラズマと呼ばれる状態になる。これを電気解離と呼び、気体よりも高いエネルギーを生み出すため、放電現象も引き起こす。水と火は特に相克関係が強い属性のため、相応関係は成立しないように思われがちだが、皆無というわけではない。敦とさゆりの積層術は最たる例と言える。
「ブラッド・シェイキングか。いつ覚えたんだよ?」
「試験が終わってからよ。他の属性も覚える必要もあったし、身近で使ってる人も多いしね」
「俺もそうしなきゃだな。とりあえず、あと四人か。一ノ瀬、頼んでもいいか?」
「いいけど……まさか、あれをやるの?」
「芯を貫かないと、だけどな。だがハズしちまっても効果がでないだけだ。普通にやるよりリスクは低いぜ?」
「まあね。それじゃあ、あと二人減らしてから、お願いしましょっか」
「そうなるよな。あの男が気付く前に、やるとしますか!」
「異議無し!」
「馬鹿な!貴様らのようなガキが……なぜこれほどまでの術式を!?」
「落ち着け!死んだ奴らは油断していただけだ!そうでもなければ、いかに生成者といえど、奴らを屠れるはずがない!」
残っている男は四人。敦もさゆりも簡単に革命派を倒したように見えるが、あくまでも男達の油断をついただけだ。不本意ではあるが目の前の男達が一流の生成者だということに疑いの余地はない。
だが革命派の男達は、敦とさゆりを見くびっていたばかりか、現実すら見ていない。
「革命派だなんだと言っても、所詮はその程度ってことだろ。だいたいお前ら、神槍事件の時、どこにいたんだよ?」
「後方でしょ。そうでもなきゃ、ブリューナクの光に飲み込まれてるはずだし」
「つまりこいつらは、神槍事件で襲ってきた過激派より、ワンランク下ってことか。A級使えるってのに、随分と過小評価されてんだな」
「黙れ!貴様らに何がわかる!」
「理解するつもりなんて、最初からあるわけないじゃない。そもそもあなた達の都合なんて、知ったことじゃないのよ!」
「な、なんだ!?」
テンペストは領域内の気象を操る術式だが、男は使いこなせてはいない。さゆりはそう判断し、クレイ・フォールを発動させた。土性広域干渉系術式に分類されている術式だが、地面を液状化現象によって泥沼にするため、風属性術式に対する相克関係を無効化することもできる。広域系への適性が低いさゆりだが、自身の特性をフルに活用し、モール・アイも発動させている。そのためクレイ・フォールは、二人の生成者に発動されており、動きを鈍らせた。だがそれは副次的な目的であり、本当の目的は別にある。
突然ダイヤモンドの槍が地中から現れ、対象となった革命派の二人を刺し貫いた。クレイ・フォールはダイヤモンド・スピアの発動を隠すための目隠しであり、そこに敦のスパーク・フレイムが発動した。
「なんか私達、けっこう相性いいみたいね」
「つってもお前、水谷とも相性いいだろ?」
「言っちゃえば、一番相性悪いのって真桜なのよね。特性のおかげであんまり実感はないけど」
「俺は飛鳥達との相性が良くないな。ってそれ、半分じゃねえかよ」
「そういえば、水属性多いね」
水と風がそうであるように、火と土も様々な点で相性が良い。水と風が天空を支配しているように、火と土は大地を支配しているとされていることも大きな理由だ。互いの実力は信頼に足るものだし、特性も適性もかなり知っている。積層術は相手との信頼関係がなければ、術式強度にダイレクトに影響を与える。過激派や革命派がほとんど積層術を使用してこなかった背景には、仲間との信頼関係がないことが大きな理由だった。
その革命派の男達は、ダイヤモンド・スピアとスパーク・フレイムの相応関係によって、瞬く間に消え去った。
「馬鹿な……!」
「それにしても頭悪いな、あんたら。もしかして、まだ気付いてないのか?」
「な、何だと?」
「あなたがテンペストなんて展開してるからじゃない。準備いいわよ、井上君」
「おう。こっちもいいぜ」
「な、何をする気だ!?」
「こうするんだよ!」
さゆりのラウンド・ピラーによって、敦が空高く舞い上がった。同時にバスター・バンカーに印子を集中させ、テンペストの刻印目がけて杭を打ち込んだ。
「あ、ありえない……!」
バスター・バンカーがテンペストの刻印を貫いた。芯を捕らえなければならないが、正確に打ち抜けば、バスター・バンカーに備わっている刻印破砕能力が発動する。
刻印術は刻印から発動する。これは神話級であっても例外ではない。発動している刻印術の効果を消し去るには、刻印を消すことが一番確実だ。だが刻印は術師の生体領域で守られているし、術式によっては偽装や強化も施される。広域系であるテンペストも同様で、男の上空10メートルに刻印が刻まれていた。敦はその刻印を見つけ、機会を待ち、そして実行した。
「さすが井上君!」
それを確認したさゆりは、再びマルスを発動させた。余波に備えるためではなく、結界として使うために。
刻印を破壊した場合、術式は暴走を始め、刻印に術式の印子を集束させながら消滅していく。同時に刻印を破壊した者には破壊した術式の刻印が、少なからず刻まれてしまうため、そちらにも術式の印子が集束されてしまう。これが刻印を破壊した際に、大きなダメージを負う原因となっており、刻印の破壊が敬遠される大きな理由となっている。
だがバスター・バンカーは、刻印を貫いた瞬間、敦の印子によって炸裂し、杭打ち機のように刻印をその場から打ち出すことができる。剥ぎ取った、とも言えるだろう。
これによって破壊された術式の印子は、刻印のあった地点にのみ集束されることとなり、同時に刻印が消失したことによって、事象の改変力や干渉力を全て失い、一気に霧散する。
広域系術式を破壊することは、危険も大きいが見返りも大きい。バスター・バンカーの刻印破砕能力は、正確に刻印を貫かなければならないが、代わりに術式を被害なく消し去ることができる。通常とは異なる手順だが、広域系、特に結界術式をリスクなく消し去れる利点は大きい。
「油断してるから、たかが高校生相手に遅れを取ることになるんだよ!」
敦は上空でファイアリング・エッジを発動させ、眼下で呆けている男を斬り裂いた。そこにさゆりのスチール・ブランドが発動し、全身を鉄に変えられた男は高熱の炎によって溶かされた。
「そんな……馬鹿な!!」
「本当に死ぬ直前になっても、理解しねえんだな。知ったっちゃねえけどよ!」
最後に残ったテンペストを発動させていた男に、敦が火性S級支援干渉攻撃系術式アンタレス・ノヴァを発動させた。
バスター・バンカーに電離させた炎を纏わせ、男を貫き、それを合図にしたかのように、男の体内の水が一気に蒸発し、体内から炎が吹き荒れた。敦が男からバスター・バンカーを引き抜くと同時に、男の体が圧縮され、プラズマ球となり、ゆっくりと周囲に溶け込むように消えていった。
「これで最後か?」
「この場はね。アンタレス・ノヴァの完成、おめでとう」
「ありがとさん。しかし自分で開発しておきながら、予想以上にエグい術式になっちまったな」
「あの人達に手伝ってもらったんだから、それぐらいはね」
さゆりもS級術式ジュエル・トリガーも、当初の構想とはかなり違うものになっている。自分一人だけで開発していたなら、おそらくは構想通りの術式になっただろうが、飛鳥や真桜、雅人やさつきにまでアドバイスをもらった結果、自分でも驚くような強力な術式へと変貌を遂げた。だから敦の術式が、敦が思っていた以上の術式になっていても、不思議には思わない。
「まあな。ところで校内の様子ってわかるか?」
「ええ。刻練館近くで委員長と久美が、講堂裏で飛鳥が、校庭で真桜が制圧済みよ。校舎裏には名村先生がいるわね。先輩達は逃げ遅れた生徒の避難に注力してくれてたみたい」
「そりゃ何よりだ。氷川先輩と新田は?」
「助け出した1年生と一緒にマルスの外にいるわ。今から解除するけど、気をつけてね」
「わかってるよ。これで全部とは限らねえからな」
「ええ。それじゃ、解除するわね」
命をかけた戦場での油断は、本当に命取りになることを、敦もさゆりもよく知っている。この場はなんとかなったが、まだ革命派がいないとも限らない。二人とも刻印法具は生成したままだ。
「お疲れ様、二人とも」
マルスが解除されると同時に、香奈が駆け寄ってきた。どうやら外に敵はいなかったらしい。浩と1年生の姿も見えた。だがほとんど無傷で多数の生成者を倒してしまった二人を見て、かなり驚いている。下校するところだった1年生は、完全に腰を抜かしてしまっているようだ。
「やるわね、あんた達」
しかしそこは、予想外の人物達の姿もあった。
「さ、さつきさん!?」
「雅人先輩も……。なんでここに?」
「驚くわよね。私も驚いたんだけど、おかげで助かっちゃった」
「久しぶりだな、二人とも」
「ミ、ミシェルさん!?え?まだ総会談まで時間あるのに、もう来ちゃったんですか!?」
「お元気そうですね。お約束通り、彼女も連れてきましたよ」
「お久しぶりです」
「セシルさん!ジャンヌさんも!」
「それからもう一人」
「初めまして」
「ま、まさか……アーサー・ダグラス!?」
刻印三剣士が揃って登場するなど、予想外にも程がある。敦とさゆりは刻印法具を手にしたまま、完全に固まってしまった。
「か、香奈先輩……もしかして、助かったって……」
「ええ。雅人先輩達に助けてもらったの。さすがに三剣士が揃って救援に来てくれるなんて、夢にも思わなかったけど」
「うわぁ……」
おそらく三剣士が、香奈達を襲おうとしていた革命派を倒してしまったのだろう。さつきとセシルまでいるのだから、結果がどうだったかなど考えるまでもないし、考えたくもない。
「それにしてもあんた達、順調に腕上げてるわね。いいことだわ」
「ありがとう、ございます……」
「いや、そんなことより!なんで三剣士がこんなとこにいるんですか!?」
「ちゃんと説明するよ。みんなに委員会室に集まってもらうよう伝えてくれ」
「委員会室で、ですか?なんか、とんでもない騒ぎになりそうなんですけど……」
「それもそうね。それじゃあ……源神社にしましょうか」
「わ、わかりました」




