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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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13・クリスタル・ミラー

――同時刻 明星高校 一階渡り廊下――

「なかなかやるな。もっとも、ただの人間にやられるようなこいつらが未熟なだけだが」


 渡り廊下で死闘を繰り広げていた大河達は、何とか二人の生成者を倒していた。だがこちらも、まどかが地面に倒れている。頭を強く打ってしまったが、幸いにもまだ息はある。


「ま、まだまだぁっ!!」


 遥がクリムゾン・レイを発動させた。だが既に手の内がバレてしまっており、スプリング・ヴェールによって防がれている。それならばと大河がバリオル・スクエアを発動させるが、マテリアルを何度も使用していたため、印子の消耗が激しい。そのためにスプリング・ヴェールを貫くことはできなかった。


「やはり術師でなければ、A級を使いこなすことはできないようだな。お前のような小僧には勿体ない。我々が使ってやるから、ありがたく思え」

「ふざけんな!てめえらに渡すぐらいなら、この場で壊してやるよ!」


 大河は本気だ。刻印具を地面に叩きつけようとしている。だがそれは女に阻止された。


「壊すなんて勿体ないことするわね。貴重な刻印具なんだから、大事に扱わなきゃダメよ?」

「が……ああっ!!」


 女が大河に発動させたのは水性B級対象干渉系術式ブルー・コフィンだった。大河の全身は水で作られた棺に閉じ込められ、刻印術を発動させるために必要な言霊を封じられた。それどころか溺れてしまっている。


「佐倉!」

「佐倉君!このっ!」


 久美がミスト・アルケミストを発動させた。ブルー・コフィンと干渉し合い、大河の呼吸を確保させようと必死だ。


「私のブルー・コフィンに干渉するなんて、けっこうすごいじゃない。でもその程度じゃ、どうにもできないわよ?」


 女は水性S級広域干渉系術式ドライ・アクアリウムを発動させた。


「がっ……!こ、これは……!」

「まさか……液体化させた二酸化……炭素!?」

「正解よ。私のドライ・アクアリウムは、領域内を液化二酸化炭素で満たすの。せっかくあの子の呼吸を確保させたのに、残念だったわね」

「こ、の……!」


 二酸化炭素は個体から昇華して気体となるため、通常では液体にはならない。だが気体に圧力をかけることで液化させることができる。ドライ・アクアリウムは領域内の二酸化炭素に圧力をかけることによって、液化二酸化炭素を生成し、まるで水槽のように領域内を液化二酸化炭素で満たす術式だ。液体――水中では人間は呼吸ができない。しかも二酸化炭素の水は容易に人体に害を成す。本来ならばすぐに窒息死させることも可能だが、女はあえて手加減している。自分達に刃向かった愚を認識させるために、逆らったことを後悔させるために、時間をかけてゆっくりと殺すつもりだ。

 だが液化二酸化炭素に満たされつつあった空間に、いくつもの酸素の球体が現れた。


「私が……もう動けないと、思ったのが……間違いだったわね!」


 酸素の球体――オゾン・ボールを発動させたのはまどかだった。通常では存在しえない液化二酸化炭素であっても、酸素原子は含まれている。酸素の結界であるオゾン・ボールならば、二酸化炭素を酸素と炭素に分解することも難しくはない。二酸化炭素が多ければ多いほど、酸素原子は増えるのだから、どれだけ術式強度を上げようとも、オゾン・ボールに必要な酸素原子に困ることはない。


「ほう。まだ生きていたか。てっきり死んだものと思っていたがな」

「私のドライ・アクアリウムの中でオゾン・ボールを作り出すなんて、ただの人間にしちゃやるじゃない。でもね、そんな身体でどこまで維持できるかしら?」


 女はまどかの所までドライ・アクアリウムの領域を広げた。当然まどかは、自分にもオゾン・ボールを発動させる。だがオゾン・ボールは広域系結界術式に分類されており、対象術式ではない。携帯型の刻印具では、そこまで精密な制御はできない。設置型でも難しいだろう。そこまで高い処理能力を必要とされるオゾン・ボールの対象指定を、まどかは自分を含めた四人に発動させ続けている。


「も、森!俺だけでも対象から外せ!このままじゃ……全滅するぞ!!」

「できるわけ、ないでしょ!水属性に適性低いくせに……強がってるんじゃないわよ!」

「なら、俺を外してください!俺なら……何とか耐えられます!」

「何言ってるのよ!あなた、S級だけじゃなく、ブルー・コフィンまで発動されてるのよ!」


 大河も戸波も、まどかが無理をしていることを瞬時に悟っていた。さっきまで意識がなかったのに、いきなりオゾン・ボールを、しかも対象指定発動させるなど、下手をすればまどかの命すら危ない。

 久美もそのことは理解していた。このままでは先輩や友人が……仲間が死ぬ。先日経験した、初めての実戦の時よりも強い恐怖が久美を襲った。


「ダメ……。そんなのダメ……!まどか先輩も戸波先輩も佐倉君も……誰かが……みんなが死んじゃうなんて……そんなの、絶対にダメ!!」


 久美の悲痛な叫びを嘲笑うかのように、ドライ・アクアリウムは密度を増している。オゾン・ボールはゆっくりと、確実に小さくなっている。まどかはオゾン・ボールの制御を緩めていない。大河はアース・ウォールで液化二酸化炭素を堰き止めようとし、遥は火性B級攻撃術式ライトニング・スワローで液化二酸化炭素を貫いて女を攻撃しようとしている。だが堰き止められない。貫けない。時折貫いているが、男の火性C級防御系術式ガード・プロミネンスによって防がれてしまっている。


「お願い……!今だけでいいから!二度と発動しなくてもいいから動いて!お願いだから……動いてよ!!このままじゃ……このままじゃみんなが!!」


 久美は涙を流しながら左手の刻印を見ていた。自分が傷つくことも怖かったが、仲間が死ぬかもしれないという恐怖はその何倍も怖い。久美は心の底から、本当に二度と生成できなくても構わないと思った。心の底から願った。

 それに応えてくれたのか、左手に光が集まり始めた。


「な、何だ!?」

「これは……まさか、発動!?」


 久美は水属性に適性を持つ術師であり、自分達を閉じ込めているドライ・アクアリウムも水属性の術式だ。そのドライ・アクアリウムが、久美の左手から発せられた印子の光に呼応するかのように酸素と炭素に分解され、空気中の水素や窒素に吸収されていく。


「ま、まさか!私のドライ・アクアリウムが!!」

「み、水谷……お前!」


 久美の左手には杖のような物が握られていた。中央には何か装飾物がついているようにも見える。


「久美……生成、できたのね……!」

「これが……私の……」

「こんなタイミングで生成するとはな。まだ高校生だというのに、随分と優秀だ。予定変更だ。あの小娘は連れて帰るぞ」

「……その命令には承伏しかねます。切り札を破られて黙っていられるほど、私は優しくはありませんよ?」

「破られたわけじゃないだろう。生成発動の瞬間は、発動していた術式が無効化されることもよくある。S級だろうとA級だろうと、例外じゃないぞ」

「そうでしたね。ですが私の気が収まりません。少し痛い思いをしてもらってもいいのでは?」

「確かに大人しくついてくるとは思えないな。だが殺すなよ?」

「他の三人は?」

「好きにしろ。小僧の刻印具さえ壊さなければな」


 女は唇の端を釣り上げると、久美に向かって再びドライ・アクアリウムを発動させた。


「お願い!“クリスタル・ミラー”!」


 だが久美は手にした杖状武装型刻印宝具クリスタル・ミラーをかざし、中ほどの装飾物を起動させた。その瞬間、ドライ・アクアリウムは女を包み込んでいた。


「あ……ああっ!そ、そんなことって……!」

「今です!戸波先輩!」

「ああ!」


 はね返されたドライ・アクアリウムによって混乱している女に対し、遥がライトニング・スワローを発動させた。燕は最も早く空を飛ぶ。ライトニング・スワローは燕のように、雷光のように一直線に、女へ向かって放たれた。純水と呼ばれる不純物のない水は通電性が低いが、液化二酸化炭素の水は純水とは言い難い。そのためにライトニング・スワローは燕が飛ぶようにドライ・アクアリウムごと女を貫いた。液化二酸化炭素が空気へ還元されると同時に、女は崩れ落ち、二度と立ち上がることはなかった。


「……まさか術式をはね返すとはな。だが生成したばかりの宝具を、完全に使いこなすことは無理だろう。それにどうやら、かなりの印子を使うようだな」

「くっ……!」


 男の言葉は正しい。久美は術式をはね返すことができると知っていたわけではない。自然と身体が動いただけだ。だがそのために大量の印子を消費してしまった。まどかは先程まで倒れていたにも関わらず、オゾン・ボールを対象指定発動させていた。大河は何度もA級を使い、さらにドライ・アクアリウムとブルー・コフィンを同時に受けていたため、ダメージは大きい。おそらくは一番ダメージが軽いであろう遥でさえも、肩で息をしている。久美が刻印宝具を生成できたとはいえ、とても対等とは言えない条件だ。


「お前達はよくやったよ。まさか俺以外全滅とは、思いもしなかった。だが見返りがその小娘と小僧の刻印具なら、悪くない代償だ」

「何度も言わせんなよ。てめえらに渡すぐらいなら、壊すに決まってんだろうが!」

「私も絶対、あなた達には従わない!」

「ならば死ね。ああ、心配しなくても、お前だけは殺さない。お前の意思に関わらず、俺達の僕にする方法がないわけじゃないからな」


 男は見下した笑みを浮かべると、火性S級広域干渉系術式バーニング・グローリーを起動させた。


「S級術式!?しかも火属性かよ!」

「美しいだろう?俺はこのバーニング・グローリーで、多くの売国奴を葬ってきたのさ。優れた愛国心だとは思わないか?」

「売国奴はてめえだろうが!テロリストと内通して、どれだけ多くの人を傷つけてきたってんだよ!」

「平和には犠牲が付き物だ。死んでいった者達も、それを理解しているさ。お前達ごときが心配することなど、何もない」

「そんなわけないでしょうが!」


 だがバーニング・グローリーが発動することはなかった。場に結界が展開され、術式発動を阻害していたからだ。


「こ、これは……ヴィーナスだと!?馬鹿な!A級とはいえ風性術式で俺のバーニング・グローリーを封じられるわけがない!!」

「何がグローリー……栄光よ。ふざけた名前つけるんじゃないわよ」

「さ、さつき先輩!」

「さつき……?まさか、立花さつきか!?馬鹿な……!刻印宝具を生成できたなどという話は聞いてないぞ!!」


 ヴィーナスを発動させたさつきの左腕には、ガイア・スフィアが生成されている。ガイア・スフィアは連盟の意向で秘匿され続けていたのだから、男が知らなくても無理はない。宮部ですら知らなかったのだから。


「あんたの都合なんて、知ったことじゃないわよ。それよりも随分と、あたしの後輩達を可愛がってくれたみたいね。そのお礼はしなきゃいけないわよね!」


 さつきから放たれた殺気に、男は気圧されていた。だが男も一流の刻印術師であり、生成者でもある。手にしている剣状武装型刻印宝具から、再び術式を発動させようとしている。


「くっ!な、何故だ!なぜバーニング・グローリーが発動しない!?」

「あんた達は惑星型の特性を知らなさすぎる。風は火を煽るけど、風が火を消すことだってあるのよ。酸素がなければ火は消えるしかないでしょ?」

「ま、まさか……二酸化炭素を操っているのか!?だったらなぜ、誰も酸欠になっていない!?そんなことはありえない!!」


 男の疑問はもっともだ。惑星型は広域干渉系術式であり、対象術式ではない。対象指定ができないわけではないが、それならば世界樹型を使った方が効率がいい。だが広域干渉系が領域内全てに効果を及ぼすかと言えば、そんなことはない。


「本当にあんた達は理解力が低いわね。惑星型は広域干渉系だけど、干渉系なのよ。それをどこに干渉させてると思う?」

「ま、まさか……俺の刻印宝具に干渉しているとでも言うのか!?風で火の宝具を抑え込むことが……そんなことができるわけがない!!」


 風は火を煽る。それは刻印宝具であっても例外ではない。多少の力量差では覆すことなどできない。だがさつきは、完全に男の刻印宝具を抑え込んでいる。それが意味することは一つ。さつきの力量と男の力量が、相克関係を凌駕するほど大きいということだ。


「現実を見なさい。もっとも、理解できないだろうし、してもらおうとも思ってないけど。あたしの宝具を見れたことを幸運と思いながら、地獄に行きなさい!」


 さつきはエンド・オブ・ワールドを発動させ、領域内に発生した天変地異によって男だけではなく、気絶している部下と既に死体となっていた部下をも巻き込み、痕跡すら残さずに全てを消し去った。

「ごめん、遅くなって」

「いえ……助かりました……」

「ありがとうございます、立花先輩」


 ヴィーナスを解除し、宝具を刻印に戻したさつきは、謝罪の言葉を口にした。だが来てくれるとは思ってなかった遥達にとっては、まさに天の助けだった。


「それと久美。宝具生成、おめでとう。やっぱり絶体絶命の時の本音が、一番重要なのかしらね」


 さつきは初めてガイア・スフィアを生成した時のことを思い出していた。


「あ、ありがとうございます」


 久美は今更ながらに、手にしていた刻印宝具の存在を思い出した。


「大河、美花は?」

「多分刻錬館ッス」

「でも真桜は、海岸から侵入しようとしてた過激派を制圧するために向かいましたから……」

「多分今刻錬館にいるのは、美花と香奈、さゆりの三人だけだと思います……」

「……真桜が間に合ってくれるといいんだけど、あんた達も放っておけないし、雪乃達も心配だわ。それに雅人から聞いたんだけど、最悪の事態が起こってるし……」

「最悪の事態?何があったんですか?」


 さつきの語る最悪の事態に、四人とも顔色を変えていた。

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