16・ダインスレイフ
――現地時間PM3:32 ユーロ フランス オルレアン プラス・ダルク・ショッピングセンター――
「名村先生!」
大河、美花、かすみは集合場所のプラス・ダルク・ショッピングセンターの一角で卓也の姿を見つけ、叫ぶようにして声を上げていた。
「真辺?佐倉と田中も。三上達はどうしたんだ?」
こんな公衆の面前で、いきなり呼ばれるとは思っていなかった。だが声をかけてきたのは三人だけであり、飛鳥や真桜達の姿がない。それ以前に三人ともかなり慌てている。怯えている、とも言える様子に、ただ事ではない気配を感じた卓也は小走りに駆けよった。
「飛鳥君から……名村先生に、魔剣って言えばわかるって言われて!」
「魔剣だと!?場所は!?」
予想外の言葉に、さすがに驚いた。昨夜連盟から連絡を受けていたが、卓也は飛鳥と真桜がブリューナクの生成者だということを知らない。
だがそれを差し引いても、明星高校の生徒がダインスレイフという未知の刻印神器と接触したことは驚きだ。聞いた限りでは、ダインスレイフの生成者は古文書学校の卒業生という話だから、あの場に現れたことに対する疑問はない。
だがユーロにいる以上、いつ襲われるとも限らない。だから卓也も警戒はしていたが、こんなに早く接触されるとは、さすがに想定外だった。
「ロワール川です!サン・クロワ大聖堂の南!」
「わかった!田中、向井と主任の先生にも報告しておいてくれ。先生と三上達は連盟の任務で遅れると」
「わかりました。先生、気をつけてくださいね」
「ああ!」
かすみに指示を与えると、卓也は急いで現場へと走り始めた。
――現地時間PM12:00 ユーロ フランス パリ シャルル・ド・ゴール空港 ロビー――
約三時間前――
「ようやく到着か」
「急な旅行になっちゃったけど、ファースト・クラス確保してくれた叔父様には感謝かな。そんなこと言ってる場合じゃないけど」
ロビーに姿を見せたのは雅人とさつきだった。二人は連盟の命を受け、急遽来仏していた。
「ああ。予想以上に危険な事態だからな。確か今日は、オルレアン観光だったな」
「ええ。ここからだと……三時間ぐらいかしら。さすがに荷物ぐらいは置いてきたいけど」
「昨日の今日だからな」
日本時間の早朝、一斗から魔剣ダインスレイフの存在を聞かされた二人は、急いで準備を整え、その日の夕方の便に乗り込んだ。刻印神器の存在はもちろんだが、それよりも二人を慌てさせたのは、生成者の双子の存在だった。
「そうね。それより迎えが来てくれるって話だったけど、それらしい人はいないわね」
「ああ。俺達がこの便で着くことは知っているはずだが……」
「お、いたいた。久しぶりだな、雅人」
「ミシェル。久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
「久世雅人、さつきご夫妻ですね。私はセシル・アルエット。お二人をお迎えに参りました」
「ご丁寧にどうも」
「へえ、あんたが雅人の。俺はミシェル・エクレール」
「知ってるわ。雅人と同じ刻印三剣士でしょ。けっこうな腕前だって聞いてるけど?」
雅人とさつきを迎えたのは、ミシェルとセシルだった。刻印三剣士をダインスレイフにぶつけようという上層部の意向が見え見えだ。
だが二人にとって、飛鳥と真桜に危険が迫っているとなれば、そんなことは二の次であり、既にダインスレイフに襲撃されていたとなれば尚更どうでもいいことだ。
「雅人程じゃないさ。また腕上げたって聞いてるしな」
「必要があったからな。それより旧交を温めに来たわけじゃない。状況を教えてくれないか?」
「そうですね。移動しながらお話しします。本来ならば先にホテルへチェックインしてもらいたいところですが」
「後でいいですよ。まずはオルレアンへ向かいましょう」
「わかりました。お荷物は部下に運ばせておきます。それだけなのですか?」
四人とも明星高校のスケジュールは把握している。ダインスレイフの狙いがブリューナクである以上、それは最低限だ。雅人にとってもさつきにとっても、若と姫が最優先であり、そのためにフランスまで来たのだから。
「急だったから、準備もままならなくて。あとは現地調達するつもりです。セシルさん、時間あったらでいいので、いいお店紹介してもらえません?」
「私でよければ喜んで。それでは行きましょう」
「お願いします」
雅人とさつきはセシルの部下に荷物を渡し、セシル、ミシェルと共に行動を開始した。
――現地時間PM3:48 ユーロ フランス オルレアン ロワール川ほとり――
「さすがに……キツいわね……!」
「ほう。思ったよりやるではないか」
「それは、どうも!」
ドゥエルグの数は六体にまで減っているが、敦、さゆり、久美の消耗も激しい。
「あと六体か……!思ってた以上にキツいな……!」
「初生成は予想以上に印子を消耗するからね……。こんな状況でこんなのが相手じゃ、初めてじゃなくてもキツいけど……!」
「しかもここ、ヘルヘイムの中だものね……」
「確かヘルヘイムって、広域対象術式だったのよな?」
「ええ、世界樹型の闇属性。って、ダインスレイフと同じ北欧神話じゃない……」
「それはまた、相性良さそうな組み合わせね。だけど、それがどうかしたの?」
「ダインスレイフの奴、飛鳥達とやり合いながら俺達の様子も見てたみてえだからな。ちょっと気になっただけだ」
「確かに……。って、考える時間はくれなさそうね!」
まだドゥエルグは六体残っている。ようやく半分といった感じだが、ドゥエルグ達は過激派と違い、油断などしている気配が微塵もない。そもそも意思があるのかすら疑わしい。だが考えている余裕はない。三人は法具を構え、ドゥエルグ達を迎え撃とうとしている。
「さゆり!久美!井上君!」
「よそ見する余裕があるのか?」
「え?きゃあっ!」
不意を突かれた真桜に、闇性C級攻撃系術式シャドー・バレットが命中した。生体領域で防げたとはいえ、ダメージがないわけではない。
「真桜!」
「だ、大丈夫!」
飛鳥に応えると同時に、真桜は光性C級攻撃系術式シャイン・バレットを発動させた。ダインスレイフのシャドー・シールドによって防がれてしまったが、それは織り込み済みだ。
「くらえっ!」
そこに飛鳥の光性B級攻撃干渉支援系術式フォトン・ブレイドが発動した。
フォトン・ブレイドはその名の通り、フォトンを集束し刃とする。武装型刻印法具とは相性がいい術式だが、攻撃系と支援系両方の特性を持つ。光の刃を刻印法具に纏わせることは当然、複数の刃を飛ばして対象を攻撃することもできるため、難易度は高いく、扱いも難しい。飛鳥は支援系を苦手としているため、風紀委員の巡回中に支援系拘束術式を使う程度で、滅多に使用しない。
だがフォトン・ブレイドは攻撃系術式でもある。支援系へ振り分けられる処理能力を攻撃系へ回すことで、飛鳥はブリューナクを振るう度に光の刃を生成し、ダインスレイフへ発動させている。
「……さすがにやるな」
ダークネス・カーテンを発動させたダインスレイフだが、全ての刃を防ぐことはできなかった。
「これだけ傷つけても、まだ目を覚まさないなんて……!」
「無駄なことだ。我の命なく、しもべが意思を取り戻すことはない」
ダインスレイフの言うとおり、どれだけ傷つけても、ジャンヌは眉ひとつ動かさない。ジャンヌの白いワンピースは赤黒く染まり、白い肌には多数の斬り傷や刺し傷がつけられている。
「だがさすがはブリューナクだ。我が力を以てしても滅すること、容易ではない」
「黙れよ!」
飛鳥も真桜も、ジャンヌを傷つけようとは考えていない。だが何もしないなどということもできない。
飛鳥のヒート・ガーデンが足を止め、真桜のウイング・ラインが、またしてもジャンヌの体に赤い線を刻み込んだ。だがそれはダインスレイフにとっても想定内であり、むしろ二人の行動を制限させる枷となっている。
「やはりしもべを傷つけることを恐れているな。刃を向けられているにもかかわらず、相手の身を案じるなど、愚かに過ぎるというもの。やはり人間の考えなど、我には理解できぬ」
「魔剣風情が調子に乗るんじゃないわよ!こっちこそ、あんたの考えなんかこれっぽっちも解らないわ!」
「負け犬の遠吠えだな。汝らが我に勝つことなど、ありえぬ。見るがいい」
「え?さ、さゆり!久美!」
「井上!」
ダインスレイフに促されるよう視線を移すと、久美のクリスタル・ミラーが二つに折れ、さゆりが膝をつき、敦が二人をかばいながら立っていた。
だがそれでも、三人は術式を発動させ続けている。ドゥエルグの一体が久美のフロスト・イロウションで足を止められ、さゆりのダイヤモンド・スピアで貫かれ、敦のクリムゾン・レイによって燃え尽きた。
「汝ら従者達はよくやった。ドゥエルグを半数以上も倒したのだからな。だがここまでだ。所詮人間の力など、この程度に過ぎんのだからな」
「ダインスレイフ……貴様!」
「勘違いするな、小僧。従者を殺したのは我ではない。汝らだ。しもべに気をとられなどするから、このようなことになる。我の予想通りだが、こうまで上手くいくと、面白味に欠けるものだ」
ダインスレイフの笑い声がヘルヘイム内に木霊する。三人を犠牲にするなど論外だが、ジャンヌを見捨てることもできない。自分達が同じ立場になっていた可能性もあったわけだから、既にかなり深い所まで共感してしまっている。
だがこのままでは、さゆり、久美、敦は間違いなく殺されてしまう。ダインスレイフの言うとおり、殺すのは自分達だ。
「……真桜!」
「で、でも……!」
「あいつらを見捨てるなんて、俺にはできない……!ジャンヌさんの気持ちもわかるけど、どっちかしか救えないんなら、俺はあいつらを選ぶ!」
ジャンヌは明確に自分達の命を狙ってきた。しかもほとんど初対面だ。ここまで時間をかけ、親友達を窮地に追いやってしまったことも間違いない。飛鳥の決断は、ある意味では当然だろう。
だが真桜は、まだ揺れていた。同じ女だからこそ、痛いほど気持ちがわかる。真桜にとって飛鳥が全てであるように、ジャンヌにとってもクリスが全てだった。わずかな会話で、真桜はそれを悟ってしまった。
「それでもいいさ。だから俺がやる……!真桜、ブリューナクを貸してくれ」
「うん……」
「遅い決断だったな。何をしようと、ドゥエルグ達を止めることはできぬ」
真桜は飛鳥にブリューナクを手渡そうとしていた。だが同時に、ドゥエルグ達が一斉に術式を起動させている。狙いはもちろん敦達だ。生半可な防御術式では防げないことも明白だ。
「に、逃げて!」
真桜が叫ぶが、消耗の激しい三人の動きは鈍い。適性属性の防御術式を展開させてはいるが、強度不足だとすぐにわかる。
「きゃあああっ!」
「うわあああっ!」
「汝らはそこで大人しく見ておれ」
飛鳥も真桜も、急いで援護の術式を発動させようとした。しかしダインスレイフの、闇性C級対象支援系拘束術式シャドー・バインドによって影を縫い付けられ、ヒート・ガーデンによって生み出された蔦や蔓によって、二人は動きを封じられた。
だがドゥエルグ達から術式が発動した瞬間、漆黒の空間が灼熱の空間へと変化した。同時に多属性の結界術式が展開された。その結界はドゥエルグ達の闇性術式を防ぎながら、三人を守っている。
「な、なんだ……この結界?」
「これって……まさか、プロテクト・レボリューション!?」
「間に合ったわね」
「間一髪だったな」
「さ、さつき先輩!?雅人先輩も!」
姿を見せたのは氷焔之太刀とガイア・スフィアを手にした雅人とさつきだった。
「な、なんで先輩達がフランスに!?」
「話は後だ。後は任せてくれ」
「雅人先輩……!はい!」
「さつきさん!ありがとうございます!」
「おい、雅人。お前、いつジュピターなんて覚えたんだよ?」
「去年だ。色々あったからな」
「さつきさんのS級術式も、すごい性能ですね」
「まだ完成したばっかりだから、改良の余地は十分にあるんですけどね」
「すまないな、久世。新婚早々、面倒事に巻き込んでしまって」
「な、名村先生!?」
「セシルさん!ミシェルさんも!」
「佐倉達から話は聞いた。遅くなってすまなかったな」
現れたのは雅人とさつきだけではなく、卓也、ミシェル、セシルの姿もある。
「それが先生の……」
「ああ。ウッドランド・ハンターという。生徒に見せたのは初めてだな」
卓也は槍状、セシルは拳銃状、そしてミシェルは刻印三剣士と言われているように剣状刻印法具を手にしている。
「それにしても何なんだ、こいつら?人間、じゃないよな?」
「ダインスレイフの眷族、ドゥエルグです。北欧神話に出てくる闇の妖精だとブリューナクは言っていましたが……」
「ブリューナク?まさか、あの二人が手にしているのは……!」
「あれがブリューナクか。だがブリューナクって、確か槍じゃなかったか?」
「ここまで来たら隠せないか。確かにブリューナクは槍だけど、あの子達のために二本の剣にもなるのよ」
「や、槍が剣に!?」
「無茶苦茶だな……。さすがは刻印神器ってところか。ん?お前……確か井上だったな。それ、刻印法具じゃないのか?」
「ええ。さっき生成できましてね」
「あなたまで……。優秀な術師が揃っているのですね」
「その話は後だ。まずはこのドゥエルグを倒さなければ、飛鳥と真桜ちゃんの援護もままならない」
「異議無し。ミシェルさん、セシルさん。手伝ってくれるんですよね?」
「当然だ。そのために来たんだからな」
「私も同様です。数は丁度五体みたいですね」
「なら一人一体ね。丁度いいわ」
「井上、一ノ瀬、水谷。結構消耗しているが大丈夫か?」
「なんとか……」
「無理はしなくていいわ。あとはあたし達に任せといて」
「す、すいません……」
「謝る必要はないさ」
「とりあえず、このドゥエルグってのを、片付けるとしますかね」
「異議無しだ!」
五人は刻印法具を手に、ドゥエルグ達に向き合った。
「まったく、眷族なんてのを召喚?するなんて、とんでもないわね、ダインスレイフって。もっとも相手が何であれ、真桜に手を出した以上、相応の報いを受けてもらうわよ!」
さつきがエンド・オブ・ワールドを発動させた。ドゥエルグの一体は隆起した大地で天空へ押し上げられると同時に氷の竜巻によって凍りつき、稲妻に貫かれながら消滅した。
「何があったかは知らないが、飛鳥を狙った以上、お前達は俺の敵だ。たとえ刻印神器だろうと、許しはしない!」
雅人が氷焔合一で斬り付けると同時に、ドゥエルグは凍りつきながら燃え尽きた。
「俺の生徒に手を出したんだ。ただで済むと思うなよ!」
卓也は槍状刻印法具ウッドランド・ハンターを構え、風性S級広域対象系術式スパイラル・エクスプロージョンを発動した。対象を高濃度の水素と酸素の竜巻で拘束し、人体に微量に存在しているヒ素が水素と化学反応を起こしアルシンを生成している。アルシンは自然発火物質であり、可燃性の高い水素、酸素に反応し、炎の竜巻となり、ドゥエルグを包みこみ、天へと昇りながら消えていった。
「ドゥエルグ、だったわね。一体一体が一流の生成者以上の能力を持ってるなんて、厄介だわ。負ける気はしないけど!」
セシルが拳銃状武装型刻印法具ブルー・ローズから、風性S級対象干渉攻撃系術式ラファール・フォンデュを発動させた。ラファール・フォンデュは、最大瞬間風速が音速を超えるため、ソニック・ブームによる風の刃を発生させる。それだけではなく、干渉した大気の温度を下げ、水と氷の刃をも生み出す。風と氷、そして水の刃がドゥエルグに襲い掛かり、斬り裂き、最後に発生させた風の槍によって貫き、息の根を止めた。
「まったく、こんな連中を相手にしてたとはな。あいつらが勝てないわけだ。今度少し揉んでやるとしても、まずはこの場を何とかしなきゃ、だな!」
ミシェルは剣状刻印法具ラム・クリムゾンに光性S級広域対象干渉術式エクリプス・ヴェルミリオンを発動させ、ドゥエルグに刃を振り降ろした。赤外線を集束させることで深紅の光を発しているが、光は刃によって陰り、日蝕のようにも見える。紅に輝く刀身に斬りつけられたドゥエルグは、体内から炎を吹き出しながら倒れ、燃え尽きた。
ミシェルは光属性に高い適性を、さらに真桜と同様、非適性属性がないという特性を持つ。この適性と特性をもって、雅人と並ぶ刻印三剣士と称されている。
「ドゥエルグとやらはこれで全部だな。ダインスレイフ、そろそろ観念したらどうだ?」
「我のヘルヘイムを破るとは……。何者だ?」
「お前ごときに名乗る名はない」
「覚悟はいいでしょうね?飛鳥と真桜に手を出したんだから、叩き折るだけじゃ済まさないわよ!」
「覚悟?人間ごときが我を折るだと?面白いことを言う小娘だな」
「黙んなさいよ!」
「二人の命を狙った時点で、既にお前は抹消対象だ。お前こそ不完全な分際で、大きな口を利くな」
雅人もさつきも、激しい殺気を放っている。相手が刻印神器だろうと、飛鳥と真桜の命を狙った以上、問答無用だ。
「おおう……すげえ殺気だな……」
「うわあ……雅人さんもさつきさんも本気だわ……」
「刻印神器が相手なのに……関係ないみたいね……」
「つかなんだよ、この殺気……!ドゥエルグ達に囲まれてた時より、全然怖ぇよ……!」
「名村さん、ミシェル、セシル中尉。彼らを頼みます」
「それはいいが、二人でダインスレイフの相手をするつもりなのか?」
「ええ。私達の主に手を出したんだから、その報いは受けてもらわないとね!」
「主?」
「行くぞ、さつき!」
「ええ!」
卓也には何のことかわからなかった。だが既に雅人もさつきも、ダインスレイフに向かっている。
「はええな、おい。セシル中尉、雅人はああ言いましたが、このまま黙って見てていいんですか?」
飛鳥と真桜はシャドー・バインドとヒート・ガーデンによって動きを封じられている。それどころか今も、ヒート・ガーデンの炎によって身を焦がされている。剣となったブリューナクを手にしているが、あのままではどちらかが先に倒れてしまう。そうなればブリューナクは形状を維持できない。
何よりこれは、フランスの問題だ。一部の馬鹿な高官が功を焦った結果、誕生してしまったのが刻印神器ダインスレイフであり、ジャンヌとクリスをはじめとした、多くの人々を犠牲にした血塗られた魔剣だ。
「私達も援護するべきなんでしょうけど、隙が見当たらないわ。割っていけるとしたら、多分あなただけじゃないかしら?それより私が気になるのは、彼らが言った“主”という言葉ね。何かご存知ありませんか?」
「残念ながら、俺は知りません。先月赴任したばかりなのでね」
「知ってますけど……雅人先輩とさつき先輩の許可もなしに話せることじゃないので」
「なんとなくわかった」
ミシェルの視線の先は飛鳥と真桜だ。雅人とさつきが介入したことによって、拘束力が弱まっているようにも見える。
その雅人とさつきは、ダインスレイフ相手に息の合った連携を仕掛けながら、次々と術式を発動させている。
「くっ!まさか汝らのような使い手が存在したとは!」
「後悔しても遅いわよ!」
「お前は欠片も残さず、この世から消滅させる!」
「調子に乗るな、人間ごときが!」
ダインスレイフが距離を取ろうとしている。だが二人はそれを許さない。神話級刻印術を発動されてしまえば、さすがに無事では済まない。
だがダインスレイフはジャンヌの意思を奪い、無理矢理その体を使っているため、術式の発動がわずかだが遅い。雅人もさつきも、その隙を見逃すことなどない。
「すげえ……。何なんだ、あの人達……」
「そうか。ダインスレイフにはこんな弱点があったのか」
「弱点?刻印神器なのに、ですか?」
「そりゃあるさ。特にダインスレイフは、ジャンヌの体を無理矢理使ってるだけなんだからな。言っちまえば、ジャンヌの意思は関係ない。生成者ならわかるだろ?刻印法具を使って刻印術を使う時、何が必要になるかを」
「まあ、それはさすがに。生成者の意思と印子を、法具に伝えることが……あっ!」
「そういうことかよ……」
「なるほどな。ダインスレイフは生成者の印子を無理矢理吸収してはいるが、意思は封じ込めたままだ。刻印術の精度が落ちているのか」
「それで彼は、ダインスレイフを不完全だと言ったのね」
「見抜けなかったのは、俺達の落ち度ですね。だが疑問もある。確かにあの二人の強さは半端じゃない」
「同じ刻印神器を手にしている三上達が、何故抑え込まれているのか、だな?」
「ああ。ブリューナクは世界で初めて、二心融合術によって生成された刻印神器だ。あの二人の様子を見ても、ブリューナクが従っていることはわかる。どう見てもダインスレイフに劣っているとは思えない」
「ジャンヌって人を助けたい、って言ってました……」
「ジャンヌを?」
「他人事じゃないんですよ、あの二人にとっては。ジャンヌさんと弟さんのことが……」
「納得した。中尉、行ってきます」
「了解しました。少尉、ご武運を」
「了解!」
「いいんですか、中尉?」
「ええ。確かに私達は、ジャンヌ諸共ダインスレイフを抹消する命令を受けています。ですが私もミシェル少尉も、納得しているわけではありません。こちらの都合で利用しようとし、あまつさえ運命を捻じ曲げてしまったのですから。もしジャンヌを、ダインスレイフの呪縛から解放することができるなら、私達にできることは何でもするつもりです」
「なら話は簡単でしょ。飛鳥と真桜を解放すれば、雅人さんとさつきさんもわかってくれるだろうし」
「ええ。ヒート・ガーデンとシャドー・バインドの結界を解除しないとね」
「決まりだな。シャドー・バインドは俺が何とかする」
「ヒート・ガーデンは私ね」
「それじゃ私は援護するわ」
「井上、一ノ瀬、水谷。無理はするなよ」
「これぐらい、無理の内に入りませんよ」
敦もさゆりも久美も、立っているのも辛いほど消耗している。だがそんなことは関係ない。
さゆりはジュエル・トリガーを、ヒート・ガーデンとシャドー・バインドの刻印へ向けて発動させた。刻印神器によって発動されている二つの術式に通用するとは思わない。生成された宝石は二つの術式の刻印へ集中し、今にも覆い隠そうとしている。
そこに久美のノーザン・クロスが発動し、ジュエル・トリガーを覆った宝石をヒート・ガーデンの刻印ごと極低温で凍結させ、同時に極小規模の水素爆発を起こし、ヒート・ガーデンの刻印を消し去った。
敦はライトニング・スワローとフレイム・ウェブを同時発動させた。二つの術式をバスター・バンカーの鏃に集中させることで強度を増し、炎を纏った燕がシャドー・バインドの刻印めがけて飛び立った。ジュエル・トリガーとの相応関係によって勢いを増したライトニング・スワローは、強い光を放ちながら、一気にシャドー・バインドの刻印を貫き、宙に消えた。
「へへ……やったぜ」
「さすがに……限界……」
「飛鳥、真桜……がんばって……ね……」
ヒート・ガーデンとシャドー・バインドの結界を破ったことを確認すると、三人はその場に崩れ落ちた。
「井上!一ノ瀬!水谷!」
「気を失ったようですね。こんな体で、あれだけの精度と強度で術式を発動させたのですから、無理もないかもしれませんが……」
「よくやった、三人とも」




