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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第四章 刻印の光と闇編
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9・修学旅行

――西暦2097年5月11日(土)AM11:30 成田空港 ロビー――

 成田空港の一角では、高校生の団体が集まっていた。今日から明星高校2年生は修学旅行。行き先はフランスだ。


「ちゃんと土産買ってこいよ」

「わかりました。東京ばな奈でいいですよね?」

「ふざけんな!空港土産なんかいらねえよ!」

「じゃあエッフェル塔のペナント?」

「凱旋門のキーホルダーとか?」

「お前ら、わざと言ってるだろ!」

「わかります?」


 既に点呼は終わり、今は見送りにきてくれた先輩や後輩と雑談の真っ最中だ。それは風紀委員も例外ではなく、武と良平が遊ばれている。


「気をつけて行ってきてね。特に飛鳥君と真桜ちゃんは」

「わかってます。多分、知られてるでしょうからね」

「でも許可が出てるわけですから、そんなに心配はいらないと思いますけど?」


 雪乃の心配は当然のものだ。飛鳥と真桜は刻印神器ブリューナクの生成者であり、既にその情報を掴んでいる国もあるだろう。二人に何かあれば、戦争にすらなりかねないのだから、警戒はされることになるだろうが、同時に迂闊な真似もしてこないだろう。だが知らないと強弁されてしまえば、生成者を公表していないことが裏目に出ないとも限らない。


「でも気をつけてよ?最近ユーロじゃ、物騒な事件が起きてるって噂なんだからね」

「らしいッスね。ユーロ圏のどっかの国が、何かの実験をしてるんじゃないかって言われてますけど」

「どこの国も知らないと言っているが、事件が起きてるのは間違いないからな」

「ネットじゃ生成者が関係してるんじゃないか、って言われてたな」

「先月だっけ?軍が壊滅したっていう噂もあったわよね。あれってフランスじゃなかったっけ?」

「え?あれって、刻印具に組み込んだA級が暴走したんじゃなかったんですか?」

「フランスはそういう声明を出してるな。だがそれが事実かどうかなんて、わかったもんじゃないだろ?」

「それもそうですね」

「あんまり不安ばっか煽っても仕方ねえだろ。こいつらが簡単に遅れをとるような奴らかよ」

「同感だ。あんまり心配はしてねえけど、気をつけて行ってこいよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 搭乗時間が来た。そのために話はここまでとなってしまったが、楽しい旅行を不安で煽っても仕方がない。修学旅行は一大イベントなのだから。


「それじゃ、行ってきます」

「おう」

「気をつけてね」

「楽しんでこいよ」


 3年生は笑顔で見送っている。だが内心では、誰もが嫌な予感を覚えていた。飛鳥と真桜、フランス軍部隊の壊滅、ユーロで発生している生成者が関与していると噂されている怪事件。すべてがどこかでつながっているような、そんな予感がする。


「……本当に気をつけてね。みんな」


 2年生が見えなくなると同時に響いた雪乃の呟きは、この場の全員の心情を代弁していた。


――西暦2097年5月11日(土)PM11:00 現地時間PM4:30 ユーロ フランス シャルル・ド・ゴール空港 ロビー――

「やっと着いたか。長時間飛行機に乗るのって、けっこう疲れるんだな」


 成田空港から片道約十二時間。明星高校2年生はフランス、パリにあるシャルル・ド・ゴール空港へ到着し、ロビーへ集合していた。


「ホントよね。機内じゃあんまり動けないし。機内食はおいしかったけど」

「いや、これでも戦前に比べればマシになったんだぜ」

「そうなのか?」

「ああ。なんでも戦前の飛行機は、座席がけっこう狭かったらしい。エコノミークラス症候群って、聞いたことあるだろ?」

「エコノミークラスって、あれ、飛行機のことだったの?」

「ああ。今でも使ってる国はあるみてえだぞ」

「知らなかった……。じゃあ俺達が乗ってきた飛行機は違うのか?」

「刻印具がいたる所に組み込まれた最新型だ。去年就航したばっかりだって、大野さんに教えてもらったんだよ」

「大野さんって、連盟の技術者の?」

「そういえば春休みに連盟に行った時、大野さんとけっこう長く話してたけど、そのことだったの?」

「おうよ。大野さんとはけっこう趣味も話も合うからな。さっそくいい土産話ができたぜ」


 大野おおの まことは日本刻印術連盟本部に所属している刻印術師であり、技術者であり、大河と美花の刻印具を開発した男でもある。代表である一斗より年上だが、今でも好奇心旺盛であり、大河のように納得できないことは徹底的に調べ尽くすため、かなり仲がいい。


「つか佐倉も真辺も、連盟に何しに言ったんだよ?」

「さゆりの実家に遊びに行くついでに寄ったんだよ。飛鳥の親父さんもいるしな」


 さゆりは刻印法具を生成したことを、神槍事件後、飛鳥と真桜が無事に鎌倉へ帰ってきてから実家へ報告した。同時に連盟からも直接報告するよう指示が来ていたため、さゆりは同じ指示を受けていた雪乃、久美と共に連盟へ足を運んだ。

 同時に呼ばれたのは三人だけではなく、大河と美花も、刻印具のことで呼び出しを受けていた。試作品を壊してしまったのだからそれも当然の話だが、そのことに後悔はない。

 あの時、勇輝の力を借りてヴォルケーノ・エクスキューションを発動させなければ、誰かが犠牲になっていた可能性もあった。大切な刻印具だろうと、友人の命には変えられないし、親友の命なら尚更だ。当然、お小言の一つや二つは覚悟していた。

 だが二人を呼び出した大野は、逆に恐縮してしまっていた。確かに刻印具にA級術式を組み込んだのは大野だが、刻印術師が使うことを前提に調整されていたのだから、術師ではない大河と美花の印子の消耗だけではなく、生体領域消失という最悪の事態を想定していなかった。幸いにも二人は無事だったが、術師ではない者にテストを依頼した以上、万が一があっても命は守らなければならない。そんな最低限のことができていなかったことに、大野は驚きと同時に、自らの不甲斐なさを責めていた。

 驚いた大河と美花だが、それとは別に、またしても新しい刻印具を手渡された。壊れた刻印具の同型であり、昨年の夏休みに記録していた二人の印子を組み込ませて新たに作り出したフルオーダーの特注品。万が一の安全機能も、今回はつけられている。

 なぜ新しい刻印具が渡されたのか、当然大河も美花も、理由を尋ねた。大野は言葉で飾る必要性を感じずに、ストレートに実験のためだと答えた。術師と非術師には、どうしても越えられない壁が存在する。それを越えるために開発されたのが刻印具だが、術師も同じように使えるのだから、利点ではない。

 それならば刻印術師が刻印を生まれ持つように、刻印具も製造段階から使用者の印子を記録、記憶されてみればどうか、という案が挙がった。当然、いきなり二人の印子を使ったりはせず、まずは大野が実験台になった。その結果、使用者の負担が軽減され、術式の精度が若干だが向上することが確認された。となれば次は、術師ではない普通の人間のではどうか、という考えが浮かんでも不思議ではない。

 そのために人選から始めるわけだが、連盟は昨年春、マラクワヒーによる明星高校襲撃事件後に推薦した教頭の西谷が、実は過激派のトップ 南徳光とつながっていたことを見逃していた、という失態を犯している。そのために人選は慎重の上に慎重を重ねるところだが、既に大河と美花が以前の試作型で高い成果を上げ、同時に飛鳥と真桜の親友、勇輝の弟子という確かな素生もある。

 そのために昨年夏、二人の刻印具を調整した際に得ていたデータを基に、大野自身の実験結果と生体領域の消失を防ぐためのサブユニットが開発された。サブユニットを接続しているため、一回り大型になってしまったが、使い勝手は以前と同様のため、万が一刻印具が術式に耐え切れずに破損してしまっても、接続しているサブユニットによって、生体領域は確保される。接続と言うよりケースのようなもの、と言った方が正しいかもしれない。ちなみにサブユニットは装飾型に分類されている刻印具でもあるため、生体領域のために刻印術を一つだけ組み込んでいる。無論、使用も可能だが、生体領域に特化されているため、組み込まれている術式は防御系となっている。


「一ノ瀬の実家?ああ、確か滋賀県とか言ってたな」

「ええ。元々地元の高校に進学しようかと思ってたんだけど、飛鳥と真桜の噂を聞いてね。それで明星高校に進路変更したの」

「噂って、どっから聞いたんだよ?」

「連盟よ。一度連盟で許諾試験を受けてみようと思って、初めて護国院神社に行ったの。そしたら迷っちゃってね」

「それっていつの話だ?」

「中3の冬休みよ。新しい代表の子供達が表に出てくるかもしれない、みたいな話が聞こえてきたの。だからすごく興味があってね」

「納得だ。そんな噂聞いちまえば、俺でも同じことをしただろうな」

「私もよ。でもよく聞こえたわね、そんな話。護国院神社っていったら、下手な施設よりよっぽどセキュリティ厳しいじゃない」

「もちろん、後で怒られたわよ」

「だろうな」

「みなさん!クラスごとに集合して整列してください!」

「おっと、副会長のご命令か」


 この時期、2年生で生徒会に関われるのは副会長、書記、会計の三名だけであり、毎年生徒会に入っている生徒が代表となる。今年は二名いるが、副会長の向井が代表となることに、特に異論はなかった。それも込みで、副会長なのだから当たり前の話だ。


「そういや大河。確か空港って、けっこう警備が厳しかったよな?」

「当たり前だろ。今の時代、ハイジャックなんて命知らずな真似する馬鹿はそうそういないが、刻印具は機内持ち込みOKだからな。仮に制限しても、生成者がいたら一発でアウトだ」

「だから空港も、かなり高い精度の術式で監視されてるって話だったよな?」

「ああ。ハイジャック犯はその場で殺されても文句言えないし、そもそもISCがそれを認めてるからな。それが優秀な術師や生成者であっても例外じゃないから、事前に空港でのチェックも厳しくなる。海外に逃亡する術師がいないわけじゃないからな。それを防ごうってんだから、下手な軍事基地より警戒は厳しいんじゃねえか?」


 国際国家共同体――インターナショナル・ステイツ・コミュニティ、通称ISCは国際連盟、国際連合に続く国際組織であり、本部は第三次世界大戦でも中立を貫いた永世中立国スイス、ジュネーブにおかれている。スイスはユーロ圏には参加していない独立国だが、戦前同様、軍を持たない。だがISC本部がある国として、各国もスイスを重要視している。そのためスイスは、ISC憲章においても不可侵とされている。

 そのISC憲章には、ハイジャックやシージャックなど、他国間を行き来する交通機関を襲うテロリストに対する条令も組み込まれている。刻印術が歴史の表舞台に出てきたため、刻印術を悪用した犯罪は各国でも後を絶たない。そのために他国へ逃亡する者もいるわけだが、その際に一般人を巻き添えにすることがあまりにも多かった。特に相手が刻印術師だった場合、刻印具がなくとも刻印術を行使できる上に、生成者だった場合はなお始末が悪い。また、出発地と到着地の国に所属している人間だけが、その交通機関を利用しているわけではないため、国際的にも色々と複雑な背景を生み出すことも珍しくはない。

 そのためISC憲章は、多国間を往復する交通機関を襲った場合、テロリストの命を奪うこともやむなしと定めている。テロリスト、と断定している。現在ではそれほどの重罪だ。空港の警備が厳重な理由も、テロリストを逃がさないためという理由の他に、他国へ術師を渡さないためという側面もある。


「そんな厳重だったんだ。でも飛鳥、それがどうかしたの?」

「私と飛鳥を、誰かが見てる……そんな感じがするんだ」


 答えたのは真桜だった。


「飛鳥君と真桜を?なんで……って、それも当然か」

「だな。それぐらいは仕方ねえんじゃねえか?」


 仲間達は相手も理由も心当たりがある。むしろ二人に監視がつくのも、ある意味では当然だろう。だが敦は事情を知らない。


「当然って、なんでだよ?こんなとこで見られてるなんて、どう考えても普通の相手じゃないぞ?」

「多分、親父が関係してるんだろうな」


 さすがに真実を告げるわけにはいかない。ここが安心できる場所であったとしても、完全な国家機密なのだから、口に出せるわけがない。


「お前の親父って……ああ、そうか」


 飛鳥の父 一斗は連盟の代表であり、世界刻印術総会談の日本代表であり、世界最強の刻印術師の一人とされている。その息子が来るとなれば、しかも情報がほとんどないとなれば、フランスが警戒してもおかしなことはない。敦はそう考えてくれたようだ。


「代表の息子ってのも、色々と大変だよな」

「俺としては、いつ親子の縁を切ってもいいんだけどな」

「また大袈裟な」


 敦は一斗と面識はない。さゆりと久美は、春休みに連盟に刻印法具の報告に行った際に面会したが、母 菜穂が明星高校にやって来た時ほどの衝撃は一切なかった。雪乃は少しビクついていたが、菜穂も代表補佐としての仮面をしっかりと被っており、逆にこちらが驚いた。


「あれ?さゆりと久美って、春休みにお父さんに会ったんじゃなかったの?」

「会ったけど、聞いてたような印象はなかったわよ?」

「そうなの?」

「ねえ、飛鳥君……これってマズくない?」

「確実にマズいな……。いったいどんな罠を仕掛けやがったんだ?」

「罠って……」

「なんでそこまで信用ないのよ……」


 さゆり、久美、敦は呆れている。だが飛鳥と真桜は当然、幾度も被害を受けた大河と美花も疑っている。今度もどんな罠が待ち受けているか、想像もできない。


「今からバスでホテルに向かいます。クラスごとに分かれて乗車してください」


 向井の声が響く。どうやら細かい説明は無駄話をしていた間に終わっていたようだ。諸々の注意事項などもあっただろうが、誰も聞いていない。風紀委員がこんな様でいいのかという疑問もあるが、諸注意は修学旅行のしおりにも明記されている。おそらくそのことだろう。


「今日はこのままホテル直行か。せっかくだから少し歩いてみたかったけどな」

「それぐらいの時間はあるんじゃない?まだ五時にもなってないんだから」

「俺は軽く眠いな。時差があるとはいえ、日本じゃもう夜中だろ」

「いつもなら寝てる時間だもんね」

「とかいいつつお前、飛行機ん中で爆睡してたじゃねえかよ」

「そうよね。みんなは持ってきた映画観たりとか、ゲームしたりとかしてたのに」

「俺、ゲームとか苦手なんだよ……」

「そうそう。こいつ、すげぇゲーム下手なんだよ」

「格ゲーとかシューティングとか、全然ダメだもんね、飛鳥は」

「RPGなんかもっとひどかったわよ」

「……誰にも得手不得手はあるんだよ」

「だからって何も装備しないで、いきなりボスに挑むバカはいねえよ」

「……マジで?」

「マジよ。私が何度も教えてあげたのに、強い武器とか手に入れても、ずっと初期装備のままで進むんだもん」

「それどころか、売っちまってたからな。しかもアイテム使ったりしねえから、ストレージがパンパンで、キーアイテムの入手もできなくて、それで手詰まりになったって文句言ってるんだぞ」

「……それ、苦手とか下手とかいう以前の問題じゃない?」


 飛鳥はゲームをほとんどしない。と言うよりできない。真桜と大河にバラされたように、RPGは特にダメだ。


「いや、だってな……。何なんだよ、あの装備とかステータス?とかの数。もう何がなんだかわからねえよ」

「説明書読めよ。それぐらい載ってるだろ」

「見たよ。それでもわけわかんねえんだよ」

「格ゲーもヒドいよ。必殺技のコマンド入力とか以前に、どれが攻撃でどれが防御なのか、そこからだもん」

「じゃあなんで、雅人さんからジョイ・ボックス貰ったんだよ?」

「何?お前、ジョイ・ボックス持ってるのか?」


 敦がとても羨ましそうな顔をしている。

 ジョイ・ボックスは三月に発売されたばかりの最新のゲーム機だ。と言っても純粋なゲーム機ではなく、生活型刻印具に分類されている。家電品やパソコンなども生活型に分類されているため、これは別段珍しいことではない。

 だがジョイ・ボックスの最大の売りは、コントローラー部にも液晶があり、携帯ゲーム機としても使用できる点にある。本体が生活型、コントローラーが携帯型に分類されており、本体のゲームをコントローラーにダウンロードすることで、外でも全く同じゲームで遊べるため人気が高いが、同時に値段も高い。しかもジョイ・ボックスの前世代機に当たるジョイ・ステーションのゲームも同様に遊べる。もちろん、コントローラーにダウンロードもできる。値段以外に難点があるとすれば、ダウンロードできるゲームは最大三つといったところだろうか。


「雅人さんが電子書籍の景品で当てたのを貰ったの。私が欲しかったから」


「あ、納得。真桜ってけっこうゲーマーだもんね」


 真桜は飛鳥と違い、かなりゲームをやっている。人気ゲームはもちろん、マイナーなゲームにも手を出し、やり込むことも多い。特にRPGがお気に入りで、来月発売予定のクレスト・テイルⅡは既に予約済みだ。

 本来ならば自分で買うつもりだったが、雅人がまたしても懸賞で当ててしまった。だが雅人もさつきもゲームには興味がない。真桜につき合うことはあるが、その程度だ。だから姫様が喜ぶなら、と快く提供してくれた次第だ。ちなみに美花も中学時代から、最近ではさゆりや久美も真桜に毒され、人気ゲーム クレスト・テイルを一緒にやっている。オンライン通信で対戦プレイも協力プレイもできるため、明星高校でも流行っている。大河も敦も、機内で一緒にやっていた。


「それもそれで意外だが、こいつが買ったっていうよりは納得できるな。つか雅人って、もしかしてソード・マスターか?」

「そそ。私達も去年はすごくお世話になったわ」

「本当にね。今もお世話になってる気がするけど」

「頭上がんないよな」

「というか井上君、雅人さんのこと知ってるの?」

「神槍事件の時に助けてもらったよ。急いでたみたいだから、お礼も言いそびれちまったけど」


 敦は神槍事件の時、刻練館前で逃げ遅れていた上級生の避難誘導を手伝っていた。だがそこを、刻印銃装大隊の生成者に襲われた。連絡委員会の先輩や同級生達と共に戦ったが、本当に殺される寸前だった。

 そこに刻練館へ向かっていた雅人が現れ、一瞬で場を制圧した。雅人は急いでいたために、すぐに自分達に避難するよう指示し刻練館へ入っていったが、あの光景は忘れられない。


「ああ、なるほどね。確かにあの時は、どこもかしこも大変だったものね」

「雅人さんはそんなこと気にしないから、別にお礼なんていいんじゃない?」

「だな。おっと、そろそろ行かないとだな」

「おお、もう隣のクラスは移動開始してんのか」

「とりあえず、バスに行こうぜ。せっかくパリに来たってのに、まだ空港しか見てないんだからな」

「それもそうね。移動中ならパリの街並みも見られるだろうし」

「賛成。行きましょ」


 誰かに見られているのは間違いない。敦に話した理由もあるだろうが、本当の理由を大河も美花もさゆりも久美も知っている。

 神槍ブリューナク。二心融合術によって生成される刻印神器の存在を、飛鳥と真桜が生成者だということを、間違いなくフランスは知っている。だが二人に何かあれば、確実に日本との関係は悪化し、ユーロから孤立する可能性もありえる。下手なことはしてこないだろうが、それでも警戒は必要だ。杞憂に終わってくれれば、それに越したことはない。むしろ終わってほしいと、心から願う。


「対象は予定通り到着しました。これから宿泊先のホテルへ向かうようです」

「了解した。対象の様子はどうだ?」

「普通の学生ですね。正直、あれでは生成者と言われても信じられません」

「それはそうだろう。だが新たに判明した事実もある」

「新たに?何かあったのですか?」

「ああ。あの中には神槍生成者だけではなく、法具生成者も二名いるらしい」

「二名も、ですか?あの若さで?」

「そうだ。確かに若い……いや、幼いが、それでも侮れるものではない。それから一つ、決定事項がある。上は日本刻印術連盟に助力を乞うことを決定した。もはや隠し通すことはできんからな」

「ようやくですか。少し遅すぎる気もしますが、こうなると神槍生成者がフランスに来てくれていたことが救いに思えますね」

「同感だ。何せフランスだけではなく、イタリアやドイツ、スイスにまで犠牲者を出してしまったからな……」

「先日リヨンで発見された死体も、あれの仕業だと伺っておりますが?」

「そうだ。やはりあれの狙いは、神槍に間違いない。上は魔剣の排除も決定したが、同時に神槍の護衛も命じている。いいな、セシル中尉。神槍を魔剣と接触させることだけは避けろ。手段は問わん」

「それは了解ですが、いかに手段を問わずとはいえ、学生達を利用することはマズいのでは?」

「そうだな。訂正する。学生や市民を巻き込まないよう配慮しろ。最悪の場合、身分を明かしても構わん」

「了解です、ジョルジュ少佐。では早速、お願いがあります」

「何だ?」

「ミシェル少尉の派遣を要請します。私だけでは荷が重すぎますので」

「了解した。すぐにミシェル少尉を派遣しよう」

「ありがとうございます。ところで少佐。魔剣の現在位置は判明しているのですか?」

「残念ながら不明だ。だが国内に潜伏している可能性は高い。十分に注意しろ」

「了解です」


 セシル・アルエット中尉はジョルジュ・ロッシュ少佐との通信を切ると、愛車の刻印エンジンを起動させた。

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