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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第四章 刻印の光と闇編
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4・見学者

――放課後 明星高校 風紀委員会室――

「あーっはっはっはっ!」

「ひぃーっ、ひぃーっ!腹痛ぇっ!!」


 放課後の風紀委員会室では、武と良平の笑い声が響いていた。


「笑いごとじゃありませんよ。こっちの身にもなってください」

「いや、だってよ!真桜ちゃんに惚れたとか言ってた奴が、いきなり恋敵の弟子になるなんて、完全に笑い話じゃねえか!」

「まったくだ!どんな心境の変化だよ、いったい!」

「あの子の考えなんて知りません。飛鳥君が弟子にしてくれるんなら、それに便乗させてもらいます」


 飛鳥が京介を引き受けてくれるなら、久美としては願ったり叶ったりだ。確実に自分の手間は減る。


「まあ正解よね。けっこうな条件つけたって聞いたけど?」

「人の話を聞くことと、自分の考えや都合、価値観を押し付けないことですね」

「基本だろ、それって」

「お恥ずかしい話ですけど、それがまったくできない子だったんですよ」

「でも逆によかったんじゃない?飛鳥君の弟子になるんなら、優位論なんか入り込む隙間ないし」

「俺だってまだまだ修行中なんですから、そんな余裕ないんですけどね」

「お前に余裕がないんなら、ほとんどの術師に余裕はないだろ」

「そうよね。それに私だって、飛鳥君に教えてもらったおかげで生成できたようなものだし」


 ドルフィン・アイの拡張性を教えてもらい、かつ設置型刻印法具ワイズ・オペレーターを生成させた雪乃のセリフには、けっこうな説得力があった。


「雪乃が謙虚な性格じゃなかったら、生成はできなかったでしょ。確か雪乃って、感謝の気持ちで生成できたって言ってたじゃない」

「ええ。でも同調する条件は人それぞれだから。久美さんだってそうでしょ?」

「確かにそうですね」


 雪乃は周囲への感謝、さゆりは折れない心、そして久美は自己犠牲の精神によって生成することができた。だが共通点もある。三人とも心の底から、本当に願い、思ったからこそ、刻印が同調し、刻印法具の生成へとつながっていた。飛鳥と真桜が生成した刻印神器ブリューナクには明確な意思があったが、刻印法具にも意思があるという説は正しいのではないかとも思える。

 だがそこに予期せぬ来客が現れた。それも一人ではない。


「ここが風紀委員会室か。あ、先輩!」

「きょ、京介!?何でこんなとこに来たのよ!?」

「刻印術を教えてもらうためだよ。っていたのか、姉ちゃん。姉ちゃんこそ、何でここにいるんだよ?」

「おいおい京介。久美姉が風紀委員になったって言ったの、お前じゃねえかよ」

「勝に浩まで……!あんた達、なんで京介を止めなかったのよ!?」

「無理言わないでよ、久美姉。僕達が京介を止められるわけないじゃん」

「そうそう。今だって、今日から刻印術を教えてもらうんだ、っつって脇目も振らずにここまで来たんだから。一応止めたんだけどさ」


 来客は京介と友人達だった。久美とは面識があるどころか、むしろ完全な姉貴分のようだ。何となく自分達とさつきの関係を思い起こさせる。そこも気になるところだが、それよりも問題なのは“今日から刻印術を教えてもらう”というセリフだろう。


「水谷……俺は都合がついたら姉貴に連絡するって言ったよな?人の話を聞け、都合を考えろって言ったよな?」

「あ……」


 どうやら京介は浮かれてしまっていたようだ。気持ちはわからなくもないが、いきなり暴走されるとは思わなかった。久美だけではなく、飛鳥も頭を抱えている。


「京介……!あんた、また!」

「ご、ごめん、姉ちゃん!」

「まあまあ、久美さん。悪気はないんですから。せっかく来てくれたことですし、今日は私達の活動を見学してもらいましょう」

「委員長……」

「初めまして。風紀委員長の三条雪乃です」


 威圧する姉を制し、自己紹介してくれた温厚な風紀委員長の笑顔に、京介も友人達も少し、いや、かなり和んだようだ。


「え?いいんですか?」

「ええ。風紀委員は推薦枠しかありませんし、通常1年生がこの時期に加入することもありませんから」


 雪乃の言う通り、風紀委員会は生徒会や風紀委員、教師の推薦がなければ加入することはできない。特に入学したばかりの新入生は、まだ実力的にも経験的にも不足しているため、十月度の新生徒会発足時からの加入が慣例となっている。

 だが飛鳥と真桜は、明星高校設立以来初めて、入学直後から風紀委員会に加入した例外だ。実力も経験もそこらの術師を上回るどころか、融合型刻印法具、刻印神器の生成者なのだから、むしろ風紀委員としては喉から手が出る程欲しい逸材だった。


「お願いします!俺、二宮にのみや まさるって言います!」

「僕はにった 田浩ひろしです。よろしくお願いします」


 さりげなく自己紹介を終えた京介の友人達も、かなり好奇心旺盛のようだ。京介からの影響も少なからずあるのだろう。


「わかりました。委員長がそうおっしゃるのなら、今日だけは大目にみます。京介、あんたは私と回ってもらうからね」

「え?俺は三上先輩と回りたいんだけど」

「京介君、だったわね。飛鳥君、今日は非番なのよ。どうしても外せない用事があるから」

「そ、そうなんですか?」

「そういうこと。だから今日は連絡しなかったんだよ。人の都合も考えてくれよ」

「す、すいません……」


 やはり自分の都合で動き、飛鳥の都合などお構いなしだった模様。これはしばらく様子見が必要なようだ。


「それじゃ委員長。すいませんが後はお願いします」

「ええ。飛鳥君も真桜ちゃんも、気をつけてね」

「はい。それじゃ、失礼します」


 用事があるのは真桜も同様だ。二人の非番が重なることは珍しいが、皆無というわけではない。むしろ雪乃、さゆり、久美が刻印法具を生成してからは、さりげなく増えている。

 生成者が五人、しかも実戦経験有りとなれば、よほどの馬鹿でもなければ問題を起こさない。事実、神槍事件の後から、一気に問題が減った。まだ問題が表面化しにくい時期ではあるが、この分ではおそらく、夏の期末考査明けも楽になるだろう。


「それで委員長。今日はどうするんですか?」

「そうですね。今日は私とまどかさん。戸波君と鬼塚君。酒井君と佐倉君。望さんとさゆりさん。香奈さんと久美さん。常駐は美花さんを中心に葛西君とエリナさんでお願いします」


 既に飛鳥と真桜は委員会室を出ていっている。今日の非番はこの二人だけだから、必然的に常駐の数が減るわけだが、せっかくの機会だから生成者と一緒に回らせてあげたいと心優しい雪乃が考えるのも、それは当然だろう。


「雪乃が巡回って、珍しいわね」

「せっかくだしね。京介君はお姉さんと一緒に回ってください。そうそう問題が起こるわけではありませんけど、せっかくの機会ですから」

「は、はい!」


 常に殺伐としているわけではないが、風紀委員会という役職柄、男子はもちろん、女子も攻撃的な性格の生徒が多い。そんな中、温和で争いごとを嫌う雪乃は、癒し系としての地位を確立している。その雪乃の笑顔は、京介でさえも毒気を抜かれてしまうようだ。


「それから新田君は私達と、二宮君は望さん達と一緒に巡回してみてください」

「おいおい、三人とも両手に花かよ」

「いやいや、三条はともかく、一ノ瀬と水谷は花っつっても食虫花だろ」


 武は笑っている。もちろん冗談だ。だが世の中、冗談でも言ってはいけないことは結構多い。


「酒井先輩、それってどういう意味ですか?」

「詳しく聞きたいですね。できれば、刻錬館の裏で」


 さゆりも久美も、とてもさわやかな笑顔だ。だがその笑顔に似つかわしくない黒いオーラを纏っている。


「じょ、冗談スよ、一ノ瀬さん!水谷さん!もちろんバラの花に決まってるじゃないッスか!」


 生成者に挟まれる圧力は半端ではない。思わず武は敬語になってしまっている。


「馬鹿か、お前は……」

「これで何度目だよ?学習能力がないにも程があるだろ」


 昌幸と遥が呆れている。だがそれで終わりではないところに、武の迂闊さが表れている。


「綺麗なバラにはトゲがある、っていう言葉、知ってます?」

「けっこう痛いのよね、あれ。お望みなら、今すぐにでも刺しますけど?」

「マジで勘弁してください!俺が悪うございました!」


 武はかなり本気だ。温厚な雪乃が相手ならばこんなことにはならないが、2年生の生成者はそうはいかない。むしろ雪乃が温厚すぎるとも言える。


「さゆりさんも久美さんも落ち着いて。酒井君も本気じゃないんだから」


 温和で争いごとを好まない雪乃は、いつも仲裁役だ。だが最近では、この役に慣れ切ってしまった自分がいる。


「仕方ありませんね」

「今日は委員長に免じて許しますけど、次は実験台になってもらいますよ?」

「ほんと、すんませんでした!」

「世話のやける奴だな。三条、この様子じゃ酒井は使い物にならんから、葛西と交代してもらおうと思うが、いいか?」

「そうね。葛西君、申し訳ないけど酒井君と代わってもらえる?」

「そうなるよな。悪いな、佐倉」

「いつものことッスからね。よろしくお願いしますよ、葛西先輩」

「はいよ」

「ごめんなさいね、京介君、二宮君、新田君。いつものことだから気にしないで」

「は、はあ……」


 風紀委員会は、明星高校でも刻印術に長けた精鋭が揃っている。そのために推薦枠しかないのだが、目の前で繰り広げられている光景は、とてもそうは見えない。上級生が下級生に、今にも土下座しそうな勢いだ。しかもこれがいつものことなど、本当に精鋭達なのか疑いたくなる。


「それじゃ、行きましょうか」


 そんな1年生の疑念をよそに、温和な雪乃の号令の下、常駐以外の全員が委員会室を後にした。

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