表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第一章 刻印の高校生編
7/164

7・刻印宝具

――西暦2096年5月2日(水) 横浜中華街 月桂樹――

 使われ始めて百年以上経過するが、ゴールデン・ウィークと言えば四月末から五月初旬の大型連休のことを指す。祝日が断続的に続く年もあるが、大抵の企業や学校はその日も休みとしており、繁華街や行楽地は家族連れや恋人同士、友人同士で賑わっている。男が訪れた中華料理店 月桂樹げっけいじゅもその例に漏れず、店内は賑わっていた。


「いらっしゃいませ。お一人様でしょうか?」


 その月桂樹に、一人の男が姿を現した。


「予約していた松浦だ」

「松浦様ですね。承っております。こちらへどうぞ」


 松浦が案内されたのは店内ではなかった。店の奥から上層階へ続くエレベーターへ案内された松浦は、慣れた手つきで刻印を操作し、迷うことなく指定された階層へ直行した。


「すまない、待たせたね」


 エレベーターを降り目的の部屋のドアを開けた松浦は、室内で待っていた女に声をかけた。


「いいえ、大丈夫よ。それより災難だったわね」


 ソファに腰を掛けていた女はネグリジェの上にガウンという艶やかな姿だった。均整のとれたスタイルと顔立ちが、さらに色っぽさに拍車をかけている。


「教頭があいつを甘やかしすぎたのが悪いのさ。もっともそれが理由で、教頭は連盟に拘束されてるが」

「あなたも謹慎を言い付けられていたのでしょう?出歩いてもいいのかしら?」

「あの程度の監視を撒くことなんて、簡単さ。刻印具を持っているとはいえ、所詮は一般人だからな」

「頼もしいわね。それで、どうだったの?」

「征司との連絡はさすがに無理だったが、あの二人も刻印術師だってことはわかった。と言っても、征司ほどの実力はないが」


 征司の実力はよく知っている。松浦自身も何度か修行に付き合い、手合わせをしたこともある。だが征司は宝具を生成できるようになってから急速に実力をつけ、自分では敵わないほどの実力を身につけてしまった。

 だがそれ以前に、松浦は刻印術師としては、最低限のことしかできない。刻印具がなければ、刻印術師と名乗ることすら許されなかっただろう。つまり松浦は、刻印具の恩恵を自分の実力と勘違いしているのだ。それが自分と征司の実力を過大評価し、周囲の人間を過小評価している原因となっているのだが、本人はそれに気づいていない。


「二人?五人じゃなかったかしら?」

「あとの三人は普通の人間だ。刻印具程度で刻印術師と同等と考えるような、馬鹿な奴らさ」


 松浦が嘲笑を浮かべる。松浦は典型的な刻印術師優位論者だ。自身が宝具生成できないどころか、最低ランクに位置付けられている術師だということを棚に上げ、受け持ちの生徒すらも見下している。本人は隠しているつもりだが、受け持ちの生徒はもちろん、同僚の教師でさえも気が付いている。そもそも松浦に監視はついていない。女にいい所を見せたかっただけだ。

 だが目の前の女は、そんな甘い相手ではない。むしろ松浦のことを、本人よりよく理解している。先程の会話のほとんどが虚栄だということも、監視がついていないということも知っている。だがたとえ無能な男だとしても、あの兄妹が通う高校の教師というアドバンテージを見過ごすことはできない。教師なら校内にいて当然であり、ましてや妹の方の担任とくれば、これ以上の適任もいない。だからこそ金や女、自分の身体など、あらゆる手段を行使し、松浦を利用していた。

 それゆえに女は、目の前の男が語る自慢話のような作り話を滑稽だと思っていた。


「さすがねぇ。それで、征司君はどうなの?」


 女としても征司の様子を気にしないわけにはいかない。征司は自分達の計画の要となり得る存在であり、ひいては女がかつての地位を取り戻すためになくてはならない存在でもある。

 だが松浦にとっては、他の男の心配をされるのは心外だった。


「今は大人しくしている。さすがに連盟の監視がついてるからな。それよりいいだろう?」

「あん……もう、仕方のない人ね」


 松浦は女を押し倒すと、ガウンとネグリジェを乱暴にはぎ取った。


――西暦2096年5月21日(月)PM12:40 明星高校 食堂――

 入学式から一ヶ月以上経過し、新入生も新しい生活に慣れてきたようだ。ここ数日は特に問題もなく、風紀委員会も開店休業状態となっていた。

 入学早々生成者が何度となく問題を起こし、それを教師が見逃し、さらには刻印術師連盟までもが動いているという事態は、多少の荒事どころの騒ぎではなく立派な重大事だ。だがその問題児が大人しくなり、教師にも処罰が下され、ゴールデン・ウィークも終わった今、多少気が抜けてしまったとしても、それは仕方のないことだろう。彼らはまだ、高校生なのだから。


「三上」

「渡辺か。何の用だ?」


 食堂に入ると同時に征司に声をかけられた飛鳥は、あからさまな不機嫌を隠そうともしなかった。だが征司はそんなことに構うことなく、話を続けた。


「放課後、刻錬館に来い」

「刻錬館?何でだよ?」

「ただの刻印術師が生成者に意見するな。お前は黙って俺に従えばいい」


 傲慢にも程がある物言いだ。相当以前から洗脳されているのだろう。だが飛鳥は、それを気の毒だと思わなかったし、征司のことなど眼中になかった。だから征司に付き合う義理も理由もない。


「断る」


 だから飛鳥は、そっけない一言を征司に投げつけた。


「逃げるのか、三上」


 断られるとは思っていなかった、という顔をしている。征司の中では、それほどまでに生成者の地位が高い。刻印術師が生成者に逆らうことなどあり得ず、一般人が話しかけてくるなど、無礼極まりない行為だと本気で思っている。あまりにも勝手な理屈だが、刻印術優位論者の中でもそう考えている生成者は少なくない。


「好きに受け取れよ。お前に従う理由もないし、問題を起こさない限り俺の方から関わるつもりもない。もっとも、監視されてる中で問題を起こすなんてバカな真似はしないだろうが」


 飛鳥はそんな連中と関わりを持つつもりはなかった。心底迷惑そうに、そして若干挑発混じりになってしまったのも、ある意味では仕方がないだろう。それ以上の意味は込めてはいなかった。少なくとも飛鳥には。


「ならば力尽くだ!」


 公衆の面前で恥をかかされた、と感じたのは征司だけであり、むしろまた騒動を起こしているようにしか見えない。事実食堂内の生徒は、飛鳥と征司から避けるように歩いている。

 だが征司にとって、そんなことは関係がない。征司は日本刀状武装型刻印宝具“鬼切丸おにきりまる”を生成すると同時に、飛鳥に斬りかかった。


「お前、こんな所で!」


 辺りは騒然とし、叫び声も聞こえる。

 だがそれを合図にしたかのように、校内が騒がしくなってきた。喧騒が広がり、それは混乱へと変わっていく。


「な、何なの……?」

「渡辺!てめえ、何しやがった!?」

「刻印術師でもない奴は黙っていろ!」

「飛鳥、大変よ!校内に武装した人達が入り込んでる!」


 叫んだのはさゆりだ。さゆりは探索系術式を得意としている。とっさに彼女が発動した刻印術は土性C級探索術式モール・アイ。土に属する物質を媒介としなければならないが、建築物は例外なく土系統の物質が使用されている。それゆえにモール・アイは、探索術式の中でも最高位に位置付けられており、術師であろうとなかろうと、連盟の試験に合格しなければならない。悪用された場合、下手な攻撃系術式より何倍も厄介なことになることが明らかだからだ。

 さゆりが探索系術式を使ったことはわかったが、さすがにそれがモール・アイだとは思っていない飛鳥は迷いを捨て、覚悟を決めた。


「真桜、こいつは俺が止める。お前はさつきさんと一緒に、校内の様子を見てくれ」

「わかった!行こう、大河君、美花、さゆり!」

「ああ!」

「ええ!」

「わかったわ!」

「飛鳥、怪我しないでね!」


 真桜達だけではなく、食堂内に人気が少なくなったことを確認した飛鳥は、左手の刻印を発動させた。現れたのは弾丸。飛鳥の弾丸状消費型刻印宝具“エレメンタル・シェル”だ。


「まさか……刻印宝具だと?」


 征司が信じられないといった顔をしている。飛鳥は携帯型刻印具を取り出し、それを銃形態に変形させ、生成したエレメンタル・シェルを慣れた手つきで弾装に装填した。


「これで対等だ。それとも、まだ何か文句があるのか?」


「いい気になるなよ!弾丸状とはいえ、刻印宝具を生成できたことは褒めてやる。だが肝心の銃身はただの刻印具!その程度で、俺と対等だと思うな!」

「調子に乗ってるのはお前だろ。優位論者どころか,マラクワヒーなんかにかどわかされやがって」

「マラクワヒー?何のことだ?」

「知ってようが知らなかろうが、お前が手を貸した結果になったテロリスト共だよ」

「テロリストだと?貴様、俺を馬鹿にしてるのか?」


 征司は惚けたわけでも、知らないふりをしているわけでもない。本当に知らないのだ。何故なら征司は、マラクワヒー残党とは一度も接触していない。二ヶ月前まで中学生だったこともあり、むしろ見下していると言っていい。侮辱されたと思うのも無理もない。


「なら今学校を襲ってる連中は何なんだ!?お前が宝具を生成した瞬間だったぞ!偶然だとは言わせない。窪田が連盟に捕まってる以上はお前か松浦のどちらか、あるいは両方があいつらのスパイだってのは確実だろうが!」


 だから飛鳥のセリフに、征司は戸惑うことしか出来なかった。


「それは……」

「お前が優位論者だろうと別に構わないさ。だけどな、こんな事態を招いた責任はしっかりと取ってもらう!」

「黙れよ!マラクワヒーだかなんだか知らないが、ただのテロリストごときと俺を同列に扱うな!」


――PM12:45 明星高校 連絡通路――

 女子生徒に襲い掛かろうとしていたテロリスト相手に、さゆりは土性B級広域対象系術式ラウンド・ピラーを発動させた。対人戦はもちろん、対物戦においても高い能力を発揮するそれは、大きな揺れを伴いながら地面を震動させ、土の柱を作り出し、地面から突き上げることで対象を攻撃することも破壊することも可能な術式だ。さゆりは広域系への適正はあまり高くないが、モール・アイを同時行使し、命中精度を上げることで補っている。場を制したさゆりは、狙われた女子生徒をかばいつつ、校内へと避難した。


「さゆり!ここはお願いね!」

「わかってる!真桜も気をつけて!って大河、危ない!」

「うおっ!」


 さゆりの声が一瞬でも遅ければ、回避はできなかっただろう。

 大河を狙ったのはショック・フロウを発動させた投げナイフだった。投げた相手を確認した大河は、贈られたばかりの携帯型刻印具を銃形態へ変形させ、組み込まれている土性B級攻撃干渉系術式バリオル・スクエアを発動させた。銃形態であるがゆえに、対象への狙いはつけやすい。銃弾と化したバリオル・スクエアが命中したテロリストは、正方形の空間に閉じ込められ、四方から現れた大量の土砂に押し潰された。

 同時に美花が、同じく贈られたばかりの装飾型刻印具から、同じく火性B級干渉攻撃系術式であるクリムゾン・レイを発動させた。燃焼させた酸素から生み出した炎を収束しレーザーとすることで、貫通力を増した炎が複数のテロリストを同時に貫き、無力化した。


「凄いね。いつの間にそこまで使いこなせるようになったの?」


 自分が手を出す暇もなかったことに驚いた真桜は、素直に感心していた。


「さゆりだけじゃなく、さつきさんにも付き合ってもらったおかげよ。なんとか使えるようになった、って感じだけど」

「やっと役に立てたってとこだな。もどかしかったからな、今までは」

「気にしなくてもいいのに」

「それより急ぎましょう。他も襲われてるはずだもの」


 大河も美花も、照れ隠しをしていることは一目瞭然だった。今まで二人は、飛鳥と真桜の足手まとい以下の存在でしかなかったのだから、二人の力になれることが嬉しい反面、今更という気恥ずかしい気持ちもあるのだろう。

 だが事態は待ってはくれない。自分達にできることがあるなら、できたのなら、できてしまったのなら、積極的に動こうという姿勢はむしろ正しいとも言える。


「だな。さゆり、ここは頼んだぜ!」

「あなた達も気をつけてね!」


――同時刻 明星高校 食堂――

 無人と化した食堂では、飛鳥と征司の戦いが続いていた。


「くっ!この俺と互角とは……!」


 飛鳥の銃撃を征司が斬り払い、征司の斬撃を飛鳥が避ける。飛鳥の刻印術を征司が避け、征司の刻印術を飛鳥の刻印術が相殺する。征司の言う通り、互角の勝負が繰り広げられていた―と征司は思っていた。


「互角?じゃあなんで、食堂が無傷なんだよ?」

「何?」


 飛鳥に問われるまで、征司はまるで気が付かなかった。派手に斬撃、銃撃、刻印術が交錯しているこの食堂は、普通ならば使用不能になっていてもなんら不思議はない。だが食堂は、最初に征司が斬り付けた壁以外はほぼ無傷だった。刻錬館のような刻印術の使用を前提とした建物ならともかく、ここはごく普通の学食だ。刻印術対策は施されていない。ならば何故……と考える征司の目に、一つの刻印が目に入った。


「あれは……まさか、ヨツンヘイムだと!?」


 土性A級広域対象系術式ヨツンヘイム。領域内の大地を操ることで、局地的な地震を発生させたり、大気中の金属系分子や領域内の物質を分解、硬化、振動、融合させることも可能なため、汎用性も高い最上位刻印術だ。

 飛鳥はヨツンヘイムを応用し、食堂内部を硬化―内壁はおろか設備の分子結合までも固定―させていた。A級術式であるヨツンヘイムは、エレメンタル・シェルを生成しているからこそ行使できる術式であり、消費型に分類されるそれで使うためには、事前に必要条件を入力しておかなければならない。また条件や設定を変更するためには、術式を再度行使しなおさなければならないという欠点もある。飛鳥は食堂内の被害を最小限に抑えることを目的として使用したため、それが広範囲、高難度、高消費の設定であっても、設定変更は必要ない。

 だが価値観の違う征司としては、飛鳥の目的や理由などに興味はなく、ヨツンヘイムにも印子を割いているという事実のみがプライドを激しく傷付けた。


「正解だ。エレメンタル・シェルを生成すると同時に発動させておいた。お前が周りを見てないのはわかってたからな」


 飛鳥に消耗している様子はない。A級術式を使えない征司には、どれほどの刻印子を消費するのかは想像するしかないが、それでも今覚えているB級術式より消費量は多いはずだ。


「つまり、いつでも俺を倒せたと言いたいのか!ふざけるな!!」


 征司が手加減されたと思うのも無理はない。本来ならば飛鳥は、こんな戦い方はしない。少なくと、もヨツンヘイムの使用を隠したりはしない。征司は己の力を過信しているどころか、マラクワヒーの手引きをしてしまった。征司本人の意思に関わらずに。

 だが征司は、それを認めないばかりか、逆に襲い掛かってきた。だから飛鳥にとっては、征司のプライドが傷つこうが、優位論者の立場が壊れようが知ったことではないし、ここまで来ても刻印術師優位論者の理屈で動く征司が許せなかった。


「それがお前達、優位論者のやってることだろうが!なんでも思い通りになると思うなよ!」

「黙れ!」


 飛鳥の指摘は正しく、征司にとってはもっとも指摘されたくないことでもあった。刻印術師優位論者にとって、刻印術は全ての中心であり、人も施設も、果ては自然さえも邪魔ならば力を以て排除する。今まではそれで通っていた。だが今、飛鳥と戦っているこの場では、征司の思い通りになることは何一つなかった。

 征司にはそれが気に食わなかった。自分より上の刻印術師の存在など、たとえ相手が連盟議会の幹部だろうと、認めるわけにはいかない。認めてしまえば、自分が今までしてきたことが全て無駄になる、そんな恐怖もある。だが最大の理由は、同世代の術師に手も足も出ない、などという恥をさらす自分を許せないことだ。

 だから征司は、一つの決断をした。


「三上……お前の強さは認めてやる。だが俺は負けるわけにはいかない!その結果お前を殺すことになっても、そんなことは知ったことか!」


 征司が起動させた術式は火性S級近接攻撃系術式 雷切らいきり。

 刻印術は上からA、B、C、D、E級となっているが、生成者のみが使用できる術式として、S級と呼ばれる術式が存在する。S級は刻印宝具使用限定術式となっているため、同じ術式は存在しないと言われている。と言っても、初めて宝具生成ができた瞬間から使えるわけではない。生成者が思考錯誤し、調整を繰り返し、一連の術式として“開発”し、名称を決定して初めて初期登録が終わる。

誤解されがちだが、S級は一つの刻印宝具に一つというわけではない。術師が“開発”しなければならないため、一人平均三種類と言われている。しかも最初に開発した術式の派生系といった術式が多いため、術式を応用しただけという誤った知識が世間に流布しているというだけだ。それゆえに似たような発想で組み上げられた術式も存在するし、既存術式のアレンジ版も存在するため、一口にS級と言っても戦闘用とは限らず、性能だけでみればC級に該当する術式も存在が確認されている。そんな背景もあってか、S級だけで刻印術の半分を網羅しているという説まである。

 だが征司の雷切りは、見るからに攻撃用だ。術式を起動させた瞬間、鬼切丸の刀身が炎に包まれ、稲妻を纏った。間違いなく殺傷力も高い。


「それが鬼切丸のS級刻印術 雷切り、か。その名の通り、雷すら斬ると言われてるらしいな」

「連盟から聞いていたか。だがそれがどうした?雷より早い俺の雷切り、見切られたことはない!」

「初見で勝負がつくだろうからな。だが、それがどうした?」

「……それが遺言だと、お前の妹には伝えておいてやる!心置きなく死ね!」


 征司は本気で、殺意を込めて飛鳥へ襲い掛かった。一撃で首を跳ねる。そのために最適な場所は銃を握っていない右半身。征司は微塵の躊躇いもなく、飛鳥へ雷切りを発動させた。そして血飛沫が舞うよりも早く、飛鳥の首が宙を舞い、燃え尽きる―光景を見るはずだった。


「なっ!」


 驚くのはこれで何度目だろうか。飛鳥は“右手に握られた剣”で、雷切りを受け止めていた。


「雷より早いってのは伊達やハッタリじゃなさそうだな。避けるのはさすがに無理だったが、受け止めることは出来たぜ」

「剣、だと?そんな馬鹿な……。まさか、それは!」

「そうだ。俺の“もう一つの刻印宝具、リボルビング・エッジ”だ」


 刻印宝具は生まれ持った刻印からのみ生成できる生成術だが、刻印術師の三割程度しか生成することが出来ない希少術でもある。生来の刻印は一人につき一つが原則であり、常識だ。少なくとも征司はそう教わっていたし、過去の前例も聞いたことがない。だが目の前では、飛鳥が二つ目の刻印宝具を手に、雷切りを受け止めていた。


「ありえない……」


 征司は思わず呟いていた。


「本当に知らなかったのか。確かに珍しいが、別段皆無ってわけじゃない。今だって探せば、世界中にいる。刻印術師優位論なんかにうつつをぬかすから、視野が狭くなるんだよ」


 征司の呟きに吐き捨てるよう答えた次の瞬間、飛鳥は水性B級対象干渉系術式ブラッド・シェイキングを発動させた。血液を振動させ、体内を破壊することも可能な対生物用と言ってもいいその術式は、発動すると同時に征司の意識を奪い去った。


「これに懲りたら、あまり調子に乗らないことだな。どうせ聞こえてないだろうけど」


 飛鳥は二つの刻印宝具を刻印へ戻すと、征司には目もくれずに真桜達の後を追いかけた。


――同時刻 明星高校 校庭――

「まったく、よくもこれだけの数を投入できたもんね」


 そう呟いた真桜の眼前には、十人以上のテロリスト達が転がっていた。真桜が風性A級広域対象系術式アルフヘイムを使い、一瞬で制圧してしまったのだ。しかも真桜の右手には、見慣れない刻印具が握られている。


「これだけの数を一撃で倒しちまうお前も、呆れられてもおかしくねえと思うけどな」

「しかもシルバー・クリエイターまで生成してるものね」


 そう言いながらも、大河と美花は呆れていた。アルフヘイムは領域内の気体を操ることができるだけではなく、対象指定すら可能な術式でもある。名称からわかるように、飛鳥が食堂で使ったヨツンヘイムと同ランク、同系統の術式でもある。だが気体を操る術式であるため、テロリスト達に付着している銀はアルフヘイムには関係がないどころか、生成すら不可能だ。

 しかし真桜の右手にある携帯型刻印宝具“シルバー・クリエイター”は、その名の通り銀を生成する。真桜はアルフヘイムで生み出した竜巻に、シルバー・クリエイターで生成した銀を気流に乗せて流していた。銀は柔らかいとはいえ、立派な金属だ。風の刃で斬り裂くわけにはいかないという理由はあるが、代わりが銀塊ではどちらがよかったのかわかったものではない。


「とりあえず、これでここは片付いたな。後はどこだ?」

「中庭と刻錬館、それから校門ね。人数はわからないけど、刻錬館が一番反応が多いかも。あ、中庭と校門は終わったみたい」


 美花が土系C級探索系術式プラント・シングで、手早く確認した。プラント・シングは植物を媒介としているため、ほとんど屋外でしか使用することはできない。難易度も高く印子の消費量も多い反面、精度は高くない。大雑把にしか状況を把握できず、状況を俯瞰することもできない。そのくせ探索術式の常として、使用にはライセンスが必要となる。そのために多くの術師は習得していない、マイナーな術式となっている。

 美花はライセンスなど持っていないが、大河とともに刻印具のテスターとして登録されているため、組み込まれている刻印術の使用を例外的に許されている。だがそんなことに関係なく、美花にとっては今この場で使える術式がありがたかった。


「ってことは刻錬館か。あそここそ手っ取り早くカタついててもおかしくないんだけどな」

「放課後ならともかく、今はお昼休みだもの。あんまり人はいないはずよ」

「そうだね。ともかく急ごう」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ