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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第四章 刻印の光と闇編
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1・新入生

――西暦2097年4月9日(火)放課後 明星高校 風紀委員会室――

 神槍事件から二ヶ月、無事に進級した飛鳥と真桜は、今日の放課後も風紀委員会室へ来ていた。


「みなさん、明日は入学式です。特に大きな問題が起きるわけではありませんが、新入生の案内も仕事の内です。困っている新入生を見かけたら、丁寧に教えてあげてください」

「風紀委員って新入生の案内もしてたんですね」

「ほとんどは生徒会の管轄だけどな。だけど生徒会だけじゃどう頑張っても手が足りねえから、活動内容から風紀委員と自治委員、連絡委員が毎年手伝うことになってるんだよ」

「なるほど」

「俺達去年、志藤先輩に案内してもらいましたよ。講堂って慣れないとわかりにくいし」

「わかるわかる。俺も迷ったからな」

「どうしても刻錬館が目につくもんね。私も最初、刻錬館に行っちゃったわ」


 校門をくぐり、広場を抜けるとすぐに校舎がある。校舎は海に面しているため、校庭や刻錬館もそちら側にある。だが講堂や図書館は逆であり、校舎や刻錬館に隠れてしまい、海は見えない。また、刻錬館が校門からでも見えるのに対し、講堂は校舎に隠れてしまい、パッと見ではそれとは判別し難い。それは併設されている図書館や食堂も同様だ。


「目立つもんね、刻錬館って。ところで真桜ちゃん。機嫌いいみたいだけど、何かいいことでもあったの?」

「はい!今年は飛鳥と同じクラスになれたんです!」


 エリーの質問に、真桜は満面の笑みで答えた。


「一応、私達も同じクラスなんですけどね……」

「私達のことなんか眼中にないみたいなんですよ」

「すーげー納得いった。そりゃ機嫌も良くなるわな……」

「なんでかわからないけど、風紀委員が一つのクラスにまとめれることって多いもんね。私達もそうだし」

「選択科目が被ること多いから、ある意味じゃ当然なんだろうな」


 選択した科目、互いの連携を深めるため、2年生に進級する際、風紀委員は一つのクラスに集められることが多い。3年生に進級する際はクラス替えがないため、望と良平は別のクラスだが、他の3年生は同じクラスだ。そのため2年生になった飛鳥達も、全員が同じクラスになっていた。

 去年は飛鳥だけではなく、大河や美花とも別のクラスになってしまった真桜は、当初かなり落ち込んでいた。もっとも、そのおかげでさゆりと友人になれたのだから、悪いことばかりでもない。

 だがそれとこれとは話が別だ。次の進級時はクラス替えがないため、必然的に卒業まで、飛鳥と同じクラスということが確定したわけだから、真桜の機嫌が良くなるのも当然だ。


「で、今年の担当はどこなんだ?」

「今年は連絡委員会が講堂前での誘導、自治委員会が生徒会と一緒に講堂の中で案内をすることになりました」

「ってことは私達は、校門前の見張りと、刻錬館に迷い込んだ新入生の案内か」

「はい。まあ、例年通りですね」

「さすがに入学式で大きな問題起こすような馬鹿はいないか。あいつでさえそうだったからな」

「あいつ?去年そんな新入生いたっけ?」

「ええ、いました。渡辺誠司です」

「……あいつか。確かさつき先輩に粛清されたんだったよな」

「思い出させないでください!」


 青い顔でさゆりが悲鳴を上げた。

 この中ではさゆりだけが、誠司が粛清された現場を目撃した。さつきと誠司の、相克関係すら凌駕するほどの力量差も当然ながら、初めてS級術式エンド・オブ・ワールドが使用された瞬間でもある。あまりにも凄惨な光景と非常識な術式に、腰を抜かしてしまった。去年の春の事件では直接見たわけではなかったため、大きな衝撃を受けこそしたものの、トラウマにはならなかった。だがあの夏の日の出来事は、さゆりが負わされた一生もののトラウマのひとつだ。それは刻印法具レインボー・バレルを生成できた程度で払拭できるものではない。


「わ、悪かった!」


 だがそれはさゆりだけではない。この場の全員が、聞いたわけでも見たわけでもないのに、何が起こっていたのかをほぼ正確に悟った。さゆりが真っ青になって叫ぶのも当然だ。


「えっと、話を戻しますけど、そういった事情なので委員会室に常駐を置くことはできません。ですから美花さんは、講堂で生徒会と自治委員会の人達と一緒に校内の監視をお願いします。竹内君には了承を得ていますから」

「わかりました」

「ペアは私とまどかさん。戸波君と酒井君。葛西君と飛鳥君。鬼塚君と佐倉君。エリナさんと真桜ちゃん。香奈さんとさゆりさん。望さんと久美さんでお願いします」

「了解」

「はいよ」

「わかりました」

「他に質問がなければ、今日はこれで解散です」

「雪乃先輩、質問ってわけじゃないんですけど、気になる新入生がいるらしいですよ」

「気になる新入生?誰ですか?」


 特に問題はないだろうと思っていた雪乃は、真桜のセリフに驚いてしまった。同時に去年の最大の問題児が頭に浮かんだ。


「すいません。私の弟です」

「久美さんの?ということは刻印術師ですか?」


 その新入生が、久美の弟だとは思わなかった。久美は刻印術師なのだから、弟も刻印術師に間違いないだろう。だがいったい何が気になるというのか、雪乃にはさっぱりわからない。


「はい。名前は京介きょうすけっていいます。私が法具を生成してから、ちょっと調子に乗っちゃってて……」

「生成したのは久美なのに、調子に乗っちゃったの?何で?」


 それは香奈も同様のようで、思わず聞き返していた。


「私が生成できたから、自分もすぐに生成できると思い込んじゃってるんです。何度も説明したんですけど、聞いてくれなくて……」

「私も久美も、あんなことがなかったら生成なんかできなかったわよ。もしかして弟君、あの事件のことをよく知らないの?」


 さゆりも眉をひそめている。本当にあの事件がなければ、法具生成などできなかったと思っているし、それは久美も同様だ。


「報道されてる以外はね。詳しく説明してない私も悪いんだけど、言葉じゃどうしても大袈裟に伝わっちゃうから……」

「それは仕方ないだろう。だが姉貴が生成できたから自分も生成できるなんて、何の根拠がないのも事実だな」


 遥も口を挿む。

 神槍事件は中華連合強硬派の宣戦布告から始まり、明星高校を襲った過激派のクーデター未遂、及び中華連合強硬派艦隊が刻印神器ブリューナクによって消滅するまでの事柄を指す。

 その中でも過激派が明星高校を襲ったことだけは、今もって様々な議論が交わされている。現在有力視されているのは今月初頭に結婚した久世雅人、さつきの母校であるため、二人を利用、もしくは殺害することではないかという説だ。だが神器生成者がいるのではないかという説も根強い。他にもいくつかの説があるようだが、結論はでていない。

 この場にいる者は全てを知っているが、あの日の誓いは上辺だけのものではない。自分達の胸の内にしまい込み、誰にも話していない。久美も同様で、家族にも、無論弟にも話していない。

 同時に姉が法具生成できたからといって、弟が生成できるわけではない。法具生成は生来の刻印と同調することによって、初めて生成することができる。条件は人それぞれだが、強い想いが鍵になると言われている。久美の弟 京介は本当に根拠のない思い込みに囚われてしまっているのだろう。


「むしろできない人の方が多いもんね。それじゃその京介君?いきなり問題を起こすかもしれないってこと?」

「多分……。けっこう思い込みの激しい子なので、先輩達にもご迷惑をおかけすると思います。なので先に謝っておきます。ごめんなさい!」

「謝る必要はないだろ。むしろトラウマを植え付けられるだけだぞ」


 久美としては弟がトラウマを植え付けられることよりも、先輩達の手を煩わせることになることが問題だ。


「それも一つや二つじゃないもんね」


 まどかの一言に、飛鳥と真桜が視線にさらされる。当然だ。自分達でも心当たりが多すぎる。


「な、何ですか、それ……」

「そこまでのものじゃなかったと思いますけど……」


 だからこれは、二人の精一杯の抵抗だ。


「確かにお前らだけじゃなく、雅人先輩やさつき先輩から植え付けられたトラウマも多いけどよ。でもなぁ……」

「そうよねぇ……」


 誰も言葉にしないが、それがブリューナクを指していることは明白だ。確かに二人だけではなく、雅人やさつきからも一生もののトラウマを、いくつも植え付けられた。

 だが刻印神器ブリューナクは、それらを上回る衝撃とトラウマをもたらした。ただの生成術や刻印融合術ではなく、二心融合術というお伽話でしか聞いたことのない術式によっての生成、というだけでも十分あり得ない。その上で超広域刻印術――光性神話級戦術広域対象系領域殲滅術式アンサラーによって、校内に侵入した刻印銃装大隊を一人残らず消滅させたのだから、非常識にも程がある。


「久美さん。最悪の場合、再起不能になるかもしれませんけど、いいんですか?」

「そのことは何度も説明しました。もし再起不能になっても、それは自業自得です」


 雪乃の質問は大袈裟でもなんでもない。神槍事件後、保険委員長の小山沙織が再起不能寸前まで追い詰められてしまった。原因は飛鳥とさつきだ。自分達が束になってもどうすることもできなかった大勢の生成者をたった二人で、しかも一瞬で全滅させてしまったのだから、それも無理もない話だ。あの時はまだ気が張っていたために持ちこたえてくれたが、事態が落ち着くと同時に自信まで失い、刻印術の精度を大幅に落としてしまった。生徒会長の護はもちろん、雪乃達も総出で慰め、なんとか落ち着いてもらうために、かなりの時間を要した。だがあれから二ヶ月経った今でも、元に戻ったとは言い難い。

 久美も当然、そのことは知っている。さすがに名前は出さなかったが、そういった人達がいることも弟に話してある。だが弟は耳を貸さなかった。刻印術師優位論などに耳を傾けているのではないかと、疑いもした。否、今も疑っている。相手が弟であれ、刻印術師優位論者は久美にとっても敵だ。それだけのことをされたのだから、断言する。もし弟が刻印術師優位論なんかにうつつを抜かしていれば、むしろ再起不能になってくれた方がいいかもしれないとも思える。


「わかりました。では明日は久美さんの弟さんの動向にも注意を払ってください」

「すいません、お手数おかけします……」


 久美は深々と頭を下げた。

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