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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編
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3・招待状

――西暦2097年6月20日(木)AM8:20 明星高校 2年2組教室――

「オッス」

「おはよう、井上君」

「お前がこんな時間って珍しいな」


 敦は空手部の朝練がなくとも、毎日八時過ぎには登校している。まだ時間はあるが、飛鳥が知っている限りでは、敦がこんな時間に登校したことは初めてだ。


「ああ、今朝連盟から連絡があってな」

「連盟から?報告は夏休みに入ってからでいいって言ってただろ?」

「それとは別件だ」

「別件って?」

「それなら私にも来たわ」

「私にもよ。委員長にも来てるらしいわ」

「そうなの?ウチの生成者全員にって、何かあったのかな?」


 飛鳥と真桜を除けば、四人はまだ高校生だというのに、刻印法具を生成した優秀な術師だ。実力も一流と言って差し支えないだろう。だが何もなければ、連盟から連絡が入ることはない。未成年ならば尚更だ。


「来月の総会談の件だ。俺達も出席しろとさ」

「ご愁傷様だな、それは」


 少し意外だったが、目の前の三人は刻印神器との戦闘経験もあり、その件でフランスとも関わり合いが深い。巻き込まれた形ではあるが、刻印神器を相手に生き残ったことを理由にされたとしても、あまり疑問は感じない。


「え?飛鳥と真桜には来てないの?」

「来てないよ。むしろ私達は、ね?」

「それもそうね」


 飛鳥と真桜が刻印神器ブリューナクの生成者だということを、フランスは知っていた。となれば七師皇も確実に知っている。生成者が非公開である以上、公の場に姿を見せるわけにはいかない。


「その考え、甘いぞ、飛鳥」

「なんでだよ?」

「俺と美花は総会談前後の数日、神社のことを頼むって言われてんだよ」


 だが大河のセリフは、二人の予想を大きく裏切るものだった。


「そうなのよ。多分先輩達にも、似たような連絡がいってるはずよ。特に香奈先輩は確実じゃないかしら」

「お父さん、手回し早すぎるよ……」

「それでいて俺達に未伝達って、何考えてやがんだ……」


 大河と美花に源神社のことを頼む以上、飛鳥と真桜の出席も確実だろう。だが二人は、まだ何も聞いていない。それどころか、既に総会談前後の予定が外堀から埋められていたなど、思いもしていなかった。


「こないだのこともあるしな。さつきさん、まだ荒れてんだろ?」


 放送終了後、源神社にお集まりのみなさんは、全員がすぐに帰宅した。敦も開発中だというのにだ。唯一事情を飲み込めていなかった浩も、久美が無理矢理連れて帰った。

 だが飛鳥と真桜に逃げる場所はない。さつきが二人に八つ当たりをするようなことはないが、その代わりとばかりに散々愚痴を聞かされた。飛鳥も真桜も、さつきに頭を下げることしかできないわけだから、それぐらいは仕方がない。


「あんなことされたら、誰でも荒れるわよ……」

「井上君もさゆりも久美も、鍛えるっていう名目でボロボロにされてたよね」

「そうなの?」


 さつきにとって、飛鳥と真桜は主君だ。だから怒りの矛先は、さゆり、久美、敦に向けられた。雪乃は温和な性格が幸いし、難を逃れていたが、三人はそうはいかない。


「地獄だったな、あれは……」

「まだドゥエルグ相手の方が楽だったわよね……」

「わかってたことだけど、三対一でも全然歯が立たなかったわ……」

「三人とも、一流並の実力があるのに?」


 だが事情を知らないかすみからすれば、かなり驚きだ。相手が三華星とはいえ、さつきは三月まで同じ高校に通っていたわけだから、そこまで大きな実力差があるとは思っていなかった。


「さつき先輩、超一流だもの。神槍事件の時なんか、すごかったわよ……」


 かすみは、去年の明星際前日の襲撃事件の詳細を知らない。飛鳥と真桜が融合型、さつきが複数属性特化型の生成者だとは聞かされたが、そこまでだ。それは同級生の副会長 向井も同様だ。

 だが久美は、風紀委員新規役員顔合わせの日からずっと、何か事件がある度にトラウマを植え付けられている。初めてさつきのS級術式エンド・オブ・ワールドを見た時は、腰を抜かしてしまったものだ。


「そういえば小山委員長、どんな具合なんだ?」


 保険委員長の小山沙織は、神槍事件の際、飛鳥とさつきに負わされたトラウマによって、再起不能寸前にまで追い詰められてしまった。今でも風紀委員は様子を見に行っているそうだが、飛鳥は元凶ということもあり、一度も行くことができていない。何度か行こうと思ったのだが、その度に周りが全力で止めるのだから、行けるわけがない。


「やっとショックから抜け出せてきてるわ。こないだ先輩が、正式に三華星になったことも大きかったみたい」

「肩書って偉大だな」

「まったく同感ね」

「肩書って言えば、刻印三剣士には通り名があるけど、三華星にはないの?」


 刻印三剣士はソード・マスター、ファントム・エペイスト、クレスト・ナイトという通り名がある。七師皇も同様で、かなり有名だ。

 だが三華星はあまり表舞台に出てこなかったこともあり、称号は有名だが通り名はあまり知られていない。そのためかすみが知らなくとも無理はないだろう。


「あるよ。お母さんが“スター・イリュージョニスト”で光理さんが“ミラージュ・ウィッチ”、香川の小母様が“ノーブル・クイーン”。さつきさんは“マルチプル・ヴァルキリー”って呼ばれることになるんだって」

「星の幻術師に蜃気楼の魔女、高貴なる女王、多重積層の戦乙女、ってとこか。秋本光理がよくわからんな」


 知らなかったのはかすみだけではなく、さゆりや久美、敦もだった。通り名は刻印法具の形状や適性から呼ばれることもあるが、それは刻印三剣士が有名すぎるだけで、七師皇すら自身の刻印法具は明らかにしていない。例外は刻印神器生成者であるロシアのグリツィーニア、ブラジルのリゲルぐらいだろう。


「俺達もあの人の法具は見たことないからな。噂じゃ光属性の特殊型らしいが」

「光属性って珍しいわね。でもそれはともかく、特殊型って何なの?」

「形状不明の法具ってことだろうな。武装型じゃないってことは間違いないそうだけど」

「それ、何の情報にもならんだろ。お前らだって全員武装型じゃねえか」

「飛鳥君は消費型、真桜は携帯型もあるけど、それこそ特殊だもんね」


 まさしく美花の言うとおりだ。真桜のワンダーランドこそ装飾型だが、飛鳥のカウントレスは立派な武装型だ。刻印法具は武装型が半数以上を占め、次いで携帯型と装飾型が同程度の割合、消費型はあまり知られていないが、複数の生成者しか生成していない。設置型と生活型に至っては、世界でも数十人程度と言われている。


「雅人さんなら知ってるんだろうけど、教えてはくれないでしょうね」

「それは仕方ないだろうな。ところでさつき先輩の、マルチプル・ヴァルキリーってのはなんなんだ?ヴァルキリーは納得できるが」

「あの人、多重積層術が得意なのよ。だからだと思うわ」

「そんなすごいの?」

「そんなによ。あの人、土属性術式は苦手って言ってるけど、それでも私より精度高いんだから。私の適性属性なのに……」


 土属性に高い適性を持つさゆりは、風属性に適性を持つさつきとは属性の相性が悪い。だが同時にさつきは、風と土の複数属性特化型刻印法具の生成者でもある。そのためにさつきは、今も土属性への適性を高める修練を重ねている。

 “風は土を変質させ、火を煽る”、という相克関係があるため、風属性に適性を持つ術師は、ほとんどが火属性への適性が低い。だが、“風は火を鎮め、土に防がれる”、という逆転関係もあるため、稀に土属性への適性が低い術師も現れる。さつきはこの逆転関係に該当するわけだが、さゆりはさつきが土属性に適性が低いという話を、一度も信じたことはない。


「それもそれでキツいな……」

「ん?誰か端末鳴ってないか?」


 そこに、メールの着信音が鳴り響いた。


「あ、私みたい。誰からだろ?って、聖美先輩だ」


 どうやら真桜の端末だったらしい。送ってきたのが聖美だとは、さすがに思っていなかったが。


「聖美先輩?また珍しい人からね。何かあったの?」

「えっとね、放課後に風紀委員会室に来るって」

「なんで?」

「それだけしかないんだもん。わからないよ」


 真桜に見せられたメールは、本当にそれだけだった。確かにこれでは、何の用かもわからない。


「本当ね。でもさつき先輩や雅人先輩も頻繁に顔を出してるんだから、別に聖美先輩が来てもおかしくはないか」

「俺と新田は初対面になるわけか」

「そういやそうだな」

「でもホントに久しぶりだよね」

「だな。雅人さんとさつきさんの結婚式以来か」

「ほら、早く席につけよ」


 聖美が何の用で来るのかはわからないが、久しぶりに会うとなれば、嬉しくないわけがない。真桜も美花もさゆりも久美も、さつきと同じようにお世話になった先輩だ。

 そう思っていたところに卓也が教室に入ってきた。同時に本鈴も鳴っている。


「おっと、先生が来ちゃったわね。続きは後でね」

「だな」

「じゃあ先に、先輩達にも報せておくね」


 真桜はゲーマーであり、携帯型刻印法具の生成者でもある。そのためメールを打つ速度は神速に近い。あっという間に3年生全員に送信すると、刻印具をしまい込んだ。


「相変わらず早いわね……」


 真桜の前の席に座っている美花は呆れている。だが先輩達にも報せておくことに異論はない。


「今日の日直は誰だ?」

「俺ッス。起立」


 今日の日直は大河だった。号令をかけ、朝のショート・ホーム・ルームが始まり、今日もまた一日が始まった。


――放課後 明星高校 風紀委員会室――

「みんな、久しぶり!」

「聖美先輩!お久しぶりです!」


 放課後になると、すぐに全員が風紀委員会室に集まり、しばらくすると聖美が入ってきた。だが一人ではない。


「よう。元気そうだな」

「志藤先輩!安西先輩も!」

「どうされたんですか、いったい?」

「ちょっとな。ん?そこの二人は新顔か?」

「ええ。こいつは井上敦。2年生です」

「初めまして。先輩達の噂は聞いてますよ」

「井上って、連絡委員会の?確か矢島が、次の委員長にしようと目論んでたんじゃなかったか?」

「そうなんですか?」

「そうよ。けっこう術式試合の立ち会いもしてるし、細かいところにも気を配ってくれるから、矢島君は井上君を次の委員長に推すつもりだったの」

「だから俺に仕事押し付けることが多かったのか……」

「矢島には悪いが、仕方ないよな」

「おかげで私達は楽になってるけどね」

「まさかとは思うが、こいつも生成者なのか?」

「当たりッス。先月フランスで生成したんスよ」

「フランスで?まさか、ダインスレイフか?」

「そうです。その時に色々ありまして」

「そういうことか」

「納得したわ」


 ダインスレイフは魔剣であり、刻印神器でもある。そのために雅人とさつきが急遽フランスへ発ち、聖美は源神社のことを頼まれていた。同時に修学旅行中だったこともあり、飛鳥と真桜が関与していたことも容易に想像できる。敦の加入も、それに関係していることは確実だろう。


「それでこっちは?」

「新田浩。1年生です」

「は、初めまして!」


 浩はガチガチに緊張している。


「1年生?この時期にか?」


 この時期に風紀委員に加入した1年生は飛鳥と真桜だけであり、当時から融合型刻印法具を生成していた稀有な存在でもあった。だが浩は生成者ではない。実戦経験がないどころか、そもそも戦闘向きですらない。


「こっちも色々あったんですよ。どこから説明したものか……」

「それは私がするわ。実は……」


 久美が入学式から今日までの件を、余すところなく伝えている。無論、全ての元凶である弟のこともだ。だがそれを聞いた瞬間、三人は涙を流しながら笑い転げた。


「……先輩、笑いすぎです……」

「いや、だってよ!」

「まさかそんな面白いことがあったなんてね。あ~、お腹痛い!」

「久しぶりに爆笑したな。お前の弟、けっこうな大物じゃないか」

「小物です!それにこっちは笑い事じゃなかったんですから!」

「だけど結局、新田共々飛鳥の弟子に落ち着いたんだろ?」

「浩はそうですけど、京介はまだまだです。今でも暴走することがあるんですから」

「だから同時に推薦しなかったの?」

「京介を風紀委員会に入れるつもりはありません」

「過保護だな、おい」

「最近はスランプ気味ですからね。新田に追い抜かれたことがショックだったみたいです」

「追い抜いてないですよ。相克関係があるからです」

「相克関係があっても、それは一つの要因にしかならないぞ。無効化できる術式を上手く使って他の術式と組み合わせれば、そのハンデは覆せるんだからな。だろ、井上?」

「だな。俺も立ち会ったから覚えてるが、水谷弟は力任せに術式を使いすぎだ。あれじゃ火属性の奴相手でも勝てないぞ」

「ちゃんと家に帰ってから説明したんだけどね……」

「浩君、けっこう組み方上手だもんね。あんな組まれ方したら、相克関係なくてもけっこうキツいわよ」

「ほう、それは興味あるな」

「先祖返りには優秀な術師が多いって噂だけど、ホントだったみたいね」

「い、いえ、僕は優秀じゃありませんよ!京介に勝てたのだって、マグレなんですから!」

「謙遜するのは悪いことじゃないが、度が過ぎると逆に相手を傷つけるぞ」

「なんか昔の雪乃そっくりね」

「やっぱりそう思いますよね」

「というわけで、こいつの加入も全員納得の上です。さすがに飛鳥や真桜ちゃん程の衝撃はありませんでしたけど」

「あれに匹敵する衝撃なんて、一生ないだろ」

「賭けますか?」

「酒井君?」

「すんませんでした、委員長様!」

「雪乃もけっこう貫禄でてきてるわね。やっぱり生成できたことが大きいのかしら?」

「下に五人も生成者がいますからね。今ウチでこいつらを止められるとしたら、三条だけですよ」

「俺はこいつらほど無謀じゃありませんよ?」

「何言ってやがる。お前、フランスで何したか、忘れたわけじゃねえだろうな?」

「俺か?何かって……。あ……」

「あれか……」

「何かやらかしたのか?」

「修学旅行中、パリの古文書学校と五対五の団体戦をしたんスよ。井上はまだ生成前だった上に、相手が闇属性に適性を持つ術師だったんスけど、こいつ、勝っちまったんです」

「おお、すげえじゃねえか。って、ちょっと待て。五対五?」

「まさか、あとの四人って……」

「お察しの通り、こいつらッス。遠慮なく刻印法具使ってましたよ」

「よく国際問題にならなかったな……」


 他国で刻印法具を使用してしまった場合、それは即座に国際問題に直結する。いくつか例外は存在するが、学校同士の親善試合では、普通は許可されない。


「色々あって、古文書学校の先生が生成許可を出してくれたんです。あれはやりすぎでしたけど」

「あなた達、何やってるのよ……」


 三人が派手に頭を押さえている。


「そんなに派手だったかなぁ……」


 対象的に血の気の多い2年生生成者は、露骨なまでに視線を逸らしている。


「さゆりは鬼のように術式を乱発してましたし、久美は反射だけで勝っちゃいましたからね」

「お前ら……」


 本格的に頭が痛い。確かに学校のメンツもかかっているが、どう考えてもやりすぎだ。


「いえ、その……」

「なめられるのもどうかな、って思いまして……」

「でも古文書学校もメンツがあるから、どうしても勝ちたかったらしいッス」

「え?そこで試合終了じゃないの?」

「ええ。飛鳥君と真桜に、二対二の勝負を挑んでました」

「……もういい。聞いた俺達が悪かった」

「いいんスか?」

「結果がどうだったかなんて、聞くまでもないだろが。相手が気の毒すぎるわ」

「実際、そんな結果で終わっちゃいましたからね。本当に大変だったのは、その後でしたけど」

「その話なら、だいたいは先輩達から聞いてる。結果も含めてな」

「本当はもっと早く聞きに来るつもりだったんだけど、私達も色々あってね」

「何かあったんですか?」

「立花……っと、久世の件で大学が騒がしくなってな。俺達も簡単に近づけなかったぞ」

「でしょうねぇ」

「それでついには三華星になっちゃったでしょ。だけど代表の姪だからって思ってるバカが、大学にもけっこう来てたのよ」

「大学にもなんですか?」

「ああ。源神社にケンカ売ったバカのことも聞いてるよ。三剣士に三華星、さらには七師皇まで出てくるような神社は、源神社と護国院神社、それと鶴岡八幡宮ぐらいじゃねえのか?」

「親父と母さんだけなら、市内の神社と氷川神社、それから一ノ瀬神社でも簡単に引っ張り出せますけどね」

「それはちょっと嬉しいかも」

「ですね」


 一ノ瀬神社はさゆりの実家、氷川神社は香奈の親戚であり、しかも氷川神社は刻印術師の家系ではない。だが七師皇、刻印三剣士、三華星がバックについているとなれば、余程の命知らずであってもまず手を出さない。事実、源神社に手を出した高橋翼の事務所は、社長までもが逮捕されている。さすがに潰すことまではしていないが、業界での発言力はかなり小さくなってしまい、事務所を移籍する俳優やタレントも続出しているとの噂だ。


「ところで先輩。今日はどうされたんですか?」

「おっと、いけね。本題を忘れるとこだった」

「けっこう面白い話が多かったものね。やっぱりいいわ、ここ」

「この二人といると、退屈しないで済むからな」

「そんなことはないと思いますけど……」

「それで、何かあったんですか?」

「ん?飛鳥、聞いてないのか?」

「はい?何をですか?」


 そう言われても、飛鳥にはまったく心当たりがない。


「来月の花火大会と総会談に向けて、俺達が源神社でバイトするって話だ」

「あ、もしかしてさつきさんが言ってたバイトの心当たりって、先輩達だったんですか?」

「さつき?私達、今朝あなた達のお母さんから、源神社でバイトしないかって言われたんだけど?」

「……」

「どした、飛鳥?真桜ちゃんも?」

「そりゃ頭抱えますよ。だって二人とも、そんな話は一切聞いてないんですから」

「あのクソ親父……!最近調子に乗りすぎだ!!」

「お母さんもね!」

「落ち着けって。先輩達が手伝ってくれるんなら助かるだろ」

「そうよ。特に総会談前後は、私達だけでやらなきゃいけないんだから」

「その総会談、お前らも出席するんだろ?」

「はい。今朝奥様から連絡がありました。ちょっと怖いんですけど……」

「雪乃、けっこう気に入られてるものね」

「それに加えて、修学旅行やこないだのテレビの件もありますからね」

「俺、その時に報告しなきゃいけないんですが、会いたくないって思ってる自分がいますよ」

「あれも凄かったわね。見てたけど、さつきってば今にも生成しそうだったわ」

「あんまり長話もなんだし、続きは源神社でしようぜ。巡回の邪魔になるしな」

「それもそうね」

「それじゃ私達も。井上君、行きましょ」

「ですね。すいません、委員長」

「気にしないで」

「今日は氷川と井上が非番なのか」

「本当は違ったんですけど、私達にも源神社のバイトの話が来たんです」

「なるほどね。それじゃ井上君は、S級開発?」

「そうです。できれば総会談までには完成させたいので」

「すいません、先輩。雅人さんには連絡いれておきますから」

「気にすんなって。それじゃ、またな」

「はい。お気をつけて」


 志藤、安西、聖美は香奈、敦と共に委員会室を出ていった。


「それじゃ巡回に行きましょうか。今日は私と美花さん、戸波君と佐倉君、酒井君と葛西君、飛鳥君と真桜ちゃん、エリナさんと久美さん、常駐はさゆりさんを中心に鬼塚君、まどかさん、望さん、新田君でお願いします。さゆりさん、新田君のこと、お願いね」

「わかりました」

「おお、今日はアイドルコンビか」

「アイドルって……そんなことないですよ」

「雪乃も美花も、けっこう人気あるもんね。ガードが堅すぎるから、誰も手をだしてこないけど」


 雪乃が委員長に就任した直後に、二人で巡回したことがある。だが雪乃が攻撃系に適性が低く、争いごとを嫌う性格ということはよく知られており、それは美花もほとんど同様だ。

 その時に少し気弱な性格の二人が巡回していることを知ったバカな生徒達が、日ごろの恨みとばかりに二人に襲い掛かったことがある。その日常駐していたのはさゆりだが、当然それを見逃すはずもなく、飛鳥と真桜がその場に赴き、一生消えないトラウマを植え付けていた。

 それ以来二人で巡回することはなかったのだが、雪乃、さゆり、久美が刻印法具を生成してから、風紀委員のイメージを改善するために再開された。そもそも風紀委員は、刻印術に精通した猛者揃いでもある。しかも神槍事件直後だったという理由もあり、生成者のイメージが悪くなってしまっていた。にも関わらず、風紀委員会には五人も生成者がいたのだから、イメージ改善は急務だった。そのために雪乃と美花のコンビによる巡回が増えたわけだが、温和で温厚な性格の二人は徐々にファンを増やし、巡回中だけではなく、休み時間や登下校中に声をかけられることも増えていた。

 それだけなら問題はないのだが、中にはよからぬ考えを持って近づいてくる生徒もいる。当然だが生成者達がそんなバカを見逃す理由はない。その都度出向いて、トラウマを植え付けている。この問題に関しては現在進行形だ。


「つか今日は、著しくバランス悪いな」

「飛鳥君と真桜ちゃんが一緒に巡回って、本当に珍しいわね」


 飛鳥と真桜が一緒に巡回することは、昨年度は一度もなかった。だが進級後、数回だけだが一緒に巡回したことがある。

 放課後に風紀委員が巡回することは、明星高校生ならば誰でも知っている。後ろめたい生徒はそれだけで逃げ出すが、ごくごく稀に、抵抗する生徒も存在する。刻印術氏優位論者はその典型だ。飛鳥と真桜が一緒に巡回する背景には、優位論者を牽制する意味も強い。互いが互いのことを知り尽くしていることもあり、何かあればフライ・ウインドを使い、高速で現場に急行できる。

 フライ・ウインドは風性B級対象干渉系術式であり、自身に使用した場合、空を飛ぶこともできる。着地時に無防備になりやすいという弱点があるため、熟練した術師であっても、戦闘中に使用することは滅多にない。飛鳥と真桜も例外ではないが、二人で行動しているため、どちらかが先に着地することで弱点を隠している。もっとも空から明星高校最強の生成者カップルが現れれば、その時点で運命は確定するわけだが。


「夏休みまであと一ヶ月だしな。期末前に一度ぐらい威圧しといてもいいだろ」

「そういえばまだ、不正術式を持ってる可能性がある生徒はいるんでしたっけ?」

「1年にはな」

「でも生成者が六人なんて前代未聞なんだから、在学中は余計なことしてこないでしょ」

「そうかもしれないけど、四月のこともあるから注意してね。それじゃ、行きましょう」


 風紀委員は雪乃の号令の下、常駐組を除き全員が校内へ出撃した。

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