5・生成者
――放課後 明星高校 刻錬館裏――
「へえ……お前、俺らのことそんな風に思ってたのかよ」
「最近調子に乗ってるよな、お前」
「うるさい!もうお前らの言いなりになんかなってたまるかよ!」
「何言ってんだよ。俺達はお前に、“お願い”してただけなんだぜ?」
「そうそう。そうしたらお前が勝手に用意してくれただけじゃねえか。確かに助かったけどよ、別に無理矢理やらせてたわけじゃねえし」
刻錬館裏の騒動はそれなりの頻度で発生する。と言っても、進級や入学直後、夏休み前、冬休み前、学年末考査明けなど、何かしらの行事の後に集中することが多いだけで、それなりと言っても毎日というわけではない。
「うるさい!俺は春休み中にB級の試験に合格したんだ!もうお前らとは縁を切ってやる!」
「へえ、B級に受かったのか。めでたいじゃん。でもな!」
「B級なら、俺達だって覚えてんだよ!確かてめえ、土だったよな?俺は風、こいつは火なんだぜ?どう考えても、相性悪いだろ」
「うるさい!どうせ不正術式だろ!知ってるんだぞ!俺から巻き上げた金で買ったことを!」
「別にそれぐらいいいじゃねえかよ。試験なんてかったるいしよ」
「それに連盟の目も届かねえんだから、金で買えるなら安いもんだぜ。そうは思わねえか、春樹?」
「思わないよ!不正術式の入手は重罪なんだぞ!俺が警察に言ったら、すぐにでも捕まる!お前らの人生終わりだ!」
春樹と呼ばれた、おそらくは1年生は、本当に警察に行くつもりのようだ。
不正術式の入手は重罪であり、どんなに軽く見積もっても三年は塀の向こうだ。しかも連盟のブラックリストに載るため、術式許諾試験の受験資格は永久に剥奪される。刻印具こそ所持は許されるが、よほどの事情がない限り、刻印術の使用も制限される。実際にあった話だが、出所した男が不正術式を不正行使し、連盟に粛清されたことがある。
「おいおい、それじゃてめえも同罪だぜ?なあ、伸二?」
「だよな。俺達が術式を買えたのだって、お前が用意してくれた金のおかげなんだからよ」
「用意した覚えなんかない!お前らが勝手に俺から盗っていったんじゃないか!それに俺は不正術式に手を出してなんかいない!」
「本気かよ。仕方ねえな、ジョー」
「だな。警察なんかに行かれたら、それこそお先真っ暗だ。こいつ、ここで殺っちまうか」
「異議無しだ。俺達の未来のためにもな!」
ジョーと呼ばれた生徒はスパーク・フレイムを、伸二と呼ばれた生徒はエア・ヴォルテックスを発動させた。どちらも殺傷力の高い、危険な術式だ。
「う、うわあああっ!!」
春樹と呼ばれていた生徒は、完全に腰を抜かしていた。どちらも簡単に人の命を奪う術式だということを知っているからだ。しかも相応関係によって、スパーク・フレイムの炎は激しく煽られている。
だがその炎は、春樹を覆った水の膜に遮られた。
「な、なんだ!?」
「俺のスパーク・フレイムが!伸二のエア・ヴォルテックスに煽ってもらったってのに、何で消えるんだよ!?」
「あなた達、1年生ね。こんなところでそんな殺傷力の高い術式を使うなんて、どういうつもりなの?」
水の膜は雪乃の発動させたエアマリン・プロフェシーだった。
「だ、誰だ、てめえ!?」
「風紀委員よ。それでこっちが風紀委員長」
現れたのは雪乃とまどかだった。浩も後ろについているが、いきなりのB級発動に驚いている。
「風紀委員だぁ?なんだよ、それ?」
「さすがに入学したばかりじゃ知らないか。どっちにしても、いきなりスパーク・フレイムとエア・ヴォルテックスを使うなんて、見過ごせないけどね」
「そうね」
雪乃は見慣れない大型の端末を手にしている。実はこれは、ワイズ・オペレーターの小型端末だ。ワイズ・オペレーターは様々な機能がある。刻印具の接続、探索系術式の投影及び記録だけではなく、タブレット型の法具だけを生成することもできる。設置型は大きすぎ、どうしても動きが制限されるため、これは雪乃にとってもありがたいことだった。
「風紀委員だかなんだか知らねえけど、見られたんなら消すしかねえよな!」
ジョーが再びスパーク・フレイムを、今度は雪乃とまどかに発動させた。だが二人とも動じていない。それどころかまどかはオゾン・ディクラインを発動させ、あっさりとスパーク・フレイムを鎮火していた。
「な、なんで風で俺のスパーク・フレイムを!?」
「その考えは間違いじゃないけど、例外的な術式もあるのよ。酸素がなければ、火は燃えないんだから」
「なら、これならどうよ!」
伸二がエア・ヴォルテックスを、最大出力で発動させた。エア・ヴォルテックスは広域干渉術式であり、領域内の大気を操る。先程はスパーク・フレイムを煽るために使ったために領域はかなり狭かったが、今は直系3メートルの二酸化炭素が充満した空間を作り出し、その中に雪乃とまどかを閉じ込めた。
「まだまだ使い方がわかってないわね」
「入学したばかりで直径3メートルの広域術式を操るなんて、すごいと思うけど?」
だが二人にはまったく効果がない。まどかがオゾン・ボールを発動させ、二酸化炭素を分子変換させている。
「な、なんでエア・ヴォルテックスが効かねえんだよ!?」
「二酸化炭素って、酸素も含まれてるの知らないの?それを使えば、簡単に防げるのよ?」
「話は後ほど詳しく聞きます。大人しくしてくださいね」
雪乃はエアマリン・プロフェシーの防御膜を生成し、ジョーと伸二を閉じ込めた。防御だけではなく、捕獲用の結界として使えるまでに、雪乃は精度と強度を上げていた。
「な、なんだよ、この結界!?」
「くそっ!出せ!出せよ!」
「元気のいい子達ね。それにしても雪乃。そんな状態のワイズ・オペレーターで、これだけの精度でエアマリン・プロフェシーを発動させるなんて、また腕上げたんじゃないの?」
「目視できるからよ」
「あ、なるほど。探索系の処理能力を回してたのか」
「まどかさんも、スパーク・フレイムやエア・ヴォルテックスを、簡単に防いでたじゃない」
「伊達に経験を積んでないってことかしらね。それでそこの君。ここで何があったのか、教えてもらえる?」
「は、はい!」
あっさりと場を制圧した上級生に、春樹はかなり怯えている。しかも一人は風紀委員長だ。警察に行こうと思っていたところだが、いざとなれば自分も捕まる可能性があるわけだから、それも当然だろう。
「待って、まどかさん。その刻印具、貸してくれる?」
だがそんな春樹の態度に、雪乃が疑念を抱いた。
「これ?何か気になるの?」
「ええ。ちょっと調べてみるわ」
ワイズ・オペレーターを完全生成し、二人が落とした刻印具を接続し、キーボードを叩いている。だが浩も春樹も、ジョーや伸二でさえも驚いている。
「こ、刻印法具!?」
「せ、生成者だったのかよ!?」
「知らなかったの?って、それもそうか。知ってたら雪乃にケンカ売るなんてバカなことは考えないし」
「やっぱりだわ。これ、二つとも不正術式よ」
「いきなり来たわね。入学早々退学なんて、可哀そうに」
ワイズ・オペレーターはかなりの精度で刻印具を調査することも可能だ。探索系術式の記録までできるのだから、むしろこれぐらいは朝飯前といったところだろう。
同時に雪乃は、思わず逃げ出そうとしていた春樹をもエアマリン・プロフェシーの結界で包み込んだ。やましいところがなければ逃げ出したりなどしないのだから、これは正しい判断だ。
「な、なんで俺まで!?」
「逃げたりなんかするからでしょ。むしろウチの委員長は、風紀委員で一番優しいのよ。他の委員に見つかったら、この程度じゃ済まないんだからね」
まったくもってその通りだ。特に生成者の2年生はかなり容赦がない。さゆりや久美も今では法具を使いこなしているし、飛鳥や真桜なら軽くトラウマを植え付ける。術師ではないが、雪乃の次に温和な美花ぐらいしか、穏便に事を済ませようとはしないだろう。
「美花に連絡したわ。でもなんか、厄介なことになってるみたいよ」
「厄介なこと?何かあったの?」
「他にも不正術式を使った1年生が大勢いるのよ。巡回してるみんなが捕まえたって言ってるから」
「そんなに?美花さん、聞こえる?いったい何人捕まえたの?」
「委員長達が捕まえた二人を合わせると、全部で七人です」
端末から聞こえた美花の声に、さすがに雪乃もまどかも驚いた。
「七人って、そんなに?全部1年生なのよね?」
「そうです。最初にさゆりから連絡があったので、もう警察には通報してますけど、さっきも久美や大河君から連絡があって、さすがに警察も驚いてます」
「そりゃそうでしょ。たった一日で七人なんて、いくらなんでも多すぎるわよ」
「じゃあ美花さん。みんなは確保した地点から動いてないのね?」
「さすがに全員が確保してますから、動けません。あ、ちょっと待ってください。えっと、さゆりと久美は動けるそうです」
「そう。じゃあ二人には悪いけど、巡回を続けてもらえるよう伝えてくれる?京介君と二宮君には、その場で待機しておくようにも」
「伝えますけど、多分二人ともついていくと思いますよ?」
「なんでよ?」
「刻印法具を使ったところ見たの、初めてみたいですから」
「なるほどね……」
「それならそれでもいいけど、二人の刻印具は取り上げておいて。下手に術式を発動されると大変なことになるから」
「わかりました、伝えます」
そう言いながらも雪乃は、勝はともかく京介が従うとは思えなかった。京介は法具生成前の久美と同程度の術式を使いこなしていたと聞かされている。しかもあの性格だ。容易に首を突っ込んでくるだろうことも想像がつく。
「美花さん。久美さんとさゆりさんに合流するようにも伝えておいて。何かあっても、二人なら対応できるから」
「それも伝えます」
指示を伝えると、雪乃は美花との通信を切り、捕らえた三人の1年生に視線を向けた。昨日入学したばかりだというのに、早くも七人が退学だ。これは生徒会も頭を抱えるだろうと思いながら、自分もその生徒会の一員だということに、密かに溜息を吐いていた。
――同時刻 明星高校 校門前――
久美は校門前の広場でさゆりと合流した。予想通りだが京介はついてきたし、それは勝も同様だった。
「勝……やっぱりあんたもついてきたのね……」
「当然じゃん。一之瀬先輩の刻印法具、けっこう凄かったし」
「え?一之瀬先輩も生成者?どんな形状だったんだよ?」
「京介……それは尋ねないのが暗黙のルールだってこと、忘れてないわよね?」
「も、もちろん!!」
弟は姉の威圧に屈した。
「それより勝。あんた、さゆりに刻印具渡したんでしょうね?」
「渡したよ。委員長にも釘さされたし」
「ほら見なさい。京介、いい加減あんたも渡しなさいよ。術式戦闘って、あんたが思ってる以上に危険なのよ」
やはり京介は刻印具を久美に渡していなかったようだ。さゆりも久美も、神槍事件でそれをイヤというほど思い知らされた。だから雪乃からの指示がなくとも取り上げるつもりだった。事実、さゆりはほとんど脅すように没収した。
「何言ってんだよ。俺だって役に立てるって。生成前の姉ちゃんとほとんど精度に変わりなかったし」
「あのね、京介君。刻印法具は生成中に発動させた術式や、術師の生体領域を強化するだけであって、本人の技量が上がるわけじゃないのよ。前はそうだったのかもしれないけど、あなたが久美に勝てないのは、それだけ久美が経験を積んでる証拠なの。法具がなくても、それは変わらないわよ」
「それに飛鳥君に言われたでしょ。人の話を聞きなさいって。過信は慢心につながって、それが油断につながるの。術式戦闘は試合とは全然違うのよ。一瞬の油断が命取りになるんだからね」
「……わかったよ」
さすがに飛鳥の名前は効果が大きい。先程も注意されたばかりだから、たとえ納得がいかなくても、ここは従っておく方がいいと判断したのだろう。
だがそれでもいい。美花の話では、既に七人も不正術式を行使した1年生が確保されている。入学してまだ二日だというのに七人も捕まるなど、前代未聞だ。
「それにしても多いわよね。去年でも三人だったのに、今年はいきなり七人よ」
「その内の二人は、すさまじいトラウマを植え付けられたからよく覚えてるわ……。本気で泣きそうだったわよ」
「先輩達、容赦なかったもんねぇ。特にさつきさんとか」
今でもはっきり覚えている。風紀委員の新規役員の顔合わせで、いきなり不正術式、しかも優位論にまで傾倒していた二人が卒業した先輩達の策略で捕まった。その時にさつきが放った殺気は、一流の術師も真っ青のすさまじいものだったし、慣れている先輩達や隣の同級生も別の意味で怖かった。もっとも、あれはまだ可愛い方だったと、今では強く強く思う。明星祭前の襲撃事件や神槍事件では、一生どころか来世でも消えないかもしれないトラウマを負わされたのだから。
「ところでさゆり」
「ええ。五人ってところかしらね」
「またけっこうな数がいるわね」
「ごめん、訂正。八人に増えたわ」
「まったく、どうなってるのよ、今年の1年生は……」
さゆりも久美も、かなり大きな溜息を吐いている。だが京介も勝も、二人が何の話をしているのか見当がつかない。
そんな二人にクリムゾン・レイとアイアン・ホーン、スノウ・フラッドが襲い掛かった。
「う、うわっ!!」
だがさゆりも久美も慌てていない。久美はクリスタル・ミラーを生成すると同時に、中央の装飾物を展開させ、三つの術式を跳ね返した。
「なっ!?」
「せ、生成者!?聞いてねえぞ!!」
跳ね返された術式は、かなり威力が弱められていた。完全反射させても良かったのだが、それでは大怪我では済まない可能性があった。
クリスタル・ミラーは術式を反射させる特性を持つ。完全反射ももちろん可能だが、鏡の角度を変えることで反射させる光の量を調整するように、術式の威力を散らして跳ね返すことも可能だ。だから久美は、あえて威力を散らして術式を発動させた術者に跳ね返した。威力はほとんどない。脅し程度にしかならないだろう。だが牽制が目的なのだから、これで十分だ。
同時にさゆりもレインボー・バレルを生成し、クレイ・フォールを発動させた。広域干渉術系式であるクレイ・フォールは、液状化現象と呼ばれる現象によって地面を泥のようにする術式だ。領域内を底無し沼にする、とも言える。当然、領域内の行動は封じられる。だが泥となるのは土だけではない。セメントやコンクリートでさえも、泥状で運用されている。乾いて固まってしまえば、対象の動きを封じることもできる。
さゆりは広域系への適性が低い。だが探索系で探知した対象へ、広域系を作用させることができるという特性を持っている。探索系広域対象変換と呼ばれるこの特性は、広域系への適性が低いさゆりの欠点をカバーして余りある特性だ。それは広域干渉系術式であっても同様で、クレイ・フォールは領域内の対象にのみ作用している。
「相変わらず便利な特性よね、それ」
「広域系への適性が高ければ、尚良かったんだけどね」
いきなり術式を発動させた三人だけではなく、周囲に集まっていた八人全員が、クレイ・フォールによって完全に動きを封じられた。
「どうせこの子達も不正術式を使ってるんだろうけど、それ以前に集団暴行未遂ってとこかしらね」
「厄介よね。あ、美花?また捕まえたわよ。今度は八人もいるわ」
「確認済みよ。いきなり襲われたみたいだけど、京介君と二宮君は大丈夫?」
「大丈夫よ。勝手に首突っ込んできたんだから、この程度で驚かれても困るわ」
「ひどいお姉さんね。さつきさんみたいよ」
「……今度から京介達への接し方を変えるよう努力するわ」
まさかさつきに似てると言われるとは思わなかった。久美は本気で接し方を変えようと心に誓った。
「京介君、二宮君。大丈夫?」
不正術式とはいえ、いきなり襲われた二人は驚いていた。同時に刻印具を取り上げられてなければ、確実に反撃していただろう。だがそれが対抗できる術式だったかと言われれば、かなり微妙だ。高熱で溶けた鉄が雪と混ざり合って襲い掛かってくるなど、思いもよらなかった。勝は術師ではないし、京介も防げた自信はない。
だが久美はクリスタル・ミラーであっさりと無効化どころか跳ね返していたし、さゆりもレインボー・バレルを使い、簡単に確保していた。何より驚くべきは、二人とも落ち着いて対応していたことだ。それどころか事前に察知すらしていた。どう見ても実戦に慣れている。京介はいかに自分が天狗になっていたのか、思い知らされた気分だ。
「明日はまた面倒なことになりそうね」
「本当よね。特に1年生は大変よ。今日だけで十五人でしょ。2,3年生も抜き打ちで、刻印具の検査されそうね」
「してもらわないと困るわよ。どれだけ潜在的予備軍がいるか、わかったもんじゃないもの」
「まだ続きあるわよ」
「続きって、どうかしたの?」
「さっき委員会室でも三人確保したわ。エリー先輩と酒井先輩が制圧して、今は私が拘束してるけど。それに刻錬館裏で、委員長がまた二人捕まえたわ。だから全部で二十人になったの。ちなみに委員長が新たに確保した二人は、2年生だったわ」
「あちゃぁ……ついに2年にも出てきちゃったか」
「だけどよりにもよって委員長に手を出すなんて、どこの馬鹿なのよ」
「それは私も同感。今校長先生が来てるけど、さすがに慌ててるわ」
「当然でしょ。それで警察は?」
「さゆりと久美が合流する前に来てくれたけど、今増員を手配してくれてるところよ。予想以上に多かったもの」
「一人二人ならともかく、二十人もいたら、さすがに警察だって予想外よねぇ」
「飛鳥君と真桜も戻ってきてくれるって。さすがに驚いてたから」
「え?だって今日って、雅人先輩のお祝いじゃなかったの?」
「時間をずらすって言ってたわ。ついでってわけじゃないけど、さつきさんも来るって言ってるし」
「え?さつきさんも来るの?それって別の意味でヤバいわよ?」
「そうよね。あの人、手加減ってもの知らないし」
「何がヤバいのか、誰が手加減を知らないのか、詳しく聞かせてもらってもいいかな、さゆりさん?久美さん?」
「え……?」
「も、もしかして……その声は……」
さゆりと久美の首から、ギギギ、という音が聞こえた気がする。顔色は真っ青を通り越して真っ白になっている。
錆びたブリキ人形のようにゆっくりと振り返ると、そこにはにこやかに腕を組みながら、背後に不動明王もかくやというオーラを纏ったさつきが立っていた。
「い、いえ!深い意味はありませんよ!」
「言い忘れてたけど、真桜達に連絡したのは三人目が捕まってからよ。だからもう着いてると思うけど?」
「遅いわよ!今、目の前にいるわよ!!」
さゆりも久美も、かなり本気で怯えている。油断が死につながると教えたが、それが自分の身に降りかかってくるなど、さすがに想定外だ。
「さてさゆり、久美。ちょっとあっちで話そうか」
「ご、ごめんなさい!そんなつもりじゃなかったんです!!」
「すいません!許してください!!」
さゆりも久美も、泣きながらさつきに拉致された。あの様子ではしばらく解放されることはないだろう。
「先輩、あの人、誰なんですか?」
京介はあんなに怯えた姉を見たのは初めてだ。それは京介だけでなく、勝も同様で、痛い目に合わされたことも何度もある。その久美があんなに怯えるなど、とても信じられない。
「立花……じゃなくって久世さつき先輩。三条委員長の前の風紀委員長よ。複数属性特化型刻印法具の生成者で、先週ソード・マスターと結婚したの」
「ソード・マスターって、久世雅人!?え?久美姉、そんな凄い人と知り合いだったんですか!?」
「雅人さんも明星高校のOBなのよ。久美だけじゃなく、みんな知ってるわ」
「それはともかくとして、水谷と二宮、だったな。いったいどうなってんだ?不正術式の使用者が多数出たって聞いたけど、それだけしか聞いてないんだ」
「それがよくわからないんですよ」
「俺達は委員長に言われて、風紀委員の活動を見学してただけなんです」
さすがに京介と勝が知らなくても無理はない。そう思った真桜は、風紀委員会室にいる美花に連絡を入れた。
「あ、美花?今ついたんだけど、いったい何があったの?警察もパニックになってるって言ってたけど、そんなになの?」
「そんなによ。なにせもう、二十人も捕まえたもの」
「二十人!?」
「そんなにいたのかよ!?」
「ええ。しかもほとんど1年生で、中には2年生もいたわ。さすがにこれは、ね」
「確かにまだいそうだな。警察は?」
「今増員を手配中よ。だから先輩達はまだ動けないのよ。風紀委員会室も襲われたし、警察や校長先生にも説明しなきゃいけないから、私達もここを離れられないし」
「……とりあえず、さゆりと久美を助けるのが先か」
「さつきさんに連れていかれたみたいだけど、何かあったの?」
「ちょっと粗相しちゃったんだ。どっちにしても二人を解放しないと、私達も動けないし」
「何があったのか、なんとなく想像できるわね……。そうしてあげて」
飛鳥では話がこじれる可能性がある。真桜はこの場を飛鳥に任せ、さつきの後を追った。さゆりと久美を解放しないことには話は始まらないだろうし、手も回らないだろう。
新学期早々、とてつもない厄介事が起こっているのは間違いないが、これは始まりにすぎないような、そんな不気味な気配すら漂っている。
飛鳥は石像化一歩手前の1年生達に目をやりながら、嫌な予感を感じていた。




