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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第一章 刻印の高校生編
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5・刻印術師優位論

――西暦2096年4月20日(金) PM12:40 明星高校 風紀委員会室――

「全員揃ってるわね。それじゃ紹介するわ。今日から風紀委員会に入ることになった三上よ。推薦者は知っての通り、あたし」

「1年2組、三上飛鳥です。よろしくお願いします」


 今日から正式に風紀委員となった飛鳥は、風紀委員会室に集められた先輩委員との初顔合わせの最中だった。委員長の推薦とはいえ、いきなり1年生が入ってきたことに驚いた者も少なくはない。


「委員長、いきなり1年生を入れて、大丈夫なんですか?」


 だからこの質問も当然のものだった。


「ここにいるってことは、テストには合格したんだろ。なら、実力はあるってことだ」


 どうやら風紀委員全員が、あのテストのことを知っているわけではないようだ。ざっと見る限り、2年生は知らず、3年生は知っている、といったところだろう。


「テストっていえば、さつき、酒井君、今日はどうしたの?」

「武なら今日は検査欠席よ。昨日、こいつに派手にやられたからね」


 室内にどよめきが起こった。特に事情を知らない2年生の動揺が激しい。


「え?酒井君、負けちゃったの?」

「マジか……」

「本当よ。そりゃもう手も足も出ずに。ね、昌幸」

「この場にいない人間に対して、よくそこまでボロクソに言えますね。概ねその通りですけど」

「お前も大概だろうが」


 3年生から容赦のない突っ込みが入る。


「さつきさん、酒井先輩が検査欠席って、やっぱり頭の?」


 だが飛鳥は、やはり武の姿がないことに顔を曇らせていた。


「あくまでも念のため、だけどね。昨日も特に問題なさそうだったから。そんなわけで、この子の実力は折り紙付き。ついでに、あたしの弟みたいなもんだから」

「だからそれはやめてくださいってば!」


 気を遣った(?)さつきの一言で場に笑いが、飛鳥には少し余裕が生まれた。


「つまり立花は、三上の実力を知ってたってことか。だからあんなに強く推薦してたんだな」

「だけど酒井君に勝っちゃったなんて、凄いわね」

「葛西、委員長の言う通りなのか?なめてたんじゃなくて?」


 上級生達が飛鳥に声をかけているが、当然、こういった反応も出てくる。むしろ出ない方がおかしいとさえ言えるだろう。


「確かに最初はなめてたけど、途中から余裕なくなってたな。まさに完敗ってやつだ」

「そりゃ確かにすげえな。ならあいつの件も、少しは楽になるか」


 飛鳥の予想に反し、武に油断があったから勝てたと思われていたわけではないようだ。多少の油断があったとしても、武に勝てる生徒は、刻印術師を含めても風紀委員ぐらいのものだからという理由もあるだろう。だが問題は、その次の台詞だった。


「あいつ?誰のことなんですか?」


 だいたいの予想はつくものの、できれば関わり合いになりたくないというのが飛鳥の本音であり、それぐらい面倒で厄介な相手だ。


「お前と同じ1年生だよ。渡辺わたなべ 征司せいじ。刻印宝具を持つ刻印術師だ」

「やっぱりあいつですか。術師であることを公にしないという連盟の掟に逆らって、結構な無茶をしてるらしいですね」

「よく知ってるな」

「妹と同じクラスなんですよ、そいつ」


 そう、渡辺征司は真桜やさゆりと同じクラスなのだ。かなりの問題児ということで飛鳥だけではなく、1年生の間では既に有名人だ。積極的に関わり合いになりたくないという意味で。だが2年の女子生徒が食い付いたのはそこではない。


「妹?三上君、双子だったの?」

「そういや今年の新入生に、やけに仲のいい、恋人同士みたいな兄妹がいるって噂があったな。あれ、お前のことだったのか」


 入学してからまだ十日も経っていないというのに、既に上級生にまで噂になっていたらしい。あれだけイチャイチャしていればそれも当然だが。


「そうよ。義理の妹で、飛鳥の婚約者でもあるわね」


 だがここで爆弾が投下された。それもかなりの破壊力を秘めた爆弾だ。


「なにいっ!!」

「婚約者なの!?」

「しかも義理とはいえ、妹がかよ!!」


 誰もが予想だにしなかった衝撃の事実に、室内がかつてないほどの混乱の渦に陥っていた。


「……さつきさん、なんでバラすんですか」


 ダメージを受けたのは風紀委員だけではなく、飛鳥もだった。しかも直撃弾だ。


「先に説明しとかないと、あらぬ誤解を生むからに決まってるでしょ。それにもう、学校中の噂になってるじゃないの」

「目立たないように、ひっそりと生きていこうって思ってたのに……」

「無理に決まってるじゃない。それはともかくとして、渡辺征司は相変わらず問題を起こしてるの?」


 飛鳥の呟きをあっさり否定したさつきは、議題を元に戻した。未だに驚愕したままの委員達だが、さすがに議題の相手が相手だけに委員全員の顔が変わる。完全に、とは言えなかったが。


「え?ああ、起こしてるっていうか、既に起こした後だけどな。昨日柔道部を見学してたんだが、主将の木下が刻印術師じゃなく、副主将の松井が刻印術師だってことを知っちまって、それで木下を刻印宝具で脅していた」

「……それでどうなったの?」


 あまりにも信じられないことだ。刻印法具を持つ以上、優秀な刻印術師だとわかる。だがあまりにも図に乗りすぎている。学生時代からこの調子では、将来どうなるか、わかったものではない。


「あいつの刻印宝具は武装型なので、停学一週間の処分を受けました」

「またなの……。自宅謹慎も含めれば、これで二回目じゃない」

「三上、妹さんが同じクラスだって言ってたけど、渡辺のことは聞いてないのか?」


 悪い意味での有名人とはいえ、入学したばかりの新入生の動向までは把握しきれない。征司ほどではないが、2年、3年生にも問題児は存在しており、度々問題を起こしているのだから。だから飛鳥に意見を求めることも、不思議なことではない。同級生の方が詳しいということも、よくあることだ。


「さすがにその話は聞いてますね。刻印術師ってことを鼻にかけて、クラスでも孤立してると聞いてます」

「まあそうだろうな。俺もあそこまで天狗になってる術師は、初めて見たからな」

「ってことは、渡辺を止めたのは志藤しどう?」

「止めたというか、同じ刻印術師だから俺の顔を立てた、って感じだな。連盟も黙ってないんじゃないか?」


 志藤と呼ばれた生徒が答えた。同じ刻印術師として、彼も征司の態度は気に入らないのだろう。


「飛鳥、今度聞いといてよ」

「へ?」


 不覚にも飛鳥は気の抜けた返事をしてしまった。何を言われたのかがよくわからない、という顔をしている。そこに再び、さつきの爆弾発言が投下された。


「これも先に言っとくわ。飛鳥も刻印術師よ。ちなみにお父さんは連盟の代表」

「えええっ!!」

「マジかっ!?」

「じゃあ三上って、あの三上だったのか……!」

「そりゃ酒井が勝てねえわけだわ……」


 再び混乱が風紀委員会室を駆け抜けた。連盟の代表は日本の刻印術師の代表でもあり、そこいらの刻印術師が束になっても勝てる相手ではない。事実飛鳥の父は、世界最強の刻印術師の一人と称されている。


「さつきさん……」


 飛鳥は頭痛をこらえながら、さつきを睨んだ。自分が刻印術師であることをバラされることもだが、父のことまでバラされるなど、想定すらしていなかった。色々と言いたいことはあるが、次のさつきの一言で時間の問題だったと感じるのも気のせいではないだろう。


「大丈夫よ。そもそもここにいる半分は、刻印術師だもの」

「自分からバラさない限り、誰が術師なのかを他言するようなことはしないから安心しろよ」

「私達も最初はそうだったから、気持ちはわかるわ。さすがに婚約者の妹さんやお父さんのことは驚いたけど」

「わかりました。ありがとうございます」


 同じ刻印術師である上級生達もかつて通った道のようで、説得力があった。だからこそ信頼できる、と飛鳥は思った。


「それで話を戻すけど、さすがに次問題を起こしたら退学よね?」

「いや、生成者だからってことで考慮されるとさ」


 志藤の答えに、またしても驚いた。さすがに問題がありすぎる。


「特別扱いってこと?それってさらに、あいつを増長させない?」


 さつきの疑問ももっともだ。刻印宝具で相手を脅すなど、普通に犯罪行為だ。停学一週間というだけでも随分甘い処分だし、ただでさえ刻印術師という立場に甘えている人間をさらに甘えさせるなど、増長してくれ、図に乗ってくれと言っているようなものだ。だから志藤の次の言葉に、さつきは耳を疑った。


「俺もそう思って先生に聞いてみたんだけど、決めたのが松浦まつうらなんだよ」

「嘘でしょ……」


 耳を疑ったのはさつきだけではない。飛鳥も、上級生の術師もだった。


「松浦って、まさかあの松浦家ですか?」


 だから飛鳥は、思わず聞き返してしまっていた。


「そう、その松浦。だからどうしても渡辺寄りなんだよ。教師のくせにな」


 志藤は呆れを通り越して笑っている。確かに教師が、刻印術師とはいえ一生徒の肩を持つなど、許されることではない。だからこそ、笑うしかないのだろう。


「先輩、それってどういうことなんですか?」


 だが刻印術師ではない生徒の多くは、渡辺と松浦の関係に詳しくはない。そのため術師ではない2年生の疑問も、特におかしなことではない。


「一言で言えば、松浦家は渡辺家に連なる刻印術師の家系だ。いわゆる分家ってやつだな」


 だがこの一言で、さすがに全員が理解せざるをえなかった。


「うわ、最悪じゃない……」

「つまり渡辺が問題を起こしてるのは、松浦先生がいるから、って理由もあるのか。頭痛いわ……」

「でも松浦先生って、確かまだ二十代でしょ?いくら刻印術師だからって、こんな大問題にそこまで関与できるの?」

「それに確か渡辺家は刻印術師の掟に従い、自らが刻印術師だとは公表してなかったはずですよね」


 まさにその通りで、松浦は教師になってまだ四年だ。刻印術師だということを考慮しても、まだまだ若手の教師であり、今年初めて担任を任された身でもある。進路指導や生徒指導にはまだ関わってはいない。征司の問題は、どう考えても生徒指導の問題をこえており、普通ならば退学どころか逮捕もあり得るレベルだ。担任とはいえ若手教師が関われる問題ではない。渡辺家も、征司の態度を改めさせるために幾度となく注意を促していたが、征司は反省どころか増長する一方で手がつけられない。

 だが中学時代はそこまでではなかったはずだ。そんな輩がいれば飛鳥達の耳にも噂の一つや二つは入ってくるだろうし、何より連盟が動くだろう。もしかしたら征司の増長は比較的最近で、何か理由があるのかもしれない。飛鳥はそう考えた。


「だとすれば問題は、渡辺じゃなくて松浦の方か?立花、これも連盟に報告しといたほうがいいんじゃないか?」


 どうやら他にも同じことを考えた上級生がいたようだ。だがそれほど難しい推理でもないわけで、別に不思議というわけではない。


「当然そうするわ。だけど学校を通すと松浦先生の耳にも入るから、飛鳥から報告しといて」

「まあ、そうなりますよね。だけど確かに問題だし、了解しました」


 飛鳥にも異論はなかった。むしろ自分から直接父に報告した方がいいような、そんな予感がする。


「それでこの件、会長には?」

「報告しないわけにはいかないでしょ。風紀委員が勝手なことしたら、それこそ大問題よ。だけどこの件は他言無用よ」

「わかってるわ」

「言えるわけねえって」

「わかりました」


 異口同音の答えをもって、風紀委員会の会議はお開きとなった。

 飛鳥の頭をよぎったのは二日前、父から送られてきた手紙の内容だった。泥のような感覚が全身に絡みつき、不快感が徐々に増してくる。よくないことの前兆のような、そんな予感が強くなっていった。


――源神社 母屋 居間――

「飛鳥、今の話……」

「ああ……。もう連盟じゃ渡辺のことも松浦先生のことも、かなり大きな問題になってるみたいだな」

「まあ、そうだよね。まさか刻印宝具で普通の生徒を脅してたなんて、信じられないよ」


 帰宅後、真桜には今日の風紀委員会で議題に上がった征司と松浦のことを話した。飛鳥の予感が正しければ、おそらく真桜にも関係があることだからだ。真桜もそれを理解していた。していたが、さすがに刻印宝具を使って、脅迫まがいのことをしていたとは知らなかった。

 刻印術師は身体に刻印を生まれ持ち、その刻印から刻印宝具と呼ばれる刻印具を生成する。だが全ての刻印術師が、刻印宝具を生成できるわけではない。生成できる刻印術師は約三割と言われており、そのため刻印法具を生成できる刻印術師は“生成者”と呼ばれている。

 刻印具の開発は、刻印術を使えない一般人が、刻印術から身を守ることを第一の目的としていることに間違いはない。だが第一があるなら、第二もある。第二の目的は、刻印宝具を生成できない多くの刻印術師の補助のためだ。だがそれでも、刻印具と刻印宝具の性能差は大きい。研究が進み、新型の刻印具が開発されてもなお、その差が縮まることはない。征司が増長しているのは、刻印宝具が生成できるという理由もあるだろう。

 また刻印術師は、自ら力を振るうことを好まない。力を振るった結果が何をもたらすかをよく知っているからだ。

 だが第三次世界大戦を終結に導いたのが刻印術師だということは、事実であり常識だ。そのため力を持つ刻印術師が、政治や経済、軍事に手を出すことを当然と考える一派も存在する。もしその一派がかつての残党と手を組んでいた場合、途端に問題は大きくなる。もしそうだとすれば征司も松浦も、ほぼ間違いなく連盟の粛清を受けることになるだろう。事実、先程父はそれを匂わせていた。


「あいつが学校に出て来たら、一度話をする必要があるな。関わりたくないけど」

「気持ちはわかるけど、それは無理だよ。それよりお父さんの言ってたこと、さつきさんに報せておいた方がいいんじゃない?」

「明日直接伝えるよ。電話越しじゃ話しにくいし、あの連中のこともあるからな」

「大河君と美花、さゆりにはどうするの?私としては伝えたくないことだけど……」

「さゆりはともかく、大河と美花に伝えたくないってのは、俺も同じだよ。今の時点じゃいたずらに不安を煽るだけだろうしな。だけど……」

「わかってる。もし本当に残党が動いてるなら、逆に伝えないと危険な目に遭わせちゃうかもしれない……。それだけは……」

「ああ……」


 飛鳥と真桜、刻印術師として稀有な才能と実力を持つ二人だが、昨年夏の事件で本当の恐怖を知った。友人を失うかもしれないという恐怖を。あんな恐怖は二度と味わいたくはない。そのためなら相手が渡辺だろうと松浦だろうと、昨年夏のテロリストだろうと容赦はしない。飛鳥も真桜も心に決めていた。

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