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刻印術師の高校生活  作者: 氷山 玲士
第三章 誓いの刻印編
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12・救援者

――PM12:55 明星高校 風紀委員会室――

「きゃあっ!」

「エリナさん!大丈夫ですか!?」

「な、なんとかね……。まさか生成者がこんなに来るなんて……!」


 風紀委員会室では雪乃とエリーが生成者に囲まれていた。委員会室という閉じた空間のため、逃げることもままならない。出口は既に塞がれている。


「それが設置型刻印宝具か。確かに珍しいな」

「私も初めて見たわ。すごく役に立ちそうじゃない」

「そっちの小娘はどうする?術師ではないなら、ここで消してもいいだろう?」

「当然だ。術師でもない人間に価値はない。いや、待て。人質としての価値があったな。どうする?素直に我々に従うなら、そこの小娘の命だけは助けてやるが?」

「え……?」


 一瞬、雪乃の気持ちが揺らいだ。風紀委員会室にいる銃装大隊の生成者は総勢六名。普通に考えれば、自分とエリーだけでは太刀打ちできない。しかも自分が狙いである以上、エリーはほぼ確実に殺される。だがその条件を呑めば、エリーは助かるかもしれない。雪乃はそう思ってしまった。


「雪乃、ダメ!こいつらがそんな約束を守るわけないじゃない!それにあなただって、ただじゃ済まないのよ!」


 だがエリーは、雪乃を銃装大隊に渡すつもりはない。自分の代わりに雪乃が犠牲になるなど、耐えられない。そもそも術師ではない自分の命の保証を、優位論者がするとは思えない。銃装大隊は刻印術師優位論者の集団でもあるのだから、命が助かっても身の安全が保証されるなど、どう考えてもあり得ない。


「人を嘘つきみたいに言うものじゃないわよ?せっかく好意で言ってあげてるのに」

「何が好意よ!そんな人は学校を襲ったりなんかしないわ!」

「襲ってはいない。新たな同志を迎えに来ただけだからな。さあ、三条雪乃。我々と共に来るがいい」

「……お断りします!あなた達は敵ですから!」

「残念だ。仕方がないが同行してもらってからゆっくりと、我々の同志となってもらうとしよう」

「それもお断りです!」


 明確な拒絶。刻印術師優位論者の仲間になるぐらいなら、死んだ方がマシだ。だから雪乃はまだ開発中の術式を……飛鳥の未完成術式ミスト・リベリオンを参考に、エアマリン・プロフェシーと同時に構想した水性S級広域対象干渉系術式シャーク・ロードを発動させた。


「こ、これは!広域干渉系だと!?」

「S級を完成させていた!?そんな話、聞いてないわよ!」


 シャーク・ロードは雪乃が初めて使用した戦闘系術式だ。領域内の大気中に干渉し、対象に水の道を作り出す。その道を通り、獲物を狙うサメのように対象に水の刃を突き立てる。源神社で一度だけ発動させたが、制御に失敗し、飛鳥と真桜をも対象にしてしまい、開発を中断していた術式だ。

 その封印した術式を、雪乃はあえて使用した。エリーは領域外に設定しているから、水の刃がエリーを襲うことはない。領域内で暴走される分には、相手が銃装大隊だけだからむしろ好都合かもしれない。

 事実、雪乃は完全に制御できてはいない。二つある出入口の一つを塞いでいた隊員に向けられていた水の道が、途中で幾重にも枝分かれし、水の刃ではなく、水の槍となって降りかかっていた。


「があああっ!!」


S級術式の開発には事故が伴うことも珍しくない。命を落とす術師も少なくない。結果としては偶然だが、男は全方位から現れた水の槍に貫かれ、命を落とした。


「エリナさん!今の内に逃げて!」


 雪乃は初めて人を殺した。相手が自分達の命を狙っていたとはいえ、さすがにいい気分ではない。むしろ最悪だ。だが今は、そんなことを考えている余裕もない。


「出来るわけないじゃない!」


 エリーは雪乃の術式が未完成どころか、まだ構想段階を出た程度のものだということも知っている。最悪の場合、雪乃自身もただでは済まない。そんな危険な術式を使わせているのに、自分だけ逃げることなど、親友を見捨てることなど、できるわけがない。

 先月自分の適性が判明してから、リーは組み込んでいた術式を一から見直した。そして先日、鶴岡八幡宮で許諾試験を受け、ライセンスを取得した。エリーは迷わず、覚えたばかりの火性B級攻撃対象術式ダンシング・プラズマを発動させた。


「ダンシング・プラズマだと!?こんなところで……死にたいのか!?」


 銃装大隊の男が声を荒げるのも当然だ。ダンシング・プラズマは火属性雷系と呼ばれる系統に分類されている。電気は水を通す、という火属性の中では例外的に、水属性への相克関係を持つ術式でもある。習得してから初めて使うこの術式を、エリーは雪乃から一番遠くにいる男を対象にしていた。男はエリーがシャーク・ロードの対象外にいることを知らない。水属性の広域術式内で雷系の術式を使えば、最悪の場合、対象外の者にも被害が及ぶ。使用者が術師でなければ、本人も例外ではない。

 だから男が声を荒げながら、慌ててアース・ウォールを発動させていた。雷は土に吸われる、という相克関係をよく理解している。だが隣の女はそうではなかった。シャーク・ロードの領域内でダンシング・プラズマを、直撃ではなかったといえ受けてしまったため、皮膚が焼けただれている。


「あ……ああ!わ、私の腕が!?」

「あら、綺麗になったじゃない。さっきまでよりずっと素敵よ、その顔」


 精一杯の皮肉だ。だが仕留め切れなかったことに違いはない。女は大きなダメージを受けていたが、行動不能に陥ってはいなかった。


「か、顔まで!この小娘!!」


 女が怒り狂うのも当然だ。一生消えないであろう醜く焼けただれた左腕と顔。本来ならば戦闘不能になってもおかしくはない傷だが、底知れない怒りと憎悪が、女を支えていた。手にした短剣状武装型刻印宝具を構えると、エリーに向かって風性B級対象干渉系術式ドライ・トルネードを発動させた。


「あ……ああっ!!」


 ドライ・トルネードは二酸化炭素の竜巻だ。室内で発動させたため、二酸化炭素の収束率は屋外で使用するより高い反面、規模は小さくならざるを得ない。だが人一人を対象にするだけなら、さほど問題にはならない。エリーはとっさに火性C級防御術式ガード・プロミネンスを発動させたが、防御系への適性が低いことも判明してしまっていたため、生成者の術式の前では相克関係も役に立たない。刻印具で再現された生体領域と押し返されている相克関係によって、かろうじて生きているだけだった。


「ただじゃ殺さないわよ!女としての屈辱を全て、たっぷりと味あわせてからじっくりと嬲り殺してあげるわ!女として生まれたことを後悔するぐらいにね!」

「あ~あ、完全にキレちまってるよ。どうします?」

「構わんさ。その小娘はお前達の好きにしていいぞ。ただの人間ごときが、この国を守る我々に刃向かった報いを受けてもらわねばならんからな」

「エリナさん!きゃあっ!!」

「おっと、動くなよ。油断して一人殺られてしまったが、逆に俺は嬉しいぞ。探索系に特化した術師だと思っていたが、ここまで殺傷力の高い術式まで開発していたとは思っていなかった。その勤勉さには頭が下がる思いだ」


 どうやらこの男が隊長だろう。右手には剣状武装型刻印宝具が握られている。


「あ……ああ……」


 雪乃は隊長に牽制されて動けない。シャーク・ロードこそ破られていないが、まだ試作段階だ。既に制御を失いつつある。エリーもドライ・トルネードの中で意識が朦朧としてきている。両手がだらりと垂れ下がっている。刻印具を操作する余裕もないのだろう。ここで降伏しても、エリーの運命も自分の運命も変わらない。むしろエリーは男達の慰みものとなる。まさに絶体絶命だ。


「雪乃!エリー!」


 だからまさかの声に、誰もが目を見張った。


「二人から離れな!過激派ども!!」

「し、志藤先輩!安西先輩!聖美先輩!!」


 3年生が間に合った。志藤が発動させたスカーレット・クリメイションは、ドライ・トルネードを発動させていた女を包み込んだ。既に大きな火傷を負っていた女は、深紅の炎に包まれたために完全に集中力を欠いてしまった。そのためドライ・トルネードも効力を失い、エリーがようやく解放された。


「せ、先輩……何で、ここに……」

「馬鹿野郎!何で早く連絡寄越さねえんだ!」

「本当よ!雅人先輩に会えなかったら、間に合わなかったじゃない!」

「安西!武田!話は後だ!相手は生成者だ!油断するなよ!!」

「言われるまでもねえ!」

「大事な後輩に手を出した報い、受けてもらうわよ!」


 聖美は風性B級対象攻撃系術式ウイング・ラインを、スカーレット・クリメイションに包まれている女に向けて発動させた。風に煽られた炎は勢いを増し、女を焼き尽くしながら散っていった。


「ただの人間でも、不意打ちならば生成者を殺すことも可能か。もっとも、油断していたあいつが悪いだけだが」


 仲間が殺されたというのに、残った隊員は顔色を変えないどころか、罵ってすらいる。聞いているだけで気分が悪くなる。


「心配しなくても、てめえらも後を追わせてやるよ!」


 安西のセリフと共に、床が隆起し、いくつもの柱が生成された。こんなところでラウンド・ピラーを発動させてもあまり意味はない。そんなことは発動させた安西が一番よく理解していた。


「ラウンド・ピラー?こんな所で使うなど、浅はかだな。ここが一階なら話も違うものを」

「んなことはわかってんだよ。誰がてめえらを狙ったって言った?」

「何だと?」


 ラウンド・ピラーによって生成された柱がブラインドとなり、志藤がエリーを抱きかかえながら、雪乃と共に部屋から出ていた。


「眼くらましだと?まさかそんな使い方をするとはな……。ただの人間にしては、なかなかやるな。いや、この精度は刻印術師だな」

「だからどうしたって言うのよ」

「惜しいな。同志となり得る優秀な術師を失わねばならんとは。だが我々はこの国のために行動している。それを邪魔するならば、相手が誰であろうと、排除するまでだ」


 男が首を振ると、残っていた三人の生成者が襲い掛かった。残っていたのは男が二人、女が一人。それぞれが携帯型の刻印宝具を生成している。直接戦闘より支援系を得意としている感じを受ける。


「先輩!援護します!」


 志藤に先導される形で部屋を出た雪乃は、すぐさまエアマリン・プロフェシーを発動させた。広域系でもあるため、委員会室に水属性の結界が展開された。探索系としての処理能力を、全て広域系と防御系へ振り分けた。そのため強度は増している。


「ちっ!また結界か!」

「放っとけ。どうせ何の役にも立たん」

「そうね。さっきのも結局中途半端だったもの。開発中だったんでしょう」


 どうやらシャーク・ロードと勘違いしてもらえたようだ。そう思われるよう調整できたのも、設置型の処理能力があってこそだろう。


「ナイス結界!」


 すかさず聖美がウイング・ラインを発動させた。B級対象攻撃系術式であるウイング・ラインは空を飛ぶ鳥のように、直接対象へ向けて風を飛ばす術式だ。先程はスカーレット・クリメイションを相応関係で煽るために使ったから威力を弱めていたが、今は全開だ。鳥が獲物を狙うように、何度も風の刃が飛来し、切り裂く。その刃は一つではなく、空気だけとは限らない。聖美は酸素の刃を幾本も生成していた。水にも多量の酸素が含まれており、過度の酸素は人体には極めて有害な毒となる。


「くっ!ここまでの刃を生成するとは!」

「油断したか!だがただの術師が調子に乗るなよ!」


 だが銃装大隊もただの術師ではない。生成者でもあり、一流の術師でもある。一人がフレイム・ウェブを、一人がスプリング・ヴェールを発動させた。委員会室には雪乃が結界を張り、水の流れを支配している。だが隊長が火性B級広域系術式ショック・コートを使っているようだ。雪乃の水の結界を火の結界が押し返している。

 だが術師としての力量は違っても、段違いというわけではない。余程の実力差がなければ、相克関係を超えることなどできはしない。そのために水と火の結界はせめぎ合いながらも拮抗していた。


「さすがにやるわね……!」

「わかってたことだろうが」


 学校に到着した瞬間から発動させ続けているモール・アイを照準にし、安西はスチール・ブランドを発動させた。対象としたのはスプリング・ヴェールを発動させた男だ。土は水を堰き止める、という相克関係は生成者であっても例外ではない。男の身体が徐々に鉄分子に侵蝕されている。そこに先程から発動している聖美のウイング・ラインが集中された。鉄と化した半身を酸素の刃で酸化させられた男は、刻印宝具を手にしたまま崩れ落ちた。

 フレイム・ウェブを使用している男も、志藤のエア・ヴォルテックスで動きを止め、雪乃のブラッド・シェイキングによって身体中から血を流しながらゆっくりと命の灯を消していた。


「おいおい、生成者ともあろう者が、ただの術師にここまでされてどうすんだよ?」


 安西のセリフには皮肉が込められている。安西だけではなく、志藤も聖美も、伊達に三年間、さつきや雅人、勇輝に鍛えられていたわけではない。春には飛鳥と真桜という、融合型の生成者とも出会えた。直近の比較対象のレベルが違いすぎるだけで、同世代では上から数えた方が早く、下手な生成者より実力があるだろう。事実、雪乃のアシストがあったとはいえ、既に三人の生成者を倒している。


「ガキが……!調子に乗るなよ!」


 だが隊長は怒り心頭だ。残っているのは自分と女が一人だけ。油断していたとはいえ、この結果はありえない。隊長は火性S級攻撃対象系術式ソード・フレイムを発動させた。


「ここでS級かよ。ちょっと遅いんじゃないのか?」

「図に乗るなよ。部下達を倒したことは褒めてやる。だがただの術師が、本物の生成者に勝つことなどできん。それを教えてやる!」


 ソード・フレイムは渡辺征司の雷切りと似た術式だ。だが雷切りが完全な近接攻撃系だったのに対し、ソード・フレイムはある程度の距離ならば対象に炎を飛ばすこともできる。刀身を直接対象に接触させなければ最大威力は出せないが、飛ばした炎も高い殺傷力を持っている。


「危ない!」


 だが雪乃のエアマリン・プロフェシーの水の幕が三人を覆った。エアマリン・プロフェシーの開発コンセプトは、領域内の探索、及び対象防御だ。探索系に処理能力を割いていない分、強度を増した水の幕は、ソード・フレイムの火炎弾を相克関係によって防ぎきった。


「俺のソード・フレイムを防ぐとは、なかなかだな。さすがは生成者といったところか。ますますお前が欲しくなったぞ」


 だが隊長は再びソード・フレイムを発動させると、先程よりも強度を増した火炎弾を発生させた。超高温によっても電離した火炎弾は、プラズマ弾へと変化し稲妻を纏っている。先程雪乃とエリーがやったことを、そっくりやりかえされる形となっている。


「そこの小娘とガキどもはここで粛清する。自分達の浅はかさを呪いながら、死んでいけ!」

「ぐおおおっ!!」

「きゃああっ!!」


 隊長から放たれたプラズマ弾は、雪乃のエアマリン・プロフェシーによる水の幕でも完全には防ぎ切れず、志藤、安西、聖美の身を焦がしている。


「せ、先輩!!」


 エリーはまだ酸欠から回復していない。雪乃は必死にエアマリン・プロフェシーを調整し、電離しているプラズマの状態を安定させようとしていた。


「お嬢ちゃん、こっちも忘れないでよ!」

「え?きゃあっ!」


 雪乃を襲ったのは残っていた女が発動させたアイアン・ホーンだ。雪乃に大きな怪我を負わせるわけにはいかないため、威力は抑えられていたが、不意打ち同然の術式を雪乃は無防備で受けてしまった。一瞬意識を失いかけた。それほどの衝撃だった。


「あら、頑張るわね。まだ意識を保ってるなんて」

「今のは危なかっただろう。彼女に何かあれば、お前の命では償いきれんのだぞ」

「失礼ですね、隊長。そんなヘマはしませんよ。それより隊長こそ、いつまでその子達と遊んでるつもりですか?」

「お前達が油断するから、俺が手を焼いているんだろう。それにあの水の幕、思っていたより強度がある。もっとも、それが地獄の苦しみになっているだろうがな」

「地獄の?ああ、なるほど」

「地獄……?甘いんだよ!この程度、あいつらに比べたら……まだまだぬるいぜ!」

「そう……よね!この程度で……私達を殺せるなんて……思うんじゃないわよ!」

「ほう。まだそんな元気があるのか。だがいつまで強がりを言えるかな?」

「せ、先輩……!」


 だが隊長の態度も、そこまでだった。突然周囲が凍り付いた。同時にソード・フレイムのプラズマも凍結している。


「え?これって……ニブルヘイム!?」

「もしかして……」

「ば、馬鹿な……!俺のソード・フレイムが……凍っただと!?」

「やりすぎなんだよ、お前らは!」

「飛鳥君!」

「すいません、委員長。それに先輩。遅くなりました」

「ほんとにね……。でも助かったわ……」

「先輩達が来てくれなかったら、もっと大変なことになってましたよ。忙しいのに、ありがとうございました」

「そんなことはいい。それより連絡くれなかったことの方がキツかったぞ」

「その話は後でしましょう。後は俺が引き受けます」

「おう。任せたぜ」

「三上飛鳥……!何故ここに!?」

「けっこうな数を差し向けてくれたな。おかげで手間取ったよ。みんなの前で、宝具を使わざるをえなかったしな」


 校庭を制圧した飛鳥は、すぐに雪乃に連絡をとった。だが繋がらなかった。だからドルフィン・アイを発動させ、風紀委員会室の様子を確認した。

 そこで飛鳥は、敵の狙いが雪乃だと悟った。風紀委員会室を襲っていたのは全員が生成者だった。エリーはドライ・トルネードに捕らわれ、雪乃の動きも封じられていた。

 そこに丁度、志藤、安西、聖美が駆け付けたところだった。三人が加われば状況も変わるだろうが、それでも多数の生成者相手では無事では済まない。

 だから飛鳥は、リボルビング・エッジを手にしたまま風紀委員会室へ急いだが、途中で何度も足止めと思われる銃装大隊に襲われた。襲われていた生徒達も多かった。だから遅くなってしまった。


「どれだけの数が侵入したのかは知らないが、お前達はやりすぎた!数だけで俺を止められると思うなよ!」


 ニブルヘイムは徐々に周囲の気温を下げていく。隊長は先程からソード・フレイムを発動させている。女も土性S級攻撃干渉系術式を発動させようとしている。だが絶対零度の空間によって、分子の運動は全て止められている。飛鳥の支配下にある水も空気も印子さえも、何一つ自分達の思い通りにはならない。


「逃げられると思うなよ!」


 飛鳥はエレメンタル・シェルを生成した。それをリボルビング・エッジの弾装に込め、銃のように構え、引き金を引いた。エレメンタル・シェルが命中すると同時に女の身体が膨張し、体内から血飛沫を撒き散らしながらミスト・アルケミストによって凍り付き、崩れ落ちた。エレメンタル・シェルに刻印化させていた術式はミスト・インフレーション。エレメンタル・シェルは消費型であり、一度術式を刻印化させてしまえば変更はできない。

 だがリボルビング・エッジの弾装に込めることによって、術式を同時に発動させることができる。女が血飛沫ごと凍り付いた理由は、エレメンタル・シェルが命中すると同時にミスト・インフレーションが発動し、リボルビング・エッジで発動させていたミスト・アルケミストが一瞬の間を置いて発動した結果だった。


「ば、馬鹿な……!二つの宝具にそんな使い方があったなど……聞いていないぞ!」

「当たり前だ。俺だって滅多に使わないんだからな。なにせ手間がかかる割に効果が薄い。それならまだ、こっちの方が使いやすい!」


 そう言うと飛鳥は刻印融合術を発動させ、カウントレスを生成した。同時にニブルヘイム内にムスペルヘイムも発動している。


「ば、馬鹿な……!融合型刻印宝具だと!?それに世界樹型の多重結界……!そんなことが、できるわけがない!」

「お前らの理屈は聞き飽きた。それにお前の都合なんて、知ったことかよ」


 冷たく吐き捨てると、飛鳥はカウントレスを銃形態に変形させ、再びミスト・インフレーションを発動させた。先程の女と同様に血の花を咲かせて絶命した隊長は、ニブルヘイムによって凍り付き、既に倒されていた部下達共々ムスペルヘイムによって完全に焼き尽くされた。


「すいません、先輩。ありがとうございました」


 多重結界を解除し、カウントレスを刻印に戻すと、飛鳥は駆け付けてくれた3年生に礼を言った。


「礼はいらねえけどよ、何ですぐに連絡寄越さなかったんだよ」

「先輩達、受験が近いじゃないですか。だから連絡しなかったんですけど……」

「そんなことだろうとは思ったけどな。でもな、後輩達が襲われてるのに、受験なんかに集中できると思うか?」

「本当よ。さつきから連絡なかったら、どうなってたことか……」

「さつき先輩が?」

「ああ。で、来る途中で雅人先輩に会って、車に乗せてもらったんだよ。すごいタイミングだと思ったけどな」

「でも……おかげで助かり、ました……」

「無理しないでいいわよ、エリー。ドライ・トルネードに捕まってたんだから、しばらくは安静にしとかないと」

「先輩達も、あの男のS級術式に捕まってたじゃないですか……」

「三条のS級術式のおかげで何とかな。それに、こないだの真桜ちゃんの多重結界の方がキツかったぞ」

「あれに比べたら、ねえ?」

「……なんか、色々すいませんでした」


 飛鳥としては謝るしかない。だが三人が来てくれなければ、雪乃もエリーも捕まっていただろう。受験が近いというのに急いで救援に駆け付けてくれた先輩達には、いくら感謝してもし足りない。さすがに無傷ではないが、大きな怪我を負ったわけでもなく、エリーもだいぶ落ち着いてきている。もう少しすれば動けるようになるだろう。


「過激派の狙いが三条なら、ここに留まるのは危険だな。みんなもどこかに集めた方がいいだろう」

「だな。刻錬館か講堂に全校生徒を集めて、俺達が侵入を防いだほうがいいかもしれん」

「生徒会や連絡委員会、自治委員会がみんなを講堂に集めてくれています。ですがすごい人数が侵入してきてますから、全員を集められたかどうかは……」

「それは俺とお前、飛鳥の探索系で見張るしかないな。一ノ瀬もいてくれれば良かったんだが……そういや一ノ瀬は?」

「真桜ちゃんや美花さん達と刻錬館です。と言っても真桜ちゃんは、海岸からの侵入者の迎撃に向かってくれてますが」

「何だと?」

「それってマズくない?雪乃を狙ったこともだけど、美花の刻印具もかなりレア物でしょ。狙われてもおかしくないわよ」


 はっとしたのは雪乃だけではなく、飛鳥とエリーもだ。美花の刻印具はA級術式を使える特別製だ。連盟は生成者以外でもライセンスを取得した者に与えるよう考えており、そのために大河と美花が、表向きはテスターとして登録されている。先日美花がイラプションを使用したことは、印子監視網にも感知されてしまっている。事情が事情だったため警察からも連盟からもお咎めはなかったが、その記録を過激派が知らないとも思えない。


「三条、過激派が今どうなってるかわかるか?」

「えっと……刻錬館で香奈さん、美花さん、さゆりさんが、一階の渡り廊下で戸波君、森さん、佐倉君、水谷さんがそれぞれ生成者と戦闘中です!」

「また生成者かよ!どれだけの数をつぎ込んで来やがったんだよ!」

「全員でしょ。でもここまでしたんだから、連盟も軍も警察も黙ってるわけがないわ」


 刻印銃装大隊は国から解体命令を下されている。だが誰も、無論南も命令に従わなかった。そのため軍は銃装大隊の軍籍を剥奪し、テロリストとして手配している。その銃装大隊が学校を襲撃するなど、テロと見なされてもおかしなことはなく、聖美の言う通り、連盟も軍も警察も黙っている理由がない。


「そう思います。親父がどこまで把握してるかはわかりませんが……」

「連絡してないのか?」

「余裕がありませんでしたから。ですがもう警察か学校から連絡がいってると思います。どれだけの術師を派遣してくれるかはわかりませんが……」

「どっちにしても、まだ時間はかかるだろうな。それまでは俺達が何とかするしかないだろう。だからと言って校内放送なんかしたら、連中が何をしでかすかわかったもんじゃない」

「同感。飛鳥君達には負担かけちゃうけど、一人残らず制圧するしかないでしょうね」

「最初からそのつもりです」


 飛鳥に迷いはない。銃装大隊は勇輝の仇であり、母と真桜の父の仇でもある。どれだけの人達が犠牲になったか、想像もできない。そして今回、自分達だけではなく大河、美花、雪乃まで狙われている。ここまでされた以上、和解などありえない。完全に叩き潰す、飛鳥は静かな怒りを燃やしていた。


「なら急ごう。なにせ最悪の事態が起きたからな」

「最悪の事態?何があったんですか?」

「実はな……」


 志藤はさつきから連絡を貰うまで、自宅で昼食を取りながらテレビを見ていた。だが臨時ニュースに目が釘付けになってしまった。聖美と安西も似たような理由で知っている。だが飛鳥も雪乃もエリーもまだ知らない。志藤の語る最悪の事態は、本当に最悪だった。

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