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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
42/164

15・刻印銃装大隊

――PM1:00 明星高校 講堂前――

「川島!大丈夫か!?」

「大丈夫!葛西君、後ろよ!」

「野郎!!」


 望のブルー・コフィンが昌幸を狙っていた銃装大隊に向かって発動した。同時に昌幸がクレイ・フォールを発動させ、水の棺を押し流した。


「あまり調子に乗らないことだな」


 だがブルー・コフィンとクレイ・フォールは、槍状刻印法具を生成していた男のガスト・ブラインドによって霧散した。


「す、すまねえ……」

「油断しすぎだろ。もっとも、あんなガキ共がここまで刻印術に精通してるとは思ってなかったが」

「本当よね。術師でもないのに、けっこうすごいわ」


 女も槍状刻印法具を生成していた。内容だけなら褒めているようにも聞こえるが、実際には貶している。対して男は、あまり油断しているようには見えない。刻印術師優位論を唱える生成者全員が、生成できない術師や術師ではない者を見下すことはよくある。というよりほとんどだ。

 だが男はそうではない少数派に属している。だから武達を見下してはいるが、予想以上の実力に少しだけ感心していた。


「ちっ!仕留めきれなかったか!」

「それどころか法具を生成しやがったな……!」


 昌幸と望の多重術式によって危うく窮地に陥るところだった男は、斧状武装型刻印法具を生成していた。


「またか!これで何人目だよ……!」


 良平が呻くような声で呟いた。武達の前にいる生成者は、総勢十五名にも及んでいる。いくらなんでも多すぎだ。


「知るかよ、そんなこと!何人いようと、ここを抜かせるわけにはいかねえだろ!」

「そうね!ここを抜かれたら講堂が丸裸になる……!そんなことになったら、避難してる生徒が……!」

「だな。だがキツいことに変わりはないぜ。飛鳥達はどれぐらいで来れそうなんだ?」

「わからないわ……。連絡つかないし……」

「それだけの数が来てるってことか!厄介すぎるだろ!」

「優位論者がこっちの都合なんて考えてくれるわけないだろ。一気に行くぜ!」


 武の意見はもっともだ。刻印術師の優位性を説くから優位論者なのであって、自分達の目的を達成するために手段を選ぶことなどない。武は多数の生成者に向かい、エア・ヴォルテックスを発動させた。良平もスカーレット・クリメイションを発動させている。相応関係を利用しなければ生成者の生態領域を貫くことはできないと考えたのだろう。

 だがそこに予期せぬ援軍が現れた。発動された術式はライトニング・スワローとウイング・ライン。使ったのは護と保険委員長の小山沙織だ。


「酒井、援護するぞ!」

「竹内!小山も!助かるぜ!」

「竹内君!講堂は大丈夫なの!?」

「神崎さんと向井君に任せてある。こんな非常事態に、術師である俺達が黙って見てられるわけもないしな」

「私も護君と同意見よ。怖いけど、だからってじっとしてなんかいられないわ!」

「実戦は初めてってことか。だが俺達も、フォローする余裕はないぜ?」

「わかってるさ。そもそも生成者があんなにいる時点で、こっちには余裕がないんだからな」


 まさにその通りだった。護と沙織が刻印術師とはいえ、二人とも実戦経験はない。春の事件の際、二人は前会長 御堂翔とともに避難誘導にあたっていた。運良くテロリストに襲われることもなく、風紀委員によって鎮圧されたため、幸か不幸か、実戦経験の機会を逸してしまった。もっとも、二人共そんなことは気にしてはいない。生徒の安全が最優先と考えていたからこそ、翔の護衛を兼ねると同時に避難誘導をかってでたのだから。

 だがライトニング・スワロー、スカーレット・クリメイション、ウイング・ライン、エア・ヴォルテックスの直撃を受けた斧状法具の生成者は、予想に反して無傷だった。


「相応関係を利用して俺を仕留めようって魂胆だったんだろうが、残念だったな。その程度の火じゃ、俺の薄皮一枚焦がせねえぜ?」

「げっ!あれで無傷なのかよ!?」

「あいつ、私のブルー・コフィンと葛西君のクレイ・フォールに流されかけてたわよね?」

「だな。ってことは火属性か。厄介な……!」

「適性がわかったのは幸運だが、それがアドバンテージになるとは思えない……。初手で仕損じるとは……迂闊だった!」


 斧を構えた男は、望達の予想通り、火属性に適性を持っている。風に煽られた火であっても、適性が高い相手には効果が薄い。護が悔やむのも仕方がないが、自ら適性を暴露することは自殺行為でもある。刻印術師優位論者であっても、それは理解している。ましてやこの明星高校には、警戒対象者ランクSの生成者が多数存在する。万が一知られてしまえば、自分達の命がないことを、事前のミーティングで耳が痛くなるほど聞かされている。警戒を促したのが一生成者ならば、さほど気にも留めなかっただろうが、南からの警告ならば、それを無視することはできない。


「気づくのが遅かったな。もっとも、ただの術師や人間ごときに知られたところで、どうなるもんでもねえけどな」

「それなら、これでどう!」


 望が再びブルー・コフィンを、昌幸がクレイ・フォールを発動させた。だがそれは一度見ている。


「同じ手を使うとは、芸がないな!通じるとでも思ってやがるのか!!」

「やってみなきゃわからないでしょ!」


 だが男の言う通り、男の発動させたアース・ウォールによって防がれている。それでも二人は術式を発動させ続けている。


「ほら見ろ。効かねえって言っただろうがよ」

「あまり油断するな。それは目くらましだ」

「何?」


 槍を持つ男の言うとおり、望と昌幸は倒すことを狙って発動させたわけではない。油断を誘うために同じ術式を発動させたのだ。その証拠に斧を持つ男の足下から、護のフロスト・イロウションが発動している。


「フロスト・イロウションだと!?」

「だから言っただろう。油断するなと」


 槍使いの男は冷静だった。護達の狙いを見抜いていたのも、ある程度は護達の実力を認めていたからだ。だから槍使いのガスト・ブラインドによって、フロスト・イロウションは防がれた。


「なっ!あのタイミングで防ぐのか!?」

「マジか……!完全に裏をかいたはずだろ!?」

「その通りだな。俺が防がなければ、今頃こいつは凍りついていただろう。精度も高かったし、狙いも良かった。あえて同じ多重積層術を使ったことも悪くない。それなりに経験を積んでいるようだな。だが俺がいたこと、それがお前達の敗因だ」


 そう言うと槍使いは護達にドライ・トルネードを発動させた。


「きゃ……ああああっ!!」

「うが……ああっ!!」

「い、息……が……!!」

「お前達はよくやったよ。冥土の土産に見せてやろう。俺の風性S級広域対象系術式ドライ・ランサーをな!」


 だがドライ・ランサーの発動を止めたのは、斧使いの男だった。


「おい、てめえ!俺の獲物を横取りするってのか!?」

「横取り?助けてやったのにそれはないだろう。あのままだったら確実に、お前は死んでいたぞ。せっかく拾った命を無駄にすることもあるまい。閣下も仰っていただろう。油断だけはするなと」

「くっ……!」

「あんたの負けね。あんたはただの術師に負けたんだから、この人の言ってることの方が正しいわ。生き恥を晒すことになるけどね」

「てめえ……!!」

「よせ。生き恥だろうとなんだろうと、閣下のためならばそれは喜んで受け入れるべきだ。なにせこれは、まだ始まりにすぎないんだからな」

「ちっ……仕方ねえ。なら俺は場所を変えさせてもらう。このままじゃ気がおさまらねえからな」

「好きにしろ」


 そう言うと斧使いは法具を手にしたまま、その場を離れようとしていた。


「待たせたな。せいぜいあの世で自慢するがいい」


 槍使いはドライ・トルネードの展開を続けていた。斧使いとのくだらないやりとりの間も、護達はずっと二酸化炭素の竜巻に捕らわれていた。既に意識は朦朧としている。だがそんなことに構わず、槍使いはドライ・ランサーを発動させた。ドライ・ランサーは領域内の二酸化炭素を集め、気流を生み出し、全方位から槍と化した空気塊を射出する術式だ。ランサーと名付けられているが、射出せずとも二酸化炭素の充満した空間を作り出すこともできるし、竜巻を作ることも容易だ。男は自慢のS級術式ドライ・ランサーを護達六人に向けて発動させた。

 だがそれは水の膜によって防がれた。


「な、なんだと!?俺のドライ・ランサーを……!いや、ドライ・トルネードまで解除されているだと!?」

「ま、間に合った……!」

「さ、三条か……!」

「わ、悪い……。助かった……」


 ドライ・トルネードとドライ・ランサーから護達を守ったのは、雪乃のエアマリン・プロフェシーだった。雪乃は講堂の様子をずっと見ていた。だがエアマリン・プロフェシーはまだ完成したばかりだ。対象を視認しなければ、強度に自信をもてない。だからギリギリまで接近することになってしまい、発動が遅くなってしまった。


「お前は……三条雪乃!まさか、ここまでの術式を開発していたとは……!」


 エアマリン・プロフェシーは水属性であり、その水は大気から生成されている。大気中には酸素と二酸化炭素だけではなく、窒素も含まれている。ドライ・トルネードもドライ・ランサーも、二酸化炭素の塊と言えるため、雪乃はワイズ・オペレーターの処理能力を最大限に活かし、二酸化炭素の空間に酸素と窒素を送り込み、ただの空気へと分子結合を変更させた。


「雪乃だけじゃないのよ!」


 槍使いに発動された術式は聖美のウイング・ラインに煽られた志藤のスカーレット・クリメイションだった。だが槍使いは真紅の炎に包まれながらも、まだ意識を保っていた。


「ぐ、おおおっ!ま、まさか……援軍が来るとは……!だが……この程度で、俺を……!」

「しぶといけど、これで終わりよ!」


 エリーの発動させたダンシング・プラズマによって電離した真紅の業火は、真紅の球電となり槍使いを包み込んだ。


「ば、馬鹿……な!俺が……こんな所、で……!!」


 断末魔の悲鳴を残し、男は球電内で蒸発した。


「よくも……よくもあの人を!」

「ガキ共が調子に乗るな!」

「それはお前らだろうが……!」


 風紀委員会室で雪乃、エリーと合流したのは3年生だけではない。講堂に避難した生徒を守るために動いているのだから、ここに飛鳥がいても不思議なことではない。


「お、お前は……!」

「三上飛鳥……!なぜ……!?」

「気づかなかったのかよ。三条の防御術式が間に合ったのも、風性術式を破ったのも、こいつがいたからなんだぜ」

「なんだと……?」

「まだ気付かないのか。あれを見てみたらどうだ?」

「あれ?まさか!ニブルヘイムだと!?」


 エアマリン・プロフェシーだけではなく、ニブルヘイムまで発動されていたことに、この場の生成者は誰も気付いていなかった。


「じゃあ……あの人のドライ・ランサーやドライ・トルネードを防いだのは……!」

「飛鳥君がニブルヘイムを使ってくれたおかげです。私のエアマリン・プロフェシーに干渉し、強度を上げてくれなければ、とても防げませんでしたから」

「必要なかったと思いますけどね。それより竹内会長、大丈夫ですか?」

「ああ……すまない……」

「竹内君、避難状況は?」

「まだ残っている生徒はいるが、おかげで何とか、なりそうだ……」

「でもこいつらがいたんじゃ、避難もままならないわ……」


 護も沙織も軽い酸欠状態になっている。長時間ドライ・トルネードに捕まっていたのだから、それは当然だ。だがそれでも武、昌幸、良平、望より症状は軽いだろう。四人は意識はあるものの、まだ動けない。そんな後輩達を守るために、志藤、安西、聖美は前に立っている。飛鳥と雪乃、エリーもだ。


「生成者が……十四人か。けっこういるが、大丈夫か、飛鳥?」

「多分大丈夫かと。せっかくですから、新術式の実験台になってもらいます」

「新術式って、ミスト・リベリオン?完成したの?」

「いえ、発想を変えました。ミスト・リベリオンは純粋に戦闘系として調整しなおして、組み込みました」

「あちゃあ……そんなことしちゃったのね……」

「なんだ、そのミスト・リベリオンって?」


 雪乃とエリーは一度見せてもらった。まだ未完成だと言っていたが、それは術式のランクを下げるために難易度を上げてしまったからだ。その時雅人は、A級相当としてならば完成しているとも言っていた。あれから一ヶ月。発想を変えたということは、おそらくA級以上の術式として仕上げられているだろう。そうでもなければ、実験台、などという言葉は出てこない。

 だが3年生は飛鳥が新術式の開発をしていることを知らない。


「飛鳥君の水性S級広域対象干渉術式です。広域系ミスト・インフレーションっていう言葉がピッタリで……」


 だから雪乃が簡単に説明した。その一言で全てを察したようだが。


「ぶっ!そんなデタラメな術式を開発してやがったのかよ!?」

「デタラメかどうかはわかりませんが、そんなわけですから、心の準備をお願いします」

「……だな。竹内、小山!何が起きてもビビんなよ!!」

「はい?」

「ど、どういうこと、なんですか?」


 だが安西に警戒を促された護も沙織も、何のことか見当もつかない。


「これからここは地獄になるぞ!一生もののトラウマ負わされるから、覚悟しとけってことだ!!」


 だが風紀委員は何が起こるかよく知っている。また一生もののトラウマが増えることになるが、それには目をつぶるしかない状況だということも理解できている。だから全員が心の準備を整えた。


「そ、そんな無茶苦茶な……」


 だが護はまだ信じられない。確かに明星祭の前日、飛鳥が融合型刻印法具の生成者だという話は聞いた。さつきが刻印法具を生成していたばかりか、あまりにも非常識なS級術式まで開発していたことも知ってしまった。あの日、刻印術師としてのプライドは砕かれ、一生もののトラウマを負ったが、さらにまた何かが起こるとでも言うのか。


「ふ、ふざけんじゃねえぞ!このガキが!!」


 護と沙織があの日のことを思い出していると、斧使いの男が吠えた。ニブルヘイムによって生み出された絶対零度の空間で動けるのは、さすがに生成者といったところだが、今まで身動き一つできなかったこともまた事実。それは斧使いだけではなく、他の生成者も同様だ。


「私達を実験台にしようなんて……随分となめたことを考えるわね!いくらSランクの警戒対象者っていっても、これだけの生成者を相手にして、無事でいられるわけないでしょ!」


 女も激昂している。当然だ。たった一人でこれだけの生成者を相手にしようなど、思い上がりも甚だしい。全員がそう思っていた。


「確かに普通ならな。だけどな、これならどうだ?」


 だが飛鳥はただの生成者ではない。それを証明するように、飛鳥は刻印融合術によって、融合型刻印法具カウントレスを生成した。


「ま、まさか……それは!!」

「ゆ、融合型……刻印法具!?そんな……!」

「南から聞いてないのか。あいつなら俺が刻印融合術を使えることを知ってるはずだがな」

「大方捨て石にでもされたんだろ。お前や真桜ちゃんの力を削ぐためなら、それぐらいはしないとどうにもならねえし」

「そんなとこだろうな。だからといって、これだけの生成者を捨て石にするとは思ってなかったが」

「お、俺達が捨て石なわけねえだろうが!ただの術師が知ったような口を利くんじゃねえ!!」

「先輩の言う通りだろうな。どっちにしても、お前らと話すことは何もない。南にどう思われているかは、地獄でじっくりと考えろ!」


 そう言うと飛鳥は、新たに開発した水性S級広域対象干渉術式ミスト・リベリオンを発動させた。対象とされた銃装大隊は体内の血液、体液を膨脹、蒸発、分子変換させられ、体内から凍りつき、霧の中に消え去った。


「おおう……また恐ろしい術式を……」

「発想を変えたって……こっち系だったのね……」

「竹内、小山……大丈夫か?」

「……」


 だが護も沙織も答えない。あまりに凄惨な光景に、言葉がでない。だがこれで終わりではなかった。


「油断しすぎよ、飛鳥。四人も残すなんて、何やってんのよ」


 さつきの声がした。同時に発動したのは無性S級広域対象系結界術式プロテクト・レボリューション。さつきが新たに開発したこの術式は、攻撃系と防御系両方の特性を持っていた。結界は防御用としても高い効果を発揮するが、結界内に閉じ込めた対象を押し潰すこともできる。対象結界術式という名の通り、四人はそれぞれ個別の、属性相克を無視するかのような結界に捕らわれ、一人は凍りつくと同時に砕け散り、一人は風の刃に切り刻まれながら燃え尽き、一人は鉄の像となりながら風に乗って崩れ落ち、一人は燃えながら血液を噴き出し、同時にこの世界から消え去った。


「すいません、手間をかけました。初めて実戦で使ったんで、ちょっと対象設定が甘かったみたいです」

「甘すぎるわよ。あたしのプロテクト・レボリューションと違って、そんなに処理能力は必要ないでしょ。まあ、あたしの実験にも、丁度良かったけど」

「みたいですね」


 飛鳥とさつきは、傍から見れば他愛ない世間話でもしているように見えるだろう。だが聞こえてしまった風紀委員や護、沙織からすれば、物騒にも程がある内容だ。


「あのな、立花……あれだけの生成者を一撃で倒すような術式にケチをつけるのって、お前ぐらいだぞ……」

「見ろよ、竹内と小山を。完全に凍りついちまってるぞ」

「慣れちゃってるあんた達もどうかと思うけどね」


 護と沙織は小刻みに震えている。当然だ。目の前にいた銃装大隊は全員が生成者だった。自分達が束になっても、どうすることもできなかった。だが飛鳥とさつきは、たった二人で、それも一瞬で全滅させてしまった。それも新開発した術式の実験台という、信じられない理由でだ。その術式がまた、あまりにも非常識すぎる。A級術式すら凌駕していることは間違いない。しかも銃装大隊は死体はおろか、痕跡すら残していない。凄惨すぎる光景だ。確かにこれは、一生もののトラウマだ。

 だが慣れてしまっている風紀委員も、別の意味で怖い。今まで何があったのか、考えたくもないし、知りたくもない。わかってしまったのは、目の前の生成者の先輩と後輩が、自分達とは違う次元に住んでいることだ。別の世界や別の星から来たと言われても信じられる。


「だ、大丈夫?」

「大丈夫なわけ……ないでしょうっ!!何なのよ、あのデタラメな術式は!まだドライ・ランサーとかいう術式の方が可愛かったじゃない!!」


 だから沙織の叫びも当然だ。眼には涙が浮かんでいる。今にも零れ落ちそうだ。


「気持ちはよくわかるわ。私達だって何度驚いたかわからないもの」


 雪乃のセリフは、風紀委員の心情を正確に代弁していた。だがそれは何の救いにもならない。


「驚きすぎて……感覚が麻痺してる、のか?」

「多分そうだと思うわ。今のよりもっと凄惨な光景、見たことあるし」


 さつきと共に講堂にやってきたメンツが一斉に頷きを返す。ついさっきも、さつきのエンド・オブ・ワールドを見たばかりだ。あれは何度見ても慣れない。


「今のより!?どういうことなのよ!?」


 沙織は発狂する寸前だ。これ以上刺激すると危険だと、誰もが感じている。


「聞くな、考えるな。思い出したくないんだよ、俺達も」

「色々あったからな……」

「そうね……」


 だがすんでの所で、沙織は現実に帰還した。強制送還された、とも言える。先輩達の顔色が曇ったのを見て、聞いてはいけないことだと思えてしまった。


「す、すいません……取り乱してしまって……」

「それが普通の反応だ。やっぱり慣れてしまった俺達がおかしいんだろうな」

「でしょうねぇ。あれ?ちょっと待ってよ。もしかして久美が持ってる杖って、刻印法具?」

「はい。さっき生成できました」

「お前も生成できたのか。どんどん追い抜かれていくな」

「そんなことないと思いますけど……」

「なんにしても、おめでとさん」

「あ、ありがとうございます!」


 余裕があるわけではない。むしろ状況は悪化しているような気がする。志藤のセリフは半分は本気だが、半分は緊張が続いているため、今にも破裂しそうな後輩達を気遣ってのものだ。それは安西も聖美も、そしてさつきも理解している。少しだけだが、空気が軽くなったような気がする。

 だが飛鳥だけはそうではなかった。普段ならば話に加わってくるだろうに、今は別の方向を見ている。明らかに様子がおかしい。顔色も悪い。まるで取り残された子供のような、不安そうな顔。こんな飛鳥を見たのは初めてだ。


「飛鳥君?どうかしたの?」


 聖美が気を使いながら声をかけた。だが飛鳥は、それすらも気付いていない。


「飛鳥?もしかして!」


 さつきも顔色を変えた。まさかとは思いつつも、飛鳥の様子を見れば、それはほぼ確実だ。


「真桜が……真桜が危ない!俺、行きます!」


 飛鳥の口から答えが漏れた。だが誰に対して答えたわけでもない。自分でも意識してなどいない。


「ちょっと待って!真桜ちゃんが危ないって、何があったのよ!?」

「そっちが本命だったのね!急がないと!」


 飛鳥だけではなく、さつきまで慌てて走り出した。2年生は何がなんだかわからないという顔をしているが、3年生には心当たりがあった。さつきは真桜の盾だ。自分の命と真桜の命が天秤にかかれば、さつきは簡単に自分の命を捨てるだろう。事実、さつきの兄 勇輝がそうだった。飛鳥と真桜を雅人とさつきに託して、笑って死んでいった。あの勇輝の顔は忘れられない。今でもはっきりと思い出せる。


「本気でヤバい状況みたいだな……」

「だな。だが俺達が行っても、足手まといにしかならんぞ……」

「俺は行きます。あいつのあんな顔、初めて見ました……」

「私もです。足手まといにしかならないのはわかってますが、放っておけません」


 大河と久美に迷いはなかった。足手まといになることなど百も承知だ。それでも行かなければならない。なぜかはわからないが、そんな気がしている。


「……三条、真桜ちゃんは海岸だったな。状況はわかるか?」

「はい。左のモニターに出します」


 雪乃はエアマリン・プロフェシーを発動させ、海岸にいる真桜の様子を映した。だがそこには、驚愕の光景が映し出されていた。


「ま、真桜ちゃん!?」

「な、何が……あったんだよ!?」

「なんで……なんで、真桜が倒れてるの!?」

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