表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第五章 世界刻印術総会談編
67/164

1・開発

――西暦2097年6月16日(日)PM1:12 源神社 鍛練場――

 修学旅行から一ヶ月。今日も飛鳥は、源神社の鍛練場で敦のS級術式の開発に付き合っていた。


「どうだ、井上?」

「ダメだな。やっぱり広域系は諦めた方がよさそうだ」

「井上君、広域系って苦手だったっけ?」

「全然ダメだ」


 敦は広域系だけではなく、探索系への適性も低い。そのため探索系でカバーすることも難しい。


「それじゃあっちか。だけどあっちはあっちで、けっこう難しくないか?」

「そうなんだよなぁ……」


 同時に二つの術式を開発しようとしていたわけではない。自身が広域系と探索系に適性が低いことを理解していながら開発している理由は、結界術式が必要だと思ったからだ。だがあまりの出来の悪さに、諦めるしかなさそうだ。


「こんにちわ~」

「今日もやってるわね」

「いらっしゃい、さゆり、久美。どうだったの?」

「おかげさまで、三人とも無事に合格したわ」

「私はけっこうギリギリだったけどね。特性に救われた感じかな」


 さゆりと久美は、雪乃と三人で鶴岡八幡宮へ行っていた。理由はA級の術式許諾試験を受けるためだ。


「おめでとさん。で、けっきょく世界樹型と惑星型、どっちにしたんだ?」

「私は惑星型よ。特性を活かすにはそっちの方がいいし」

「羨ましい特性よね。私なんて、けっこう悩んだのに。ちなみに私も惑星型。委員長は世界樹型にしてたわ」


 適性属性や特性の点から、さゆりはマルス、久美はネプチューン、雪乃はニブルヘイムの試験を受けていた。

 雪乃と久美は広域系に高い適性を持ち、ネプチューン、ニブルヘイムのどちらも合格圏内だと飛鳥も太鼓判を押した。

 雪乃のS級術式エアマリン・プロフェシーは結界術式としても高度な性能を誇り、探索系対象防御術式でもあるため、印子監視網にも引っかかりにくい。

 むしろ雪乃の場合、戦闘系術式をあまり習得していないことが問題だ。もう一つのS級術式クレスト・レボリューションは高い攻撃力を持っているが、どちらかと言えばそれは副次的なものだ。干渉系にも適性を持つが、習得している戦闘用の干渉系術式はB級のブラッド・シェイキングのみ。ワイズ・オペレーターという希少な設置型刻印法具を生成する身としては、心許ない。惑星型は干渉系だが、対象術式ではない。対象指定ができないわけではないが、そのためにはかなりの処理能力を要求される。いずれは惑星型も受ける予定だが、まずは慣れている広域対象系を、という理由で選んでいた。

 逆に久美は、クリスタル・ミラーの特性を知られたくないからという理由で、ネプチューンを選択した。クリスタル・ミラーはほとんどの術式を跳ね返すことができるが、対象となる術式が自分に向けられていることが前提となっている。そのため干渉系とは相性があまりよくない。自分を対象とされた干渉系ならば問題ないが、地形などに干渉された場合、干渉された現象という、刻印術とは違う現象に遭遇する結果になるからだ。

 そのために干渉系でもある惑星型を選び、自身への干渉を極力減らすことを目的とした。

 そして一番大変だったのがさゆりだ。さゆりは広域系への適性が低い。探索系広域対象変換、という、探索系で補足した対象に広域系術式を作用させる特性を持ってはいるが、領域内の対象を指定していたわけではなく、指定した対象に狭い領域で広域系を発動させていたため、広い領域指定の広域系はあまり使ったことがない。

 今まではそれでよくとも、A級はそれだけでは合格することはできない。そのためさゆりは、広域系への適性を補うために以前から修練を重ねていた。今回惑星型であるマルスを選んだ理由は、やはり自身の特性が大きい。ヨツンヘイムは広域対象系だが、マルスは広域干渉系に属する。広域対象系は対象を指定するため、さゆりの特性に合致しているように見えるが、対象指定までが一つの術式として構成されている。探索系で補うことも当然可能だが、その場合は探索系術式も併用しなければならない。さゆりの特性上、それではあまりメリットがないと言える。そのために惑星型広域干渉系術式であるマルスを選んでいた。結界術式としてだけではなく、領域内の対象を識別し、干渉系を作用させることができるのは大きなメリットだ。


「そうなんだ。ところで雪乃先輩は?」

「美花と一緒に社務所にいるわ。すごく和んでたけど」

「あの二人が一緒にいると、確かに和むな」


 美花と雪乃は、攻撃的な性格の多い風紀委員の中では、争いごとを好まない癒し系アイドルだ。たまに二人で巡回することがあるが、男子からは絶大な支持を得ているため、問題はほとんど起きない。風紀委員のイメージ回復にも多大な貢献をしている。


「でも委員長も真辺も、あんまり巡回行かないよな。適性が適性だから、当然だが」


 敦は修学旅行中に宣言された通り、風紀委員に推薦された。生成者になったという理由もあるが、最大の理由は刻印神器ブリューナクを見てしまったためだ。3年生もその事実を重く受け止めた結果、敦は満場一致で加入している。


「それで今って、どんな感じなの?」

「広域系は諦めた。また一から考え直しってところだな。一応代案もあるが」

「それって、この前言ってたあれのこと?」

「ああ。一応、不可能じゃないことはわかったんだけどな」

「ネックになってるのは、バスター・バンカーが右腕にしかないってことだ。やってやれなくはないと思うが、片手じゃけっこうキツいぞ」


 先月敦がフランスで生成した刻印法具バスター・バンカーは手甲状だが、刻印のある右腕にしか生成されない。当然左腕は生身だ。


「それって、刻印具で代用できないの?」

「無理だ。なにせさっき、壊したばっかだからな」


 刻印具は開発された当時はB級でも壊れていたが、今ではA級でも使わない限り、よほどのことがなければ壊れたりはしない。その刻印具が壊れてしまった理由は、敦が代案といった術式がA級に相当する術式だったということを意味する。


「え?壊れちゃったの?それって大丈夫なの?」

「幸いというか、空手部で使ってたグローブ状の刻印具が余ってたからな」


 今の時代、刻印術の使用を前提としたスポーツや競技は多いが、常に使用を認められているわけではない。たとえばサッカーやハンド・ボールは、ゴール・キーパーが防御系術式を使うことを禁止している。ゴールを防御術式で覆うことも術師の力量によっては可能なため、そんなことをしてしまえば競技そのものが成立しないのだから当たり前だ。また大会によっては、使用そのものを禁止されることもある。

 敦が用意したグローブ状装飾型刻印具も、空手だけではなく、総合格闘技などでも使用されている練習用グローブだ。試合用は個人個人の調整が必須だが、練習用は術式の相性や属性、系統などが大雑把に組み込まれているだけなので、誰でも使うことができる。


「でも井上君、最初は自分のでやろうとしてたんだよ。壊れた刻印具を見たけど、A級を使ったみたいになってたよ」

「それってつまり、サルベージもできなかったってこと?」

「ああ。止めてくれてマジで感謝だ……。けっこう気に入ってるからな……」


 敦が愛用している刻印具は、リストバンド状装飾型だ。片手は普通のリストバンドだが、もう片方が刻印具となっている。かなり気に入っているため、代案術式にも使うつもりだったが、それは飛鳥と真桜に止められた。S級は術式強度がA級超からC級までと幅広く、開発初期はA級相当となることが多い。イコールそれは、刻印具が耐えられないことを意味する。敦もそのことは知っていたが、そこまでの術式ではないと思っていた。だから止めてくれた二人には、本当に感謝だ。


「ホントに危ない所だったのね……。でも刻印具がダメなんじゃ、どうしようもないんじゃないの?」

「それで悩んでるんだよ……」

「こんにちわ。井上君、調子はどう?」


 そこに雪乃がやってきた。社務所で美花と話していたということだったが、雪乃としても興味があるのだろう。


「あ、ども、委員長。今絶賛煮詰まり中です」


 雪乃を知らない生徒は、明星高校にはいない。3年生唯一の生成者であり、美花と並ぶ風紀委員のアイドル、そして血の気の多い2年生生成者達を纏め上げる風紀委員長。雪乃以外でこいつらを止められる生徒は、おそらくいない。敦は本気でそう思っている。


「とりあえず広域系をはずすことにしたぐらいですね」


 飛鳥が補足している。


「それじゃあ干渉系を?」

「ええ、それが無難っぽいので。あとは攻撃系と支援系をどうするか、ですね」

「また系統相克起こしそうな組み合わせね」

「それに干渉系まで組むとなると、けっこう処理能力高いんじゃない?」

「組み方次第じゃねえか?先月オルレアンでこいつが使ってたフォトン・ブレイドだって、攻撃干渉支援系だろ?」

「確かにあれはB級だが……俺は支援系として使ったことはないからな」

「飛鳥、支援系って苦手だもんね」

「そっか。フォトン・ブレイドがB級なら、確かに不可能ってわけじゃないわね」

「とりあえず、一休みします。そうそう。委員長、A級合格、おめでとうございます」

「ありがとう、井上君」


 刻印法具を生成して以来、さゆりと久美は当然、雪乃もかなりの頻度で顔を出すようになっていた。刻印術関連でここ以上の施設や設備はないし、他では話しにくいこともしやすい。特に刻印神器ブリューナクとダインスレイフは、国家機密だけではなく、外交的にも大き過ぎる問題を孕んでいる。


「な~んか私達の時と違くない?」


 だがそれとこれは別だ。敦の態度が自分達とは明らかに違う。さゆりにはそれが少し不満のようだ。


「気のせいだ。それよりテストしないのか?」

「そうしましょうか。あんまり時間もないし」

「時間?え?もうそんな時間なんですか?」

「ええ。あと二十分で始まるわよ」

「録画はしてますが、やっぱり見なきゃダメですかね?」


「新田君もみんなも来てるわよ」


 風紀委員は敦と共に推薦された1年生の新田浩をはじめ、全員社務所で待っている。雪乃だけが鍛練場に来た理由は、生成者だからだ。S級術式の開発は命を脅かす危険性がある。生成者であっても危険が伴う以上、生成者以外の危険度はかなり高い。数ヶ月前、飛鳥のミスト・リベリオンを見せてもらったが、それはほとんど完成していたためという理由が大きい。


「それじゃ、あんまり待たせるわけにはいかないし、始めちゃいましょっか」

「異議なし」


 敦は休憩に入るため、さゆり、久美、雪乃がそれぞれ刻印法具を生成し、習得したばかりのA級術式の準備を始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ