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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第四章 刻印の光と闇編
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19・約束

――西暦2097年5月17日(金) 現地時間PM7:10 ユーロ フランス シャルル・ド・ゴール空港 ロビー――

「もう終わりなのかぁ。もうちょっといたかったなぁ」

「そうよね。まだ見てみたいところあったのに」


 今日で修学旅行は終わり、明星高校は帰国することになる。大使館からの呼び出しやフランス政府からの要請もあったが、それは雅人とさつきが対応してくれた。そのため修学旅行を楽しめたわけだが、普通の、とはとても言い難い。


「そういや井上。お前、連盟から呼び出し受けてなかったか?」

「生成しちまったからな。それの報告に行かなきゃなんだよ」

「私達も行ったけど、けっこう手続き面倒だったわよ」


 春休み中、久美はさゆり、雪乃と共に連盟へ法具生成の報告へ赴いた。名称と形状は報告しなければならないが、特性、特徴、性能は特に報告する必要はない。だがさゆりのレインボー・バレルは最大七つの術式の連続射出、同一術式ならば同時射出が可能。久美のクリスタル・ミラーは術式反射。そして雪乃のワイズ・オペレーターは探索系術式の投影及び記録、携帯端末型などの部分生成、という珍しい特徴がある。一斗と菜穂は事前に知らされていたが、連盟本部ではけっこうな騒ぎになっていた。単一属性の刻印法具としては、どれも上位に位置付けられる。特に雪乃のワイズ・オペレーターは前代未聞だ。


「マジかよ……」


 敦のバスター・バンカーも、杭を地面に打ち込むことによって術式を地面から発動させることができ、その杭を矢のように打ち出すこともできる。おそらく敦も、一斗との面会は避けられないだろう。

「それでいつ行くの?」

「夏休みに入ってからでいいとさ。ついでにA級にも挑戦してみようかと思う。多分、落ちるだろうけどな」

「私達もそろそろ、A級受けてみる?」

「それもいいわね。今度、委員長と三人で行ってみましょ」


 雪乃、さゆり、久美はまだA級を習得していない。法具の習熟とS級開発を優先していたのだから、これは仕方がないだろう。


「ところで雅人先輩とさつき先輩は?」

「さっき名村先生や岸田先生と話してたみたいだけど……あれ?どこ行ったんだろ?」

「あ、いたわ。あれってミシェルさんとセシルさんじゃない」

「見送りに来てくれたのか」

「あれが刻印三剣士のミシェル・エクレールか。聞いてた通り、若いんだな」

「三剣士は若すぎるから、七師皇にはまだ早いって話だったもんね」

「しかしすげえ光景だな。三剣士が二人って、そうそう見れるもんじゃねえぞ」

「周囲の視線も、二人に集中してるわよね。写真撮ってる人までいるじゃない」


 刻印三剣士は若く、メディアへの露出も多いこともあり、人気の面では七師皇を凌ぐ。その三剣士が二人など、敦の言うとおり、滅多に見れるものではない。


「三剣士って言えば、さつきさんが三華星になるってホントなの?」

「三華星?それって何なの?」


 美花の疑問も当然だが、この中ではかすみが一番、さつきとの接点がない。

 同時に三華星は、あまり表に出たがらない。菜穂は夫の一斗を立てるため、光理は同じ管理局に雅人がいるため、と言われている。そのため有名ではあるが、七師皇や三剣士ほどではない。かすみが知らなくても、無理もない話だ。


「日本の女性術師最上位の称号よ。香川前代表が引退してから一つ空席があるの」

「さつき先輩、その香川前代表に去年から推薦されてるんですって。ずっと断ってたらしいけど」


 さつきは保奈美に推薦され続けていた。当時は過激派にガイア・スフィアの存在を秘匿するためという理由で断っていたが、今では世間に知られている。そのため結婚と同時に、再び推薦されていた。さつきはそんなものに興味はないが、前代表からの推薦となれば、周囲も無視はできない。

 そして今回、それだけの実力も証明してしまっている。


「それ、すごいじゃない。でもなんで、今になってそんな話がでてるの?」

「刻印神器と互角に渡り合えるような人だからよ。フランスでも大きなニュースになってたし」

「日本じゃもっと大きなニュースになってるだろうな。親父さんやお袋さんが何か企んでそうで怖いが……」

「言うな!」

「せっかく考えないようにしてたのに……」

「大河君……」

「だって見ろよ。既にさつきさん、すげえ嫌そうな顔してるぞ」

「え?」

「うわ、ホントだわ……」

「もう手が回ってると考えた方が良さそうだな……」

「あ、こっちに来るわ!」

「雅人さん、さつきさん。ミシェルさんやセシルさんと何の話をしてたんですか?」

「色々だ。みんなにも伝言を預かってるよ」

「俺達に、ですか?」

「ああ。また会おうってさ。総会談が終わってから、鎌倉に来るつもりらしい」

「それはまた、騒ぎになりそうですね」

「総会談って、確か七月三十日でしたよね?」

「ああ。花火大会が終わってからだな。そんなわけで、今年はあまり手伝えそうにない」

「お父さんもお母さんも、絶対に帰ってこれないよね……」

「あたしも今年は無理っぽいのよね。バイトでよければ心当たりあるから紹介するわよ?」

「ぜひお願いします」


 花火大会の前には学期末試験、そして風紀委員が年で一番忙しくなると言われる夏休み前週間が控えている。

 だが今年は、その後に世界刻印術総会談が開催されるとなれば、一斗も菜穂も、そして雅人やさつきもそちらに駆り出されて当然だ。


「それにしても先輩達が一緒の飛行機なんて、すごい偶然ですね」

「偶然じゃないわよ。その方が都合がよかったから、同じ飛行機にしたの」

「神社のこともあるからね」

「そういえば今って、誰か神社にいるんですか?」

「雪乃と香奈、それから聖美に泊まり込んでもらってるわ」

「聖美先輩もですか?」

「急だったが、三人とも快く引き受けてくれたよ」

「ヤバい……。武田先輩の土産、買ってないぞ……」

「ええっ!?それはマズいわよ!」


 もしかしたら3年生が引き受けてくれているかもしれないとは思っていた。その場合、氷川神社の親戚である香奈は確定する。雪乃も学年末試験と春休みに泊まり込んでS級開発をしていたから、可能性はある。飛鳥も真桜も、それを踏まえた上で土産を購入していた。

 だが聖美までもが手伝ってくれているなど、さすがに想定外だった。


「三人のお土産は、あたし達が買ってあるから大丈夫よ」

「頼んだのは俺達だからな。それぐらいは当然だ」

「ところでお二人って、席はどこなんですか?」

「ファースト・クラスよ。逆にそこしか空いてなかったんだけど」

「それはそれでうらやましいな……」

「君達と話したいことがあるから、飛鳥、真桜ちゃんと替わるけどね」

「え?いいんですか?」

「名村さんと岸田先生の許可はもらってるわ。さゆりと久美はもちろん、敦の件もあるからね」

「俺ですか?」

「生成者になっちゃったもんね。風紀委員会への推薦の件もあるし」

「風紀委員になれば、源神社でS級開発ができる特典もあるわよ」

「飛鳥と真桜だけじゃなく、雅人さんやさつきさんもアドバイスくれるからな」

「さゆりも久美も、そのおかげでけっこう早く開発してたものね」

「雪乃なんて二つも開発してるものね。しかもけっこうすごい性能だし」

「それは……すげえ魅力的だな」


 S級開発の大変さは、敦も知っている。開発場所としては鎌倉市では鶴岡八幡宮が有名だが、一日に最長でも二時間しか借りることができない。自分の都合より八幡宮の都合が優先されることもあり、時間の都合がつけにくい。だが最大の問題は、相手がいないことだ。自分で考え、試行錯誤し、長所を活かし、欠点を克服し、自分で的を用意しなければならない。

 しかし源神社は、全ての問題をクリアしている。時間はほぼ無制限。相手は融合型の生成者。複数属性特化型の生成者もよく顔を出す。当然、アドバイスももらえる。そんな場所は源神社しかない。敦はかなり揺れている。


「特典って何だよ。人ん家をなんだと思ってるんだ」

「そんなことしなくても、別に使ってもらうぐらい構わないよ」

「でも時間の都合とかあるでしょ。同じ委員会の方が都合付けやすいじゃない」

「かすみ、生徒会としても問題はないでしょ?」

「生成者なら、それは当然でしょうね。会長からも説明してもらうようにするわ」

「それにしても、2年生だけで五人か。来年はともかく、再来年以降が心配になるな」

「名村さんが赴任してくれたのが救いね。それよりそろそろ時間よ」

「そうだな。飛鳥、真桜ちゃん。席はここだ」

「わかりました」

「ありがとうございます、雅人さん、さつきさん」


――現地時間PM8:12 機内――

 飛行機はシャルル・ド・ゴール空港を飛び立った。眼下ではパリの街並みが小さくなっていく。


「ねえ、飛鳥」

「なんだ?」

「ジャンヌさん、今頃どうしてるのかな?」

「パリにある陸軍司令部にいるとは聞いてるけど……多分、そんな無茶なことはされてないはずだ」

「そう、だよね。それがフランスと日本の間で交わされた約束だもんね。ドイツのイーリスさんとロシアのグリツィーニアさんも、ジャンヌさんに同情してくれてるって、さつきさんが言ってた。だからきっと、日本に来てくれるよね」

「ああ。約束だしな。さすがにミシェルさんかセシルさんが一緒だろうけど、それは当然だ」

「うん。さようなら、ジャンヌさん。また会おうね」


 真桜は小さくなっていくパリの街を見ながら、再会の約束を信じ、願いを込めながら呟いた。飛鳥も同じ気持ちで、真桜の手に自分の手を重ねながら、窓の外に目をやっていた。

 やがてパリの街は見えなくなり、雲の海に隠れた。

 だがまだフランスは、日が沈んでいない。太陽は雲に隠れ始めているが、反対側ではその光を受け、月が輝いている。ここは今、光と闇の境目のような、そんな錯覚すら覚える場所となっている。飛鳥と真桜、ジャンヌとクリスの関係にも似ている。

 光と闇は表裏一体。真桜にとってジャンヌは、ある意味では自分の分身だ。自分では救うことなどできないが、それでもジャンヌには生きていてもらいたい。

 やがて真桜は、小さな寝息を立てながら夢の世界へと旅立っていった。

いつかまた、ジャンヌと会えることを信じて。


刻印の光と闇編<完>


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