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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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19・滅びの光

――PM4:30 沖縄 伊江島基地 司令室――

 沖縄県伊江島基地。戦前は在日米軍基地だったこの地は東シナ海に面しているため、中華連合、特に強硬派を警戒するために基地の建設が進められ、小さいながらも国防軍の重要な拠点となっていた。飛鳥、真桜、雅人、さつきは先程到着し、司令室へと通された。


「すまないな、こんな所まで来てもらって」


 出迎えたのは刻印管理局局長の上杉だった。この基地は刻印管理局の管理下ではない。国防海軍の管理下に置かれている。基地司令も海軍大佐だ。だが中華連合が宣戦布告し、艦隊を派遣しているというのに、国防軍は何の準備もできていない。宣戦布告を受けてようやく、動員を開始したばかりだ。それほどまでに中華連合の宣戦布告は唐突だった。


「上杉さん、来られていたんですね」

「ああ。君達が封印を解いたと、久世准尉から報告があったのでね。さすがに刻印管理局としても、見過ごせない。もっとも、私が来たのは別の理由だが。伊達。状況の説明を」

「はっ。現在中華連合海挺軍艦隊は、上海基地を出港し、南進している。おそらくは台湾奪還を目的としているのだろう。出港した艦隊は、全てが強硬派の息のかかった部隊でもあるため、上陸されれば台湾は占領される可能性が高い」

「なんでそこまで詳細を知ってるんですか?」


 さつきの疑問は当然だ。艦隊が派遣されたとはいえ、それが強硬派の部隊とは限らない。穏健派に属している軍人であっても、命令は絶対なのだから、逆らうことはまずないだろう。


「王君から得た情報を基に、穏健派の白将軍と内密に連絡を取った。現在中華連合は、強硬派の圓鷲金という男が元首に就任していることは知っているだろう?」

「はい。それはさすがに」

「強硬派のトップで、穏健派の人達を暗殺したって言われてますよね?」

「その通りだ。だが穏健派も黙っているわけではない。国民も強硬派の横暴さに不満を持っているようだが、それはまだ力で押さえ付けている。しかし時間の問題だろう。それほどまでに中華連合は荒れている」

「そんなことになってたなんて……」


 強硬派が正式に連合政府を掌握したのは、今年に入ってから――つまり、まだ一ヶ月半ほどだ。にもかかわらず国民が不満を持つなど、よほどのことだ。


「もしかして上杉さん。南はその圓って奴に台湾の返還……じゃなくて占領を認める代わりに、自分達を支援させていたんですか?」

「そうとも言えない。元々強硬派は、日本でのテロ活動を、自国の戦力だけで行う予定だったらしい。だがそこに目をつけたのが南だ。密かに強硬派の工作員に拠点と装備を提供し、代わりに自分達の手駒としても使っていた。表だって圓と接触したことはないが、そのためのパイプ役となっていたのが宮部敏文だ」

「やはりあの男ですか。では連盟が動き、自分が宮部を粛清したことが、今回の宣戦布告に繋がったと?」

「否定はできないが、それだけではないだろう。元々強硬派は、台湾の返還を要求していたからな。遅かれ早かれ、開戦は避けられなかっただろう」

「でもいくら強硬派が連合の元首になっても、穏健派の人達も黙ってないんですよね?それって内戦になるんじゃ?」

「おそらくはな。だが穏健派は、多数の要人が強硬派によって暗殺されてしまった。白将軍や王君がいるとはいえ、まだまだ巻き返しには時間がかかるだろう。その前に台湾を占領し、事実上の支配下に置こうと考えたと思われる」


 上杉の推測はほぼ当たっている。穏健派は確かにほとんどの要人が暗殺された。そのために内戦とまではいかないが、局地的に穏健派と強硬派がぶつかり合っている。今はまだ強硬派が優勢だが、国民も黙ってはいない。軍という力で押さえ付けられていた反動は、必ずくる。その前に宣戦布告してしまえば、いかに穏健派といえど、うかつな行動はできなくなる。国力の衰退はそのまま敗戦へとつながり、最悪の場合、中華連合という国が分裂する可能性もあり得る。


「そんな理由で……」

「じゃあ上杉さん。今台湾に向かってる艦隊は、全滅させても問題ないんですね?」

「無論だ。派遣された艦隊の規模からの推測だが、強硬派に属する軍人の半数が参加していると思われる。それほどの数を一度に失えば、圓も強硬派も失脚せざるをえないだろう」

「なら決まりだ。ですが上杉さん、伊達さん。俺達は軍属じゃありませんから、これは管理局……いえ、国防軍としても問題になりませんか?」

「問題にはしないし、させるつもりもない。連盟議会の承認も得ている。それを受けて国防省も決断を下した。泥沼の戦争を続けるつもりはないからな。もっとも、君達に負担をかけてしまうことになるが……」

「構いません。その覚悟があるから、私達は生成したんです」


 飛鳥と真桜の腰には、鞘に納められた剣が下げられている。ブリューナクは槍であり、鞘は存在しない。だが二振りの剣となった場合、柄の一部が変化し、鞘となる。剣状刻印法具は全て、鞘も生成される。事実、飛鳥のリボルビング・エッジもカウントレスも、雅人の氷焔之太刀も鞘が存在する。刻印に戻すことができるとはいえ、戦場では生成する暇がないことも多々ある。鞘に納め腰や背中に下げることは、生成するために集中する一瞬の隙をなくすためでもある。


「……わかった。それでは国防省の決定を伝える。三上飛鳥、真桜の両名は、派遣された中華連合艦隊を殲滅せよ。手段は問わない。これは要請であって、強制ではない。以上だ」

「お受けします」

「局長、自分達は見届けなければなりません」

「わかっている。さすがに監視網はあるが、それでもいいかね?」

「はい!」


 飛鳥も真桜も、迷いはない。監視網など今更だ。むしろ国防軍の基地ならば、刻印術対策は施されていて当然だ。


「場所は滑走路をお借りしてもいいですか?」

「構わん。東シナ海に面した第二滑走路上で頼む」

「わかりました。行くぞ、真桜!」

「ええ、飛鳥!」


 飛鳥と真桜は踵を返し、上杉に指定された第二滑走路へ向かった。雅人とさつきも一礼し、それに従った。


「……伊達中佐。どう思うかね?」

「正直、気は進みません。あの子達はまだ高校生です。それを我々の都合で捻じ曲げてしまうわけですから……」

「捻じ曲げさせはせん。我々軍人の仕事は、国と国民の生活を守ることだ。その中には当然、あの子達も含まれている。ならば事後処理も……いや、事後処理こそ、我々の仕事だと思わんか?」

「おっしゃる通りです。このようなことであの子達の未来を奪うつもりなど、自分にはありません。久世准尉や婚約者殿も、それを望まないでしょう」

「その通りだ。中佐。これから起こることを、一部始終見逃すな。海軍にも伝えておけ。何があっても、目を離すな、とな」

「はっ!」


 伊達は上杉に敬礼し、司令室のマイクを手に取った。


――PM5:07 沖縄 伊江島基地 第二滑走路上――

 太陽はほとんど地平線に沈んでいる。周囲は基地の明かり以外、ほとんどない。だが第二滑走路には、多数の機材が運び出されている。


「敵艦隊の現在位置は?」

「北緯28度30分、東経122度5分。台州市の沖合、約50キロの地点です」


 伊江島基地に配属されている海軍兵が、監視衛星と連動している設置型刻印具のモニターを見ながら答えた。


「わかった。これでいいかね?」

「ありがとうございます。大まかな位置がわかれば、あとはこいつに任せます」


 既に飛鳥も真桜も、ブリューナクを抜いている。


「あの一団か。主よ、予想よりも少ないのではないか?」

「少ない分にはいいさ」

「そうね。お願いね、ブリューナク」

「心得ている。既に対象は把握している。いつでも構わん」


 驚いているのは上杉や伊達だけではない。海軍兵もだ。刻印法具――海軍はまだ刻印神器の存在を知らない――が喋るなど、聞いたことがない。しかも直線距離でも約700キロ近く離れているというのに、映像を見ただけで対象指定が完了しているなど、どう考えてもありえない。巡航ミサイルでも座標指定には正確な計算が要求される。刻印術によって制御されたミサイルであっても、それは例外ではない。


「では頼む」

「はい!」


 飛鳥と真桜はブリューナクを重ね、二振りの剣から本来の姿である一本の槍へと戻し、ブリューナクを構えた。


「唱えよ。我が最大の言霊を」


 準備は整った。印子も最大まで込めた。同時にブリューナクが輝きだした。


「「バロール!!」」


 飛鳥と真桜は同時にブリューナクの最大術式の言霊を唱え、光性神話級戦略広域対象系領域殲滅術式を起動させた。

 起動と同時に真桜は手を放し、飛鳥が上空に向けてブリューナクを投げた。上空50メートルの地点まで上昇したブリューナクはそこで停止し、中華連合艦隊へ矛先を向け、夜の闇を照らし、周囲を白く染め上げた。

 同時にバロールが発動し、一条の光が放たれた。

 バロールは光を収束、増幅し、レーザーの用に射出する術式であり、最大半径は10キロにも及ぶ。量子学においては光子フォトンと呼ばれる素粒子の一種で、光を含む全ての電磁波の量子状態を指し、可視光線だけではなく、電磁波も含まれる。

 ブリューナクは光に属する刻印神器であり、本来の力が解放された飛鳥と真桜は光属性にも高い適性を発揮する。フォトンは電磁波があればどこにでも存在する。刻印術という術式である以上、領域外に被害が及ぶことはないが、そのエネルギーは最大出力で発動させた場合、TNT換算 約1ギガトンという莫大なエネルギーを生み出す。現在地球上に存在している核兵器の全てを集めても、そのエネルギー総量には及ばない。

 刻印術は刻印から発動する。そのため、対象に刻印を刻まねばならない。

 ブリューナクが発した一条の光はその刻印であり、その光は艦隊上空の大気へ刻まれた。

 同時に直径10キロの円筒状超広域結界が出現し、艦隊全てを領域内へ封じ込めた。

 艦隊は結界から脱出しようと搭載されている刻印具の出力と精度を上げ、海を荒らし、大波を作り出す。

 S級術式を含む様々な刻印術が甲板から発動しているが、結界に傷一つつけることすらできない。

 そして刻まれた刻印から、結界と同径の光条が放たれ、結界内を光で埋め尽くす。

 その光は艦隊を飲み込み、数瞬後には、海は何事もなかったかのように、落着きを取り戻していた。


「……」

「……中華連合の艦隊は?」

「……」

「艦隊はどうなった?」

「あ!は、はい!い、今確認中です!」

「必要はない。全て、我の光によって消え去った」


 伊江島基地の誰もが、想像を絶する光景に息を飲んでいた。雅人やさつきでさえ、あまりの光景に顔色を失っている。中華連合の艦隊が消滅するまでに要した時間は、術式の起動からわずか数秒だ。

 だが飛鳥と真桜は、この光景が予想できていた。初めてブリューナクを生成した日から何度か、二人は自分達が世界を滅ぼす夢を見た。手にしていたのは剣となったブリューナク。バロールやアンサラーによって、襲い来る敵を倒し続けた結果、最後には自分達二人だけとなってしまった世界。

 まだ夢には遠いが、それでも近い光景だ。だから飛鳥と真桜は見つめ合い、悲しそうな笑みを浮かべていた。


――西暦2097年2月15日(金)――

 中華連合の宣戦布告を強硬派の暴走と見なした日本政府は、中華連合を退けるために刻印神器 神槍ブリューナクを使用したことを、世界に向けて公表した。これによって大きな被害を受けた中華連合の強硬派は一掃され、穏健派が再び返り咲き、今回の件についての条約締結に向けて動き出そうとしている。

 ブリューナクによって日本のクーデター未遂、及び中華連合強硬派の宣戦布告、開戦という最悪の事態を防いだことから、後に“神槍事件”と呼ばれることになる。

 刻印神器ブリューナクの生成者は、未成年ということを考慮され非公開とされたが、周囲の耳目が集められたのはそこでない。まったくの無関心というわけでもなかったが、それ以上に二心融合術、という聞き慣れない、初めて耳にする術式に関心が向けられていた。事実として、複数人による刻印宝具の融合という前代未聞の術式は、世界を震撼させるに足る。刻印神器生成者が所属しているオーストラリア、ロシア、ブラジルは特に高い関心を寄せている。

 世界初と言って差し支えのない術式の存在を知った世界がどこへ向かうのか、神ならぬ身である当事者達には知る由もなかった。

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