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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第四章 刻印の光と闇編
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14・想いと呪い、覚悟と決意

――現地時間PM16:20 ユーロ フランス パリ大学 一室――

 パリ大学は古文書学校に隣接している。そのため移動にはさほど時間はかからない。飛鳥、真桜、さゆり、久美、敦は、古文書学校の代表五名とともに、ミシェルに先導され、大学内の一室へと案内された。


「お待たせしました、中尉」

「ご苦労様。私はフランス陸軍中尉、セシル・アルエットです。既にミシェル少尉から説明があったと思いますが、この問題はフランスの国防上の問題だけではなく、日本との外交問題にも大きな影響を与えます。守秘義務も情報秘匿優先度も、あなた方が思っているよりはるかに高いことを忘れないでください」

「それはミシェル少尉から伺いましたが……」

「魔剣ダインスレイフ……なんであんなものがフランスに……」

「まずはそこから説明しましょう。そもそもの発端は三ヶ月前、日本と中華連合の間で起こった神槍事件です」

「もしかして、ブリューナク?」

「そうです。それまで二心融合術はお伽話以上の意味はありませんでしたが、神槍ブリューナクはその二心融合術によって生成されている、と日本政府によって公表されました。これはフランスでも大きな衝撃でした」

「覚えてます。中華連合の艦隊が全滅したニュース……あれは忘れられません」

「生成者は未成年だが、結婚と同時に公表するっていう日本刻印術連盟の声明があるが、あんなものを見せられて、黙っている国があるわけがない。フランスは既に、ブリューナク生成者を特定している」

「それはフランスだけじゃなく、他の国も同じく、でしょうね」

「驚かないのね」

「それぐらいのことは当然だと思ってます。隠すぐらいなら公表しないでしょうから」

「もっともだ。そもそも思っていたより緩いガードだったからな。むしろ外交的と言うより内政的な問題があって情報規制してるって感じだった」

「未成年、っていう時点で、色々と問題が発生しますから」

「やはりあなた方は、ブリューナクの生成者を知っていましたね。神槍事件を調べていくうちに、その疑問も解消されましたが」

「そうなのか?」

「ええ、知ってるわ。喋るつもりはないけどね」

「私達もそれを聞き出すつもりはありません。そもそも生成者を公表していないとはいえ、日本政府と日本刻印術連盟が来仏を許可している時点で、彼らに何かあれば、フランスとの関係が悪化することは必至です。我が国としても、生成者の身の安全は最優先で確保しなくてはなりません」

「ではなぜ、魔剣ダインスレイフの情報を秘匿していたんですか?」

「現在、刻印神器を保有している国は、日本、オーストラリア、ブラジル、ロシアの四国です。特にロシアはユーロと隣接しているため、常に我々を脅かしています。そのためにフランスだけではなく、ユーロ圏としても、対抗手段の構築は急務でした」

「もしかして、神槍事件が発端っていう意味は!?」

「お察しの通りです。ジャンヌ・シュヴァルベは融合型、クリストフ・シュヴァルベは複数属性特化型刻印法具の生成者であり、双子の姉弟ということも注目されました」

「確かに血縁関係があれば、相性はいいだろうけど……」

「でもあの剣……ダインスレイフは、あのジャンヌって人を支配し、操っていたようにも見えたわ……」

「生成者を操るって、いくら刻印神器だからってできるのかよ?」

「確かその双子って、愛し合ってるって言ってたわよね?」

「噂程度だったけどね。あまりにも仲が良かったから、そんな噂が流れるのもわかるんだけど……」

「それが報われぬ想いを呪いに変え、ってやつか」

「ダインスレイフがそう言ったのか?」

「ええ、そうです」

「ということはその噂、本当だったってことか」

「世間的にも道徳的にも、大きな問題ね。そこから罪悪感が生まれて、ダインスレイフに取り込まれてしまった、と考えるべきかしら」

「おそらくそうでしょう。既にお気付きかと思いますが、ジャンヌ・シュヴァルベの左手には刻印がありました。ですがその刻印は、ダインスレイフの生成と同時に消えてしまったと言われています」

「生成と同時に?そんな話、聞いたことありませんよ」

「私もです。これは推測ですが、ダインスレイフはジャンヌだけではなく、クリストフの刻印をも取り込んでいるでしょう」

「それって、どういうことなんですか?」

「二心融合に限らず、刻印神器は刻印融合術によって生成されている。だがダインスレイフは、常に刻印神器の形状を維持している。おそらく二人の刻印を食った結果だろう」

「食ったって……」

「同時に取り込んだ刻印があるからこそ、ジャンヌは操られているのではないかと推測されています」

「飛鳥と真桜の多重結界を破った術式だけじゃなく、魔剣っていう特性も考えると、ダインスレイフは闇属性ですよね?」

「そう言われている。闇属性には精神干渉系術式も多いからな。それだけで説明できるかと言われれば、それはそれで疑問だが」

「じゃあダインスレイフは、ジャンヌさんの意識を奪い、印子の供給源として扱ってるいると?」

「それが一番可能性が高いでしょう。そのためにジャンヌの左手とクリストフの刻印を取り込み、魔剣の形状を維持している、と考えられます」

「聞いてるだけで無茶苦茶だが……あの威圧感は半端じゃなかったな……」

「ああ……。あのまま押し潰されるかと思った……」

「確かにすごかったけど……本当の力はあんなものじゃないはずよ」

「え……?」

「それには同意だ。なにせ融合型と複数属性特化型を二心融合させた神器だからな」

「それはそうなのかもしれませんが……」

「むしろあの程度なら、ファントム・エペイストを中心としたフランス軍が、すぐに鎮圧できていたはずですよね?」


 ファントム・エペイスト――幻影の剣士、とはミシェルの呼び名であり、ソード・マスター 久世雅人、クレスト・ナイト アーサー・ダグラスと並ぶ刻印三剣士の称号でもある。フランス軍の切り札でもあるミシェルは、フランス最強との呼び声も高く、ユーロ圏でも最上位の実力者でもある。


「けっこう高く買ってくれてるが、俺にそこまでの力はないぞ。同じ三剣士と言われても、雅人やアーサーには、剣の腕も刻印術の腕も、どちらも負けてるからな」

「そんなことはないと思いますけど?」

「それはまたの機会にしましょう。ですがファントム・エペイストを以てしても、取り押さえることはできませんでした。あまり公にはしたくはない情報ですが」

「そのジャンヌさんとクリスさんは、神槍事件後に二心融合を成功させ、魔剣ダインスレイフが誕生してしまったってことですね」

「同時にクリス先輩も死んだと?」

「そうです。それが先月の話です」

「先月って……もう一ヶ月も経ってるんですか!?」

「そんなに経過してたなんて……。もしかして先輩達が言ってたユーロの怪事件って、このことなんじゃ?」

「なんだ、その事件って?」

「フランスだけじゃなく、ユーロ各地で変死体が見つかってるらしいの」

「変死体?」

「ええ。私達も成田で聞いただけだから詳しくはしらないけど、なんでもスイスでも犠牲者らしき人が出たって言ってたわ」

「スイスって……それはマズいだろ……」

「事実だ。フランスとの国境付近で、三人の旅行者が犠牲になった。フランス国内だけでも、既に数十人が犠牲になっている」

「多すぎるわ……。それを今まで隠していたですか?」

「だから事前に国防上、外交上の問題だと説明したはずです。あなた達が思っている以上に大きな問題だと」

「刻印神器が関わってた時点でそれは予想してましたけど……」

「そんな大きな問題だったなんて……思ってませんでした……」

「だけどそれは、あくまでもフランスの問題であって、こう言っちゃなんですけど、日本とは直接関係ありませんよね?」

「ありませんね。ダインスレイフがブリューナクの存在を知らなければ」

「やっぱり狙いはブリューナクか。そんな予感はしてたけど……」

「おい、一ノ瀬、水谷……まさか、ブリューナクの生成者って……」

「思ってる通り、としか言えないわ」

「それでセシル中尉。なぜ私達にそこまで詳細な情報を?」

「日本刻印術連盟には既に助力を申し出ています。旅行中とはいえ、あなた達にも連絡が入るでしょう。私達の説明と相違点があれば、それはそのまま両国の問題へと発展しかねません」

「まあ、確かに。言い方は悪いけど、保険ってことですね」

「そうなりますね。こんなに早く、ダインスレイフが行動を起こすとは思っていませんでしたが」

「何か根拠があるんですか?」

「ダインスレイフはジャンヌを操っているが、ジャンヌは人間だ。何日も飲まず食わずで生きていられるはずがない。だがその痕跡があまりにも薄い。おそらくジャンヌは、身体的にかなり衰弱している。ダインスレイフが何を考えていようと、そろそろ限界のはずだ」

「でも、それじゃジャンヌ先輩が命を落とすと同時に、ダインスレイフも消えることになるんじゃ……?」

「悲しいかな、俺達はそれに期待しているのが現状だ。同時にそこが、もっともわからんところだが」

「わからないって……なんでなんですか?」

「ダインスレイフがその程度のことを理解していないはずがないからです。刻印法具は生成者の意思がない限り生成できない。同じ原理である刻印神器も、この原則から逃れることはできません」

「そうか。ダインスレイフもジャンヌさんの意思がなければ生成されないはず……。だけどジャンヌさんがそんなことを考えるかって言われると……」

「推測でしかないが、ダインスレイフは二人の刻印を食った結果、強烈な想いと印子を取り込み、自我を目覚めさせた。暴走してる、とも言えるかもしれん」

「生成者の意思を無視し、かつ命の危険にさらしているから、ですね?」

「フランスはそう結論付けました。またユーロ圏での凶行の数々から、ようやくダインスレイフの捕獲ではなく、抹消を決定しました」

「それってつまり、ジャンヌ先輩を殺すってことですか!?」

「結果的にそうなる。手加減なんかしたら、こっちがお陀仏だ」

「それって勝手じゃありません?自分達の都合で二心融合なんてさせておいて、手に負えないから消すなんて、あんまりです」

「そうね。それが実の双子だろうと、愛し合っていようと、関係ないわ。むしろフランスのやり口の方が、人の道を外れているわ」

「ゲームの考えだよな。どうせ決めた奴は、ダインスレイフを消すためにブリューナクを利用しようと考えてんだろ。ふざけんなよ……!」

「その通りだ。俺も気に食わない。だが軍人の悲しさでね。上からの命令には逆らえないのさ」

「日本刻印術連盟もそう言っていたそうです。同時にここまで被害を拡大させたフランスに対し、情報の即時公開を求めています」

「当然だろ、そんなの」

「フランス政府はその要求に従い、明日ダインスレイフの存在を公表するつもりだ」

「同時に日本刻印術連盟が派遣してくれた術師と連携を取り、ダインスレイフを抹殺するつもりです。ちなみにブリューナクを利用しようと考え、情報を隠蔽していた上層部の一派は、本日処分が下されました」

「ってことは、フランスはもうブリューナクに頼るつもりはないと?」

「本音では手を貸してもらいたいがな」

「まあ刻印神器相手ですから、その気持ちはわからなくもないですが」


 さゆり、久美、敦が説明を受け、古文書学校の生徒が顔色を変えている間、飛鳥も真桜も、一言も喋らなかった。二人にとって、ジャンヌとクリスの想いは他人事ではない。喋らなかったのではなく、喋れなかったと言うべきだろう。二人がブリューナクの生成者だということに、古文書学校の生徒は気付かなかったことは不幸中の幸いと言えるかもしれないが、それは救いではなかった。


――西暦2097年5月13日(月)現地時間AM12:00 ユーロ フランス パリ シテ島 ノートルダム・ホテル 客室――

 ホテルへ戻った後も、飛鳥と真桜は口数が少なかった。特に飛鳥は重症だ。ベッドに入ってからも、落ち着かないように蠢き回っている。真桜にも大きな衝撃だったが、自分の想いは全て飛鳥へ向けられている。ジャンヌの気持ちもわかる。自分だけが取り残されるなど、耐えられない。だから真桜が取った行動は、半ば無意識だった。


「飛鳥……」

「真桜!?」


 真桜がベッドへ潜り込み、抱きついてきた。驚いたことに何も着ていない。


「飛鳥……飛鳥がそう考えるのもわかるよ。私もだもん……」

「真桜……」

「ジャンヌさんもクリスさんも、きっと前世での想いを果たしたかっただけなんだよ。その気持ち、すごくよくわかる……」

「だけど、その結果があれじゃ……」

「双子として生まれてきちゃったのは不幸だったかもしれないけど、そこまで強い想いだったんだよ」


 想いの強さでは、真桜も負けていない自信がある。だがそれより、真桜が気になったのは飛鳥の性格だった。


「飛鳥、一人で抱え込まないで。いつでも私がいるんだから」

「真桜……」


 飛鳥には、自分一人で抱え込もうとする癖があった。自分を巻き込まないためだということはわかっている。

 だがそんなことを、真桜は望んでいない。自分の全ては飛鳥のもの。偽りない真桜の本音だった。


「飛鳥、来て……」

「真桜……」


 二つの影が一つに重なり、初めて互いのぬくもりを感じながら、やがてそれは穏やかな寝息へと変わっていった。


――現地時間AM7:00――

飛鳥も真桜も、一糸纏わぬ姿で同じベッドに入っていた。隣で寝ている飛鳥の寝顔を、真桜はずっと見ていたいと思いながら、指先で頬をついている。


「おはよう、真桜」

「おはよう、飛鳥!」


 飛鳥が目を覚ますと同時に、真桜は飛鳥の首筋に抱きついた。身も心も一つになった昨夜、改めて互いが互いの半身だと理解した二人は顔を見合わせ、照れた笑みを浮かべると、どちらからともなく唇を重ねていた。


――現地時間AM8:00 ユーロ フランス パリ シテ島 ノートルダム・ホテル 展望レストラン――

「おはよう!」

「おう、おは……よう?」

「どうした、大河?」

「いや……気のせいかもしれんが、なんか距離、縮まってないか?」

「距離?何のだ?」

「いや、いい。変な事聞いて悪ぃな」

「馬鹿……」


 少し顔を赤くしているのは美花とかすみだ。二人は真桜を迎えに部屋に立ち寄った際、見てしまった。赤い斑点がベッドに落ちていたことを。


「どうしたの、美花?」

「かすみも、少し赤くなってるけど?」

「聞かないで」


 だがそんな二人の態度で、さゆりと久美は察してしまったようだ。


「ごめん、美花、かすみ……」

「気にしないで。それより早く朝食をすませちゃいましょう」

「ん?何かあったのか?」

「それこそ気にしないで。なんでもないから」


 大河と敦はまだ気付いてないようだが、それも時間の問題だろう。もっとも、気付いたところで何が変わるわけでもない。なるべく考えないようにしながら、隣で飛鳥と真桜が、朝っぱらからイチャイチャしている姿を、胸やけを起こしながら横目にしつつ、女子達は朝食を取り始めた。

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